ある宗教の指導者が死にかけているらしい。
「……ふぁ……」
ベッドの中で欠伸をしながら、悦は普段は見向きもしないニュース記事をスクロールする。どうりで群を抜いて高額な零級が深夜3時に呼び出されたわけだ。世界で4番目に信者が多いらしいから、さぞかし金もあるんだろう。
面白くもない跡目と派閥争い。要するに陣取り合戦。どこの神を崇めていようが人間が諍うネタは同じだ。
アホらしい、ともう一度欠伸をして、悦は端末を枕元に放りだした。昨日は早めに寝たからギリギリ午前中に目が覚めたが、安眠枕である傑が途中で居なくなった所為で眠りが浅く、暖かいシーツから離れ難い。
早朝の方が近い真夜中に急に呼び出されて、どんな依頼でどこに行ったのかは知らないが、夢現に「A8出せ。じゃなきゃ行かねぇ」とかったるそうに言っていた声は覚えていた。行ったということは、マッハ3とかいう馬鹿みたいな速度を出す高額な戦闘機を鬼利が出したということだから、つまりそれに乗れば日帰り出来る距離の場所に行ったんだろう。逢瀬と睡眠を邪魔されて不機嫌な純血種を宥め賺すだけじゃなく、その我が儘を聞いて国境を跨ぎまくる上空のルート取りまでしなければいけないのだから、最高幹部とは大変な役回りだ。
まあ傑が”6日目”の間に帰って来さえすれば、誰が死のうがどの都市が滅ぼうがどうでもいいけど、と悦は滑らかなシーツの中で寝返りを打って、シャリ、と太腿の間に鳴った音に薄く目を開ける。
ソファを汚さない為にまたパンツをぐしょぐしょにしたので、昨日出すものを出してうつらうつらしながら風呂に入れて貰った後に、華奢な銀色はタオルから悦の肌の上にその居場所を戻していた。体温の移った金属の感触にはすっかり慣れてしまったが、涼しげに鳴る音にはまだ慣れない。
「……」
サイドボードに置かれた小さな鍵を見ながら、なんとなくそこに手を伸ばす。端末を弄っていた所為で指先はシーツの中よりも少し冷えていて、対比で昨日の傑の掌の熱さを思い出した。
「ん……」
細い鎖を辿って、人差し指で鎖の通ったブジーの頭を軽く揺らしてみる。タチと比べれば爪の処理も甘いからと、このくらいの強さで擦った時にくすぐったい、と笑っていた声を思い出した。気持ちよさそうに眉を寄せた表情が物凄くエロかった。
「……ふ、……」
いつの間にか閉じていた目を開いて、悦はもう一度鍵を見る。首輪代わりの貞操帯のリードさえ簡単に手放す放任主義の調教師からは、1人でするなとも許可なくイくなとも言われていなかった。
勿論していいとも言われてないけども、今日でもう6日目だ。いくら最高のご褒美が控えているとはいえ、ド淫乱としては驚異的な記録である。一番触りたい所はちゃんと我慢しているし、ブジーは所詮子供騙しだし、乳首は感度を高めつつイけないという酷い状態にされてしまったし、このくらいの”悪さ”は、ちょっとのお仕置きで許されるんじゃないだろうか。
外しちゃおうかな、と枕から頭を上げた、その瞬間だった。
ピンポーン。
3年以上居座って数回しか聞いたことの無い呑気なトーンの、それでいて家主がシカト出来ないように最大音量のチャイムの音が部屋中に響き、悦はびくりとシーツの上に跳ね起きた。
反射でヘッドボードに伸びようとする腕を途中で軌道修正して、隠した銃ではなく端末を引っ掴む。カレンダーで確認した今日は10月18日、第3金曜日、午前11時ジャスト。
「やっば……」
家政婦が掃除に来てくれる日だ。普段なら邪魔をしないように外へ出かけるか、本部塔内をブラつくかして時間を潰すが、謹慎中の悦はこの部屋から一歩も出られない。
コンコンコンコンコン、と合図である5回のノックがされるのを聞きながらアッパーシーツを蹴り上げ、クローゼットから適当な下着と部屋着を引っ張り出して身につけながら、悦はぐるりと寝室に視線を走らせた。いかにもな縄だの拘束具だのオモチャだのが転がっていないのを確認して、傑とも悦とも趣味が違いすぎる小さな鍵付きのネックレスを、取り敢えず引き出しに突っ込む。
「こんにちは、お掃除に参りました」
鍵の掛かっていない玄関扉を開けてからそう一声掛けて、ごろごろとお掃除七つ道具を乗せたワゴンを押しながらスリッパの足音が廊下を歩いてくる。ILL所属の裏方とはいえこちらは一応壱級指定なので、驚かさないようにわざと足音を立てながら寝室の扉に歩み寄り、相手がリビングに入った所で悦はゆっくりそれを引き開けた。
「こんちは」
「あら、悦くん」
出来る限りお行儀よく会釈して見せた悦に、立ち止まった家政婦は野暮ったい黒縁メガネの奥で栗色の目を見開く。制服である白いポロシャツにベージュのパンツ、紺色のエプロン。重い前髪をぱつんと直線に切り揃えた小柄な彼女は、盗まない仕掛けない居座らないの実績から傑に指名されている、隔週で野郎2人では行き届かない掃除をしてくれる几帳面な一般人だ。
何度名前を聞いても「私は家政婦です」としか言わないので、特徴的な眼鏡から取って悦はメーさんと呼んでいる。向こうの君付けは「悦様」と呼ばれるのがむず痒くて我慢出来ず、でも呼び捨ては出来ないと固辞された妥協案だ。
「お部屋にいるの珍しいね、今日はお休みだったの?」
「いま、謹慎食らってて」
「謹慎?悪いことしたの?」
「んー……ちょっと」
キッチンの方へワゴンを押していく彼女の後になんとなくついて行きながら、拷問を兼ねた惨殺の途中で暴走した弐級のクソバカを物理的に大地に還してやったんだ、とは言えずに言葉を濁す。
「ますます珍しい。お掃除、今日は軽めの方がいい?」
「や、いいよ、いつもので」
「そう?じゃあお洗濯から、始めますね」
「うん。……お願いします」
悦の胸ほどの高さにあるお団子頭がこちらを向いてぺこりとお辞儀するのに、見様見真似でお辞儀を返して、指先で眼鏡を直した彼女がぱすぱすとスリッパを鳴らしてランドリーに行くのを見送った。色目を使うことも愛想を振りまくこともなく仕事に取り掛かる、つくづく普通の、普通過ぎるくらい普通で地味な女だ。今まで関わったことのある女達とは系統が違いすぎて、未だに悦はメーさんとの距離感を掴みかねている。
洗濯物を取り出して、傑のシャツにアイロンを掛ける音を聞きながら、あんまり聞き耳を立てるのも変かと思って取り敢えずテレビを点けた。BGM代わりに昨日見ていたドラマを1話の頭から流しながら、ローテーブルに置いていた携帯ゲーム機を取って電源を入れる。
カウチに寝っ転がってゲームをする傍ら、つい癖でちらちらと動向を伺ってしまう悦の視線にも気づくことなく、メーさんは寝室、バスルーム、キッチン、と次々に掃除を熟し、合間にシーツだのカバーだのタオルだのを洗濯機に掛けて、それが終わる間にトレーニングルーム奥の隠し部屋と、物置以外の全ての部屋に掃除機をかけていった。ちょこちょこと歩幅は小さいのに、無駄と迷いがないので素早く見える。
流石プロだな、と感心しながらキリの良いところでゲーム機から顔を上げると、いつの間にか時計の針は12時を回っていた。
「……」
そう言えば起きてから何も食べていない。ソファから体を起こし、水拭き用のモップを準備しているメーさんを横目にキッチンに立つ。いつも11時ぴったりに来て必ず1時には帰って行く家政婦は、この後昼休憩なんだろうか。
「メーさん、サンドイッチ好き?」
「え?」
「パン余ってるから、良かったらもらってくんない?」
カウンターに乗せていたバケットを紙袋から出して、1人では食べきれない一本丸ままのそれを揺らして見せると、きょとんとした顔の下からきゅうう、と控えめな返事がした。ボッ、と音を立てそうな勢いで赤くなった顔がちょっと可愛い。
「そ、そんな、悪いよ。仕事中だし」
「1人じゃ食いきれねぇし、傑も多分夜まで戻ってこねーし、嫌だったら捨てていいから」
「捨てたりなんか、悦くんの料理を!……祭壇には飾るけど」
「やった。なんか食えないもんある?」
宗教には詳しくないので付け足された言葉の意味は解らなかったが、取り敢えず賞金首から食い物を貰う嫌悪感は無さそうだったので、悦は冷蔵庫を開けて生ハムやスモークサーモンやチーズや卵やアボカドを次々出して見せた。赤いままの顔が小さく横に振られたので、輝かんばかりに磨かれた調理台にそれらを乗せて具材の準備に取り掛かる。
何故だか傑を差し置いて悦の方を憎からず思ってくれている、男の趣味が終わっている凄腕家政婦への、ちょっとした恩返しのつもりだった。いつもキッチンは換気扇まで綺麗にしてくれるし、無神経に放られたナイフやら銃やらも避けて丁寧に棚を拭き上げてくれるし、片付け忘れたローションボトルやら手枷やらをサイドボードにきちんと並べさせたこともあるのに、普段は面と向かって話すことも滅多に無い。
いつもホモカップルが酒池肉林している部屋を綺麗にしてくれてありがとう、と伝えるのは恥ずかしいので、いつかに「キッチンも綺麗にしてて、悦くんは本当の料理上手だね」と褒めてくれた腕を振るって、女の小さな口でも食べやすいよう輪切りにしたバケットサンドをラップで包み、紙袋に収めたそれを仕事を終えた家政婦に持たせた。
「卵サンドと、こっちが生ハムとチーズ、これがサーモンとアボカド」
「本当にいいの?……ありがとう」
原液の消毒液に突っ込んだ上に清潔な布巾で擦り切れるほど拭いた両手で、大事そうに紙袋を受け取って微笑むメーさんは、地味で野暮ったいが割と可愛い。女はこのくらい年上が好きなので抱こうと思えば全然抱けるが、彼女が抱いてくれている好意はそういう、犯されたいとかペニバンで犯したいとかいう類のものでは無さそうなので、悦は最大限お行儀よく「不味かったらごめん」と笑って見せた。
「絶対美味しいよ、見ただけで解る。ありがとうね。ごちそうさまです」
「まだ食ってねぇのに」
「ふふ、そうだね。尊い」
礼儀正しい言い回しに慣れていない悦が苦笑するのに微笑ましそうに笑って、「呼ばれたらわたし多分死ぬので」と本名を教えてくれないメーさんは、片手に紙袋を抱えたまま、洗剤のボトルや掃除用具が満載のワゴンを押していく。
そんな細くて小さな片手でワゴンを押して大丈夫なのか、とちょっと心配になって玄関までついて行った悦が、傑を真似て外廊下を踏まないように先立って足で大きくドアを開けた、その時だった。
「あら?」
「ん、なに?」
スリッパから靴に履き替えていたメーさんが、足元を見ながらぱたぱたと自分の腰元を叩く。なにか落としたのかと悦も覗き込んでみたが、彼女の手で綺麗に箒を掛けられた玄関には空薬莢1つ落ちていない。
紙袋を持ち替えてしばらく体中のポケットを探っていた家政婦は、エプロンのポケットからチェーンに括られた鍵束を出して、ほっと息を吐きながら照れくさそうに悦を見上げた。
「ごめん、音が聞こえた気がして」
小さな手の中で、幾つも括られた銀色の鍵がシャリ、と擦れる。
「あ……あー、そっか」
「落としたのかと思っちゃった。それじゃあ、失礼します。サンドイッチありがとうね」
「うん、ありがと……」
ぺこりと頭を下げたメーさんが玄関をくぐり、紙袋を大事そうに抱えたまま危なげなくワゴンを押していくのを見送って、悦は彼女より幅広なワゴンが通れるように手ではなく足で押さえていた扉をゆっくり閉めた。
つっかけていた傑の革靴を放りだして、上がり框にどさりと腰を下ろす。いくら下着で押さえられているとはいえ、構造上大きく足を動かせば多少は鎖が擦れる銀色が、また足の間でシャリリと微かな音を立てた。
「……はぁあああ……」
腹を鳴らした家政婦以上に赤くなった顔を深く俯かせて、抱えた膝に埋める。
音の出処も解らないような一般人に、そんなものの存在すら知らなさそうな地味なド素人に、まさか貞操帯に気付かれた筈も無いと解っているのに。羞恥と焦燥と背徳感が下腹を焦がして、しばらく悦は立ち上がれなかった。
9時前に帰って来た傑は、頭からバケツ一杯の血を被ったような酷い有様だった。
おかえりも言わずにメーさんが綺麗にした床が汚れるとバスルームに追い立て、シャワーを浴びている間に傑の分の夕食をダイニングテーブルに用意して、悦はすぐに寝室に引っ込む。高級ホテルのようにぴしっとメイキングされた寝具を剥ぎ取り、適当に壁際のソファに丸めて置いて、枕だけになったベッドの上で傑を待った。
傑があれだけ返り血を浴びているのだ。きっととんでもなく面倒な依頼だったのだろうから、飯も風呂もすっかり先に済ませていたとしても、一緒にテーブルについてアイスでも食いながら、どんな大仕事を成し遂げて来たのかを聞いてやるのが恋人としては正しい振る舞いなのだろう。傑にそうして貰って来たから、悦もそれくらいの寄り添い方は学んでいる。
でも、今日は無理だった。何をしても最終的には飯を食べる暇も与えずに襲いかかりそうで、据え膳として大人しく待つ以外にもう何も出来る気がしない。
「……んっ……」
部屋着のTシャツが擦れる感触にすら、じわりと肌が燻る。煮詰まった期待に体中が熱い。
据え膳だし、このベッドの上では悦は性奴隷なのだから、服を着ているのは逆におかしい気がしてきた。シャワーから出た傑がそのまま、悦の姿を探すこともなくダイニングテーブルにつく音を聞きながら、スウェットと下着を纏めて脱ぎ去り、一応コンパクトに丸めてからベッドの下に落とす。
昨日はスパイスの効いた具なしカレーをうんざりする程食べさせたから、今日の夕飯は水菜と冷しゃぶをたっぷり乗せた冷やしラーメンにした。さっぱりしていてするする入るそれを、なるべくさっさと掻き込んで寝室に来て欲しかったからだ。
「……っはぁ……」
残りのTシャツも脱いで落とし、家政婦が帰ってから付けた乳首の絆創膏もゆっくり剥がす。糊が残っていないか確認して、悦は滑らかなシーツにころんと仰向けに寝転がった。
待ち切れない、と自然と擦り合わせてしまう足の間の貞操帯、それから首に下げた小さな鍵。与えられたものだけを身に着けて、隙間なく閉じた寝室のドアを穴が空くほどじっと見つめる。
もう我慢出来ない、とじくじく疼く下腹を、うるせぇ黙ってろと片腕で抱き、気休めに臍下をもう片方の手で緩く押し込んで宥めながら、20分は待っただろうか。
かちゃ、とラッチが外れる音と共に開いた扉に、悦は膝立てていた両足の爪先をきゅっと丸めた。
「……ずっとそうやって待ってたのか?」
笑みを含んだ声で言われるのに、ただ頷く。うずうずと擦り合わせていた膝が肩幅に開くのはもう条件反射だった。
「添い寝してやんなかったから、拗ねてるのかと思った」
「そんなの、しない」
「じゃあ、ちゃんと美味いって言わせろよ。1人で食うの嫌いだって知ってるだろ?」
「……ん、……うん」
「柚子と酢橘効いてて美味かった。また作って」
「つくる……」
恋人としての会話にほとんど考えずに頷きながら、サイドボードの引き出しを開けている傑に手を伸ばす。ローションボトルをシーツに置いた手に小さな鍵を押し付けるように返して、リモコンが有線で繋がったバイブを選び取った傑が引き出しを閉めるのも待たず、体に染み付いたやり方で重心ごとシーツの上に引っ張った。
逆らわずにベッドに乗り上げた傑が、両手を背中に回してしがみつくように抱きついた悦の頭を撫でる。宥めるような優しい手つきだったが、もう片方の手と膝は肩幅だった悦の両足を容赦なく、こんなお淑やかな角度では足りないと押し開いて、その間に腰を下ろした。
「久しぶりだから、ゆっくりな」
「……っ……」
元から傑は丁寧過ぎるくらいに丁寧なのに、更に「ゆっくり」になんてされたら、と息を呑むも、耳元に囁かれた低く甘い声はもう悦の意見なんて求めていない。震える息を吐きながら首筋に額を擦り付けるようにしてこくりと頷くと、頭をもうひと撫でしてから傑はボトルの蓋を跳ね上げた。
身を起こす動作に応じてそろそろと腕の力を抜いた悦の足を撫で下ろし、片方をその肩に担ぎ上げて、しっかりと掌に温められたローションがとろりと指を伝って会陰に落とされる。
「ふぁ……!」
温い粘液がじっとりと這う感触だけで足が震えて、悦は頭上のヘッドボードに立てかけていた枕に両手で縋り付いた。流石に6日目ともなると止められる気がしなくて洗う以外に出来ず、乾いていたそこが谷間まで伝うほど濡れた所で、やっと、同じように濡れた傑の指先が触れる。
「あ、ぁっ……はぁあ……!」
傑に触れられた、というだけできゅうっと締まったそこをあやすように、指の腹にゆっくりと縁を撫でられ、悦はぎゅうと枕と担がれた足とを引き寄せた。ああ、傑だ。慣れて頑丈なこの体にこんなにも甘く柔らかく触れてくるのは、傑以外に有り得ない。
「も、いれてっ……傑、すぐるぅ……っ」
「だめ」
傑のモノならともかく、あんな細身のバイブくらい、ローションがあれば即入れされても支障は無い。それより細い指なんて言わずもがなだ。なのに、甘い声で震える悦の懇願を棄却した傑は、もうふっくらと充血してはしたなく口を開け始めた所を撫で続ける。
指の腹で時計回りに、その反対に、早くナカに触れて欲しいと喘ぐ皮膚と粘膜のあわいをくすぐって、爪の先ではなく硬くつるりとした平らな面で、ちゅぷちゅぷといやらしい音を立てて形のない粘液ばかりを食ませながら、時々ほんの指先だけを戯れに吸わせて。「撫でる」の動作を無限と思えるほどに細分化して、欲しくて欲しくてじっとなんてしていられない悦の腰を淫らにくねらせる。
「あんま動くなよ。入るだろ」
「んん゛ん……!」
指だけでも入れて欲しくて、焦れて飢えておかしくなりそうだから身悶えているのを知っている癖に、傑は不規則に跳ねていた悦の左足をシーツに押し付けた。膝を曲げてだらしなく大股を開いた格好で固定し、気休めに腰を揺らすことも出来ないようにしてから、もう十分に濡れて溶けた所に爪先だけを埋める。
「んあぁっ、やだっ……それやだぁ……!」
ぱくぱくと物欲しげに喘ぐそこは始めから欠片も抵抗していないのに、立派に性感帯の1つである肉輪を揉み解すようにされて、悦は縋り付いた枕に顔を半分埋めながら悲鳴を上げた。指先を引っ掛けるようにされたままぐるりと撫ぜられると、空っぽの内側がぎゅうぎゅうに締まって捩れて、逃がせなくなった熱が頭の内側にまで溜って涙が溢れてくる。
「すぐる、おねがい、すぐる」
完全に泣きの入った涙声でお願いするのに、人差し指と中指に軽く縁を押されるだけで呆気なくそこはくぱりと開いているのに、傑は掌で温められた追加のローションだけを流し込んで、第一関節まで入れた中指をすぐに引き抜いた。
「うぅ……う゛ぅうう……っ!」
くち、くち、と粘着質な音を立てて浅い、気が狂いそうに浅い抽挿を繰り返され、悦はぐしゃりと自分の前髪を掴んで奥歯を噛む。切実に縋り付く縁をくすぐりながら出入りする指も、その度にここまで欲しいと疼いて締まるナカも、まだ貞操帯が絡んだままで先走りすら満足に零せない重苦しさすら気持ちいい。いよいよ極限に追い詰められた体と頭が狂いだしたのが解る。感度がおかしい。
こんな状態で指一本でも入れられたら絶対ヤバい。ぶっ飛ぶようなイき方をする。イきたい。傑の手に気持ちよくして欲しい。イきたい。イきたい。
「はぁー……っはぁあ……っ」
思考が単純で原始的な欲求に埋まり、順応することに長けた体が焦燥と切なさを「そういうもの」として無理矢理に呑み込んで、足りない刺激を受け入れることに集中する。快感が散るから背中はシーツにつけて、絶頂には酸素が要るから口は開いて、どうせ動かない足からも力を抜いて、虚ろに天井を見上げた目尻から瞬きの度に涙を零して、与えられるものだけでどうにか満足しようとする。
正気を守るための懸命な努力の甲斐あって、不規則だった体中の震えに一定の規則性が出てきた、そんな時に。傑はつぷりと爪先を埋めた中指を抜かず、根本まで突き入れた。
「あ゛ぁああっ!?」
「イくなよ」
飢えてぎゅうぎゅうに締まった内壁を、爪も関節も引っ掛からない絶妙な角度で掻き分けて、低い声に命じられた時にはもう、とっくに悦の眼の前は弾けていた。
がくんと肩が浮くほど背も喉も仰け反らせ、何が起点だったのかも解らない深い絶頂にただ硬直する。やっとずるりと擦ってもらえた縁とか、添えるように撫でられた前立腺とか、悦では届かない所まで届く指が傑のものだとか、要素はいくつかあったがどれがスイッチだったのかは解らない。
「聞けって。まだ指一本だろ」
「あう゛っ……ぅっ………っっ!」
ぎちぎちに締まって縋り付く粘膜を振り解くように指を動かされて、やっと痙攣し始めていた全身がまた硬直する。今度は声も出せない。感度が狂った神経が狂ったまま暴力的な衝撃に犯される。
爪先から脳天まで突き抜けた閃光が快感だと、悦は力尽きた背中がシーツに落ちてようやく知覚する事が出来た。続けざまにイってそのまま気絶せず、どくりと体の芯を冒す余韻を味わえたのは、傑が的確にポイントから反らした指を動かさずにいてくれたお陰だ。
「はぁ……あ、……あ゛ぁぁ……っ」
「悦。えーつ。聞こえてるか?」
「ぁんんっ……!」
担がれた足の痙攣が小さくなるのを待って指が抜き取られ、その感触にぶるりと全身で震えながらも頭を起こして傑を見た。望みの絶頂を迎えられて神経のバグは収まりつつあったが、表情を伺うだけの正気は戻っておらず、悦の胴体分遠い距離が無性に寂しい。
「アレ、入れるには指2本分は解さなきゃなんねーの」
「……ぅ、ん」
「まだ指1本しか入れてねーのに、そんな派手にイかれてたら先に進めねーの。解るか?」
「わか、る」
「……解ってる面に見えねぇな。キス欲しいって思ってるだろ」
限界まで知能指数が落ちた悦にも理解出来るよう、場違いにのんびりと間延びしていた声が急に深くなって、声音と観察眼の両方にどきりと鼓動が跳ねる。咄嗟にぺしゃんこになった枕で顔の半分を隠してみたが、伺うように首を傾げた藍色が鋭くなったので、すぐに悦はそれを頭の上に遠ざけた。
「今度は焦らさないでやるから、勝手にイくなよ」
「んぅう……っ」
従順に頷こうとする途中で中指が差し込まれ、下げようと思っていた顎が上がる。言葉通りに一息に根本まで入れられた指は、きゅうきゅうと食い締める粘膜を押し広げるように第二関節で曲げられ、ローションを馴染ませるようにして柔く前立腺をくすぐってくるから、悦は枕を手放した両手で思いっきりシーツを握り締めた。
「あっ、やぁ、そこっ……そこやだ、ぁあっ……イく、いくからぁっ……!」
「……」
「ふっぁ……あ、ぁっやぁあっ……それッもだめぇっ!」
「いちいち言わなくていいから、ちゃんと自分で我慢してろ。……また浅いトコで遊んでやろうか?」
「や゛ぁあぁぁ……っ!」
腹の底に響く低音の脅しと共に抜ける寸前まで指を引かれ、担がれた足で傑の背中を引き寄せながら、悦はいやいやと首を横に振る。もうあの気が狂いそうな飢餓感は味わいたくない、と必死で奥歯を噛んで爪先を丸めると、冷めた溜息と共に浅瀬を撫でていた指がまた根本まで、指の腹で強くしこりを擦りながら入れられた。
「んあ゛ぅっ……は、ぅう……ん゛んぅう……!」
甘ったれた泣き言を止めて耐える姿勢を示せば、褒めるようにぶるぶる震える内腿にキスが落とされる。これが正解だと道を示す為のキスだ。こんな段階でイきまくっていては先に進めない。流石にそのくらいは悦だって解っている。
「ふぁ、あ、ぁっ……んぁあぁぁ……っっ」
解っているけど、どうしようもなく気持ちいい。
堪え性のない奴隷に意思で快感に耐えさせるのが目的だから、傑の責め手は決して激しいわけじゃない。寧ろ普段を思えばかなり加減してくれている方だ。
それでもその指はどうしようもなく傑の指なので、美しくすんなり伸びた長さを内側で感じるだけでぞわりと骨盤が痺れるし、男らしい節の硬さが弱い所を掠めただけでも足が跳ねる。指の腹で前立腺を揉み込まれたり、指で届く一番深い所を柔く引っ掻かれたり、鈎爪状に曲げられたまま普段なら耐えられる速度でゆっくり引き抜かれれば、その度にシーツから上げられない腰ががくがくと痙攣した。
「あぁああぁっ……い、くっ……いぐ、ぅ……っ……あ゛ッ!?」
ひっきりなしに走る快感に弓なりに仰け反っていく背を堪えられず、シーツを握る指先の感覚が遠くなって、5分も耐えられない情けなさをせめて正直に白状した瞬間、傑はちゅぷんと指を引き抜く。
いつもなら寸止めのタイミングだった。けれども今の悦の神経にはまだ狂った名残があったから、半身を絶頂の崖っぷちに置き去りにしたまま中途半端に達してしまって、腰が蕩けるような快感と寸止めにされた強烈なもどかしさが同時に体内で暴れ回る。
「ぐぅっう、あっ、ぁ、あ゛ああぁっ!」
「……これでイくのかよ」
冷淡に失笑しながら、傑はがくがく痙攣しながらのたうち回る悦の足に置いた手に少し体重を掛けた。何をどうしても抗えない力で捻じ伏せられるのが大好きな悦はますます背を仰け反らせ、シーツを掻き乱したが、いくら藻掻いた所で本来あるべき余韻と丸ごと置き換わった疼きは薄まりもしない。
こんな苦しいイき方やだ、ちゃんと芯からイきたい、と心の底から乞い願って見上げた先で、変わらず抱きつくには遠い距離に居る傑はひらりと濡れた手を振っていた。
悦の視線を待って3本の指が曲げられ、のどかにピースサインの形を作った人差し指と中指が、ぴったりと閉じられる。
「次、2本な」
「……ぁ、あ……」
「もう半端にイくの嫌だろ?我慢、出来るよな?」
「……っ……!」
こんな状態で、我慢なんて出来る筈がない。お願いだからもう少し落ち着くまで待って欲しい。でも絶対に我慢なんて出来ないと確信出来るくらい焦れている体は、早くちゃんとした絶頂が欲しくて酷く疼いているから、今直ぐに熟れた粘膜をその手で掻き回して欲しい。
まって。はやく。相反する本心のどちらも選べずにただはくはくと唇を戦慄かせた悦に、傑は肩を竦めるようにして震える足を担ぎ直して、一息に突き入れることはせずに、ゆっくりと揃えた2本指を埋めた。
「う゛うっ!」
「悦、それ止めろ」
咄嗟に数秒でも耐える為に自分の薬指に歯を立てた悦を、眇められた鋭い視線と威圧感を持った声が咎める。大して大きくも低くも無いのに、本能的に首筋と後頭部が冷える、怖い声だ。
ひっ、と喉を震わせて歯型のついた指を離し、恐怖に凍った背骨に流し込まれる甘い快感にくぅんと喉を慣らして、悦は顔の右横のシーツを血さえ滲んでいない指で握る。育ちが底辺過ぎて恐怖心がぶっ壊れている命知らずを、声だけでこんなに竦ませられるのは傑くらいだ。
「あ、ぁっ……あぁぁあぁ……っ!」
強くておっかない化け物に、一時凌ぎの僅かな痛みすら許されず、骨まで蕩けそうな快楽に耐えるように命じられている。その手に触れられるだけで堪らないくらい落としたのも、嫌いだった丁寧な前戯で意識をトばすほど感じるようにしたのも、自分の癖に。
ひどい。我慢なんて出来ないって、わかってる癖に。
「むり、ぃっ!きもちぃ、っい……イく、イっちゃうから、ぁあっ!」
「がーまーん」
「で、きなっ……あ゛ぁああっ!なで、ないでッ……んうぅうっ、たたくの、もだめぇッ!」
「なら、揉むのはいいのか?」
いいわけが無い。一番ダメだ。それを知っているから優しく撫でたりばらばらと高さの違う指で弱い所を叩いていた癖に、意地悪に笑う傑が2本指で挟み込んだ前立腺をぐちゅりと押し揉んだから、悦の肩はまたシーツから浮いた。
「あ――っ!あ゛ぁ――――ッ!!」
傑の背中を叩いていた足を天井に向かってぴんと伸ばして、さっき寸前で取り上げられた絶頂に眼の前を真っ白にされながら溺れる。今度は指を抜かれなかったから、願い通りに芯からイってびくびくと痙攣する粘膜は物足りない質量を食い締めて、頭が蕩けそうな余韻の上に浅い絶頂が何度も重ねられた。
シーツを引っ掻きながら上半身を捩り、手足の感覚が無くなる深い愉悦に体の隅々まで浸りながら身悶え、強張ったまま痙攣していた足がかくんと力を無くした所で、溜息と共に指が抜かれる。
「あーあー……話になんねぇな」
肩を動かして悦の足を下ろした傑が、冷めた声で言いながらぐっと上体を倒して転がっていたバイブに手を伸ばす。
「ぁ、……しゅぐる、すぐる……っ」
「呂律も回ってねぇし。指2本でどんだけ深くイってんだよ」
遠かった距離が近づいたのが嬉しくて、キスが欲しくて、シーツから手を離して舌を覗かせたが、コードを指に引っ掛けてピンク色のシリコンを寄せた傑は直ぐに離れていってしまった。3段のくびれを持ったそれを濡らすローションの飛沫が足の付根に降って来る。
「俺の挿れたら心臓止まるんじゃねぇの?これじゃセックス出来ねぇな」
「……え、……?」
温められていない冷たさに身を竦めた事で、どろどろに蕩けていた頭も多少の明度を取り戻し、「セックス」というワードにふわふわと微温湯にたゆたっていた意識が現実に戻った。
出来ないって何が。傑とのセックスが?そんなの死ぬより嫌だ。無理過ぎる。
「やだぁ……っ」
「俺もヤだよ、でもしょうがねぇだろ?我慢出来ないんだから。屍姦なんて趣味じゃねぇし」
「っ……ひ、あ゛ぁっ」
感度が狂っているのは6日も掛けて懇切丁寧に焦らされたからだし、そんな事で死ねるほど悦はか弱くも無ければ貞淑でも無い。だから有り得ない心配をしていないで今すぐ熱いモノを突っ込んで欲しいのに、淫乱にひくつく奥を抉じ開けたのは冷たい粘液を纏ったバイブだった。
「な、……んでぇっ」
「コッチの方がまだ耐えられるだろ、俺の指よりは」
「つめた、いっ……これやだぁ……!」
「ギチギチに咥えといて嘘吐くなよ。ほら、これ持て」
最奥にはくびれひとつ分届かないバイブを根本まで挿れて、冷たくて柔らかいシリコンの段差が弱い所にしっかり食い込むように角度を調整してから、傑は長いコードで繋がったリモコンを悦の手に握らせる。
「こっちが振動、こっちが首振り。スイッチはこれな」
「んあっ、ぁ、あっ」
それらしい記号が書かれたハート型のボタンを2つ、ぱちぱちと連続で押し込んで説明通りに低い唸り声を上げ、ぐねぐねと蠢いたバイブを側面のスイッチでオフにして、傑はポケットから端末を取り出した。
何がなんだか分かっていない悦の眼前に突きつけられた画面には、黒背景にビビットピンクのスライダーとタイマーを設定出来そうな0の表示、オン・オフの分かり易いボタンが並んでいる。
「強弱はこっちで適当に弄るから、イきそうだったら自分で止めろ。10分耐えられたら手でイかせてやるから」
「じゅ……」
「俺とちゃんとヤりたいんだろ?なら、オモチャくらい我慢出来るようにならないとな」
やっと今日の調教内容を察して息を呑む悦の鼻先にちゅ、とキスを落として、傑は覆いかぶさっていた体を起こした。悦の端末はリビングに置いたままだ。サイドボードの時計は大変盛り上がったある夜に壊してから買い直していない。
今この寝室で時間を確認出来るのはそれが唯一なのに、リモコンよりよほど高性能にバイブを操作出来る端末を持ったまま、傑はベッドを降りてしまった。窓辺の2人掛けの小さなソファに座って足を組み、メッセージを確認するような顔で画面を操作して、その背を追おうと起き上がった悦をまたシーツの上に伏せさせる。
「ひうっ、ぅや、ぁああっ……!」
中に詰まった機械とバッテリーのお陰で重さはあるものの、バイブは傑のモノより2周りは細いし火傷しそうに熱くも無いし、悦の弱点を優しく残忍に最大効率で責め抜くパターンが組み込まれている訳でもない。オモチャ相手に我慢出来るようになった所で、満たされる充足と征服される陶酔でじゃぶじゃぶに脳内麻薬が溢れる傑とのセックスで、どっちでイくのも我慢出来るようになるわけがなかった。
それでも、張り出した段差をがっちり性感帯に食い込ませたまま、重低音のような芯に響く振動を浴びせられるのはどうしようもなく気持ちいい。大好きな傑の指でイかされた悦のナカはぐずぐずに蕩けているから、前立腺を特に重点的に痺れさせる快感は背骨を通って脳まで響き、横倒れにシーツに伏した悦の視界をぱちぱちと弾けさせた。
「あ、あ゛、ぁ……っひ、ぐ……!」
震えたままぐねりと首を振ったシリコンが、ぴったり押さえた性感帯を揉みくちゃに捏ねて、押し出されるように溢れようとした精液が貞操帯に阻まれてびりびりに痺れさせられた下腹に渦を巻く。ブジーの隙間から白濁を滲ませるそこに咄嗟に手を伸ばしても、鍵はもう悦の手元には無い。持ち主に返してしまった。
出せないのに内側から捏ねられるのは苦しくて、気持ちいい。端末を見たまま傍にも居てくれない距離が切なくて、きゅうんとバイブに埋められた所が疼く。寂しさを紛らわす為に体温の無い機械に縋り付けば、一層振動が響いてブジーまで小刻みに揺らされているようだった。
気持ちいい。このままイきたい。でも調教師にスイッチを切るように命令されているから、自分で自分を寸止めにしないといけない。一番気持ちいい所で、一番キツい所で、我慢しなくちゃいけない。
「やぁっ、や、だぁっ……い、きたい、ぃっ……!」
「……」
「はっ、ぁああぁぁッ……ん、んく、……ん゛ンっ!」
何回かの、或いは何十回かの内の1回も済んでいないのに、甘えた泣き言を漏らす根性の無さを叱るようにバイブが振動数を上げ、悦はリモコンを握り直しながら背中を丸めた。
いつもと違う姿勢なら少しは堪え易いだろうと頭を働かせたのに、快楽を拾うのが何より得意な体にはまるで効力が無く、ぞくぞくと背筋を這い上がる痺れが一層強くなる。
悦が切らなくても、傑が端末のアプリの方で切るから、イけないのは同じだ。傑の寸止めは本当に際っ際の皮一枚の所を攻めて来て物凄く辛いから、自分で止める方がまだマシかもしれない。弾けられずに跳ね返ってきた快感が重苦しい熱の塊になって這い摺るのはどの段階にしろ変わらないから、程度の話だ。
「あっ、ぁ、あっぁ………ッはぅう゛……!」
膨れ上がった甘美な感覚に末端のコントロールを掻っ攫われる寸前、悦は震える指で側面のスイッチを押してバイブを止める。気持ちよく駆け上がって脳裏に弾けようとしていた熱量の全てが出口を塞がれて逆流し、腰の奥を中心に神経を炙られるようなもどかしさが暴れ回るのに、ぎゅっとうつ伏せに体を丸めて跳ねようとする腰を押え付けた。
「早ぇよ」
「っ……ね、じるの、やだ……」
「やだ?」
片手に端末を弄びながら、ゆったりソファに背を預けた傑がいたぶるように首を傾げる。
「っひ、ぁあ゛あ!だ、だめ、いまっぁっ……あ、ぁぁっ……!」
根本のくびれのお陰でがっちり前立腺に食い込んだままのバイブが激しくうねり、やり過ごしたばかりの波が膨れ上がるのに悦が喉を反らした途端、しこりを捏ね回していたシリコンはぴたりと止まった。また強引に高められた絶頂感を強制的に沈められて滲む視界で見た傑の指先は、これ見よがしにバーチャルのスライダーの近くにある。
「ぐりぐり、されるのっ……きもち、よすぎて、……すぐ、イっちゃうから、許してください……っ」
「あぁ、我慢出来ないって意味か」
また軽率にスイッチを入れられないように、浅い呼吸の合間で懇願する悦に鷹揚に頷いて、さも「そういうことなら許してやるか」と言わんばかりに傑は端末の画面を切り替えて見せた。
泣き濡れた「やだ」も「だめ」も本当は聞くのが好きな癖に、寧ろその言葉を引き出す為に手管を尽くしてくる癖に、言動ではあくまでも冷厳な調教師を装う美貌の中で、藍色は暖色の照明に鈍く光りながら悦を射抜いている。
「振動がイイなら右側だな。……さっさと押せよ」
汗で滑る側面のスイッチを押して、悦は掌に収まる小さなリモコンをシーツに、手を伸ばさないと届かない距離に投げた。
「あ゛―――……っっ!」
最早自力で抑え付けるだけの気力も自制心も無く、両足をシーツに突っ張りながらがくがくと腰を震わせて、幾度目か知れない寸止めに体中を踏み躙られる苦しみに濁った嬌声を上げる。
持ち手が無く、底面がそのまま肌の曲面にぴったり沿う作りのバイブは、絶頂の一歩手前で延々と焦らされている粘膜が必死に締め上げる所為で、いくら腰を振っても自分の手で遠ざけた最後の一押しにはなってくれない。頭と腰の奥をもどかしさが灼熱になって焦がし尽くす十数秒を味わって、また欲しいものが貰えないと思い知った体が濡れたシーツに沈んだら、撓んだコードを引いて投げたリモコンを手繰り寄せる。
「う゛ぁ……あ゛……っ」
脳を焼かれている時は永遠のような長さなのに、表面張力の限界を攻められていた水面が揮発して少しばかり下がるまでは一瞬のように感じるから、もう時間の感覚なんて無かった。分数なんて以ての外だ。
汗で滑る体をほんの少し、にじるように壁際に寄せてマットレスの縁に擦り付けていた顔を上げ、ベッドを下りないと届かない距離にいる傑を見上げながら、2つ並んだボタンの内、右側を押す。
「ぁぐっぅうう゛……っうあ゛、あっぁぁ……!」
スライダーをめいいっぱい左に寄せられたバイブの動きは最初は弱く、貞操帯を滲んだものでぐしょぐしょに濡らした腰がゆらゆらとねだりだしたら徐々に強くなって、虚ろな瑠璃色から焦点がトんだ所で留まり、がくがくとした痙攣が止まりそうになったら最後の自我でスイッチを切って、とても手元に置いておけないリモコンを投げる。
「は……あ゛……っはぁ゛――……!」
そしてまた、限りなく快感に近い苦痛に焼かれて、喘いで、時々届かない腕をベッドの外に伸ばしたりしながら、震えるほど怖い快楽をもう一度味わう為に、自分の手で、スイッチを入れる。
何度も、何度も。
仮初のゴールは初めから見せても貰えていないから、かなり初期の段階で悦は終わりを願う事も、どうしてこうなったのかを考える事も止めていた。そんな事を思考していては正気が保たないと経験則で知っていたからだ。連続じゃなく1つ1つを区切って認識することが出来れば、無様にのたうち回る自分自身を他人事のように客観視出来れば、少しは正気が長く持つ。
出来ればの話だ。
「ぎ、ぅ……すぐ、る゛ぅ……っ!」
相手が傑じゃなかったら、もっと上手く出来るのに。滲む藍色を見上げながら、渇望と焦燥にぐつぐつに煮崩された頭でそう思って、もう糸より細く引き伸ばされてしまった正気がぷちんと千切れてしまわないように、リモコンを握り直す。
今の状態ではコンマ数秒の躊躇いが命取りだから、感覚の鈍い指に頼ることは腰下のシーツが肌に張り付くほど濡れた辺りで止めていた。どんな精神状態でもナイフや銃を離した事のない実績を持つ掌で、小さなリモコンを握り締めるようにして側面のスイッチを押す。
カチリ、と衰弱した聴覚に音が聞こえた。
「っひ……―――っッ!?」
今日だけで何十回と聞いた音が確かに聞こえたのに、バイブが止まらない。
……しくじった。
「な゛、んっ……!?……や゛、ァ……!」
歓喜と絶望の両方にざわっと全身を鳥肌立てて、放りかけたリモコンをカチカチと何度も握り込みながら、悦はシーツを掻いていた手を奥へと伸ばした。こういう玩具は大抵本体に主電源のスイッチが、暴れても肌に引っ掛かり難い位置についている。
「っ……う゛……ぅ……!!」
まだ折れたわけじゃない。甘い甘いご褒美の為に頭と体をぐちゃぐちゃに踏み躙られる服従のよろこびを放棄したいわけじゃない。なのにこんな所で終わるなんて嫌だ。絶対に嫌だ。
嫌だ、嫌だ、と額をシーツに擦り付けながら、掻き集めた全てを注いで呼吸さえ止めて駆け上がろうとする絶頂を堪え、必死に震え続ける土台を探っていた指先に、経験則の通りにスライド式の薄いつまみが触れる。
安堵する余裕もなく悦がそれを爪で弾き下ろすより一瞬早く、徹底して振動の強弱以外に動かなかったバイブが、ぐねりと大きく前立腺の上で身を捩った。
「ひぎゅっっ」
背も喉も弓なりに仰け反らせながら反射とは逆に指を動かして主電源を落とし、見開いた瞳が瞼の裏に隠れないように天井を睨みつけて、傑にも、悦自身でさえも、許していないご褒美の擬い物に飛びつこうとする全てを止める。
ブジーの隙間から細く濁ったものを吹いただけで堪えられたのは、もう執念以外の何物でも無かった。
「か、はッ………ぁ゛……っ」
「……へぇ」
背筋で大きく仰け反るのに合わせて突いていた肘と、下肢に伸ばしたままの腕の間にかくんと頭を落とした悦の横で、衣擦れの音を伴った声が感嘆する。
「よく耐えられたな、今の」
全身全霊を総動員して誘惑に打ち勝った悦に対して、その壮絶さをちっとも理解していないような軽い口調で言いながら、傑はにじるようにソファの方へ這って来た健気な奴隷が、ベッドの断崖に阻まれて届かなかった距離を呆気なく2歩で詰めた。
肩に手が触れた、と思ったら天地がぐるんと回り、呆けて滲んだ視界いっぱいに底の抜けた藍色が映る。
体温と視線だけでイきそうになったのを辛うじて堪えられたのも、これだけ我慢に我慢を重ねてこんなショボい終わりなんてやってられるか、という強い執念のお陰だった。
「じゅ、っぷん……たった、ぁ……?」
「あと3分。腰上げろ」
片手を悦の顔のすぐ隣に突いて上に乗りつつ、端末と取り上げたリモコンを纏めて放った傑の手がバイブの台座に触れる。次に動かされたら絶対に我慢は無理だ。今日はご褒美をくれるつもりは無いのかも、と思うと純粋に泣きそうになったが、猛禽類よりも鋭い視線に至近距離で射竦められていては逆らえない。
ひく、と小さくしゃくり上げながら曲げた膝を胸に引きつけて腰を上げると、戯れに揺らすこともスイッチを弾き上げる事もなく、角度を調整しながら傑の指が肌と台座の隙間に滑り込む。性感帯を把握し尽くしている傑らしくない、慎重な手つきだ。
「っふ……ぅ、んん゛……!」
具に反応を観察されながら台座がゆっくり引かれ、今擦られたら絶対に耐えられない、というポイントを全て外しながらひとつ目のくびれが抜ける。捻りが加わった所で電源を落としたから、今内側でどんな角度になっているかは流石の傑でも把握していない筈なのに、ふたつ目も呼吸と痙攣の合間を縫ってつるりと抜ける。
そのままついに、今の悦でも頑張ればギリギリで耐えられる程度の抵抗でくぽ、とバイブが完全に引き抜かれ、空いた隙間を埋めるように揃えられた2本の指が入り込んだ。
いくら慎重にやっていたとはいえ、抜いただけだ。絶対に3分なんて経っていない。
経ってないけど、
”ご褒美”の、傑の手だ。
「10分経った。イっていいぜ、悦」
「あっ……ぁあ゛ああァあっ!?」
ぐい、と指の腹で前立腺を押し上げられて、バイブの振動よりも首振りよりも遥かに緩やかなその刺激だけで、信じられない勢いと深さの快感がバチンッ、と爪先から脳天までを貫く。
指1本であっという間に絶頂した今日の初めと構図は似ていたが、今度はちゃんと傑に許可を貰った上だというのと、両手でその背中に思いっきりしがみつけるくらいに距離が近かったから、悦は一瞬意識が遠のくほどの衝撃の全てを余さず怖いくらいの快感として認識する事が出来た。
「絶対無理だと思ってた。よく我慢出来たな」
「っっ―――!!」
足まで回してがっちり抱きついたままの体と同じく痙攣しているしこりを、偉い偉い、と褒めるように撫で擦られ、バチバチと視界と頭の中が弾ける。我慢したから1回が長いのか、余韻になる暇もなく何回も重なっているのか、ずっと最高に気持ちいいのが続いていた。これ以上続くと戻れなくなりそうで怖いのに、ナカできゅうきゅう甘えるように傑の指をしゃぶるのも、自分から浮かせた腰を揺らして擦り付けるのもまるで止められない。
「はい、いっかい休憩」
「ひはッ……はぁ、あ゛っ……!」
くぱ、と内側で広げられた指先が背中側に位置を変え、永遠に続くような気がしていた絶頂はあっさりと途切れた。叩き上げられていた高い高い頂きから、今度は全身ずぶずぶと沈んでいくような深みに降ろされて、体中から力が抜ける。
「次は優しいのでイこうな」
「ぁ、あっ……すぐぅ、しゅぐるっ……ぁあ――……ッ!」
どくん、どくん、と鼓動に合わせて広がる余韻に合わせて気持ちいい所を柔く刺激されて、体の輪郭が崩れていくような甘く優しい快感が弛緩した神経の末端までじんわりと広がった。4日目の半ばに反復で教えられた幸せなだけの甘イキだ。今日はあの時よりも傑とたくさん触れているから、蝕まれる余地もなく自我も理性もぐずぐずに蕩けていく。
「きもち、ぃ……しゅぐるぅ……きもちぃ……!」
「気持ちいいな。ほら、こっちも」
悦の背に手を添えながらゆっくり体を起こし、胡座をかいた自分の膝に座らせた傑の手が、手首に巻き付けられていた小さな鍵を握った。ブジーが抜き取られてどぷりと重苦しかった熱を溢れさせたモノを、内側と同じペースで傑の掌が包むように扱いてくれて、唯一残っていた芯を抜かれた悦の全身はますますぐにゃぐにゃになる。
「ぁ―――……ぅあ―――……」
もう嬌声にさえ力が入らず、譫言のように母音を吐き出しながら悦は傑の肩に頭を凭せ掛けた。ぐちゅ、ぬちゅ、と内側と外側から響く水音ですら、頭の中にぱんぱんに飽和した快感と多幸感の所為でどこか遠い。呑まれるように意識が落ちそうになる。
「せ、……っす……」
「ん?」
「ぁ……しぇっくす、しゅる……」
「今からしゅるのは無理だろ、舌までふにゃふにゃじゃねーか」
「しゅぐる、とぉ……」
「うんうん、俺とな。ココが上手に開くようになったらしような」
中身も解らず悦が垂れ流しているものでぐっしょり濡れた傑の指が、とんとん、と臍下を叩いた。肌の上から軽く叩かれただけで3日目のように押し揉まれたわけでも無いのに、短いバイブでは余波すら届かなかった結腸の入口がきゅうと疼いて、霞がかっていた意識がもう一段遠くなる。
「流石に次は加減出来ねぇから」
「……」
甘くて優しいのにずっしりとした重力を孕んだ言葉に目を細めて、悦は薄っすらと笑った。
Next.
6日目は寸止め。
セルフにする事で快感への耐久値を高めるのと同時に、許容量の拡張も狙っています。
純血種の理性にも限界はありますからね。