結局の所、甘いのは悦の方だった。
「……うぅ……!」
汚すようなことをされもしなければ許されもしなかったので昨日と同じ、つい30分前までぬくぬくと心地よく包んでくれていたシーツを気休めにガジガジと噛みながら、悦は両手で枕に爪を立てる。
そうでもしていないと、昨日の調教で倍増したナカの疼きに耐えかねて、今にも自分で指を突っ込んでしまいそうだからだ。実際、今日の悦は無意識の内に貞操帯のブジーを自分で抜こうとして、その痛みで飛び起きている。
傑は確かに悦に甘いところはあるが、決してそればかりじゃない。期待をスカすような甲斐性無しでも無い。だから昨日は甘やかすだけ甘やかしてその雰囲気のまま、貞操帯を一度も外すこと無く、たった1回のドライだけで、その事実に悦が気づかない内に寝かしつけたのだ。
こういう優しい所が好き、なんて呑気に考えていた昨晩のお花畑な自分を絞め殺してやりたい。まんまと策略にハマった事にも気づかない脳味噌綿菓子野郎のお陰で、一晩明けて脳内麻薬が切れてしまった悦の目覚めは最悪だ。最悪すぎて未だにベッドから出られない。
「……はぁ……っ」
乳首がシーツに擦れてしまわないように体を丸め、貞操帯があるのに勝手に揺れ動こうとする腰を爪先でシーツを握って押し留めながら、悦は大きく深呼吸を繰り返す。リビングへの扉は今日も10センチほど開いていて、傑はそちらでテレビを見ていた。落ち着いた声のアナウンサーが何語かも解らない呪文を朗々と読み上げている横でも関係無く、純血種には悦の乱れた息遣いも衣擦れの音までも聞こえている筈なのに、声ひとつ掛けてこない。
こうなるのを知っていたからだ。そうじゃなかったら今の悦の呼吸を聞いて、あの化け物が「大丈夫か?」と顔を出さない筈がない。何もかも思惑通りというワケだ。クソが。
「っ……」
わざと荒っぽく舌打ちを一つして、悦はそれを合図にガバリと体を起こした。あらぬ所に擦れない内にふわふわの羽毛布団ごとアッパーシーツを勢いよく蹴り避けてベッドを降り、大股に一歩踏み出した所でかくんと膝から力が抜けてもう一度舌打ちをして、壁際の小さなソファに引っ掛けられていたバスローブを引っ掴む。
タオル地に腰を撫でられるだけでちょっとざわっとしたのは強引に無視した。腰を紐で締めると色んな所が擦れてしまうので諦めて、しかしフルオープンで行けるような状態でも無かったので襟元をちょっと肌から浮かせたまま手で握って前を合わせる。
情けなくも壁に縋りながら扉に向かう途中、今の格好はあまりにもあからさま過ぎて釣り針としては寧ろ弱いな、と元男娼の経験値が提言して来たが、魅せ方を考慮出来るような状態ではなかったのでそれも無視してノブを押した。
もう直ぐ正午になろうかという健全に明るいリビングで、傑は一昨日と同じようにソファに座っていた。
手摺に頬杖をついて面白くも無さそうにテレビを眺めていた気怠げな藍色が、ふっと気がついたように悦を見て、性的を具現化したような有様で目を細めて笑う。
「まだ昼だぜ?」
心の底から、お前が言うなと思った。
誘うにしたってあまりにも欲情を全面に押し出しすぎている自身の表情や格好は解っていたが、それでも強く思った。思うだけで悦が言い返さなかったのは、視線を向けられた瞬間に膝から力が抜けて扉に縋りながら座り込んでしまうくらい、自身の諸々がそれどころでは無かったからだ。
「す……ぐる……」
意図せず甘えた声を漏らしながら、ソファから立ち上がった傑を見上げる。どれだけ媚びた所で折り返しを前に、いつものように犯して貰える筈も好き勝手にイかせて貰える筈も無かったが、もう、こうなってしまったらそれでも良かった。
「飯は?」
「いい……いらない」
「今何時か解ってるか?」
目の前にしゃがみ込んだ傑が、親指で背後の壁掛け時計を指しながら首を傾げる。シーツの中でぐずぐずしていたので、時計の針は午後1時を回ろうとしていた。
倫理観に関しては傑だって悦といい勝負だから、時間帯がどうこうとか太陽の位置がなんとかという眠たい話では無い。”4日目”である今日が終わるまで、あと半日近くもあるという意味だ。
「……わかってる」
「……」
ちゃんと理解している、と藍色を見つめながら頷くと、だらりと腕を下ろした傑は一拍置いて、立ち上がる。
「準備してっから、顔洗って来いよ」
「うん……」
差し出された細い鎖を両手で受け取った悦に、曖昧な月明かりの下か薄暗い間接照明の下でしか見せてはいけない類の流し目をくれて、傑はそのまま玄関に続く廊下に向かった。トレーニングルームの向かい、サイドボードに入らない類の道具を主に押し込んでいる物置き部屋に入っていく。
「……は、ぁ」
あの部屋から準備される”道具”のことをなるべく考えないようにしながら悦は深く息を吐き、小さな鍵を握りしめてバスルームに向かった。
長丁場の遊びを台無しにしないよう頭から冷水を被って”身支度”を済ませ、どうせ汗やら何やらでびしゃびしゃに濡れるので髪を拭うのもそこそこに、行きと同じバスローブで真っ昼間に明るいリビングを早足で突っ切って、悦は半開きだった寝室のドアを蹴破るような勢いで開けた。
いくら物理的に頭を冷やしても「考えないようにする」なんて到底出来ず、氷水で半身浴しようかと思うくらいに脳裏を過る”想像”を振り払おうとしての凶行だったが、騒音に眉を顰めた傑に一瞥された瞬間に、止め処無かった筈のそれらは全て吹き飛んだ。
「うるせぇな、何だよ」
見ようによっては睨んでいるように見えなくもない藍色と、常よりも低く腰にびりびり響く声、それから今まさに下から3番目のボタンを留められようとしている黒シャツの合間から覗く腹筋と胸板。
それらを寝室に踏み込んだ瞬間に全て知覚してしまって、ぐっと寄せていた眉をへにゃりと下げた悦の足からまたかくりと力が抜ける。諸々を吹き飛ばして思考を埋めたのは「この男に抱かれたい」という衝動的な激情だ。
「……手が、」
ぐっとバスローブの襟を握ってそのまま床にへたり込むのと、まだ折り返しにも来ていない監禁調教プレイを投げ出しそうになるのを踏み留まり、傑の姿を見ていられずに視線を彷徨わせた悦の喉がひゅ、と鳴る。
寝乱してそのままにしていた寝具を取り払われたベッドの上に、跳び箱の一段目のような長方形で、側面から何本もの頑丈そうなベルトを垂らした、真っ黒なラバー張りの、コンパクトな拘束台が鎮座しているのを見てしまったからだ。
「……すべった、……から」
「は?……あぁ」
出来の悪すぎる言い訳に訝しげに眉を上げた傑が、悦が見ているものと、皺が寄るほどバスローブの襟と裾を握り締めている両手とを見て、全てに納得したように艶然と目を細める。
器用な指はそのまま下から順番に、いつもは開ける第一ボタンまで留めていき、カフスでも無いのにつやつや光る袖口の左右も留めながら、つい、と指先を振った。
「上がれよ」
従う以外の選択肢なんてすっかり奪い取る声と目で、きっちりボタンを留められたシャツのお陰で”本職”感の増した調教師が命じる。
「……は、い」
遊びを成立させる為のロールプレイなんてものはまるで関係無く、自然と悦は上ずった声で応えていた。暇つぶしの為だった筈のプレイにノろうがノるまいが、今の悦の立場が恋人だろうがごっこ遊びの性奴隷だろうが、そんな事はもう関係ない。たった今関係無くなった。
熱の籠もった吐息に乾いた唇を舐めながら、握り締めていたバスローブを脱いでベッドに膝で乗る。遮光カーテンを半分開けられた寝室は明るく、清潔に白いシーツは眩しいくらいで、その上にあるラバーの異物との対比にぞっと背筋が震えたが、上がれと言われたのはシーツではなくラバーの方だ。
乗れ、ではなかったからと無意識に判断して仰向けに体を預けて、1メートルほどの長さの台からはみ出た太腿を所在無く擦り合わせながら、サイドボードからローションボトルを2本取り出している傑を見上げる。リビングに居た時はTシャツにジャージのラフな部屋着だった筈だが、今はシャツだけでなく折り目のついたスラックスにベルトまで通して、しかもポケットに何か、ハンカチのような白い布が突っ込まれていた。
「なんで、服……?」
昨日も一昨日もその前も、傑は服なんて着替えていなかった。すぐ破れるスラックスなんて金持ちの護衛仕事くらいにしか着ないのに、どうして今日になって理性に致命的なダイレクトアタックをかます衣装オプションを乗せて来るのかと、思わず聞いた悦の傍らにぎし、とスプリングを軋ませて傑が座る。
「ジャージじゃ格好つかねぇからな」
「……?」
お前はどんなボロ布着てようがいつ何時でも格好良いだろ鏡も見たことねぇのか?と目を瞬く悦に、片手に持っていたボトルをシーツに置いた傑はポケットから白い布を取り出して見せた。ハンカチにはあり得ない縫製をされたそれは、一組の真っ白な布手袋だ。
俺の知ってる手袋じゃない、という悦の直感の通り、手の甲に3本のひだが入ったいかにも高級そうな布は、平均より長い指を持つ傑の右手をぴったりと傍目にも隙間無く包み込む。左手も同じように通して谷間を合わせる為に指を組み合わせると、微かにきゅ、と滑らかな布が鳴る音がした。職人の手によるオーダーメイドの最高級品ですが何か、と言わんばかりの音だ。
「この方が様になるだろ?」
上げていた袖を下ろしながら言う傑に、何故そんなものを持っているのかそして今ここで出してきたのかこれはどういうオプションなのかはまるで解らなかったが、間違いなく様にはなっていたのでこっくりと頷く。なり過ぎていっそ心臓が痛い。
「悦、今日はどこ苛められると思う?」
「っ……ん……」
太腿で台の頭側の短辺を押さえながら、手袋に包まれた傑の手が膝裏に差し入れられ、逆らわずに膝を曲げた悦の体をず、とラバーの上で引き上げる。内側に低反発のクッションを仕込んだ台から落ちた頭は、唯一片付けられていなかった枕を2つ重ねた上に乗せられた。
台よりも少し高く後頭部を支える枕の所為で、見ようとしなくても自然と煌めく銀色が視界に入る。細かな震えを写し取ってしゃり、と揺れる様に目眩を起こしそうになりながらもそれを見てから、悦はゆっくりと視線を巡らせて傑を見上げた。
「正解」
「んん……っ」
太腿を撫で上げた恐ろしい程に滑らかな手が、悦の左足を台の側面から伸びたベルトで締め上げる。深く畳んで脛から足の甲までをシーツにつけた状態で、太腿の半ばと、足首の2本。
「あ……ぁっ……」
右足も同じように縛り付けられて、今度は無意識にシーツを握り締めていた左腕に二の腕の位置でベルトが巻かれる。足と同じように腕にも2本のベルトを使われるとばかり思っていた悦は、肩よりやや低い位置で固定された腕を殊勝に台の側面に宛てがっていたが、傑はそのまま右腕の拘束に移ってしまった。
どう見ても男女平等に獲物を逃さない気概を感じるベルトなのに、もしかして身長とかの関係で届かないのか、と黒光りするラバーの側面を見るものの、そこには左側だけでまだ3本もベルトが余っている。しかもその内の1本は金具の位置と種類からして、簡易的な手枷の役割まで熟せそうな仕様だ。どう見てもこっちを使うべきじゃないだろうか。
「え、傑……」
「これでちゃんと触りたくなる所には届かねぇし、抜けるような隙も余裕もやらねぇから、安心しろ」
これだと肩関節を外すだけで手が足のベルトに届いてしまうし、肘下が自由だと思いっきりマットレスを押すなり叩くなりしてベッドから拘束台ごと逃げ出せてしまう、と戸惑う悦に一般的には安心要素がゼロの説明をして、傑は禁欲的な白手袋に包まれた手で欲の代名詞みたいなローションボトルを持ち上げる。
横の化け物の所為でガチであればある程拘束に興奮する体にされた悦はそうなのか、と安心して枕から浮かせた頭を戻し―ー―パチンと蓋を跳ね上げられたボトルが自分の上ではなく傑の掌の上でひっくり返されるのを見て、びくりとまた頭を浮かせた。
「な、なにして、」
「知ってるだろ、お前なら」
ふ、と唇の端で傑が笑うが、器用な指の動きを少しも阻害しない上等な手袋をローションでびったびたに濡らすようなプレイなんて悦は知らない。しっとりした艶と、素晴らしい手触りの良さからしてどうせシルクか何かで作られているんだろうに、そんなことしていいのか。
濡れて肌の色が透けてきているのは凄まじくエロいけども、と思わず目を細めてローションが滴るのを見ていた瑠璃色が、不意に多すぎて雑多に押し込めていた記憶との既視感を覚えてはっ、と見開かれた。
悦が経験したことがあるのはストッキングだったが、ローションでひたひたに濡らした滑らかな布で性感帯を擦るプレイなら確かに知っている。
それが、どんなテク無し相手でもそれなり以上に気持ちいいことも。
「ストッキングには負けるかもしんねーけど、これでもイケるだろ」
「っ……!」
「ただ擦るだけじゃ面白くねぇしな」
俺が。
恐ろしい一言を付け足して、テクニックと名のつく物全てをカンストしている傑はしどとに濡れた左手を伸ばす。手袋が吸い切れずに掌に溜っていたローションが糸を引きながらとろり、と滴り落ちたのは、華奢な銀色に飾り立てられたままのモノの上だ。
「は……っ」
痛いくらいに早まっていた鼓動が更に高まり、期待に見開いた悦の眼の前で、ゆっくり降ろされた指先が下腹につきそうに勃ち上がった裏筋を撫で下ろす。
根本まで下りた所で掌を押し付けるようにして逆手に握り込まれ、中指と薬指の間に挟まれながらじゅる、と扱きあげられたその瞬間に、悦はこの手袋がストッキングに並ぶくらいの劇物であると理解した。
「ひぐっ……!」
素材からして恐ろしい手触りの良さだった所にローションで摩擦が減り、布なのかも定かではないような感触に成り果てた手でたった2、3回、緩く扱かれただけで悦は下腹をびくつかせてシーツを握りしめる。縦にぐるりと垂れた鎖を避けながら掌底に柔らかく先端を擦られるのが腰が抜けそうに気持ちいい。咄嗟に身を捩ろうとしてぎしりとベルトが鳴り、こんな僅かな身動ぎすらもう出来ないんだ、と自覚した頭の奥が熱く痺れて視界が滲んだ。
「んぅっ……ふ……ぅ、あぁ……っ」
長い四本指で半ばを扱きながら、親指が子供騙しのブジーで塞がれたままの周囲をぬるぬると撫でる。本来なら三擦り半も耐えられていない筈の悦が耐えている、というか耐えさせられているのが当にその子供騙しの所為だったが、貞操帯というだけあって華奢な銀色はちゃんと傑の邪魔もしていた。
サオの方で鎖の下から握り込んでいるから、先端では引っ張られたブジーが限界まで小さな穴に食い込み、張った細い鎖分の僅かな範囲で、それでも悦の泣き所をすっかり知り尽くしている指が縦横にそこを責めるのを防いでいる。
だが、前半は勿論、後半の役割についても悦にとっては邪魔でしかなかった。幾日かぶりのまともな射精への欲求はともかく、ローションストッキングの快感はこんなものではないと、元プロの淫乱は既に知ってしまっているからだ。
「傑っ、すぐるぅ……っと、ってぇ……!」
「なにを?」
「貞操帯っ……も、出したい……くるし、ぃっ……!」
「こういう苦しいは好きだろ。いいのか?」
「んんっ……お願い、おねがいします……っイかせ、しゃせいさせて、ください……!」
肘下だけが動く手を伸ばして、拘束台に寄り添うように片膝立てて座っている傑のスラックスの裾をきゅっと握り、貧弱な縫製を傷めないように緩く引く。じっと悦の反応を観察していた藍色が視線だけで振り返り、嗜虐的に濡れ光る藍色で悦を射竦めたまま、くん、と鎖を引いた。
「出したら、そのまま潮吹くまでイジメるけど」
いいのか?と意地悪く、腰砕けになりそうに色っぽく目を細める傑にまたびくりと下腹を波打たせながら、悦は頷く代わりに枕を押しやるようにして顎を上げる。錠としての存在価値は無に等しい小さな鍵は、返すタイミングを逃してそこに鎖で下げたままだった。
乾いたままの右手が褒めるように晒した喉元をくすぐり、ベッドの上に限っては非常に価値のある小さな鍵が本来の持ち主の手に渡る。
潰していた枕から頭を上げた悦が見つめる前で、鎖を手首に巻き付けた傑はまず、これだけがちがちにしていても殆ど痛むことの無かった根本のリングを外した。おもちゃみたいな南京錠に鍵を通し、サオの根本に巻き付いていたリングも外して、かぱりと半円に開いた2つのリングごと、そこに繋がった細い鎖を持ち上げる。
ずるん、と鳥肌立つ感触と共に無造作に抜かれたブジーに引き摺られて熱がせり上がり、咄嗟に悦は握っていたスラックスから手を離した。
「んうぅう……っ!」
縋るものを手放した指先で空を掴みながら、久しぶりのまともな射精の快感にくっと顎を引く。開放感を伴って尾骨を痺れさせるそれは当たり前に気持ちいい。けれど、悩ましげに眉を寄せた瑠璃色が閉じられることは無かった。
だって、”これから”がもっと凄いことを知っている。
「はいはい。これだろ?欲しかったのは」
「あぁああッ!」
見つめ続ける視線に当たり前に気づいている傑が、呆れたように言いながら全てを吐き出し終わったばかりの先端を掌で包み、ローションと手袋をべったり擦り付けるようにして手首を捻る。ぐちゅぐちゅと鳴る水音そのものに激しい快感が期待通りの鋭さで背骨を貫き、悦は叩きつけるようにマットレスに下ろした両手でシーツを握った。
「やぁあっ、つよい゛ぃいっ!」
「うるせぇよ」
「ひぐっぅう、ぅあっ、やぁあ゛あぁっ!」
下手な冗談でも聞かされたように笑いながら掌に押し潰すように擦られて、呆気なく悦はぷしゃりと潮を吹く。吹いている当にその時に尿道口をぐちぐちと抉って悦にシーツを滅茶苦茶に引っ張らせつつ、傑は蓋を開けられたままだったボトルを自分の手の上にひっくり返してローションを追加した。
出したものを洗い流す勢いで注がれた滑りを悦の粘膜にもたっぷり纏わせて、今度は掌ではなく白手袋に包まれた指先が、特に感じるカリや裏筋のくびれや尿道口を撫で回す。
「はぁうっ……ぅんっん゛ンんっ」
擽ったさを極限まで煮詰めたような耐え難い感覚に喉を反らして身悶えている内に、萎える猶予を全く与えられていないモノがまた芯を持ち始め、完全に勃ち上がった所で根本から先までずるりと扱き上げられた。さっきと違って貞操帯は無いから、扱くというよりは搾り取るような傑の左手を邪魔するものは何も無い。
「あっ、ぁっ、イク、いくッ……はっ、ぁ……あぅう゛ぅうッ!」
最後の一滴まで扱き出された、まだ薄い白濁が伝っている尿道口を押し当てられた中指にぬるぅ、と撫で上げられ、四肢で台を挟み込むように拘束された所為で身動ぎもろくに出来ない悦は思わず手を伸ばした。
震える指先がシーツを離しても、二の腕を固定された腕で届くのは体液とローションが伝い落ちる脇腹が精々で、射精した直後の飛び上がるほど敏感で辛い刺激に、苦しそうにぴくぴくと震える小さな穴を丹念に可愛がっている傑の手には掠りもしない。
「……ほらな」
長い指の根本から先まで舐めるように撫で下ろし、指をぐるりと縁取る縫い目の形をそこに教え込みながら、乾いた右手を自分の膝に投げ出した傑が笑う。
「届かない」
「っ、……ん゛ぅ―――!」
その言葉にぞく、と背筋を震わせる暇もなくまたすっぽりと先端を包んだ掌を、撓んで潤んだ繊維の感触がはっきりと解る強さと速度でにゅるりと擦り付けられ、悦はどこにも届かない指先で空を引っ掻いた。悪寒や寒気とよく似た、それでいて比ではないぞくぞくが腰骨と背骨を伝って全身に染み渡る。
それがドライの予兆だと、ローションでひたひたに濡れたストッキングやガーゼで適切な力と速度で亀頭を擦られると浅いそれが来ると、過去の経験から知っていた悦は咄嗟に奥歯を噛んでそれを堪らえようとした。堪らえようとして堪えられるものなら世話は無いとも知っていたが、それでも今のペースはあまりに早すぎる。
「んっ、んん゛ッ……や、め゛……ちがうの、クるっ、からぁ……ッっ」
こんな調子じゃ夕方前に廃人になる、と唯一届く傑の太腿を震える指で引っ掻くと、人肌には真似出来ない感触で過敏になった粘膜を撫で回していた掌がぴたりと止まった。
「はっ、……はぁっ……?」
「……」
やめてとは言ったが、まさか本当にやめて貰えるなんて思っていない。瞬きで涙を払って傑を見上げると、どう見たって限界まで追い込む時の目をした藍色も悦も見ていた。
黙ったまま、何かを待っている。引っ掻いたことへの謝罪かと思って口を開きかけ、いやでも今日の拘束はこうやって届かない手を必死にじたばたさせる様を愉しむ為のものだしな、と思い直し、無意識にどこかの関節でも外していたのかと悦が自分の体を見た所で、やっと傑は口を開いた。
はぁ、と解りやすく溜息を吐いて自分の左手に視線を戻し、適切な力と速度で粘膜を磨き上げて悦を射精以外で絶頂させる作業に戻る。
「ひっぃ゛!?なんっ、なに、なにぃっ!?」
何かに失望された事は辛うじて解るものの、一体自分の行動のどれがどう傑の期待外れだったのかが解らず、悦は右手でシーツをかき乱しながら左手で傑の太腿を掴んで揺さぶった。ロールプレイを放りだしてマジでわかんない、と訴える悦に、服装までロールに忠実な傑は煩そうにちらと視線を寄越し、無情にも悦の手をぺっと足から払い落とす。
「お前、今の自分の立場解ってるか?」
「っど、れい……調教、されてっ、る……せいどれい、ですっ」
「だよなぁ。その調教中の性奴隷がなんで、願い通りにやめて貰ったのに黙ってるんだよ」
「そ、……だって、それはっ、んンっ……!」
「ありがとうございます、だろ」
そんなシステムだなんて知らなかったから純粋に戸惑っていただけなのに、傑はさも呆れたような顔をした。このシチュエーションであのタイミングで礼が言えるのなんて悦が知る限り幽利くらいだ。
力で跳ね除けられるのに意思で徹底的な服従を選び続けているアルティメットドMと比べられたら立つ瀬が無いし、お遊びであの境地まで堕ち切るのは流石に無理だと心底訴えたかったが、そうしている間にも傑は手を止めてくれなかったので、がくんとキツい拘束の中で仰け反った悦は視線でさえも何かを訴えることは出来なかった。
「それむり゛っ、イっ……ぁあ―ー―ッ!」
「やっぱ解ってねぇな。しょうがねぇ、もう一回そこからお勉強し直すか」
「ひぃい゛いいっ!?」
「ほら、ちゃんと見てろ」
とぷとぷと濁った先走りを零す尿道口を爪先で掻き回しながら、もう片方を枕と後頭部の間に差し入れ、緩く髪を握るようにして傑は強制的に悦の顔を上げさせる。
「手も足も出させねぇし止めてもやんねーけど、何されるか見るのは許してやるから」
「あ゛ぁああっ!傑っ、それやだぁあッ!」
「やっぱここ責めると痙攣すげーな。バイブ並み」
「やめてっやぇてぇえッ、あーーっ!あぁ゛―――っ!」
長い指の隙間から吹き出した潮ごと、白手袋にすっぽり包まれた先端がぐちゃぐちゃに擦り立てられるのを見せられながら、悦は濡れたラバーの側面に爪を立てた。掴まれた頭の中まで引っ掻き回されるような、苦しくて辛い快感に全身が跳ねるのに合わせて、内側に金属の骨格を持つ拘束台までもがシーツの上でガタガタ揺れる。
延々と射精の直前で寸止めにされているような、それと同時に浅いドライでの絶頂を延々と引き伸ばされているような、そんなとにかく凄まじいとしか表現出来ない泥沼の中に、焦燥感と綯い交ぜになって頭から沈められているようだった。
「あぁ゛ぁ……ぁっ……」
まともな射精すら久しぶりだった悦にとっては到底耐えられるものではなく、特に切っ掛けもなくぷつん、と糸を切るように意識が飛ぶ。
「起きろ」
「ッは、……ぁあ゛ああ゛!」
そして、非情な声と共にめり込むような強さで押し当てられた指の腹に尿道口を擦られて、戻される。
滲んだ視界の中でまた白い手が動くのを見て、掴まれた髪が引っ張られるのも構わず、それやだ、と首を横に振ろうとした悦の頭を、長い指がぐっと掴んで隣の美貌に振り向かせた。
「早いの無理?」
海の底のような藍色に射竦められながら、がくがくと頷く。
「じゃあ、ゆっくりなら起きてられるな?」
「ぁ……う、ぅ……っ」
「返事は」
「っはい、は……いぃぃ……っ!」
反射的に頷いた頭をがっしり掴まれたままぐいと元に戻された先で、揃えられた3本指が言葉通りにゆっくりと舐めるように先端を擦るのを見せつけられ、悦は泣きながらシーツを手繰った。
「ぅあ゛っぁ、ああ……あぁあぁぁぁ……っ」
「ここ撫でられンの好きだよなぁ、お前」
ずるり、じゅるり、と親指と小指に挟まれて逃げ場の無い先端を指の腹で撫でながら、ぼろぼろ涙を零して全身を震わせている悦の事など肉体的にも精神的にも考慮せず、なぁ?と酷薄な微笑が聞く。
「しゅ、きっ……ですっ……ああ゛ぅうっ……ありがとぉ、ございま、すっ……!」
「こうやって握って擦られるのも、潮吹くくらい好きだよな」
「……ひっ!……ゆっくり、ゆっくりに、して……や、やさしくっ、されるの、好きです……っひぅ、う!」
「ここだけくちゅくちゅ抉られるのも、キツくて好きだろ?」
「ひぐぅうううぅ……っしゅき、ぃい゛い……っ!」
「……これアリだな。解りやすくて面白ぇわ」
次々に攻め手を変えて悦を泣かせながら、国も傾きかねない仕草で僅かに首を傾けた傑は、握ったシーツを腰の高さまで引っ張ったり、ぎゅうとマットレスに押し付けたり、かと思えば薄い布すら掴んでいられないほど震え強張った指先で皺の寄ったそれを掻く、手を見ていた。
後先を無視して懸命に従順になろうとしている悦のことなどまるで無視して、その手だけを。
「ひ、ぁ゛」
そんな、ひどい、と思うのと同時に体の芯にずしりと重い熱が落ち、それすらも一緒くたに冷たい膜を纏った温かい指先に掻き回されて、ぐるりと瑠璃色が半ばまで瞼の裏に隠れる。
髪を抜かないように頭を掴んだ指先が、折に触れて柔らかくうなじを撫でてそこを愛でていたのを、悦は最後まで気付かなかった。
夕焼けの紅に部屋が染まりきった頃、しどとに濡れた悦は同じく濡れそぼったラバーの上から降ろされた。
ぴくぴくと震えるばかりで力の入らない体を抱き起こされ、朦朧としたまま口元に宛てがわれたペットボトルから冷たくて少し甘い水を飲む。時間を掛けて痛まないよう丁寧に嬲られ続けた粘膜と同じく、苦痛と紙一重の快感に掻き乱され続けた頭の中もじんじんと痺れていた。
いつの間にか中身の無くなったペットボトルがシーツの外に放られ、何とはなしにそれを追った視界の端が紅色にきらりと光る。
見慣れた光沢。何より手に馴染んだ仕事道具と同じ、金属の輝きだ。
でも今は傑がそばにいるから、いらないな、とその行方を追わずに茫洋と瞬いた瑠璃色が、ぎくりと見開かれる。
「ぁあ゛っ!?」
ふわふわとした忘我から一瞬で覚醒して跳ねるように頭を起こした視線の先で、先ほど朦朧としながら「いらない」ものとして見過ごした輝きが不安定に揺れていた。ナイフでも貞操帯でもなく、小さな金属の弾が数珠つなぎになったような尿道ブジーが、傑に手ずからぴかぴかに磨き上げられてしまった場所に突き立っている。
「危ねぇな、急に動くなよ」
「いっ……!」
焦るでも怒るでもない声と共に、支えとして添えられていた手にぎゅっとまだブジーが通っていないサオの半ばを握られて、恋人がまず与えることのない鈍痛に悦は今の状況と立場を思い出した。
起こしていた頭をそろそろと傑の左肩に乗せ直し、背中と体重を胸板と、手摺の代わりに膝立てられた左足に預け直して、腰で座る体がシーツの上を滑っていかないよう鳩尾に回された右腕に触れる。
ほんの一瞬だけ痛めつけた所を優しく撫でる傑の左手は、まだ濡れた手袋に包まれていた。
「ごめん、なさい……」
「いい子に出来るか?」
「する、……じっとしてる……」
辛くて苦しいくらいの快感に泣かせるのは好きでも、傑は痛めつけるのは嫌いだし、勿論悦だってそうだ。全身から出来るだけ力を抜いて頷くと、右手でぽんぽんと宥めるように腰を叩いてから、傑は貞操帯と同じ場所までブジーが埋まったモノから左手を離した。
ローションとそれ以外とで濡れそぼった布を中指の背の辺りを噛んでずるりと脱いで、顔を反らしてシーツの上に落とす。首を巡らせて間近にそれを見た悦がふるり、と小さく震えるのをまたぽんぽんと宥めて、その右手からも白い布を脱いでぽいと放ってから、絶対に手元が狂わないようになった指先がブジーに添えられた。
痺れる尿道口にちり、と痛みになり損なった熱さを残しながら、子供騙しじゃない鈍色がゆっくりと沈む。
「あぁ、ぁ……っ」
長く嬲られて神経が鈍化したそこはつぷ、つぷ、と凹凸に割り開かれる感覚も曖昧なのに、亀頭責めの最中に鋭く駆け抜けていた辛い電気とは違う、甘い痺れが悦の背中を震わせた。緩く湾曲した硬い金属にその奥にある焦らされ続けたしこりを貫いて欲しくて、きっと今日も指一本満たしては貰えないナカがきゅうきゅうと引き攣れるように疼く。
「ぁ……ふ……っ」
「悦、足開け」
ひたりと耳元に当てられた唇に囁かれて小さく肩を跳ねさせながらも、悦は言われた通りに足を開いた。ブジーの先端はもう括約筋のほんの手前まで来ている。
「膝は外。……もっと。まだ」
は、は、と期待に震える息を吐いて、命じられた通りに膝と爪先を外にして、自然と膝が少し曲がってしまうくらいに大きく開く。ぐにゃりと背後の傑に凭れ掛かった不安定な姿勢も合わさって、内腿に上手く力が入らない。
これから与えられる快感が少しも堪えられず全身に行き渡る状態になった所で、傑はまたぽんぽんと叩いてから右手を骨盤の上に置いた。”また”不用意に悦が動かないように背を仰け反らせる動作の起点を掌で押さえ、左手の中指でブジーの頭をとん、と軽く叩く。
「お前は腰から下が特に強いから」
とん、とん、とまだ抜かれていない括約筋越しに優しく揺らされる度に、幾日かぶりに直接的な刺激を得た前立腺からじゅわりと甘い快感が染み出して骨まで痺れる。集中して拾い上げる必要の無い、意思で取捨選択出来るような次元にない、芯を溶かして喰い尽くす悦の大好きな感覚だ。
「いつもある程度のトコでブレーキ掛けるんだよ。ここと、足で」
気づいてたか?とブジーを揺らされながら聞かれるのに小さく首を横に振る。無意識の内に与えられる快感を制御しているという、純血種も認めてくれた強い体幹の源である悦の足腰は、千切る勢いで引いたり押したりするベルトも縄もなく、しがみつくように挟む体も無く、今は力なくシーツに投げ出されるばかりだ。
「閉じたくなるけど、閉じるなよ。その方が気持ちいいから」
「わか、った……」
もうきゅっと丸めてしまいたくなっている爪先を伸ばしたまま、上ずって浅くなる呼吸を深くして、傑の右肘と手首を掴む。そうして受け止める準備をした悦の耳朶に褒めるようなキスを1つ落として、傑は中指だけで触れていたブジーを親指と人差し指で摘んだ。
膀胱の手前まで届くブジーが一息で持ち手のリングまで沈められ、壁越しに柔く叩かれるだけでじゅわじゅわと甘いものを溢れさせるほど、たっぷりと快感を溜め込んだ前立腺のど真ん中を貫く。
どくり、と重く脈打つような感覚。
「っっ―――っ!!」
貫かれた、と認識する暇もなく、芯を食った根深い快楽がパン、と悦の視界を真っ白に染め上げた。染み付いた感覚でぎくんと硬直して大きな波を受け止めようとして、いつもならストッパーの役割をする箇所が全く機能せず、一切の抑えが効かないまま全身飲み込まれていく。
「あ゛ぁあッぁあああっ!」
上に仰け反れない体が少しでも衝撃を逃がそうと横に捩れて、スプリングを軋ませながらがくがくと痙攣する。その震えすらも貫かれたままの源泉に響いて浅い波を呼んだ。全身の神経という神経を溶かして犯し尽くすその快感に、悦の意思が介入する余地は微塵もない。
「ぁあ゛っ……あ………は、あ……!」
久しぶりにしたって長く感じる衝撃が過ぎ去ってやっと息継ぎが出来て、悦は傑の左足に斜めに寄り掛かったままくたりと力を抜いた。波が高い分だけ余韻も深く、そこに飢えを満たされた充足が多幸感として合わさって、体だけでなく頭まで蜜のようになってどろりと溶けていくような心地になる。
すごい、と脳を介さず漏れた声は震えた。
「きもち……ぃ……」
ドライってこんなに気持ちよかったっけ、とびしゃびしゃに脳内麻薬に浸かった頭で呟くと、手間暇を掛けてお膳立てをしてくれた傑の右腕がぐい、と悦を抱え直した。ぐったり脱力した体を元通りその左肩に頭を乗せるようにして、その動きでじわりと染み渡る快感に震える耳元に、また完璧な形をした唇が触れる。
「足、閉じるなって言っただろ」
「……ぁ……」
ぞわりと骨を通り越して本能に響く声に、緩んでいた視界のピントが戻った。
目を開けているだけで何も見てはいなかった視線を自分の足に落とすと、シーツに皺を寄せた悦の足は確かに肩幅より少し広いくらいの角度まで閉じていた。膝も内を向いている。極上のドライオーガズムに跳ねて硬直して痙攣している内に、筋肉だの健だのの関係で自然とそうなっていた。
閉じたいと思って閉じたわけじゃない。さっきの絶頂に伴う全てにおいて悦の意思が入り込む隙は一切無かった。けれども、事実として悦の足は傑が指定した角度より閉じている。
「ご、ごめんなさ、」
「ちゃんと出来たらさっきの気持ちいいの、気絶するまでしてやろうと思ってたのに」
振り返って謝ろうとするのを耳朶を甘噛みして止めて、傑は多少動いたって体を傷つける心配が無いほど深くまで嵌まり込んだブジーから左手を離した。表情が見れずにびくつく悦の反応を愉しむように、長い指が引いた汗がまた滲んだ肌を撫で上げる。
振り返れない悦には背後にいる傑の顔も目も見ることは出来なかったが、鋭敏になった皮膚感覚によって、耳の裏に当てられた唇が薄く笑うのだけは解った。
「まだお預けだな」
「ひぅっ……!」
鎖骨まで通り過ぎてから引き返してきた指先にきゅ、と乳首を摘まれて喉が反る。絶頂後でまだ柔らかかったそこはくにゅくにゅと強弱をつけて押し潰されるとすぐに芯を持ち、肌のすぐ下がざわめくような痺れをさっきとは逆方向に背骨から腰へ送り込んだ。
「膝曲げていいから、さっきと同じとこまで開け」
つんと尖った先端をすりすりと指の腹で撫でられながら、また浴びせられる快楽に対して一切の防御が出来ない姿勢になるように命じられる。傑の右足はフリーなんだから強制的に足を開かせることも、なんなら広いベッドの隅に追いやられたラバー張りの拘束台を使うことも出来るのに、あくまでも悦自身に悦の意思でその姿勢を取らせる所が本当に意地悪だ。マゾヒズムの煽り方を心得すぎている。
「はぁ、あ、あっ!」
ブジーが揺れないようにそろそろと大きく足を開いて、乳首を爪先で柔らかくカリ、と引っ掻かれる度に自然と筋が浮くほど力の入る内腿を膝立てて爪先を外に向けると、末端に逃がせなくなった快感がストンと直通で胸から下腹へ突き抜けた。思わず跳ねようとした腰は少しもシーツから浮かせられず、外側に逃がせなかった全てが内側の深い筋肉を震わせて、中心をじっと押し広げられている前立腺へと響く。
悦はいつも乳首でイく時には、快感を絶頂に慣れた前立腺への感覚に繋げることで達していた。2日目の調教の時には、経由地を意識しなくともイけるまでにその回路を何度も繋がれた。そうして深く繋がれた一方通行の回路に、今日はブジーの所為で明確な返りがある。
ストンと下ってきた快感は同じ道を通って倍以上の強さで打ち返され、乳首を弄られている筈なのに、と混乱している内に、重さの代わりに瞬発力のある絶頂が曲げられたまま固定された背骨を貫いた。
「あっ!?イ゛っくっっ!」
来る、と思った時にはもう過ぎた後で、悦はせめてと喉を仰け反らせたまま呆然と天井を見上げる。反射的にイくと叫んだが、実際の所はイった、が正しい。そのくらいのスピード感だった。
しかもそんな速度で駆け抜けておきながら、余韻を味わう暇もなく痙攣によってブジーを前立腺できゅうと締め付けてしまい、次の波になる快感がすぐに体の内側に溜っていく。くにくにと起点でありながら経由地でもある乳首を押し潰されるのがぞっと首筋が冷えるくらいに気持ちよくて、自然と爪先が内向いて足が閉じようとするのが今度は悦にも解った。
「イった、イってるからっ、いま、いまだめっ!」
「だから、足」
「あぁあ゛あっ!むり、むりぃ゛っ!」
悦だって解っているけど、そんな風に溜息混じりに言われたって、咎めるようにきゅうと摘まれた乳首を捏ねられたって、相乗効果でじゅくじゅくと前立腺まで感じてしまう今は大人しく足を開いているなんてとても無理だ。
そんな無茶振りするくらいなら押さえるか縛るかして、と懇願する為に後ろの傑を振り返ろうとして、そうする為に右腕の下で無理に身を捩ったことでごりゅ、と音がするくらいに前立腺を抉られる。
一瞬意識がトんだ。
「あ゛ぁ――っっ……!」
「危ねぇって」
上半身を半端に捻った姿勢から後にも先にも行けなくなり、痙攣しながら内側に倒れそうになった悦の左足を、傑がブジーに干渉しないよう右足で太腿を押しやるようにして開かせる。
また右腕一本で軽く持ち上げるようにして抱え直されたが、下半身ほどでは無いが上半身もそれなりに強い悦が無理に身を捩って筋を痛める事を危惧したのか、それとも拘束台の時のようにのたうつ様を眺めて愉しむ方向へ切り替えたのか、今度は回された腕に隙間があった。途端に押さえつけられていた腰がくん、と跳ね上がり、怪我をしない範囲で大きく揺れたブジーに前立腺を突き回された悦の呼吸が止まる。
「ッはぁ゛っ……ひ、ぁ……ぁあぁぁ……っっ」
腰がシーツに落ち、仰け反っていた頭もかくんと垂れると、今度は右手ではなく左手がまた宥めるようにぽんぽんと悦を叩いた。中指が乳首を捉えた掌に胸を優しく叩かれる、その刺激も前立腺にじんじんと響いて、開きっぱなしの口から舌と嬌声が零れ落ちる。
十分な深さと太さで回路が繋がったからか傑はもう足を開けと命じることは無かったが、出せるものを全て垂れ流しにして顔をどろどろにした悦がついに声も満足に出せなくなるまで、ブジーを抜いてくれることも無かった。
「はい、あーん」
「……ぁ……」
促す声に従って開いた口にスプーンが差し込まれ、一口大の半分に切られた少しえぐ味のある長方形をとろりと舌に落とす。口を閉じるとさくりと潰れ、舌の付け根が痺れるほど甘い蜂蜜を溢れさせるそれは、悦のとっておきの巣蜜だ。
とびきり高価な訳でもないのに濃厚な甘さが贅沢に感じて、体力が落ちている時や食欲が無い時に少しずつ大切に食べていたそれを、傑は惜しげもなくスプーンで掬って次々と食べさせる。微かに陶器と金属が擦れる音がするから木枠の容れ物から直接掬っている訳では無い筈だが、普段悦が1回分の目安にしている10センチよりは明らかに多い気がした。残りを全て切ってしまったのかもしれない。
勿体ない、と頭の片隅で少し思ったが、綺麗に拭かれた顔にアイマスクをされた悦には実際にどれだけの量を食べたのか、どのくらい残っているのか解らないので、あーん、と促す声に従ってまた口を開ける。1日や2日食べないくらいでへバるほどヤワではないけど、肉体的に痛めつけるのが嫌いな調教師は食べない、なんて選択肢は許さない。
切ってしまったものは食べないと仕方がないし、と自分に言い訳をして、疲れた体に染み込む贅沢な栄養と、枯れた喉を癒やす甘さを飲み込んだ。
「まだ欲しい?」
「んん……」
最後に食器に残った蜂蜜だけを掬って飲ませてくれた傑に、小さく首を横に振る。頭上で両手を縛る縄がぎしりと軋んだ。
「ちょっと顔上げられるか?喉乾いただろ」
悦の足元に食器を置いた傑が、包むように頬を支えながら口元にペットボトルをあてがって、喉に引っかかっていた蜜蝋の欠片を流し込んでくれる。少ししょっぱい経口補水液。咽ないようゆっくり傾けられるそれを飲んで、もういらない、と思った所でほんの少し頭を動かすと、じゃぷんと水面が揺れる音を立てながらプラスチックの飲み口が離れた。
「冷蔵庫にあったミートソース、昨日の昼の残り?赤い蓋のヤツ」
「っう、ん」
しゅる、と首に掛けられた縄の感触に肩を跳ねさせながら、巣蜜を取りに行った時にそれに気づいたのだろう傑に頷く。今首に掛けられたのと同じ種類の縄と、最大高度までバーを伸ばされた懸垂マシンがまた頭上でぎしりと鳴った。
「あれ食べていい?俺も腹減った」
「っ……すぐる、の……だから」
いいも何も、あの赤い蓋のタッパーに入れたミートソースは、最初から傑の為に残しておいたものだ。本当は今日の昼にでも傑にラザニアにして出して、悦はメープルシロップとバターをひたひたにしたパンケーキを食べようと思っていた。
「俺用に残しといてくれたのか。ありがと」
「うん、う……ん……っ」
とろりと蜂蜜よりも甘い声で大して手間も掛けていないミートソースに喜びながら、ちゅっと頬にキスを落とす。その間にも傑は首に掛けられた縄の両端を纏める形で鎖骨の間に結び目を作り、足がつく高さで両手を一纏めに吊るされた悦の体の中心に沿って2本の縄を這わせ、ブジーを抜かれて流石にもう勃ちきらないモノのすぐ上にもう1つ結び目を作る。
「何で食うのが美味い?」
「らざにあ……とか、……ぁっ」
「ラザニアか。悦はどうやって食べた?パスタ?」
「……っ」
股縄だ。根本の左右を挟んで掛けられた縄の感触でそれに気づいてしまった悦は、もうのんびりした日常会話なんて続けられずにただ頭を縦に動かした。パスタもいいな、なんて声の手前できゅ、きゅ、と体から離れた縄が結ばれる音がする。ぐっと体温と気配が近づいて、作られた結び目を会陰と、何ももらえる筈なんて無いのに物欲しげにひくひくと縁を震わせる後腔に当てられて、首の後ろが少し引っ張られた。
「ちゃんと立て」
「っ……!」
ごり、と食い込む固い結び目に思わず爪先立ちになって前屈みになっていた姿勢を、ミートソースの話をしていたのと同じ声音で咎められる。息を呑んだ悦が背筋を伸ばすと、谷間を通して背骨の上を這い上がった2本の縄は首に掛けられた輪を背中側に少し引っ張るようにしながらそこに縛られ、その細さで頸動脈を締めないように余った端をくるくると巻きつけるようにして処理された。
「悦、あーん」
「……ぁ、……う……!」
蜂蜜を与える時と同じ調子で棒状の口枷を噛まされ、後頭部でアイマスクと接続する形でベルトが留められる。頭から頬、首、と撫でる傑の手は悦の体を縦断する縄を辿るようにしながら更に下り、右足の膝裏に差し入れられて、体重の半分を支えるそれをぐっと持ち上げた。
折り畳んだタオルを膝裏に当てた上からまた別の縄が掛けられ、膝が腰より上に来る高さで右足も吊られる。頭上でまたバーが軋む音がしたが、トレーニングルームから運ばれたマシンの耐荷重は200キロだ。暴れた時を想定して傑が右足を吊る縄にぐっと力を加えても、がっしりした土台と重量を持つ金属の枠組みは軋みはしても揺らがない。
「ラザニアにするわ。そっちの方が時間掛かるし」
「んん……!」
「いい子にしてろよ」
「ぅ、うぅっ……!」
やだ、と首を横に振った悦の額にキスを落として、間近にあった傑の体温が離れていく。いかないで、と追い縋って大きく揺らした体に股縄がぎちりと食い込み、それに息を詰めている間に、悦と違って消す必要も習慣も無い足音は寝室を出ていってしまった。
ぱちん、とリビングの電気を点ける音がするが、革のアイマスクにぴったりと覆われてしまった悦の視界は透ける光も無く真っ暗だ。ぎし、ぎし、と呼吸に合わせて腕と足の縄が軋む音に、キッチンでざー、と水を流したり密閉性の高い冷蔵庫をばくんと開ける音が重なって、壁一枚隔てた日常との落差に目眩がする。
……そう言えば、今は何時なんだろう。
爪先立ちになって少し上半身を屈め、散々ブジーに拡げられてふっくらと充血した会陰を押し潰す股縄の圧力を逃がしながら、悦は縄に縛られて目も口も塞がれた自分の状態から気を逸らす為に思考を回す。
拘束台から降ろされた時にはまだ夕陽が差していた。回路が深く繋がりすぎて乳首にどれだけ軽く、優しい刺激をされてもすぐに連続でイくようになった頃には、日も落ちきって真っ暗に近かった。
最後の方は気絶しないよう、ぴんと弾くようにされてイった後は抱きかかえられたまま何の刺激も与えられず、絶頂の余韻でブジーを食いしめて脳が溶けるような甘イキを沢山させられた。呼吸と心拍が落ち着いてまた乳首を弾かれる、それまでのインターバルの間のどこかで傑は寝室の電気を付けていた筈だ。
度々意識が飛んでいたから、じゅくじゅくと自我を蝕まれるような快感に「きもちいい」と啜り泣いていた時間がどのくらいだったのか、正確には解らない。縄に吊られながらもちゃんと立てている体力の事を考えると、日が落ちきってから2時間は経っていない気がした。
多分、7時くらいだ。8時にはなっていない。傑が何時までを「今日」と区切っているかにもよるが、ざっくりあと5時間。夕飯を食べてくるだけみたいな言い方をしていたが、きっと食べ終わっても傑は戻ってきてくれないだろう。贅沢な栄養を与えられた悦の体と頭を絶頂漬けから休憩させる為に、2時間以上は吊るされたまま放置される筈だ。そもそもソースが出来ていればラザニアなんて、大して時間の掛かるような料理でも無い。
「……ふ、ぅ……っ」
左足が疲れてきたので浮かせていた踵をゆっくり下ろし、縄2本分のごつごつとした結び目に会陰を押し潰されるのに深く息を吐いて、圧迫される感覚に集中してしまわないように耳を澄ます。ホワイトソースの作り置きは無いのに、コンロを使っている音はしない。
そもそも本当に傑はラザニアを作っているんだろうか。燃料じゃなく飯を食えと叱る悦の目が無いのを良いことに、温めもせずミートソースだけ食べていそうだ。
いや、流石にそれは無いか。市販品じゃなくて手作りのミートソースだから。
燃費の良すぎる構造上3日で1食あれば十分だと言いながら、傑は悦が作ったものは甘味以外なんだってよく食べるし、一緒に外食しに行っても普通に食べるし、時間が合う時は必ず一緒に食卓につく。3年掛けた食育のお陰で、悦が居なくても1日水以外を口にしなかったり、味を度外視した粘土みたいな戦場糧食で栄養だけ補給するようなナメた真似もしなくなった。純血種には料理の知識も技術も備え付けだから、これはこうやって食え、と指定すればちゃんと自分の為の料理も作る。
だから行程をいくつか飛ばしているとしても、きっと悦が指定した通りにラザニアを作って、食べるんだろう。言葉にされなくても「美味い」と思ってくれているのがありありと解るくらい、ソース一滴残さず綺麗に。
努めて思考を働かせている脳裏に、「美味かった」の言葉と共に欠片1つ残さず完食された食器から想起された、対面で、隣で、一緒に食事をしている時の傑の姿が浮かぶ。
作り物みたいな美形の癖に意外と一口が大きくて、器用な指はカトラリーを使うのも当たり前に上手くて、構造上は必要ないのにちゃんと真剣に食事をする藍色は少し伏し目がちで、なのに反応を伺う悦の視線にはすぐに気づいて、必ず、欲しい言葉を。
……マズい。今はこれ以上はダメだ。
「ん、う……っ」
いつの間にか傑のことばかり考えていると気づいて慌てて思考を打ち切るが、切り替えるために頭を振ったその動きでぎしりと縄が鳴り、股縄が食い込んで、悦はアイマスクの下の目をぎゅっと瞑った。
必死になって別のことを、心が凪ぐか、逆に苛立つようなことを考えようとする。思い出すだけで腸が煮える、或いは見飽きた理不尽への諦観で平静になる、そんな記憶はいくらでもあった。なにせ傑に会うまでは安寧の概念すら知らなかった人生だ。ほんの数年記憶を遡れば事足りる。
トラウマなんてものを覚える繊細で上等な感性が自分に残っている筈が無いと信じている悦は、べったりと汚泥のようにこびりつくものを邪魔だから片隅に追いやっているだけで、忘れようと努めたことすら無い。
だからほら、例えば、
例えば、
……ああ、ダメだ。
「く、ぅ」
いくら他のことを考えようとしても、愛情を底無しに溶かして呑んだ藍色が消えてくれない。股縄が特にきつく食い込んでいる場所がトクトクと鼓動に合わせて脈打つのを意識の外に放り出せない。
……寂しい。
「ふっ……ぅうう……!」
駄目だと解っていてもその言葉が浮かんでしまえば、もう終わりだ。思う壺だと知っているのに、縄に吊るされて暗闇に放置されるのが切なくて堪らなくなる。早く戻って来てと、それ以外のことはもう考えられなくなる。
長時間快楽漬けにされて脳内麻薬に半分浸かった頭で、寂しい、切ない、とむずがるように鳴いてしまえば、何度絶頂させられたとしても真には満たされていない、まだ電池切れまでには余力がある淫乱な体に火が点くのはあっという間だ。
「ん、んっ……く、ぅう……っ」
吊られた不安定な体を左足一本で捩って、圧迫されてじんじんと疼く会陰に固い結び目を押し付ける。過保護な調教師で恋人の手によって毛羽立ちも無く滑らかに処理されていても、縄は縄だ。加減無しに擦り付けるような真似をすればすぐに皮が剥けてしまうから、なるべく摩擦が少ない形で、ごつごつとした表面が角度と強弱を変えてそこを抉るように体を揺らす。
ぎ、ぎ、ぎ、と規則性をもって縄が軋む音に、オーブンの低く唸るような稼働音が重なった。
「ふっ……ふー……っ」
体重の掛かった手首が痛くなって来たので一度左足を立て直して、吊られた右足に体重を掛ける。刺激の無くなった会陰が、その奥の前立腺が、不自由で中途半端な刺激しか貰えないと知っていてもじゅくじゅくと疼き始めるのを待って、首に繋がる縄を引くように少し胸を反らした。
ごり、と疼くしこりを縄に強く抉られる快感に、吊られた爪先が空を蹴る。
この強さに慣れてしまうと30分で流血沙汰だ。そう自分に言い聞かせて、揺れそうになる腰を押し留めてまたしばらく待った。焦れったいし切ないけれど、こうした方がじわんと骨盤が甘く痺れる感覚を結果的には長く愉しめる。
縛られた両手で縄を握り、頭を深く俯けて、出来る限り体の力を抜くよう努めた。貧弱な自制心が保つ限界まで自分で自分を焦らして、もう一歩だけ焦らして、吊られた足の所為で右に傾いている体を左に捻る。
「っ……ふぅうう……!」
ぐりん、と動いた結び目をこれ以上引っ張らないように少しだけ顎を上げて、悦は頭の芯を痺れさせる甘くて焦れったい快感を味わった。深く響いた余波が消えるまでそのまま待って、噛まされた棒の隙間からふうふうとすっかり上がった息を吐きながら、左に捻っていた体をゆっくり元の位置に戻す。
バン、とオーブンが閉じる音がした。
ああ、傑は料理を、食事をするのに、と吊るされながら不格好な自慰をする自分との対比を敢えて考えて、煮込み料理の真っ最中に時々震える手で底が焦げ付かないよう木べらを動かしながらバックでヤったり、食卓テーブルで椅子じゃなく傑の膝に跨って遅い夕食を食べさせられながら腰を振ったりしていた過去を一旦亡き者にして、いけないことをしてる、と自分の羞恥を煽る。その方が気持ちいいからだ。
絶対に何一つ満たされないと知っていても、普段なら話にならないヌルさと淡さだとしても、少しでも溺れていないと2時間なんてとても耐えられない。
構われなくて寂しい、ではなく悪さをしているのがバレたらどうしよう、と思考の方向を捻じ曲げて、ぺたぺたと素足で床を踏む足音を耳で追う。開けっ放しの扉の向こうから、仄かに焼けたチーズとミートソースの匂いがした。ラザニアが出来たらしい。
「……ん……?」
きっとソファで食べるつもりなんだろうと、そう思っていたのに足音がリビングを真っ直ぐ横切ったので、悦は疼きに集中する為に俯けていた顔を上げた。さっきよりも強くラザニアの匂いがする。縄を鳴らしていたから、暴れてどこかを擦りむいていないか確認しに来たのだろうか。
「んう……?」
ちらっと顔を出すだけじゃなくしっかり寝室に入ってきた傑を、塞がれた口で呼ぶ。心配しなくても、血を見るのは悦だって嫌だからそんな派手な暴れ方はしないのに。わざわざ股縄まで掛けておいて、勝手に一人遊びをするな、なんて叱るつもりでも無いだろうし。
どうしたんだろう、と気配と音を探る悦の前で、縄でないものが小さく軋む。
ベッドのマットレスが沈んだ音だ。かちゃ、と食器が擦れる音がする。こんな状況でなければ食欲を唆る、出来立てのラザニアの匂い。
まさか。
「……ん、美味い」
「っ……ひ……!」
アイマスクで何も見えない悦にもよく解るよう、いつもの調子で手作りミートソースの出来を褒める傑の声に、悦は背筋を粟立てて小さく悲鳴を上げた。
「……どーした?固まって」
「……っ」
意外と大きな一口を咀嚼する、その間を開けて、見ていなくても悦が何をしていたのかは手に取るように解っている傑が笑う。
「腰の振り方なら知ってるだろ」
そうからかわれても、すぐ側に傑の気配を、視線を感じてさっきまでの比ではなく結び目が食い込んだ所が炙られるように疼いても、悦はもう身動ぎ1つ出来なかった。どうやらこういうシチュエーションの時はこう感じるべきらしい、なんて付け焼き刃とは次元の違う、自然と耳まで赤くなるような羞恥がぞくぞくと縄の這った背筋を撫で上げる。
欲望に正直な体は丁寧に熟れさせられた会陰だけには留まらず、物欲しげに下の口をひくつかせてもう一つの結び目までしゃぶり始めたものだから、傑がラザニアを食べ終わる頃には悦は体中をしっとり汗に湿らせてぶるぶると左足を震わせていた。
「うぅうっ、ふ……ぅうぁあ……!」
そこから約1時間。悦の飲み差しの経口補水液を飲み切って、食器とペットボトルを片付けて、羞恥と疼きに板挟みにされた悦が耐え兼ねたように身を捩り、いくら腰をくねらせても満たされない疼きに不明瞭な嬌声を上げるのを、傑はベッドの縁の特等席で眺め続けた。
経験と疲労によって血を見る事は無かったので、両腕と右足の縄を解いてベッドに仰向けに寝かされ、口枷はそのままにアイマスクだけを外されて、俯いたり仰け反ったりで振り乱した髪を丁寧に指で梳かれてから、最後の最後に股縄は外された。
「はは、すっげぇ吸い付いてくる」
「ぅあ゛うぅうっ……!」
傷がついていないかの確認で縁を撫でる中指にちゅうちゅうと吸い付く様を楽しそうに笑われて、勿論そこには第一関節だって挿れては貰えずに、鳥肌が立ちっぱなしの脇腹を掌で撫で上げられる。
両足を胴を挟んで傑の太腿に乗り上げさせられた正常位そのものの体勢と、普段のセックスの時と同じようにくるくると乳首の周囲を焦らして撫でる指が、絶対に裏切られると解っている期待を煽ってきてとても、とても辛い。
もうそこ弄られるのやだ、と整えられた髪を乱して首を横に振って見せるが、天井を背に上から覆いかぶさった傑は聞き入れてくれずに、親指の腹でつんと尖った頂きを左右いっぺんに押し潰された。
「ふぐっ!ぅう゛うっ、んぅうううっ!」
肌に埋まるほど潰されたままくに、ぐに、と上下に捏ねられて、びりびりと頭と下腹に響く快感に重たい両足をバタつかせる。何も挿れてくれないならせめて、気が狂いそうに疼いている所でイかせて欲しいのに。吊るしと放置責めで鈍っていた全身の感度を引き上げられた今、ただでさえ度重なる調教を受けているそこの耐久値はゼロどころかマイナスだ。
こんなのすぐイく、イきたいのはそっちじゃないのに、と傑の体を太腿で締め付けながら悦はぎゅっと目を瞑って息を詰めたが、苦しくなるまで待っても、あの瞬発力のある絶頂は襲ってこなかった。
そうだ、足。と思い出して震える足から力を抜いてみても、指を少し動かされる度に全身をびくびく跳ねさせながら出来る限り開いても、同じだった。こんなに気持ちいいのに。もうどこでもいいからイきたいと心の底から思っているから、どこにもストッパーなんて掛かっていない筈なのに。
苦しいくらいの快感が溜っているのに、気持ちよくそれを破裂させる為の引き金が引けない。空撃ちの感覚とも違うし、疲れすぎてもう絶頂出来ない訳でもない。なのにどこか、なにか、致命的な壁がある。
「イけないだろ?」
なんで、どうして、苦しい、と混乱する悦の様子をひとしきり愉しんでから、どろりと甘い声が囁いた。
絶頂の仕方が解らないと、ドライを覚えて以来、十年以上振りの感覚に混乱するあまりに助けを求める事も忘れていた調教師が、口枷の合間から溢れた悦の唾液を掬い取って、ゆったりとそれを押し捏ねられていた乳首に塗りつける。
滑りの良くなった指先で特に感じる先端だけをぬるぬると撫でて、悦に悲鳴を上げさせながら、
「体に染み付いてる癖とは別のやり方で、もっと手っ取り早くてイイ成果を得られるようになるとな、今度はそっちが癖付くんだよ」
悦がねだった結果思いがけず長丁場になって猶予が出来たから、本筋とは別の調教も同時進行で進めていたと、いっそのんびりした口調で傑はタネを明かす。
「元々染み付いてた方は上書きされて、どんなに昔のやり方をしようとしても、もう出来なくなる。元の方がずっと頭にも体にも馴染んでたのに、どうしてたかやり方も忘れる」
「ふぅっ……はふっ……!」
前立腺にブジーを通されて強烈な返りがあるイき方を覚えさせられてしまったから、その返りが無くては最後の一押しが足りなくなった。そんな致命的な状態を知らしめるように、傑はきゅっと親指と薬指で根本を摘んだ先端をくしゅくしゅと人差し指の腹で撫で擦って、一番堪らない責め方をされているのにやっぱりイけずに、絶望に見開かれる瑠璃色を真上から見下ろす。
度し難い熱量で深い藍色の底を焦がしながら、大事な大事な宝物を愛でる慈愛に満ちた柔らかい表情で、美貌の化け物は腕の中で身悶える獲物を見ていた。
「……人間って面白いよな」
可愛い、と愛でる時と同じ声音にぞわりと体の芯を舐め上げられ、咄嗟にシーツを掻いていた両手を伸ばす。
お遊びの気軽さで体と頭をいじくられた脆弱な人間としては、恐れ慄いて悲鳴の1つも上げるのが正常な反応なのだろう。けれども悦の口は口枷で塞がれたままだし、今更慄くまでもなく体中びくつきっぱなしだし、溢れるほど注がれるものに贅沢に溺れるのが好きな面倒なタイプのMなので、しがみつくような勢いでその背を掻き抱いた。
乳首だけでは満足にイけないようにされた体の後先なんてどうでもいい。今はただ、都合よく作り変えられた場所を好き勝手に弄られて、とびっきり気持ちよくして欲しい。
「さっきの気持ちいいの、して欲しい?」
「んぅっ、ぁううっ」
胸から下ろされた手にはしたなく腰を押し付けながら、頭の奥が甘く痺れる声を出す首筋に濡れた頬を擦り寄せて、お願い、お願い、とねだる。もうロクに出せるものも無いのに、それでも勃ち上がって涙を零しているそこを宥めるように撫でながら、傑はざらりとブジーを収めたロールケースを開いた。
「よしよし、いい子だからちゃんと寝てろよ。怪我するから」
暗に、背中がシーツから離れているとどこかを痛め兼ねない勢いでのたうつ、そのくらい凄いのがくる、と予告しつつ、傑は並んだ中から半透明のシリコンを抜き取った。不規則にでこぼことした段差のあるそれにたっぷりローションを垂らして濡らし、早く早く、とくねる腰をシーツの上に柔らかく押え付けて、ひたりと先端をあてがう。
いかにも熟れたしこりから効率よく快感を絞り出してくれそうな、悦はもう知っているその段差の形を改めて敏感な尿道口に教え込みながらするすると呑ませて、しっかり噛んだ枷の隙間からひゅっと悦が息を吸い込んでから、貫いた。
「っっ!!」
邪魔をしないように、でも離れたくなくて、掴んでいた傑の二の腕に爪を立てた体がガクンとシーツから肩を浮かせる。
真っ白を通り越して仄暗く視界と頭の中が弾け、傑の片手が腰を押さえてくれているから安心して思いっきり両足をシーツに突っ張って、悦は逆さまにベッドのヘッドボードを見上げながらとびっきりの快感に溺れた。乳首から溜め込まれた分も合わさって大きくなっていた分通り過ぎるまでが長くて、過ぎてからの余韻もずっしりと凄まじくて、そういう玩具みたいにがくがく痙攣しながら爪が食い込む程掴んだ腕に縋り付く。
多少爪が皮膚を破ってしまっても、例え骨を砕かれたってどうってことない腕の持ち主は手元を狂わせることもなく、痙攣する腰をシーツに押さえて深く入り込んだブジーをじゅるん、と引き抜いた。
「んむぅう゛う゛ぅうっ!」
質量があるものが勢いよく抜けていくのは射精の快感によく似ていて、限界まで背を仰け反らせてぎゅうっと太腿で胴を挟んでいる内に、抜いたばかりのブジーを奥の奥まで呑まされる。
その為についている段差をしっかり前立腺に食い込ませて、これもまたその為にそうなっているくびれに緩んだ括約筋を引っ掛けるようにしながら、ずっと貫かれたり拡げられたりするばかりで殆ど擦られていなかったしこりを、ごりごりと音がしそうに擦り上げられた。
そう、このセックスと同じ刺激がずっと欲しかった。
「んぐぅうっ!うぅあ゛っ、うぐ、ん゛ん゛んぅうっ!」
やっと欲しかったものが、場所と太さは違うけども取り敢えず似たものは貰えた、とうっとり浸る暇なんて無く、見開いた眼の前が白と黒に明滅する。痙攣する猶予も与えられない体は硬直したままびくびくと不規則に跳ね上がり、喉を潰さないように噛まされたままの口枷の合間から濁った嬌声を上げて、多少荒っぽくしても粘膜を傷つける心配の少ない柔らかなブジーに溜った快感を残らず掻き出された。
「ん゛ぅう―ー―っ……ふぅう゛ぅぅ……っッ!」
「……悦」
いい加減に体力も尽きかけてのたうつ動きが小さくなったので腰から手が離され、それまで手酷く上から下まで抉り回されていたしこりを慰めるように優しく、中程までの短いスパンで細かに擽るようにして、そこで得られる快感の最後の一滴までも搾り取りながら、上体を屈めて覆いかぶさった傑がそっと悦の髪を梳く。
枷を噛み締めて溺れるような快感に喘ぐ酷い顔に違いないのに、傑は晒された汗だくの額に、辛うじて瞼に隠れていないだけで上向いたまま戻れない眉間に、涙や唾液だけじゃなく鼻水まで垂れ流している鼻先に、次々と心底愛おしげなキスを落とした。
最後に枷が邪魔で、そして今塞ぐと窒息しかねないのでキスの出来ない唇を惜しむように親指で撫でて、かくかくと弱々しく揺れている悦の下肢を自分の腰でシーツに押し付ける。
「……あ゛ー……犯してぇ」
甘さのない低い声と共に、薄いスラックスなんかじゃ欠片も遮れない熱をごり、と会陰に擦り付けられる感覚を最後にして、悦の意識は吹き飛んだ。
ふと目が覚めた。
覚醒した、という事実に一気に冴えた目をぱちりと開くと、相変わらずびっくりするくらいの美貌がほぼ目の前にある。健やかに深い寝息を立てるその美しさにちょっと仰け反りながら、悦は枕から少し頭を浮かせて、半分開いたカーテンの向こうが白み始めた寝室をなんとはなしに見渡した。
ラバー張りの拘束台も、吊るし台として使われた懸垂マシンも、片付けられて既に無い。裸で包まっているシーツも、向かい合う形で傑の左腕に抱き込まれている悦の肌も、いつもの通りローションの名残も無くさらさらのすべすべだ。傑が起きていないのだからしんと静まり返った室内には勿論何の異常も無く、悦は眠気の戻った目を緩慢に瞬かせて枕に頭を戻す。
アッパーシーツを肩まで被り直しながら見てみると、傑は自分の右腕を枕にして眠っていた。今日、いや昨日は色んなものを盛大に吹かされたから、唯一ベッドの上に残されてなんだかんだサポート役をしていた枕もその飛沫で汚れたのだろう。予備の1つを当たり前に悦に譲ったから、傑は使える枕が無かったのだ。
予備をもう1つ買わないとな、と思いながら目を閉じて、少し肌寒かったので傑の方に体を寄せる。せっかく譲ってもらった枕から頭が落ちかけるまで寄って、なんとなく足元が窮屈だったので、右足を傑の足の間に捩じ込んだ。
また中途半端に起きないように体温と安心感を求めてぐい、と傑の足を足で引き寄せようとした太腿に、ごりっと固いものが触れる。
「……ん?」
スラックスだけを脱いだらしい傑は肌触りのいい下着を履いている。その薄い生地越しに、骨では有り得ないものが触れていた。
……めっちゃ勃ってる。寝てるのに。
朝勃ちだろうか。いやそれにしては、芯の入り方がどうも、と色気の一切無い探究心で太腿をむにむに動かしていると、それまで足を捩じ込まれても無抵抗に力の抜けていた傑の爪先が悦の脛を柔らかく押し返す。
「えつ……出るから……」
「あ、……ごめん」
眠そうに掠れた声に素直に謝って捩じ込んでいた膝を抜き、やっぱり窮屈だったので膝下だけを長い傑の足に絡ませて、ちょっと押しただけで出そうならやっぱり朝勃ちじゃなかったんだな、と納得して、さあ寝ようと頭を枕に乗せ直す。
……いや待て。
「えっ、抜いてねぇの?」
「……んー……」
あのバキバキに芯が入った硬さと、尋常ではない持久力を持つ傑が太腿に押し揉まれた程度で射精しそうって事は、つまりそういうことだ。いつからだ。なんでそんなことになってるのに健やかに眠ってられるんだコイツは。
絶対にそんな綺麗な面で眠ってられる状態じゃないだろ、と閉じかけた目を見開いて凝視すると、傑はいかにも眠そうな声を出しながらぐいと予備枕を、その上に乗っている悦の頭ごと自分の胸元に引き寄せた。
「どっか痛い……?」
「いや、俺は平気だけど」
「じゃあ、寝ようぜ……せいぎょきいてねぇだけだから……」
「……いやいやいや、……むっ」
いや制御ってなんだよ、と問いただそうとした悦を背中に回し直した左腕でぎゅっと抱き寄せて、傑はしっかりシャンプーをした上でさらさらに乾かされた悦の頭に鼻先を埋めた。すう、と深く息を吸い込んで、今にもそのまま眠りそうだ。
「……爆発とか、しねぇの?」
「……たぶん……」
怪しい呂律で適当に答えて、それっきり傑は寝入ってしまう。
……多分ってなんだ、これが爆発すると俺が困るのに。
と思ったが、悦は悦で長時間の全身運動でどこも痛くも苦しくもないけど疲れていたし、爆発したとしても傑なら治るからまあ大丈夫かと思い直して、下半身とは神経が切れているようにいつも通りの温度の胸板に額を押し当てる。
こんな状況でも自分よりゆっくりの鼓動と健やかな寝息を聞きながら、悦もすとんと眠った。
Next.
やっと調教らしくなって来ました。夢いっぱい欲張りセット。
たのしそうで何よりです。