さっきまでの壊れそうな激しい律動から一変して、ナカに嫌ってほど注がれた精液を掻き混ぜるような動きに、シーツについた膝ががくがく震える。
「ひぃ…ぁ、あぁぁ…ッは…あぅう…っ!」
陸より早い時間に空が白み始めても、朝食の時間を告げる上品なアラームが鳴っても、傑はそんなもんは関係ねぇとばかりに俺を抱いた。
何度か小休憩は挟んだけど、ヤってた時間で言えばほぼ一晩中だ。焦らされた分だけ火のついた俺がもっともっと、ってねだった所為もあるのかもしれねぇけど、それにしたって離してくれない。
「はぁ、ぁ、あっ…も…腰、が…ッ」
「…痛い?」
「んんっ…!」
シーツに縋りながら掠れ切った声を上げた途端、浅い所でぴたりと動きを止められて、咄嗟に鼻にかかった甘い声が出る。ざわざわと背骨を這う甘い痺れそのままに震える俺の背中に触れるだけのキスを落として、傑はシーツを握った俺の手に自分のそれを重ねた。
「悪ィ。これで最後にする」
「ぁ、…うん…っ」
…本当は、さっきの言葉に繋げたかったのは「痛い」じゃなくて「熔ける」だったんだけど。
改めて考えてみると猛烈に恥ずかしい台詞だし、いくら式は夜からだって言っても流石にこれ以上は俺が動けなくなるしと考えて、指を絡めて重ねた手を握りながら甘く囁かれた言葉に頷いた。
ただでさえじんわり痺れたようになってる腰を、更に芯から痺れさせる深いピストンに頭ン中まで熔かされながら、もう何度目か知れないドライでの絶頂をキメた俺を追うように、奥に傑の精液が溢れる。
「はっ…は、ぁ…っ……あー…」
俺の体を気遣ってか余韻を味わう暇も無く引き抜かれたモノにも、今日ばっかりは切なさっつーか、“もっと”と強請る気は欠片も起きなかった。これ以上ヤったら俺の方が擦り切れる。色々と。
「なんか…久しぶりに、“ヤった”って感じ…」
「だな」
「…立てっかなこれ…」
「無理なら俺が抱いててやるよ」
うつ伏せにシーツに沈んだ俺の横に寝転がりながら、今からフルマラソン走れそうなくらい余裕面の傑はそう言ってくすくすと笑う。
「あー…ウエディングドレス着てな」
「じゃあ俺はタキシード新郎からパクって来ないとな」
「傑は止めとけよ」
「なんで?」
「きっと式の前に離婚するハメになる」
「…それは困るな」
少し考えるような間を置いて、俺の言葉の意味を理解した傑が神妙な面で呟くのに、俺は思わず小さく吹き出した。
いくら俺なんかとは根底から作りが違う高貴な花嫁でも、こんなのがタキシード着て現れたら見惚れるに決まってる。折角の砂漠王との“パイプ”を繋ぐどころか引っこ抜いて、鬼利に笑顔で殺されるのは俺もごめんだ。
「ンじゃあ、式の後で我慢するか」
「あ?」
何の話だ、と見上げた俺をひょいっとシーツの上から抱き上げて、無駄に広くて豪華なバスルームに向かいながら、傑はどんな貞淑な花嫁でも自分の男を放り出して来そうな、色気ダダ漏れの笑みを浮かべて言う。
「悦のドレス姿」
「…誰が着るか、バカ」
…どうせ即行で脱がされるのが解ってるのに、いちいちあんな面倒臭ぇもん着てられるか。
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同刻、地下“街”。
「……」
“ILL”幹部執務室の中央に据えられた、ドーナツ状の巨大な円卓の一角。虹色に染め上げられた髪を一つに括り、大小5つの液晶に映し出された情報を忙しなく確認するゴシックの傍らで、キュールは啜っていたパック入りジュースのストローを口から離した。
携帯ゲーム機は勿論、パソコンに繋がれているコントローラーや設定資料集など、普段ゴシックのデスクの半分を占領しているゲーム関連の物は全て、今は隣のキュールの机へと無造作に押しやられている。
2台のキーボードを叩く爪先のマニキュアは先端が剥げ掛け、首にも腕にも、普段ならじゃらじゃらとついている筈の装飾品が1つも無い。
「…飲むか?」
無駄口を叩かず、ゲームで遊ぶこともせず、BGMすら流していない、世にも稀な相棒の“真面目”な仕事姿に、キュールは思わず殆ど飲んでいないパックジュースを差し出した。
普段なら気持ち悪ぃから止めろ、という類のことを数分かけて罵倒されるキュールのその善意の行動に、彼が知る限り昨夜から一睡もせずここに座り続けているゴシックは、ただ一言。
「コーヒー」
不気味なほど抑揚が無く、端的なその言葉に、キュールはそっとジュースを引っ込めて頷いた。
普段、コーヒーを“泥水”と言い捨てるゴシックが、今どんな形態のコーヒーを欲しているのかキュールには見当もつかないが、砂糖とミルクの有無を聞くことすら今は憚られる。
珍しくカラーコンタクトを外し、金色の裸眼で居るゴシックを横目にしながら、給湯室のコーヒーメーカーで作れるだけの種類を持って来てやろう、と腰を上げかけたキュールの傍らで、不意にけたたましい電子音が鳴り響いた。
思わず振り返ると、キーボードの横に投げ出されたゴシックの通信端末が、ギターソロを垂れ流しつつ着信ランプを光らせている。パネルには「鬼利サン」と出ているが、ゴシックに通信を繋げようとする素振りは無い。
「お…おい、ゴシック…」
ゴシャッ。
いくらなんでも上司の通信をシカトはマズイだろうと、代わりに端末に手を伸ばしかけたキュールの目の前で、端末が嫌な音を立てて静かになった。
「え、おい…」
「……」
目を点にするキュールを余所に、アニメキャラとコラボしたお気に入りの端末を自ら叩き潰したゴシックは、その手で液晶の下にある小さなスピーカーのスイッチを入れる。
『…はい。どうかした―――』
「っつーかマジクソ面倒臭ぇんだけどなんなのこれバカなの死ぬの?」
数秒のノイズの後、スピーカーから響いた上司の声に思わず背筋を伸ばしたキュールは、食い気味に発せられた相棒のよどみ無い暴言に再び目を点にした。
「ばッ…ゴシックお前!」
「国防もシロ軍略もシロ総統が若干グレーで使えねぇから個人のマシン弄ってんだけど特務トップ2のマシンが超絶面倒臭ぇしかも副隊長のマシンから虫移された」
『総統からは何が?』
唯一絶対の上司に対する余りに酷い暴言にゴシックを叱りつけようとするが、ゴシックは勿論、鬼利さえそんなものは聞こえていないように無視されてしまう。
「砂漠王の裏漁って弱味探そうとしてる国家機密のスト―カー一大プロジェクトの残骸。復旧出来るけどこれいるか?いらねぇだろなんでこんなもん機密にしてやがるんだよカスが見栄はって暗号化とかしやがって死ね」
『一応貰うよ』
「リボン付けて送るから3分待って下さいませーってああクッソまた弾かれた。なぁ鬼利サンこれリアルタイムで3人くらいついてるっぽいんだけど5パターン同時進行で走らせてんのに4つ弾かれたプログラムじゃねぇ」
『何が欲しい?』
「撹乱用に1人使える奴出来ればダイレクトランチャー装備希望。それが無理ならあと半日待って」
『残念ながらどっちも無理だね。タイムリミットはあと…5時間か。それ以上は伸ばせない』
「あーあーあー解ってますよあと3時間もありゃ潰せるから待ってて下さいそれじゃあアデュー」
極めて失礼で一方的に吐き捨て、ゴシックは繋げた時と同じく唐突にスピーカーのスイッチを切った。いつにも増して血色の悪い唇が、小さく「面倒臭ぇ」と吐き捨てる。
どうやらかなり重要で困難な仕事を任されているらしい相棒に、傍でやりとりを聞いていることしか出来なかったキュールは、労いの言葉の一つでもかけてやるべきかと考え、
「…なぁ、ゴシッ―――」
「っつーかてめぇはさっきからボケーっと突っ立って何してやがんだよコーヒーっつっただろ砂糖とミルク5個ずつぶっ込んでさっさと持って来いカス」
「…わ、悪い」
いつものようにそんな善意の行動はゴシックのマシンガントークに叩き潰され、キュールは早足に給湯室へと向かった。
天井から垂らされた白い布の合間から、城のダンスホールから結婚式会場に作り変えられたホールを眺めながら、俺はバカデカい金庫の上で欠伸を噛み殺す。
即席のステージ裏として仕切られたここ以外、ホールの中はどこもかしこも白い布と金細工で飾られて、一等客室に続く螺旋階段には白い薔薇までくっついていた。ステージ脇ではオーケストラが生演奏してて、これでもかと着飾ったホールの客共は、総立ちで螺旋階段から降りて来た花嫁と、それをステージまでエスコートしてる花婿を迎えてる。
「…どっからだと思う?」
「さぁ」
オーケストラの演奏に合わせてステージまで来た花嫁と花婿が、揃ってステージで待ってた“砂漠王”のオッサンの前に跪くのを横目にしながら、俺は隣で金庫に寄りかかって立っている傑の言葉に軽く首を竦めた。
広いホールの壁際には2メートル間隔でSPが立って、客の中にも変装した特殊部隊出が何人か。更に船の周りも数十人体制で巡回を置いてるらしいけど、なんせこのデカさだ。
「どっからでも入れるだろ、こンだけザルなら」
「確かに」
足をぷらぷら揺らしながらやる気の無さ100%で言った俺と、それに小さく笑って頷いた傑を、さっきから無線でこそこそやってるSPの1人が睨んで来たけど、事実入られてるんだから仕方ない。
昨晩の間に、何者かが船に侵入した形跡がある。
と、傑が“砂漠王”のオッサンに呼び出されたのは、俺と傑がシャワーを浴びて、さぁひと眠りしようかって時のことだ。
色々限界だった俺はそのまま部屋で寝たけど、呼び出されて行った傑は、それから今までずーっとこの金庫に張り付いてる。
金持ちの見栄だか配慮だかで侵入者のことは乗客には知らされてねぇから、今も警備の連中はこそこそと船中を探し回って、特にここのホールには厳戒態勢を敷いてるらしいけど、俺に言わせりゃ全部無駄だ。
こんだけ広けりゃ隠れ場所なんていくらでもあるし、最初っから死ぬ気満々で来てる狂信者と、金貰って仕事してるだけの警備員じゃ勝負になる筈が無い。
「悦、」
危ねぇのが嫌なら式なんて止めりゃいいのに、と思いながらふわぁと欠伸をしていた俺を小声で呼んだ傑が、金庫から体を離しながら俺の腕を引いた。
されるがままにずるりと金庫から降りながら傑の視線の先を辿ると、あっちの国で主流のなんとかって宗教の正装らしいなんとかって礼服を着たオッサンが、にこにこしながら歩いて来る。
俺には色黒で小太りのオッサンにしか見えないけど、このオッサンの一言で2、3国が潰れるって言うんだから、金持ちの世界は解らない。
「やぁ、傑君。“招かれざる客”は、まだ見つからないようだね」
歳と地位に反してフレンドリー極まりない口調で言いながら、好々爺のお手本みたいなオッサンは傑に軽く片手を上げた。返答代わりに軽く笑って見せただけで会釈も返さない傑に、そういう銅像みてぇに直立体勢だったSPがギョっとしてるけど、当のオッサンは相変わらず超笑顔だ。
これが昔の客の変態親父だったら、礼儀がどうとか敬意がどうとか顔真っ赤にして騒いでただろう。
やっぱ本物の金持ちで貴族は違ぇな、とぼんやり思いながら邪魔にならねぇように脇に下がろうとした俺を、不意にぐるんと“砂漠王”が振り返った。
「君は、悦君だね?噂は聞いているよ」
相変わらずにこにこ笑いながら、その気になれば国を2、3個明日にでも破産させられる“砂漠王”は、そうするのが当然みたいに俺に向かって分厚い掌を差し出して来た。
それが本当かどうかは置いといて、俺に関する噂なんてのはZ地区出で“街”の権力者相手に足開いてたとか、今までの“仕事”の外道染みたやり方(それも依頼の内だけど)とか、まぁその辺の、こんな晴れの舞台で話題にするような内容じゃないことに決まってる。
俺のことをただの傑の相棒と思ってるならまだしも、噂を聞いてる、と宣言する世界5大富豪の1人と暢気に握手なんて出来る筈も無く、
「…はぁ」
オッサンの掌を一瞥して見せてから、俺はとりあえずそう言った。
傑以上に無礼で不敬に見える俺の態度に、周りのSPは自分が同じことをやったみたいに顔を青くしてたけど、仕方ねぇだろ。他に何て言えばいいんだよ。
「君達のような若い男には、こんな式など退屈なだけだろうねぇ。何せほら、花嫁の我が娘はあの有様だ」
俺がスル―した掌を気にした風も無く後ろ手に組みながら、トルニトロイはちらりと背後を振り返った。パっとしない花婿と並んで、司祭にだらだらと呪文を唱えられてる花嫁は、頭からすっぽり白いローブを被って目しか出して無い。
着てるのは純白の布を何枚も重ねたような、ウェディングドレスってよりは民族衣装で、豪華ではあるけど“花嫁”らしい華やかさはゼロだ。重そうだし。
「伝統的…ってやつ?」
「瓦礫を継ぎ接ぎしたような文化に伝統も何も無い、と儂は言ったのだが、聞かなくてなぁ。あれでは布の塊だ。色気もクソも無い」
傑に向けて言ったつもりの俺の言葉を受けて、ステージの上の司祭が聞いたら卒倒しそうなことを言いながら、トルニトロイはやれやれと首を横に振る。
金庫の前にしゃがみこんで虹彩認証のロックを解除しながら、「もっと臍出しとか、ミニスカとか…」とかぶつぶつ呟いているその後ろ姿は、もう完全にその辺にいるオッサンだ。愛人にでもさせとけよ、そういうのは。
「旦那様、こちらに…」
「あぁ、うん。ありがとう」
小走りに駆けよって来た秘書っぽい男が差し出した、白地に金糸で刺繍の入った小さな座布団(俺にはそう見える)に金庫の中身を丁寧に載せて、軽くスーツの裾を払いながら立ち上がったトルニトロイは体ごと傑に向き直った。
柔らかい台座に載った女神サマの王冠は、写真で見た通り宝石もついてない貧層なデザインだったけど、台座ごとそれを傑に差し出す秘書の手は小さく震えている。
「傷一つ、つけぬように頼むよ」
念を押すようにそう言うトルニトロイの横顔が、今までにない真剣な表情で傑を見据えた。
傑が受けた“依頼”はあの王冠の護衛だけど、あんだけボロボロなんだ。もしあれを頭に乗っけた奴の身に何かがあって落ちたりしたら、傷どころか粉々に砕け散るに決まってる。
多分このオッサンは王冠を守るって名目で娘も守ってくれ、って言いたいんだろうけど、正直無駄な根回しだ。
「お任せを」
ひょいと片手で王冠を受け取りながら飄々と言ってのけるこの“護衛”は、最初っから娘どころかトルニトロイも花婿も、関係無い他の賓客だってついでに守るつもりで、実際にそれが出来る、人間に優しい化け物なんだから。
歴史、文化、宗教の3つの面で非常に価値のある冠、「聖女の枷」のレプリカが、“砂漠王”の異名を持つ大富豪トルニトロイの手でその娘ミラリアに贈られ、式場となった豪華客船のダンスホールが万雷の拍手に包まれた頃。
「…あ?…お、お?あー……あぁあああああ!」
“ILL”の幹部執務室では、コーヒーを啜りながらキーボードを叩いていたゴシックが、不意にそう叫ぶなり持っていたマグカップを放り出していた。
「うわっ!」
「来ーた来た来たァああああ!」
カップが背後で砕け散り、丁度給湯室から15杯目を持って来ていたキュールが、不幸にも砂糖とミルクを飽和寸前まで入れた甘いコーヒーの飛沫を浴びていたが、歓喜の声を上げながらモニターを食い入るように見つめるゴシックには、不運な相棒の小さな悲鳴など欠片も届いていない。
「やぁああっぱりここに隠してやがったか手こずらせやがっててめぇ等の経験と知識と努力なんかなぁ、俺様の天賦の才と嫁の演算能力の前には無力なんだよばぁああああか!崇め敬い称賛と畏怖の念を持って奉れ!俺を!!」
アニメやゲームなどに数多いる“嫁”の中でも、正室であるところのパソコン―――の、モニターをバシバシと叩きながらそう高らかに叫び、ゴシックはそのテンションのまま、鬼利に直通の内部通信を担う小さなスピーカーのスイッチを勢いよく入れた。
「鬼利サン鬼利サン鬼利サン出たぜ出た出たやっぱあんたの読み通りだ引き入れてやがったぜあいつら!」
通信が繋がったことを確認しないまま、マシンガンのように喋り倒すゴシックの先端が2股に裂けた舌先が、獲物を捕えた蛇が舌舐めずりをするように血色の悪い唇を舐める。
「信者煽って“砂漠王”と俺達一網打尽の一石二鳥なんて腹黒ぇこと計画してやがったみたいだけどよぉこれで終わりだネタは揃った、潰しちまえ!」
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