ひび割れた床を蹴って強引に斜め左に跳んだ戮耶の腹腔から、内臓が引き摺りだされる異様な感覚を伴って傑の五指が傷口を広げるように左脇腹から抜ける。
焼かれるような灼熱感と、臓器を抜かれて腹腔に隙間が開く喪失感。一拍遅れて怒涛の如く押し寄せて来た激痛を思考から締め出しながら、戮耶は己の左脇腹があった場所から垂れる小腸の切れ端を傷口に押し戻す。
距離を取る戮耶を横目にした傑は、追撃に動こうとはしなかった。
戮耶の血と肉片に汚れた白磁の5指が無造作に握られ、指先に引っ掛かっていた筋繊維と桃色の小腸がぶちゅりと嫌な音を立てて潰れる。血と赤黒い肉の塊を床に落としながら、傑はその場で左足を軽く引き、体ごと戮耶に向き直った。
「何してんだよ」
返り血を浴びて尚、身が竦む程の美貌で、傑が軽く首を傾げる。
「耐えるのはお得意だろうが、“サンドバック”。その程度で逃げるな」
「…っ…」
左脇腹に宛がった掌の下、引き千切られた筋繊維が結合し肌色の小波のように皮膚が覆い、掌を押し戻すのを感じながら、戮耶は傑の挑発に強く舌打ちをする。
己より遥かに戦闘力として劣る欠陥品の力量を計る為、両腕と口を塞がれ逃げ回るだけのサンドバックにされた初代から3代目までの記憶が、当時の個体の怒気と破壊衝動を伴って蘇り戮耶の下腹を暗い炎が焦がす。
「てめぇがそれを言える立場かよ!」
「それもそうだ」
唸るように叫びながら衝動のままに傑に肉迫し、速度と体重を乗せた回し蹴りを放ちながら吠える戮耶に、左腕でそれを受けた傑が小さく笑う。
亜音速で迫る傑の右手の手刀を頭を振って回避しつつ、戮耶は傑の左腕に足首を引っかけるようにして足首を固定し、純血種の筋力が可能にする重力を無視した軽業で、空中を右回りの螺旋状に旋回。頭頂部を狙った左踵落としは、直前で傑に身を捌いた傑の鎖骨と右肩甲骨を筋肉ごとへし折り陥没させた。
右足の着地を狙った傑の足払いを落下のタイミングをずらして躱し、膝関節を踏み砕こうとした戮耶の足裏は刹那遅く、傑の膝の一部とジーンズを引き千切りながら床を踏み割る。
砲弾の直撃を受けた様に陥没した床に走る放射状の亀裂を、背後に跳躍した戮耶が追い抜いた。左足で着地した戮耶の足裏で、乾いた音を立てながら追いついた亀裂の端が分厚いコンクリートを割り、影。
「…右から貰うか」
何気ない声と共に、左足に一拍遅れて空を泳いでいた戮耶の右足から鮮血が吹き上がった。藍の瞳を見開く戮耶の目の前で、直撃を避けたとはいえ左膝が半壊している筈の足で最速の純血種に追いついた“成功例”が、軽く目を細める。
…なんでそこに居る。
断頭台となった傑の足裏に踏み潰され、引き千切られた断面から圧砕された骨と肉片、神経繊維が鮮血と共に溢れた。左足一本では衝撃に耐えられずがくんと下に引かれた戮耶の額を傑の掌が掴み、手首を破壊し逃れようとする戮耶の両腕を物ともせずにひび割れた床に叩きつける。
純血種の骨は通常の人間とは成分から異なる硬度を持つが、弾頭の速度でコンクリートに打ちつけられては意味など為さず、陥没し破壊された頭蓋骨の合間から溢れた脳漿と鮮血が戮耶の髪を斑に染め、膝下で引き千切られた足の断面から垂れた赤黒い肉と白い筋が、衝撃に血を撒き散らしながら跳ねる。
いつもなら、これで終わりだった。
血が、失われた脳の機能を生き残った脳細胞に強制的に置換し、損傷の少ない細胞を高速再生させ意識を取り戻すまでの1秒の停滞。媒体としての意識は無くとも、眼球が機能し視神経が脳細胞の1握りとでも繋がっていれば、電気信号を造り出した血が脊髄反射を利用して敵対者の追撃を防ごうとするが、意識による繊細さの無い杜撰な悪足掻きなど純血種相手には何の役にも立たない。
脳を破壊された事による一瞬の意識の停滞。その間に心臓を破壊され、そこで36代目の“戮耶”としての意識は永遠に途絶える筈だった。
「…立てよ」
頭蓋の中で裏返った戮耶の眼球が、引き戻された意識に滑り込んだ声と共に思い出したように外界を映す。
何故まだ生きているのか、という疑問よりも先に卓越した背筋と腹筋の力のみで起き上り、後頭部から血に染まった桃色の脳漿を零しながらも左足と右腕で傾ぐ体を支える戮耶を、海の底の色をした瞳が面白くもなさそうに見下ろしていた。
「まだ動けるだろ」
「……」
戮耶から数歩離れた場所に立つ傑は、床の血溜まりに落ちた右足を傷の断面に押し当てる戮耶を見ながら、いっそ退屈そうな声音でそう言った。
呑まれんばかりに深い藍色の双眸が見ているのは、今当に断裂した血管を修復し、ただの肉塊になり果てようとしていた膝下に途絶していた血を再び流し込んで、断面を治癒している戮耶の右足だ。それ以外見ていなかった。
「俺はもう要らねぇ、んじゃねぇのか?なぁおい、王様」
…こいつ、何を考えてやがる。
破壊された頭蓋が治るまでの時間を稼ぐ為に嘲弄するような声で問いかけながらも、戮耶の額には脳を破壊された事による激痛と、狼狽による汗が滲む。
傑とは何度も殺し合い何度も殺された。その度に傑の媒体は違い同時にそれも今の戮耶では無かったが、どれもこれも似たようなものだった。どの傑も、先代の“戮耶”だった連中を呆れたように事務的に殺した。
なのに、こいつは。この“15番目”の傑は。
「要らねぇよ」
凝りを解すような気楽さで肩甲骨が陥没していた肩を軽く持ち上げ、血濡れのシャツの下で完全に骨と筋肉が修復された関節の感触を確かめながら、傑は何気ない動きで戮耶に一歩近づく。
「…なら、なんで」
「これが望みだったんだろ?気にすンな、今まで中途半端に殺してたお詫びだ」
繋がった右足の感触を確かめながら立ち上がり、腰を落として自分を睨み上げる欠陥品に、成功例は少し首を竦めて見せながら面白くもなさそうに言う。
「お望み通り、ボロ雑巾みたいになるまで遊んで、殺してやる」
「へッ…てめぇはそぉいう、人間共が怖がる“化け物”らしい真似が一番嫌いだと思ってたがなぁ!?」
…そうだ、“世環傑”とはそういうものだった筈だ。
慈愛とかいう感情の所為で、武器である癖に武器であることを嫌がる。同族を嫌い人間を愛して、化け物の癖に化け物と言われるのを寂しがって人間のように振る舞おうとする。
戮耶の知る世環傑という生き物はそういうものだった。動揺を誘う為に上げた苦鳴に武器としての愉悦を感じ、それに悔い苛立って戮耶を蹴り飛ばすような。
「さっきは右を貰ったから…次は左にするか」
「…あ゛ぁ?」
「足だよ」
淡々とした声で言いながら、傑は何気なく1歩踏み出した。更に1歩。まるで散歩でもするような何気ない足取りで。
戮耶の叫びに動揺した風も無い。いや、それどころか。
「化け物らしい、とか怖がられるとか…今更だろ。俺達はそういうモンだ」
いつもの傑なら自嘲気味に言う筈のそんな台詞を、今、戮耶の目の前にいる“世環傑”は退屈そうな声音で口にした。悲哀も諦念も含まれていない、解りきった事実を確認するだけの無機質な声だった。
「俺の“先代”はやたらとそれを嫌がってたみたいだけどな。嫌がったって仕方ねぇよ」
「…ッ!」
静かな声で言う傑の瞳の奥、己のそれよりも、いや他の純血種の誰よりも深いその藍色によぎったモノを見た瞬間、戮耶は反射的に床を蹴っていた。
相変わらずのんびりとした足取りで自分に向かって来る傑の、無防備に見える胸を狙って手刀を繰り出す。フェイクも何も無い、速度に任せた愚直な一撃だ。避けられるのは解っていた。狙っているのはその後だった。
傑が右か左か上か下に避け或いは受け止められた場合に備えて、戮耶の脳は瞬時に追撃のパターンを何千と組み上げ―――指先が弾力のある皮膚と肉を貫き骨を肋骨を砕く慣れた感触に、それ等は一瞬にして全て無駄になった。
「…ッ…そうだよ、仕方ねぇよな」
肺を貫く戮耶の腕を他人事のように見下ろしながら、ごぼりと血を吐き出した傑が呟く。右の肺胞の大半を潰して背中に抜けた戮耶の腕に、コップをひっくり返したように傑の血が降り注いだ。
避けられる一撃だった筈だ。いや、避け無ければおかしい。他ならともかく、戮耶が狙っていたのは胸、“純血種”の唯一の急所である心臓という臓器がある胸板だ。
「てめ…なんで…」
心臓を狙われて避け無かった、という事実に戦慄し思わず掠れた声で問うた戮耶に、傑は答えなかった。
青白い月光に照らされた、恐ろしいまでに整った美貌。
己の血に濡れる桃色の舌が唇を舐め、血によって更に赤く染まった紅唇が、まるで睦言のように甘い声で囁く。
「…こんなに愉しいんだから」
…ああ、そういうことか。この。
この、化け物め。
「…そう言えば、」
「「え?」」
テーブルの上に乗った皿から丸いチョコレートを1つずつ取り、互いの唇へと差し出していたシェナとゾイは、不意に響いた悦の声に同時にそちらを振り返った。
2人の美貌の“化け物”に左右を挟まれた人間は、手にした丸いチョコレートをかりっと半分齧りながら、世間話でもするような表情でシェナとゾイを交互に見る。
「なんでアンタ等は、傑のこと“王様”って呼んでンの?」
「何故、って…」
「それが一番ぴったりなんですもの」
それぞれの唇からチョコレートを離しながら、シェナは苦笑のような微笑みで、ゾイはにこやかな笑みで答えた。
「“家臣”の私達にとっては偶に暴君だけれど」
「傑はね、私達を唯一完全に殺すことが出来るの」
…このくらいのことは、もう知っていると思っていたけれど。
悦の背後でそっと藍色の視線を交わらせ、2人の美女は内心のその言葉を同時に呑み込んだ。
「そして私達の中で唯一の“成功例”」
「私達4人が束になっても、相討ちにも持ち込めない」
「絶対の暴力を持っているの」
「絶対の暴力は権力なのよ」
「だから私達は傑に逆らえない」
「私の声も」
「ヴェルディオの腐敗も」
「傑にとってはただのオモチャ」
ゾイの声帯が発する脳に影響を及ぼす声も、ヴェルディオの皮膚による微生物の暴力的な活性化も、“世環傑”という個体の自我を、治癒能力を屈服させることは出来ない。
“傑”は常に屈服させる側なのだ。速度では戮耶に、力ではシェナに劣り、今はもう居ない“同族達”にもあらゆる面で一部劣ってはいたが、“純血種”という化け物の命を終わらせる事が出来るのは、多大なる犠牲によって構築された血の核を破壊出来るのは傑だけだった。だから。
「「だから傑は、私達の“王様”なの」」
「…ふーん」
2種の美声に、大多数の人間が無意識の内に聞き取ろうとしてしまう周波数が含まれた2人の“純血種”の言葉に、悦は気の無い様子で頷いた。
透き通るような瑠璃色の瞳は、指先に残ったチョコレートの半分を見ている。
「…じゃあ、アンタ等も怖いのか。傑が」
溶け始めたチョコレートを口に含みながら、何気ない声音で言われたその言葉に、シェナとゾイは藍色の瞳を軽く見開き、軽く細めた。
…怖いか?
今、怖いか、と聞いたのか?この人間は。
「…そんなの」
「決まってるわ」
「貴方は…」
「悦くんは、怖くないの?」
それぞれにワントーン落ちた声で問いかけながら、シェナとゾイは左右から悦の横顔を注視する。
“純血種”に恐怖しない人間には、2種類の壊れ方がある。
1つは、莫大なその暴力に心酔してしまうもの。
もう1つは、人間相手にのみ与えられる恩恵に溺れ、本質を見失うもの。
悦は間違いなく前者だと思っていた。
傑の力に魅入られただけだと。そうでなければ、武器としての傑の有り様を聞いて無感動で居られる筈が無いのだ。しかしこの人間は、傑がシェナやゾイや、ヴェルディオ、戮耶を殺す事が出来る唯一の存在だということすら知らない様子で、そして怖いかと聞いた。暴君としての傑に心酔しているのならば、そんな解りきった事は聞かない。
では後者か?…いや、それも有り得ない。
一代前の本媒体―――13代目ならばともかく、今の、15代目の傑は血への適合率が低い。間違いなく、“世環傑”としての思考に影響が出るレベルだ。
そんな今の傑が、本質を見失い己に対して盲目の羊となった人間を、愛すべきその他の人間と区別して選ぶ事など出来ない筈だ。
あんな愛おしげなキスをすることなど、不可能だ。
「ん…まぁ、アンタ等やみんなが言うほどには」
「…傑は、貴方にとって」
「聖人のように優しいの?」
「暴君の片鱗すら見せずに」
「常に賢君なの?」
「まさか」
どこか祈るような2人の言葉を、だが悦は苦笑混じりに否定して見せた。
「今はすっげぇ優しいけど、昔は…結構酷いこともされたよ」
「「酷いこと?」」
「殺されかけたりとか、捨てられそうになったりとか」
「…、…」
「それなのに…?」
どうして。
何故そんなことが出来る。
同族すら畏怖するあの化け物を化け物たらしめるモノの片鱗を見ておきながら、ただの人間が。
どうしてそんな、愛おしげな目が出来る。
「今でも偶に、こっわ!って思うことはあるけどさ。でも一応…その…好き、だし」
「……」
「……」
「あ、」
照れたように乱暴な手つきで自らの蜂蜜色の髪をぐしゃりと掻き回した悦は、絶句するシェナとゾイには気付かずに、ふと時計を見上げてソファから腰を浮かせた。
「ま、待って」
「どうしたの?」
「え?いや、時間が」
思わずその肩と足に手を伸ばして引きとめた2人に、悦は壁に掛けられたアナログ時計を指差して見せた。
針が示すのは、午後9時。傑が出て行ってから3時間強が経過した時刻だった。
「晩飯の支度しねーと。今日のはちょっと時間掛るから」
「晩御飯…?」
「待って、だって…」
「さっき言ったでしょう?」
「傑は絶対に帰って来るけれど」
「傑は絶対にすぐには帰って来ないのよ?」
もしや話を聞いていなかったのだろうか。そんな有り得ない言葉を思わず揃って脳裏に浮かべたシェナとゾイに、悦は困ったように笑いながら風に靡くカーテンを見た。
「あー…うん。でも、傑が“すぐに帰る”って俺に言って、その日の内に帰って来なかったことってねぇし」
「傑が、今…何をしているのか」
「解っていないの?」
「ん?同族の…りくや、だっけ。そいつのことボロボロにして遊んでるんじゃねぇの?」
どうして今そんな事を聞かれるのか理解出来ないという表情で、悦はあっさりとそう言ってのけると、自分に伸ばされたシェナとゾイの手をするりと避け、テーブルの上のチョコレートが盛られた皿を差し出した。
「これ、気に入ったんなら全部食べてイイからさ。相手出来なくてごめん」
「あ…」
「…傑は、」
思わず皿を受け取ったゾイの傍らですっと立ち上がり、シェナはヒールを差し引いても悦より高い目線からその瑠璃色を真っ直ぐに見据えた。
…何を考えているの。
そんなことは、こんなことは有り得ない。真意を知らなければ。この人間がどう壊れているのか理解しなければ。“世環傑”の崩壊を、エラーの発生を著しく速めるようならば、ここで。
自分達4人はその為に遺されているのだから。
「傑は、今何の目的も無く戮耶を、5人しか居ない“同族”の1人を、自らの快楽の為だけに破壊しているのよ」
「…さっき聞いた」
「脊髄をへし折って、腸を引きずり出し、頭蓋を割って、その血と脳漿を浴びながら嗤っているのよ」
「…だってそれが楽しいんだろ、アイツは」
「ッ…この“街”の天井を崩そうとする戮耶を、止めている訳じゃないの。貴方や他の人間の為なんかじゃないのよ。それだけならとっくに戻っているわ」
「解ってるよ」
「解っていて、貴方は傑をさっきと同じ顔で出迎えられるというの?」
「……」
詰問のようなシェナの問いに、悦は褐色の美貌を見上げながら口を噤んだ。
透き通るような瑠璃色はしばらく、どこか不思議そうにシェナを見つめ―――そしてふっと、笑みを浮かべる。
…ああ、またこの目だ。
「そりゃ、まぁ…普通に考えれば褒められた楽しみじゃねーんだろうけどさ。“武器”としての傑はそれが楽しいんだろ?なら関係ねぇよ」
「関係無い…?」
「…何が、関係無いの?」
「何って…色々?」
半ば呆然と聞き返したシェナとゾイに、悦はそう言って冗談めかしたように笑って見せた。
「そういうのが駄目とか、おかしいとか。そういう認識っつーか…常識、みたいの全部。俺にはどうでもいい」
「…どうでもいいって」
「あの子ですら嫌っているのよ」
「楽しむ一方で」
「武器としての自分を」
「化け物としての自分を」
「へぇ。…それも関係ねぇかな」
言い募る2人に鷹揚に頷き、悦は呆気なくそう言ってのけた。
意識を殺している訳でも、諦めているわけでも無く、それどころか深く考えている様子すら無かった。
「え…」
「関係無いって…」
「だから、アイツが自分を嫌ってよーが悲しんでよーがあんまり関係ねぇんだって。俺には」
困ったような表情でそう言い、悦は割れた窓を覆うカーテンを見る。
時折妙に達観した色を浮かべる細められた瑠璃色は、傑を目の前にした時と同じ、愛しい者を見る時のそれだった。
「少なくとも俺にとっては、あいつに許せないほど悪い所なんて1つもない」
「化け物でも?」
「化け物なのに?」
「化け物だから悪いってことねーだろ。他の誰かはそう言うだろうけど、俺には関係ねぇんだってば。当事者の傑の考えだって関係無い」
淡々とした声音で言い、悦はシェナとゾイの方をちらりと一瞥した。軽く息を吸い、吐いたその頬が僅かに赤く染まる。
照れ隠しなのかその眉が軽く潜められるが、その下の双眸は変わらず真っ直ぐだ。
「俺は間違いなくそうで、そういう傑が…好きなんだよ」
「…常識では許されない“武器”としての傑を?」
「貴方には理解出来ない傑の色々なことを?」
…そうか、この人間は。
「貴方がそうだから」
「まだ知らないことも含めて」
「“傑”といういきものが好きだから」
「だから、それで良いと言うの?」
壊れているんじゃ、無くて。
「貴方が傑を好きだから。それだけの理由で」
「許して」
「認めて」
「「しまうの?」」
理解出来ないことを不満にも不安にも思わずに。
生き物としての絶望的な差異から生まれる様々な価値観の違いを、その強大な壁を。
乗り越えた気になっているわけでも、知覚出来て居ないわけでもなくて。
ありのまま、それを。
許して。
認めて。
「そりゃそうだろ、だって俺がそう思ってるわけだし。他はどうだか知らねぇけど」
瞬きと共にカーテンから反らされた瑠璃色が、人間の瞳が。
“純血種”を真っ直ぐに見据えて、気負うわけでもなく、当然のように言った。
「…俺の世界では、それが全てだ」
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