Umber



「ン…っ…ふ、ぅ…んん…ッ!」
 絡め取られるがままに差し出した舌先に緩く歯を立てられながら、リング状のピアスが通った乳首を指先に押しつぶされて、イったばッかりでいつもより感度の上がった体が跳ねる。
「っは、ぁ…!き、鬼利…ッああぁ!」
「なに?」
 焦点が合わねェくらいの至近距離で俺を見下ろしながら、鬼利は涼しい顔でカチカチと手にしたリモコンのスイッチを押しこんだ。コードレスのリモコンが無線で繋がってンのは俺のモノの先っぽにテープで張り付けられたローターで、俺の精液やら先走りやらでぐっしょりと汚れたそれがまた、最強に近い振動数で震えだす。
「ひっぁああッ…ぁ、あっあぁああっ!」
 さっき出したばっかりの尿道口を無機質な機械に抉られる快感は眩暈がする程で、咄嗟にシーツを握り締めて耐えようとした俺の指を、リモコンを離した鬼利の手が掴んだ。頭の上で両手の薬指と小指を絡めるように柔らかく握られて、俺にとっちゃァどんな拘束具よりも効くその戒めに、慌てて握り締めようとしてた指先から力を抜く。
「んく、ぅッ…ふぅ、う…んンぅうッ…!」
「…我慢してるの?」
「んぁああッ!はっ、き…りぃっ…あぁッぁ、ああ!」
 がちがち噛みあわねェ奥歯を噛み締めて必死に耐えようとする俺を綺麗な橙色の瞳で見据えながら、乳首から離れた鬼利の細い指に浅ましくひくつく奥を探るように掻き乱されて、咄嗟に俺は首を横に振った。
 萎える暇も無く三回も追い込まれた所為で引かねェ余韻と、それに上乗せされる快感はもう苦しいくらいで、それでも俺には鬼利にもう止めてなんてねだる権利なんかねェから、せめて自分で耐えなきゃなんねェのに。
「いいんだよ、我慢しないで。いくらイっても今日は許してあげる」
「ひぁうッ!あッぁあぁ、ぃあッぁっ…!」
 怖いくらいに優しい声で囁く鬼利に緩やかに内壁を突き上げられて、俺は喉を晒して喘ぎながらがくがく震える足でシーツを引っ掻いた。いつもならシーツを握り締めたり、てめェの腕に爪を立てたりで逃がしてる快感に、今日はそのどッちも出来ずに直で神経を焼かれて焦点がぶれる。
「ぁ、あぁあッ…き、り…も、ゆるし…っんぁああぁ!」
 涙を流しながら切れ切れにした哀願は当然のよォに無視されて、一度中から抜かれてリモコンを持った指先に、元々耐えられねェくらいだった振動数を更に引き上げられた。
 ただでさえ堪え性がねェ上に、これ以上無いってくらい純粋な快感を叩き込まれ続けた俺の体がそンな快感に耐えられる筈も無く、我慢する暇も無く吐き出しちまッた精液が震えッぱなしのローターを白く汚す。
「さすがに、四回目ともなると薄いね」
「はひ、ぃいいッ…!」
 冷静な声で言う鬼利に震えたまンまのローターをぐっと抑えつけられて、ぐったりシーツに沈めてた体ががくんと跳ね上がった。指先まで痺れるよォな甘い余韻に浸ることも許されず、敏感になった内壁を二本に増えた指で掻き回されて、また目の前で真っ白な光が弾ける。
「ひぐッうぅう…っ!ぅあ、あぁあっあーッ!」
「またイったの?」
 敏感になった体を更に追い上げられてドライでイった俺の中を嬲る手は止めないまンま、やってるコトとは正反対に優しく囁かれて、俺はがくがく体を震わせながら何度も頷いた。
「い、イって…ひィいいッ!」
「そう」
「ああぁッ…!ゆ、るし…き、りッ…ぃあぁっ…も、ゆる、して…くら、さぁ…っ!」
 鬼利が指を動かす度に何度も何度も空イキを繰り返しながら、俺はもうほとんど力なんて入らなくなった指先で鬼利の手に縋りついた。容赦なく震えるローターに掻き乱されるモノからはさっきから濁った先走りが引っ切り無しに溢れて、もうてめェでもイってるのかそうじゃないのか解らない。
「ひくっぅうぅ…ッゆる…し…あぁあ…っきり、きり…ぃ…ッ」
「……」
 気絶も出来ねェくらいの愉悦が辛くて苦しくて、掠れた嬌声に泣きが入り始めた所でようやく、鬼利はわざとヤらしく水音を立てるように俺の中を掻き乱していた指を抜いてくれた。半勃ちのまンまのモノを嬲ってたローターも外されて、固定してたテープが剥がされる微かな痛みに、擦られ過ぎて赤くなった尿道口からたらりと濁った先走りが零れる。
「あ…ぁ、あぁ…っ」
 刺激は止められても、体の奥にずっしりと居座る空イキの重たい余韻はなかなか収まらない。水みてェになっちまった先走りがサオを伝うのにすら感じて、焦点の定まらない目で虚空を見つめながらひくりと指先を震わせる俺の頭を、散々俺を追い詰めた残酷な手がくしゃり、と優しく撫でた。
「気絶するかと思ったのに、よく耐えられたね」
「っ…き、り…」
 さっきみたいに容赦なく追い詰められることはあっても、鬼利がそれを褒めてくれることなんざ滅多に無い。その鬼利に、好きで好きで気が狂いそうな片割れに褒めて貰ったのがただ嬉しくて、相変わらずぼやけたままの焦点を必死に鬼利に合せようとする俺に、鬼利は柔らかく微笑んで涙の痕が残る俺の頬を撫でてくれた。
「きり、き…っん…ふ…ぅん…ッ」
 うわ言みてェに愛しいその名前を繰り返す唇を柔らかく塞がれて、絡め取られた舌からじわりと死ンじまいそォな気持ちよさが広がる。意識を吹き飛ばすような暴力的なそれじゃなく、甘くて暖かい蕩けるよォな恍惚に、俺は限界を超えてイかされ続けた体の辛さも忘れてその優しいキスに溺れた。
「ん、ん…っふ…、はぁッ…あ…きり、…っ」
「ちゃんと我慢出来たご褒美を上げたい所だけど…」
「あぁッ…!」
 唇が離れたのが寂しくて縋るような声を出した俺の頬を撫でながら、思案するように言葉を区切った鬼利の手にくちゅり、とびしょびしょに濡れたモノを柔らかく握り込まれて、さっきとは段違いに甘ったるい嬌声が口をつく。
 散々ローターで責められたソコはもう触られるだけでも辛い筈だが、触ってくれてンのが鬼利の手ってだけでこれだ。てめェでも酷ェ造りの体だとつくづく思う。
「…アレの後じゃ辛いかもね」
「あ、ぁ…っ」
「今日はこれ以上お前を泣かせたく無いし、また今度にしようか」
 つぅ、と裏筋を撫で上げられるだけで触られた箇所が溶けそうな快感に鳴く俺のモノからあっさりと手を離しながら、鬼利は相変わらず綺麗に微笑んだまンま素っ気なくそう言って、額が触れそォな距離だった体を離した。
 俺達の間での決定権は全部鬼利にあって、鬼利がそうと決めちまえば俺に出来るのは頷くことだけだ。俺に許されてンのは愛しい片割れが与えてくれるモンをただ享受することだけで。
 …そう、それだけで。
「…ぁ…きり…」
 体温が伝わりそォな距離が離れて出来た隙間を冷たい空気に撫でられるのが、まるでもう一回引き裂かれてるみてェに切なくて、思わず鬼利の白いシャツに伸ばしかけた手を俺は空中でぎゅっと握りしめた。
 どこもかしこも汚い俺が綺麗な鬼利にこォやって愛して貰ってるだけで、それだけで身に余る幸せなのに、これ以上を望むのは身の程知らずってモンだ。鬼利が言う“今度”がいつなのか、それが本当にあるのかも俺には解らねェが、手を伸ばすのは鬼利の役目で俺じゃない。
「…シャワー、浴びる…?」
「僕はいいよ」
「ぁ…そ、っか…」
 シーツの上に体を起こした鬼利の声はいつも通りで、ズキンズキンと胸の奥で響く鈍痛から無理矢理意識を反らしながら、俺は体中色ンな体液で汚れた俺とは対照的に、シャツの襟元を緩めただけの鬼利に小さく頷いた。
 コトの前に別々にシャワーは浴びてっから、汗ひとつかいて無い鬼利がわざわざ浴び直す必要なんて無い。鬼利の体ン中で汚れてるのは、俺に触って、ずっと手を繋いでてくれたその両手だけだ。
「そのままじゃ明日大変だよ。浴びておいで」
「ッき、鬼利…」
「なに?」
 いつも通りの淡々とした口調で言いながら、俺の出したモンで汚れた手をシーツの乾いた所で拭う鬼利は、未練がましく上げた俺の声にももう振り返ってもくれなかった。
 …そんなことする権利はねェって、散々てめェに言い聞かせておきながら身の程知らずな真似をしてみたってこれだ。こうなったらいいな、なんて俺の希望がそのまンま叶えられたことなんざ、ガキの頃から一度も無いんだから。
「や、…ごめん、なんでも…」
「そう」
「…し、シャワー浴びてくる」
 ここまであからさまに未練たらしい真似をすればもしかしたら、なんて図々しいことを一瞬でも考えたてめェの浅ましさを心底後悔しながら、俺は無理矢理へらりと笑って鉛みてェに重たい体をシーツから引き摺りあげた。
「……」
「……ッ!」
 鬼利にキスして貰った時のが嘘みてェに重く疲れた体は思うようには動かなくて、柔らかいシーツに沈みそうになるのを震える手を突いて支えながらずる、とシーツの上を這った体が、すぐ傍らから響いた小さな溜息を聞き取ってぞっと凍りつく。
「ッ…ごめ…今、退く、から…っ…」
 こんな夜遅くまで相手をして貰って忙しい鬼利の睡眠時間を削った上、身に余る程注いで貰った慈悲に飽き足らずにベッドに居座るなんて、俺にはとても許されることじゃ無い。せっかく褒めて貰ったのに、いつかは解らない“今度”にご褒美をくれるとまで言ってくれたのに、最後になッて鬼利の機嫌を損ねちまうのがただ怖くて、疲れだけが原因じゃなく震える手でシーツを握り締めた俺の肩を、鬼利が掴んだ。
「ご、ごめんなさ…ッ」
「…そうじゃないよ」
 咄嗟に怒られる、と思って掴まれた肩をびくりと跳ねさせた俺に、鬼利は静かな声でそう言って、…笑った。
「全く、お前は…」
「き、鬼利…?」
「ご褒美が欲しいならそう言えばいいのに、相変わらずおかしな意地を張るね」
 鬼利の言葉の意味が解らずにうろたえる俺を見てくすくすと楽しげに笑いながら、鬼利は俺の肩を軽く押してさっき起き上がったばかりのシーツの上に戻した。
「今日はもう泣かせる気は無い、って言ったのを聞いて無かったの?」
「…っ…」
 他のどんな音が聞こえなくなったッて、鬼利の声を聞く為にある俺の聴覚がその言葉を聞き逃す筈が無い。笑みを含んだ口調で言いながら軽く首を傾げる鬼利を魅入られたよォに見つめたまンま、小さく首を横に振った俺に、鬼利は綺麗な橙色の瞳を柔らかく細めて俺の頬に手を添える。
 くい、と俺の目元を拭ってくれた指は少しだけど濡れてて、それを見てよォやく、俺はてめェが泣いてたンだってことに気がついた。
「今日は我慢しなくてもいいよ」
「でも、…鬼利…っ」
「幽利」
 そうと意識した途端情けなく震えだした喉で掠れた声を上げた俺を、鬼利が遮る。
 今日、初めて呼ばれた名前。鬼利につけて貰った、俺の名前。
 そんな権利なんかねェのに、鬼利にそんなことを言って貰えるような立場じゃねェのに、体温が伝わるくらいの距離で名前を呼んでくれた声はどこまでも優しくて。
「っ…今度じゃ、なくて…」
「うん」
「…今、欲し…い」
 苦しいくらいの幸福感に涙を零しながら、俺はその優しさに甘えた。



 前から流れ込んだてめェの体液で、今更改めて濡らしてもらうまでも無く潤みきってひくつく奥に宛がわれた鬼利のモノが、熱く疼いた内壁を擦りながら指なんかじゃァ届かねェ深くまで埋められる。
「はァあっぁ…あぁぁッ…!」
「まだ入れただけだよ」
 背後から首筋に寄せられた鬼利の唇が、入れられただけでイっちまったよォに体を震わせる俺を見てくすくすと笑った。その空気の振動すら敏感になった俺の肌には十分過ぎるくらいの刺激で、腰だけ上げて四つん這いになってる背中がひくんと跳ね上がる。
「んンッ…!」
 体の一番奥を鬼利に犯されンのがただ嬉しくて気持ちよくて、白く霞みがかった頭ン中じゃァ早く突き破られるくらいに激しく愛して欲しい、ッて煩悩塗れのコトばッか考えてンだが、一度失神寸前まで追い込まれた体はそォはいかねェらしく、シーツを握りしめようとした手にはほとんど力が入らなかった。結局波打つ白い布を少し乱すくらいしか出来ず、縋るものを探して震える指先の合間からするりと滑らかなシーツが逃げて行く。
「そんなに欲しかったの?」
「は、ぇ…?ッひ…!は、ぁあぁッ…あ、あァっ…!」
「いつもよりキツい」
 …幽利のナカ。
 絡みつく柔肉を引き剥がすように浅くまで引き抜かれたモノを、抜く時とは正反対にゆっくり奥まで突き入れながら低く耳元で囁かれて、熱を孕んだその声に気が遠くなる。肉が裂けるよォな鞭打ちの激痛も快感にすり替える浅ましい俺の体で、少しでも鬼利が気持ちよくなってくれてンだって思うと幸福感に目も眩んで、同時に少し、怖くなった。

 鏡に映したよォな瓜二つの外見の通り俺と鬼利は双子だが、俺と鬼利じゃァ役割が違う。
 ガキの頃から、いや生まれた瞬間からずゥっと、大事にされたり愛されたり望みを叶えられたりするのは全部鬼利の方で、俺はその逆だった。
 俺がわざわざ、もう顔も思い出せねェ母親の腹ン中で一つだった鬼利と分かれてこォして体を持ってンのは、鬼利に降りかかる色々な不幸を代わりにひっ被る為だから。
 …なのに、今日は。
 大してキツくもねェ言いつけを守れたのを褒めて貰って、その上こんな、意識を持った瞬間から鬼利だけを想って来た俺にゃァ最高のご褒美まで。

「…幽利?」
「ひっぅんン…!あ、ぁあっ…き、り…きり…ぁあ、あッ!」
 俺の気が反れてンのに気付いたんだろう(俺の浅はかな考えなんざ、賢い鬼利には全部お見通しだ)、ごりり、と音までしそォなくらいにナカの一番イイトコロを突き上げられて甘ったりィ声を上げた俺の、鬼利より少し長く伸びた髪を、鬼利の手が優しくかき上げる。
 これだっていつもなら撫でられるンじゃなく、引っこ抜かれそォなくらいに引き摺り上げられてるトコだ。そういえば今日はまだ一度も、鬼利の手でも自分の手でも痛みを感じて無い。
「は、ひっぃ…!き、きり…っぁ、…も、っと…!」
「もっと、強く?深く?」
「あぅううッ!そ、なっ…あッあぁ、あっ!」
 優しく髪を撫でてくれる手にもっと強く、痛ェくらいにして欲しくてした懇願は上手く伝わらず、浅い所をゆったり掻き回してたモノにじんじん疼く前立腺を強く抉られて、そのまま深くまで突き入れられた。腰骨まで蕩けそォな愉悦に頭ン中が真っ白に染まって、ガン勃ちして先走りを零してたモノからとろりと勢いを無くして零れた薄い精液が、俺の下でシーツの染みを広げてく。
「はっ…ぁ…、ご…ごめ、なさ…ッ」
「また我慢してたの?」
 イっていい、って許しを貰わねェまま勝手に出しちまッたのに、根元まで入れたまンま動きを止めた鬼利の声は相変わらず優しかった。本当はしなきゃいけねェのに、気持ちよ過ぎて出来なかったとシーツに頬を擦りつけて首を横に振りながら、もう一度謝ろうとした俺の舌を、唇を撫でた鬼利の指が絡め取る。
「そう。イイ子だね」
「ん、んぅ…っ?」
「今日は我慢しなくていい、って言ったでしょ?」
 どうして褒めて貰えンのか解らずに滲む視界で鬼利を見上げた俺に、鬼利は綺麗に微笑んで俺の舌を弄んでた指を抜いた。奥深くまで入り込んでた鬼利のモノがゆっくりと引き抜かれて、俺の息が整うまで待っててくれたんだって気付いた途端、イって敏感になったナカを擦られる所為だけじゃない甘い痺れが背筋を駆け抜ける。
 びくびく不規則な痙攣を繰り返す背中を撫でる手が、感じ過ぎて苦しいくらいの内壁を擦る動きが優しい。内側も外側も、体中全部を余すところなく甘やかされて、辛うじて保ってる意識まで灰色の霧の中に熔けそうになる。
 あァ、ダメだ。こんな、こんな幸福を俺は知らない。
「ふぁあ、ぁ…ッた、く…あッぁあぁ…き、り…っッ」
「痛く?」
「んんっ…は、ぅう…!ぃ…たく、…おね、が…っ!」
 死にかけみてェに忙しない呼吸の合間、枯れてもう嬌声もロクに上げられなくなっちまッた喉で哀願した俺に、あやすよォに背中を撫でていた手が止まった。
 骨が砕ける痛みも、喉を締められる苦しさも、水すら満足に与えられずに飢える辛さも、散々期待させられて嘲笑混じりにそれを裏切られる寂しさも、そンなのは全部ガキの頃から知ってるが、こんな幸せを俺は知らない。
 大して苦しみもせずに望むものを全て与えられる、こんな優しさは知らない。
「も、こんな…ひぅッ…おかし、く…なっち、ま…からぁ…っ!」「……」
 不幸に慣れた俺の頭にゃァこんな幸せは許容範囲をとッくに超えていて、慣れない優しさに溺れそォになるのがひたすら怖かった。この微温湯みてェに心地いい場所からいつもの茨の上に引き戻してくれるならなんだって、どこに針を刺されたって良い。
「…相変わらず甘やかされるのが苦手だね、お前は」
「ひっぅ…あぁぁ…ッあ、あ…!」
 ずるずると呑まれそうになる意識を引き止めたくてシーツに縋ろうとしても、意識を保ってるだけでもギリギリの体じゃァ力なんてこれっぽっちも入らずに、てめェの掌に爪を立てるのすらままならない。痛みも苦しみも無く、ただ純粋な快感と優しさが怖くて怖くて、ガキみてェにしゃくりあげる俺の耳元でそう囁いた鬼利が、どこか呆れたよォに小さく笑った。
 両膝と一緒にシーツに着いて力の入らねェ体を支えてる肩をちろりと舐められて、それだけでぞくぞく背筋を震わせる俺を宥めるよォに背中をゆっくり撫でながら、濡れたそこにじわりと鬼利が歯を立てる。
「いぁあっあ、ぁあッ…!」
「んっ…」
 ぷつ、と小さな音を立てて皮膚を裂いた硬い歯が肉に食い込む痛みに、慣れたその感覚にざわっと全身に鳥肌が立った。加減無しに締めつけた鬼利のモノが中でどくり、と脈打ったのを感じて指先を震わせた俺の肩から離れた鬼利の唇が小さく息を詰めて、それまで緩やかだった律動が段違いに深く早くなる。
「あッぁああっ…だ、だめ…っき、り…!き、もち…よ、すぎ…てっ…ふぁあっ!」
「だから?」
 …だから、だからもっと痛く酷くして。
 薄く血が滲む程度の痛みは奥まで破られそォに深く突き上げられる愉悦の中に直ぐに溶けちまッて、小さな傷痕を柔らかい舌で労わるよォに舐められるのに緩く首を振りながらの哀願は、意味のある言葉になる前に掠れた嬌声にすり替わった。
 意識が途切れそォな幸福感に怯えてシーツを弱々しく引っ掻く俺の手を、すぐ耳元でくすくすと愉しげに笑う鬼利の手が絡め取ってぎゅっと握る。そのまンま肉も抉れるくらいに爪を立てて欲しかったが、優しい指先は慣れた痛みに逃げよォとする俺を引き止めるように繋がれるだけだった。
「ぁ、あッぁあ…っ!き、り…ぁ、ふッ…きり…っ!」
「…幽利」
「あ、ぁ…ひあッぁあぁっ!」
「…っ…」
 甘く耳元で名前を呼ばれて背中を反らせながらイった俺の背後で、小さく息を吸い込んだ鬼利のモノが体の奥深くでどくりと跳ねる。
「は…、…」
「ぁっ…ひ…あ、…ッ」
 イきすぎて満足に射精も出来なかったてめェの体よりも、熱い熱い欲を俺の中に叩きつけた鬼利のヨさそうな声の方に愉悦を感じて力の抜けた体を震わせながら、俺はそっと絡められたままの鬼利の手を握った。
 ここまで散々、怖いくらいに甘やかされたんだ。いい加減ご褒美もおしまいで、振り払われると思ってたその手を、鬼利は優しく握り返す。
 …あぁ、ほら。やっぱりな。

 俺の希望がそのまンま叶えられたコトなんざ、ガキの頃から一度もねェんだ。


      *

 白と黒に塗り分けられた盤面の上。騎士を象った黒い駒が、白い女王に倒されて転がる。
「…それで、反応は?」
 擬似的に死んだナイトの駒を盤の外へと転がしながら、傑は片手にしたグラスの中の氷をからりと鳴らした。ほんの二十手ほど前までは白と黒の駒が綺麗に整列していた筈の盤面は、一切隙の無い動きをする白の軍勢に支配され、黒の指し手である傑の勝機はほとんど無い。
「アイツのことだから泣いて悦んだだろ」
「確かに泣いてはいたね」
 数少ない勝機に掛けて駒を動かした傑の手を容赦なく潰し、駒からペンへと持ち替えた手でチェス盤の傍らに置かれた書類に小さく何かを走り書きながら、鬼利はいつも通りの淡々とした口調で答えた。既に防戦一方であるとはいえ傑もなかなかに際どい線を攻めている筈なのだが、チェスにおける勝ち筋のほとんどを記憶している鬼利にとって、こんな勝負は仕事の片手間にしかならないらしい。
「…優しくしたんじゃねぇの?」
「したよ。自分でもやり過ぎじゃないかってくらいにね」
「それでなんで泣くんだよ」
「お前もよく知ってると思うけど、あの愚弟は極度の被虐趣味でね」
 盤面をちらりと一瞥しただけで直ぐに手元の書類に視線を戻しながら、鬼利は既に半ば勝負を諦めてグラスを傾けている傑に片手を差し出した。傑がポケットから取り出した折りたたみナイフを開いてその手に握らせると、無骨なナイフが全く似合っていない女のように滑らかな手が、躊躇い無く握ったナイフの刃を自らの親指に滑らせる。
「優しくされるのに慣れてないから、慣れないことばかりで始終怯えてたんだよ」
「……」
「耐え切れなくなったらしくて、途中で泣きながら“痛くして”ってねだられた」
「…それはそれは」
 血の滲む親指を書類の端に押し当てて血印を施しながら、その時の幽利の表情を思い出してか、鬼利の宝石のように硬質な橙色の瞳がふっと笑みを浮かべた。グラスを空けながらそれを見ていた傑は本来ならそこは笑うところでは無く痛ましい表情をして欲しいと思ったが、直ぐに鬼利なら仕方が無いと諦める。
 この双子の弟が極度の被虐趣味であることを知っている傑は、その兄である鬼利が極度の嗜虐趣味の持ち主であることも知っているからだ。
「お前は?」
「愉しかったよ」
 処理の済んだ書類をファイルに綴じ、同じファイルの中から新しい書類を取り出しながら、鬼利はチェス盤を見つつ傑の問いに素直に頷く。
「久しぶりに幽利の本気で怯えた顔が見れたしね」
「……」
「針を使えばいくらでも見られるんだけど、アレを使うとその後半日は抱いててやらないといけないから」
「…なぁ、鬼利」
 空になったグラスをチェス盤の上、黒い王の駒の上に置いてそれを倒しながら、傑は小さく溜息を吐いた。
「…俺は、血ィ出るようなセックスばっかりじゃなくて偶には、って意味で幽利を甘やかせ、って言ったんだけど」
「…甘やかしたよ?」
「いや、そうじゃなくてお前もさ。優しくしてやれよ、っていう意味で…」
「僕はいつも幽利に優しいよ」
「……そうだったな」
 鬼利の言葉に色々と返したいことはあったが、傑は結局そのどれも言わずに軽く頷いた。
 ここでいくら傑が世間一般的なありふれた愛の在り方を解いた所で、そんな言葉は鬼利にも、そしてここには居ないその片割れにも欠片だって届かないのだから、何を言ったって無駄だ。この双子の世界は二人だけで完全に完結していて、互いが互い以外を一切必要としていない、酷く狭い箱庭の中に生きている。
「…気分転換を、って言うんなら」
「ん?」
「傑こそ、偶には悦にスパンキングでもしてみたら?案外悦ぶかもしれないよ」
「お前等じゃあるまいし、無理だろ」
 苦笑混じりの傑の言葉に、鬼利は書類の文字を追っていた視線を上げて傑を一瞥した。
 ―――鬼利の性質が悪い所は、それなりに集中を要する仕事の片手間に、決して弱いわけでは無い傑をチェスという頭を使うゲームで圧倒出来る程に賢い、という点だ。双子の弟と二人だけの閉鎖的な自分の世界の異常さと、その世界に先が無いことを、誰よりも熟知している。
「……」
 傑から見ても異常な明晰さを持つ頭脳でもって、傑の表情からその内心を読み取ったであろう鬼利は、少し考えるように視線を虚空へと飛ばし、
「…まぁ、そうだろうね」
 自分達を異端と知り尽くしていながら平然とそう言って、微笑んだ。



 Fin.



ILL =virgin= 収録

off