病み尽き



 ちゅくちゅくと可愛らしい水音とは正反対に、神経を焦がすような激しさで全身を貫き続けていた快感の電流がふっと止み、仰け反ったまま痙攣していた幽利の背がシーツに落ちる。

「か、はッ……はぁっ……!」
「上手に出来たね」
「ひぅうぅ……ッ」

 優しい声と共にとんとん、と震える尿道口を指先に叩かれて咄嗟に身を捩るが、両手と左右の足を強靭な3本のベルトでベッドの上に拘束された体では、たった一本の指からも逃れられはしない。腰を浮かせて指を振り払ってしまいたいのをなんとか堪え、幽利は泣き濡れた橙色の瞳で開かせられた足の間に座ったご主人様を見上げた。

「鬼利っ……んぅ、う……っき、りぃ……!」

 爪を食い込ませることもなく、いつも以上に鋭敏になったそこをただ優しくノックする鬼利の手は掌まで濡れている。袖を捲くった手首まで滴っているのはローションでも先走りでもなく、我慢する暇もなく今しがた”上手に”吹かせられた幽利の潮だ。
 綺麗な手が汚れてしまう、お願いだから早く拭いて、と幽利は懸命に目で訴えるが、思考が見えない代わりに読むことに長けた双子の兄はにこりと笑って、濡れたままの指先の腹でぴくぴくと震える小さな穴を撫で上げる。

「褒めてるんだよ、幽利」
「ぅぁあッ……あ、りがと、ござぃ……ます、っ……!」
「よく出来ました」

 ぎゅっと頭上のシーツを握りしめてお礼の言葉を絞り出すと、痛くしてくれない残酷な指は漸く離れた。ハンドタオルで拭われた手にほっと体の力を抜いたのも束の間、乾いたばかりの指が再度ステンレスのバットから持ち上げた白いものを見て、膝も曲げられないほどベルトに引き伸ばされた幽利の足がびく、と跳ねる。

「あ……あぁ……っ」
「感覚を忘れない内に復習しようね」

 針を見せられたように怯えて小さく首を振る幽利を安心させるように微笑んで、鬼利はなみなみとローションを注がれたバットから出したもの―――たっぷりとローションを吸った、つい先程5分と保たずに幽利に潮を吹かせた真っ白なガーゼを、両手の間にぴん、と張った。
 逃げるように拘束された腰を捩る幽利を咎めることもなく、乾いた時のざらつきの影も形も無くなったガーゼがゆっくりと赤くなった粘膜に近づく。やだ、と思わず漏れた泣き言は当然聞き入れられる筈もなく、繊維の一本一本までぷるぷるに潤んだ表面が、くちゅり、と音だけは可愛らしく亀頭を覆った。

「ひっ……ぁあ゛あぁああッ!」

 押し当てられたガーゼが左に引かれ、きつい拘束の中でがくんと背中が反る。細かく入り組んだ繊維に敏感な粘膜を削られ、手荒い刺激に慣らされた尿道口をさりさりと引っ掻かれる快感はそんなものでは和らぎもしないのに、寧ろ暴れれば暴れるだけめちゃくちゃに擦られることになってしまうのに、跳ねる腰は少しも言うことを聞いてくれない。

「やぁあ゛あっ!ゆるし、ゆる、してくださッ、ぁあああっ!」
「まだ始めたばかりだよ」
「ひぃっいいぃいッ……!」
「……ゆっくりの方が良さそうだね。このくらいかな?」
「あーっ、あ゛ぁーーッ!やめてっ、それやめてぇえ゛えっッ!」

 一番辛い、繊維の一本一本が感じられる速度での往復に、幽利は泣き喚きながらがくがく跳ねる腰を捩った。にゅるん、と総毛立つような感覚を残して一瞬ガーゼが外れ、無駄足掻きを叱ることも腰を押さえつけることもなく、すぐにまた押し当てられる。

 いくら藻掻いた所で両手足を拘束された状態でのモノの逃し先など、右か左にしか無い。射精という終わりを取り上げられたまま、頭がおかしくなりそうなもどかしさと共に恐ろしい速度で溜め込まれる快感を嫌がって反対側に逃げれば、あらゆる予測が得意な鬼利は幽利が自分から擦り付けるような角度でガーゼを固定してそれを見逃した。そして、大きく開かされた足が邪魔で一定以上先に行けない幽利が短い行き止まりにぶち当たった所で、慌てることもなくまた捕まえる。
 逃げては捕まえられ、逃れようとする動きで自分の首を締めながら、決して開放の許されない気の遠くなるような快感から一秒にも満たない時間逃がれて、また捕まる。
 どうしようもなく勝敗の決まった鬼ごっこを往生際悪く繰り返し、逃げられない、と体で理解させられた幽利がかちかちと奥歯を鳴らしながら握っていたベルトを離すと、淡々と”お遊び”に付き合ってくれていた鬼利が首を傾げた。


「もう逃げなくていいの?」

 別次元にいるように涼しい顔で汗と涙で顔をぐしゃぐしゃにした幽利をくすりと笑って、男にしては節の目立たない綺麗な手がぴん、とガーゼを張る。

「ご、ごめん、なさい、ごめんなさっ……あぅ゛うううッっ」
「ああ、赤くなってるね。駄目だよ幽利、ここは敏感なんだから。こうやって、ゆっくり、責めてあげないと」
「ぅあぁあっ、ゆるしてぇ!ゆるひてくださいぃいッ!あぁ゛ああっ!」

 一往復すら耐えられずにぷしゅ、と二度目の潮を吹いた幽利を、愛おしげに目を細めたご主人様は一度目のように許してはくれなかった。
 当然だ。節操なくその手を汚すことは許されていても、抵抗することは許されていない。幾度となく叩き込まれた躾をちっとも覚えられない駄犬に与えられるものは休息ではなく、その無駄足掻きに比例したお仕置きだと決まっている。

「ひぃい゛っ!?」
「ほら、暴れないの」

 ふっ、と電気を切るように暗くなりかけた意識を、ガーゼの上から亀頭を掴まれて引き戻され、幽利はバチバチと火花が消えない目を見開いた。
 性懲りもなく逃がれようと腰を捻っても、すっぽりと敏感な所を包む手はガーゼのように離れてはくれない。今までは責めを逃れていたカリ下のくびれを指で擦りながら掌で先端を揉み潰し、今の幽利にとっては救いになる痛みを一欠片も与えること無く、刺激が射精に繋がらない場所の全てを正確に的確に、ぐちゅぐちゅと責め立てる。

「ひぎッ……ぃ、い゛ぃ……っッ!」
「加減が難しいな……」
「っッ~~~~!」

 どこをどうされているかも、強すぎて気持ちいいのか痛いのかも解らなかった衝撃が、何らかの調整を加えられて頭の中を引っ掻き回されるような快感にすり替わり、後頭部で上半身を持ち上げるようにして幽利は喉を反らした。
 凡百の視野すら確保出来なくなった視界が白い火花に埋め尽くされてぷつん、と電源を落とすように暗転し、死にそうに苦しい快感にすぐに叩き起こされる。ほんの一瞬の逃避を叱るように加減をされてのたうつ時間を引き伸ばされ、許容量を超えて暗転し、次はすぐに飛ばされ、その次は長く。

 長く、短く、短く、長く、長く、短く。


「あ゛ー……あぁ゛あー……っッ!」

 鞭が欲しい、と思った。

 蝋燭でも、パドルでも、やすりのように乾いたままのガーゼでもいい。針で無くて、痛みをくれるものなら何でもいい。こんなのは知らない。息の仕方も忘れそうな、与えてくれる鬼利のことさえ解らなくなるような、こんな大きくて怖いものの受け止め方は知らない。壊れてしまう。どこかが、何かが。

 ……あ、


「……あ、」


 辛うじて保っていた何かがついに崩れる感覚とぴったり同時に、何ら意味の無い、似合わない音を零した鬼利の手がぐい、と先端を掴んだままの幽利のモノを押さえ付けた。
 勃ち上がったそれを倒される痛みに、ぐらぐらと煮立つようだった意識と視界がほんの少し明度を取り戻し、

「っあ、ぁ……!」


 じゅわ、と溢れ出す感覚に、幽利の顔からざっと音を立てて血の気が引いた。


「あぁッ、鬼利、きり、離れて……っだめ、汚れる、鬼利っ!」
「……幽利、腕が壊れる」

 ぎちぎちとベルトと関節を鳴らしながら血相を変えて叫ぶ幽利とは対象的に、冷静に腰を浮かせた鬼利の左手が跳ね起きようとする幽利の胸板をシーツの上に押さえつける。必死に下腹に力を入れて漏れ出すものを止めようとするが、許容量を超えた快感に侵され尽くした下半身は完全にバカになってしまっていて、置かれたままの鬼利の右手を濡らすのを止められない。

「は、離して、はなして……!」
「動かない。顔に跳ねるよ」
「っおねがい、鬼利、お願いします……!」

 どれだけ我慢しようとしても僅かに勢いが弱まるだけで、しょろしょろと鬼利の手を、ガーゼを、自身の腹を濡らしてシーツにまで溢れる尿に、抵抗を禁じられた幽利は青ざめた顔を小さく横に振った。

 傷口を広げるように鞭に打たれたり、柔い皮膚に熱い蝋を垂らされたり、一晩中縛られて放置されて失禁したことなら何度かある。何一つ隠すことを許されずに自分で膝を抱えたまま、あの硬質な橙色の見ている前で漏らしてしまったこともあったが、靴や服の裾に飛沫をかけてしまったことはあっても、鬼利の肌を汚したことは一度だって無かった。どれだけ正体を無くしても、それだけはしたことが無かったのに。


「ごめ、なさいっ……ごめんなさぃ……ッ」
「……やっと止まったね。これで全部?」
「っふ……ぅ、く……っ」
「幽利」
「やッ……ぜ、全部、全部です!あぅ゛っ……ご、めんなさ……!」

 出したものでぐっしょり濡れたガーゼ越しに先端を擦られ、しゃくり上げながら頷いてようやく、鬼利は右手を離してくれた。何より愛しくて綺麗なご主人様の手を汚してしまった、と甘ったれた背徳感など入り込む余地のない罪悪感に震える幽利を真上から見下ろして、宝石のように美しい橙色の瞳をゆるりと細める。

「嬉しくて漏らすなんて、犬みたいだね」
「っぅ……う……!」
「トイレも覚えられない駄犬には、お仕置きが必要かな?」

 甘やかすように優しい声に普段なら恐怖と、その裏で浅ましい期待を抱く所だが、自分で自分を絞め殺してしまいたい程の罪悪感に覆われた今の幽利には救いだった。泣きじゃくりながら何度も頷いて、この罪に相応しい罰をねだる。

「して、下さい……痛くて、苦しいお仕置き、いっぱい……っ」
「後始末が済んだらね」

 乾いた左手で柔らかく幽利の髪を梳いて、体を起こした鬼利はベッドを降りた。ベッドの足に固定されたベルトには触らず、スツールの上に畳まれていたバスタオルを2枚取って、半ば呆然とその横顔を見つめる幽利の腹に一枚を広げる。

「やめ……鬼利っ!」

 あっという間に水分を吸って色の変わったそれに鬼利の手が伸ばされるのを見て、幽利は呆けたようだった顔を強張らせた。粗相の始末なんてとんでもない、鬼利にそんなことはさせられない、と絶叫しながら関節を犠牲に跳ね起きようとした駄犬を、冷たい瞳が一瞥して指先まで凍りつかせる。

「……動くな、と言った筈だよ」
「っ……!」

 息まで止めた幽利を見ることなく、鬼利は伸ばした手でバスタオルを折り畳んだ。腹の水溜りを吸って濡れた中に汚れたガーゼを包み、真新しい一枚を広げて、太腿や脇腹の飛沫をぽんぽんと拭き取っていく。
 恥知らずに半勃ちのままのモノまで丁寧に拭われる、その優しさが何より幽利の胸をぎりぎりと締め上げた。それを知っているから鬼利はこうして後始末をしているのだと解っていても、この死にたくなるような後悔もお仕置きの内だと解っていても、早く終わってと願わずには居られない。そう願って泣けば泣くほど、より丁寧に隅々まで始末されることが解っていても。


「はい、おしまい」
「ありがとう、ございます……」

 最後に濡らしたタオルで綺麗に後孔までを拭って、ようやく鬼利は手を止めた。すっかり後悔に押し潰された幽利の消え入るような声をくすくすと笑いながらサイドボードの引き出しを開け、後始末をしながら考えていた通りのものを取り出す。

「我慢の仕方を覚えられるように、栓をしてあげるからね」
「はい……」

 ありがとうございます、と震える声で頷いた幽利に優しく微笑んで、鬼利は消毒液の染み込んだガーゼでシリコンで出来た尿道ブジーを拭った。
 簡単に抜けないよう返しの役割をする少し膨らんだ先端、内側から貫かれた前立腺を責め抜く柔らかで小さな凹凸、割り開かれる感触を何度も味わわせる為に小さな球が数珠つなぎになったような持ち手近くまでを拭き上げて、ローションではなくとろみのある薄ピンク色の液体を、半透明のチューブ容器から直接垂らしてたっぷり纏わせる。


「挿れるよ」
「は、いぃ……ッ」

 塗られた所が熱くなって疼く上に効果の長い、お仕置きには最適の媚薬でしどとに濡れたブジーがまだ痺れの残る尿道口を割り開き、幽利はぎゅっとシーツを握りしめた。くぷん、と一番太い先端が埋まってすぐ、つぶつぶとした小さな凹凸に、その次は少しの捻りを挟んで連続した球体に、と種類の変わる刺激に尿道口を嬲られて跳ねそうになる腰を、奥歯を噛んで濡れたシーツの上に縫い止める。


「んぐっ……ぅ、うぅ……ッ」

 潤滑油代わりの媚薬を溢れさせながら、手慣れた鬼利の手でするすると飲み込まされていったブジーの先端が、こつこつ、とささやかな抵抗を示す括約筋をノックし―――幽利がひゅっと息を吸い込んだそのタイミングで、ずぐりと貫いた。

「ぁあっ!ぁ、あ、あぁあぁ……!」

 節操のない駄犬が暴れて狭い管を傷つけないよう、素早く差し込まれたブジ―が膀胱を抜き、貫かれた前立腺にその為に誂えられた小さな凹凸が食い込む。亀頭を責められるばかりで一度もイくことが出来ていない幽利にその快感はあまりに甘く、あれだけ後悔に冷えていた全身にあっという間に熱が回った。

「ふぁあ……っぁ、う」
「傷つくといけないから、ここも縛ろうか」

 内側の動きで微かに震えるブジ―から離れた鬼利の手が、ベッドの枠に強力なクリップで固定されたベルトを腰骨の上に回して締め上げ、幽利はひぅ、と喉を震わせる。
 これで、はしたなく腰を振るのを自制しなくて良くなった代わりに、じわじわと粘膜から染み込む媚薬の疼きから少しも逃げられなくなった。

「……おイタをしたこの中まで、薬漬けになったら」
「はぅ、う……っ」

 ぐり、と雫一滴漏らせないよう栓をされた膀胱を腹の上から指先で抉って、起きている間は絶え間なく深く多く考え続けている橙色が、その中に幽利だけを映して冷たく笑う。


「そしたら、お仕置きを始めようね」


 熾火の色に燃え上がる橙色がお揃いの瞳の中に何を見てしまっても、幽利に出来るのは従順に頷くことだけだった。










 いくら防水シーツを敷いていても構造的に水分に弱い寝室のベッドから、プレイルームの手術台のような”ベッド”の上に移され、耐水性に優れた合皮の薄いマットレスに同じ様に両足と腰をベルトで縛り付けられた幽利のモノから、ブジ―より一回り細いカテーテルが媚薬の滑りを借りてちゅるりと抜ける。

「んぅう゛っ……!」

 凹凸の無い滑らかなそれに擦られるだけでも、今の幽利には目も眩むような快感だった。枷やベルトを繋ぐ為に突き出た頭上のパイプを握り締めながら、かちかちと鳴る奥歯を噛み締めて胸まで濡れた体に力を入れる。

「我慢だよ、幽利」
「ッ……ぅ、ぐ……!」

 カテーテルと、それに繋がった点滴のパックを傍らのワゴンに置いた鬼利に優しく腹を撫でられ、つきんと響く疼痛に息を詰めながらただ頷いた。二人にとってそれぞれの意味合いで見慣れた生理食塩水の点滴液は半分ほどに減っており、パックから消えたその中身は全て、カテーテルを通して幽利の膀胱に注ぎ込まれている。

「10回、我慢出来たら許してあげるからね」
「は……は、ぃ……ッ」
「たった10回、5分とかからないよ。”お掃除”はもう嫌なんでしょ?」
「いや、です……ぅ……!」
「なら、頑張れるね?」

 芯まで媚薬漬けにされたモノをそっと握り込みながら軽く首を傾げる鬼利を見上げて、幽利はがくがくと頷いた。空になって排水溝の備え付けられた床に散らばる3つの点滴パックの分だけ、繰り返されてきたのと同じように。
 到底無理だと思っていても、寝室と違って両手が自由でも、幽利に許されていることはそれだけだった。


「数えて」


 薬と疲労で焦点が虚ろになった幽利の耳元に囁いて、熾火の消えた橙色にも見えるように大きくゆっくりとした動作で鬼利の人差し指が先端に、色々な我慢を強いられてひくひくと震える尿道口に押し当てられる。


 鬼利の要求することは単純だ。

 燃えるような疼きと、鈍痛に変わる寸前まで高められた尿意に耐えながら、10回、ローションガーゼで散々苛められた先端を指の腹に擦られるのを、そこから何も漏らさず我慢すること。
 生まれついての支配者として教育された双子の兄は寛大なので、堪えようのない先走りや潤滑油代わりの媚薬が溢れてしまうのは許容されている。胸の内を読まれたって支障が無いくらいに隷属させる術を知り尽くしているので、爪を立てたり指の動きを早めて前提条件を崩すことも、一度決めたゴールを不当に引き伸ばすことも無い。

 たった10回、耐えられれば、許される。


「い゛っ……ぃ、いち……!」

 我慢の為に意識を集中している所為で、指紋の凹凸すら感じられる指が先端から第二関節までくちゅり、と滑り、幽利はふわふわと感覚の鈍い足の爪先をぎゅっと丸めた。
 口を開くと強張らせた体からも少し力が抜けてしまうが、ちゃんと声に出して数えないと鬼利は指を動かしてくれない。自由に休憩を取れるのは温情のようにも見えるが、実際は楽しい遊びを長く引き伸ばし、幽利を更に追い詰める為だ。

「に、ぃ……ッんンぅう……!」
「そんなペースだと朝になるよ」

 言いつけを守れている内の鬼利は寛大だが、機嫌を損ねてしまえば厳しい折檻が待っている。退屈そうに溜息を吐く怜悧な横顔にどくん、と心臓を跳ね上げながら、幽利は必死に縺れる舌を動かした。

 3、4、と回数を重ねるごとに粘膜が拾う快感が強くなり、半分以下に狭窄した視界にちかちかと星が瞬く。緩く巻かれたベルトの下にある腰がびくびくと跳ね、自分から少し膨れた下腹をベルトに押し付けてしまって、目前だった限界が更に近づく。

 5、6、ともう鬼利の顔色を伺う余裕もなく、押し当てられた指の合間から滲むように注がれたものを零しながら、過去にされた折檻の辛さを思い出して、蓄積された快感が弾けてしまうのをなんとか堪える。体の制御を失ってしまう重い絶頂を堪える為に擦り切れた理性を回し、その所為で小刻みに震えるほど強張らせていた内腿から少し力が抜けたのには気付けないまま、震える口を開く。


「ひっ……なな、ぁ……ッぁぐぅう……!」
「あと3回」
「はっ……はっ……は、ぁ、あぁっ!?」

 初めて辿り着けた8を数えるために、深く息を吸ったのが失敗だった。
 撫で上げて止まったままの鬼利の手に自分から擦り付けるように体が動いてしまい、予想していなかった刺激にしょろ、と水が溢れる。疼く尿道内を柔く撫でられる気持ちよさにぷつん、と一瞬意識が途切れてしまえば、そこから先はもう止められなかった。

「や、やだっ、ぁああ……っやだぁあああ……ッ!」

 必死に下腹に力を入れても、止めようとする意志とは反対にしょろしょろと溢れる疑似尿の勢いが強くなってしまう。生温い水が漏れる感覚は媚薬漬けの今は射精にも似ていて、我慢しなければならないのに、これじゃあ許して貰えないのに、体中から力が抜けるほど気持ちいい。

「ごめ、なさっ……ごめ……ぅあああっ!」
「噴水みたいだね」

 腰のベルトをきつく締め上げられ、押し出されるようにびゅく、と胸まで飛ばす様を冷たく嘲笑われる。胸の中はこの後の”お掃除”が怖くて冷えているのに体は熱くて、お仕置きなのに気持ちよくて、もうイっているのかいないのかも自分では解らなかった。

「ふぅ、う……っ」
「幽利」

 だらだらと零していたものが止まった途端、ワゴンに手を伸ばした鬼利に命じられ、幽利はぐすぐすと子供のように泣きながらパイプから手を離した。今日まだ一度も射精を許されていないモノを思いっきり扱いてしまいたいのを堪えて、半勃ち状態のそれを両手で握る。
 苛められやすいように自分の手で固定した亀頭は漏らしたものでぐっしょりと濡れていて、それを”掃除”する為に、ひたひたにローションを吸った真っ白なガーゼが、幽利から一番効率よく悲鳴を引き出す速度と強さを知ってしまった鬼利の手で、ぴちゃりと被せられた。


「3掛ける5は?」
「っ……じゅ、じゅうご、です……」
「さっきより5分も短くなったね。今度はちゃんと持ってるんだよ」
「は、ひっ……」

 爪を立てないようにきゅっと根本を握った震える手を撫でた鬼利が、ガーゼの両端を持って、ずるり、と左に引く。

「ひぐッ……ぅう゛ううぅっ!」


 一秒でも長く言いつけを守れるよう、両手の指を絡めてぎゅっと目を瞑った幽利の努力を、ローションガーゼはそれまでと同じ様に、3分とかけずに全て削り落とした。

 神経にやすりがけをされるような暴力的な快感に爪を立ててしまった両手は、頭上のパイプに手枷で繋がれ、持っていられなかった罰として胸にもベルトを増やされた。更に穴一つぶん腰のベルトが締められて逃げ場を塞がれた亀頭を、じゅるりとガーゼが横幅をめいいっぱい使って舐め上げる。

 先端の半分を覆うほど強く押し当てたままゆっくり擦り、どぷどぷと濁った先走りを零す尿道口とその周りだけを掠めるように引っ掻かき、3重に畳まれていたガーゼを解いてカリの下に巻きつけ、追加のローションをたっぷり纏わせながら裏筋のくびれを特に重点的に磨き上げて、鬼利は電気を流されたように暴れる幽利から間断なく鮮烈な悲鳴を引き出した。ガーゼが1ミリ動く度にぶつ切りにされている意識が責め手を変えられる度に更にぐちゃぐちゃに引っ掻き回されて、もう何度目かも解らない潮がぷしゃ、と吹き出る。

「や゛、めっ!やめでっ、くら゛しゃぃい゛いいっ!」
「反省出来たら止めてあげるよ」
「ごめっなひゃ、ッあぁ゛あああ!あ゛ーーっ!」
「ここを苛められるのが好きみたいだね。ほら、これが辛いんでしょ?」
「いや゛ぁあああッ!ゆる゛ひてっ、ゆるひてぇえ゛ええっ!!」

 カリ下のくびれから尿道口までを中指を添えられたガーゼにちゅりちゅりと擦られ、幽利は後頭部を薄いマットレスに打ち付けた。休み無く与えられる快感が大きすぎて気絶も出来ず、縛られた両足を爪先までぴんと伸ばして、叫びすぎて掠れた声で泣き喚く。

 ごめんなさい、死んじゃう、許して、ごめんなさい、もうしません、壊れる、許してください、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

 聞き入れて貰えない絶叫のような哀願と謝罪を何度も繰り返し、がくん、がくん、と痙攣していた体からベルトを軋ませるだけの力も削り取られ、仰け反って晒されたままの喉がひゅーひゅーと笛のような音を立てるようになった頃、ローションで無いものまでたっぷり吸い込んだガーゼが離された。声も上げられずに小さく痙攣するばかりの幽利の反応などはまるで関係無く、ただ単に15分が経ったからだ。


「ぁ゛……あぅ゛……っ」
「酷い顔だね」


 ガーゼとローションでぴかぴかに磨き上げられたモノとは反対に、涙と唾液でどろどろになった顔をくすりと笑って、鬼利は平面になっていた台のリクライニングを半分起こした。首が据わらずかくん、と落ちた幽利の頬を撫で下ろし、半開きのままの唇にローションで濡れた指を二本、含ませる。

「少し休憩しようか」
「ふぁ……ぁ……!」

 声と同じく優しい指先にくちゅくちゅと痺れた舌を弄ばれ、泣き腫らした目尻に新しい涙を滲ませながら幽利は微かに頷いた。この責め苦がまだまだ終わらないと言われたのと同じなのに、”視界”の深度と縮尺が滅茶苦茶になるまで抉られた自我にとっては、上顎を引っ掻かれる微かな痛みが救いだった。

「んっ……んむ……ぅ……っ」
「くすぐったいよ」

 重い舌をなんとか動かして整えられた爪を辿り、絶対に痕をつけないよう付け根を甘噛みして、ぴたぴたと舌を叩く指を深くまで迎え入れる。もっと強く、血が滲むくらいに爪を立てて欲しくて滲む視界で鬼利を見上げると、愛しいご主人様は全てを赦すような優しい微笑みを浮かべて、指を引き抜いた。


「元気になったね。じゃあ、もう一度」





 3つ目の点滴パックの中身は、5と数えた段階で全て床に零してしまった。
 流石に30分では頭の中身が保たないと判断されて、一番苦手な方法で30回擦られるだけで許して貰えたが、代わりに休憩無しで新しい1リットルの点滴の中身をまた半分、注がれた。

 7回目は8まで数えられたので、14分ガーゼに擦られて、意識が戻ってすぐに残りを注がれた。
 疲れ果てて力の入らない体に、もう何をどうしたらいいのかも解らなくなった頭ではろくに数を数えることも出来ず、8回目を失敗した後は気付けとしてブジ―を入れられた。


「ひぁあ゛、あぁっ……き、もち、ぃ、です、ごめんなしゃ、ぃ、ごめんなさぃ……ッ」
「媚びる暇があったら少しは締めたら?」
「ごっ、なひゃ……あぁ゛ああぁぁ……!」


 膨らんだ先端で、そして小さな凹凸で、それぞれ3回ドライでイくまで前立腺を苛められ、ゆっくり引き抜かれてどろりと溢れた白濁を潤滑油に、真新しいパックを繋がれたカテーテルがつぷりと入り込む。

 長時間のお仕置きで点滴を温めていた盥のお湯もすっかり冷めてしまっていて、室温と変わらないその冷たさに震えながら、幽利は重い頭を必死に持ち上げて鬼利を見た。

「きり、きり……おねが、い、すこし、すこしにして、くらさい……っ」
「……」
「がまん、できない、ぇす……っぁあぁ……いっぱい、に、しないでぇ……!」

 下腹が重く冷たくなっていくのに従って中身の減っていく点滴パックと、こちらを見てくれない鬼利の横顔との間で忙しなく視線を揺らして、幽利は啜り泣く。「もう嫌だ」「許して」「お願いだからもう終わりにして」思いつく懇願は全てやり尽くしてその全てで点滴液を増やされていたので、もうそれくらいしかお願い出来ることが残っていなかった。

「おね、が……ひ、ぅっ……おねが、ぃしま……す……ッ」
「……減らしたら、我慢出来るの?」
「っで、……」

 できます、と答えようとして、幽利は久しぶりに向けられた視線の冷たさに息を呑んだ。
 許容量も度も超えて耐え難い苦しみになった快感に呆けた頭がほんの少し明度を取り戻し、褪せない記憶を辿ってしまった濡れた橙色が、くしゃりと歪む。

 今よりずっと体力も気力も残っていた時でさえ、出来なかったのだ。ブジーもカテーテルも圧迫感無く飲み込めるほど深くまで緩んでしまったモノで、我慢の為に力を入れるべき所も解らなくなってしまった体で、粉々になるまで砕かれ尽くした心で、出来るはずが無かった。


「出来るなら、ここまでで止めてあげるよ」
「……っ」
「どうなの、幽利」


 それまでより目盛り2つぶん液が残った点滴パックをぱん、と指先で弾く音に、幽利の肩がびくりと跳ね上がる。
 カテーテルはそのままだ。

「ぁ……う……っ」

 返事を迷う間にも、水面はどんどん下がっていく。力の入らない指先がすぅっと血の気が引くように冷たくなる。
 我慢なんて無理だ。きっとまた漏らしてしまう。そしたらまた、罰が。暗く狭まった視野では乾いた瞳の向こうはもう見えない。今度は、どんな風に。

「……」
「ッ!……で、でき、ます……!」

 返事を促すこともなく、興味を失ったように視線が反らされた瞬間、幽利は叫んでいた。狂ってしまいそうに暴力的な快感より、限界を更に超えて責められる苦しみより、鬼利に見捨てられてしまうことが何より怖かった。

「がまん、しますっ……ぅ、く……ちゃ、ちゃんと……がま、ん……ッ」
「……」
「ひっ、ぅ……いい、こに、なります……っから、ぁ……いか、ないでぇ……っ」
「……全く」

 縛り付けられた腕と体の代わりに、枯れた声で追い縋る無様さに呆れたように溜息を吐いて、鬼利はカテーテルの半ばに取り付けられたクレンメを締める。天井から伸びるフックに吊られた点滴液は、まだ半分より目盛りひとつ分多く残っていた。

「お前に付き合っていたら夜が明ける。これで最後だよ」
「はい、はいっ……!」

 見捨てられたくない一心で夢中で頷く幽利を無表情に一瞥して、カテーテルを抜き取った鬼利の手がつぅ、と裏筋を撫で上げ、もう完全には勃ち上がらなくなってしまったモノの先端を包む。ガーゼやブジーと違って鬼利の手は胸が軋むほど暖かくて、幽利はか細くしゃくり上げながら最後の力を振り絞って内腿に力を込めた。

「い、ぃち……っに、ぃ……さ……んン……っ!」
「……早すぎる。深呼吸して」
「はっ……は、ふ……っ」
「いいよ」
「よ、んっ……はぁ、ああぁ……ッご、ぉ……っ」

 鬼利に作って貰ったペースを崩さないよう、射抜くように鋭い視線が外されてしまわないよう、それだけを考えて、びくびくと危うい痙攣を起こす下腹の波の合間に、浅く息を吸う。

「ろく、な……なぁ……っ」
「あと3回。ほら、息をして」
「ふ、ぅう……っは、はち、ぃ……!」

 散々に嬲られた粘膜は赤く熱を持っていて、血は滲んでいないまでも、そっと柔らかい指の腹で擦られる度にひりひりと痛んだ。幽利にとっては慣れ親しんだ、快感よりよほど耐えやすい、甘い疼痛だ。
 それに、なにより、鬼利が。

「きゅ、ぅ……あぁっ……!」
「最後だよ」

 励ますような声を掛けて貰えるのも、視線を合わせたままでいてくれるのも、今日は初めてだった。これが、最後だから。これを失敗したら、もう罰すら貰えなくなってしまうから。
 でも、限界を遥かに超えた我慢を強いられる辛さにぼろぼろと泣く顔も、胸が潰れそうな苦しさに今にも焦点を失ってしまいそうに不安定に瞬く目も、見て貰えるのなら。

 鬼利が、見ていてくれるなら。

「じ……じゅ、う……っ!……ぁ、」

 それだけを崩れた心の支えにして、息を吸わずに叫ぶように最後の数を数えると、ずっと幽利の目を見つめてくれていた鬼利の視線が反らされた。離された指の下、苦しそうにぱくぱくと喘ぐ小さな穴が濁った先走り以外のものを零していないのを一瞥して、冷厳に凍っていた橙色がその色合いに相応しい温度で微笑む。


「我慢できたね」
「……ぁ……っ」


 瞬きを忘れた幽利の両目から、許容量を超えた喜びと幸せが涙になって溢れた。

「き、り……鬼利……!」
「頑張ったね、幽利。もう出していいよ」

 濡れた頬に伝う雫を拭ってくれた鬼利の手が、膨らんだままの下腹を指先でとんとん、と優しく叩く。つきつきとした疼痛がさっきまでは針を刺されているように苦しかったのに、たぷんと体内の水面が揺れる感覚すら今は痺れるように気持ち良くて、溺れそうな多幸感に浸った頭では限界を超えて我慢をしていた体から力を抜く方法が解らなくて、幽利は頬を擦り寄せて自分の心と体の”所有者”に縋った。


「だせ、な……んンっ……鬼利ぃ……っ」
「そうやって奥歯を噛むからだよ。……口を開けて」
「ぁ、あ……っんふ、ぅ……!」

 言われるがままに犬のように舌を覗かせて開いた唇に、柔らかい鬼利のそれが重なる。掬うように顎を持ち上げられて、注がれる何もかもを一滴残らず受け止めながら、呼吸まで操られる深いキス。

 幽利が一番好きなキス。

「んっ、んぅっ……んー……っ!」

 差し出した舌を甘噛みされながら下腹を強く押されると、物覚えの悪い頭より余程誰が”主”かを知っている体はあっさり全ての緊張を解いた。いっぱいより少しだけ少ない透明な水が堰を切ってしょろしょろと溢れ出し、下腹を撫でてくれる鬼利の手を濡らしていく。
 汚してしまう、という罪悪感はまだあったが、額が触れそうな距離にいる鬼利の瞳が怒りも呆れもせず、ただ柔らかく微笑んでいるのを見て、それはすぐにぞくぞくと痺れるような背徳感にすり替わった。ぴゅく、と胸の下まで飛ばして浅くイき、掠れたその嬌声まで呼吸と一緒に呑み込まれて、灰色に霞がかった視界がいっそう暗くなる。


「はぁ、あ……き、きり……んむ、ぅ……っ」


 溺れちゃう。

 非力な掌で逃げ場を塞がれたキスの合間に、酸欠を起こさないよう操られた息継ぎの隙間に、どっぷりと頭からしあわせに沈められて喘ぐように言った幽利を、鬼利は燃えない橙色を細めて穏やかに笑った。


「そうだね」



 Fin.



 お揃いだね。



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