シャワーを浴びた傑が戻ると、先にベッドに運んでおいた悦の位置が変わっていた。
真ん中よりも、人一人分右に。男2人が大の字になったって寝るのに不自由しない広いベッドの上で、明らかに自分の隣に傑のスペースを作っている。背中を向けて右向いた瑠璃色は伏せられているが、起きているのは呼吸を聞けば明白だった。
あれだけ嫌悪していた「恋人ごっこ」染みた真似が恥ずかしいのだろうか。ほんのり上気した横顔を見てふ、と溢れるように笑いながら、傑は作られた居場所に入り込んでシーツの上から悦の腰に腕を回す。
「…、……」
「……」
そのまま背中に胸板をくっつけると、投げ出されていた悦の指先がぴくりと動いた。少しだけ強張った体がそのまま動かず、邪魔だ退けと肘や踵が飛んでこないのを確認して、しっとり濡れたつむじに鼻先を埋めて目を閉じる。
体力を削りきって強引に熟睡させたとある夜から、悦は曰く「恋人ごっこ」である傑の甘やかしを、事後限定で嫌がらなくなった。
寝ている間にドライヤーで髪をさらさらに乾かした時は起きるなり消音性に優れた可哀想な機械を壁まで蹴り飛ばしたし、ベッドの外では相変わらず命知らずに傑の食生活を罵りながらも手料理を振る舞ってくれるので、諦めたわけでも怯えたわけでもない。野生動物並みに鋭敏な体と、野生動物よりもよほど過酷な環境を生き抜いて来た理性が、漸く性的快感とは別の心地よさというものを覚えてくれたのだ。
心身を守る為に培われた無頓着さの中、無抵抗を装って五感を研ぎ澄ませていたしなやかな体が、今や傑の腕の中でだけは完全に庇護下に入って全ての力を抜く。外敵の警戒も迎撃もいっとき忘れて、傍らに居るのが傑でなければ生存率に直結する自身の変化に戸惑いながら、それでも初めての安寧には抗えずに。
……もう、可愛い。それ以外の語彙が百を超える言語を蓄えた脳から消し飛ぶ勢いで、可愛いくて仕方ない。
「………なぁ」
このまま「ごっこ」を抜いた「恋人」として納得するまで認識書き換えてもいいかな、流石にペース早過ぎるか、でも加減出来る気がしねぇんだよなぁ、とつらつら考えていると、未だに頬を染めたままの愛しの恋人が呟くような声を漏らした。
独り言にしたって小さい声量だったが、悦の言葉を聞き逃す筈もない。どうした、と聞く代わりにシーツの上から性感帯を外して腰を撫でてやれば、狙い通りに傑が微睡んでいると思い込んだ悦が、そろりと首を巡らせてこちらを見た。目は閉じたままだが、音と触覚と嗅覚があれば腕の中の体がどう動いてどんな表情をしているかくらい、純血種には手に取るように解る。
「……し………」
傑が目を閉じているのを確認してそっと顔の向きを戻した悦が、さっきよりも小さい声で何かを言いかけ、密着していた背中をほんの少し離した。鼓動が早い。流石に「し」だけでは候補が多すぎて絞りきれないが、これから言おうとしていることは、よほど悦にとっては恥ずかしい内容のようだ。
望まれるがままにあらゆる痴態を演じ、どんな淫語でも誰にでも喘ぎ散らしてきておいて、今更恥ずかしがるべきことなどそう無いだろうに。可愛い。
「し……?」
「……し、しつけ、って」
「……躾?」
これは予想外の単語だ。思わず微睡みの演技を忘れて流暢に聞き返すと、悦はシーツに顔を半分埋めて自分の表情を隠しながら、耳まで赤くなった頭を更に半分遠ざける。
まさかあの悦が、テーブルマナーや言葉遣いなどの一般的な「躾」に言及する筈も無い。しかもこんなに恥ずかしそうに、面と向かってではなくわざわざ傑が半分寝ている時を狙って。
……ああ。
アレか。
「躾、が……どーした?」
「やっぱ痛いこととか、すんの?」
「んー?」
「殴ったりとか、鞭、とか……テレビで見た」
組織の厳格さや閉鎖性を表現するのに、苛烈な躾はよく用いられる。悦が見たのもそんな有り触れたワンシーンだろう。確かにこっちの意味の”躾”でも痛みや恐怖は一般的な手法だが、苦痛に並々ならぬ耐性を持った恋人は痛いのが嫌いだし、柔い人間の精神を好き勝手に弄る方法は他にいくらでもあるので、勿論傑にそれを用いるつもりは無い。
「……して欲しい?」
「やだ」
「じゃあ、しねーよ」
「……ほんと?」
「あぁ。……気持ちいいことと、我慢だけ」
悦が大好きなことだけ。
引き締まった腰を抱き寄せながら囁くと、悦はますますシーツに顔を埋めて、半分以上を布に吸わせる所為で不明瞭極まりない声で「我慢は好きじゃない」とか「お前が無理矢理」とかもごもご言っていたが、本当に嫌いなら傑のモノはもう5回は根本からズタズタにされているだろうし、こうして腕の中で無防備に抱かれてくれることも無い筈だ。言い訳が下手過ぎる。ああ可愛い。
「……今度、な。また今度……」
「……ん」
放っておくとそのまま埋まっていきそうな悦の頭を枕に乗せて、元通りに密着させた胸板から悦のそれより少し遅くした自分の鼓動を聞かせながら、傑はいかにも眠たげで適当な声とは裏腹に閉じていた目を開く。
「……」
他でもない恋人の、可愛い可愛いおねだりだ。
最高の形で応えてやれなければ、化け物の名折れである。
きっとあの夜から密かに心待ちにしていたであろう恋人を、これ以上待たせる訳にはいかない。
しかし、だからと言ってそれにばかりかまけて他を疎かにするわけにもいかないので、悦がしっかり休めるように6時間ほど添い寝を続けてからベッドを抜け出し、悦の分と嫌がらせの分である20件の細々した依頼をぎりぎり及第点の適当さで終わらせてから、傑は早速悦の寝顔を見ながら練った計画の準備を始めた。
響きは仰々しいが、大したことでは無い。
まずはこの一週間無視し続けていた”飼い主”サマの執務室に乗り込み、人間にしてはなかなかに凍てついた橙色に「勝手をして怒っているのはよーく解ったから少し落ち着け一週間で大陸を何往復させる気だ俺の値が崩れたら困るのはお前だろ」と交渉して一先ず向こう3日の仕事を半分に減らした。
次に備蓄の中から点滴をかっぱらったり兄貴を無視したりしている内に妙に懐いて、最近とうとう出会い頭に散弾銃をぶっ放すまでになった雑用員の目隠しを剥ぎ取り、目と目を合わせて「兄貴だけが好きなまま死にたければイタズラの程度はよく考えろよ」と説得して銃火器やその他の戦場物資を纏める為の丈夫な革ベルトを一巻き、専用の金具とセットで譲って貰った。
最後に薔薇鞭の似合う女医の所に礼儀正しくお邪魔して、催淫や興奮作用の入っていないアロマキャンドル2本を左足と、買いに出るのが面倒だったので同じく余計なものが入っていないローションボトル5本を右目と、それぞれ手術台の上で交換すれば、もう準備は終わりだ。
手に入れた諸々を真っ黒でロゴ一つない、いかにも怪しげな大きい布袋―――足を生やして目を再生する間に、計画のさわりを話したらいたくお喜びになった女医がおまけでくれたものだ―――に放り込んだ傑が12時間振りに自室に帰ると、悦はキッチンで大鍋をかき回していた。
「ただいま」
「おー。飯は?」
「食いたい」
「ん。先シャワー浴びて来いよ、もうちょいかかる」
「あぁ」
話しながら大鍋の中身であるホワイトシチューを焦げ付かないようかき回し、もう片方の手でフライパンを振ってチキンソテーを引っくり返す手付きは淀みない。淀みは無いが、振り返った瑠璃色が怪しい袋を一度は通り過ぎてから素早く二度見したのを、傑は見逃さなかった。
明らかに2人分には多いシチューを頑なにかき混ぜ続ける悦には気づかない振りでリビングを横切り、寝室のサイドボードに端末と銃を、ベッドの端に布袋を、それぞれ置いて、言われた通りにバスルームに向かう。
シャワーコックを捻ってから、きっかり30秒。元々微かな足音をシャワーの水音に紛れさせてぱたぱたと寝室に向かった悦が、5分と経たない内に行きの倍の速度でキッチンに戻って来る様子も、勿論傑は聞き逃さなかった。袋の中身をこっそり確認しに行ったのだ。
出来ればあれらを発見した瞬間の悦の顔も見たかったが、こればっかりは仕方ない。2日分を1日で済ませる為に大陸を往復したので、今日はさしもの傑もそれなりに汗をかいてしまっているし、今後の段取りもある。
ひっくり返されていた鶏もも肉の厚さを鑑みて15分ほどでシャワーを済ませて戻ると、悦はまだシチューをかき混ぜていた。
傑としては構わないのだが悦も食べるのに具材の煮崩れは大丈夫か、と思わずその手元を見ると、流石の鋭敏さで視線に気付いた悦がぱっとお玉から手を離す。
「あっ」
「ん?」
「で、きたから運べよ。俺も腹減った」
「ありがとな」
「……ついでだ、こんなの」
元”鴉”として他人と共同生活をすることには慣れていても、礼を言われることには慣れていない悦がふい、とそっぽを向く。掌より分厚いチキンソテーをきっちり2枚、皮目をパリッと焼いてくれておいて、ついでとは。よほどベッドの上に監禁されたいらしい。
「いただきます」
「……ます」
「……」
「……」
「……悦」
「んぁ?」
「すっげー美味い」
「………黙って食ってろ」
とん、とパンが入ったバスケットをスプーンの柄で突いて寄越した悦は呆れたような顔をしていたが、癖のない蜂蜜色の髪のお陰で耳がほんのり赤くなっているのが対面の傑にはよく見える。つくづく、わざとで無いのが信じられないくらいのあざとさだ。本当に監禁してやろうか。
「なぁ、これってどういう意味?」
「ん……ラテン語で星座って意味」
「せいざ……ああ!じゃあ星か、この光ってるの」
食器洗いを終えて手酌で酒を飲む傑の足元、胸元にクッションを抱えてラグに寝転がった悦が、キッチン用品と一緒に自室から持って来た携帯ゲーム機を掲げて歓声を上げる。
活字を読む習慣のない悦の暇つぶしは、もっぱらコンシューマーゲームだ。料理をしたり、ナイフや銃の手入れをしたり、広い訓練場を総重量20キロの装備を着けて3時間ぶっ通しで縦横無尽に駆け回って”リハビリ”する以外は、こうして二世代は旧型のゲーム機を弄っている。
CMで新作ソフトの情報が流れると興味津々な割に、買い換えようとする気配は無い。そういう発想に至れないのだ。壊滅的な幼少期を過ごして来た所為で、こうした娯楽に慣れていない。こんな風に遊んでていいんだろうか、なんて少し後ろめたく思っている気配すらある。
正直いじらしくて見ていられないので、近い内に最新の本機と一緒に買い与えようと傑はこっそり決めていた。
「みずがめ……亀……?」
「水を汲んで入れとく器のこと」
「器……これ?」
「正解」
「……あ、開いた!」
凄い、ホントに正解だった、という顔で跳ね起きて見上げてくる悦があまりにも、いっそ凶悪なまでに例のアレで、傑は思わず眩しいものを見るように目を細める。今からこんな調子で、果たして計画の最中この理性はちゃんと保つだろうか。
カルヴァの所でもう少し血を抜いておくべきだったか、最近使い始めた回路は焼き切れた場合何秒で治癒出来るだろう、と真剣に考える傑の、真剣であるが故に何一つオブラートに包めていない藍色の瞳を見た悦が、アーモンド型の目を大きく見開く。
「っ……!」
「……あぁ、悪い」
遊んでいる所を邪魔するつもりは無かった、と謝るが、悦はさっと顔ごと目を反らすとカチャカチャと素早くゲーム機を操作し、謎解きも終えてこれから、という所だったであろうそれをローテブルの上に置いてしまった。
「いいのか?」
「いい。…………る」
「ん?」
「シャワー……浴びて、くるから」
”から”。
その続きを言う代わりにちらっと傑を見てから、立ち上がった悦が足早にバスルームに向かう。
「……」
邪魔をするつもりは無かったが、悦の方も”そういう気”になってくれたのなら引き止める理由も無い。注いだばかりのグラスの中身を一息に干して空になったそれをゲーム機の隣にタン、と置き、傑は今度は意図的に全てのオブラートとフィルターを外した、つまりはベッドの上で出しているのと同じ声で、悦の背中に言った。
「ベッドで待ってる」
1日目。
5分で必要な下準備を終えてから、ベッドの縁に腰掛けて待つこと約20分。
閉め切られた寝室の扉に躊躇いながらもそれを開き、素早く部屋中に視線を走らせ、サイドボードに灯ったキャンドルが放つベルガモットの香りに僅かに眉を寄せた悦を、傑は手を伸ばして自分の膝の上に招いた。
「……ンだよこの匂い」
「嫌い?」
「そーじゃねぇけど……」
歩きながら着ていたバスローブを脱ぎ捨て、伸ばした傑の腕をつぅ、と指先で辿りながら腕の中に収まった悦の目が、こなれた仕草に見合わないぎこちなさでサイドボードを伺う。
「……すんの?あれ」
肩口に顔を埋めて隠しながら、ぽそりと小さく問う声は期待に掠れていた。仕草も声音も最適解過ぎていっそ恐ろしいくらいだ。
「悦がして欲しいなら」
「……」
「普通にヤる?俺はどっちでも、」
言っている途中で悦の指が意外と簡単に折れる鎖骨にかかったので、傑は素直に口を閉じる。顔を上げた瑠璃色の視線が焦げそうな熱量を持って頬に突き刺さるが、素知らぬ振りで返事を待った。
名前を呼ぶなり言葉や仕草で促すなり、いつもならそうしてやる所だが、今回ばかりはその逃げ道を作ってやる訳にはいかない。求められたから仕方なく受け入れた、のではなく、求めた結果与えられたものだ、と悦自身に認識させる必要があるからだ。今後の段取りの為に。
「…………したい」
一度深く息を吐いた悦が、低い声で呟く。
言動から想像出来るほど、そして本人が思うほど、悦の頭は悪くない。今自分が塞いだのが最後の逃げ道だとちゃんと解っていて、腹を括ったのだ。顔を上げた双眸には、悦が好きな泥沼を選んで沈めてやれる傑への期待と信頼と、それを全て裏切られても簡単には揺らぎそうにない、悪夢のような夜を幾度となく素面で超えてきた男娼の鋭く強靭な覚悟がある。
翳りのない澄んだ瑠璃色が綺麗だ。
「わかった」
……これが見る影もなくどろどろに濁るのだと思うと、その美しさが一層際立って見える。
「口開けろ」
「っ……あ……」
後ろ手に枕元に投げてあった物を引き寄せながら唇を撫でると、従順に開かれたそこから味覚に優れた薄い舌が覗く。目の前で引き寄せた布を紐状に捻じり、中心に結び目を一つ作るのを見せつけて可愛い桃色が期待に震える様を堪能してから、傑はいつかにズタズタにしたシーツをリサイクルした猿轡を悦に噛ませた。
ちらちらと傑の肩越しに枕元を見る視線を無視して、また縛られるのかと固まる体を優しくシーツの上に押し倒す。唇で首筋を撫で下ろして鎖骨を甘噛みしながら片手で脇腹を撫で、肩幅に開かれていた足を膝で更に割り開き、皮膚の薄い内腿と敏感な足の付根を柔く引っ掻くと、早くも悦は瞳を潤ませ始めた。所在なさげにシーツを掴む指先がいじらしい。
「ん、ん……っ」
ここで焦らすつもりは無いので真新しいボトルの封を切り、着ていたシャツを頭から脱ぎ捨てるついでにスウェットごと下着も脱いで、纏めてベッドの下に落とす。悦がベルトを外す音や前をくつろげる仕草に興奮するので普段は傑は脱がないまま進めることが多いが、今回は素肌の感触と体温も”使う”つもりだ。
悦の方には掌で温めて、傑自身にはボトルから直で、それぞれの下腹にローションを垂らし、動向を伺う瑠璃色の視線には気づかない振りで濡れた中指を埋める。
「ん……ふ、ぅ……ッ?」
猿轡を除けばまるっきり”普通”の前戯に、理性を吹き飛ばすような激しさが好みの恋人が不満を隠さず目を細めた。曰く”初物を相手にするような”丁寧な前戯が嫌いなのは知っているが、これを省くと今日の分の行程が1時間近く伸びる。
少し強めに乳首を甘噛みしたり、もどかしげに揺れる腰をわざと乱暴に押さえ付けたりして機嫌を取りながら、受け入れるのに慣れた柔軟なそこを丹念に解すこと、約10分。
「んぅ……う゛ー……」
もしかしてこの長ったらしい前戯に対して『待て』をさせられるのか、躾ってのはそういう意味か、今更ド素人みたいにお行儀の良い性癖に修正出来ると思うなよ、と言いたげな目をした悦の機嫌がいよいよ悪くなって来たので、傑は緩やかに前立腺を刺激していた3本指を纏めて引き抜いた。
血流を操作するまでもなく、悦を見ているだけで十分な角度で反ったモノに追加のローションを纏わせ、本人の機嫌とは反対に最高の状態に仕上がった場所へ先端を押し当てる。
「挿れる」
「っ……んん……!」
悦が好きな声音で、反論を許さない決定事項として囁きながらずぐ、と押し開くと、やる気無さげに開かれていた足が跳ねた。指で簡単に開かれていたのと同じ場所とは思えない締め付けが、ゆっくり腰を進める傑のモノを奥へ誘い込みながら絞り上げる。
「……は、」
「ふぅうっ……!」
根本まで入れて息を吐くと、傑が最中に出す声が特別好きな悦の腕とナカがぎゅうっと抱きついて来た。機嫌は直ったようだ。問答無用に挿れられて機嫌が直るなんてつくづく淫乱の鑑だな、と改めて感心しながら、繋がったまま悦を抱き上げて自分の上に座らせる。
「んぅっ!?ん、んー……っ」
バックの次に対面座位が好きな悦が、殆ど無意識に腰を浮かせようとするのを肩を掴んで押さえ、傑はわざとかちゃりと金属音を立てて枕元に置かれていたもう一つの物を持ち上げた。手頃な長さに切って金具を噛ませた、いかにも丈夫そうな黒い革ベルトを、震える細い腰に回す。
「ふっ……ふ、……!」
「苦しい?」
「んん……っ」
骨盤の上できゅ、と絞ったベルトと肌の境目を撫でると、少し痛いくらいに捻じ伏せられるのが好きな悦は小さく首を横に振った。ベルトの端を犬のリードのように手に巻きつける傑を、潤んだ瑠璃色が期待を込めて伺う。
少し俯いて上目遣いに見てくる辺り、流石のテクだ。ご褒美に留めずに金具を通しただけのベルトの端を軽く、肌に食い込む程度に引き絞って、傑は悦が大好きな声音でその期待に応えた。
「悦、……”待て”」
ひく、と息を呑んだ悦の両目が大きく見開かれる。
待つって何を、どれを、と戸惑う宝石より綺麗な瑠璃色を特等席で余さず鑑賞して、傑は悦の疑問には何一つ答えてやらないまま、一番深くまで穿った愛しい体を抱き寄せた。背中を撫でて胸板にもたれかかるように促しながら、腰を跨ぐ足を拳一つ分開かせる。
柔軟な股関節への負担が少なく、自重を支えて腰を振り難い角度になるように。
「んぅ、う……っ」
「爪剥がすなよ」
”躾”の内容を朧気に察して「この体位は嫌だ」と背中に爪を立てる悦に低く命じてから、傑は物理的に腰の動きを阻んでいたベルトを緩めた。押さえが無くなった途端に腰を浮かせようとする淫乱な体を、今日は一欠片だって削ってやっていない理性が抑え込む様子を内壁の動きで感じながら、ゆったり後ろ手に手をついて目を閉じる。
「……ああ、そうだ」
「ぅ……?」
「イイ子に出来なかった時のお仕置き、まだ決めてなかったな」
「っ……!」
これに関してはどう足掻こうとも強制的に「イイ子」でいさせるつもりだが、精神的な縛りは多いほどいい。
「酸欠でトぶまでイかされるのと、狂う寸前まで焦らされるの、どっちがいい?」
「んんっ、んー!」
「焦らされる方な。わかった」
「んぅ!うぅぅっ」
「……悦」
猿轡の下で嫌だふざけんなド変態と呻く悦が体を起こそうとするのを、ベルトを強く引いて止める。びく、と跳ねた体がそろそろと力を抜いて元通りに体重を預けるのを待って、傑は投げ出していた足を片方膝立てた。
今までとは違う場所を押し上げられた内壁が、ぎゅうっと絞まる。
「えーつ」
「んっ……ぅう……ッ」
正解は相変わらず教えないままもう一度名前を呼ぶと、傑の肩に額を押し当てた悦は大きく深呼吸を繰り返して、締め上げながらうねる内側を意図的に緩めた。流石のコントロールだ。長くは保たないだろうし、保たせる気も無いが。
「……もし、ちゃんと出来なかったら」
ご褒美に座り直すのを装って最奥をぐちりと抉ってやりながら、ふぅふぅと荒い呼吸に揺れる耳に囁く。
「今度はあんな棒じゃなくて、俺の指とコレで、ぐちゃぐちゃにしてやるよ」
「…っん……!」
「気絶するまでずーっと焦らして、気絶したら、思いっきりイかせて叩き起こす」
「ふ……ふぅ、う……っ」
「起きたらまたトぶまで焦らして、起こして、……悦の頭なら8時間ってとこか」
「ん、ん、……!」
「俺が出てる間は全身ガチガチに縛り上げて点滴繋いで、帰って来たらまた8時間。10日は俺でも持たせらんねぇから、キリのいいとこで一週間だな」
「……っ……ッ!」
「嫌なら頑張ろうな?悦」
声も出せずにがくがくと頷く蜂蜜色を優しく撫でてやって、傑は引いていたベルトを緩めた。
「ん、ふっ……ぅ、う……!」
辛うじて狂わないとしても間違いなく人格に影響が出る、欠片も実行に移すつもりの無い”お仕置き”の内容を聞かせてから、20分あまり。
すっかり大人しくなった悦の足が焦れったそうにシーツを掻く音を聞いて、傑は閉じていた両目を開いた。
「んッ……んン……?」
「いっかい濡らす」
戸惑ってきゅ、と背中に回した手に力を込めてくる悦をシーツに寝かせて、突きも擦りもせずただ押し広げていたモノをゆっくり引き抜く。傑の方は任意でいくらでも濡らせるとはいえ、決して慎ましいサイズ感では無いモノで貫いたまま、延々動かさずにいる状態では流石にくっついて痛がらせてしまう。
というのは、建前だ。
「……意外とイケるもんだな」
やはり血流を操作する必要もなく、ただやわやわと食まれているだけで相変わらずの硬度を維持している自身に少し呆れながら、傑は知らない内に随分腕白になったらしいそれに追加のローションをぶっかけた。
軽く扱いて根本まで濡らし、2分に満たない時間も待てないとひくつくそこに、滑りのよくなったモノをまたゆっくり時間をかけて捩じ込む。
ずっと圧迫されるばかりで刺激に飢えた全てのポイントを、たった一回だけ、思いっきり擦り上げてやりながら。
「ふぅうぅぅ……!」
久しぶりの鮮烈な刺激に喉を反らす悦をまた抱き上げて、今度は足を傑の背後に伸ばさせる。ずっと曲げたままでは関節に悪いから、というのが建前で、その方が不安定になって悦自身の身動ぎがよく響くから、というのが本当の理由だ。
傑は純血種なのでやろうと思えば一晩中だって静止状態を保っていられるが、人間の悦はそうはいかない。ましてや突かれる快感を思い出させた直後だ。膝という緩衝材を失った体がほんの少し身動ぐ度に、たっぷりローションを纏った先端に最奥をぐちぐちと抉られ、耐えきれずにまた不安定な体が震える。
「ん、ん、ンんっ……ぅ、ん……ッ」
上半身は大人しくもたれたまま、5分としない内に控えめに腰を揺らし始めた悦をしばらく好きなようにさせて、傑は存在を忘れさせる為に緩めていたベルトを引き絞った。
「”待て”」
ぎくん、と動きの止まった腰に巻き付くベルトを食い込まない程度に引いたまま、罰としてぬるぬると下腹に擦れていたモノの先端を掌で包む。懸命にじっとしていようと体を強張らせる悦の努力を戯れに手を動かして邪魔してやりながら、そこから15分。
「……すっげぇイイ顔してンな」
「ん、んーっ……!」
「でも、”待て”な」
「ッ……ぅう……」
切なげに背中をかりかり引っ掻く悦の頭を撫でてゆっくり引き抜き、ローションを足して、入り口から最奥まで特に感じる所をまた順番に一度だけ擦り上げてやってから、今度は背面座位の体勢でお互い足を伸ばして座る。
「んーッ、んンー……っ!」
一時間近くが経って流石に悦も色々と理解出来たようだったので、退屈させないように放ったらかしだった乳首を左右順番に弄ってやりながら、次は20分。
「水いる?」
抜いて、口移しで3回分水を飲ませて、元通りに猿轡を噛ませて、一度だけの深いストローク。
丁度目の前に真っ赤になった耳があったので、頭の中がその音で一杯になるように片耳を掌で塞ぎながらじゅぷじゅぷと舌で耳を犯して、首を振って逃げる気力もなくぐったりするまで25分。
「あっつ……」
そろそろ理性が保たなくなって来た悦の腰を片手で押さえ付けながら抜いて、一気に入れるとそれだけでイきそうだったので2回の小休止を挟んで根本まで埋め、抱き上げずにバックのまま、がくがくと膝を震わせる悦が自由な両手で滅茶苦茶にシーツを引っ掻くのを見ながら、また20分。
「……はぁ」
今までの倍以上の時間をかけて慎重に、うねって絡みつく内壁を宥めながらゆっくり引き抜いて、傑は大きく息を吐いた。
腰から下の感覚がやや鈍い。圧迫されないことに違和感がある。体温が下がらない。
昔はいちいち萎えさせるのも面倒なので一晩勃たせておいたこともあったが、こんな感覚は初めてだ。意図的に血流をあれこれせず、生き物としての純粋な欲望に従いながら雄の本能を2時間抑圧し続けると生き物はこんな風になるんだな、と学びを得ながら、腰を引っ掻く悦の腕を関節が痛まない角度で持ち上げる。
「”待て”」
リードを引っ張るまでもなく、その一言で小さく震えて動きを止める物覚えのいい恋人を、傑は硝子細工を扱うよりも優しく抱き上げた。
今までの経験を総動員してなんとか気を逸らそうと、或いは刺激に慣れようと2時間懸命に努力して、その全てを傑に残らず潰された挙げ句に無駄足掻きの罰を”躾”の上に重ねられたので、悦はびっしょりと汗をかいてしまっている。根幹以外を好き勝手に塗り潰すつもりなので頭の中は全力で掻き回すが、どうしたって脆い人間である体の方を損なわせるつもりは無い。
明日もあることだし。
「ふ、ぁ……すぐる、ぅ……!」
悦を抱いたままバスルームに入り、バスタブに腰掛けてベルトと猿轡を外すと、舌っ足らずな甘え声が2時間振りに傑を呼んだ。こんな声で呼ばれたら、そりゃあ薄っぺらい人間の理性などひとたまりも無いだろう。純血種で良かった。
「頑張ったな、悦」
「うん、うんっ……がんば、った、からぁ……っ」
子供を相手にしているような褒め方にも眼光を鋭くすることなく、いつかのように腕の中から逃げようともしない悦の背中から手を離して、シャワーからヘッドを外す。
「何を”待て”ばいいのか、大体分かったか?」
「う、動かない、で……いいこ、に……」
「そうそう。ちゃんと分かってるな」
よしよしと頭を撫でてやった手を伸ばしてコックを捻り、少し温めに調節した湯を吐き出すシャワーホースを持ち直して、傑は熱を持って健気にひくつく窄まりを2本指で開かせた。
「じゃあ、明日はもうちょっと上手に出来るように頑張れよ」
「っそ、んな……んぁあっ……!」
愕然と目を見開きながらも、流れ込んだお湯に喉を反らす悦の反応に心の中で文句なしの百点満点をつけながら、中指だけを差し込んでローションを掻き出す。圧迫され続けていかにもイジメて欲しそうに張り詰めた前立腺やふっくらと充血した縁を、掠める程度に撫でてやりながら。
「い、いつまで……ぁ、やっあぁッ」
「悦がちゃんと”待て”るようになるまで。……やり難いなこれ。悦、ちょっと自分で広げとけ」
「っんン……!」
「早く。イかせてやるから」
「……うぅぅ……っ」
指とシャワーを離しながら”飴”をチラつかせると、嫌々と首を振っていた悦の両手がそろそろと自分の下肢へ伸び、双丘を割り開くようにしてそこを広げた。奥深くまで入り込んだローションがこの程度では洗い流せないことくらい、玄人なのだからよく知っているだろうに、目先の快楽に抗えない淫乱さが最高に可愛い。
「離すなよ」
「ぁああっ!?」
勢いを弱めたシャワーホースを宛てがい、傑は空いた片手で自分と悦のモノを纏めて握り込んだ。びくん、と肩に乗せていた頭を跳ね上げた悦に構わず、互いの裏筋を擦り合わせるようにして手を動かす。
「ちがっ、そっち、じゃっ……ぁ、あっ、あ!」
「逆に新鮮だな、こーゆーの」
「そこ、そこだめッ……い、イく、いっ……あぁああっ!」
「んっ……」
一分と保たずにどくりと白濁を吐いた悦を追って自らも、少し諸々を操作することで強制的に射精して、傑は床に落としていたシャワーヘッドを取り付けた。身を捩る悦が落ちないように背中を支えながら温度を上げたシャワーで残滓をざっと洗い流し、上向かせた蜂蜜色の頭からお湯をかけていく。
「傑、すぐるっ……こっち、こっちで、イきたい……っ」
「明日はイけるといいな」
「んぅう……!」
切なげに爪を立てる悦を適当に宥めつつ、いつも以上に丁寧に全身を洗い上げて、傑はバスルームを出た。
悦の最高な所の一つは、その切り替えの早さだ。
傑の目から見ても最悪な環境下で培われた根幹が図太く強靭なので、寝て起きた後は眠る前のあれこれを引きずらない。まともな思考が出来なくなるまでイかせまくっても、人間の言葉が喋れなくなるまでガチガチに縛り上げたまま責め抜いても、翌朝になれば怯えも媚びもせず「よく寝た」という顔で自分が好きな時にベッドを降りる。骨盤や体の各所の歪みも関節をバキゴキ言わせながら自分で直すし、慣れと体力が並大抵じゃないので足腰が立たなくなることも無い。
「……仕事?」
「”抜き取り”と”制圧”。夕方には戻る」
「……ふーん」
気のない相槌を打って手元に視線を戻した悦の周囲には、ずらりと大小のナイフが並んでいる。人工太陽の光を鈍く照り返すそれらを磨く手付きは淀みないが、「夕方」と聞いて一瞬視線が時計を向いたのを、傑はやっぱり見逃さなかった。
普段どれだけ激しく愛してもけろっとしているだけに、必死にいつも通りを装っている姿は堪らないものがある。珍しいから長く見ていたい反面、傑自身の理性のこともあるのであまり長引かせられないのが悩ましい所だ。
「じゃ、行ってくるわ」
「……ん」
頑なに手元の鈍色から視線を上げない悦にこっそり頬を緩めながら玄関へ向かった傑の足が、ふと止まる。
「……あぁ、そうだ。悦」
根幹を侵食する気は無いのでかなり手加減したが、それでも必要な所は昨日の2時間で刻み込んである。自分の手や玩具で慰めようと、傑以外の誰を咥えこもうと、今の悦を苛んでいる熱と疼きは収まりはしないので留守中何をしてくれてもいいのだが、精神的な縛りは多いほどいい。
「ンだよ」
「今日はあんまり無茶すんなよ。集中出来ねぇんだから」
「……!」
言わんとしていることを察して耳まで赤くなった悦を置いて、傑は今度こそ部屋を出た。
2日目。
案の定、無茶をした悦が普段は絶対にしない類のミスをして背中に小さな痣を作ってきたので、最初の一時間は徹底的に乳首を苛めてやることにした。
半分と減っていないアロマキャンドルに火を灯して昨日と同じ様に猿轡を噛ませ、腰にベルトを巻いて、対面座位で根本まで穿った悦の背中をベルトを握った手で支えながら、経歴に見合わず薄い色の頂を舌で押し潰す。
「ふぅう、うッ……んんー……っ!」
根本を甘噛みしながら先端を舐められるのが好きなようなので、15分きっかり右側を可愛がってやってから、一度目の”休憩”を挟んで、今度は左側を同じ様に。
「はぅ、う……ぅんン……ッ」
次の15分は真っ赤に色づいた先端を優しくかりかりと引っ掻いたり、ぷくりと膨らんだ側面を撫でて散々焦らして、最後の15分は跳ねようとする体を肩に置いた腕で押さえ込みながら、今まで試したやり方の中でも特に好きらしい5通りをランダムに、イく寸前まで。
「んむぅうッ……!…ふっ……ふぅっ……!」
最後に強めに吸い上げた傑が顔を上げる頃には、悦は握り締めていたシーツからも手を離して、ぐったりと俯いた頭すら上げられない様子だった。
舌や指を動かす度に傑のモノを絞め上げていた内壁が、びくびくと不規則に収縮している。今日はタイミングを予想出来るように15分刻みで休憩を挟むつもりだったが、これではどれだけ慎重にやっても抜くだけでイってしまいそうなので、シーツに寝かせてから呼吸が落ち着くのを待った。
「悦、えーつ。”待て”」
「は、ひゅっ……!」
しっかり目が合うのを待ってずるりと腰を引き、喉を反らした悦の上から体を起こす。がくがく震える足がシーツを掻いているが、ちゃんとイくのは我慢出来たようだ。よしよしとベルトを巻いた腰を撫でてやって、マットレスの隙間に隠してある悦のナイフを一本拝借し、それを柄までヘッドボードの上の壁に突き刺す。
「んん……っ?!」
「足揃えてろ。縛るから」
どず、という鈍い音に上半身を起こした悦に淡々と命じて、傑は昨日は使わなかった長めのベルトを持ち上げた。なんだか分からないがどうせロクでもないことに違いないので嫌だ、と微かな抵抗を見せる悦の足首を掴んで引きずり寄せ、幅があるので布は噛ませず両足首を縛って金具で固定し、反対側の端を斜めに突き出たナイフの柄に引っ掛ける。
「んーっ、んんーっ!」
「悦」
意図を正確に察してじたばたと暴れる悦を一言で黙らせ、ベルトを引く。纏めて括られた両足がぴんと伸び、更に踵がシーツから50センチほど浮き上がった所で柄に二重に巻きつけてぎゅっと縛って、さて、と傑は悦の背後に回った。
「滑ったら危ねぇから、暴れるなよ」
「……っ…!」
潤んだ瑠璃色の懇願を無視して見た目の割に体重がある腰を軽々と持ち上げ、追加のローションを纏わせたモノの上にゆっくり、両足が浮いている所為で今までとは違う角度で熟れた内壁をじっくり擦り上げながら、根本まで下ろす。
「きっつ……」
「はっ……はぅ……っ!」
絞り上げるような動きに思わず呻いた傑の腕を、喘ぐように呼吸をする悦の両手がぎちゅりと引っ掻いて血の筋を引いた。力の加減も出来なくなるほど、バックと同じ深さに自重が加わったこの体勢が気に入ったようだ。引き伸ばされた足の指を丸めたり開いたりしながら、腕を突っ張って少しでも最奥を押し上げる圧迫感から逃がれようとしている。
無駄な抵抗をしたらその分だけ辛くなると、いい加減覚えてもいい頃だろうに。体と違って頭の物覚えが悪い所が本当に可愛い。
「こら、悦」
「ん゛ぅっ!?」
猫撫で声で叱りながら両腕を胸の前で掴み、前屈みになった上半身を起こしつつぐちゅりと腰を動かすと、ぎゅっと両手足の爪先を丸めた悦が背を仰け反らせた。
昨日も、そして今日も、そこだけは嫌だと徹底して悦が逃し続けていた、”待て”をされている今は一番辛い場所を抉られた内壁が、今にもイってしまいそうに痙攣する。
「ここ、嫌なんだろ?」
「ふぅうっ、うっ、うぅー!」
身を捩って逃げようとするのを許さず腰のベルトを引いて固定して、傑は嫌だ、と許して、の両方の意味を込めてふるふると首を振る悦の耳元で、「バレてないと思ったか?」と囁いた。
涙の膜を張って見開かれた瑠璃色にぞくりと背筋が震える。期待以上に怯えと哀願を孕んだ表情は純血種唯一の成功例である”世環傑”にとって回避すべき類のものだが、幸い今代の傑は理論値の性能を叩き出す欠陥品なので、そんな”仕様”はまるで関係無い。最高にそそる。
「明日は目隠し足すか。見えない方が感じるだろ?」
「んぅっ、うぅうッ……!」
「嫌ならちゃんと”待て”出来るように頑張ろーな、悦」
しっとり汗で濡れたうなじにかり、と歯を立てて懸命に呼吸を整える悦を邪魔しながら、傑は藍色の瞳を細めて笑った。
もう猿轡を噛んでいる余裕も無く、はあはあと震える息を吐く悦をヘッドボードに掴まらせて、両手でがっちり腰を固定しながらゆっくりモノを引き抜く。
「んぅう゛うぅぅ……ッ」
カリが前立腺を押し潰す位置で小休止を挟んで悦にくぐもった悲鳴を上げさせてから、どれだけ上半身を捻ろうとがくがく膝を震わせようと腰だけはぴくりとも動けないようにしたまま、痙攣する内壁が僅かに弛む隙を狙って全てを引き抜き、手を離す。
「ふー……」
昨日以上に上がってやっぱり下がらない体温を誤魔化す為に深く息を吐いて、傑はぐしゃりと片手で髪をかき上げた。悦の色々な反応に夢中になっている内に少し汗までかいていたようなので、相変わらず自分でも少し引くくらい元気に反り返っているモノから意図的に血を抜いて落ち着かせ、ヘッドボードに縋ったまま小さく震えている悦の猿轡を解く。
「悦、ほら、口開けろ」
「んあ、ぁ……っ」
咄嗟に閉じようとする唇を撫でてぐっしょり濡れた布を外し、伝った涙と唾液に濡れた顎をくすぐるように撫でる。休憩の時に一度結び目が解けて猿轡が外れてしまい、「噛んでろ」と意識がトぶまで亀頭責めをしながら叱ったのを、ちゃんと覚えていたようだ。
状況判断も出来ない精神状態でも教えられたことを守ろうとする姿がいじらし過ぎて、せっかく抜いた血が逆流しそうになるのをなんとか止める。ただの人間だったら理性を失って折角の段取りを台無しにすること間違い無しの破壊力だ。純血種で本当に良かった。
「す……すぐ、る……っ」
「ん?」
「じぶん、で……自分で、あらう……っ」
「今自分でヤったら絶対傷つけるだろ」
「し、ないっ……しない、からぁ……!」
「だーめ」
「ぅ……ひ、ぅ……っ」
腰と足のベルトを外して昨日と同じ様に抱き上げ、とうとう小さくしゃくり上げはじめた悦の額にすり、と自分の額を優しく擦り合わせて、傑は砂糖漬けにしたように甘い声で囁く。
「”待て”」
Next.
Q.これは本当に躾ですか?
A.はい。これはとても躾です。
