ライフハック



「はぁああ…‥っ」

 ちゅぷちゅぷと浅く出し入れされていた棒の先端に前立腺を押し上げられ、宙に浮いた悦の足先がぎゅっと丸まる。
 最初は冷たく感じた金属の棒にはすっかり体温が移っていたが、固くて直線の感触は変わりようがない。ぐっと強弱をつけて数回押し上げて、痺れる凝りの形を確かめるようにゆっくり周りをなぞり、先端についた指先より小さな球体で焦れたそこをイけない程度にくちゅくちゅ嬲る、意地悪な動きも。

 20分前から、ずっと。

「も、もぉっ、イ、かせ……っあ、ぁ!」
「あと10分経ったらな」
「それヤだっ、や、ぁあぁ!」
「大人しくしてろって、どうせ逃げらんねぇんだから」

 身を捩る悦の体を自分の膝の上に引き戻し、呆れたように残酷なことを言う傑の手が再び棒を、ローションと悦の体液で濡れた20センチほどのマドラーを握った。
 グラスを傷つけない為に丸められた先端が小刻みに左右に振られ、小指より細い直径を必死に食い締める内壁を、ぐちぐちと粘着質な音を立てて掻き乱す。


「ひっ、ひぅっ……!」
「気持ちいいなァ、悦?」
「いい、きもちっ、いぃ、からぁっ……イかせ、てぇ…ッ…!」
「残り5分になったらまた”奥”イジメてやるから、今はこっち堪能してろ」
「やっ、やだ、やだぁあっ」

 また焦らすように緩慢になったマドラーの動きと、5分後と宣言された淫虐の両方に、悦は懸命に首を横に振った。前立腺だけでも堪らないのに、この上奥まで嬲られたら絶対ダメになる。なんの仕掛けもないマドラーだけでぐずぐずにされた体だけではなく、頭の中まで。

 逃げないと。

 このままじゃダメにされる。足を抱えるように膝裏で組まされた両腕を縛るのは縄でも枷でもなく、シーツを裂いた薄い布だ。枕を挟んで傑の足の上に乗せられた腰も、ナカを掻き混ぜられる度にびくびく空中を蹴っている足も、何の拘束もされていない。両腕を前に引っ張られて丸まった背は伸ばすことが出来ないが、首から上は自由だ。

 こんな軟な拘束から逃れることは、悦にとって造作もない筈だった。膝下が自由な足で側頭部を蹴り飛ばし、脳が揺れている隙に腹筋で跳ね起きて、喉笛か頸動脈を食い千切ればいい。純血種はそのくらいでは死なないし、関節を外して布から腕を抜くには十分な時間が稼げる。
 いや、そんな流血沙汰を起こす必要さえ無い。傑は鬼畜だけれど外道では無いから、本心から嫌だ止めろと拒絶して肩の一つも外れるほど暴れれば、絶対に止めてくれる。

 臨界点を越えないように延々と蓄積されていく快感からも、腕が自由なら滅茶苦茶に頭を掻き毟りたくなるような焦燥感からも、開放される。逃がれられる。


「はぁあっ……んぅ、うぅ……ッ」


 だから、早く、まだ体力が残っている内に。
 傑のモノで突かれるとそれだけで頭が真っ白になる奥深くを、どうすれば一番気持ちいいか知っている細い棒でじっくり苛められる前に、逃げないといけないのに。


「あ、ぁっ……な、んで、なんでぇっ……!」

 このままでは手遅れになってしまうのに、細身のシルエットの内側で俊敏性と持久力を維持出来る限界まで鍛え上げられた筋肉も、金と命の為ならどんな下品な淫語でも平気で吐いてきた舌も、まるで言うことを聞かず、悦はじたばたと足を藻掻かせた。

 こんな風に責められるのは初めてじゃないのに。もっと凶悪な、ピンポイントで性感帯をぐちゃぐちゃにする為だけに作られた器具を何本も入れられたことも、そこから電流を流されたことだってある。随分叫んだ記憶があるが、その時だって、別の時だって、こんな風になったことは無かったのに。


「なんで、って」
「ひぅうっ!」

 トドメをさして欲しくて堪らなく疼く前立腺を、マドラーと会陰に置いた指で挟み撃ちにしてこりこりと弄びながら、美貌の化け物が蕩けるように藍色の目を細める。

「好きだろ?こういうの」
「ひ、がう、ちがうぅッ」
「嘘つけ」

 上ずった悲鳴を笑い飛ばして太腿に悦を乗せたまま腰を浮かせた傑が、引き抜いたマドラーを見せつけるように揺らした。銀色の表面をどろどろに濡らしているものがぽたりと落ちて、斜めになった胸板を雫が伝う。

「こんなただの棒で気持ちいいトコだけぐちゅぐちゅされンのも、」
「っふぅ……ぅー……!」
「抵抗出来ないままオモチャにされるのも、だぁい好きだろ」
「ちが、…ぁっ……」

 違う。なんで、と言ったのはそういう意味じゃない。
 行為自体は慣れたものの筈なのに、相手が傑だというだけで、すごく気持ちいいから。なんでこんなに、全部が言うことを聞かなくなるくらい気持ちいいのか解らなくて、だから。

「……あぁ」

 満足に喋れないので違う違う、と首を振る悦を見ていた傑が、ぞっとするほど低い声とともにマドラーをくるりと回して持ち直した。専用の器具よりよっぽど悦を狂わせる銀色の棒が、落ちた雫を伸ばすように胸板を撫で下ろす。

「お仕置きも同じくらい好きだったな、悦は」
「は、ぇ……っ」
「ベタだけどいいぜ、そういうことなら。素直になれるまで、ってヤツだろ?」
「んぐっ」

 しょうがねぇな、と嗤う傑の腕が乱れたシーツを半ば剥ぎ取って、ぽかんと開いていた悦の口に押し込んだ。咄嗟に舌で押し返し、首を振ろうとした悦の抵抗は、シーツの上から顎ごと口元を覆った片手だけで容易く押さえ込まれる。

「噛んでろ」

 低音の命令に、考えるよりも先に体が従った。

「俺が外してやる前にそれ離したら、人間の言葉が喋れなくなるまでお仕置きな」
「んンっ……!?」
「気持ちいいのに嘘ついて無駄な抵抗したら、”素直”な痙攣以外出来なくなるまでお仕置き」
「ふっ……ぅ、ううっ!」
「好きな方でいいぜ。どれだけ必死に頑張っても、絶対どっちかはやってやるから」

 酷薄に嗤う瞳とは裏腹に甘く優しい声が、全ての抵抗を止めて目を見開いた悦の鼓膜をざらりと舐める。


「ゆっくり選べよ。悦」







 勿論、悦に選択権は無かった。

 何しろ、宣言通りに5分間たっぷりS字結腸の入り口をくちゅくちゅ捏ねられてからの、30分越しのドライでの絶頂だ。跳ねる太腿を傑が押さえたので肩は外れなかったが、追い打ちにイってる最中に扱かれて射精までさせられて、大人しく膝の上に乗っていられる筈が無かった。懸命に噛んでいた筈のシーツに至っては、いつ離してしまったのか思い出せもしない。


「呆気ねーの」


 意識を吹き飛ばす嵐のような快感から戻って来た悦を、骨の髄まで響く甘い声が嘲笑った。
 喰らわれるのを待つだけの獲物と化して震える蜂蜜色の頭をおざなりに撫でて、血の一滴も流さずに元男娼を屈服させる綺麗な手指が、紙のようにシーツを細く裂いていく。

「そんなにお仕置きして欲しかったか?」
「っ……ぅ、ん」
「下手な嘘だな」

 少しでも機嫌を取ろうと健気にも頷いて見せた悦を、外道では無いが間違いなく鬼畜である傑は一瞥すらせずに切り捨てた。

 裂いたシーツを5センチほどの幅に折り畳んで作った紐で、両腕の拘束を解かれても抵抗など出来るはずも無い悦の足を、畳んだまま伸ばせないよう太腿と脛を纏めて縛る。右と同じ様に左足も縛り、手首を短めの紐で左右それぞれの足首に括り、悦の腰の下に敷かれていた枕を今度は首の後ろに宛がって、一番長く作られた紐をその上から掛けた。

 自然と腰が浮く長さで両端を左右の膝に縛られた紐の所為で、背中が再び丸まる。さっきまでと同じ様に、傑が押さえなくても肩が抜ける心配の少ないやり方で。今度は力を抜くと全てを晒すように足が開きっぱなしになるように。

「はい、出来た」

 最後に浮いた腰の下に別の枕を押し込んで固定し、傑はぽんと悦の膝を叩いてベッドを降りる。

「す、傑……?」
「道具取って来るわ。どうやっても抜けらんねぇから関節外すなよ」

 そう言って寝室を出ていった傑の声は気楽なものだったが、元から早まっていた悦の鼓動は更に跳ね上がった。


 傑の部屋はとにかく物が少ない。電源も入っていない冷蔵庫の中身はレーションと水だけで、コップ以外は皿の一枚すら無く、悦は2日かけて自室の食料と食器と調理器具をせっせとキッチンに運びこんだ。
 食欲でさえそんな有様なのだから当然他も酷いもので、ガラガラのクローゼットには皇族御用達の高級ブランド品と安っぽい量産品がごちゃ混ぜになり、サイドボードにはローションとコンドーム以外縄の一本も入っていない。少なくとも、悦が興味本位に家探しした二日前まではそうだった。

 その身一つで何でも出来てしまうから、そういうものには興味無いのだと思っていたのに。傑は確かに「道具」と言った。マドラー以外の、もっとお仕置きに向いている道具が、まさかクローゼットでもサイドボードでも無くリビングに隠されていたなんて。

 人間の言葉が喋れなくなって、痙攣以外では指一本動かせなくなるような、道具が。

「は、……はぁ……っ」

 結果は変わらないのだから無駄だと解っているのに、豊富過ぎる経験がこの時ばかりは悦の首を締めた。
 アレはオーダーメイドだったから大丈夫、3人が持っていたからアレは市販品だった筈、一番苦手だったアレならきっと3分保たずにトばされる、もしかしたら見たことも無いようなスゴい物かも。考えれば考えるほどに堪らなくなって、傑のオモチャになる為に浮かせられた腰が揺れる。


 自分の白濁が散った悦の下腹に新しい蜜が零れる頃、出ていった時と同じくふらりと傑は戻ってきた。そろそろと頭を起こして確認したその手には、右に氷と透明な液体が入ったロックグラス、左に通信端末。
 何度見ても、それ以外には何も無い。性感帯を嬲る為だけに作られた卑猥な器具を幾つも脳裏に浮かべていた悦は、思わず潤んだ瑠璃色をぱちぱちと瞬いた。


「ど……どうぐ、持ってくるって……」
「あ?……あぁ、道具、ね」

 咄嗟に思ったままを口走ってしまった悦をくく、と低く笑って、傑は端末をシーツに放った手でサイドボードに乗っていた非接触型の充電器を引き寄せた。コードを長く伸ばされた楕円形の薄いパネルを悦の傍らに置いて、その上に端末ではなくぎっしり氷が入ったグラスを乗せる。

「その反応が素で出る辺り、流石だよな」
「……?」
「こーやって使うんだよ」

 意図が読めずに戸惑う悦の上半身を首に回った紐を引いて半分起こし、傑はシーツに転がっていたマドラーを、アルコールの匂いがしないグラスに放り込んだ。
 金属製のそれをきっと一瞬で芯まで冷やす、氷だらけの水面の中に。

「な?ちゃんと”道具”だろ?」
「ぁ、は……ッ」
「そんな可愛い顔すんなって。自我吹き飛ばしたくなる」

 紐を離した傑の手が、魅入られたようにグラスから目を離せなくなった悦に見せつけるように、本来の居場所にあるマドラーをカラカラ回す。物騒な発言の割にはそのまま使わずちゃんと水気を切り、少し掌で温めて冷えすぎないよう調節していたが、そんな細やか過ぎる気遣いなんて悦には何の慰めにもならなかった。

「ゆっくりやってやるから、簡単にトぶなよ」

 仕事みたいに退屈なセックスをしていた化け物が発想がエグいタイプのド変態になってしまった、という戦慄と、それ以上の期待に震える悦を温度調節の為に数秒焦らして、すっかり性具にされたマドラーの先端がつぷ、と埋められる。

「ひッ……つめ、たぁあっ……!」

 きっと人体に悪影響が出ない程度に温められた金属は、それでも熟れて熱を持った粘膜には十分過ぎる程の冷たさだった。温度差で今まで以上にありありと存在が解る細い棒が、言われていた通りに絡みつく内壁を舐めながらゆっくり進み、期待にふくれた凝りをくりゅ、と押し上げる。

「あぁっ!…ふ、ぁ……んぁあッ」

 そのまま緩慢にこちゅこちゅと擦られて、とても我慢出来ずに悦は紐を鳴らして身悶えた。これだけでイきそうなくらいなのに、慣れない冷たさが上り詰める邪魔をする。首にかかった紐の所為で背中を反らせることも、足をバタつかせて気をそらすことも出来ない。

 体中の紐に作られた結び目は、どれも悦が見たことのない形だった。しかも場所によって種類が違う。引っ張っても1ミリだって締まらないし、緩まない。縄抜けの為の隙間を作るような真似を傑が許す筈もなく、シーツだった布はどれもぴったり首と名のつく各所に巻き付いている。
 快感に溶けた頭でも解る。手遅れだ。


 もう、逃げられない。


「んぐっ、ぅ、……うぅうッ……!」
「急に締めて、どした?」
「ん、くぅんッ……ふぁ、あぁあっ」
「ここ、こーやって掻き混ぜて欲しいって?」

 自覚した途端に甘い痺れが末端まで走り、ぎゅうと締め付けた悦のナカを、とぼけたフリの傑がマドラーでぐちゅぐちゅと掻き回す。内部を透視しているのかと思うほど正確に、熟れた肉壁の中でもどうしようもなく感じる所だけを。

「あぁ、あっ、あ……はぁ、あ、あぁああッ!」

 今までにない激しさに、自由になる爪先を引き攣らせて悦はまたドライでイった。自然と仰け反ろうとする体をびん、と張った紐に引き戻され、少しでも快感を逃がそうと首の後ろに当てられた枕に後頭部を擦り付ける。

「休むなよ。ほら、もう一回」
「ッ、ぃあ゛ああっ!?」

 はぁ、と息を吐こうとした瞬間に、後孔に刺さったままのマドラーが無造作に捻られた。
 ぎちぎちに締め上げて痙攣する粘膜をローションの滑りを借りて数回引っ掻き、狙い澄まされた丸い先端にごりごりと前立腺を抉られて、引きかけていた深い愉悦の波が縛り上げられた悦の全身を再び侵し尽くす。

「もう一回」
「ひい゛ッぃいいい!」
「次は奥」
「ひゃめ、ぇ゛っ!イってぅ、ずっとっ、ぃってる、から゛ぁああ!」
「痙攣すげーな。ラスト」
「あ゛ぅうッ、あ゛、あぁ゛ーっ!」


 がくがく跳ね上がる腰を押さえつけられながら5回目の波に意識を刈り取られる寸前で、ぐちゅぐちゅと行き止まりを捏ね回していたマドラーが抜かれた。

「ぁ、あー……あー…っ…!」

 どろりと重い余韻を少しでも散らしたいのに、傑の掌は骨を捉えて腰を押さえたまま離してくれない。付け根まで痺れた舌では「離して」と甘ったれた哀願をすることも出来ず、塗り重ねられた深い深い愉悦が体中を埋め尽くしてゆっくり引いていくのを、悦はなんの抵抗も許されないまま最後の一瞬まで味わわされた。


「失神しなかったな。偉い偉い」
「はー、はぁー……っ」
「じゃあ、次はこっち」
「ひぅっ!」

 まだぴりぴりと弱い電気が走っている脇腹を撫で下ろした長い指が、散っていた精液を洗い流すほど透明な体液でぐしょ濡れになったモノの先端をくり、と撫でる。
 イった直後にその刺激はキツ過ぎて、悦はぐったりと開いていた両足で咄嗟に傑の腕を挟んだ。足首に縛り付けられた腕も使っての必死の抵抗だったが、勿論化け物を止められるはずもなく、あっさり割り開かれて亀頭全体を覆われる。


「いまだめ、ゆるしっ……ぁああッ!」
「ダメだから今やるんだよ。足開け」
「やっ、やめっ、許して、ゆぅしてぇええっッ」
「もう邪魔しないって、約束出来るか?」

 溢れた先走りに濡れた掌に覆われたまま、先端だけを舐めるようににちゃにちゃと擦られて、頭を殴りつけられるような快感に悦は何度も何度も頷いた。紐を引き千切らんばかりに暴れたいのを堪え、なけなしの理性を総動員して閉じようとする足を自ら開く。

「する、約束、しまずぅうう!」
「次邪魔したら失神するまでヤるからな」
「ごめ、なさいっ、ごめんなさいぃぃ!」

 悲鳴のような声で何度も謝ってようやく掌が外され、強張って浮いていた背中がぐたりとシーツに落ちる。焼けるようだった先端は赤く充血してしまっていて、じんじん痺れるそこを、一度は離された傑の指がつりゅん、と撫でた。

「うぁっ……あ、ぁああぁ……ッ」

 先走りを塗り拡げるように、長い人差し指がゆっくりと敏感な尿道口の上を往復する。
 頭の中まで痺れるほど気持ちいいのに、どうしたってそこの刺激だけでは射精出来ない粘膜だけを、何度も、何度も。

「ぁぐ、ぅ、うぅっ……すぐ、る、傑ぅ……!」
「んー?」
「おねが、い……お願い、だからぁ……っ」
「なにが」
「ッ……ひ、ひぁ……!」

 そこばっかり苛めないで、もっと扱いて、出させてくれないなら辛いから触らないで。
 お願いしたいことは幾らもあったのに、冷淡に聞き返されただけで何一つ言うことが出来なくなって、悦はぶるぶる震える両足を括られた腕で懸命にシーツの上に縫い止めた。


 次に傑を怒らせたら、今度は失神するまでさっきのをされる。

 神経が剥き出しになったような粘膜を責められるのは体がバラバラになりそうなくらいに辛いが、ドライと違って一瞬で失神するだけの爆発力は無いことを、悦は経験上知っていた。
 射精という終わりを取り上げられたむず痒い快感が臨界点を超えるまで、関節を無視して縛られた体を捩り、喉が枯れるまで悲鳴を上げて、その内力尽きて指一本動かせなくなった頃に、ようやく意識を手放すことを許される。傑は強弱をつけるのが上手いから、きっと生き地獄の時間は悦が知っている何倍にも引き伸ばされるだろう。

 それと比べれば、とぷとぷと蜜を零す小さな穴を指の腹で撫でられ、びくつくカリ下のくびれを時々優しく爪先で引っ掻かれ、射精感を煽りながら焦らされている今の方が、ずっとマシだ。これだったらまだ耐えられる。言いつけどおりに従順に足を開いたまま、もう少しの間なら。


「んく、ぅっ……ぅう、うぅう……!」
「ド変態の相手ばっかしてた割に、ここは広がってねぇよな。入れさせてねぇの?」
「んんっ、んーっ……!」
「なんで?」
「こ、わされる、からぁ……ッ」
「ふーん」

 大して興味も無さそうに頷いて、焦れったく先走りを塗り拡げていた指が糸を引きながら離れた。
 反らされた藍色が大きく開いたまま震える太腿と、その横で指先が白くなるまでシーツを握り締めた悦の手とを一瞥する。はあはあと大きく上下する胸板を見て、開放を求めて下腹につきそうに反り返ったモノを見て、もう一度何かを確認するように悦の目を見てから、ふと傑は濡れたままの手を伸ばした。

 端を無残に千切られたシーツの合間から拾い上げられたのは、グラスと一緒に持って来られた通信端末。

 ベッドの上での端末の役目など、悦が知る限りハメ撮り一択だ。きっと録画が始まったらまた責められるから今の内に、と深呼吸をしながらも即座にカメラレンズの位置を確認し、染み付いた習慣で画角を予想して紐が許す限り身を捩る悦を他所に、傑は薄い板を持った手をどんどん下げる。

「んんっ………え?」

 いくら何でも接写過ぎないか、と枕から頭を持ち上げた悦の目の前で、とうとう裏面がぴたりと先端についてしまった防水性の端末から。
 録画開始の電子音でもなく、カメラ機能のシャッター音でもなく、羽音のようなバイブ音が響いた。

「な、ぁああっ!?」
「足閉じるなよ」

 予想だにしていなかった刺激に腰を跳ね上げた悦を紐を引いて元の位置に戻して、端末を持っていない方の傑の手がサオを掴む。そうして固定されてしまった先端に、ヴー、と低く唸る端末の裏面が柔く押し当てられ、悦は首後ろにある枕に後頭部を打ち付けた。

「ひぃっ!だめッ、それだめぇえっ!」
「だから閉じるなっつの。しょーがねぇな」

 専用のバイブやローターとは比べるべくもない弱い振動だったが、指で散々弄られた後の粘膜には激烈な刺激だった。後先なんてとても考えられずに暴れる悦にため息をついて、端末を押し当てたまま、座り直した傑の足が跳ねる悦の両足をそれぞれ跨ぐ。
 特に力が入っている風でも無いのに、ゆったり体育座りをする膝裏を押し当てられた内腿はもう1ミリだって持ち上がらなくなってしまって、悦は肺の空気を残らず吐き出すような嬌声を上げた。


「とめでっ、とめてぇえ゛ええっ!あーッ、あ”ーーっ!」
「イイ子に失神できたらな」

 ぷしゅ、と吹き出した潮を浴びて更に滑りのよくなった端末が、傑の手の中で細かく角度を変えながらまんべんなく、意識を吹き飛ばすには弱すぎる振動で先端の粘膜だけを震わせる。

「ひぃいいぃい”……ッ!」

 バイブやローターではあり得ない平面で3周ほど全体を舐め回してから、防水性の薄い板が今度は縦に持ち直された。1センチほどの幅の側面でカリの下を擦り、手を傷つけないよう丸まった角が呆気なく白濁を吹いた尿道口をぐちぐちとくじる。

「し、しぬ、ひんじゃうぅっ!」

 最後の一滴まで絞り出すように押さえつけられた裏筋をごりごり抉って、まだ硬くなりきっていない亀頭を面で押し潰し、水圧がかからない限りはいくら濡れても壊れることのない端末を操作して、振動パターンを一定に震え続けるものからヴ、ヴ、ヴ、と断続的に震えるものに変えて。

「ゆるしてぇえッ、ゆるし、てくらさいぃいっ!」


 決して止まることのない刺激に完全に勃ち上がったら、振動パターンだけを変えて同じ責めを同じ流れで、イった直後の状態で始めからもう一度。


 気が狂いそうなむず痒さとバチバチと頭の中が弾けるような快感に、関節や筋や骨を気遣っている余裕は早々に吹き飛ばされた。強靭なバネと靭やかな筋肉の全てを総動員して逃れようと暴れる悦を、膝裏で下半身を押さえたまま、傑の左足が肩を踏みつけて更にがっちりと固定する。
 微かな抵抗さえ封じられ、傑の下でがくがくと痙攣することしか出来なくなった悦が悲鳴を上げても、唯一動かせる頭を振り乱して懇願しても、震え続ける端末が離されることは無かった。決して刺激に慣れられないように細かく角度や当てる強さを変えながら、一瞬で理性を千切り飛ばすには弱すぎる振動が、常に鮮烈な快感だけを逃げられない悦の頭の中に叩き込む。

 ただされるがままに耐えることしか許されない、と思い知らされた心が折れて、砕かれて、その破片ごとぐちゃぐちゃにシェイクされて跡形も無くなるまで。


「も、でないぃッ!でないからぁあ゛あぁあ!」

 何度も、何度も。

「はッ、はっ、はぁ゛っ……あ゛ぁああ……ッ!」

 繰り返し、繰り返し。


「あー…ぁ゛あー……!……かは、ぁ……っあ゛、」


 気力を削ぐ為に一切内容を変えずに繰り返されるループが30周を超えて漸く、悦は傑が求める”イイ子”になることを許された。







 ぐるん、と天地が回る感覚に意識を引き戻され、悦は半ば裏返っていた目を緩慢に瞬かせる。

「ぁ……あ……?」

 ずっと首の後ろに当てられていた枕が引き抜かれて、シーツに頬をつけてうつ伏せにさせられた視界が広がった。縛られたままの手のすぐ近くに、楕円形の充電器。最大で3台同時充電が可能な広い充電面には、濡れたままの通信端末と、まだ氷の残ったグラスと、水面に刺されたマドラー。
 その向こう、足元で、傑が着ていたTシャツを脱いでいた。

 やっと挿れてもらえる、とぼんやり思いながら悦は滲む視界でそれを見ていたが、傑は通ったままのベルトには触らず、脱ぎ捨てた灰色のそれをくるくる丸めて引き抜いた枕の代わりにすると、ちゅ、と色々な体液に濡れた悦の頬にキスを落とす。


「そろそろコッチ、欲しいだろ?」

 頭の芯を痺れさせる甘い低音と共に震える腰を撫でられて、悦は微かに頷いた。ループの合間に入り口だけを震わせられ続けていた内壁が、じゅくじゅくと熱を持って疼いている。

「ほし…ぃ、れす……」
「いい感じに呂律回んなくなってきたな」

 よしよし、と頭を撫でる手に目を細めながら、悦は回らない舌で傑の大きいのがいい、と強請った。男娼としての演技でも機嫌を取るための媚びでもなく、ただの本心だ。熱くて硬い傑のモノで、底が見え始めた体力も首の皮一枚残った正気も、一息に最後まで削り切って欲しかった。


「…………後でな」

 いつに無く長い長い間を取ってようやくぼそりと呟き、もう一度頭を撫でて離れてしまった傑は、紐の所為で伸ばせない体を丸めてうずくまっている悦の背後に座り直した。力が抜けて伏した腰を片手で軽々と持ち上げて膝を立たせ、下腹に通した腕で骨盤を支えて更に中腰の状態にまで持ち上げる。
 卑猥に唇を舐める藍色の視線を辿った悦がこれからされることに気づくのと、ぐっしょり濡れた柔らかい舌にひくひくと震える窄まりを舐められたのは、ほぼ同時だった。


「ふゃぁあああ……っ!」

 思わず漏れた声は、本当に悦自身の声帯が出したのか疑いたくなるくらいに蕩けていた。
 いつか聞いた、薬漬けにされて正気を失った性奴隷のそれと同じくらい、なんの芯も通っていない。まだほんの表面を撫でられただけなのに。舌では絶対に届かない場所が疼くと知っているから、そこを舐められるのは嫌いだった筈なのに。

「まってっ、すぐる、しゅぐるっ、まっ……てぇッ!」
「いいから開けって。ナカ舐めてやるから」
「だめ、になるッ、らめになっちゃう、からぁっ」
「もうなってるだろ。ほら、あーん」

 中心に舌を当てたまま、最後の理性でぎゅうっと締めていた所を人差し指と中指で無理矢理割り開かれて、冷たい外気がすぅっと内壁を撫でる。
 それに震える暇もなく空気の後を追って舌先がにゅぐ、と押し込まれ、がくんと悦の顎が跳ね上がった。今日始めてマドラーよりも太いものに割り開かれた口がぱくぱく収縮して、縛られたまま膝の浮いた足が引き攣る。

「……な?舌挿れられただけでイくくらい、もうダメになってる」
「は、ひゅっ……はぁ…あ……っ!」
「もう一回。あーん」
「ぅあぁぁっ……あぁあぁぁぁ……!」

 柔らかいのに芯を持った粘膜がにゅるん、と入り込み、火傷しそうに熱くうねる粘膜をちゅぷちゅぷと舐められ、悦はシーツに額を擦りつけた。下腹と頭の中が更に熱く、溶けてしまいそうに熱くなって、理性の欠片も感じられない喘ぎ声が止められない。

 尖らせられた先端が前立腺を掠めてまた浅く絶頂し、きゅうきゅうと締め付けようとする場所を指で広げられる。キスするように柔らかい唇に啄まれ、たっぷり唾液を纏った舌に広げられたままの縁をぐるりとなぞられ、ごく浅い所だけを注挿され、その肉輪が性感帯だと頭と体に刻み込むように丁寧に丁寧に舐めしゃぶられて、ガクガクと悦の全身が震えた。

 じゅるるっ、と唾液と腸液を啜られる下品な音に気が遠くなる。何も考えられなくなるほど気持ちいいのに、浅くイく度に前立腺と最奥がきゅんきゅんと堪らなく疼いて、頭がおかしくなりそうだ。


「はぁあぁああ……ぁあぁー……ッ」

 どれだけもっと奥に欲しい、深くイかせて欲しい、と思っても、亀頭をじっくり嬲られる間暴れ続けた体はもう指先一つだってまともに動かない。傑に抱えられて下半身を宙吊りにされた状態では腰を振ることも出来ず、これまでと同じ様に、悦に許されているのは与えられる甘苦しい快感をただ受け止めることだけだった。

 少し大きく舌を動かされる度に、前立腺のほんの数ミリ手前を擽られる度に、緩んだ肉輪と浅瀬だけをゆっくり舐め溶かされる狂いそうな時間が一定に達する度に、疼きを煽る浅い絶頂が真綿となって悦の首を締め上げていく。

「んぅうぅ……ぅう゛ううぅ゛うう……っ!」


 そうして、一分が永遠のように思える焦燥感と板挟みにされたまま、人間と違って疲れることも飽きることもない愛情深い舌に嬲られ続けて、一時間余りが過ぎた頃。


「っふぅ……悦、起きてるか?」
「あ゛ぁ……っ」


 ちゅぷ、と舌を抜いた傑に鳥肌の引かない背中をとんとんと叩かれて、悦はもう随分前からぴくぴくと震えるだけになっていた指先を引き攣らせた。
 宙吊りになっていた下半身が下ろされ、体の奥深くからじくじくと広がった疼きによって過敏になった膝に、脛に、手に、シーツが擦れる。それだけでもぞくぞくと甘い電気が走る背中をする、と撫でられて、最早痙攣も弱々しくなった汗みずくの体が微かに強張った。

「はー……っはぁー……!」
「悦。えーつ。返事」
「んぅ゛う……っ」

 促すように背に置かれた手を揺すられ、随分前から焦点の合わない視界で藍色を探す。もう頭を持ち上げる力も無く、ふらふらと湿ったシーツの上を彷徨うばかりの瑠璃色にその姿が映ることは無かったが、それを見た傑は嗜虐的な冷徹から一転して蕩けるように微笑んだ。


「……あぁ、ちゃんと溶けたな」


 体と同じようにぐずぐずにされた頭をよしよしと優しく撫でて、マドラーを2本指で挟み持った手がロックグラスに満たされた氷水を床にぶち撒ける。
 空になったグラスに代わりにローションを注ぎ込み、その中にとぷんと冷えたマドラーを落としてたっぷり粘液を絡めながら、傑はあれほど暴れた間も悦の首と両膝を繋ぎ続けていた紐を片手で解いた。
 支えの一つを失ってくたりと更に小さく丸まった腰の下に腕を入れて再び持ち上げ、散々に甚振られて普段の締め付けが嘘のように緩んだそこに、ローション塗れになったマドラーをくちゅ、と差し込む。

 何の抵抗もなくつるりと入り込んだ先端がその勢いのまま、何の焦らしも予備動作もなく、更に情け容赦もなく焦らしに焦らされた前立腺を押し上げた瞬間、ぎくんと悦の体が仰け反った。

「っッ――――!!」
「気持ちいいなぁ、悦?」

 生かさず殺さず沈められ続けていたぬるま湯から一気に天辺まで叩き上げられ、声も出ないほどの衝撃に一瞬覚醒した悦の頭に、その甘い声だけはやけにクリアに届いた。

 気持ちいい。きもちいい。

 意味を理解した瞬間に、衝撃の全てが凄まじい快感として細胞の一つ一つにまで染み渡り、悦は瞬間的に取り戻した理性が消える前に、食い縛ろうとする顎を開く。このままでは傑の言っていたことが現実になると、長年嬲られ続けた経験から察したのだ。
 せめて声を出していないと、自我が吹き飛ぶ。

「っぎ、ぁ、あぁっ、あ゛ーーーッ!」
「こっちはこうやって弄くられるの、好きだろ。ほら」
「ひッ、ひぐぅううっ!」
「我慢させた分、嫌ってほどイかせてやるよ。嬉しい?」
「ぁえ、ふ、ぅっあ゛ぁあッ、ゃああ゛ぁああっッ!」
「なに言ってるか分かんねぇよ」

 ぐちゅ、こりゅ、とマドラーが動かされる度に既にある絶頂を更に深く上塗りされ、叫びながら体を滅茶苦茶に捩る悦を片手で抱え直した傑が、愉しそうに嗤う。

「ぅ゛ああぁっ!?あ、あーッ、あ゛ぁあーっっ!」

 充電器から持ち上げられた端末がマドラーごと握り込まれ、ただでさえ致死量の快感に容赦なく緩い振動まで加わったが、もうどこをどうされているかも知覚できない悦は止めてとも許してとも言えず、ひゅうひゅうと喉を鳴らして吸った息を全て嬌声に変えて叫んだ。

 明らかにリミッターが外れた動きで縛られた全身を痙攣される悦を見ても、当然のように傑はその手を一切緩めなかった。それどころか、筋が伸びてしまわないよう的確に暴れる悦を押さえながら、ぞろりと舌舐めずりをする。

 そうして、最奥の曲がり角を優しく掻き混ぜられてぎっちりと細い棒を喰い締める縁を、今の悦には温く感じる柔らかい粘膜に割り開かれた瞬間、


 ぱつん。


「んぃ゛ッ……―――!!」

 今まで天辺だと思っていた場所より更に一段高く叩き上げられた感覚だけを最後に、真っ白に弾け続けていた視界と意識が暗転した。










 
 アルコールの匂いと冷感に重い瞼を持ち上げると、丁度点滴のパックを口に咥えた美貌の化け物が、悦の左手からチューブの繋がった針を抜く所だった。

「………ぁ゛?」

 がらがらに枯れた喉から、思わず濁った声が出る。
 抜いた、ということは、さっきまで針が刺さっていた、ということだ。点滴針と消毒液を含んだ脱脂綿で両手を塞いだ傑に咥えられているパックは平たく潰れている。少なくとも「生理食塩水」と見慣れた印字がされたそれの中身がすっかり無くなるまでの間、ずっと。

 一枚膜を隔てたように感覚の鈍い肌が、さわ、と微かに粟立つ。
 思い出せない。

 針を刺された感触も、アルコールの冷たさも、その匂いも音も何もかも、記憶に無い。


「悪ィ、起こした」
「……そ、れ」

 チューブと針と纏めてくるりと丸められてゴミ箱に放られたパックを、腕が持ち上がらないので視線で辿る。あやすように柔らかく悦の頭を撫でる傑が、困ったように笑った。

「飲める状態じゃなかったからな」
「……」
「イき過ぎて脱水起こしてたんだよ。怒るなって」

 じっとゴミ箱を凝視する悦を見て、宥めるように傑が髪をかき上げて額にキスして来たが、別に怒っているわけでは無かった。
 ヒューズが飛ぶように全てが吹っ飛ぶ前のことなら朧気に覚えている。境目も解らなくなる回数、薬無しでは辿り着けないと思っていた深さで、疲労した体であれだけ暴れるほどイきまくったのだ。そりゃあ脱水症状くらい起こしてもおかしくない。乾いた体が出す吐き気や頭痛の危険信号で叩き起こされるよりマシだ。だから怒ってはいないけど、ただ、覚えていないから。

 毒でもヤクでも、体と精神を容易く食い散らかすものを簡単に流し込める針を刺されたのに、その瞬間のことが欠片も記憶に無いから。

「……悦?」

 こんなのは初めてで、驚いて、そう、驚いてしまって。

「……えーつ」
「んっ……」

 ゆっくり血の気が引くのに従って焦点が滲む視界が、甘ったるい声と共に肌色に塗りつぶされた。
 髪を梳いていた掌に柔らかく引き寄せられた額が柔らかくて温かい感触に触れ、そこで漸く傍らに寝転んだ傑に抱き寄せられたと気付いた悦の瞳孔が、きゅう、と収束する。

「責任取るって言ったろ?大丈夫」
「は……」
「大丈夫。だから寝ようぜ」

 知ったような口で、毒にも薬にもならない気休めを、と思うだけの気力も体力も残っていなかった。触れた肌から伝う鼓動は過酷な環境で心肺を鍛えられた悦よりもゆっくりで、そう言えばこいつは化け物だったな、と思い出す。


 思い出したら、力が抜けた。


 望み通りに体力を削りきられた体には始めから力が入っていなかったが、それ以外の、肉よりも内臓よりも内側の、もっと深くて強い芯の部分のどこかから。

「…ぁ……」

 一度抜けてしまうと、在り処すら解らないそこにどうやって力を入れていたのか、悦にはもう思い出せなかった。張っていることすら気付いていなかった何もかもが一緒に緩んで、撓んで、そうして感度が狭く鈍くなった五感に、傍らにいる傑だけを柔らかく感じる。

 なんとなく、強くて大きないきものの、腹の中に収められる様を夢想した。

 Z地区育ちに母胎の感覚など想像の埒外だったから、頭からすっぽり喰われてしまう想像だ。抵抗虚しく丸呑みにされて、隙間なくぴったり包まれたまま、後は消化されるのを待つばかり。腹の持ち主に敵は居ないから、いくら探したってそれ以外に道は無い。

 片時も休まずほとんどを1人でどうにかして来た悦にとって、その夢想は酷く魅力的に思えた。

 だってどうにも出来ないのだから、最初からなにもする必要がない。悦を今日まで正気のまま生かしてきた理性も本能も経験も、全てが両手を上げて降伏してくれている。こんなの、


「……最高」


 それ以外の感想が無かったので思ったままを呟くと、眠りを誘うリズムで髪を梳いていた手に優しく頬を掬い上げられた。最中あれだけ激しく冷酷に悦を追い詰め責め立てたのとは別人のように暖かくて、それでいてどうしようもなく同じ藍色が、蕩けるように笑う。

「だろ?」

 わざと得意げに言われたその一言がおかしくて、悦は最後の力を振り絞って、綺麗な鼻っ柱に頭突きを食らわせた。



 Fin.



 発想がエグいタイプのド変態によるライフハックで外も内もめためたにされる悦。
 時間軸はまだ色々と揃っていない、初夜のその後くらいです。傑が道具を使うことを覚えてしまいました。

short