じゃあこれ、と差し出されたものを見て、悦は思いっきり溜息を吐いた。
「ほんと……どいつもこいつも……」
重低音の呟きには諦念と失望とやるせなさがありったけ詰められていたが、差し出した傑は全く手を引く様子が無い。
それを凡そ恋人に向けているとは思えない目つきで睥睨して、悦は仕方なく差し出されたモノ―――猫耳付きのカチューシャや尻尾つきディルドやらが詰められたビニールパックを引ったくった。
「虎猫のほうがよかった?」
「心底どうでもいい」
顔色を伺うように小首を傾げる傑に食い気味に吐き捨て、悦はバリっとパックを破る。躊躇も情緒もなく手を突っ込んで中身を引っ張り出し、内容物がふわふわのショートパンツとチューブトップ、猫耳のカチューシャと余計なものがついたディルドの4点セットなのを確認すると、ぐしゃりとその全てをパックに押し込めて再び傑を睨みつけた。
「……八百長じゃねぇだろうな」
「あン?」
「イカサマだったら食い千切る」
脅しですら無い、確実に行える事実を述べただけの、それだけに背筋が凍る宣言に、パックの中で捻れて潰れた尻尾を憐れそうに見ていた傑が顔を上げる。その訝しげな表情にちッ、と舌を打って、悦はどうせ一時間後には体液でぐちゃぐちゃになる4点セットを突き出した。
疑似毛皮の柄などはセピアのパンツの柄よりどうでもいい。虎でも縞でもブチでもハートでも好きなだけ散らしたり飛ばしたりすればいい。
悦にとって重要なのは色だ。
適当に詰め直された所為でそれなりに長い毛足が無残に乱れた、お決まりの猫耳コスプレセットの色が、黒でも白でもピンクでもなく金色であることが、悦にとっては最も重要だった。
流石に蜂蜜色、とまではいかない安っぽい金色であったが、それでも4点セットは限りなく悦の地毛に寄せられた色をしている。こういうグッズは大抵、悦のかつての客達のようなエログッズをオーダーメイドする金があって恥のないド変態の監修でない限り、黒か白かピンクで売り出されるものだ。にも関わらず、今悦の手元にあるものは業界ではニッチな金色をしている。これはつまり、目の前の化け物の犯行が計画的であることを示していた。
それ故に悦は先の勝負の不正を疑い、平坦なトーンでの食い千切る宣言をしたのだが、圧倒的に言葉が足りていない。常人ならばなんの話だと憤るレベルだが、幸いなことに悦の恋人はド変態の化け物だったので、足りない悦の言葉や表情を的確に読み取って理解し、そして不思議そうな顔をした。
「してねぇよ」
「じゃあなんでこんな色してんだ」
「いつか着せようと思って買っといただけ。どうせ大抵のゲームなら俺が勝つだろ?」
「……」
まさか純血種相手に連戦連勝できる気でいたの?そこまでアホの子だっけ?みたいなトーンで言い返されて、悦はビニールパックを突き出していた手をそっと下ろす。
そしてもう一度傑の言葉を脳内で反芻し、その言葉が全くもってド正論であることを確認して、すっとその瞳の奥で燻っていた怒りを収めた。
「確かにそうだわ」
「だろ?」
「うん、悪ィ。じゃあ着てくるから待ってろ」
けろりとした顔で「待ってろ」の言葉と共に座っているソファをびしりと指差し、腰を浮かせかけた傑を再び着席させると、悦はスナック菓子の袋を持つような気楽さでビニールパックを揺らしながら、バスルームへと向かった。
処理は済ませているのでざっとシャワーを浴びて髪を拭ってから、悦は特に何の感慨もなくコスプレセットの袋をバリっと破った。今度はしまい直すつもりが無いので、それはもう容赦なく、カチューシャが飛び出るくらいの勢いで破った。
着たままでも手を突っ込み易いように、そして着た上から弄くられてもイイように、ゴムの緩さや裏地が計算されたショートパンツと臍上20センチくらいのチューブトップをさくさくと着込む。
前屈みになると尻尾を差し込むべき場所がぱかりと開いたり、ホック式で乳首だけが露出出来るようになっていたりと、特殊性癖に配慮した機能性を持つ衣装だったが、それを身に着けていく悦の顔には羞恥も屈辱も無い。アホみたいな服だとは思うが、こんなものよりもっとアホみたいな、それこそパッと見では服とすら解らないような衣装を身に付けてきた悦にとっては、セックスをするのに効率的な寝間着くらいの感覚だった。
最初から穴が空いてる如何にもな服よりも、制服だのスーツだのの禁欲的な服を破かれたり切られたりして穴を開けられる方がよっぽど興奮するとか、乳首だけ出すんじゃなくて敢えてそこだけ隠した上で、そのまま弄られて焦らされる方がよっぽど気持ちイイとか、個人的な性的嗜好は勿論あるが、これは罰ゲームだ。
何ら不正の無い、或いは不正であっても悦が気づかないようなものしか介入していない勝負事において、悦は傑に負けた。こんなものを予め用意しておくなんてアホだとは思うが、そのアホに悦は負けたのだから仕方が無い。尻尾付きディルドが細い上に大した凹凸も無い、悦にとっては子供騙しレベルの初心者用である所など、心の底から肝心な所でツメの甘いバカだな、と思ったが、そのバカが勝者でこのアホな格好を望んでいるのだから、敗者である悦がそれを拒む道理も拒める理由も無いのだ。
「んん…っ」
当然のようにバスルームにおいてあるローションで濡らした尻尾付きディルドを当然のように軽く解したナカに埋め、悦はバスルームの鏡で尻尾の角度を軽く調整し、すちゃっとカチューシャを装着する。少しへたっていた左側の猫耳をぴんと立たせ、くるりと全身を鏡に映してバランスを見てから、悦は一度小さく頷いてリビングへ戻った。シャワーを浴びていた時間も含め、この間凡そ15分である。
「着てきた」
「……あぁ、うん」
普段と変わらない歩幅で颯爽と現れ、そして目の前に仁王立ちした悦を、傑はどこか呆けたような顔で出迎えた。
その声色には、ファンシーに猫耳や尻尾を揺らしておきながら、悦が己に恥じる所は何一つ無いような威風堂々たる態度をしていることへの驚きや、頬を赤らめるどころか歩幅すら変わっていない適応力への感心や、普段はあんななのに仕事スイッチ入るとこれかよ流石元男娼だなというしみじみした賞賛が含まれていたが、悦はそれを丸っと無視してそれで、と話を進める。
「どっちがいい?」
「なにが?」
「バカっぽく“ご主人たまぁ”って敬語つかうのと、アホみたいに語尾に“ニャー”ってつけるのと、どっちがいい?」
「お前敬語とか使えんの?」
「語尾に“ですぅ”ってつけりゃ敬語になんだろ」
「なんでその理論で“様”が“たまぁ”になンだよ」
「それはしょーがねぇだろ、猫耳のときはそうなるもんだ、ってのは猫耳がこの世に生まれた瞬間から決まってンだよ」
「決まってるのか……」
なら仕方ねぇな、と傑は頷いた。少なくとも純血種の傑の知識と経験にはそんな事実は一欠片だって記載されていなかったが、猫耳を装着した人類はかくあるべき、なんて知識が化け物に搭載されていても色々と困るので、ここは猫耳上級者の悦に従っておこうと判断したのだ。単に面倒くさくなっただけでもある。
「……じゃあ、アホみたいな方で」
「ご主人たまぁじゃなくていいのかよ」
「だってお前絶対笑うだろ」
「指差して笑う」
「じゃあニャーでいいよ」
「オプションでな行が不自由にゃ方にも出来るけど、どうするニャー」
「聞き取りにくいからそれは要らねぇ」
「解ったニャー」
「……」
「ンだよニャー?」
躊躇も恥じらいも無い「ニャー」も正直傑は要らなかったが、素のテンションのままニャーニャー言っている悦は、思わず黙り込んだ傑を心底不思議そうな顔で覗き込んでくる。な行が不自由になるオプションは着脱可能だが、ニャーはどうやら標準装備らしい。
きっと悦の中の常識では、猫耳を装着した人間は舌っ足らずになるかニャーニャー言うかしなくてはいけないのだ、猫耳がこの世に生まれた瞬間から。それならば仕方ないと、傑は柔らかく手を引いて悦を抱き寄せながら軽く唇を舐める。
プロ根性がある恋人はきっと己の常識に従い続けるだろう。ならば傑に出来ることは、取ってつけたニャーに萎える前に言語能力を奪うことだけだ。
果たして、傑はニャーがゲシュタルト崩壊を起こす前に、悦から呂律を奪い取ることに成功した。
「ぅあ、ぁ、あ…っ…ひ、ぅうぅう…!」
ちゅぽ、と卑猥な音を立てて抜かれたディルドが、喪失感への鳥肌が引く暇もなくまたゆっくりと埋められる。先端が前立腺を掠める位置で一度ぐちりと捻られ、凹凸の少ない表面でゆるゆるとそこを擦り立てながら、泣き喚きたくなるくらいにゆっくりと、根本まで。
「もっ…もぉ、や…ぁ、う…ッ!」
「動くなって。当たるだろ」
指先まで痺れた体をなんとか捩った悦を呆れたように嗜めて、鳥肌が立ちっぱなしの背中を撫でていた傑の手がぐいとそこに体重をかける。息ができなくなるほど圧迫されているわけでもないのに、それだけでうつ伏せた悦の上半身は柔らかなソファの座面に縫い留められたように動かせなくなった。
「いい子だから大人しくしてろ」
「ひ、ぁ…あっ、も、もっとっ…あ、こす…ってぇ…っ」
「あと2回、ドライでイったらな」
ローションに濡れた偽物の尻尾の根本を、その付け根のディルドを揺らすようにくにくとマッサージしながら、蜜のように甘い声が残酷に笑う。むり、無理だって、と泣きながら感覚の失せた足を突っ張って逃げようとするが、臨界点を超えないようにゆっくり、丁寧に掻き混ぜられ続けた下半身はすっかり砕けてしまっていて、自分の腹筋と傑の腿に挟まれたモノを僅かに慰めることくらいしか出来なかった。
「んぐ…ふぅ、う……ッあぁああ!?」
「だからじっとしてろって」
それでも往生際悪く藻掻く悦にふうと溜息を一つ吐いて、傑は無造作に膝からずり下がろうとする悦の腰を引き寄せる。挟まれた悦の裏筋がより擦りたてられるよう、少し角度をつけて力をかけてやれば、久しぶりの鮮烈な快感にきゅっと爪先を丸めた悦は微かに震えて大人しくなった。
諦めた訳ではなく達した余韻に溺れている所為だが、じわりと布越しに傑の腿を濡らす感触は先走りとは間違えようもなく多い。勿論、出してしまったのならカウントはそのままだ。残念、と膝の上に横向きに乗せさせた悦の腰を撫でてやって、傑はしんなりした金色の尻尾を軽く引く。
「ひぁっ…!」
「悦」
それまでとは打って変わって低い声に名を呼ばれて、悦は無意識にばたつこうとしていた足をなけなしの理性で抑えつけた。何度も言わせるなと、背中に置かれた手の圧がそう告げている。
そんな、だって、やっとイけたばかりなのに。
肩越しに振り返って潤んだ目で訴えるが、更に尻尾を引いて半ば以上ディルドを抜いた傑にその哀願が通じる気配は微塵も無い。そんなこと傑は百も承知だからだ。今の悦が頭も体もどれだけぐずぐずに溶けていて、何が欲しくて何が堪らないのか、愛情深い化け物は悦本人よりもよく知っている。
そして、傑がそうであるということを、悦もまたよく知っていた。
「悦、こっちおいで」
「ぅ…ひぅ…っ…」
「ほら、早く」
抜けてしまった尻尾を片手で弄びながら、傑はゆったりとソファに背を預けた自分の胸板を、悦の背から離した手でぽんぽんと叩く。優しい、今は文字通りとなった猫撫で声だったが、それを聞いた悦は怒鳴りつけられたようにびくりと肩を揺らし、のろのろと体を起こした。
間違いなく、言う通りにしたってお仕置きが免除されることは無いだろう。解っていたが、解っていても悦には従うしか無い。今の傑に逆らったりしたら折檻は確実だし、それならまだ素直にお仕置きを受けた方が、言葉の響き的にも今までの経験的にも2割程度はマシな筈だ。
そう自分に言い聞かせながら、悦はなんとか戦慄く腕を立たせ、太腿が濡れた傑の足を跨ぎ、半ば倒れ込むように正面から傑に抱き着く。褒めるようにぽんぽんと頭を撫でられるが、その優しさで体の強張りを解くには、悦は色んな意味で経験豊富に過ぎた。
猫耳カチューシャに羞恥のしの字も浮かばないほどに、悦はこの道の玄人だ。こんな時こんなタイミングの涙なんて責め手の側には媚薬にしかならない。解っていても、それでもこれからの生き地獄を思い知らせるように跨いだ足を軽く開かれて、悦は擦り寄った傑の肩口を濡らすのを止められなかった。
「ひっぅ…んく…ぅう、ぅ…」
「いい子いい子。これ、細いから物足りなかっただろ?」
「あっ…あぁぁ…っ…」
あやすように背中を撫でた手が腰に回され、ぐちりと指先で開かされた奥に、ぬるく体温が移ったディルドが触れる。今までのようにゆっくりと埋められたそれが、ある一点の手前でぴたりと止められたのを感じて、悦は傑の首に両腕を回して縋り付いた。
傑は悦自身よりずっと悦の体を知っている。何をすれば堪らないのか、どうすれば僅かに残った理性が懇願と哀願に埋め尽くされるのか、悦自身よりも、ずっと。
「でも、こうすれば」
「んあッ、ぁ、あ、あっ」
「イイところにはちゃんと届く」
届いてるだろ、と前立腺の真上でゆるく抽送されて、悦はがくがくと頷いた。お仕置きへの恐怖に冷えていた体にどっと血が流れ込み、桃色に色づいた悦の耳朶をかぷりと甘噛みして、傑は小さく喉の奥で笑う。
「な?……だから、ここまで」
覚悟はしていた筈なのに、折角巡った血が再びさあっと引いた。そうして頭から引いた血や熱が、とろりと甘く囁かれた声に呼応するように腰の奥深くで蟠り、ずぐりと疼く。
ひくっ、と喉を引きつらせた悦の頭をぽんぽんと撫でながら、傑はそれまでと同じ速度で、つまり悦の鼓動やら呼吸やら蠕動やらに合わせた絶妙な緩やかさでディルドを引き、完全に抜けてしまう寸前で再び押し込む。わざとぴたりと動きを止めた不埒な尻尾の根本は先程と寸分違わず同じ場所で、初心者用に細く丸まった先端は前立腺にあと少しの位置で届かない。
「ああぁ…ッ…やだ、やだぁ…っ」
「泣くなって。ちゃんと後で滅茶苦茶にしてやるから」
どこまでも優しい声の裏側に「俺の気が済んだら」の副音声を聞き取って、悦は力なくシャツを着たままの傑の肩口を引っ掻く。丹念に溶かされた体はごく浅い所を出し入れされるだけでじんじんと快感を拾うが、強烈な、殆ど暴力的と言っていい刺激に慣れた体は、それだけではどうしたって境界線を超えられない。
「1回目はすぐイかせてやるよ。指3本で、思いっきり」
玄人として自分の限界を正確に把握している悦は、全てが傑の掌の上あるこの生き地獄があとどのくらい続くのか、嫌でも解っていた。傑の気が変わるか心の底から全力で拒絶しない限りは、力にも技にも勝る化け物に抗う術なんてひとつも無いことも。
「2回目はちょっと焦らして……あぁ、アレやってやろうか。挟んでから押し上げるヤツ」
「っひ…ぅ、うぅ……!」
「撫でられンのも好きだよな。拡げたまま突くのも。……なァ、悦。どれがいい?」
促すように頭を撫でる手に耳朶をくすぐられて、悦は額を擦り付けるようにして小さく首を横に振る。散々に焦らされている最中にそんな選択肢を聞かせないで欲しい、というのは、勿論2番目の理由だ。玄人である悦は、素人がそうそう辿り着けないであろう地獄のその先をもよく知っている。どれでもいいから傑の好きにして欲しかった。
だって、それがいちばんきもちいい。
「悦、えーつ」
「っ…ふぁ…」
ぴたぴたと頬を叩かれる感触に、虚ろだった瑠璃色がぼんやりと焦点を結ぶ。
時間の感覚はとうになかったが、体力が尽きるその手前まで削り取られたことは、腰を支えて貰えなければ座ってもいられない程どろどろになった自身の状態から辛うじて解った。
「起きた?」
ぐったりとその肩口に頭を預けたまま、顔を上げる気力も無く視線だけで見上げれば、美貌の恋人は蕩けるように微笑んで―――ゴトン、と邪魔なディルドを床に落とす。
「じゃあ、いっかいめ」
「か、ひゅッ…―――!」
散々に嬲られて感覚の鈍くなった入り口をこじ開けられ、がくんと悦の頭が倒れた。宣言通りにいっぺんに突き入れられた3本の指は、ぎちりと喰い締めてくる粘膜を物ともせずにくん、と第二関節の位置で曲げられ、一度は通り過ぎた前立腺をごりりと抉り下ろす。
「ッっ…ぃい゛ぃいいっ!」
咄嗟に食い縛ってしまった顎から力を抜くことも出来ないまま、電流でも流されたように全身がびくびくと跳ね上がる。天井を仰いだままがくがくと揺れる頭からカチューシャが落ちるが、ずるりと頭皮を掻いたその感触すら今の悦には追い打ちになった。
境界線を遥かに超えて叩き上げられた悦の体を優しく、強制的に自分の上に座り直させて、鉤爪となった傑の指がそこを抉る。声も満足に出せなくなるまで焦らされに焦らされて、ずぐずぐと堪らなく疼いていた、悦が虐めて欲しくて欲しくて堪らなかったその場所を、これもまた宣言通りに、容赦なく思いっきり。
「ぎっ、ひぃッ、あ゛、ぁっ、あ゛ー…ッ!」
指を動かす度にただでさえ長いドライでの絶頂を長引かされ、更に後から後から押し上げられている瑠璃色がぐるりと裏返りかけるのを見て、傑はずるりと指を引き抜く。がくがくと痙攣を続ける恋人を肩に回した腕の一本で抑え込み、断続的な所為で長い長い“1回”にも思える数回分のドライの余韻が引くのを待って、ぴくぴくと震える首筋にキスをひとつ。
「……にかいめ」
「まっ…まだ、まだぁあ…ッ」
耳朶に唇を寄せてはっきりと教えてやってから、今度は2本の指で、びくびくと痙攣する粘膜をぐるりと撫ぜる。待って、お願い、と不明瞭に喘ぐ声に従って動きを止めてやれば、直後に悦は髪を振り乱してやだ、やだ、と泣き喚いた。絡みついて食い締める内壁の所為で、傑の指先にこりこりとした凝りが擦れている。
「ま、って、…ふぁあ…ッ…まって、ぇ…!」
「待ってンだろさっきから。ほら、深呼吸」
「ぁふ…っ…はぅ、う…ッぁ、あぁあ!」
促されるままに呼吸しようとした矢先、中で指がぐぱりと開かれて、悦は思いっきり傑の胸板を引っ掻いた。自分の爪を剥がさんばかりの勢いで皮膚と肉を抉ったその手が、内部からの卑猥な水音と共にくたりと力を失う。
「ふあぁあ…っ…ひにゃぁ、ああッ…」
「あぁ、それすっげーイイ」
か細い嬌声に愉快そうに笑って、傑は蠕動のリズムに合わせて緩かに押し上げていた前立腺を褒めるように撫でた。取って付けたような語尾には全く食指が伸びなかったが、この声にならご褒美をやってもいい。矢張り鳴き声というものはこうでなくては。
「悦、そうやって鳴いて」
「ぁ、あっ…や、ぬいちゃ…っ」
「さっきみたいに、にゃあって。入れてやるから」
ぐ、と片腕で持ち上げた悦に正面から視線を合わせながら、欲を隠さない藍色が獰猛に細められる。鼓動の度に焦点がぶれる視界になんとかその色を認め、乱暴な金属音と革の擦れる音に視線を落として、漸く悦は傑の求めるものに気がついた。ディルドや指とは比べ物にならない質量と熱が、浮かされた内腿を撫でる。
かわいてる、と半ばぼやけた意識の中で思って、悦はおずおずと唇を開いた。
「っ……にゃぁ」
言い終えたのと、視線が下がったのは、ほぼ同時だった。
「ひッ……ぃあ゛、あ、あぁあああ!」
孕んだ熱でさらさらとさえしていたモノで一気に貫かれ、ぐったりと丸まっていた背中が弓なりに反り返る。腰と背中に回った腕に強く抱きしめられ、必然的に耳元に寄せられた傑の耐えるように掠れた吐息を聞いた瞬間、ぶつんと音を立てて悦の頭の中で何かが切れた。
「お、くっ…おく、ぅ…ッ…あ、あーっ、ぁー…っ」
「はッ……気持ちイイ?」
「ひぎッ…いい、いぃ、からぁッ、それ、そこ、だめ、だめぇッ!」
「ホント好きだな、これ」
器用に接合を深くしたまま跳ね上がる悦の体をソファに横たえて、望み通りに奥深くをこつ、こつと小刻みに突いてやりながら、傑は喉の奥で笑う。焦らした分だけ凶悪な締め付けに息を詰めながらも、その動きは正確だ。一番好きな速度で一番堪らない強さで突かれる度に小さな絶頂が波のように襲ってきて、悦はいやいやと首を振る。
「い、ってるからぁッ、も、また、いッ…―――!」
声にならない嬌声と共にぐんっと首に回されたままの腕に引き寄せられ、されるがままに悦の上に覆い被さりながら、傑は完璧な造形をした唇を舐めた。抽送のペースと深さはそのままに、悦の汗でぐっしょりと濡れたチューブトップを片方だけずり下ろし、顕になった赤い先端に顔を寄せる。
「ひにッ!」
裏地に擦れて固くなったそこをちゅうっと吸い上げて、震える小さな粒にぞろりと舌を這わせれば、予想していなかった刺激に首に回った腕が強ばる。そこでようやく傑はこの服の”機能”を思い出したが、今更使う気もしなかったのでずり下ろした手でそのままもう片方の頂を引っ掻いた。
中途半端に引っかかった疑似毛皮の上から引っ掻いて摘んでやれば、悦は喉を反らしてひんひんと子猫のように鳴く。その上肩に引っかかった手でさりさりと爪を立てられ、傑はずぐりと腹の底を焦がした熱に従って顔を上げた。
「す、ぐる、傑…っ」
泣き腫らしてぼやけた瑠璃色は、そんな状況であっても過去の肩書きに相応しく正確に雄の欲望を読み取る。
「……流石」
藍色の瞳を獰猛に細めて、傑は誘われるままに赤い舌に噛み付いた。
To be…
βバージョン。
ほぼほぼただの焦らしプレイ。
(猫耳は添えるだけ)
