経験豊富な恋人α



 じゃあこれ、と差し出されたものを見て、悦は隠すこと無く頬をひきつらせた。

「…なんで…どいつもこいつも……」

 深い溜息と共に吐き捨てられた言葉には、今までの悦の経験がぎっちりと重く詰まっていたが、差し出した傑は全く手を引く様子が無い。
 ううう、と低く喉の奥で唸ってから、悦は一度傑を上目遣いに睨みつけると、観念したように差し出されたモノ―――繊細なタッチのレースで編まれた、黒いTバックショーツを毟り取った。


「罰ゲームでもないと着けてくれねーだろ?」
「ったり前だ、こんな面倒くせぇの」

 しれっとした顔で言ってのける傑をもう一度睨み、悦は2度目の溜息と共に手の中でTバックを広げる。手触りからして総シルクのそれは作りもしっかりしていて、とてもアダルトグッズのオマケには見えない。

 2人が贔屓にしているアダルトショップは、主に傑がそういう系統のものばかり買っている所為で、こちらをアナルプレイが好きな一般カップルと思っている節がある。まぁそれはある意味間違っていないし、買い物遍歴から顧客の性癖を鑑みた、オマケとは思えないクオリティのオマケをつけるというのは企業努力には違いないのだが、悦にとっては全く無駄すぎる心配りである。
 「刺激的な夜を♡」なんて書いたピンクのカードと共にこんなものを仕込むから、それを見たこの変態がいらぬことを思いついてしまうのだ。頼むからこの化け物に勝手に餌をやらないで欲しい。


「ギリ…いけるか」

 みょんみょんとゴムを引っ張って伸縮性を確認しながら、悦はTバックと自らの腰回りを見比べた。
 こういうものをよく着けていた昔と比べると、骨格と筋肉の分だけ多少不格好にはなるかもしれないが、流石にケツは弛んでいない。女ならともかく、野郎にこんなものを着けて喜ぶ野郎の心理など今も昔も解らないが、見れるものにはなるだろう。

 Tバックをひと通り検分してそう判断し、悦は黒シルクのランジェリーを握りしめてすっくと立ち上がった。ソファに座って足を組み、腹立たしくも楽しげにこちらを見ている傑を振り返る。


「…来いよ、これ着けるんだろ」
「ん?」
「自分じゃ出来ねぇんだよ、ここの鏡だと」
「…鏡?」

 鸚鵡返しに言いながら傑は何故か怪訝そうな顔をしていたが、悦はそれ以上説明することなく、バスルームへと踵を返した。立ち上がった傑がついてくる気配を感じながら、3度目の深い溜息を吐く。

 Tバックを着けるのは別にいい。そりゃ着けないに越したことはないが、これは罰ゲームで、悦は敗者だ。だからそれはいいのだが、もう取り敢えず面倒臭い。“Tバックを着ける”のに当たってどういう過程が必要か、イヤと言うほど知っているから尚更面倒臭い。
 女物の下着を着けることへの羞恥や躊躇いなんてものは、もう5年近く前に悦の中から消え去っている。残っているのは「面倒臭い」という味気も素っ気もない感情だけだ。これなら怪しげな玩具を使われてイき狂う方がまだマシかもしれない。でも傑相手ならまだ少しは、いやそれでも面倒だ。


「入ンの?」
「そーだよ。お前は脱がなくていいからな」

 相変わらず怪訝そうな傑にそう命じ、悦はシャツを脱ぎながら脱衣所に併設されている洗面台の収納棚を開けた。隅に追いやられていたお徳用3個セットを袋ごと掴んで棚を閉め、ジーパンと下着をまとめて脱ぎ捨ててTバックを洗面台の上に置き、傑を待たずにバスルームに入る。


「…あ、違う」

 ボディソープのボトルを棚から出し、早速お徳用3個セットの袋を破ろうとしていた悦は、そう呟くと手を止めた。流石に長くやっていないと手順も曖昧になる。まずはこれじゃなくて、下準備の為の下準備をしないといけないんだった。

 やっぱり面倒くせぇ。心中で吐き捨てて小さく舌打ちをし、シャワーコックを捻ろうと伸ばした手は、だが悦の意志に反して金属のコックではなく、冷たいバスルームのタイルをぴたんと叩く。


「す、ぐる…っ」
「…珍しいな、お前が逃げるなんて」

 気がついた時には壁に両手をつく形で傑にぴったりと寄り添われていて、遮る物のない肌から伝わる体温と吐息にひくりと肩を震わせた悦を、いいと言ったのにシャツを脱いできた傑が耳元で小さく笑った。

 ……逃げる?

「なにが、…ぁ、待て…って…!」
「そんなに嫌だった?」
「だから、なに、」
「こっちで好きにしていいなら、俺はそれでもいいけど」
「……は?」

 するすると肌を這う巧みな指先に熱を上げそうになっていた悦は、色気をたっぷりと滲ませた傑のその言葉を聞いてようやく理解した。

 傑は勘違いをしている。

 こともあろうに傑は、悦がTバックを置いてさっさとバスルームに入ったのを、Tバックを着けるのが嫌だから色仕掛けで罰ゲームから逃れようとしているからだと思っている。敗者である悦が、それは嫌だと言えないからこんな手段に出たのだと。


「…ンなわけあるか!」
「え?」
「いいかお前……ちょっと聞け」

 渾身の苛立ちを込めてタイルをパァンと叩き、悦は腰骨のあたりをなぞっていた手を払うと、体ごと傑を振り返った。これからTバックを着けてにゃんにゃんするとは思えない、据わった瑠璃の瞳で驚く傑を見据え、びしりとバスルームの壁、の向こうにあるTバックを指さす。


「アレ着けろつったのはてめぇだろうが」
「そう…だけど、嫌なんだろ?」

 不思議そうに傑は小首を傾げる。完璧な容姿と化け物の本性とが相まって、ギャップでやたらと可愛く見えるが、それは今は関係ないので横においておく。

「嫌だよ嫌だけど罰ゲームだから仕方なく着けてやるっつってんだよ。それなのに逃げるだァ?俺が1回でも勝負事で逃げたことあるかよなぁコラあるかって聞いてんだよ」
「着けるんならなんで風呂場なんだよ」
「なっ…!」

 Z地区仕込みのドスの効いた啖呵を切って詰め寄る悦に、傑はやはり怪訝そうな顔で言った。見返してくる藍色はいつになく真っ直ぐで、悦はようやくもう一つ気がつく。
 そうだ、傑は知らないのだ。
 知らないから悦の行動を見てあんな勘違いをして、恐らくその海のような寛大さでもってそこまで嫌がるのなら、と罰ゲームの撤回を考えたのだ。ということは傑はただ本当にTバックを着けるだけの行為を望んでいたということで、それなのに。

「…っ…!」
「…悦?」

 さっきまでの勢いはどこへやら。そう思い至った悦は、かぁっと音まで立てそうな勢いで赤くなった顔を俯かせる。
 忘れていたTバックへの羞恥が蘇ったわけではなく、悦が顔を赤くしているのは全く別件なのだが、それはそれ。これ幸いとクオリティを下げることは元男娼のプライドが許さず、結果悦は深く俯いたまま、蚊の鳴くような小さな声で言うしかなかった。


「…るんだよ」
「…なに?」

 傑からしてみれば、意味の分からない行動をとった挙句に勝手に凄んで勝手にぷるぷるしているわけだが、そこは純血種。持ち前の寛大さでもって全てを受け流し、悦の顔を覗きこむようにして首を傾げる。

「何をするって?」
「…そる」
「反る?」
「…だから…毛を……」
「あぁ、そっちの……ん?毛?」
「だからっ…Tバック、履くには……剃らないと、格好悪ィだろ…!」
「そ…うか、成る程な」

 勘違いしていたのがよほど恥ずかしいのだろう、薄っすら涙目にさえなりながら、悦は上目遣いに傑を睨む。

 正直に言えば、この段階でも傑には何故Tバックを着けるのに剃毛しなければならないのか、何故悦が自らそんなプレイをサービスをしてくれるのか、あんなに嫌そうだった悦が一体今どこのベクトルへ向けて照れているのか、まるで理解出来ていなかった。
 けれども悦の態度から、どうやら悦にとってTバックと剃毛プレイは切り離せず、そして何故だか百戦錬磨の元男娼がこの状況に何かしらの羞恥を感じていることは解った。

 それだけ解れば傑には十分だった。寛容で聡くて変態な純血種はあっさりとスイッチを切り替え、ぷるぷると仔ウサギのように肩を震わせている悦の顔を、くいっと指先で上げさせる。


「……じゃあ、1人じゃ出来ないトコまで綺麗にしないとな」

 聞くものを骨抜きにする甘い声で囁いた傑に、悦は視線を反らしながら、そっとお徳用3個セットの剃刀を差し出したのだった。










 促されるまま素直に寝転んだバスルームのタイルは、執拗な程にシャワーを当てていた傑のお陰でほんのりと暖かかった。
 小さく身動いでぺったりと背中を着け、バスタブの縁に掛けられていたハンドタオルを引き寄せる。それを自分の下腹に広げながら、悦は指先をちょいちょいと動かして傑を招いた。

「ボディーソープでいいか?」
「あ、塗るだけでいいからな」
「泡立たせねーの?」
「見辛れぇだろ」
「あぁ」

 緩く開かれた足の間に膝を付きながら、傑は小さく頷いた。タイルに散らばる髪と同じく、柔らかい蜂蜜色の下生えは、暖色のバスルームの照明の下ではいつにも増して薄く見える。
 確かに、白く泡立ててしまえば剃り難そうだ。これだけ目立たないのだからいっそ剃らなくてもいいんじゃないか、と傑は思ったが、悦には悦なりのこだわりやプライドがあるのだろうし、何より「じゃあいいや」と言われるのは勿体無いので、言われた通りに掌で温めただけのボディーソープを下生えに塗りつける。

「っ…ふー…」
「……」
「ぅ、ん…っはぁ……」
「…押さえててやろうか?」

 たっぷりとボディーソープを纏った指先を産毛くらいしか無い双丘の谷間に滑らせながら、傑はひくひくと震えている悦の膝頭に唇を落とした。悦に傷がつくのを気遣っているのだろう、からかうような口調に反して真剣な藍色を見上げて、悦はにやりと笑う。

「いい、いらね」
「大丈夫か?」
「いーから…ほら」

 膝に添えようとする傑の手をぺしりと叩き落とし、その手に安っぽい剃刀を握らせて、悦は立てた両膝の裏に自らの手を差し入れて固定した。顎をしゃくって促した傑が剃刀を握り直すのを見ながら、ちろりと唇を舐める。
 押さえて貰うなんて冗談じゃない。もどかしい刺激に焦れながら、いつあの鋭い刃が柔い皮膚を裂くかとゾクゾクするのが剃毛の醍醐味だ。少なくとも、悦の中では。

「じゃあ、動くなよ」
「ん…っ」

 声と共にひたり、と冷たい刃が触れ、悦は小さく息を飲んだ。しょり、と鳴る音に震えようとする内腿に爪を立て、緩く下唇を噛む。
 自分でやる時は多少の傷など気にせず剃り落とすが、今剃刀を握っているのは傑だ。事も無げに剃刀を動かしながらも伏し目がちなその瞳は真剣で、悦の皮膚を裂くくらいなら自分の指を削ぎ落とし兼ねない雰囲気に、ずぐりと悦の腰が疼く。


「…だから言ったろ、押さえとくって」
「っる、せぇ…!」

 ちらりと視線を上げた傑にぴたり、と剃刀の背で緩く勃ち上がったモノを叩かれて、悦は悪態を吐きながら深く息を吸い込んだ。傑が無駄なく剃刀を動かしたお陰で、下生えはもう殆ど剃り落とされていたが、根本の際と会陰にはまだボディーソープが残っている。
 ここからは洒落にならない。篭もりそうになる熱をゆっくりと吐き出しながら両膝を抱えなおすと、それを待っていたかのようにタオルで綺麗に拭われた剃刀が触れた。

「っふー…ふ…っ」
「痛かったら言えよ」
「んゃ…っ…」

 モノを包むように握った傑に頷く間も無く、芯を持ち始めたそれを倒されて、悦はぎゅっと足の指を丸めた。暖かい傑の手と冷たい剃刀に愛撫され、ひくひくと下腹が震えそうになるのを腹筋に力を入れて耐える。
 凹凸の多い箇所を剃っている所為で、剃刀の動きは先程までより倍は遅かった。くい、と半ばを掴まれたモノを倒され、影になっていた場所を冷たい刃がさりさりと引っ掻く。剃り残しを確かめるようにつぅ、と刃が通った跡を撫でられて、今度は反対側を。


「んぅ…ん、んー…っ」

 掬うように持ち上げられた袋の裏にもひやりとした刃が触れて、雄としての本能的な恐怖と柔らかく触れる指先に、ぴりぴりと背中に淡い電気が走る。足に爪を立てるだけでは耐えられず、悦はぎゅっと目を瞑って喉を反らせた。動かないよう全身に力を入れている所為で、吐く息すら微かに震えている。

「っ…ぅ…ふ……ッは…!」

 いい加減足と腹がつりそうだ、と悦が奥歯を噛み締めた頃、慎重に滑っていた剃刀はようやく離れた。先が白くなるほど内腿を握っていた指に乾いた傑の手が触れ、されるがままに手を解きながら、悦はゆっくりと詰めていた息を吐く。

「はい、よく出来ました」
「…つるかと思った」

 幼児相手のような言葉に抑揚なく答えて、悦は傑の手を借りてその場に起き上がった。
 あぐらをかいて自分の下肢を見下ろしてみれば、そこは子供のようにつるつるで、なのに間違いなく大人の成りをしたモノが反り返って先端を濡らしているという、実にアンバランスな有様になっている。

「どうよ、出来は?」
「いいんじゃね」

 パっと見では剃り残しも無さそうだ。他より色の白い皮膚を撫でながら答えれば、肩を抱く傑が慣れてるなと小さく笑った。

「ったり前だろ、何回目だと思ってんだよ」
「俺は初めてだぜ?」
「ならお前が照れてろ」

 そのまま抱き込もうとしてくる腕をすげなく振り払い、悦は立ち上がってシャワーのコックを捻った。ざっとお湯を浴びて残ったボディーソープを洗い流し、剃刀の刃を拭っていた傑を追い立てるようにして脱衣所に出る。

「おい変態」
「なんだよ淫乱」
「お前、脱ぐのと脱がすのどっちがいい」
「脱がす」
「わかった」

 バスタオルでざっと水滴を拭い、一緒に傑の上半身も適当に拭い、濡れたバスタオルを食い気味に即答した傑の顔にむぎゅっと押し付けて、悦は洗面台の上に鎮座している可憐なTバックを鷲掴んだ。

「着けさせてくれねーの?」
「そのオプションは先月で終わった」
「マジかよ。パンツはかせるのって期間限定なのか」
「ったり前だろ。あぁ、でも…そうだな」

 傑に背を向けながら脆いシルクを傷つけないよう慎重に、かつ大胆にTバックに両足を通し、レースの紐部分をぴったりと谷間に喰い込ませ、本来想定されていない前の部分もきっちりと包み込んだ悦は、そこで思わせぶりに言葉を区切った。
 ん?と小首を傾げる傑に見せつけるようにして、濡れた悦の掌が細い腰をゆっくりと撫で下ろす。ゴム部分を爪に引っ掛けるようにして、弛みも緩みもなくきゅっと引き締まった双丘の谷間に中指を滑らせ、淫蕩で蠱惑的な笑みを浮かべながら、TバックのTバックたる所以でもある紐を、くい、と横に。


「こういうのなら、やらせてやるけど?」
「……わお」


 おどけた声を上げた傑の目が凶暴にギラつくのを見て、かつて“街”の権力者達を淫魔の如く魅了していた瑠璃の瞳の男娼は、嬉しそうに舌なめずりをした。










 呼吸を貪るようなキスをしながら寝室のドアを蹴り開けた傑の舌に、悦はその腰に足を回しながら容赦なく噛み付いた。
 ブツ、という音と共に、どちらのものともつかない唾液の中に鉄臭い塩気が混じる。僅かに目を細めた傑を至近距離で笑ってやった瞬間、羽織っているだけだったバスローブの胸ぐらをがしりと掴まれ、見た目に反して軽くない悦の体は物のようにベッドへ放り投げられた。

「っぃ、…てぇな!」
「寝てろ」

 傑の寝室は決して狭くない。ドアからベッドまで、軽く5メートルはある距離を遠投された悦はやり過ぎだと眉を顰めながら跳ね起きるが、低い声と共にぽんと胸元に置かれた手が、無駄なく鍛えぬかれた悦の腹筋と背筋を容易くねじ伏せてシーツに背中をつけさせる。
 どんな抵抗も無意味だと、本能に刻むような圧倒的な力でベッドに押し付けた悦の足の間に、人外の美貌を持つ化け物はギシリとベッドを軋ませて両膝をついた。片手を悦の胸に置いたまま、空いたもう片方の手が自らのベルトに伸ばされて、ガチり、乱暴な音を立ててバックルを外す。

 ずるりとベルトを引き抜いた、その、藍色ときたら。


「…傑、すぐるっ」

 ぞぞぞっ、と背筋を這い上がるものに耐え切れず、悦は喘ぐように叫んで両手を伸ばした。ベルトを放り投げた腕に爪を立てて引き寄せ、夢中で掻き抱いた背中が、くくっ、と低く笑う。

「あーあー…もう濡れてんじゃねぇか」
「はぁ、あっ…!」

 胸板を滑り、腹筋の筋をくすぐって、長い指がじっとりと濡れた繊細なレースを撫でる。円を描くようにくるくると滑らせた指先に卑猥な糸を引かせながら、傑はカリ、と咎めるように悦の右耳を噛んだ。

「興奮し過ぎだろ、淫乱」
「っひ…み、耳、やめ…ッ」
「あァ?先に噛んだのはお前だろうが」
「ぅあ、あ、ぁ…!」

 低い声と共にきしりと耳朶に歯を食い込まされて、くらくらと目の前が揺れる。
 既に滲んだ視線の先で自分の腰が無意識に浮き上がり、細かなレース模様を辿る傑の手に押し付けるように揺れているのを見て、悦はあぁ、と嘆息した。傑の言う通りだ。

 興奮してる。

「す、ぐる…傑…っ」
「落ち着けって、触ってやるから」
「ちが、っぁ…も、そっち、いいから、はやく」

 腰が砕けそうに色っぽく笑った傑の手が、内側から押し上げられてゴム部分に隙間の空いたショーツに潜り込もうとするのを、指先まで情けなく震えた手で辛うじて押し留める。今なら直に4、5回扱かれただけでイく自信があったが、そっちじゃない。今欲しい刺激はそれじゃない。

「な、あとで、ぐちゃぐちゃにしていいから。中、ナカに、欲しい」
「まだ脱がす気ねぇけど」
「いい、そのままでいいから、ずらして、はやく、傑」
「んー…」
「っ…あぁ、クソッ…!」

 首筋にキスを落としながらの煮え切らない返事に痺れを切らし、思いっきり傑の耳元で舌打ちしながら、悦はきゅうきゅうとしおらしく傑の背を抱き寄せていた腕を解いた。
 密着していた傑の胸板を秘中への掌底というド外道なやり方で浮かせると、纏わりつくだけだったバスローブから素早く腕を抜き、くるりとうつ伏せになる。
 胸のど真ん中にある文句無しの急所に容赦無い一撃を叩きこまれ、流石に小さく咳き込んで上体を起こした傑を横目にしつつ。両膝をぴったりと揃え、ナイフを握る力加減と同じように体に染み付いた角度で腰を上げ、咳き込む為に横を向いていた傑の視線が戻ってくるそのタイミングで、黒レースのTバックショーツを食い込ませた尻をゆらりと、揺らして見せれば。


「……もうちょい堪能させてくれてもいいンじゃねぇの?」

 呆れたように溜息を吐きながらも、一番艶めかしい角度に弧を描いた背中から腰のラインを撫でた傑を、肩越しに振り返った悦はハン、と鼻で笑った。

「札束でタワー作ってから言えよ」
「さすが、安くねぇな」

 低く笑った傑が腕を伸ばし、ベッド横の小さな棚からローションボトルを取ってパチンと蓋を跳ね上げる。
 谷間に沿うように垂らされたローションにぴったりと閉じていた膝を肩幅に開けば、透明な粘液はTバックの紐と悦の肌をじっとりと伝い落ち、開いた足の隙間からぽたり、と糸を引いてシーツに伝い落ちた。こういう格好をした時のテクの一つだ。

 こうしてやると大抵の野郎はごくりと大げさに喉を鳴らして、ゴムをつけ忘れたり慣らしを適当にしたりショーツを引き千切って悦の肌に傷を作り、事後承諾で幾らか割増したオプション料金を面白いくらいに上乗せしてくれた。
 今は積まれる札束が目的では無く、単に適当に慣らしてさっさと突っ込んで欲しいだけだが、これだけやってやればさすがに傑もこれ以上焦らしたりは、

「…お前さぁ」
「え、」

 出来なくなるかと思いきや困ったような声音で呟かれて、引き寄せた枕をせっせと胸元に抱き込んでいた悦はぐるんと背後を振り返る。傑はコッチだと思ったが、足を伝わせる方が好みだったか。


「なんだよ」
「あー……いや」
「ちょっ、傑」

 もしかしてやり過ぎたか。ローションで悦の尻をべったべたに濡らしたまま、とうとう目元を手で覆ってしまった傑に、悦は慌てて上半身を捻って手を伸ばした。昔の客の中にも、テクは玄人反応は処女を求める頭がお花畑のバカは一定数居た。まさか傑の頭の中がお花畑とは思わないが、シチュエーションの所為で今日はいつになく”商売”染みた真似が多いのも事実だ。じゃれあいの延長とはいえ金の話も出した。その所為だろうか。冗談じゃねぇまだ指も入れてないのに。

「どしたんだよ、なぁ」

 とにかく表情を確認しようとぐいぐい目元を隠す傑の腕を引っ張りながら、指の合間から覗いた藍色を伺うように首を傾げる。

「冷めた?」
「…ッ…」

 返事は荒々しい舌打ちと、破裂音だった。

「えっ」

 舌打ちは解るが破裂音ってなんだ、と音のした方を見れば、押せばぺこぺこと凹みはするがそれなりの強度は持っている筈のローションボトルが、傑の手の中で風船のように破裂していた。

 えっ、そんなキレる?と目を丸くしながら傑を振り仰ごうとした悦の肩を、ローションにまみれていない方の傑の手が力強く掴んでシーツに押し付ける。抱き込んでいた枕にまふっと顔を埋められた悦は反射的に起き上がろうとしたが、悦がその背に無駄のない背筋の陰影を浮かび上がらせるより早く、たっぷりとローションを纏った傑の指がずぐりと奥に埋められた。


「ひぁっ!?」
「…そりゃ札束も積むわ」

 指を曲げて柔軟性を確かめるように中を広げ、数度の出し入れの後、直ぐ様2本に増やされた指の合間から掌のローションを注ぎながら、こつりと悦の肩口に頭を乗せた傑が呟く。金の話が嫌だったわけじゃないのか、と悦はホっと力を抜いたが、直後に揃えた2本指でごりりと前立腺を突き上げられて、シーツを千切れるほど握りしめながら両足を引きつらせる羽目になった。

「あぁああッ!」
「なァ、悦」

 さっきの荒っぽい舌打ちとは別人のように甘い声で名前を呼びながら、傑は抜ける寸前まで指を引き、今度は緩やかに突き上げる代わりに、張り詰めたしこりをぐりぐりと指の腹で押し潰す。

「やぁあっ!あ、ぁっ、つ…つよ、ぃ、い…っ!」
「“昔”なら幾らでしてたんだよ、コレ」
「ひっぃ、あ、ぁあ、ぁッ」
「悦?」

 痛いくらいに前立腺を押し潰していた指を一度抜き、3本に増やした指でごく浅いところをぐるりと撫でて、傑は促すようにちゅっと音を立てて悦の耳朶にキスを落とした。

「ぁ、はぁっ…あぁぁ…ッ」

 頭を殴りつけられるような強い刺激の後の、くすぐるような淡く甘い快感。多方面から全身を芯まで溶かし尽くすその落差が、悦は腰から溶け崩れそうになるほど好きだ。普段からして弱いのに、今日はいつになく興奮していて、射精を二の次にするくらいにそれを待ち望んでいた。欲しかったものを最高の形で与えられ、虚ろな目で吐息のようなか細い嬌声を漏らす今の悦には、傑が呼んでいるのが自分の名前なのかどうかも解らなかった。






「えーつ」
「あぁっ…ぃ、れて、いれて…おく、おくまで」
「トぶの早くね?なぁ」
「おく、欲しい…っすぐる、ほしい…!」
「お前さ、どんだけ危ねぇコトしたか解ってる?」
「ふぁ、あっ…すぐるぅ…!」
「腹突き破るくらいじゃ済まねぇんだって。解ってるか?」
「おねがい、すぐる、おねがい…!」
「……あ゛ー」


 低く低く、呻るような声を上げて、傑はゆるゆると浅い所を出し入れしていた指を引き抜いた。
 手早くジーンズの前をくつろげ、抜いちゃやだ、と悪魔のようなことを言う悦の首筋に思いっきり噛み付いてやりたい衝動を優しいキスで誤魔化しながら、紐を引いて露わにした奥にひたりと先端を宛がう。

 ちゅうっと吸い付いた粘膜が、次の瞬間には奥に引き込もうと卑猥に絡みついて粘膜を舐めしゃぶる。更には上の口まで舌っ足らずにちょうだい、なんて言いやがった時にはよっぽど腹を突き破ってやろうかと思ったが、歯を食いしばって耐えた。悦の腹が破れずに済んだのは偏に純血種の化け物染みた集中力と自制心と、腹いせに噛み砕かれた奥歯のお陰だったが、ぎゅうっと目を閉じて中をいっぱいにされる快感に浸っている悦は、勿論そんなことには気づいていない。


「んぅうぅ…っふ、ぁ、おく、おくまで、あ、あぁッ」
「っ…はぁ…」

 頬に汗が伝うほどの集中力をもってなんとか根本まで収めきり、締め付けながらうねる凶悪な内壁に深く息を吐いて、傑はひくひくと跳ねている悦の、Tバックを纏った腰をゆっくり撫でた。

 女のようにくびれているわけでも、厚い脂肪が柔らかいわけでもない。吸い付くように滑らかな皮膚の下は、申し訳ばかりの脂肪を挟んですぐに筋肉だ。鍛えぬかれたそれは実用性を示して無駄なく柔軟で、悦のような動きをする者にとっては正に理想的と言っていいが、傑にとっては脆い。考え無しに突き上げれば、腸壁を突き破った上に衝撃で容易く骨が潰れてしまう。


 ……だからきっちり理性保っとけよ、化け物。


「あぁ、あッぁ、あーッ…!」

 胸の内でそう吐き捨てて、傑は淫らにくねる腰から華奢なレースを毟り取った。



 Fin.



αバージョン。
祝・初剃り。

short