ひとりじめ -9日目-



 本物が触れてくれるなら代役はもう必要ない。肩口に引っかかる首輪をリードごとシーツの端に払い除け、首筋を撫でて上がった傑の手に頬を擦り寄せながら、悦はその背に両手を回して引き寄せた。

「今日は、今日はなにしたらいい?」

 ぎゅっと上半身を押し付けるようにして傑の背を掻き抱き、ニットを着ている所為ではなくしっとりした首筋に掌を、額を押し当て、浮かせた背中からクッションを2つ抜いた腕を引いて上に覆い被さる姿勢にさせて、と忙しなく何を取り繕うこともなく全力で求めながら、上目遣いで早く遊ぼう、と誘う。

 余裕のない強引さで相応しい体勢を整える腕に逆らわず、片肘を悦の顔のすぐ横に突いて浮いたままの膝の間に自分の体を入れながら、傑はそうだな、と目を細めた。

「初日にやったこと、覚えてるか?」
「……キス?」
「そっちじゃなくて」
「耳?」
「惜しい」

 頼りない記憶を呼び起こす手助けなのか、あの時のように髪を搔き上げて晒された耳を食まれるのにふるりと震えながら、悦は懸命に謹慎初日の夜を思い出す。
 あの日は確か、アイマスクに視界を塞がれて、キスをして、耳を犯されて、それだけでイかされて、貞操帯を初めてつけられて、それから。

「……嘘、吐かない?」

 そうだ、謹慎にかこつけた調教はそういう体で始まった。
 あってる?と首を傾げてその表情を伺う悦の額に、あってる、と答える代わりにこつりと額を押し当ててから、傑は上体を起こす。服の分だけ隔たっているのさえ嫌な悦は回した腕に力を入れてついて行こうとしたが、柔らかく胸を押されてシーツとクッションの上に戻された。

「ちゃんと出来るようなったか復習と、同じじゃつまんねぇからもう1つ」

 これ以上離れたくない、と見覚えのないボトムの膝辺りをきゅっと掴んだ悦に柔く笑いながら、傑はインナーごとニットを脱いでベッドの外に放る。詰まった襟元の所為で乱れた髪をぐしゃりと雑に掻き上げる仕草が、久しぶりに下から見上げる均整の取れた裸の上半身が、熱を孕んでぬるりと濡れたような藍色が、もう十分に心拍数の上がった悦の心臓を更に締め上げた。

「今日は、恥ずかしいからって黙るのも無し」

 肩のライン、鎖骨、胸板、腹筋、と上から下へ舐めるように辿っていく悦の、ぐっしょり期待に濡れた視線に合わせるようにして下ろされた傑の両手が、唯一見覚えのあるベルトに掛かる。バックルが鳴る音を聞くのも随分久しぶりな気がした。
 ニットと一緒に現地調達して来たのだろうベージュのボトムは、ベルトを抜かれると腰骨の位置までずるりと下がる。傑は足が長いから、丈に合わせると大体ウエストが緩いのだ。必然的に、悦の視線は腰回りも足回りもダボついている中で、はっきりと輪郭を浮き立たせているある一点に集中することになる。

「何して欲しいとか、どうされるのが好きとか。そういうの全部、誤魔化さないで正直に言えたら、」
「……言えたら?」

 どうにか非常に魅力的な一点から視線を引き剥がして見上げた傑は、数十分前の8日目にしていたのと同じ目で悦を見ていた。


「ご褒美に1つ、なんでもしてやるよ」


 なんでも。

「なんでも、って……なんでも?」
「なんでも」
「ほんとに?ほんとになんでもいい?」
「出来たらな」
「……なんでも?」
「疑い過ぎだし、目がやべぇよ」

 そんなこと言われたらプレイの体裁とか今日までの積み上げとか全無視してセックスをねだるけどいいのか、そっちもとても健やかに眠れそうな面には見えないがこっちも大概だから反故にされた瞬間に全力でキレ散らかして拗ねてごねて襲うけど本当にいいんだな、と瞳孔の開きかかった目で問う悦の熱量に笑いながら、傑はきしりとマットレスを鳴らして頭の隣に肘をつき直す。
 さっきと同じ距離。服に隔てられることなく近づいた体温に、とにかく万事切り替えの早い悦はとろんと目を潤ませ、暗い色合いに反して案外柔らかい髪に指を差し入れるようにして傑の頭を抱き寄せた。

「……傑、」

 誘ってノせる為じゃなく、ただ素直に自分が欲しいものを欲しいとねだるのは、肉よりも骨よりも深くにあるものを晒すようで恥ずかしい。とっくに中身を知っている傑だからこそ恥ずかしいけど、他でもない傑がそういう悦の臆病を調教してしまいたいと言うのなら、遊びにかこつけて偶には素直な求めを聞きたいとねだるのなら、まあ、今は傑専用の奴隷なのだから、恥ずかしいけど応えてやろうかという気にもなった。

 ご褒美も欲しいし。

「……キスしたい」










 後悔は思ったよりも早く襲ってきた。

「っひぁ、あっ……すぐ、る、傑っ……ぁ、やっ」
「……や?」
「んんッ……す、すき、それすき、だからぁっ……あぅっ、ま、って、まってぇ……!」
「なんで。好きなんだろ?」

 舐められ噛まれてくたくたにふやかされた耳に、くつりと喉奥で嗜虐的に笑う声を唇から直送で吹き込みながら、あの手この手で信じられない感度に高められてしまった乳首を、傑の指先がぴんと弾く。
 反射的にがくんと跳ね上がった腰が示す通り、どちらも悦は好きだった。それぞれは悲鳴に近い嬌声を上げて逃げを打つほど激しくもなく、もうやだと泣き言を漏らすほど焦れったいわけでもない。同時にされると相乗効果で頭の中がぐずぐずに溶けそうなだけだ。

 だから、今の悦は拒絶するような言葉をひとつも言えない。

「こうやって弾いたり、引っ掻いたりすると、」
「ひぅっ、う、ぁっあぁっ」
「いっつもヤダヤダ言いながら押し付けてくるから、大好きなのかと思ってたんだけど。撫でられる方が好き?」

 鼓膜を舐め溶かされるような甘い低音に囁かれるのも、脳の芯から痺れて鳥肌が止まらなくなるくらいに好きだから、頭を振って逃げることも出来ない。平常時の悦の「やぁ」と「だめ」は殆どが「それ好き」と「気持ちいい」とニアリーイコールだから、ぷるぷると弄ぶように弾かれるのもかりかりと絶妙な加減で引っ掻かれるのも、そうして虐められた敏感な突起を慰めるように優しくすりすり撫でられるのも大好きだ。それはもう、それだけで自分の下腹をうっすら濁った雫で濡らしてしまうくらいに。

 悦に負けず劣らず飢えた目をしていたが、傑は出来ないことを言わないサドだ。悦が誤魔化しようもなく嘘の拒絶をしてしまえば、「残念」と嗤いながら悦が心から欲しがっているご馳走を目の前で扱いてどこかにぶっかけて、それを綺麗さっぱり洗い流してから哀願する悦を健全に抱き締めて健やかに眠る。そのくらいのことは平気でやる。
 勿論そんな悲惨な9日目を迎えたくない悦は、退路も逃げ道も脇道さえも無く、ただ傑に与えられるもの全てに心からの素直な言葉で答えるしかない。

「すき、っあぁぁ……!……ぜんぶ、すき、ぃ…っ……!」
「よかった。これで気ぃ使わせてただけだったら、流石に自信なくしてたわ」

 空々しい安堵を嘯きながら、ぴったり悦の濡れた耳介に当てられた唇は確かに愉しげに笑っていた。今日のご褒美は傑にとっても待望のご褒美の筈なのに、このサドはまるで容赦がない。悦が言えた義理では無いが、人の心とか無いんだろうか。無いのかもしれない。そもそも人間でも無かった。

「摘んで引っ掻くのは?」
「ひぃっあっ……き、すき……っ!」
「気持ちいい?」
「いいっ、ぁう、うっ……あぁっ、あっ」
「なにがいいって?」
「んぅうう……!」
「……何のために舌遊ばせてると思ってんだよ。ちゃんと言え」
「っ……きも、ちぃい……ッあぁ!」

 解りきった感覚を認めさせられて、復唱させられて、改めて目の前に突きつけられた途端、元から差し出すようにシーツから浮いていた背が更に仰け反る。気持ちいいのを気持ちいいと口に出したらますます気持ちよくなってしまうから、言いたくなかったのに。腰も足もガクガクに跳ねて震えてもそこじゃイけないようにされたから、いつまでも終わらないのに。こんなのあんまりだ。

「ぃき、たぃ……っも、いかせ、てぇっ」
「いいよ。どうやってイきたい?」

 すり、と頬を擦り合わせながら流し込まれる吐息混じりの声までもが、純血種どうこうとは別枠でなんらかの規制対象にするべき毒性で悦の思考を溶かしてくる。まだ前戯だとは信じたくないレベルで頭が働かない。
 でも聞かれたら答えないといけないから、とすっかり調教された思考回路でどうにか言葉を探した悦は、正常時の10分の1くらいに鈍った熟考の末に、”9日目”が始まって初めて首を横に振った。

「やだ、……おれの、じゃ、やだぁ……っ」
「……んん?」

 顔を上げた傑がシーツに肘を突いた片腕で悦の頭を抱き込み、ふるふると振っていた顔を固定して自分の方へ向かせる。どういう意味だと首を傾げて見せる仕草は穏やかだったが、視線は震えが来るほどに鋭かった。
 嘘を吐かず、押し黙らず、素直に求めるのが今日の調教の根幹だ。曲げれば全てが台無しになるから、これに関しては目溢しはしない。だからちゃんと言葉を選べよ、と語る藍色を見上げて、悦は恥ずかしさにおぼつかない手つきで傑の頬を撫でる。

 言った通りに願った手順でなんて、そんなの嫌だった。傑に触られるのが好きだから何をどうされても気持ちいいけど、そこに傑の意思が入らないなら、それは悦が本当に好きなものじゃない。


「俺のじゃなくて、傑の、……好きにしてほしい」


 そうされるのが一番好きだ。傑に気持ちよくして貰うのが、一番。
 一欠片の嘘も照れ隠しも混じっていない、純粋な本心を弄られていない方の耳まで真っ赤にしながら言えば、傑の顔からすっと表情が抜け落ちる。

「……あぁ、そういう、アレね」
「す、……傑……?」

 非の打ち所のない美貌の真顔は迫力がえげつない。ぐっと低く、抑揚を無くして独りごちるような声も威圧感が半端じゃない。とても今の心臓では耐えられそうになくてすりすりと頬を撫でると、目を閉じて悦の手に頬からこめかみまでを数回擦り寄せてから、傑は顔を伏せた。
 肌を撫でる吐息の熱さに、なんだか解らないがキレたわけじゃないならよかった、と安堵したのも束の間、薄く汗の溜まった鎖骨のくぼみを舐められた上にそこに歯を立てられて、悦はびくりと肩を震わせる。

 いつもの歯を軽く当てるだけの噛み方じゃない。血は滲まないまでも、しっかり痕が残る強さだ。

「んぅ……っ」
「痛い?」

 ちくりとした痛みはあるものの、それ以上にじんじんした歯型に舌を這わされるのが気持ちいい。髪を梳くように撫でられた頭を緩く横に動かすと、ふ、と吐息で濡れたそこを撫でてから、傑は更に顔を下ろす。
 あ、と開かれた紅唇とその合間から見えた白い歯に、同じようにあ、と唇を震わせた悦が見ている目の前で、ぷくりと熟れた乳首が食べられてしまった。

「ひ、ぃっ」

 力が抜けて柔らかくなった周りの肉ごとかぷりと噛んで、鎖骨と比べれば薄いマーキングをつけてから、まさかそこにも噛み痕を残されるのかと怯えと期待に震える頂きを舐め上げる。片方の手は体の側面を辿るようにして撫で下ろし、脇腹、鳩尾、下腹、太腿と、心地いい場所を思わず全身から力が抜けるような加減で触れていく。

「あ、はぁっ……ぁ……あぁ……っ」

 舐め溶かすように濡れた舌と唇で甘やかされながら、時折硬い歯を掠めるように当てられたり、ぴりっとするくらい吸われれば大げさなくらいに体が跳ねた。体温を分け与えるような掌はどこまでも優しく、意識の外で勝手に筋肉を引き攣らせる体を宥めるように、肌の上を絶妙な力加減で滑っていく。その時々交じる目が覚めるような刺激さえなければ、精々が指先を震わせる程度で死んだように大人しくしているのに、反射で動くよう誘発しながら落ち着けと宥められる。もうどうしたらいいのか解らない。


 何もかも委ねてしまいたいのに上手く委ねきれず、力を抜けばいいのか入れればいいのか、ズブの素人のように混乱しながらも、腐っても元玄人である悦はちゃんとこれが今日までの調教の所為だとも気づいていた。唇と掌で巧みにマッチポンプを展開している化け物が1日につき1性感帯ずつ嬲るのを徹底したお陰で、2性感帯以上を同時に責められることへの耐性がゴミのように下がっているのだ。
 調教師ではない傑は手が足りる限りに3点でも4点でも同時に責めてくるから、当然性奴隷ではない悦もそれを上手く受け止めて善がり狂っていた。どっちに集中すれば、なんてバカな事を悩むことも無かったし、性感帯を単位として数えるようなアホなことも無かった。

 それが、僅か一週間でこのザマだ。どれだけ伏線を張っているのかいっそ恐ろしくなってくる。俺達がヤっているのはあくまでもちょっと趣向を凝らしたセックスであって、先読みをさせないシナリオ重視型の超大作RPGやドラマでは無いんだと言ってやりたい。

「ひ、ぅ……っあ、……ぁ、ぁ……っ」

 言ってやりたいがこの期に及んで満足に舌が回るわけもなく、傑の背に弱々しく爪を立てて縋りながら、ほとんど啜り泣くような声で喘ぐことしか悦には出来なかった。好きにして欲しいと言った手前、拒否どころか行為の進捗にさえもう口を出せない。下げられた耐性によって受けきれなかった諸々が、雫になってぽろぽろ、とろとろと目尻と鈴口から溢れていく。

「っす、ぐる……!」
「ん、」

 ひくん、と震える度に下腹からシーツに伝う雫が指に触れたのか、弛緩したり緊張したりが忙しない悦の反応から混乱を察してくれたのか、幾つ目かの所有印を刻んだ傑がふと顔を上げた。そういやイきたいって言ってたな、と今更思い出したように内腿を撫でていた手が来た道を引き返し、ぐっしょり濡れた裏筋に中指を添わせるようにしてそこを包む。

 中途半端に絡んだ細い鎖の音が2度聞こえたから、きっと2往復の往路までは耐えたんだと思う。

「んぅっ……ぅんん゛っ……!」
「……あ?」

 復路まではとても耐えられず、ぎゅっと抱き寄せた悦の腕の中で、からかうでも呆れるでもなく怪訝そうに首を捻って傑はそちらを見た。互いの下腹を濡らしている白濁をわざわざ見て、ほんの一瞬で弾けてしまった事に困惑するように震えながら残滓を零しているモノまでしっかり視認して、目をぐっと瞑ってぷるぷるしている悦を見上げる。

「……今のでイったのか?」
「……っ」
「さっき1回出したよな?」
「ぅ……う……っ」
「潮吹かせてやろうと思ったのに、これじゃ握る暇もねぇよ」
「……う゛ーー……ッ」

 堪え性の無さを詰る体でからかってくる傑の肩を、悦は目を閉じたまま両手で叩いた。大して間も置かずの2回目なのに、三擦り半も耐えられなかった情けなさやら恥ずかしさやら気持ちよさやらで顔を赤くしたまま、元はと言えばお前の所為だと、力の入らない掌でぺしぺしと抗議する。諸悪の根源には勿論何一つ効かず、くすくすと笑われた。

「そんなに気持ちよかったか?俺に撫でられるの」
「……よかった、……ムカつく……」

 性奴隷の台詞ではないが、嘘は吐けないからと素直に頷いて素直に吐き捨てると、尚も楽しげに笑う傑の親指がそっと裏筋を扱く。突発的に僅かな刺激で達した所為か、とぷりと普段よりいくらか多い残滓を扱き出して、それを全て受け止めた掌で先端を覆った。

「今のは悪い言葉だな」
「いッ……っ、……あぅう゛っ!」

 やぁ、と高い声で鳴きそうになるのを奥歯を噛んで堪えて、ぐちゃぐちゃの掌で敏感な亀頭を撫でられるお仕置きに、ガクガクと全身跳ねさせながらも腰を捩るのだけはどうにか耐える。

「口の利き方も知らない、使えねぇ奴隷だったっけ、お前」
「ちがうっ……ああぁあッ……ちが、いますっ」
「だよな。悦はいい子だもんな」
「んんぅああ……!」

 ひとしきり過敏な粘膜を撫で回してから、濁った先走りを零す尿道口を中指の根本から先まで使ってずるう、と撫で上げて、傑は体を起こした。
 頭上に伸ばされ、戻ってきた手に握られたローションボトルを見て悦は思わず身を竦めたが、傑自身の掌に出された量は亀頭責めをするにしては少ない。片手に握るようにして暖められる見慣れた仕草に、必死にシーツに縫い留めていた腰が揺れる。

「傑、いれてっ……なか、さわって……は、ぁあぁ……!」

 上下の口で余裕なく求めた指が埋められ、その感触に悦は溜息のような声を漏らして感じ入った。傑の指。長くて、節がしっかりしていて、気持ちいいやり方を知っている、大好きな傑の一部。
 喘ぐ合間にもっと、とねだると、焦らさず傑は人差し指もくれた。ローションを行き渡らせるような動きが物足りなくてもっと、と腰に足を絡ませれば、薬指も増やして前立腺を掠めるように撫でてくれた。

 けれども素直な求めに応えてくれたのはそこまでで、3本の指は馴染ませるように柔らかな内壁を撫で、宥めるように時々しこりをくすぐるばかりで、眩むような絶頂は与えてくれない。ぐちゅ、ぬちゅ、と空気を含んだ水音で悦を煽り、その度に震える腹に、踵を掬い上げた脹脛や膝に、気を紛らわせるようにキスをして甘く噛みつきながら、スムーズに指を受け入れるそこを解し続ける。

 傑の手で丁寧に解されるのは好きだ。おざなりに広げて濡らしただけの時と比べて劇的に感度が上がるし、大切にされるのがむず痒くてやっぱり感度が上がるし、体の奥の方がじわっと暖かくなる感じがする。だから今日の悦には嫌とは言えないけど、もう我慢出来ないのも本当だった。

「すぐる、も、……もぉ、はいる、からぁ……っ」
「んー?」
「はいる、……っふぁ、あっ……も、はいる、ってぇ……!」
「そりゃ、入れれば入るけど」

 久しぶりに備えた下準備のつもりなのか、それとも哀願を引き出すために焦らされているのか解らず、はいる、と繰り返す悦に、傑は膝の内側に唇を当てたまま苦笑する。
 その間にもぐちりと指に押し上げられる粘膜は、ローションをたっぷり呑まされてもう泥濘んだような音を立てていた。いれてはいるなら挿れればいいだろ、こっちはご褒美を貰うために必死で理性を繋ぎ止めてるってのに、と精一杯に睨むと、ひくひく震える内腿に顔を寄せたままの傑がちらと悦を見上げる。

「……そもそも入る入らねぇの次元で、お前に触ってねぇんだよ」

 そんな事もわかっていなかったのかと、薄っぺらくない愛に慣れない恋人の鈍感さに呆れる恋人の顔でぼそりと言われて、一瞬心臓が止まったような気がした。
 どくり、と鼓動を再開した心臓よりももっと奥の方が暖かくなるのを感じながら、ずるい、と反射的に思う。
 このタイミングで急に素の、恋人の顔で拗ねて見せるのは本当にずるい。緑の目をした怨霊よりもずるい。そんなの反則だ。焦らされるのも好きだからある程度は受けきらないととか、8日目にした手順をなぞられているからせめて1回は手でイかないととか、悦は悦なりにプレイを盛り上げる為に考えていたのに、今ので全部吹き飛んだ。

 傑が欲しい。他はもう欲しくない。

「……すぐる、ほめ、て」
「は?……あぁ」
「んぁあッ、ちが、ちが、ぅうっ!」
「あぁ?」

 掠めるだけだった前立腺をぐっと押し上げられて”よしよし”されるのに首を振りながら、傑の腰を足で引き寄せる。恥ずかしさから珍しいねだり方をしたわけじゃない。この期に及んでそんなわけがあるか。

「きょ、うは、うそついて、ない。……っは……ちゃんと、ぜんぶ、言った」
「今んとこは、そうだな」
「傑も、言った。いいこ、だって」
「言った」
「だから、」

 だから、もう。


「……ご褒美、ちょうだい」


 両手を伸ばしてきらりと雫が伝う傑の首筋を、頭を撫でて、まだ二重に隔てられたままの下肢を足の甲で辿る。布越しに伝わる熱さと硬さに跳ねて力が入りそうになるのを堪えて、そっと、これが欲しいと素直にねだった。
 これ以外欲しくない。もう少しだって我慢出来ないし、したくない。潤んだ瞳で殊勝に見つめながら指の間にジッパーを挟んだ爪先を動かすと、一瞬眉を顰めた傑がは、と息を吐くようにして笑った。

「足技は仕込んでねぇんだけどな」

 ベルト通しに指を引っ掛けようとする悦の足を無造作に退かした傑の手が、内側からの圧力にじっと耐え続けていた、恐らくこのベッドの上で一番健気であったボタンを弾くように外す。ジッパーと下着を引き下ろし、顕になったモノは薄く先端が濡れていて、見ているだけでじゅわりと唾液が滲んだ。

「じ、ぶんで、考えた」
「嘘つけよ。……待て待て、まだ足抜いてねぇから。ぱんつ破けるだろ」
「破けそんなもん……」

 前をくつろげるだけでは足りない。可動域とかが接触面積とかがとても足りない。ボクサーパンツのゴムをぐいーっと伸ばしながら剥ぎ取るような勢いでボトムごとベッドの外に蹴り落とし、明らかな嘘を吐いてももう咎める様子の無い傑の頭を抱き寄せる。
 溢れたローションを塗りつける為にずる、と擦られるだけで小波のような鳥肌が全身に立った。入る入らない、痛い痛くないの低次元な思考は端から持ち合わせてもいない傑の手によって、丁寧に蕩かされたところに火傷しそうな熱がひたりと触れる。

「……ああ、そうだ」
「っふ……ぁ……?」

 待ち望んでいた質量と熱量に押し広げられる感覚にうっとりしていたのに、あとちょっとでカリが超えるという所でふと圧力が引かれた。なんで、といっそ無垢に見上げた藍色は熱された飴玉みたいな有様で、頬に雫を伝わせながら、それでもたのしそうに笑っている。

「俺のこれ、恋人以外には使わないって決めてるんだった」
「……は、」

 滑舌が甘く滲み、熱に掠れた声で言いながら、絡んだ悦の足なんて物ともせずに傑が少し腰を引く。何を言われているのか解らず頭を上げて、これ、の方を見た悦の視界の端に、華奢な銀色が滲んだ。

 初日に贈られた遊びの小道具で、傑に手ずから調教して貰える性奴隷の証。

 視界が潤むほどの熱が頭からいっぺんに、ざあっと音を立てて引いていく。一瞬前とは全く別の理由で視界が滲む。確かに今日は最終日じゃなくてそのひとつ前だけど、その9日目だってズルをして縺れ込んだものだけど、それでも、そんなのあんまりだ。
 いくら可愛がられていても性奴隷は恋人ではないからって、寸前でご褒美を取り上げるなんて酷すぎる。人でなしどころの騒ぎじゃない。酷いを超えて惨い。

「ゃ、……や、」
「だから、悦」

 そんなの耐えられないと唇を震わせる悦を遮って、互いの表情が余さずよく見える距離のまま、何をどうしても薄いなんて表現は出来ないものを全て溶かし込んだ藍色がとろりと細められる。


「俺の恋人になってくれる?」


 真剣に低いその言葉を聞いた瞬間、引いた以上の血が音を立てて戻ってきた。
 肉でも骨でもない所から溢れた熱があっという間に悦の頭から爪先までを満たして、グッピーが9回くらい死にそうな体温とテンションの乱高下に、滲むどころでは済まなかった涙が溢れる。

「なるっ……傑の恋人に、なるぅっ」
「ありがとな、嬉しい。俺も限界」

 まんまと情緒を掻き回されてぼろぼろ泣きながら何度も頷けば、膝裏に手を入れて腰の角度を調整した傑が心から愛おしそうに笑って、蕩けるようだった藍色がぎらりと光った。

「あ゛ッ……!」

 ドッ、と下腹に響く衝撃と共に、視界が白く飛ぶ。
 一息に突き込まれた、と気付いたのはがくんと跳ねた後頭部がクッションにぶつかってからで、気付いた時には隙間なくぴったり埋められたまま痙攣する隅々を揺するように捏ねられていた。久しぶりの愛しい質量を抱きしめる暇もない。鋭い快感が脊髄を通って脳に辿り着く前にそこかしこで爆発して、辛うじて色を取り戻した視界に火花が散る。

「あ゛、……ま゛、ぁっ……!」
「あー……あっつい。気持ちいい」
「すぐっ、すぐ、るっ……!」
「悦も気持ちいい?ナカ、すっげぇことになってるけど」

 気持ちいい、意味が解らないくらいに気持ちいい。ロクに舌も回らない状態なのに、この体位では抜けない筈の最奥が先端を押し当てられる度にちゅう、と吸い付くのも、たっぷりローションを仕込まれた前立腺が抜群の反りによって押し上げられ擦られるのも、どっちか溶けてそうだな、と笑う傑の声と熱を孕んだ吐息が首筋を、鼓膜を撫でていくのも、全部感じて全部気持ちよかった。体が蕩けて無くなりそうだ。

 止まってはくれないけど最大限加減はしてくれている、緩い律動に合わせて悦が辛うじて頭を縦に動かすと、細かく痙攣する太腿を押し広げていた傑の手がぐっと膝裏を掴む。

「はあぁぁ……っいあ゛ぁ!」

 追い縋る内壁を残らず擦り上げながら抜ける寸前まで引かれて、深く突き上げられる。いつもなら絡みついて引き込もうとする感触を愉しむ為に少し浅瀬で遊ぶのに、ばちゅ、ばち、と叩きつけられる腰使いにはその気配も無かった。
 遊んでいるような余裕が無いんだ、と気づいてしまえばそれさえ甘い絶頂の引き金になって、悦は必死に傑の背中にしがみつく。

「あッ、ああぁっ、ふ、かっ、ふかい、ぃい゛っ!ぃく、いっ、っぁああッ!」
「ああ、俺も……あんま、保たねぇわ」

 ごめんな、と甘えた仕草で頬を擦り寄せながら、傑の片腕が喉を晒しっぱなしの悦の頭をぎゅっと抱き寄せた。互いの胸までがぴたりと密着して、その感触と体温と鼓動にイってきつく締まっていた内側が細かく痙攣して、そしてそこをセックスにおける持久力の定義を勘違いしているきらいのある傑のモノに深く深く抉り抜かれる。
 確かにいつものような巧みな技は少なめで、跳ね上がる腰を上から押し潰されるようなやり方だったが、謝られるような事なんて1つも無かった。傑に余裕なく貪られている、という事実だけで、悦の頭に脳内麻薬が氾濫するのには十分過ぎたからだ。

「悦、……えつ」

 その上に耳元で愛おしげに、いっそ苦しそうにさえ聞こえる声に名前を呼ばれたら、もうひとたまりもない。

「ひぁッ……ああぁぁあっ!」
「っ……ん、」

 折り重なった余韻を全て巻き込んで脊髄から頭のてっぺんまでを閃光が貫き、強く抱き締められた頭の中と体の内側で同時に白く弾ける。悦自身の体温も大概な筈なのに、それでも尚熱く感じる飛沫が互いの境界をすっかり埋め尽くして、本当に溶け合ったような錯覚に爪先まで硬直した足がひくひくと跳ねた。

 首元に掛かる傑の呼吸も、今日ばかりは少し荒い。珍しいその音と感触を味わいながら、重く、甘く、指先まで余さず満たされた悦の呼吸が弾む程度に落ち着いた所で、ぴたりと密着していた体がシーツの上に優しく下ろされる。


 何度か頬を撫でられてようやく、焦点を合わせて見上げた傑は、なんだか子供みたいな顔をしていた。


「……ヤバいな、これ」

 そう言ってくしゃりと笑う人外の美貌の破壊力もヤバかったが、さっきの一連のセックスもかなりヤバかった事に異論は無かったので、悦もこくりと頷く。

「さいこー……」
「最高のしぇっくす?」
「うん……しぇっくしゅさいこー……」
「酷くなってる」

 崩壊した滑舌にくつくつと喉を鳴らして、傑は腰を引いた。ふぁあ、と腰が抜けたような声を漏らして震えながらも、どこに行くつもりだと獰猛に絡んで引き込もうとする悦を啄むようなキスで宥めつつ、一度や二度では硬度も角度も衰える気配も無いモノをゆっくり引き抜いていく。

「でも、いくらなんでもワンパターン過ぎたな」
「んぁ……うん、」

 そういうのも好きだから悦にとっての最高のセックスには違い無いし、ただのガン突きでも傑のそれには素晴らしい技巧の下地があるからもう2、3回このままでも構わなかったが、確かにワンパターンではあるのでまたこくりと頷いた。
 素直過ぎる悦の反応に傑がまた喉を震わせて笑って、この男はそんな声でさえも腰にダイレクトに響くいい声なものだからナカがひくりと波打った拍子に、慎重に半ばまで来ていたモノがずるりと一気に抜かれる。

「あぁあっ」
「浅いのいっぱいで押し潰されンのと、深いので一撃で吹き飛ぶの、どっちがいい?」
「……どっち、か?」
「いや、順番の話」
「きもちぃ、ほう」
「そうだな、別に分けることねぇか。トんだら叩き起こせばいいもんな」
「んっ……」

 頭いいなお前、と獰猛に細められた藍色に背筋を震わせながら、悦は促されるままうつ伏せになった。どろりと注がれたものが伝う足を立たせて腰を上げると、肩口に手を突いて覆いかぶさってきた傑がもう片方の手を胸元に回して、シーツに預けた上半身をぐいと持ち上げてくる。

「あ、?……なに、はやく……」
「肘ついて」
「これダルいん、だって……どうせ、潰れんだから」
「シーツで擦るより、もっとイイことしてやるから」

 足だって崩れるのに腕が保つわけがない、と嫌がる悦の耳元に唇を寄せて、”イイこと”を想像させるように鳩尾をかりかりと引っ掻きながら、傑は上と同じくきゅっと噤んだ下の口に先端を擦り付けた。

「っ……!」

 普段だって1回分も保たないのに、耐性を下げられた今の状態でそんな事をされたらすぐ潰れる。頭を預ける先が無いと首もしんどい。でも、絶対にとても気持ちいい。
 結局誘惑に負けて、悦はいかにも面倒くさそうな溜息を吐き、渋々といった体を装ってのっそり両肘を突いて、上半身を持ち上げた。べったり濡れた自分の腹を見ないように目を瞑って顔を手の間に俯かせ、ずるりとどちらのものとも知れない体液を会陰に擦り付けてくる傑のモノに、ぐっと突き出した腰を押し付ける。

「……これで、いいだろ。遊んでないで、はやく、……あっ」
「ありがと。恋人の悦もいい子だな」

 耳を庇う代わりに晒してしまった項を唇で食みながら、相変わらずの照準の良さで宛てがわれた先端がくぷ、とそこを押し開け、思わずシーツを握った。滑りも良くなっているから抵抗なんて少しもない。ぬるん、と一番太い所までを呑まされて肩を震わせ、奥へと誘い締め付けようとする縁を抉じ開けながら引かれれば快感と喪失感に足が震える。

「ふぁっ……あ、ぁあ……っ」

 めいいっぱい拡げられる充足とそれを取り上げられる切なさを交互に味わわされた悦が、体全体をぷるぷると震わせ、焦らされた内側がひくりひくりとうねり始めるまで待って、傑は執拗に入口を甚振っていた腰を進めた。ごり、と音がしそうな角度で前立腺を押し潰しながら、待ちに待って敏感になったひだのひとつひとつをじっくりと擦り上げるようにして、その手でもう”行き止まり”では無くした所まで埋める。

「はぁああぁぁ……!」
「……ふー……」

 さっきは味わう暇もなかった存在感が、今度はまざまざと悦の神経に突き刺さる。ようやく傑を抱き締められた粘膜が質量を確かめるように絡みついては歓喜に震えて、一呼吸ごとにじんわりした心地よさと安心感が体中を包んでいく。同じように満たされた傑の吐息に撫でられる首筋が焼けるようだ。

 もう奥の奥まで全力で媚びているのに、傑は暫くそのまま動かなかった。骨の形を確かめるようにうなじを舐め、甘噛みしながら、荒い呼吸に上下する悦の胸に手を這わせ、核心に近づく度にひくりと震える筋肉の動きと鼻にかかった甘い吐息を愉しむ。

「っ……ん、……んぅっ……」

 耐えきれずに薄く開いた視界に傑の指が見えてしまえば、もう目が離せなかった。それなりに真剣に自分の手で弄って、そして全く期待外れだった経験のお陰か、僅かな角度や力加減の変化でぞわぞわと背筋を粟立たせるその巧みさがよく解る。なに食ったらそんなエロい動きを思いつくんだ、と滑らかに踊る指に見惚れていると、呼吸に合わせてマッサージでもするように指圧していた人差し指がついと浮いて、ぴんと尖っていた乳首の、本当に先の先だけを掠めるように引っ掻いた。

「あんッ、……う……!」

 第三者として聞いたら確実に演技と断定するような声が出て、咄嗟に悦は片手で自分の口を覆った。男娼時代、ダルい時には「あん」と「いい」と「やん」の組み合わせと長短でゴリ押していたのに、嘘くさいその喘ぎが演技ゼロで自分の喉から出てくると物凄く恥ずかしい。
 今のは違くて、そういうんじゃない、と口を抑えたまま背後の傑に頭を振って見せるが、首から肩に掛けてをかぷかぷと噛んでいる化け物は無意味な悦の弁明を見ていないのか、見てはいるけど興味が無いのか、カシカシと同じ加減で先っぽを引っ掻き、更にずるりと腰を引いた。

「んぅううっ……ふっ…ぅ……ああぁっ」

 甘酸っぱい快感にもじもじしていた所にいきなり粘膜同士が擦れる生々しい感触が重ねられ、恥じらっている場合では無くなった悦はまた両手でシーツを握る。親指を支えにしている爪先は身を捩っても標的を逃さず、ゆっくり引き抜かれていったカリまでもが一度は通り過ぎた前立腺を、ここだろ、とでも言いたげに引っ掻いて来て、2点責めに混乱する悦の脳裏に僅かな苛立ちが産まれた。
 なんでそんなに全部上手いんだよ、というその苛立ちは、これから何が起こるか知っているからこその八つ当たりであり、同時に何箇所をどうこうなんて考えて居られない状態にされるからこその、負け惜しみだった。

「あっ、ぁ、あ、!」
「腰下げるなよ」

 とん、とん、と軽く突く動きで「今からここを集中狙いに嬲ります」と知らせながら、親切に口頭でも「嬲られた結果としてお前の足腰は生まれたての子鹿以下になります」と教えてくれる傑を、悦はシーツから顔を上げて横目に睨む。確かに目が合ったのに、人間如きに睨まれた所でなんの興味も無いのか、うるうるに潤んで目尻を赤く染めた状態でのガン付けは「いいから早く滅茶苦茶にして」と懇願しているのと同義だからか、怯みも躊躇もせずに抜ける寸前まで腰を引かれた。

「っひゃぅううッ!」

 ごちゅんっ、と突かれて弓なりに仰け反った背を、生々しくて容赦のない快感が焼いていく。同じ所を過たずにごちゅっ、ごちゅっ、と何度も擦り潰され、捩じ込まれる感覚以外の全てを吹き飛ばされた悦は全身をガクガクと震わせながら、押し出されるようにどろりと勢いの無い精液をシーツに零した。

「うぁっあ、あ゛ッ……ひっ、ぐ……ぅうん゛ッ!」
「気持ちいい?」
「ああっ、も、いって、いってるっ……ぅ、から゛ぁっ……や、やあっぁ、あっ!」
「嫌って何が。イくのが?」

 とっくに腕に力の入らない悦を胸に回した手で支えながら、傑は揺さぶられるのに合わせて不安定に揺れる悦の顔を覗き込むように首を傾げ、ガンガンに突き崩していた腰をぐるりと回す。ひっ、と喉を引き攣らせて跳ね上がった体はすぐに傑にぶつかって、手酷く嬲られた前立腺を今度はじっくり、その膨らみの上から下までを隈なく愛撫するように、優しいフリしてちっとも優しくは無い容赦のなさで捏ねられて、悦は舌まで零して喘ぎながらゆるゆると首を横に振った。

「と、ぶっ……それ、きもちよすぎ、てっ……あう゛ぅ……とぶ、ぅ……ッ!」
「トんだら起こしてやるから、好きなだけイけよ。ずーっと降りれないで頭ン中ぱちぱちするの、好きだろ?」
「ま、っあ゛ぁあああッっ……まだ、ぁ、にかい、め……なの、に、ぃっいいぃぅううっ!」
「あー……それは確かに」

 バチバチと弾け続けている脳を介さず、絞り出されるような嬌声の間奏に垂れ流した悦の言葉に、傑はなんらかの一理を見出したらしい。お手軽な絶頂スイッチにされてしまったしこりをにぢゅぐちゅと掻き回される、頭がバグりそうな鋭い快感がふと途切れて、悦は中途半端に擡げたまま硬直していた頭をがっくりと腕の間に落とした。
 滲む視界に映り込んだ自分の下肢とその下のシーツが思ったより酷い有様で、少しぎょっとする。感覚も無いまま何度か吐精していたらしく、絡んだままの貞操帯までもが白濁に塗れていた。シーツもそこだけ濡れそぼり、内側の給水パッドの淡いグレーが透けて見えるくらいだ。

 僅かに理性の欠片が戻った頭で、2ラウンド目でどんだけ出す気だこいつ、ミイラ志望か?と他人事のように呆れながら、悦は瞬きで視界を覆っている涙を払う。いくらか距離を稼いだ視野の奥で、足の外側にあった傑の膝が悦の脹脛を跨いでいるのが見えた。

 初撃と比べれば距離の分だけ緩い、それでも十分に重たい衝撃がずん、と下腹から全身に響き渡る。

「あ゛っ……あーーっっ……!」
「は、……ぎっちぎち。奥までブチ当てられンのも好きだよな、お前」

 前立腺を嬲られる間焦らされて、痙攣しながらぎちぎちに締まっていた狭路を力強く抉じ開けられて征服された瞬間、また欠片ばかりの理性を飛ばされた悦はシーツに額を擦り付けるようにしてがくがく頷いた。
 耳元で零された笑ったような、吐息のような、控えめな喘ぎのような傑の声が脳を焼いて、それで徹底的にバグった頭に「答えなきゃ」と衝動的な使命感が湧いて出る。

「すき、ぃっ……そこ、そのまま、とんとんって、して……っ」
「これが好き?」
「あぁっ、あ、すき、しゅき、っ……も、っとぉ…!」
「ぐりぐりするのは?好きだろ」
「あ゛ぁあああっ……!」

 とんとん、と抜けない角度で突いていた曲がり角をぐちゅりと揉み捏ねながら、傑は重い快感に仰け反ろうとする悦の背を自分の体で押さえ、真っ赤になった耳に唇を当てた。

 これとか。こうするのとか。あとこんなのも。

 健全な指示語を低く甘く艶めいた声音で軒並み淫猥に塗り替えて、傑の言う”これ”が何を指しているのかも追いきれずただ喚くように喘ぐ悦の頭を真っ白に塗り潰して、その手練手管の一端―――恐ろしいことに誇張なくほんの一端―――を味わわせて見せてから、今日はとびきり素直になれるように思考を引きずり込む。

「なぁ、どれが一番好き?それでトばせてやるよ」

 言っているのは与える事に慣れた傲慢でありながらも、傑の声は驚くほど真摯に響く。舐め溶かされるような甘さにまんまと堕とされた悦の脳裏には、いちばん、すき、という二語が焼き付いた。


 いちばん、すきなもの。


「すぐる、……傑が、ぁ……すき……っ」
「……俺?」

 悦にとっては迷う余地も無いのに、誰にも満たせなかった深部を満たす恋人がきょとりとした声で聞き返して来るものだから、常に無い察しの悪さに歯痒いものを感じながら悦は重い頭を巡らせた。シーツに預けていない分だけやっぱり怠い首を動かして、声音の通りの表情をしていた傑を振り返って、こくりと頷いて見せる。

 愛とか情とか、形がないからどうにか成立しているものが形を持ってしまって、しかも種族単位の博愛となるべき全てをただ1人に注ぎ込んでしまった藍色が、ひどくゆっくりと瞬いて美しく笑うのが見えた。

「ははっ、俺が一番?」
「ぅん、う……んんっ……!」

 寧ろそれ以下になる事のほうが少ない、一番として創られた男が嬉しそうに、はしゃいだ顔と声で聞き返してくるのが可愛くて、それを一欠片だって曇らせないように頷こうとしていた頭がぐん、と天井に引っ張られる。
 ケチのつけようもない色男の子供みたいに無邪気な笑顔、という莫大な破壊力を3次元が処理しきれずに重力がバグったのかと思ったが、世界の理が崩れたわけではなく、チートみたいな存在である傑の手によって勢いよく上半身を引き起こされただけだった。肯定が最後まで言葉にも行動にもならなかったのは、胸を支えていない方の手に頬を包みこまれて噛み付くようなキスをされたからだ。

 衝動的に奪うようにしておきながら、その唇も、舌も、身勝手に荒らし回るようなことはしない。性急に舐めて絡めて吸い上げる間も、ちゃんと悦の気持ちいい所を辿ってくすぐって、芯まで痺れるような心地を味わわせてくれる。
 傑はいつだってこうだ。真摯に奉仕するような丁寧さで隅々まで満たして、そうしてとろとろに蕩かされてしまった悦を余さず美味そうに喰い尽くす。

「俺も好き。悦が好き。愛してる」

 舌を解かれた途端にくたりと崩れた悦をシーツに寝かせて、その背にぴたりと肌を重ねながら傑は答える。いつだってさらりと贈られるそれが今日はしっとりと熱くて、それに焦がされる胸のままに、きゅうっとナカも締め付けて腰を揺らした。

「しって、る」

 性能が振り切れている純血種が人間と同じように体温を上げ、汗を滲ませている意味が解らないほど、悦だって鈍感じゃない。愛されてるのはとっくに知っているし心とかいうものは十分に満たされたから、はやく体の方も満たして欲しいと生意気に唇の端を釣り上げると、またはは、と声を出して笑った傑が腰を進めた。
 比較的貞淑なそこを解すように先端を押し当てられれば、欲望を注がれることに慣れきった不敵な男娼の顔はあっという間に剥がれ落ちる。

「あっ、あっ……は、いる……はい、っちゃぅ……ッ」
「だめ?」
「んんッぅ……う、ぁあぁ……!」
「ここでイきたい」

 狡いねだり方をする間も傑は動きを止めず、迎えることを覚えた結腸の入口をぐちゅ、ぬちゅ、と突き解していく。今抜かれたらいよいよ頭のどこかが本格的にイカレるんじゃないか、という危惧はあったが、恋人にそんな風にねだられて断れる筈もない。

「……きて、」

 クッションの端をぎゅっと握りながら頷くのと同時に強く掴まれた腰に、ぶわりと骨盤が波打つような快感が広がった。

「ひぁ゛っ……あ……っっ!」

 抉じ開けられる感覚に全身が粟立ったのも束の間、今までで一番性急にぐぽ、とカリまでがそこを超えて、一番深いところからずっしりと重い絶頂が脳髄に叩きつけられる。開発のお陰で目の前が暗転することは無かったが、無意識に背後の傑を持ち上げるように背を撓めた悦は、一瞬呼吸の仕方を忘れた。

「悦、息しろ」
「―――は、ふっ……はぁ……ッ!」
「っ……あー……きっつ……」

 悦がどうにか呼吸を継いだのを確認して肩で頬の汗を拭った傑が、みっちり収まった亀頭が抜けない範囲で腰を揺らす。そういうスイッチであるかのようにシーツに潮を吹きながら、悦は余韻になる気配も無く持続する絶頂が更に上塗りされて色濃くなっていく恐ろしさに、クッションに押し付けた頭を微かに横に動かす。

「おく…っ…おも、いぃ……ッあ゛ぁ――!」
「ああ、そこまで俺がお邪魔してるからな」

 頭から沈んでいくような快感を指した悦の譫言に、そりゃあ重いだろうよと平坦な声で頷いた傑のモノが、ゴボ、だかグボ、だかのちょっと怖いくらいの音を立てて結腸から引き抜かれる。
 挿れられる時より抜かれる時の方がスゴい、というのは道具相手に勉強済みだったので覚悟はしていたが、血が通っていて、焼けるように熱くて、びったり包んで絞れば気持ちよさそうに震える傑自身が道具と比べ物になる筈もなく、またしても悦の覚悟は容易く踏み越えられていった。

「あ゛っ、~~~っっ!!」

 引き摺り出されるような勢いで抜かれてバチンッ、と弾けた衝撃に跳ねた足が落ちない内に、またぐぽんとそこを貫かれる。完全に癖ついてしまった潮が今度は下腹まで飛び散ったが、傑は濡れたその感触を気にした風もなく、びくびくと痙攣する下腹を内側から小刻みな抽挿で掻き回しながら、掌で肌の上からまるく撫で回した。
 頭の方ではこれ以上この深度の快感に晒されたら壊れる、と恐怖すらしているのに、上手く受け入れるそこを慈しむように撫でられると体の方はきゅうんと内側を締め上げて、とびっきりの快感を味わえるところをもっと虐めて欲しいと、過敏な粘膜を自分で擦り付けて傑に媚びる。

 たった2.5回目にしてすっかり熟れてしまった自身のポテンシャルを恨めばいいのか、流石は淫乱な俺と誇ればいいのかも解らず、勿論それ以外も解らないどころか考えることすら出来ず、悦はただ押し潰されそうな凄まじい快感と溺れるような多幸感に翻弄され続けた。

「あ゛あ゛ぁああッ、しゅぐ、るっ、すぐるぅッ!」
「ん、……きもちいな、悦」

 硬直と痙攣を繰り返しながら、溺れる者の必死さでシーツに突かれた傑の腕にしがみつく。溶け崩れた声で囁かれた言葉にぐしゃぐしゃの顔で頷くと、部位もわからず縋っていた手を一度解かれて、すぐに傑の掌に取られた。
 指を絡めてきゅ、と握られた瞬間、五感の殆どが吹き飛ぶ。

「っっ――っ―――!!」

 声も出せないどころか、肺の存在すらも消し飛んだ。何も見えないし聞こえない。
 四肢を無くしてぽんと虚空に放り出されたようだった。藻掻く足も知覚出来ないのに、不思議と何の不安も感じない。ふわふわと重力を無くして浮き上がる感覚と、ずぶずぶと底のない水底に落ちていく感覚の両方があって、そのどちらもが酷く心地良い。生きるか死ぬかの瀬戸際のように無限に一瞬が引き伸ばされているとわかるのに、唯一残った触覚に馴染んだ掌の感触が確かにあるから、少しも怖くはなかった。

 どこまでトんだって、傑がちゃんと降ろしてくれる。

 その信頼に応えるように握られた指にぐっと力が込められ、許容量を超えた悦楽にとっくに溶け落ちたと思われていた腹の底の底に熱い奔流を叩きつけられるのを切っ掛けに、手放していた全ての感覚が叩きつけられるような勢いで悦の中に戻って来た。

「―――……あ゛ぁああっっ……!」
「……はぁ」

 神経に直接電気でも流されているような重すぎる快感は深い上に長く、五感を消し飛ばした時から大して緩まりもせず襲い来るものに背を丸めて藻掻く悦の手を、深く息を吐いた傑がやわやわと握る。

 出せる限りの脳内麻薬にびしゃびしゃに浸ってトリップした悦ほどでは無くても、息を詰めてあんな勢いでぶち撒けたということは、今度こそ傑の頭にも爆竹を投げ込んでやれたかな、と考えてしまうだけで容易く大波がぶり返して来るので、悦の呼吸と体の各所が落ち着くまでは優に5分は掛かった。





「……ダメだ、これ」

 互いに最大限の努力でもってどうにか傑のモノを全て抜き、隣に寝転んだ傑の腕に抱かれて、純血種ならではの荒業でごっそり血を抜かれて強制的に萎えさせられた可哀想なモノを片手ですりすり撫でて慰めながら、悦は厳かに宣言する。

「酷ぇな、そいつだって頑張ってただろ」
「こいつはがんばった。そうじゃなくて、俺のほう」
「確かに俺より兵器みたいな可愛さだったけど、別にダメってことねぇよ」
「……お前もだいぶ頭キてんな」

 俺はまだ頭ふわふわなんだからせめてお前はしっかりしろ、とまだ微かに震える指で内腿をきゅっと抓ると、しっかりした滑舌で頓珍漢なことを言いつつ悦の顔中にキスの豪雨を降らせていた傑はやっと顔を上げた。
 相も変わらず綺麗な顔はやわく微笑んでいるが、至近距離で悦だけを映す藍色はまだ溶岩のように滾っている。

「気持ちよかっただろ?」
「よかった。よすぎた。傑がイくとき、ガチで”空”までぶっトんだ」
「あぁ、ナカの痙攣ヤバかった。完全に持ってかれた」
「あんなの何回もヤったら頭こわれる」
「どろっどろの声でこわれるぅ、って悦に泣かれンの好きだから、俺は全然……いて、」

 そういう事を言っているんじゃない、と後ろ髪を掴んで強めに引くと、頭がバグっているわけじゃなく意図的に茶化していた傑はくすくす笑いながら、執り成すようにぽんぽんと悦の背を撫でた。
 ようやくまともに取り合う姿勢を見せた傑をふん、と軽く鼻を鳴らした悦は赤らんだ目元で睨んでやったが、そうしている間にも片手はとっくに元通りの硬さと熱さを取り戻した傑のモノを掌でふにふに撫で続けている。

 傑がふざけている原因の8割は、真剣に話を聞かせる気なんて到底無さそうなその手の動きにこそあったのだが、天然物でバチバチにキマった頭は芯の方がふわふわしているので、悦はそれに気づいていない。剥ぎ取ったシーツで拭われた悦とは対象的に、様々に濡れたままの亀頭を掌ですっぽり包んでくちゅくちゅしているのも、単にそこが一番構造的に掴みやすいからだった。謂わば本能だ。

「はいはい。じゃあ何回周期ならいい?」
「回?……日じゃねぇの、こういうの」
「一週間に1回とか?」
「はぁ?ナメてんのか」
「急にキレんなよ、可愛いな。……週一が嫌なら、俺の可愛くてエロい最高の恋人のご希望は?」
「ひと晩でいっかい」

 きっぱり言い切った悦にはこれが一番だという確信があったが、それを聞いた傑の方は訝しげに秀麗な眉を片方持ち上げる。

「悦がいいなら、俺もいいけど。平気か?」
「ひとばんで1回なら、もどってこれる」
「頼もしいな」

 虚勢の気配も無くこっくり頷く悦にふ、と笑って、傑は抱きかかえた悦と一緒にシーツに起き上がった。胡座をかいた自分の膝の上に座らせ、その間にも無心に緩やかな亀頭責めを続ける姿に喉を震わせながら、悦の腰を抱き支えて膝立ちにさせる。

「あっ……さ、っき、さっきのでいっかい、だから、なっ」
「ああ」
「っんん……あ、したに、ならないとだめっ、いれ、させないから」
「わかった。奥までブチ抜く以外なら何してもいいんだろ?」
「それは、いいっ」
「いいんだ。最高だな」

 散々可愛がっていたモノに手を添えながらじわじわと腰を降ろしていく悦の、経験を無駄なく己のものとする順応性の高さと限界を攻める男らしさと欲望に忠実な淫乱さにまとめて称賛と感謝を送り、傑は頼もしくも愛しく震える肩に手を置いて、根本まで一息に押し込んだ。



Next.




9日目は言葉遣い。後に祭り。
調教師と奴隷ではなく恋人にジョブチェンジ(前職)出来たし、
ちゃんと一番大好きなものを言えたので、文句なしの仕上がり。

祭りの後は後夜祭です。

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