テンションもボルテージも上がりきった淫乱と絶倫が一昼夜で落ち着く筈もなく、正真正銘謹慎最終日の昼下がりになっても、悦は思い描いていた理想の通りにまだ傑と一緒にベッドの上にいた。
中心ではなく左端の方に寝ているのは、野郎2人のはしゃぎっぷりについにスプリングが耐えかねたわけではなく、2回目のシーツ替えをしようとした傑を悦が足払いでベッドに転がしたからだ。中央部よりは比較的濡れている部分が少ない、それでも気持ちしっとりはしている、けれどもシャワーと立ちバックと軽い食事と駅弁の時以外はずっと2人で上にいたから冷たくはないシーツにぺったり頬をつけてうつ伏せになって、悦は微かな物音を立てるサイドボードを横目で見上げる。
30分ほど前からひっきりなしにバイブレーションを鳴らしている端末を、悦の背にぴたりとくっついた傑は徹底的に無視していた。すっかり混じり合った心地いい体温と程よい重みの下に悦を敷いて、首筋や耳や頬にキスをしたり、うなじにくっきりついた噛み痕を癒やすようにちろちろ舐めたり、時々控えめな喘ぎが交じる悦の呼吸を気紛れに奪ったりしている。
普段の傑がつけない類の色濃い情事の痕は、シャワーの時に鏡で自分の体を見た悦が、ヤっている内容に反して体が綺麗過ぎると抗議した結果残されたものだ。
「……」
「っ……あ、……」
持ち主に一顧だにされない哀れな機械に逸れていた意識を咎めるように、肩の辺りを甘噛みされて、謝る代わりに腰を押し付けた。今は失神の延長線上の仮眠からの起き抜けまったりいちゃいちゃモードだが、まったりだろうがゆったりだろうが傑のモノは当たり前にがっちり勃っているので、勿論30分以上前からばっちり挿入っている。
「ん……っ……んぁ……」
投げ出した手に掌を重ねた傑が少し体重を掛ける角度を変え、ナカと一緒に前もシーツと自分の下腹の間に押し捏ねられた悦は、ふにゃふにゃにふやけた声を漏らして傑の指を握った。
いいだけ貪った後だから、ただ肌を重ねて繋がっているだけでもじんわり気持ちよかったが、そろそろどぎつい快感が欲しくなって来た。徹底して悦以外を無いものとする傑の姿に、じわじわと胸の奥が擽られた所為だ。
傑、と呼ぶ為に、そろそろ休憩は止めにしてこっち側もびしゃぐしゃに濡らそう、と誘う為に、頬を預けていたシーツから顔を上げる。
だが、甘く溶けた悦の誘いは、突如としてサイドボードから鳴り響いた大音量のブザー音に掻き消された。
何事かとそちらに顔を向ければ、シカトされ続けていた傑の端末が、隣りに置かれたペットボトルの水面までびりびり震わせながら、ついでに自身もガタガタ揺れながら吼えている。標準の着信音ではなく人間の本能に訴える警告音を、これが最期の仕事だと言わんばかりの断末魔のような音量で。
「えっ……うるさい……」
「……」
さっきまで慎ましやかに振動していちゃいちゃ空間を盛り上げるだけだったのに、どんなタイミングでどんな壊れ方をしてくれやがったんだあのバカ機械、と眉を顰めた上で、素早く掌と胸板を耳に押し付けて悦の鼓膜を守った傑が瞳だけを動かして端末を見た。
断末魔を上げたのなら速やかにどこかの回路を焼き切って沈黙するのが筋であるのに、無粋な機械はしぶとくビービーと吼え続けている。あ、これ端末が壊れたわけじゃなくてシカトされ続けた鬼利がキレて弄ったんだな、と悦が察したのと同時に、同じ結論に至ったらしい傑が動いた。
「……はぁあああ」
「ぁあぁ……っ」
クソデカい溜息を吐いて体を起こし、引き寄せた枕を悦の頭に押し付けて自分の代わりにしながら、ぴったり密着していた腰もずるりと引く。つい追い縋るように上がってしまった悦の腰をぽんぽん撫でて宥めつつ、ベッドの縁に座って端末を掴んだ。
「うるせぇ」
「っ……」
やっと止んだ騒音に枕の下から顔を出した瞬間、地を這うような低音が聞こえて、悦はきゅっと口とナカを締めながら枕の下に引っ込んだ。今その声は腰にクる。
「なんだよ。………飛ばない?なんで」
痺れるような甘い声も勿論好きだが、抑揚に欠けたおっかないド低音も悦は大好きだ。次はその声で脅されながらの激しめセックスをリクエストしよう、と密かに決意しながら、怠そうに片手を後手についた傑の背が見やすいように寝返りを打つ。
散々爪を立てて思いっきり噛みついたりもしたのに、引っ掻き傷1つ残っていない背中を眺めながら聞いていると、やっぱり通信相手は鬼利で、明後日の夜に事後処理の為にまたマッハ3で例の国まで飛ぶ予定だった傑が、何某かの理由で空からは国境を越えられなくなったという知らせのようだった。
「だからあのデブの頭押さえとけっつったろ…………湖のハゲは?……あぁ、じゃあ西か。眼鏡ならどうにかなるだろ、今どれだけ宇宙に近づいてる?………あー……ちょっと待て、思い出すから。………うるせぇな、脳動いてねぇんだよ今」
そこに血を回すように傑が天井を見上げるのにちょっと笑いながら、手近な防音素材にされた枕をぎゅっと抱きつつ頭の下に敷く。権力を持っている人間というのは大抵がハゲかデブか眼鏡なのに、どのハゲだよとか、そのデブってハゲてもいる?とかの確認もなく、よくもスムーズに会話が成り立つものだ。
「……」
恐らく別個体のハゲが3人登場する所までは、仕事にうつつを抜かされてちょっと拗ねつつも健気に相応しいムードを保って待っている恋人、のムーブを悦は続けていたが、デブと眼鏡の複合体が更に2人追加された所で流石に飽きた。通話の内容はさっぱりだが、傑が持てる知識と技術とフィジカルを総動員して、回り道の為の半日早い出発を意地でも回避しようとしているのは解る。
やると決めたらやる化け物だ。主にフィジカルに物を言わせて必ず傑はそれを回避するだろうし、端末を紙くずみたいに丸めなかったのはケリをつけてこれ以上の邪魔をさせない為だし、一度抜いたのは挿れっぱなしだと頭に充分血が巡らないからだ。そう解っているので、既に確定した未来に現実が辿り着くまで、悦はハラハラもドキドキもイライラもせずただ暇なだけだった。
話すテンポが上がって一言が単語レベルに短くなってきた傑を横目に、暇つぶしのネタを求めて乱れきったシーツとサイドボードを見回す。手近な所に中身が減ったローションボトルがあったので、ひとまずそれを手に取った。
「…………」
放っとかれた仕返しにローションガーゼでも作ってやろうかと考えて、なんやかんやで必ず自分の方がそれで責められる羽目になると気づき、賢明な悦はすぐにボトルを手放す。枕元にはやっぱり外す所を見ていられなかった貞操帯が転がっていたが、今更になって知恵の輪よろしく構造を解明する気も起きない。
何かもっとスムーズにぐちゃどろセックスに移行出来そうなアイテム、と視線を巡らせた悦は、ついにお誂え向きの物を見つけて枕から顔を上げた。無情に払い落とされ、哀れにも振動によってマットレスからも落とされかけていた、滑らかに細い革帯の輪を手を伸ばして手繰り寄せる。
装飾用の細くて軽いリードに反して、実用に基づいた首輪はしっかりした作りだ。案外ゴツいバックルを外して内径を目算しつつ、悦は最大効率の最小文字数で計画を詰めている傑を、肩を掴んで強引に振り向かせた。
「足」
傑が投げつけるように話す地名と固有名詞との間に部位名を割り込ませて、首輪を見て怪訝そうにしながらも、素直に差し出された左足にぺちんと帯状になった分厚い革を乗せる。
まずは定番の足首に巻いてみて、予想通りに穴が足りず、二重にしてもどうにも合わなかったので、今度は太腿に巻き付ける。こちらは思いっきり締めればどうにかなりそうだったが、寝転がったままでは力が入らないので諦めた。結局、目算の通りに膝上が一番丁度よかったのでそこに巻いて食い込まない程度に締め、やたら長いリードを縮めてしっかり握って、悦はシーツの上から傑を見上げる。
このベッドから下りる為の足を片方、縛り付けてやった。
そう満足げに目を細めながらくいくいとリードを引っ張ってみると、じっと成り行きを見守っていた藍色が一度反らされて、最高速度で脳を動かす間を開けてから、再び悦を見る。
「”料理人”にあと2キロ進ませて、158°に1000以上のタグ一艘。帳尻は合わせる」
過程の説明も同意の形成も全てすっ飛ばして思考の結果だけを告げ、傑は端末をサイドボードに放り出した。悦には何を言っているのか別言語レベルで解らなかったが、これで明日の夕方まで横槍の心配が無くなったことと、純血種が優先的に脳へ血を回す必要が無くなったことは解った。
「……しまった、捕まった」
「ざまぁみろ」
大型船舶用の鎖だって易々と引き千切る化け物が片足を差し出したまま、蕩けるような眼差しで笑うので、悦はふふんと得意げに鼻を鳴らしてさっきよりも強くリードを引く。従順に右足もベッドに上げ直した傑が所有印だらけの首筋に頬ずりをしてきて、二重のくすぐったさにくすくすと笑いが漏れた。
「こら、やめろって」
「厳しいな。俺はあんなに甘やかしたのに」
「はぁ?」
確かに甘いか苦いか辛いかで言えば甘かったが、それでもされた事やさせられた事や作り変えられた感覚の事を振り返ると、正面切って「甘やかした」と評されるのはどうにも納得出来ない。眉を顰めてぐいっと傑の頬を押し退けると、素直に身を引いた藍色がぱちりと瞬いた。
「悦が嫌いなコトはしなかっただろ?」
嫌だ嫌いだと言ったコトを早くしてお願い、に塗り替えるのが趣味の野郎がほざきやがる。
「……」
人の身体と精神を好き勝手に自分好みに作り変えといてよく言えたな、と悦は半眼でじっとり睨み上げてやったが、突っぱねた掌に頬を擦り寄せる傑はきょとんとしている。これはどうして睨まれているのか解っていない、のではなく、解った上でそれの何が悪いのかと不思議がっているきょとん顔だ。
そうすれば傑の方は溢れんばかりの愛を様々な手段で、ありとあらゆる角度から注ぎ込むことが出来るし、それを受け入れられるよう作り変えられた悦の方だって、全方位から馬鹿みたいに気持ちよくなれる。それの何が問題なのかと言いたいんだろう。
実際、一切の問題は無かったので、悦はこれだから頭の良い変態はと溜息を吐いてリードを軽く引いた。
「お前はこれ、嫌なのかよ」
「……いや?」
「じゃあいいだろ」
一番の理想は、俺よりお前の方が似合うとかなんとか言って逆に首輪を掛けられて組み敷かれる方向だったが、これはこれで思いの外視覚的な満足感があったので、悦は雑に意味のない会話を終わらせて傑の頭を抱き寄せた。縮めていたリードを伸ばして足を開けば、いつだって好きな時に主導権を取り戻せるが故の寛容さを備えた化け物が、従順な犬になった振りをして間に体を入れてくる。
「あっ、……噛むな、って」
「”一週間ヤってないみたい”なのは嫌なんだろ?」
「も、あのあと、いっぱいっ……つけた、だろ。下手くそが縫った雑巾みたいになる」
「ちゃんと選んでつけてんのに」
心外だと言いたげに眉を顰めながらも、傑は立てようとした牙を引っ込めて喉仏につけられた赤い痕を柔く舐めた。自他共に認める淫乱で通っている悦はどこに情事の痕が残っていようと、誰にそれを見られようとも気にしないが、各所にくっきりとつけられた歯型がどれも一等敏感な場所をマーキングしているとなれば話は別だ。右より左が、上より下が、より敏感だったんだな、と視覚的に思い知らされるのはちょっと恥ずかしいし、そんな事は傑だけが知っていればいい。
「ぁ……は、……あぅ……っ」
鎖骨を唇でなぞり、歯型に囲まれた右側の乳首を啄み、脇腹の左上にくっきり付いた歯型を舐めて、膝立てた悦の両足を抱えながら傑は更に顔を下げていく。鬱血痕まみれの臍を舌先に擽られて下腹が震え、まさか、と悦は枕から頭を上げた。
視線に気づいた傑が上目遣いに目を合わせ、ちらりと覗いた赤い舌が扇情的に、見せつけるように、唇を舐める。
「……なんだ、”これ”取り立てる為に繋いだんじゃねぇのかよ」
僅かに引っ張られた足輪を一瞥して嗤い、どこぞの変態と違ってそんなリードの仕方なんて思いつきもしない悦が何を答える暇も無く、傑はぱくりと5日目から取り置かれていた唇でそこを咥えた。
「ふぁあ……っぇあ!?」
器用な掌やローションとは違う、暖かく濡れた粘膜に呑み込まれる感覚にうっとり浸っていたのも束の間、先端にざらついた上顎を擦り付けられながら強く吸われた上に裏筋を舌先に抉られて、悦は素っ頓狂な声を上げながら背中を浮かせる。
足や手や玩具とは比べ物にならない、どころじゃない。ツボを押さえすぎてていっそ怖い。
「まッ、傑、まって、きつ、いっ!」
「……んぅ?」
太腿をがっちり抱え込まれた腰を精一杯引きながら、持ち手の引っかかった手を伸ばしてこれまた精一杯に訴えると、意外にも傑はすんなり搾精マシーンみたいな責め手を緩めてくれた。上顎にある凹凸に絶妙な角度と圧で先端を擦り付けるのを止め、舌を添わせながらもう一段顔を下げる。
大した抵抗もなくずっぽり根本まで呑まれて、なのに声も漏らさず傑が涼しい顔をしているのは、悦と比べて骨格的に口内の奥行きがあるのと、喉を突かれたって苦しさも悦びも感じない化け物でサドだからだ。決して悦のモノがお手頃サイズなわけじゃない。
「あ、ぁっ……ん、ぅ……っひ、あ!……す、吸うの、やめ……っ」
「んーんー」
喉奥の粘膜に一番敏感な所を包まれながら、緩やかに舌と唇にサオを扱かれる合間にじゅっと全体を吸われると、引きずられるようにしてイきそうになる。こんなに早く出してしまうのは勿体なくていやいやと頭を振れば、傑は口を離さずに「はいはい」と応えて半ばまでモノを引き出した。
ごくり、と躊躇なく喉を鳴らして全てを飲み込んでから、それでも尚たっぷり濡れている舌が信じられない柔軟性と密着度でカリに絡みつき、びくりと肩を跳ねさせた悦に合わせて足輪に繋がったリードがシーツにのたうつ。
最適解を叩きつけられるのは堪え性の問題で却下、射精を促すように緩く吸うのも嫌がる、と来ればそのくらいしかもう手が無い。主導権を取り返しに来ない傑は今は徹底して奉仕モードで、効率重視の時短でさっさと終わらせてしまうつもりも、責め立てるようなつもりもなく、ただ悦を穏やかに満足させてくれようとしているのがその姿勢から解る。
それは解っているけれど、それを考慮した上でやはり、傑はこんな時まで上手すぎた。
「んぅうっ……そこ、舐めないっ、で……!」
「……」
「ぅあぁあッ、そ、それも、だめっ、だめぇっ」
「……ん、」
唇に扱かれながら舌でカリをくすぐられる、ありふれた技が傑の技巧を下地にしているばかりに2段も3段も進化して、ついに耐えきれなくなった悦がリードを離して傑の肩に縋ろうとするのを、伸ばされた傑の掌が制止する。
「え……?」
「……あのな、悦」
溢れた先走りを舐め取ってから口を離し、代わりにもう片方の手で根本を緩く扱きながら、傑が顔を上げた。嘘だろこいつ今まで手すら使ってなかった、と戦慄する悦の手首にリードを通しながら、困ったような、呆れたような目で悦を見上げる。
「吸うのも舐めるのもダメって、じゃあどうしろって言うんだよ」
「だ、だって」
「噛めってか?ここにも歯型残されてイきてぇの?」
「やっ、だ……いたいの、は……」
「なら言うこと違うだろ。今手綱握ってンのはお前なんだから」
「……んっ」
それを言うなら傑だって繋がれてる側の台詞じゃなかったが、半端に放り出された先端にふぅ、と息を吹きかけられて、産まれかけた反抗心は跡形もなく霧散した。味気ない空気が冷たくて、暖かさを知った体がふるりと寒さに震える。
「なめて、いい」
「吸うのは?」
「い、い」
「痛くしなかったら噛んでもいい?」
「うん、」
「俺が悦にしてやりたい気持ちいいコト、全部してもいい?」
「うん、いい……いい、から……はやくっ」
「……言ったな?」
誤魔化しようもなく”そっち”側の顔で、声音で、嗤った傑が鮮烈に赤い舌を出して、目を合わせたままたらたらと裏筋にまで溢れていた雫を舐め取る。奉仕というより味見をされているような絵面だった。
ぞくりと背筋を震わせるばかりの獲物はそのままがぶりと喰い付かれて、牙の代わりに絡みついた舌にくびれを抉られながら、濁り始めた先走りを啜られる。
「ん゛――……っ!」
「……」
「んぁっ……あっ、ひぅっ、…う゛ぅうっ!」
咄嗟に口元に押し当てた手の甲は、不満げにじろりと睨み上げた傑の足にリードを引かれて直ぐに剥ぎ取られた。つくづく言っていることもやっていることも繋がれた側のすることじゃない。手より足の方が強いのは筋肉量からしても明らかで、壱級より零級の方が絶対に強いのがこの世の真理だとしても、手綱を引かれたら渋々でも従う素振りを見せるのがお約束というものなのに、逆に引き返してくるなんて。精神性からしてまるでなっちゃいない。
なっちゃいなかったが、てめぇちょっと待て、いいか、縄かけられてる側の姿勢ってのはな、なんて説教してやるつもりも無かったので、悦は持ち手が肘のあたりに引っかかった腕を伸ばして傑の髪に指を絡ませた。他にいくらでも餌を選べる男が自分だけを無類の好物として飽かずに食い散らかしている、という事実だけで悦のささやかな征服欲は十二分に満たされているので、乱暴に引き上げたりはせずにくしゃくしゃと掻き乱す。
「あっ……ぅあ、すぐる、すぐるっ……んんッ」
そうすれば、こめかみを、生え際を、ねだるように指の腹で撫でられるのに目を細めた傑が、尖らせた舌先でくちくちと鈴口を抉ってくれた。溢れる先走りを掻き分けられ、カリ下を柔らかい唇に扱かれるうちに我慢出来なくなって、腰を揺らしながら後頭部を引き寄せれば、じゅる、と吸い上げながら根本まで咥えてくれる。
「んぅううっ……い、くっ、……も、いく、すぐるっ……すぐ、るっ」
「……んっ……」
震える両手でその頭を掻き抱いて、久しぶりに何かのナカで射精する為に突き上げた腰は、ようやく漏れ聞こえた声と共に悦の想定の倍以上の高さに浮いた。
「っひぁ!?」
いつの間にか腰に添えられていた手に押されて突き出したモノが、殆ど引き込まれるようにして喉奥の狭い所にぐぽんと嵌め込まれる。予想していなかった感触に目を見開いた悦の下生えに鼻先を埋めたまま、傑はそこを締め上げ、ごくりと喉仏を上下させた。
「っい゛、ぁ、ぁあああっ!」
ほとんど絞り取られるような勢いで射精した悦の手の中で、引き寄せられるがままに顔を埋めたままの傑がまたこく、こくり、と浅く喉を鳴らして喉奥に出されたものを嚥下する。残さず飲み干してくれるのが嬉しくて、背徳感と優越感が混じった快感がぞわぞわと後を引いて、悦は背中の半ばから浮かされたままの体をぶるりと震わせた。
「っは……はぁ……ぁー……っ」
「……ふふ」
深くまで挿れさせてくれたお礼にうなじを柔く引っ掻くと、芯を抜かれた悦のモノを舌の上に乗せたまま、傑が小さく含み笑う。穏やかで、邪気のない、聞いているこっちが恥ずかしくなるくらいに愛おしさに緩んだ声だ。
そんな声を出しながら、傑はくったりと力の抜けた悦の太腿を抱え直し、スムーズに両足を自分の肩に担ぎ上げてナチュラルに退路を断つと、萎えかけた先端をぬりゅんと大きく舐め上げる。
「へぁ、あッ?」
間の抜けた声を上げながら腰を捩ろうとした時には既に何もかもが遅く、抱え込まれた両足は勿論、上から肩を当てられてシーツに押し付けられた下半身全体が、もう悦の意思ではどうにも出来ない状態だった。
「い、まっ、いまだめ、だめぇっ……ああぁッ、まっ……まって、すぐる、やだぁあっ!」
強烈なくすぐったさと綯い交ぜになった耐え難い快感を生む粘膜だけを、信じられない精密さでぐじゅぐじゅに舐め回されて強制的に芯を持たされてから、上顎の凹凸にぞりぞりと擦り付けられて指先が引き攣る。悲鳴を上げて膝下をばたつかせ、どうにかして頭を押し退けようと両手に力を込めた瞬間に、じゅう、と吸い上げられて全身から抵抗する力まで吸い取られる。
キツい、と気持ちいい、が等配分されたぞわぞわに自由になる上半身をのたうたせ、どうすることも出来ずにじゅぷじゅぷと情け容赦無い水音を聞いているうちに、2度目は喉じゃなく口の中で絞り取られた。
「ぁあ゛―――……っ!」
「……んく」
「はっ、はっ……や゛ぁあああ……っ!」
「えつ、いはい」
今度はインターバルすら与えられず、出したものを飲み下してすぐに舌と唇とよく分からないが暴力的に気持ちいいものに襲われて仰け反る悦に、傑は顔も上げずに引っ張られた髪について淡々と抗議してくる。
頭皮ごと引っ剥がされてようやく1ミリ眉を顰めるような化け物が、4、5本髪を引き抜かれる程度の痛みを痛みと認識している筈がない。こっちの抗議は1ミリたりとも聞き入れない癖に、もののついでみたいな声音で何が「痛い」だ。
絶対に痛いと思って無いし、よしんば痛いとしたって辛さの度合いは絶対にこちらが上だと解っていたが、ここで「嘘つけ」と頭皮を引っ剥がしにかかったらどうなるか解らないほど馬鹿ではない悦は、リードが揺れる手を傑の頭から離す。
「ごめっ、ごめんな、ひゃっぁああッ!も、しない、しないからぁっ!」
「……」
「ひきゅッ……!そ……れ゛、やめ……っや゛め、でぇ……っ!!」
謝っても、傑の髪の代わりに千切れるほどシーツを握った手が無意識にリードを引いても、息も絶え絶えに哀願しても、傑は口を離してくれない。暖かくて柔らかくてべっしょり濡れているその中で、一体自分のモノがどんな目に合わされているのか、時折じゅるる、と啜られているのが何なのか、もう悦には解らなかった。
腰から下がもうずっとじんじん痺れていて、頭の中も痺れていて、それなのに息が上手く吸えないくらいの快感だけは薄まりもしないから、表皮を舌と粘膜にこそがれて神経を剥き出しにされてしまったんじゃないかと怖くさえなってくる。乳首をそうされたように、もう傑に舐めて酷く可愛がられないとそこでもイけないようにされるんじゃないかと。
怖くなって、力を振り絞って頭を起こして、霞む視界で傑を見た。苦鳴どころか喉奥で締める時でも声も出さず、全てを余裕をもって飲み下す所為で顎すらも汚さず、唯一僅かな残滓が残っている濡れた唇を見た。
……笑ってる。
「っひ、ぎ……ぃい゛い゛……っッ」
3度目か4度目か解らないものはそれが引き金になって、色も粘度もろくに無い、水みたいな精液を悦は唇の端を上げたままの傑の口に啜り上げられた。一際強く、背骨に電気でも流されたように硬直した体からガクンと力が抜け、瑠璃色の瞳がころりと力なく上向いた所で、残さず吸って飲み込んだ傑がようやく顔を上げる。
その表面を汚しているものまで余さず舌で舐め取った唇は、やっぱり酷くたのしそうに笑っていた。
「……悪ぃ、悦。ちょっとやり過ぎた」
今のを煽りなく「ちょっと」だと思っているのなら、こいつの物差しは完璧に壊れている。軽率にエロ触手と化すその舌にナイフで正しい目盛りを刻みつけてやりたい。縛られてもいないのに抵抗できず、暖かくて柔らかい唇と舌だけで嬲られるのがどれだけこわくてキツくて気持ちいいのか教えてやりたい。無理だけど。
「下手クソに腰振ってンのが可愛くて、つい。ごめんな?」
怒った?と思い出したような飼い犬ロールでちゅ、と目尻の涙を舐め取り、何の効力も無かったリードを揺らして見せる傑を、悦はぜえぜえと忙しない呼吸に肩を跳ねさせながらどうにか見上げた。さぞ舐め腐ってくれているのだろうと思いきや、額が触れる距離で大人しく悦の視線が向くのを待っていた獣は、甘えるように鼻先を擦り合わせて啄むようなキスを降らせてくる。
機嫌取りによく傑がする仕草だ。疲れるだのキスがし辛くなるだの、嘘にもなっていない戯言を理由に滅多にフェラをしてくれないのは市場価値を吊り上げる為だと思っていたが、「つい」「可愛くて」「やり過ぎてしまう」のも理由の1つだったのかもしれない。可愛いから虐めたくなる、というのはサドの非常にポピュラーな習性の1つだし、それでしかイけない体に癖付けてしまってはプレイの幅が狭まるからと、テクではなく頻度の方をコントロールするのは、いかにも傑らしいと思えた。
そういう事なら仕方ないしどうしようも無いし、とやっと弾む程度に呼吸が落ち着いていた唇でちゅ、と傑のそれを啄み返し、悦は手首に引っかかっていたリードをその胸に押し付ける。
「……これ、……返す」
「もう飽きたのか?楽しそうだったのに」
「だって……あっても、言う事聞かねぇし……」
「ちゃんと躾けねぇからだろ。ダメな飼い主だな」
根本的に向いていない自分を棚上げして咎めるようにこつりと額を押し付け、傑は受け取ったリードを手首に通した。慣れた手際で左足に嵌まっていた輪を外し、きゅ、とその腰を両膝で挟み込んだ悦に扇情的に目を細めて見せてから、その分厚い革が本来想定されいてる箇所でごついバックルを留める。
「……まあ、仕方ねぇか」
お前は”こっち”が似合い過ぎるから。奇しくも当初の望みを叶えてくれた傑にくん、とリードの繋がった首輪を引かれて、手酷く可愛がられる事にどうしようもなく感じてしまう習性の悦は、従順に舌を差し出した。
「ふっぅう……んぅー……んっ」
そろりと敏感な上顎をなぞっていく舌先にも、くちゅくちゅと密やかな音を立てて絡み合う唾液にも、あれだけ啜られた苦みもえぐみも少しも残っていなかった。さらさらとしたいつもの、ほんのり甘いような傑の味しかもうしない。
餌を与えられた雛鳥のように飲み下し、とろりと喉を伝い落ちるその感触にさえふるりと震える胸の頂きの片方には、傑の指がひたりと乗せられている。歯型にマーキングされていない、左側だ。右よりほんの少し劣るとはいえ充分敏感にぷくりと膨れたそこを、ローションをたっぷり絡めた指の腹がゆるゆると撫でる。輪郭だけを粘液の中で延々と辿られ続ける浅い刺激は芯を疼かせ、より一層神経を過敏に尖らせていくのに、熟れて崩れてしまいそうなそこは潰すように捏ねられることも抉るように引っ掻かれることもなく、ただ甘ったるく嬲られ続ける。
舌を絡め取られて言えない懇願の代わりに仰け反って擦り付けようとすれば、その寸前にもう片方の手が尿道口をくちくちと抉って、鋭い、なのにどうしようもなく足りない快感に、びくりと全身を竦ませる以外に出来なくされる。舌を甘噛みされ、浮いた背を優しくシーツに押し戻され、先端の粘膜ばかりに刺激を集中されるのは、ちっとも激しくないのに確かに仕置きになっていた。唯一自由を許されている舌を精一杯に絡めてごめんなさい、もうしません、と反省の意を示せば、ちゅっと舌先を吸われるお許しの後、小さな穴を責めていた指は元通りそこをとん、とん、と軽く叩く虐め方に戻る。
「んっ、んぅうっ……んむぅうっ……!」
尿道を通ってその奥まで響く振動と同じリズムで、ずぐん、ずぐん、と疼く前立腺は体内からも傑のモノに緩く突かれていて、もう少しだけでいいから深く挿れてくれれば、張ったエラに端っこだけでも引っ掛けてくれれば、イけるのに、と期待を持たされて丸まった爪先がずっと伸ばせない。少しでも腰を下げればもっと浅い所を延々といたぶられ続けるので、悦は汗に滑る手で何度も大きく広げた自分の膝裏を掴み直し、いくら相互作用が積み重なっても絶頂には至れないように調整された1つ1つを、適度に酸欠にされた頭で味わい続ける。
どこがどう気持ちいい、とかは、もう解らない。
体中全部が気持ちいいから、もうずっとこのままでもいい。それでもいい、と自分に言い聞かせる度に堪らなく喉が乾いて、いくら傑の舌を吸って喉を鳴らしてもその乾きはちっとも癒えてくれなくて、乾いている筈なのに涙が止まらなかった。
「んぅ……ぅ……んぁ、うぅっ」
こめかみを伝った涙がぽたりと耳に落ち、その感触に肩を竦めた拍子にずるりと濡れた手が滑って、懸命にシーツから浮かせていた腰が少し落ちる。もう片方は離していなかったから、ほんの少しだ。
真綿に締められるような快感の中で焦がれていた、あと少し。
他と同じように撫でる程度だったものが数ミリ深くなっただけで、ちっとも決定的な刺激では無かったのに、ぐずぐずに溶かされた頭蓋の中に脳内麻薬がぶち撒けられるのがはっきりと解った。ずっと手前で焦らされていた所為で濃縮されたそれに突き動かされた心臓がどくりと脈打ち、引き摺られた体が足りない刺激を無視して一気に上り詰めようと強張る。
悦が自主的に反抗したわけじゃない。いつ力尽きてもおかしくなかった手がついに滑ってしまった、事故だ。
けれどもその事故さえ許してくれないのが、曰く”いい飼い主”である傑だった。
「っふぁ……!?」
脊髄を駆け上がった快感が弾ける際の際、癒着したんじゃないかと錯覚するほど絡んでいた舌が不意に解かれ、同時に各所にあった体温の全ても取り上げられて、悦は陶然と細めていた目を見開く。
天国のような甘い多幸感に浸れる筈だった脳は代わりに地獄のようなもどかしさに焼かれて、耐えきれず身悶えた
両手が足を離してしまっても、全て引き抜かれてしまったから浅瀬でさえも虐めてもらえない。
また、イかせてもらえない。
「ぁ、あ゛……っあ゛ぁあ゛ああ……ッ!」
「持ってろって言っただろ」
「ごめん、なしゃい゛、っ……いき、たいです、いかせてくだしゃぃい……!」
「……あァ?」
蜂蜜色の髪を掻き回していた両手を伸ばして懇願するが、躾に厳しい傑は縋れる距離には戻って来てくれず、冷酷に醒めた藍色を細める。
「10分前にもうイきたくないです、つったのはどこのどいつだよ」
「ゆるして、も、すんどめ、やだぁっ……ゆるして、しゅぐる、すぐる、ゆるして、……ご、しゅじんさまぁ……っ!」
「はぁ……イきたいって暴れたりイきたくないって泣き喚いたり……ワガママも大概にしろよ」
「う゛ぅ……ひっぅ……ごめ、なさい、ゆるして、……ゆるひ、てぇ……!」
そもそも暴れて泣き喚くような快感と焦燥をぶち込んでくるのがおかしいのであって、調教でも躾でもないセックスにそんな強度のプレイを叩き込むのはどう考えても物差しぶっ壊れ案件だったが、もう何一つまともに考えることなんて出来ない悦はしゃくりあげながら慈悲を乞うしか無かった。
このターンでは2回目、今日になってから数えれば5回目の寸止めによって熱を持った肌を撫でる空気が酷く冷たくて、寂しい。気絶も出来ないくらいに連続でイかされるのと、泣くまで寸止めにされるのを2度繰り返された所為で、自由な自分の手を使うなんて発想はリビングの端まで放り捨てられていた。放ったのは悦だ。
「ったく……」
「ぁ、あっ……すぐる、すぐるぅっ……!」
心底呆れたような声と共にやっと、届く距離に上半身を倒してくれた傑を、悦はシーツから背を浮かせて必死に掻き抱いた。ゆるして、ごめんなさい、と濡れた頬を擦り寄せながらぴたりと体を密着させると、胸板にぬるりと乳首が擦れて、板チョコみたいな腹筋にくちりと裏筋が押し潰されて、膝で縋ろうとする太腿を割り開かれた奥にも欠片も萎えていない灼熱がぷちゅりと押し当てられて、不安定に震えていた吐息に甘いものが混じる。
「足、ちゃんと持っとけよ。イかせて欲しいんだろ?」
「ほしぃっ……いかせて、いっしょ、……すぐると、いっしょに、っ」
「一緒は無理だろ」
言いつけ通りに膝を抱え直そうとしながらのいじらしいおねだりを、冷淡に、屈服モードに入った悦には堪らない嗜虐的な表情と声音でせせら笑って、傑はぎちぎちに締まった狭路を奥の奥まで抉じ開けた。
「ひぐッうううぅっ!!」
「ほらな。挿れただけでイく」
「んぃ゛っ……ひっ、はひっ……あ、ぁっ、あ!」
「俺がイくまで次、我慢出来そうか?」
抱えるまでもなく深くまで受け入れられるよう浮いた腰下に丸めたクッションを押し込み、膝裏まで辿り着けずに太腿に爪を立てていた手を胸元に引き上げる傑に、悦は辛うじて首を横に振って見せる。しゅわしゅわとサイダーのような気泡が弾ける脳内麻薬に浸った頭はすっかりダメになって、言葉の意味も断片的にしか拾えていなかったが、こういう時にちょっと優しい声で囁かれるのは大抵が無理難題だ。
頷いたらそれはもう大変な目に合わされる。天国に片足突っ込んだような頭でも解るくらい、経験則として刻み込まれている。
「無理?じゃあ、またイきっぱなしだな」
「……はぅう゛うっッ!」
では頷かなければ大丈夫かと言えば別にそんなことは無かったので、自分の掌ごと傑の手にローション塗れの乳首を押し潰されながら深くをどちゅん、と突き上げられた悦の全ては、ようやく下山しようとしていた頂きに元通りに叩き上げられた。
「う゛ぁ……あ、ぁ゛―っ……!」
外から見ても解るほど下腹を波打たせ、痙攣しながらぎゅうぎゅうに締まる粘膜をまるっきり無視した勢いで傑はずるりと腰を引き、何か恨みでもあるような強かさで前立腺をごりごり引っ掻きながら、根本まで打ち付ける。9日目とは違って一辺倒ではない余裕を感じさせる、深いストローク。
生き地獄染みた自主お預けを解禁してからこちら、どんどんMPを、そして何故だかHPまでも回復させている傑に対して、どちらも赤ゲージに突入しつつある悦は一突きごとに余裕も箍も削り取られているから、端的に言って死にそうだった。
何かに縋りたくて藻掻かせた手の下で、散々焦らされた乳首がくにゅくにゅ潰れる。物足りないわけじゃないのに、傑の手はもう離れているのに、箍が飛んでしまったから止められない。ローションに濡れた爪が不意に引っかかる度に、しゅわしゅわぱちぱちと弾け続けている脳にぞくんと悪寒に似たものが走って、せっかく傑が意識が吹っ飛ばないように緩急をつけているのに、一瞬視界が暗くなりかける。
「いっしょ、だめっ、だめ、ぇッ……ああぁっ……おかし、く、なるぅっ」
「嫌なら俺の頭でも首でも肩でも、好きなとこ掴んでろよ」
「むりっ、むり、ぃっとど、かにゃ……い゛、あっ……あぁああっ!」
「……あーあ、せっかく癖つけてやったのに」
天井に向かってぴん、と伸びた悦の足を横目にして、傑はナカではなく乳首への刺激で勢いなく吐き出されたものを手の中でくちくちと弄ぶ。僅かな粘性を検めるような動作の最中も、裏筋に添えられた掌とカリ下に巻き付いた指はそのままだったので、悦はさして間を置かずに潮も吹かされた。
「ひぁあっ……あ゛っ、ぁあっ、あ!」
傑が謀らなかった方の癖の所為でナカが締まったのか、最奥を叩いた傑のモノが小刻みにそこを突く動きに変わり、押し出されるような嬌声を上げながら悦は手を伸ばす。ついさっき届かないと泣いた筈の指先はすぐに首筋に、肩に辿り着き、溢れるがままに濡れた頬をぺろりと随分可愛らしく舐められた。
傷の残らない身体に縋りながら、霞がかった意識で近い、と思う。ぺたりとくっついた濡れた肌だけじゃなく、濡れるどころの騒ぎでは無くなっている所も。近いというか浅い。
いよいよ各所が致命的にバグり始めたのか、他の感覚は変わっていないのに、1日1回と制定したところを不意に侵されそうな感覚がある。この期に及んで完全回復した傑が実は滅茶苦茶興奮していて、膨張率が限界突破したんだろうか。そうであったら流石に手に負えない。この期に及んでは戻って来られる気がしない。
「ふかっぁ、あっ、……んぅうッ、あさ、ぃっ、とど、くぅっ!」
「どっちだよ」
「にゃ、んでっ、なんでぇえッ……むり、むりむりっ、すぐる、しゅぐるっ、むりだってぇ!」
「俺だってにゃあにゃあ鳴かれンの無理だっての。可愛いかよ」
ぎゅうぎゅう背中に縋り付いて必死に訴えているのに、傑は止めるどころか一層強く腰を打ち付けてくる。がくんと視界がブレるほど激しく突き込まれた拍子に、ついに抉じ開けられたそこがぷちゅ、と傑のモノの先の先を僅かに食んだのが解った。
「ッあ゛ぁ―――っ!!」
「っ……は、ぁ」
パンッ、と白飛びした中で、それでも奥の奥に注がれた熱さがわかる。とても深くで境界がなくなる感覚になにもかもが引きずり込まれるようにおちていく。
おわった。絶対におわった。今日までしぶとく繋ぎ続けてきた自我の終わりだ。
最期にまともに認識出来たのが傑の最高に気持ちよさそうな声だったから、おわりとしては随分上等な部類だ。
「深くて浅い、って」
「……ぁ、」
もう二度と掴めない覚悟で手放した意識が存外あっさり、時間にして5分ほどの失神を経て浮上した時、熱くはあっても暴かれた感覚はついぞ無かったそこを、傑の掌が肌の上から撫でていた。
「ここのこと?」
顎を引くだけの力も出ない悦の状態を察してか、瞳を覗き込むようにして尋ねる傑に、瞬きで肯定を伝える。ぱちぱち瞬いておぼつかない焦点を合わせ、熱っぽく蕩けた藍色がちゃんと見えた所で、首筋と鎖骨をなぞるようにして視線を下げた。
互いの体に阻まれた視線はそこまで辿り着くことは無かったが、悦が何を訴えたいかは伝わったらしく、傑が甘ったるい顔で苦笑する。
「俺じゃねぇよ、悦の方」
「……ぅ、そ」
「ほんと。まだ隙間開けてくれるくらいだけどな、こっちからだと」
とんとん、と撫でる程度の力で指先を動かしながら、柔く笑った唇が悦の頬を啄む。ふたりの体勢は相変わらず、傑がなにで濡れたのかも気にせず悦の顔にキスをするのになんの回り道も必要無い。
「10日掛けたからな。やっとここまで降りた」
「……ふ、……っ」
「やっとだぜ?覚えは良いのに手間掛かるよな、お前は」
手間が掛かる方法を選んでいるのはそちらの癖に、傑は悦の鼻先に、顎に、着けたままの首輪にキスをして、落ち着きかけた呼吸が乱れないタイミングを計ってちゅ、と唇をあわせる。
「そういう所も最高に可愛い」
ばか、と言う代わりに、下唇に軽く歯を立ててやった。
―――そういうわけで、退屈しのぎの10日間はめでたく隈なく濃淡の違うピンクに染まりきり、バカみたいに甘ったるいセックスも、当事者だけがノーマルの範疇に収まると思っている激しめセックスも、ついでに一通りの体位も全力で愉しみ尽くし、大盛況の内に大成果を残しつつ大満足を達成して幕を下ろしたのだった。
3枚目のシーツもびっしょびしょに濡らしきり、ティッシュなどでは収集のつかない状態だった悦の全身は例のごとく綺麗さっぱり洗い流され、また幾つか増えた赤い痕だけを肌の上に残されて、心地よい気怠さに指先まで浸りながら、同じ温度のお湯の中で傑の胸に頭を預けて抱かれている。
「愛してるが嫌なら、好きは?」
饗宴の名残を惜しむように薄ピンクにとろみのついたお湯の中、疲れた筋肉を解すように悦の腰から太腿に掛けてを撫でながら、傑が湯気に溶けていきそうな声で囁いた。
「大好き、でもいいけど」
「……やだ」
肩口から寄せられる頬から、悦はぷいっと顔を背ける。内腿を滑った掌をぺっと払い落とし、擦り付けられる額にも無反応を決め込んでやると、わざとらしく甘く掠れた声をわざと作っていた傑は溜息を吐いて壁に頭を預けた。
「だいしゅき、って言わないとイけない悦、絶対死ぬほど可愛いのに」
「俺の呂律はそんなに死んでねぇ」
「割と死んでるだろ。俺の名前言ってみ?」
「しゅぐる」
「ほら見ろ。恋人に名前発音してもらえる確率が5分だぜ、可哀想だと思わねぇのかよ」
「今度ハメてる時に違う男の名前呼んでやる」
「それ、俺は本妻か愛人かどっちの体で聞いてればいい?」
「てめーは旦那だバカ」
お前がお遊びでも”女役”になんてなれると思うなよ、と尻で落ち着きを取り戻した下肢を押し揉んでやれば、腰を引くどころか押し付けてきながら傑がけらけらと笑う。そういう所だ、バカ。やっと諸々を掻き出した所なのに、じゃれ合いで済まなくなったらどうすんだ、このバカ。
「ああ、敢えて滑舌終わってるバージョンで縛っとくのもいいな。大好きじゃなくて、だいしゅきって言わないとイけないようにしとけば、不慮の事故も減るだろ」
「やだ」
「”しゅぐる”も条件につけとくか?」
「やーだー」
「絶対可愛いのに」
「アタマ沸いてんじゃねぇの」
ごつ、とそれなりの勢いで背後の鎖骨に頭を打ち付ける。いたい、と押し退けられたが悦はちゃんと間違っても折れない角度でぶつけていたし、後頭部を包んだ傑の手はしばらく離れずに労るようにそこをすりすりと撫でていた。言うまでもなく、沸いているのはお互い様だ。
「シーツ、ふわふわのやつがいい」
「白いやつ?」
「そう。今すぐ」
「別にいいけど、俺が離した瞬間にお前沈むからな」
「うわぁ」
自分の力ではどこも支えていない体がずるりと肩までお湯に滑り、悦はおざなりな声を上げながら伸ばした足の爪先だけをぱちゃぱちゃと藻掻かせる。浮力が増した所為で更に沈みそうになる体を、腰に巻き付いた傑の腕が抱き留めた。
浮かんで水面から出た膝も、脹脛に絡んだ足がお湯の中に連れ戻してくれる。悦が好きな毛足の長い柔らかなシーツとは違うけど、古傷の無い滑らかな肌もすべすべで気持ちいいし、暖かいし、もうここでもいいかもしれない。どこで目を閉じようとも開ける場所は一緒なんだから。
「後始末、どのくらいかかる?」
「2日半。陸路で戻るから、土産……果物でいいか?」
「ぶどうがいい。俺は、あの、あれ……あれ行くから」
「鼠取りな。眠い?」
「ねむい……箱買いしてくんなよ、うまい時に食べたい」
「わかった。一緒に待ってる」
「うん……」
寄せられた頬に頬ずりを仕返して、悦はこくりと頷いた。恋人に戻って、見せしめの謹慎が終わって、ILLの登録者なりの日常が戻る。本来傑に回される依頼は1日でどうにかなる事の方が少ないから、悦に回される依頼との兼ね合いで入れ違いになるのはいつもの事だ。
このままふわふわと眠って、起きた頃に傑を見送って、久しぶりに悦もこの部屋を出て、今度は傑がそれを待つ。今度は悦がここに帰る。いつものように。
人間でしかない悦の方は、依頼先でしくじった場合この部屋には帰れない可能性もあるが、そうなったらなったで、傑の方が迎えに来るだけだ。お誂え向きの化け物は出来ない約束を決してしないから、どこで眠ろうが目覚めるのがベッドの上であるように、同じことだった。
後手に濡れた髪を引き寄せて、触れた唇に囁く。
「……傑のとこに、かえってくる」
Fin.
とてもたのしい遊びでした。
