他にはなにも要らない。
本当に、他にはなにも、要らない。
濡れた唇を割って差し入れた指が、自ら首を傾けた幽利の口腔に更に深く、舌の付け根を超えて喉奥にまでずるりと飲み込まれる。
中指の先にこりこりとした軟骨の感触が触れるが、指なんかよりもっと質量のあるものを、更に奥深くまで迎え入れられる幽利はえずくこともなく、喉をきゅうと締めてぴたりと揃えた鬼利の中指と人差し指の先を柔く包み込んだ。
「ふ、ん、ンん…ッ」
ごくり、ごくり、と喉を鳴らして更に奥へ引き込むように指を愛撫しながら、幽利は伏し目がちにされていた瞼を開いて、上目遣いに鬼利を見上げる。どこか伺うようなその視線に、鬼利は安心させるように柔らかく目を細め――――それを見た幽利が嬉しそうにへにゃりと目尻を下げたのを確認して、呑まれるままにしていた指先をぐちゅりと蠢かせた。
「ンぶっ…ぅ、ぐ、ぅう…!」
見開かれた瞳にじわり、と滲んだ涙が膜を張るが、くぱりと開かれた指が気道の殆どを塞いでも、喉を刺激されてどっと溢れた唾液が指で塞がれた箇所に流れ込んでも、幽利は口を開け続ける。
押さえつけているわけでもないのに自ら顔を背けることすらしない幽利の、溢れるように涙を流すその瞳と真っ直ぐに視線を合わせたまま。とうとうごぼ、と溺れるような声が漏れた所で、鬼利はふっと口元を綻ばせて指を引き抜いた。
「ぁ、がっ…ごほッ…!」
鬼利の指が完全に引き抜かれた瞬間、俯いて咳込んだ幽利の喉が、ひゅっと風の鳴るような音を立てる。
長く太いものでいっぱいに埋め尽くされて突かれることには慣れている筈だが、細く器用に蠢く指で嬲られるのは、やはりまた違う感覚なのだろう。足元で背中を丸め、がくがくと体を震わせて酸素を取り込んでいる幽利を眺めながら、鬼利はゆったりと膝を組んで、幽利の唾液でしどとに濡れた左手を光に透かすように眼前に掲げた。
異物を排除しようと蠢き、酸素を求めて喘いでいた幽利の喉の感触が残るその手を、硬質な橙色の瞳はしばらく検分するように眺め、幽利の呼吸が僅かだが落ち着いた頃、ついと思いついたように愛しい双子の弟へと落とされた。
「…幽利」
「は、…あぅッ」
幽利の返事を待たずに自分と同じ、光に透かすと青く色づく黒髪を鷲掴んで引き上げた鬼利の手が、乾ききっていない唾液の所為で指の合間に幽利の髪を纏わりつかせたまま、痛みに伏せられた橙色の双眸と濡れた唇の、その更に下に伸びる。
「…あ、…」
ひたり、と親指で喉仏を押さえるように首を覆った手に、幽利がそっと目を開けた。
涙に潤んだままの橙色が、見下ろす硬質な橙色を見上げる。幽利の息はまだ弾んだままで、深く息を吸う度に喉仏が締め付けられて鈍い痛みと息苦しさを生んでいたが、さっきと同じように、幽利は抵抗しなかった。
さっきと同じように、振りほどくことは勿論、苦しいと声を上げることすらせずに、さっきとは違って、ただ、手を伸ばす。
震えることも怯えることも無い手が、同じく穏やかに脱力していた鬼利の右手を撫で、手首の下から掬うように持ち上げて、ゆっくりと。
ゆっくりと、左手と、同じ場所に。
「…ふふっ」
鬼利の手を導いた幽利が喉を晒すように僅かに顎を上げたのを見て、とうとう鬼利は笑ってしまった。
本当に、普通に、ただ笑いながら、鬼利はきょとりと目を瞬く幽利の首から手を離し、そのまま持ち上げた両手で、そうっと柔らかく幽利の頬を包み込む。
「違うよ、幽利」
「へ、」
「抵抗しなきゃ」
素っ頓狂な声を上げる幽利がまた可笑しくて、くつくつと喉の奥で笑声を噛み殺しながら、鬼利は幼子に言い聞かせるように柔らかく、甘い声で、「死んじゃうよ」と教えてやった。
そんな当たり前の、それこそ幼子でも知っているような当然の自然の摂理に、幽利は異世界の言葉でも聞いたような顔でぱちぱちと瞬き―――美しく微笑む愛しい双子の兄の、うつくしくよどんだ橙色の更に奥を見て、熾火の色に燃え上がる橙色の瞳を伏せる。
「……あァ、忘れてた」
ざらりと潰れた幽利の声を聞いて、鬼利はもう一度、ふふ、と愛おしそうに笑った。
Fin.
どうしようもない双子の
どうしようもない話。
