ようこそ、Z地区へ。
軋んだ音を立てて開いた扉から、体の半分程もある紙袋を抱えた少女がひょこりと顔を出す。
“世界の掃溜め”、Z地区23エリア。
薄汚れた黄色いワンピースを着た彼女は飴色の髪を肩に切り揃え、その薄い体には何らかの武器を携帯している様子は無い。他ならともかく、Z地区では5歩と歩かない内に路肩に引きずり込まれ、強姦の後に殺されるか、殺されてから強姦されるかのどちらかの末路しか無いようなひ弱な少女だったが、彼女の体に新しい傷は無かった。
「あー、重かった」
壁際の机の下に紙袋を置き、少女はそのままそこに座りこんだ。服と同じく薄汚れた細い腕が、紙袋から紙パックのジュースを取り出して側面のストローを千切り取る。
「寝たの?」
突き刺したストローから中身の林檎ジュースを啜りながら、少女は上体を反らせるようにして背後に尋ねた。逆さまになった空色の瞳に、壁から鉄骨が飛びだした廃墟のワンルームに居る“仲間”が映る。
寝たよ。寝かせた。熱が出て。元から出てたよ。気絶した。やっとだよ。しー。仕方ないよ。飲まなかったんだよ。鎮痛剤。睡眠薬も。違うよ、安定剤。そのどれか。針がまだ。静かにってば。だって。
ブラインドの隙間から外を見ながら、絵本を読みながら、弾丸を床に並べながら、絵を描きながら、瓦礫で積木をしながら、膝の上のパソコンの画面を見ながら、音楽を聞きながら、少女の“仲間”である7人の子供たちは口ぐちに言う。
少女と同じく10歳かそこらと思われる彼等は、廃墟となったこの部屋で唯一まともな外見を保っているベッドの周囲に居た。真新しいシーツは人型に膨らんでおり、時折苦しげな咳と共に小さく上下するが、それを聞いても彼等はベッドに寝る“誰か”に声を掛けるどころか、一瞥をくれることすら無かった。
“心配”や“看病”は、『契約』には入っていないからだ。
「ふーん……あ、そうそう。帰る時にね、」
…♪♪♪…
咥えていたストローから口を離し、くるりと体ごと振り返った少女の言葉を、その首から下げられたピンク色の通信端末が遮った。
思い思いに好きなことをしていた7対の瞳が、一斉に単調な電子音を発する端末を見る。
「もしもーし?」
ジュースのパックを手の中でちゃぷちゃぷと揺らしながら通信を取った少女は、その態度と同じく緊張感の無い声音で通信機に相槌を打ちながら立ち上がり、ブラインドを下ろされた窓辺に歩み寄った。
「え?……あ、うん。解った」
耳から離した端末の通話を切ると同時に開いていたブラインドを閉じた少女は、ピンク色の端末を元通りに首から下げながら、じっと自分を見つめる7対の瞳を振り返った。
「みんな、お客さん」
何気ないその言葉を合図に、鉄骨が付き出た室内に無骨な金属音が響いた。
仁王は、自らの雇い主のことをよく知らない。
「…車をよろしくね」
ドアを開けたキュールにそう言い、彼はひび割れたコンクリートの上に黒い革靴を降ろした。人工太陽の光に眩しそうに細められたその瞳は、煤けた掃溜めを照らしているのと同じ橙色だ。
「じゃあ、行こうか」
「…御意」
自分より20以上も年若い彼に小さく頭を下げ、仁王は喪服のように黒いスーツを着たその背中に従って歩き出す。周囲の通行人、廃墟にしか見えない朽ちた建造物の窓、或いはその屋上からの視線が一斉に彼に向って降り注ぐが、彼はそんなものは全く意に介さずに薄暗い路地へと入って行った。
―――1ヶ月前に主となった彼と初めて会ったのは、その半月ほど前だった。
当時、最高幹部となることがほぼ確定していた仁王の元へ、彼は唐突に現れた。仁王もまだ顔を見た事の無い“ボス”からの紹介だと、彼は鋼のような体躯を持つ禿頭の巨漢を真っ直ぐに見上げて言った。
怖ろしく頭のいい男だった。
彼がまだ己の子供ほどの歳であると聞いても、発展途上の華奢な体躯を目の当たりにしても、仁王は彼を“少年”と認識することは出来なかった。年相応でない、などという次元の話では無かった。老いること無く100年を生きた化け物だと言われても、恐らく仁王は信じただろう。彼はそれほどに賢く、多くを知り、そして狡猾だったのだ。
「御待ちを」
迷路のような路地を勝手知ったる庭のように進む主の足を、仁王は背に負った両刃の斧に手をかけながら止めた。
夕陽を模した人工太陽の光が細く差し込む路地裏を、周囲に気を配りながら擦り足で進む。斧の柄を握り直しながら曲がり角の先を覗うと、薄暗い視界の奥に幾つかの人影が見えた。大人にしては小さい。子供、女の子だ。
「誰か居た?」
「…数名の女児が居ります」
「そう」
様子を覗いながら潜めた声で答えた仁王に軽く頷き、彼は仁王の傍らをすり抜けて角を曲がろうとする。その肩を咄嗟に掴んで止めながら、仁王は正気とは思えないその行動に目を見開いて彼を見た。
Z地区には“鴉”が居る。
この掃溜めのような地区に暮らす者達に、天災の如く恐れられている子供達だ。軍警から逃げのびた凶悪犯罪者よりも、そんな者達を食い物にするここの住人よりも、このZ地区では16歳以下の子供達にこそ細心の注意を払わなければいけない。
そんなことは“街”の人間にとっては常識だ。彼が知らぬ筈がない。
「危険なのは解ってるよ」
少し力を入れれば折れてしまいそうな薄い肩の彼は、薄らと笑みすら浮かべながらそう言った。
「でも、僕は“彼等”に用事がある」
否と言うことを許さない鋭い橙色が、その肩を掴む仁王の手から力を抜かせる。
足を忍ばせること無く路地を曲がったその背中に、仁王は奥歯を噛み締めながら従った。
―――初対面の数時間前に、彼の素性や経歴については書類で知らされていたが、そんなものはその気になれば幾らでも改竄が出来る。
結果的には彼はそれが事実だと肯定したが、真偽は定かでは無い。仁王には彼が真実を言っているとも、嘘を吐いているとも断じることは出来ない。
だから、仁王が彼について、知っているのは3つだけだ。
1つ、己よりも最高幹部の座に相応しいこと。
2つ、良く似た双子の弟が居ること。
3つ、名前が『鬼利』であるということ。
「こんにちは」
完璧な作法で頭を下げた鬼利とその背後の仁王を、未発達な体を外気に晒した3人の少女は無感動に見返した。
彼女達は揃って無表情だったが、乱暴に引き千切られたその服と、白い肌の各所に散った赤黒い痣、そして裸足の足元に転がる真新しい2人の男の死体を見れば、ここで何があったのかは想像に難くない。
「だあれ?」
チェックのミニスカートにシャツの残骸だけを着た少女が、頭の無くなった男の腹の上から尋ねた。
「“ILL”の責任者をしております、鬼利という者です」
「「いる」」
壁際に置かれた木箱に腰掛けていた2人の少女が、声を揃えて呟く。もう1人よりも幾らか年上と思われる彼女達は、振り返った1人と目配せをした後、もう一度鬼利を見て笑った。
「じゃあ、お兄さんが新しい人なんだ」
「“ILL”の偉い人がこんな所に何の用?」
「護衛まで付けて、“遊び”に来たの?」
「まだ“中”に残ってるけど、それでもいいならいいよ」
「誰がいい?」
「3人でもいいよ、払えるなら」
「足りなければまだ呼んであげる」
「ちゃんとお金を出せば殺したりしないから」
くすくすと笑いながら口々に言う少女達に、仁王は思わず眉を潜めた。客の1人だと思われていることよりも、友人と遊びの約束をするように身売りを口にする少女達の境遇が居た堪れなかった。
本来ならば、まだまだ親や他の大人の庇護の下にいるべき歳であろうに。
「とても魅力的な申し出ですが、仕事中なので」
挨拶をした時と変わらない微笑みのままそう言った鬼利は、彼女達を刺激しないようにか、ゆっくりとした動作で懐から1枚の写真を取り出した。
最高幹部である彼が、仁王や他の幹部達の反対を退けて自らスカウトに来た男。
このZ地区で生まれ育った、鬼利と同い年の壱級指定賞金首の写真だ。
「…探してるの?」
「ええ」
「連れていくの?」
「それは彼の返事次第です」
「どうして彼なの?」
「欲しいからです」
3人の質問に丁寧に答えて写真を懐に仕舞った鬼利を、少女達は少しの間無言で見つめていたが、やがて合わせたように揃った動きで顔を見合わせると、それぞれの衣服の残骸から通信端末を取り出した。
「テトラに会わせてあげる」
白い通信端末を耳に当てながら、チェックのスカートの少女が言う。
「案内を呼ぶから少し待って」
青色の通信端末を耳に当てながら、木箱に座っていたタンクトップ1枚の少女が言う。
「会えるかどうか解らないけどね」
赤色の通信端末を耳に当てながら、同じく木箱に座っていた下着姿の少女が言う。
「…テトラ?」
「さあ、誰だろうね」
聞き慣れぬ名前に思わず呟いた仁王に、鬼利は謡うような口調で言った。
この地区での“子供”の危険性を熟知しているにも関わらず、自分は銃の一丁も持っていない彼の表情は、穏やかな微笑みのまま筋一つも変わらない。
護衛である仁王の腕を信用しているから、では無い。
鬼利は何時も、何処でもこうなのだ。就任の挨拶に回った得意先でどんなに口汚く罵倒されようが、若輩者と軽んじられようが、額に銃を突き付けられようが、彼は眉ひとつ潜めたことが無い。
怖いものなど一つも無いからだろう。仁王もかつてはそうだった。
「…我が大斧にも範囲外は御座います」
「解ってる」
…かつては。
人目を憚ることなく“事後処理”を始めた少女達に背を向けて10分ほど待っていると、仁王達が来た方向の路地から“案内役”が顔を出した。
年の頃は10歳かそこらだろうか。限界まで肩ひもを詰めたリュックを背負った少年は、こんな場所には似つかわしくない、屈託の無い笑みを浮かべながらこちらに歩み寄ると、鬼利の前でぺこりと頭を下げた。
「こんにちは、お兄さん」
「こんにちは」
「ちょっと待っててね。…テディ、着替え持って来たよ」
ぱっと顔を上げながらそう言うと、少年は背中から下ろしたリュックを抱えて仁王の傍らをすり抜け、木箱に座っている少女の前にそれを置いた。
「スカートある?」
「やだ、これ昨日ポーンが着てたやつだよー」
「いいじゃん、どうせ戻ってシャワー浴びるんだから」
「今日お湯出るかな?」
「え、戻るの?」
「一旦戻ろうよ。お腹すいちゃった」
「お待たせ、お兄さん」
きゃいきゃいと年相応に騒ぐ少女達に背を向け、たたっと駆け寄って来た少年が、相変わらずにこにこと笑いながら何気なく鬼利の手を握る。
「っ……!」
「…仁王」
普通の子供がやれば微笑ましく思えるが、“鴉”ならば話は別だ。ざっと立った鳥肌に従い、殺気を隠しもせずに半歩踏み出した仁王を、鬼利が小さく手を振って制する。
「しかし…」
「早速、案内して貰えるかな?」
「うんっ」
低く唸る仁王を黙殺して好青年そのものの笑みを向ける鬼利に、少年は元気よく頷くと、鬼利の手を引いて歩き始めた。普通に視線を合わせるだけで大の大人が後ずさる仁王に睨まれても、左胸にクマの絵が描かれた缶バッチを着けた少年の笑みには僅かな陰りも無い。
「ねぇねぇ、お兄さんは何歳?」
「今年で18歳になるよ」
「ふーん。じゃあ、“大人”だね」
鬼利の手を引いて十字路の角に建つ廃墟の中へ入って行きながら、少年はにこにこと頷く。
2人の一歩後に付いて行きながら、仁王は広い空間の中に柱だけが残った廃墟の中を素早く見渡した。外観からして3階建てのようだったが、崩れた壁から光が差し込んでいるそこに階段は無い。
「君はいくつになるの?」
「覚えてないけど、たぶん10歳くらいだと思う」
「そう。じゃあ“君達”の中ではお兄さんだね」
「うん。“僕達”の中ではね」
歩く度にかぽかぽと音を立てる少年の靴は側面に大きな穴が開いていて、傍から見ても2周りはサイズが大きかったが、胸のバッチを弄りながら足元に転がった瓦礫を踏むその足取りは確りとしている。
「ねぇ、お兄さんはなんでテトラに会いたいの?」
「仕事の話がしたいと思ってね」
「すかうと?テディに聞いた」
「そうだよ」
「よくわかったね。今“僕達”とケイヤクしてるって」
「親切な人に教えて貰ってね。怪我をしていると聞いたけど、大丈夫かな?」
「うん。昨日の“お客”が酷い人でね、体中に針を刺されたんだって。それで、怒ってその人殺しちゃったから、元気になるまでフクシュウされないように“僕達”が守ってるの。誰も通すなって」
「それは…大変だね。僕は通して貰える?」
「テトラに聞かないとわからないけど、たぶん大丈夫だよ。僕は知らないけど、前にもね、“鴉”じゃ無くなった大人がILLに入ったんだって。3人くらい」
ちらりと鬼利の顔を見上げながら、少年は大きな瓦礫の上からぴょんと跳び下りた。
「そうみたいだね」
「ねぇ、同じにするの?」
「同じ?」
軽く首を傾げて見せた鬼利を壁に開いた大きな穴から外へ連れ出しながら、少年は屈託の無い笑みのまま頷いた。
「使うだけ使って、いらなくなったら殺すの?」
「……」
「高いお給料でだまして、わざと難しい仕事をさせて、殺すの?」
好奇心旺盛な子供の顔と声で尋ねながら、人工の夕陽も届かない路地裏へと出た少年が、愛らしく首を傾げる。
…鳥肌が立った。
「……っ」
仁王からは鬼利を見上げるその横顔しか見え無かったが、傍から見ていてもそうと解る程、少年は不気味だった。幼いその顔も、笑みの形に細められた翡翠色の瞳も、緩く弧を描いた赤い唇も、容易く折れてしまいそうな細い喉が紡ぐ言葉も、全てが。
仁王とて子供の頃はあった。もう何十年も昔の話だが、かつては彼と同じような子供だった筈だ。
たった数十年。
それだけの時間の開きの筈なのに。まるで別の生き物のようだ。
「…もしも、その程度であれば」
焦燥にも似た困惑に乱れた仁王の脳に静かに響いた鬼利の声は、まるで歌うような調子で少年に答えた。
少年とはまた別の意味合いで仁王に畏れを抱かせる青年の橙色の瞳は、真っ直ぐに少年へと向けられている。
「殺してほしくないんだ」
「それは、彼次第かな」
「利用価値があれば、“僕達”の代わりに守ってくれる?」
幼い口調に似合わない言葉を使いながら、少年は初めて小さく俯いた。
「それは、誰から?」
「誰でもだよ。誰からでも守ってくれたから」
「“大人”になったら獲物と見なすと聞いていたけど、彼は?」
「そうだよ。そうだけど、“僕達”はそこまでひどくないよ。ケイヤクの内はちゃんと守るけど、“僕達”は高いから」
「元でも、“仲間”が使い捨てにされるのは嫌?」
「ううん、そうじゃない。“大人”だし」
俯いたまま、少年は2人が並んで通るのがやっとの幅の道を進んでいく。周囲に盾になるような物も無く、仁王は常に背後と前方に気を配っていたが、どちらからも通行人が現れることは無かった。ふと見上げた左右の廃墟の中からも、人の気配は無い。
「ただ、あの人は別なんだ。“大人”だけど、使えるから」
「…そう。君達にとっても」
「うん。利用価値があるんだ。とってもね」
「……」
「だから、ほんの2、3年で壊して捨てちゃうなら、連れてって欲しくない」
ここが“世界の掃溜め”と呼ばれる場所であるのを忘れそうになるほど、静まり返った狭い路地の中で、少年の声が淡々と響く。
「でも、“大人”だから。ちゃんと大事に使ってくれるなら、あげてもいいんだけど」
「……」
「大事にしてくれる?お兄さん」
静かな十字路の真ん中で立ち止まった少年が、促す様に掴んだ手を揺らしながら鬼利を見上げた。
ぶかぶかの靴を履いた細い足が、こん、と足元に転がっていた小さな石を蹴飛ばす。
その、小さな音を、合図に。
「む…!」
不意に全身に突き刺さった無数の視線に顔を上げた仁王は、頭上の光景を見て絶句した。
迷路のような路地裏に十字路を形作っている、朽ちかけた4棟の廃墟の窓から、何十人という数の子供達がこちらを見下ろしている。
下はほんの3歳ほどの幼子から、上は十代の中ごろまで。
たった1つ、16歳以下という共通点を持った子供達が、一言も声を漏らすこと無くただ同じ箇所を見つめているその光景は、性質の悪い悪夢のように現実味が無く、ただただ不気味だった。
「ねぇ、お兄さん」
促すように繋いだ手を揺らす少年は、笑っている。
初めて顔を合わせた時と同じ、好奇心旺盛な子供の顔で。
湿った小さな咳と共に、悦は枕に埋めていた頭をゆっくりと持ち上げた。
体の至る所に巻かれた包帯とガーゼから、薄らと血が滲んでいるのを鬱陶しそうに一瞥し、手の甲に大きな絆創膏を貼られた手で軽く目を擦る。
「…なんだよ」
「お客さん」
ベッドの傍らに立つ少年は、低く掠れた不機嫌そうな悦の声にも怯むことなく、屈託の無い笑みを浮かべて答えた。
「ILLの人だよ。悦が欲しいんだって」
「…誰も通すな、つったろ」
「会ってあげてよ」
「……」
ベッドの縁に腰掛けながら悪びれた様子も無く言う少年に、悦は深く溜息を吐く。
「幾ら毟り取った?」
「お金はもらって無いよ。もっといいものをくれたから」
「…はぁ?」
瑠璃色の瞳を鋭く細めてその横顔を睨む悦には一瞥もくれず、少年はぱたぱたと足を揺らしながら、扉のすぐ傍に立つ、薄汚れた黄色いワンピースの少女を見た。
紙パックのジュースのストローを咥えたまま、少女がその顔ほどもある大ぶりなナイフを持った手で、彼女達によって厳重に守られていた筈の扉を開く。
「初めまして」
「……」
禿頭の巨漢を背後に従えた男は、喪服のように黒いスーツに包まれた痩身を丁寧に折って、悦にお手本のようなお辞儀をした。
少し前に、“街”のあらゆる権力者に写真が出回った男だった。
もらった。くれたね。交換したんだ。とってもいいもの。こうしゃうしたんだ。こうしょうだよ。いいもの?いいものだよ。とっても。とっても。いいもの。
「…いいもの、ってなんだよ。テトラ」
周囲で口々に言う“見張り”役の少年少女達を鬱陶しそうに一瞥しながら低く尋ねた悦を、少年が肩越しに振り返る。
「信用だよ、悦」
胸にクマの缶バッチを着けた少年は、ぱたぱたと宙に浮いた足を揺らしながら、室内に居る他の子供達と同じく、屈託の無い笑みで答えた。
「“僕達”は君の命と引き換えに、“ILL”の信用を買ったんだ」
Fin.
悦が“ILL”に入ったお話。
“鴉”が“ILL”の信用を得る代償として『契約』を破棄され、身を守る為に否応なく“ILL”へ。
零級指定賞金首が登録者として加入する、1年と少し前のお話。
