Work



 時刻:03時00分ジャスト。
 場所:空・W-24地区真上。
 内容:エリア内の建造物破壊と標的の殲滅。


 標的:500名。










 煩い。

 途切れる事無く響く雨音に、俺はその辺で拾った散弾銃の引き金を絞りながら眼を細めた。バチバチと窓にぶつかる水滴の音で足音が消えて、やり難いったらねぇ。

 お陰でどの方向に何人いるか解らないから、いきり立った『標的』が向こうから来るまで待つハメになってる。しかもそれがトロいもんだから最悪。
 ったく…100メートルの距離縮めンのに何秒かけるつもりだよ、コイツ等。


「ッ…居たぞ、撃―――」

 後続に向けて叫ぼうとした頭が吹っ飛んで弾ける。防御も無しに飛び込んで来るなんて馬鹿を通り越して勇敢だね。


 …ん?

 取りあえず近くの部屋の扉をぶっ壊して影に隠れながら、俺は視界の端に入った黒い物体を見て目を細めた。
 さっきから唸り上げて飛んでくる弾丸と、それが撒き散らす硝煙が邪魔でよく見えねぇけど…アレに似たモノを、幽利に武器庫で見せられた事がある。





 1人2人殺すンじゃ簡単すぎて割りに合わないから、俺に回ってくる仕事はこーゆー要塞みてーな所の殲滅とか、怪しい研究所の破壊、ついでにその場所にいる人間の虐殺って感じのが普通。
 鬼利の話じゃ、この馬鹿みたいに丈夫でデカい家は皇国政府のあるオッサンの持ち物らしい。表じゃ偉そうなこと言ってやがるけど実際は裏で麻薬密売不当貿易で荒稼ぎしてて、色んな方面からの合同で殺してくれっつー依頼が来たとか。

 ま、ここまでは在り来たりの話。


 いつもとちょーっと違うのは、その『標的』のトップのオッサンが、

『今日の【標的】のトップは気をつけたほうがいいよ、傑。何してくるか解らないから』

 …よりにもよってあの鬼利に、こんなことを言われちまうよーな奴だって事。




「えッ…ば、爆破!?爆破ってどういう、…だ、大臣!大臣!!」

 …あらら。

 壁の影から腕だけ突き出して、銃声と気配を頼りに手前の数人の頭を吹き飛ばしながら、俺は聞こえてくる焦った誰かさんの声に軽く溜息を吐いた。

 どうやら【標的】のトップのオッサンは、まだ殺してやってない連中ごと俺を吹き飛ばそうとしてるらしい。
 …まぁ、実際俺には標的に「トップ」も下っ端も関係ねぇんだけどさ。

 どうせ全部殺すし。



「に、逃げろッ!爆発す―――」

 ご親切にも叫んでくれた誰かさんの声がふっと途切れて、


 鼓膜を軽く破っていくほどの爆音と肌を舐める熱量に、俺は幽利に見せられたモノが軍警で開発中の小型爆弾だった事を思い出した。









 雨雲で覆われて黒く染まった空を背景に、炎が噴き上がる。

 凄まじい音と爆音を伴って爆発した自らの屋敷を見ながら、屋敷の持ち主である中年の男は手にもっていた爆破装置を足元に放った。


「は、はははッ…あの"ILL"が送り込むというからどれほどの男かと思えば、まさかたった1人で来るとはな」
「ええ。ただの馬鹿だったようで」

 男の言葉に、傍らで黒いサングラスをかけた秘書が苦笑しつつ答える。
 彼等の背後には黒塗りのリムジンが停められており、その背後には屋敷の地下通路からこの裏山まで抜ける為のトンネルが、暗い口を開けていた。


「情報によれば壱級以上の犯罪者、だったようですが」
「ガセだ、そんなもの。壱級賞金をかけられるような極悪人が、あんな馬鹿な真似をすると思うか?」
「ええ、でも…もしあの男が零級でしたらその可能性も…」
「はッ!馬鹿馬鹿しい」

 双眼鏡を覗き込み、屋敷が壊滅状態にあるのを確認しながらの秘書の言葉を、男はその双眼鏡をひったくりながら嘲笑った。

「"ILL"の登録者に1人だけ紛れていて、大きな仕事の時にのみ出てくるというアレか?馬鹿者、そんなもの"ILL"の連中が考えついた客寄せに決まっているだろうが」

 双眼鏡を覗き込み、粉々になっている屋敷を見ながら男は吐き捨てた。
 十分壊れているのを確認して秘書の方に双眼鏡を突き戻しながら、お世辞にも整っているとは言いがたい顔に下卑た笑みを浮かべる。

「世界人口で、捌から上の賞金首指定にかかっている犯罪者は全体の20%、弐級から上の連中に至ってはその中の2%だぞ?その2%の中の更に5人の零級など、そう簡単にいるワケが無い」

 思いっきり秘書を馬鹿にしきった口調で言いながら、男はそこでようやくさっきから一言も返事をしない秘書を振り返った。

「おいッ、聞いてるのか!お、…――!」

 怒鳴りながら乱暴に秘書を揺さぶった男の目の前で、見慣れたその顔がゆっくりと後ろに倒れる。



 真っ赤な切断面を曝しながら、ずるり、と。


「な、なに…何が…ッ」
「…ったく、酷ェことしやがるよなぁ」

「ひッ!」

 直立した首無し死体となった秘書に釘付けになっていた男は、不意にその傍らから響いた声に短い悲鳴を上げた。
 見開かれた濁った瞳に映るのは、監視カメラで見た「侵入者」の男の、いっそ恐ろしいほどに整った美貌。


「き、貴様!ど、どどどうやってあの爆発から、無事でっ…!!」
「無事なんかじゃねーよ」

 うろたえる男を横目に不気味なほどに落ち着き払った「侵入者」は、気だるげに答えながら黒地に白のストライプの入ったシャツの裾を軽く引っ張った。
 暗闇の中で眼を凝らせば、確かにそのジーンズから裾にかけてが黒く炭化しており、右袖は炎が舐めた跡が生々しく残っている。

「派手な爆破しやがって。お陰で服が焼けたぜ、オッサン」
「そ、そうか…それは……悪いことをしたなァ!」

 ずるずると地面を後退りながら男は叫び、護身用に持っていた銃を引き抜いてそれを「侵入者」へ向けた。パンッ、と軽い音と共に弾丸は相手の腹を食い破り、

「馬鹿がッ!俺が丸腰だとでも…思って…」

 得意げな男の嘲笑は尻すぼみに消え、そして服に開いた穴を眺めながら暢気な口
調で「あーあ」と言っている「侵入者」を見て目を見開く。


 弾は間違いなく当たった。血も出ている。なのに、なんで。


「あーもー、最悪。焦げるし穴空くし…もう着れねーじゃん、これ。せっかく悦と賭けしてたのに」
「な、…なんで…何で、倒れないッ!」
「あァ?」

 驚愕に眼を見開きながら自分を見上げる男に、「侵入者」は気だるげに眼を細め、―――そして、にやり、と笑った。

「知りたい?」

 シャツの襟元を大きく開いて着崩し、細かい文字が掘り込まれた銀色の小さなプレートを首から下げた、こんな場所にいなければホストのようにも見える「侵入者」は、見惚れるような妖艶な笑みを浮かべて自らの右袖に手をかける。

 なんの躊躇いも無く引きずり上げられたシャツの下から現われたのは、血が飛び散った痕が残る腕。
 その肌はつるりとしていて、あったはずの火傷やケロイドの痕は影も見当たらない。


 唖然とする男を楽しそうに見下ろしながら、「侵入者」はゆっくりとした足取りで男に近寄り、その目の前でシャツの裾を胸元近くまでたくし上げる。

 露になった肌は真っ赤に染まっており、その血が噴出している胸元の弾痕に視線を移動させた男は、アルコールや薬物で濁った瞳を零れそうなほど見開いた。

 弾は確かに「侵入者」の体を貫いていた。
 火傷も、見間違いなどではなく最初に見たときは確かにあったのだ。



 ただ、異常な速度でその全てが治っているから、消えたような錯覚を覚えただけ。



「オッサン、『純血種』って知ってる?」

 声すら出せず、今当に映像の早送りのように穴が塞がり皮膚が張って治癒されていく傷を凝視する男の目の前で、「侵入者」―――゛ILL゛に所属する零級賞金首の世環傑は、腰のベルトから幅広のナイフを引き抜いた。

「姿形は思いっきり普通の人間なんだけど、ちょーっとだけ血が特殊でね。中に組み込まれてる遺伝子のお陰で、この程度の傷なら簡単に治るワケよ。…お分かり?」

 こくりと小首を傾げながら傑はにこりと微笑み、


 最後の『標的』の首筋に、ナイフを深々と突き立てた。










 ♪~…♪♪~~…

『もしもーし、悦ー?』
「…すぐる…?…なんだよ、こんなじかんに…」
『負けた。お前の勝ちだわ』
「…あ?」
『賭けただろ、俺が出る前に。お前のくれた服が帰ってきても着れるかどうかってヤツ』
「あ?…ってことはお前、やっぱり…」
『悪ィ、ボロボロ。…約束どおり何でも言う事聞くからさ、俺が帰るまでに考えといて』
「だから言ったんだよ、脱いでけって…。…約束どおり何でも、だからな」
『解ってるよ。帰ってから24時間は性奴隷になってやっからご心配なくー』
「んー…じゃ、また後で」
『スルーかよ。ちょ、悦―――』

 ブツっ。

「…すぅ…」



  Fin.




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