Sweeeet



 奪われたものは数えきれないほど。
 世界の全てを塗り替えて
 心も体も売り渡して
 それでもまだ、

 そそがれる愛の対価とするには程遠い。










 掠れ切った声で嬌声を上げた悦のモノから、微量の精液が零れるように吐き出される。
 度重なる射精で色を無くしたそれはサオをゆっくりと伝い落ち、長い情事の残滓に汚れた傑の下腹へと滴った。

「ぁ、あ…は、ぁ…っ…す、ぐ…るぅ…」

 様々な体液に汚れた頬に新たな涙を伝わせながら、震える腕を腹に突っ張ってなんとか体を起こしている悦は甘えたような声で自らの恋人の名を呼ぶ。
 許しを請うようなその声に、騎乗位にさせた悦が乱れる様を下から眺めていた傑は赤い唇の端を僅かに吊り上げた。今にも倒れ込んでしまいそうな悦のひくりひくりと痙攣する足をゆっくりと撫で上げ、泣きながら嫌々と首を振る悦に軽く小首を傾げて見せる。


「今日は寝かしてくれねぇんだろ?」
「ひっん…ッ」
「えーつ?」
「あッぁあぁっ…!ごめ、なさ…あや、謝る、からぁ…っ」

 脇腹を撫でながら上がった手が真っ赤に膨れた乳首をきゅう、と摘まみ上げ、こりこりと擦り合わせるように嬲られるのにがくがくと体を震わせながら、悦は刺激に耐えるように傑の腹筋に爪を立てた。
 伸びた爪は僅かに皮膚を削り取り引きしまった筋肉の上に赤い線を引くが、純血種の治癒力は瞬きの間にそれを修復してしまい痕すら残らない。


「煽っといてこの程度かよ。薬入れてやろうか?カルヴァ女医サマお手製のキッツいやつ」
「ふぁあぁ…ッやだ…薬、やだぁ…っ」
「じゃあ、自力で頑張るしかねぇな」
「ひ、っぅ…あぅ…ひッく…んンぅ…!」

 ざらざらとした指の背で嬲られ続けた敏感な乳首を擦りながら、傑はしゃくり上げる悦を軽く下から突き上げた。相当薬が嫌なのか、ぽろぽろと涙を零しながらも震える腕に力を込めてがくがくと震える腰を持ち上げる悦を、深い藍色の瞳が愉しげに見上げる。

 悦の挑発を切っ掛けに情事に及んだのは今から2時間ほど前。その間それこそ飽きるほど絶頂に導いてやったが、悦の体力から言えばまだまだ限界には達していない。
 安い挑発と見え透いた嘘。甘えたがりの癖に素直になれない恋人にとって、これが精一杯の「甘えたい」というサインだということを、傑は誰よりよく知っている。



「悦。遅い」
「ぅ、あッ…だって、ぇ…っふ、ぅう…あっ、あッ!」
「……」

 震える腕で僅かに腰を持ち上げ、崩れるように落とすという動作をのろのろと繰り返す悦に、傑は視線を反らしながら大きく溜息を吐いてやった。
 腕の震えも足の痙攣も、体よりも心の方の限界が近いのも解っている。しゃくりあげながら零す涙が本物だということも。元男娼という経歴を持ちながら、傑の前での悦の演技力ときたらそこらの小娘より遥かに劣るのだ。偽の涙を流す余裕などある筈が無い。

 それでも敢えて辛く当るのは、手放しで甘えてくる姿が見たいからだ。情事の際に酷くすればするほどに、淫乱な恋人はその後の甘やかしを期待する。


「も、許して…っぁ、あ…傑、すぐる…」
「いいから動けよ。気持ちイイのが好きなんだろ?淫乱」
「やだ、やだぁ…ッくるし、…傑…おねが、だからぁ…ッ」
「…じゃあもういいから抜け」

 シーツから上体を起こしながら視線を合わせないままに言うと、涙をいっぱいに浮かべた瑠璃色が不安げに表情を覗って来た。睨むように横目にすれば濡れた唇がぎゅっと引き結ばれ、腹に突き直された手に力が籠る。

「ひぁあぁあッ、あっあぁッ、ぁ!」
「……」
「ひぐっ、ぅ、うぅッ…んッんん…あぁあ…ッ!」


 震える腕と足で大きく腰を振り始めた悦を目を細めて眺めながら、傑は自らも悦を助けるように緩く腰を使った。
 自棄のような腰つきに、いつもよりやや緩んだ内壁はさして気持ちのいいものでは無かったが、押し殺すような涙声の喘ぎ声と強すぎる刺激に焦点の飛んだ悦の瑠璃色の瞳があれば、達することなど傑にとっては造作も無い。


「ひぅうッ、ぁ、あっ、あぁッ…!ふぁああッ!」
「っ…は…」
「っはぁ…ひぁあぁ…ッ」

 悦の動きに合わせて強く突き上げるのと同時に熱い精液を注ぎ込めば、焦点の飛んだ目で虚ろを見つめていた悦が糸が切れたように倒れ込んだ。

「…悪ィ。無理させたな」

 背後の枕に預けていた体を素早く起こしてぐったりと力の抜けた体を抱きしめ、腕の中で苦しげに浅い呼吸を繰り返す悦の背を宥めるように撫でながら、傑は甘く掠れさせた声をその耳朶に滑り込ませた。
 溢れる涙を舐め取り、労わるように優しいキスをしてやれば、それが甘やかしのスイッチになる。


「も…つかれた…」
「寝る?」
「しゃわー…風呂、入りたい…」

 傑の肩口に頭を摺り寄せて囁くように言い、悦は微かに震える手で傑の腕に触れた。刺激しないようゆっくりとモノを抜き取り、そっと持ち上げた悦の手に了承を示すキスを落として自らの首に回させると、傑は自分では動こうとしない悦の体を軽々と抱き上げてベッドを下りる。



 請われればいくらでも応えるものを、些か刺激的過ぎる生い立ちを持つ恋人は弱味を見せることを酷く嫌い、甘やかすのも一苦労だ。

 そんな所すら堪らなく愛おしい、と。

 昔なら一笑に付したような戯言を吐く思考に嫌悪感すら抱かなくなってしまった自分は、既に化け物として殺されているのだろう。


 腕の中で全てを自分に預けている、この脆く弱いいきものに。










 シャワーはお互いコトを始める前に済ませていたのに、傑に抱かれて入ったバスルームはほんのりと暖かく、バスタブには白濁したお湯がたっぷりと注がれていた。

「座れる?」
「…むり」

 椅子を引き寄せた傑に緩く首を振り、悦は傑の首に絡めた腕にほんの少し力を込める。
 疲れているのは本当だが、今ほど体が出来ていなかった少年の頃ですら悦は今のような状態でも自分で事後処理を済ませ、必要とあれば次の客を取っていた。座るどころか支え無しで立てと言われたって出来ないことは無いが、酷くされた後の傑が特別優しいのを悦はよく知っている。


 下手な演技に嘘。傑にバレていることなど言われずとも解っているが、同時に優しい恋人がそれを許してくれることも解っていた。

「腰、痛くない?」
「ん。」

 悦を抱いたまま椅子に座った傑の膝の上に向かい合うようにして座らされ、悦はこくりと頷く。
 細身ではあるが、全身にバランスよくついた筋肉のお陰で悦の体重は軽いとはとても言えないし、女のように小さくも無い。椅子に座るにはそんな体を抱いたまま中腰にならなければならず、それはとても辛いことの筈なのに、悦の体を気遣う傑の動作はどれも滑らかで微かな振動すら無かった。

 そんな体では無いのに、傑はいつもやり過ぎな程に悦に優しい。乱暴にされたって壊れはしない、寧ろ汚れきった体にはそのくらいの扱いが相応しいのに。

 ここまであからさまに大切にされるのはこんな時くらいだが、悦が請えば傑は四六時中こうして脆い硝子細工に触れるように扱ってくれるのだろう。これは予感では無く、確信だ。



「辛くなったら言えよ」
「…うん」

 シャワーでざっと悦の体を流し、シンプルなデザインのボトルからボディーソープを直接掌に垂らしながら、傑が甘い声で囁く。
 掌に温められたボディーソープが胸元に直接塗り広げられ、暖かい手がするすると肌を撫でた。ベットの上では悦を天国にも地獄にも容易く突き落とす指先が、今は心地よい安息を与える為だけに動く。

 体の前を洗って貰い、傑の胸板に凭れながら悦が心地よさに目を伏せている間に、嫌というほど注ぎこまれ下半身を汚していた筈の名残は全て綺麗になっていた。うっすらと開いた瞼に唇が落とされ素直に目を伏せれば、絶妙な温度に調節されたお湯が汗に濡れた悦の髪を洗い流していく。


「……」
「どした?」

 傑の手に一度当たり、叩きつけるような水圧を和らげたお湯で泡を洗い流して貰いながら、悦は指先に触れた布地に傑がジーンズを履いたままだった事を思い出した。
 硬い布は濡れると脱ぎにくくなる。泡を洗い流す為に掛けられるシャワーの所為でどんどん布地が水を吸い、重く張り付いて裾から水滴を零しているのが解ったが、悦は水音に混じって吹き込まれた甘い声に浮かせかけた頭を肩口に戻しながら緩く首を振った。


「なんでもない」
「そ?…先温まってて、俺も洗う」
「うん」

 抱き上げられて、相変わらず抜群の安定感でバスタブにゆっくりと沈められる。悦に飛沫が飛ばないようにと角度をつけたシャワーを浴びながら、傑はぐっしょりと濡れて肌に張り付くジーンズを、そうするのが当然かのように手で引き千切って脱ぎ捨てた。
 決して薄く無いジーンズの生地が破られる音はそれなりに大きく、シャワーの音に紛れる事は無かったが、悦は暖かいお湯に浸かりながら黙ってそれを聞いた。


「お待たせ」
「ん…」

 情事の名残(大半が悦のものだ。この程度の運動では傑は汗さえかかない)を水圧を上げたシャワーのお湯で洗い流し、1人には少し広すぎるバスタブに傑が腰を下ろす。
 だが、悦はといえば暖かいお湯と甘やかしにすっかり浸かりきってしまっていて、お湯の中で抱きよせてくれた傑の肩を枕に、うとうとと眠たげな瞬きを繰り返していた。ねむい、怪しい発音で呟けば、濡れた前髪を優しく払われて額にキスを落とされる。


「今日は頑張ってくれたもんな」
「…傑がしつこいから…」
「だな。お陰で最高に気持ち良かった」
「……」
「愛してる、悦」

 体中の力を抜いても支える腕のお陰で水に沈むことはなく、ふわふわとした浮遊感と心地よい疲労を感じながら、悦は眠気に誘われるままに目を伏せた。


 ベットに行くか、なんて野暮なことを傑は言わない。
 悦が今のこの状態を一番気持ちよく思っていることをよく知っているし、眠りについた悦を起こすこと無く体を拭い、ベットまで運ぶ手間など何でもないと思っているからだ。

 蕩けそうに甘い睦言を、傑はキスや他の何かで代用したりしない。
 賢い化け物は言葉がどれだけ不完全なのかも、密接なスキンシップの前では無駄にしかならないことも知っているが、同時に言うべきこととそのタイミングをも知っているからだ。



「すぐる…」
「ん?」
「…このままがいい…」
「うん」


 怖いだなんて、そんなことを考えていたのは当の昔だ。
 自分に際限なく甘いこの恋人に、その気になれば花を摘むように自分の息の根を止められる化け物に、悦は爪先から髪の毛の先までどっぷりと溺れている。

 これは執着だ。生き延びる為には持ってはいけない、捨てるべき感情。

 畏怖すべき怪物に微塵も恐れを感じない。きっと自分はいきものとしてどこかが救い様もなく壊れてしまっているのだ。あの、海の底のような藍色に魅入られた瞬間から。


「…すぐる」
「……」
「…きだ。…好き」


 傑は何も言わなかった。
 ただ、いつもより強い力で抱きしめられた体の骨が甘く軋んで、圧迫され膨らまない肺から微かに酸素が漏れた。

 自分の死因は既に決まっている。

 いつか注がれ続けた愛情が臨界点を超えて溢れだした時、その甘い重さに押し潰されて死ぬのだ。


 例え現実でどんなに無様で不愉快な死を迎えたとしても。



 Fin.



初めての事後処理メインな話。
バカップルには珍しくシリアスめですが、同時に砂を吐くほど甘い。

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