Slow war



反射的に物音を聞き取って覚醒した意識が、その音が聞きなれた足音なのを確認してまた沈んでいく。
 完全に眠る一歩手前。気持ちよくまどろんでた俺のベッドを軋ませて、まだ微かに湿った手が頬を撫でた。

「…おかえり」
「タダイマ。間に合ったろ?」
「んー…シャワーは?」
「ちゃんと浴びてきた」
「ん…よくできました」

 目を閉じたまま、シーツの合間から出した手で探った傑の頭をぽんぽん撫でる。手に指先が絡んで爪にキスされたのを感じながら手ぇ引っ込めて、俺はくるりと寝返りを打った。

「じゃ、おやすみ」
「そーは行くか」

 …やっぱり?
 がばっとシーツ剥がされて、片目だけ開けたら目の前に傑がいた。視線が合った瞬間キスされて、焦点が合わなくなった視界が傑の髪の色にぼやける。

「は…ん、ふっ……ン、だよ…がっついて」
「そぉ?俺はいつでも全力デス」
「嘘つけ、いつもムカつくくらい余裕かまして…んぅっ」

 からかい混じりの言葉は途中で呑み込まれて、息継ぎの暇も惜しいってくらいぐっしょり絡むキスをされた。
 息が上がった俺を見下ろす藍色は油でも引いたみてーにギラついてて、吸い込まれそうに深いその色に目の前がくらりと揺れる。

「足腰立たなくさせっかも。イイ?」
「ダメだっつったってヤるんだろ、お前は」
「やんねーよ、その時はちゃんと手加減する。5%くらい」
「ほとんどしてねぇじゃねーか、このケダモノ」

 ギリギリで焦点が合うような至近距離でくすくす笑いあって、俺は片腕をひっかけた傑の首を引き寄せた。
 無抵抗に引き寄せられた傑が首筋に顔をうずめて、動脈をたどるみたいに舐められるのにぞくぞく体を震わせながら、脚で邪魔なシーツを蹴り飛ばす。

「悦、仕事は?」
「ん…今、いいから。そーゆーの」

 ばさりと音立てて床に落ちたシーツに顔を上げた傑をもう一度引き寄せて、俺はついでに伸ばした手でサイドスタンドの端末を壁に放った。…あー、変な音した。壊れたかも。

 まぁ、いいか。

「…イイよ」
「ん?」

「足腰、立たなくさせんだろ?…やってみろっての」
「へぇ?やめてぇ、つったって聞かねーかンな?」
「それはいつもだろ。…絞りとってやるよ」

 意識して掠れさせた声で傑の耳元にそう囁いて、軽く唇を舐める。
喜ぶかと思ってした精一杯の演出に、傑は軽く舌打ちするといきなり俺の唇を塞いだ。 気に食わなかったのかと伺った表情は滅多に見れない真顔で、その男前っぷりに軽く息を飲んだ俺に、傑は低い声で囁く。

「あんま煽ンな。…ただでさえ余裕ねぇんだから」










 がつん、と腰に響く重い突き上げに飛びかけた意識を引き戻されて、汗で滑る手で反射的に傑の肩にしがみ付いた。

「ぅあッ、あっ…!だ、め…っいま…!」
「冗談。一番イイトコで止められっかよ」
「ひぃッ…!」

 イッたばっかで敏感になりすぎてるナカを容赦なく突き上げられて、目の前が真っ白になる。
 傑の背中に思いっきり爪立てながら締め上げて(無意識だ)、ドクリと中に注がれた熱い精液に、血の痕を残しながらずるりと傑の肩から手を放した。


「もっ…イッたあと…だめだって…ゆって、んのに…ッ」
「イッた後が一番締りイイんだもん」
「もん、じゃね…ぇよ…」

 今日は普通のセックスだって言ってたくせに、ちょっと油断したらこれだ。イッた直後に空イキとかどこが普通なんだよ。

「はぁ……っあ?」
「次、上な」

 もう3回はイカせてやってるってのに、この鬼畜ときたらまだ満足できないらしい。抱きしめられたと思ったらくるりと体が反転してて、傑のを入れたままで騎上位の格好にさせられた。
 このタイミングで俺が上とか…普通なら足腰立たねぇだろ。

「ったく…俺の、足腰に感謝しろよ…ッ」
「してるしてる。あんなにヤってもまだ動ける腰と、腹筋の両方にちゃんと」
「腹筋?」
「最初っから変わんねぇ締め付けありがとーございます」
「…死ね」
「ッ……」

 仕返しのつもりで半分くらい抜いた中の傑を思いっきり締め付けてやると、軽く眉を顰めた傑が息を詰めた。ざまーみろ。

「こンの…じゃじゃ馬」
「うっせぇ。つーかそれ言うなら今は傑が馬だろ、体位的に」
「あー、そっか。俺がじゃじゃ馬?」
「いや、どっちかってーと…」


 傑の胸板に手ぇついて体を支えながら、ゆっくり引き抜いた無駄にデカいモノの上に一気に腰を落とす。

「はくッ…ぅあぁああっ…!」
「…どっちかって言うと?」


 奥まで突かれる衝撃にだけ備えてたのに、俺が腰を落とす瞬間に傑が微妙に位置を変えたせいで思いっきり前立腺を擦られて、予想を軽く超える快感に傑の肌に爪を立てた俺を見上げながら、傑は軽く首をかしげて見せた。

「ん…暴れ馬?」
「へぇ。ピロートークにしちゃいいシャレだな」

 感心したみたいに言って、傑はご褒美のつもりか軽く体を起こして俺の頬に口づけた。腰から上がシーツから20センチくらい浮いたようなキツい体制のクセに、傑はキツそうな素振りを見せるどころか普段通りの顔をしてる。

 今日はちょっと崩せたと思ったのに、少し時間が経てばこれだ。
軍警の包囲下だろうがベッドの中だろうがちっとも崩れないこの余裕は、勿論俺が好きなところの一部だけど、偶にはその余裕をかなぐり捨てるような凶暴さが―――見たい。

「それじゃ、ご要望に答えまして」
「あぁッ!い、きなり…っんぁ、ふぁああ…ッっ」
「だって暴れ馬だし、俺。落馬すんなよ?」

 俺の腰に手を添えて、本格的に腰を使いだした傑はそう言って冗談めかして笑った。なんでコイツはこんなキザなセリフをこんなにサラっと言えるんだよ。

「ちょ、速っ…は、ぁあぅ…!」
「悦…」

 ほらまた、絶妙のタイミングで絶妙の声音で名前を呼ぶ。
 お前がそうやってコトの最中に何度も何度も甘い声で、心底愛しそうに(それが巧妙な演技でも)俺の名前を呼ぶから。ただの音だったその言葉を使われる度に、体の奥がくすぐったくなる。

 そのうち、名前呼ばれただけでイケたりしてな。



 …や、それはヤバいか。










「あ?よゆう?」
「…ん」
「別に、そんな余裕かましてるつもりねーんだけどな…」
「だって、傑いっつもそれだろ」
「それって?」
「腕取れても腹に穴開いても平気な顔してるだろーが。俺苛めてる時はちょっと愉しそうだけど」

「気に食わねぇってンなら気ぃつけるけど?」
「気に食わないとかじゃなくて、偶にはって話」

「ふーん……ま、悦がそう言うなら善処しましょう?」
「よろしく…ぅあ、眠…」
「寝てろ、始末しといてやっから」
「ん…おやすみ…」
「おやすみ」


「…悦が一言可愛くおねだりしてくれたら、簡単に吹っ飛ぶんだけどな。こんな上っ面の余裕」



 Fin.



甘ったるく日常なエッチ。
傑がいかに自分にメロメロでクラクラであるかをまだよく理解していない悦と、
焦れた悦がいつか頑張っておねだりしてくれないかなぁと期待してる傑の緩やかな戦争。

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