硫酸



 鬼利、鬼利、鬼利。

「は、ぁ…ッ」

 精一杯伸ばした腕は鎖に止められて、鉄の環が腕に食い込む。

「傷つくよ」
「…ふ、ぅ…ッ」

 あぁ…なんて意地悪な、男。





 幾度となく呼んだとしても、それで振り向いてくれる確立なんてのはほんの僅かで。

 いつだって、欲しいモノほど満足に与えてくれない。
 満たされた次の瞬間にはもう欲しいって思っちまう、煩悩まみれの俺もきっと悪ィんだろうけど。でも。


「鬼利…鬼利…っ」
「…なに?」

 柔らかくて冷たい声。俺をこォしたのは自分だろぉに、「なに?」なんて。何も知らねェような面してよく言える。

 いつだって欲しいモノほど満足に与えちゃくれなくて。少しずつ注がれては一杯になる前に止められて。その僅かな喪失感に、最後の一滴に、焦がれる。

 縋ろうとする腕を拘束する鎖。指先がぎりぎり触れない距離に固定する首輪。せめてと叫ぶ声を阻むベルト。
 どれも、操るのは俺じゃない。


 いつだって俺に許されてるのはほんの少しで。
 少ない水にのたうちながら、最後の一滴に狂うほど焦がれて、焦がれて。

「鬼利…きり、ぃ…ッ」
「……幽利、」


 縋ろうとする腕を拘束する鎖。指先がぎりぎり触れない距離に固定する首輪。せめてと叫ぶ声を阻むベルト。


「…おいで」


 全てを溶かす最後の一滴は、まるで硫酸。



 Fin.




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