マタタビ



 洗いざらしの髪から伝った水滴が、裸の肩を滑り落ちる。
 目立つような傷こそ無いものの体中に傷跡が残りまくった俺とは違う、肌理の細かいシルクみたいな肌の上を、透明な水はゆっくり落ちてく。

 どっかの彫刻じゃねぇのかってくらい綺麗に筋肉のついた二の腕から、薄ら血管の見える手首を通って、長い指を伝って、切りそろえられた爪に。

 あぁ、ヤバい。もう、もう…

「…悦?」

 軽く見開かれた藍色の瞳に、発情しきった自分の顔が映って、

 …その瞬間、全部ダメになった。










 溶けそうに熱い舌を傑の冷たい肌に押し付けて、薄ら浮いた腹筋の割れ目を舌先でなぞる。

「はぁっ…んン…っは、…!」
「くすぐったいって、ソコ」

 ベッドの上にあぐらかいて座ってる傑が、そう言って笑いながら俺の髪を梳く。
 それだけで髪にまで神経が通ったみたいに気持ちよくて、傑のジーンズをぎゅっと握りしめてそれに耐えながら、シャワーの水が僅かに残った臍の窪みに舌を突っ込んだ。
酔ったように夢中で舌を這わせる俺に、傑は小さく笑いながら俺の頬を両手ではさみこむと、くいっと顔を上げさせる。


「ッふぁ…あ、ぁ…すぐる…」
「エロい顔。俺の腹舐め回すのがそんなに気持ちイイ?」
「んん…っ」

 必死で頷くけど、傑は気の無い返事をするだけで手を放してくれない。
 途中なせいかやけに口寂しくて、早く手を放してまた舐めさせてって、そればっかり考えて自分の唇を舐める俺に、傑は深い藍色をした瞳を細めた。

「傑、すぐるっ…おねが、もっと…ッ」
「悦はもう散々舐めただろ?…今度は俺の番」
「あぁ、ぁ…!」

 イヤらしく掠れた声で囁きながら、俺の耳たぶを食んだ唇が首筋を撫でる。
 ちゅく、ちゅく、と啄ばむみたいに動脈を舐められるとそれだけで体中の力が抜けて、そのままベッドに沈んだ俺の手に指を絡めてシーツに押しつけながら、上から覆いかぶさって来た傑の舌が鎖骨を這った。


「はっ…はッ…あぅ…っ!」
「…感じ過ぎ」
「だ、て…っぁあ…きもち、ぃ…から、…!」

 唇を付けたまま低い声で咎められて、びりびり肌を伝わってくる振動に悶えながら意味の無い言い訳する俺を、傑は呆れたように見上げる。
 尖らせた舌で鎖骨の形を撫でてから、見せつけるみたいに寄せられた唇がちゅく、と鎖骨の薄い部分を唇で食んだ。それだけのことがどうしようもなくヨくて、ジーンズの下の下着がどんどん濡れてく。


「っふ…、ぁ、あっ…ひぅッ!?」
「……」
「あぁあッ…だめ、それッ…ぅあ、ぁ…っもち、よすぎ…!」
「イキそう?」

 からかうように笑って、ダメだって言ってるのに少しも聞いてくれない意地悪な傑は、散々舐め回されて敏感になった鎖骨にまたゆるく歯を立てた。

「…っだ、…やだ、嫌、…ッぁあああ!」

 だから…駄目って…ッ
 イッた直後の甘い余韻に浸りながら、握りしめてた傑の手からくったりと力を抜くと、俺の鎖骨からようやく口を放した傑が顔を上げる。

「んぁあぁああ…!…はぁ、う…っ」
「…なんだ、今のでイッた?」

 ジーンズの上から濡れてぐずぐずになったモノを撫でられて、逃げるように身を捩ろうとした俺の両腕をまとめて頭の上で押さえつけながら、真上から見下ろして来た傑の顔は、鬼畜そのもの。

「まだキスもしてねーのに、これはちょっと酷いんじゃねぇか?淫乱」
「ぁ、…ちが…ッ」
「違う?」

 咄嗟に首を横に振った俺に、傑は軽く首を傾げて見せた。呑み込まれそうな藍色は全部を見透かされてるみたいに深くて、俺は視線でも犯される。

「脱げよ」
「え、…?」
「違うってンなら見せてみな。この下」

 この下、って言いながらジーンズのボタンをピンと指で弾くように外されて、両手首を押さえる手が外された。見上げた傑は鬼畜のスイッチが入ったみたいで、いつもより深みを増した藍色が無言で「さっさとしろ」って促してくる。

「…っ、…」
「…あーあ、ドロッドロ」
「ひ、ぅ…ッ」

 覚悟決めて膝まで下着ごとジーンズ引き下ろしたら足を割り開かれて、精液まみれでドロドロになったモノを弄ぶように軽くしごかれると、くらくらするような快感に足が震えた。手を汚した精液を、羞恥とか快感とか色んなものに耐えてる俺の胸元に擦りつけながら、耳元に顔を寄せた傑が甘ったるい声で囁く。

「“待て”もできない淫乱はどうやってお仕置きするんだっけ?悦」
「…だ、出せ…ない、ように…っ」
「出せないように?」
「しば、…る…?」
「ふーん?」

 横にある傑の表情を伺いながら、不安と少しの期待を込めてためらいがちに言うと、傑はどうでもよさそうな相槌を打って、俺の頭をくしゃりと撫でた。

「でも、悦は違うんだろ?」
「ん…ぅん…っ」

 くちゅ、と耳たぶを甘噛みされながら囁かれて、ほとんど何も考えずに頷く。いつもならこれが罠ってことくらい解るんだけど、今の俺にそんな余裕は欠片も無いから傑の言いなりだ。


「…じゃあ、何も無くても出来るよな。我慢」
「は、ぇ…っ?」

 …何も無くても?
 意味が解らずに間抜けな顔で傑を見上げたら、鬼畜な恋人は薄く笑って俺の体をくるりとひっくり返した。

「ぁ、すぐ…んンッ…」

 うつ伏せのまま腰を持ち上げられて四つん這いにさせられて、そのカッコに反応する前に背骨に口付けられて体中の力が抜ける。
 長い長い指が傑の舌で念入りに濡らされてくのを聞かされて、その音だけで息を荒くしてる俺をもっと焦らすみたいに周りをなぞってから、濡れた指が第二関節まで埋められた。


「はぁああッ…ぁ、あ…ん、っ…!」

 …あれ?
 シーツを握りしめながらいつもみたいなのを期待したのに、傑はゆっくり奥まで入れた指をくるりと回すだけで、曲げるどころか抜き差しもしてくれない。

「な、んで…ッぁ、…すぐる…っ」
「ん?」
「も、と…いつも、みたいにっ…」

 いつもみたいに俺のイイトコロを抉ったり擦ったりしながら、いっぱいぐちゃぐちゃに掻き回して欲しいのに。こんな、ゆっくり指を出し入れされるだけじゃとても足りなくて、振り返ってねだった俺に、傑は俺の肩にキスしてくすりと笑った。

「だめ」
「ッ…なん、…なんでっ…?」
「いつもみたいに激しくしたらすぐイクだろ、悦は」
「そ、なっ…やだ、ゃ…!」

 ただでさえ焦れてるのに、こんな生殺し続けられたらおかしくなる。嫌々って首を振るけど傑は聞いてくれなくて、器用に動く指に浅いところを解すように掻き回された。

「んぅ、う…ぁー、あっ…ふぁあ…!…すぐ…る、…も、意地悪…しな…っ」
「人聞き悪ィこと言うなよ。悦が痛い思いしないよーにって俺も我慢してンのに」

 それなら指を増やすなりなんなりしてくれればいいのに、紳士な振りをした鬼畜はそう言いながら、前立腺の少し手前を指先でカリカリ引っ掻いてくる。

「だいじょ、ぶ…だからっ…だから、もぅ…!」
「ん?」
「傑、すぐるのっ…俺、ナカにいっぱ…欲し…ッ」

 腰の横辺りのシーツに突かれてた傑の手に指絡ませて、傑が好きそうな言葉で精一杯ねだった。熱を孕んだ甘ったるい自分の声に、頭のどっかが「本物の淫乱みたいだ」って囁くけど、そんなの気にならない。
 …今日だけ、は。

「珍しいな、悦からおねだりなんて。そんなにキツかった?」

 いつもならこんな言葉、色んな所苛められて焦らされて体も頭もドロドロにされないと言わない。何かあったのかと傑が頭を撫でてくれるけど、奥に熱いモノを当てられたトコで止められてる俺に、その優しさを味わう余裕なんて無かった。

「すぐる、傑…!」
「ん。力抜け」

 口に出すには汚すぎる哀願は喉元で呑み込んで、代わりに傑の名前を呼ぶ。もどかしすぎる熱を持てあましてガキみたいに泣いてる俺を見て、結構極限だってことに気づいたのか、傑は短くそう言うと焦らさずに全部をくれた。

「ンぁああぁっ…ぅあ、あ、…ひあぁッっ!」
「はッ、トロットロ。今度から毎回指1本で解すか?」
「あぁあああッ…ゃ、だ、嫌…ッはぅ、ぁっあぁあ!」
「っと。…欲しいんならちゃんと腰上げてろよ、悦」

 ゆっくり慣らすように腰を使われただけで体中の力が抜けて、ガクンと崩れそうになった俺の腰を片手で抱いて支えながら、傑が下腹に響く低い声で囁く。

「あ゛ぁあッ…ぁ、ひッ、んンぁあっ…ぁあー、あーッ!」

 姿勢を直した途端、一気に奥まで突きあげられて呼吸が止まる。ごりゅごりゅ音まで立ちそうなくらい強く前立腺を擦られるのと、奥まで突き上げられるのを交互にされるともう堪らなくて、まだソッチは一度も触られて無いのにまたイキそうになった。
 あぁ、ヤバい、また…っ

「はぁぅうう…!んンぁ、あっ…、ひィッ!?」
「…勝手に何回イク気だ、淫乱」

 あともうちょっと、って所で俺の根元を握って射精を止めた傑に低い声で囁かれて、涙でほとんど前なんて見えないまま振り返った俺を射抜く、深い藍。

「淫乱な上に嘘吐きじゃ救いようがねぇな。もっかいイチから躾直すか?」
「ひぃッ!?あ゛ァっ、いま、そんなっ…ぁあぅうッ、ゃっ、嫌ぁああ!」

 低い声で囁かれながらごりり、と浅い所を抉られて、堰き止められた熱が出る勢いのままで押し寄せてきて背筋が震える。
がくんと力が抜けた腰は傑に抱えられて姿勢を保たされて、カリのすぐ下を締め付けられたモノの先端を傑の親指にぐりぐり抉られると堪んなくて、好すぎて苦し過ぎる快感にどんどん涙が溢れてきた。


「根元にリング嵌めて尿道にも栓して、一滴も精液出ないようにして」
「はひッぃいぃっ…ひゃ、めッ…ンぁあ゛ッあ!あ、ぁア!」
「そのままオモチャと俺のでじっくり苛めてやるか。あー…さすがに狂っちまうかもな。なァ、悦?」
「うぁ゛ああぁッ…!は、ひッ…おね、が、…ぁあッ…お願、…も、イかせッ…!」

 くすくす笑って鬼畜丸出しなコトを言いながらも、傑のモノはピンポイントで俺の弱い所を押しつぶして来て、まともに息が出来なくなるくらいの快感にぜぇぜぇ言いながら、涙声で訴える。
 シーツを千切る勢いで掴んで哀願する俺に、傑は怖いくらい綺麗な顔に酷薄な笑みを浮かべて見せた。

「ンな顔しなくても、ちゃんとイカせてやるって」
「はッ、はぁッ…はぁあぅッっ…!」

 優しく頭を撫でながらそう囁かれて、すっかり思考力の落ちた俺がもう少し耐えてればイカせて貰えるんだ、ってバカ正直に信じ込んで安心した、瞬間。


「…悦が気絶した後で」


 ……っ!

「ゃ、やだぁああっ!ふぁッ、ああぁっ…イキた、いきたいぃ…ッ!」
「暴れンなよ」
「ッっ―――!…ッか、…ひは、ぁ…っ!」

 力なんてロクにはいらない腕でじたばた抵抗を始めた俺に軽く溜め息を吐いて、傑はガリガリ音まで立てそうな勢いで俺の前立腺をモノで引っ掻きながら、奥まで一気に突き上げて来た。
 …しかも、まともに出させてもらえない精液をぽたぽた零してる俺の尿道に指めり込ませて、柔くて敏感な粘膜を撫で擦る悪魔みたいなオマケ付きで。

「あ゛ッ…、っ……ひぐ、…ッ…、っ!」

 剥き出しになった神経をごしゅごしゅ扱かれてるみたいな、強すぎる快感に頭も体もついていかない。音にもならなくなった嬌声上げながら、見開いた目からぼろぼろ涙零す俺の頬に、傑が小さく音を立ててキスを落とした。

「イイねぇ、その顔。すっげぇコウフンする」
「ッ…ぁ、あ…や、…嫌ぁあぁ…っ!」

 っ…もう、もうこんなの、おかしくなる…!
 空イキを繰り返してぼたぼた零れる白濁は、でもまだ傑の指に締め付けられてじわじわとしか出せなくて、わざとゆっくり抜き差しされたりサオを伝う精液を指で拭われたりするのが、死にたくなるくらい気持ちよくて、辛くて。


「ッき、ら…ぃ…!」

 しゃくり上げながら絞り出した声は、それこそ死にかけみたいに掠れた。
 それでも傑の耳には届いてたらしく、顔を寄せて「何が?」って聞いてくる傑から顔を反らしながら、溢れた涙で濡れる顔をシーツに押し当てる。

「はッぁ…すぐ、る…嫌、ぃ…っ」
「俺が嫌い?」
「ッんン…!」

 空イキを繰り返したせいで、じわんじわんと脊椎を痺れさせる重い快感にひくりと指先を痙攣させながら、シーツに擦りつけるようにして頷いた。

「…なんで?」
「…って、…!」
「うん?」
「ぁうッ…イカせ、て…くれな、し…ッ、…くるし、こと…ばっか…っ」
「んー…」
「…っそ、れに…、」


 シーツに顔の半分を押しあてながら、俺は全部の動きを止めて俺を見下ろしてる傑を上目づかいに見上げた。
 半乾きで暗さを増した茶の髪に縁取られた、深い藍色の目。赤い唇。今改めて見てるってことが更に俺の中身を不安定にさせて、涙を溢れさせる。


「…それに、どうした?」
「ッ…き、す…も、してくれな…し、…っく…ずっと、バック…だ、し…ッ」
「……」
「ふ、っく…ッひ、ぅぁあぁああッっ…!」

 泣きじゃくりながらの俺の訴えに黙ったまま、ナカに入ったままの傑のモノがぐりっと動かされて、また襲ってくるだろう地獄みたいな快感を予想した俺は濡れたシーツを握りしめた。
 半ばまで抜かれたと思ったら体を反転させられて、握ったままのシーツが捻じれる。咄嗟に閉じてた目をおそるおそる開いた先には、無表情な傑。

「…俺のコト嫌いなら、触られてンのも嫌だよな」
「…ぇ、…」

 すっと俺から視線を反らした傑が、静かな声でそう呟いて俺のを締め付けてた手をそっと離す。

「ひぁ!?、あッ、ぁあぁああッ!」
「……」

 いきなり来た解放はずっと待たされた分鮮烈で、長く長く余韻を引く快感が目の前を真っ白に染める。
 ただ気持ちよすぎてイクことに夢中になってた俺は、だから傑がモノを抜いたのにも、余韻が徐々に引いて呼吸が整うまで気づかなかった。

「はっ…はぁ…ッ、…すぐ、…?」
「…帰るわ」
「ぇ、…?っ、な…なんで…ッ?」

 だって、傑は結局まだ今日1回もイって無いのに。
 無表情に言いながらベッドを降りて前を寛げてたジーンズを整え始めた傑に、俺は動かない体を無理矢理起こして傑の腕を掴んだ。

「何でって…悦が言ったんだろ、俺のこと嫌いって」
「っぁ、あれは…そういうんじゃなくて…ッ」
「無理すンなよ。なんかさっきので一気に萎えたし」
「っ……」

 ぐしゃり、と半乾きの髪を掻き上げながらそう言って、傑はちらりと俺を横目にする。無言の圧力に咄嗟に腕を掴む手を放したら、傑はそのまま一瞥もせずにベッドを立ち上がった。
 違うのに。だって、あれは。いつもは、あんなこと言っても、

 …いつもは?

「すぐる、…傑!」
「……」

 無言で振り返った傑の目は、さっきあんなにギラついた目で名前を呼んでくれてたとは思えないくらい冷たくて、思わず俺は息を飲む。
 いつもは、いくら俺が心にもない言葉で喚いても傑が全部くみ取って、最終的には俺のいいようにしてくれた。俺が何も言わなくても、傑が。いつも、全部。

 イカせて貰ったけどいろいろ中途半端なせいで疼いてる体よりも何よりも、傑に戻ってきて欲しくて、俺は凍りつきそうに冷たい藍色をまっすぐ見上げる。

「…なに」
「っ…行かない、で…欲しい…」
「だから無理すんなって。またお前に酷いコトするかもしんねーんだぜ?」
「いい。…それでも、いいから、」

「イカせないまま我慢させるかも」
「ッ…それでいい。傑がしたいこと、してくれるんなら何でもいいからっ…」

 だから、だから。

「傑のこと嫌いなんかじゃ、無い。…だ、大好き、だから…っ」
「……」


 顔が熱くなるのを感じながら何とか言いきって傑を見上げると、驚いたように軽く目を見開いた傑は1度顔を反らして、永遠とも思えるような長い長い一瞬の後、ベッドに戻ってきて乗り上げるなり俺に深い深いキスをくれた。

「は、ふッ…ん、…ふ…ッ…ぁ、傑、すぐる…ッ」
「…ホントに嫌じゃないんだな、俺に、こーゆーことされても」
「んぁあッ…ゃ、じゃない…ッ好き、嬉しい…っ」
「…そっか」

 キツく抱きしめられたまま、さっきまでの余韻で緩んだままのナカに指を埋められてぐるりと掻き回されて、またじわじわ這いあがって来た快感に耐えながら叫ぶように言うと、肩に顔を埋めた傑がぽつりと呟いて、

「っあ…傑…?」
「…さてと」

 …さてと?
 とさ、と優しくシーツの上に寝かされて、浅ましい期待たっぷりに呼んだ傑は、さっきまでのシリアスな空気なんて全部吹き飛ばしたような清々しい顔で、俺の足をその肩に担ぎあげた。

「俺がしたいことなら、なんでもシテいいんだよな?」
「…え、」
「あんな下半身直撃な告白たっぷり聞かされて、ご要望に応えないンじゃ男じゃねぇし?…なぁ、悦?」

 ニヤリと笑って、鬼畜外道な恋人は唖然とする俺の太股に唇を押し当てる。

「は、ハメやがったなこの外道ッ!」
「いやー大変だったぜ、無理矢理萎えさせンの。純血種で良かった」
「ふざっけんなッ!俺、俺は本気で、捨てられるんじゃって…ッ!」

「俺があの程度で傷つくタマなワケねーでしょー?今日は結構理性飛んでるっぽいから仕掛けてみたんだけど、まさか“大好き”まで言ってくれるとは」
「ッおま…世の中にはやっていいコトと悪いコトがあるだろうが!」

 怒りとか恥ずかしさとかいろいろなモノでわなわな震えながら、俺は傑の肩に担がれた足で渾身の回し蹴りをその脇腹に叩き込んだ。

「この鬼畜外道!」
「んー?でもその俺が“大好き”なんだろ?」
「なッ…な、…!」
「ははッ…あー、悪ィ悪ィ」

 あまりのことに二の句が告げない俺の頭をぐしゃぐしゃ撫でまわして、傑はじたばた暴れる俺を抱きすくめた。
 こんなもんじゃ誤魔化されねぇ、ってその腕の中でもがいてたら不意に小さく名前を呼ばれて。思わず動きを止めて、しまったと思った時には遅い。



「悪かった。俺も言われたかったんだよ。1回でいいから、悦に好きとか、そういうコトバ」
「そ、んなの薬飲ませて、何回も…言わせてんだろッ」
「んー、でも、素面の時のが聞きたくてさ。…悪ィ、俺のワガママ」
「……!」

 卑怯過ぎる。こんなこと、言われたら許さないわけにいかねぇだろうが…!
 それでもこのまま大人しく頂かれるのは癪で、俺は精いっぱい意地悪な顔を作ると、傑の目の前に枕の下に隠してた小さな瓶を付きつけた。

「…なにこれ?」
「はッ…残念だったな。生憎俺は今日も薬入ってるから素面じゃねぇよ!」
「薬って…これが?」
「そうだよ。カルヴァがくれた、なんかよく解ンねぇ名前の薬で、…す、素直になれるって言う…っ」

 言ってる途中で恥ずかしくなってきて俯いた俺の手から、傑はふーん?と言いながら瓶を抜き取ると、きゅぽっと音立てて栓を抜いた瓶の中身を、何の躊躇いもなく一口含んだ。


「…成る程?じゃあ悦クンは、さっきの告白やら前半の乱れっぷりはこの薬で、タガが外れて素直になっちゃったせいだと」
「そ、うだよ。…残念だったな、俺に素面で告白させられなくて」
「んー、まぁそこは残念じゃねぇけどな。お前素面だし」
「は?何言ってんだよ。だから俺はこの薬飲んでて、」
「うん。でもこの薬、水だし」

 …みず?

「みずって…水?」
「うん。ちょっと食紅で色ついてっけど、他はただの水道水」
「う、嘘だろ!?だって俺、この薬のせいで…っ」

 この薬のせいで傑のこと俺から襲って、あんなことやこんなことを…でも、これが水だとしたらあれ全部…、俺が、自分で…!

「…っ…」
「…まァ、その辺は後でゆっくりカルヴァに聞いて頂くとして」

 愕然として言葉を失う俺にくくっと笑いながら、傑は蓋をした瓶をサイドスタンドに転がすと、俺の耳朶を柔らかく噛みながら、甘い声で囁いた。


「体中でお返しすっから、ちゃんと受け取ってくれよ?…さっきの告白のお返し」
「ぁ、あッ…んんぅーッ…!」


 …あぁ、もう…消えたい…!



 Fin.



ただの水を薬だと誤魔化されちゃうちょっとおバカな悦。
ピンヒールで白衣の魔女に「素直になれる薬だ」と小難しい医療用語使われて説明されて、平素からの願望(素直になって色々傑にお返ししたい)も合わさってコロっと行ってしまったようです。

後日悦は医局に殴り込みに行きますが、当然のように返り討ち。

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