快感中毒



 好きだよ。

 びくびく震えながら仰け反る背筋とか。
 失神する寸前の焦点の飛んだ瞳とか。
 快感に頭ン中まで犯されて、泣きじゃくりながらしがみついてくる手とか。

 ぶっ壊したくなるくらい、好き。










『…そーゆうワケで、帰ンのは2日後になりマシタ』
「死ね」

 濡れた髪をタオルでガシガシ拭きながら思ったままを率直に述べてやると、通信端末の向こう側にいる傑が一瞬黙り込む。
 悪ィとは思ってんだろーな。何だかんだ言っても俺との約束は守るから。


「今日はたっぷり可愛がってやるって、偉ッそーに言ってやがったのは誰だ?あァ゛?」
『…俺です』
「てめェ俺が何日ヤってねぇのか知ってンのか?5日だ、5日。俺をどうしてくれんだよ。犯されてーのか?ナイフで」
『いや、死ぬって。それは確実に死ぬ』
「死ね」
『ごめんて。俺だって悦の事抱きたくない―――よ。仕事で仕方な―――っしょ?』
「…あ?」


 時々混じる雑音が邪魔をして、言葉がブツ切りになって何言ってンのかさっぱりだ。
 砂嵐や妨害電波のような正統派の雑音じゃなく、少し遠い爆発音に続いて響く弾けるような軽い音が、ノイズみたいに響いてる。


「…お前、炸弾使ってンの?」

 こんな音は炸裂式手榴弾、略して炸弾の破裂音以外にありえない。

『あー、うん。階段潰して―――けど沸いて来――、ぞろぞろと―――』

 やる気のない傑の声に重なって、また炸裂音。
 対人地雷と同じレベルの破壊力を持つ炸弾を使っているんだ、きっと相手は多数で、傑が自分で手を下すのは面倒と思う程度の武装をしてる筈。
 …面倒な仕事受けやがって。


「マジで2日で終わるんだろうなァ。前みたいに伸ばしやがったらお前、」
『―――あ?悪ィ、もう1回』
「…だから、前みたいに先延ばしになったら、」
『は?先走り?―――何言ってンのお前』

 ッ……!!
 ふッざけやがって、てめェじゃあるまいし誰が日常会話でンな…っさ、さき、走りなんて、口に出すかッッ!


「死ね、今その場で死ねッ!」
『はい?ンだよイキナリ、悦―――』

 ベキャ。
 能天気な傑の言葉が更に脳ミソを沸騰させて、俺は力の限り乱暴に通信を叩ききった。手加減無しに力を入れたお陰で端末はボタンの部分が大きく凹み、カバー部分にヒビが入ったが、そんなことはどうでもいい。


 あ゛―――、クソッ。苛々する。


 端末をベッドに投げ捨ててキッチンの小型冷蔵庫を開けた俺は、中から目に付いた赤いラベルの瓶を引っつかむと、ナイフを一閃させてその飲み口の部分を切り落として口をつけ、

「ッ…げホっ…!」

 喉を焼く気かと思うようなアルコールの強さに思わず咳き込んだ。


「…ンだ、これっ…何度あるんだよ…!」

 涙目になりながらラベルを見てみれば、そこにあった数字は「80度」。
 ―――思わずラベルを2度見した俺は、一切迷う事無くその酒と言う名の劇薬を床に叩きつけた。
 分厚い瓶が床にぶち当たって砕け散り、派手な音を立てる。
 それに混ざって響く、聞き慣れた電子音。


「……ンだよ」
『悪ィ、さっきのもう片したから。…っつーか何やってた?』

 苛立ちと不機嫌を隠そうともせずに出した声は我ながら最高にガラが悪かったが、通信相手の傑はそれに怯むどころか気づかないフリをしやがる。

「…あ゛?」
『声、掠れてる』
「……」

 …また、このバカはどうせ…「我慢できなくてヤってた?」とか、「ヤんなら声くらい聞かせろよ」とか、そういう類のことを言うに決まってる。
 脳ミソの沸騰が再び元に戻ったのを感じながら、俺は首にかけていたタオルを勢いよく床に投げ捨て、


『悦、好きだよ』


 …とーとつに傑が言った一言に、そのままの態勢でそこに固まった。

『普段エモノ嬲り殺してるお前がさァ、俺に苛められて鳴いてンの見るとすっげぇ興奮すんの。怒鳴り声聞くのも、俺にだけ本性見せてくれてるって感じですげぇイイ。5日放っといたくらいで我慢できなくなるくらい淫乱なクセに、ヌかないで溜めててくれるトコもめちゃくちゃそそる』
「っ……!?」
『仰け反った時の背骨とか、鎖骨とかさ。体の内側も外側も全部、すげぇ好き』


 開いた口が塞がらない、ってのはコレだよ。
 頭の沸騰は嘘みてぇに収まったけど、今度は変わりに顔がありえねーくらい熱ィ。


『お前が5日ヤってないってことはさ、俺も同じなワケよ。血ィみて暴れてりゃ平気だと思ってたけどやっぱダメだわ、今すぐお前のこと抱きたくてしょーがねェ』
「…っ…」
『帰ったら腰立たなくなるくらい抱いてやるからさ、悦も俺が枯れちまうくらい搾り取ってよ。こんな仕事すぐ片づけっから、もうちょい待ってて』
「……」
『―――それじゃ』


 結局最後まで何も言えなかった俺を気にした風もなく、傑は短くそう言うとあちらから通信を切った。


 約束破った挙句に激情させた俺を宥めるために、いきなり甘い甘い告白を使ってくるような狡い男。確実に人を落とせる恥ずかしい言葉を、声色1つ変えずに言えるくらい場数を踏んでる遊び人。

 そんなところをひっくるめても好きだ、って。
 とっくに切れた通信端末を握り締めて鼓動を早くしてる俺は、アイツ以上にバカだ。



 Fin.







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