「あーあァ…降ってきやがった」
曇天の空から降り注ぐ、雨。
天井のスプリンクラーから吐き出されてくる人口雨を浴びながら、俺は最後のゴミ袋をコンテナの中に放り込んだ。
「っん…」
ずぶ濡れになっちまった作業着を脱衣所で脱ぎ捨てて、腹から胸元にかけて巻いてある包帯を引き剥がす度に、まだ乾ききってねェ傷がズキズキ痛み出す。
やっぱ薬も塗らねェで自分でやったのがマズかったかねぇ…ぁ、傷開きやがった。
「…っは…」
開いた傷口から血が伝うのを感じながら包帯剥ぎ取って、所々が赤く染まったそれをゴミ箱に突っ込みながら目隠しを解く。
いつもなら目隠し取っ払って明度を増した『千里眼』に鬼利の気配が見えるンだが、幹部同士の会合と調整があるとかで今日は映らない。
この時間になってもいねェって事は…今夜の「遊び」はお預けだな。
まァ、お預けって言われて我慢できるような節操のある体なら、最初っから苦労しねェんだけど。
「ぁッ…んン…っ」
頭からひっかぶったシャワーの湯が、昨日つけられた背中の傷を舐めながら肌の上を滑っていく。
「はぁッ…あ、ぁ、あ…!」
針で刺されンのとよく似た疼くような痛みが背筋を震わせて、俺はシャワーのコックを捻って水圧を上げながら曇った鏡に片手を着いた。密室の風呂場はいつも以上に声が反響してっから、自分のはしたねェ喘ぎ声とか息遣いとかがよく聞こえる。
「ぁ、ぐっ…ふ、ぁあぁッ…」
体を少しずらして傷に直にシャワーが当たるようにすると、もう最高。乾ききってねぇ鞭傷を降り注ぐ水に抉られて、そのもどかしい痛みに鏡に縋って鳴く俺の体は、こうやって焦らされれば焦らされるほど感度が上がってく。
傷そのものがそれなりの深さだから抉られりゃァ痛いし血も出るが、それだけの痛みじゃ俺には足りない。火傷するくらいの温度まで上げて至近距離でぶっかけでもしねェと、このままじゃ何時間耐えてたってイケやしない。
でも、前に1回それやって鬼利に凄ェ怒られたし…(熱湯での火傷は汚いらしい)…わざとやってお仕置きされンのも俺としてはイイんだけど、仕事で疲れてる鬼利にそこまでヤってもらうのはちょっと…なァ。
「っァ…バイブ、くらい…入れてってくれりゃ、いーのに…ッ」
それが面倒なら『絶対にヤるな』の一言でもいいのに。自分じゃ精々シャワーで傷抉るくらいしかできねェんだから、盛る体抑え付けて何時帰って来るかも解ンねぇ鬼利を待ってる方が絶対ェ気持ちイイ。
…意地悪な鬼利の事だから、それを知っててわざと何もしねェで出てったんだと思うけど。
「はぁっ…ん、ぁ…っ」
背中をバチバチ叩く水圧は相変わらずだけど、そんな緩い痛みはもう慣れちまって無いのと一緒。爪立てて傷抉って足元をてめェの血で真っ赤に染めたくなるのを我慢して、空いた片手で半勃ちのモノをゆるく扱く。
こういう風にヤんのは全然痛くないし苦しくねェからマジで嫌いなんだけど、この際文句は言ってらンねェからさ。
「あ、ぁあっ…ん、ふ、ぁ…ッ」
鏡に縋って体支えながら、片手で裏筋を押しつぶすみてぇに扱いて、すぐに先走りを滲ませてくる尿道口を爪先でぐりぐり抉る。耐え切れなくなってカリに爪立てて引っ掻いてやれば、痛みとない交ぜになった快感にぐらりって揺れる視界。
この体はつくづく被虐趣味に出来てっから、てめェでヤる時でも痛みが無いと満足にイケない。ギチリ、って爪立てて柔い皮膚が赤く腫れるくらい引っ掻いて締め上げて、それでも鞭で打たれる時の快感には敵わなくて凄ェ焦らされてる感じ。
「あぅ、っ…くぅ、ンんッ…ぁ、はぁっ」
足りない、足りない。
湯気で霞む世界の中で、俺は鏡に着いた左手の甲を見つめた。もう随分薄くなっちまってるが、そこには鬼利に付けられた一番最初の傷が今も痕になって残ってる。
その傷をつけられた瞬間のことは今も俺の中に鮮明に記憶されてて。薄い手を異物が貫通した痛みも、吹き上がった血の色も匂いも、背筋が凍るような鬼利の眼も、全部。
「っあ、あ、んぁあッ…!」
っぁ…、ヤべ…!
いきなり襲ってきた眩暈のするような快感に、俺は崩れそうになった体を鏡に手を着きなおして慌てて支えた。
わざとあの時の痛みを思い出せば思い出すほど、俺の異常な記憶力はその時の感覚を鮮明に思い出させて、右手に走る激痛。どっと溢れ出した先走りをぐちゅぐちゅ言わせてモノ扱きながら、その痛みを見失わないように無理矢理てめェの体を煽る。
「ひぁ、あッ…ふ、ぁぅ、うぅッ…!」
ずぐん、て熱が競り上がる感覚に温度を調節するコックを手探りで掴んで、一気に手前、熱湯の方向に回せば、一瞬だけ間を置いて頭上から降り注いでくる熱湯。
「ぁぐっ、ぁ、あ、あぁああっッ!」
50℃近い熱湯が一気に傷口を抉って、剥き出しになった肉を焼かれる激痛にどろり、と零れる濁った精液。
余韻に浸る間も無くコックを奥に回して熱湯から冷水にシャワーの温度を変えながら、俺はずるずるその場に座り込んだ。
「はぁっ…はぁ…は…」
雨みてェに上から叩きつけられる冷水を浴びながら、ゆっくり息吐いて呼吸を整える。
跳ねた水に洗われて明度を取り戻した鏡にはへたり込んだ俺の顔が映ってて、ぜェぜェ死にそうな呼吸を繰り返しながら鏡を見る俺の眼が、こんなもんじゃ全然足りねェってあからさまに滾ってやがる。
あァ、ったく…汚ぇ体。
今だってほら、イったばっかりだってのに体を洗うブラシを見つけて、その柄を突っ込めないか考えてンだからマジで救えねェ。ンなもん入れたら鬼利にバレた時どんな仕置きをされるか、その仕置きを想像して背筋を震わせて…堂々巡りの悪循環。
とりあえずシャワーを止めて、俺は濡れて額に張り付く髪をかき上げながらおぼろげな明かりの中に右手をかざした。
俺の体は新陳代謝がよすぎるらしく、大抵の傷なら1週間もすりゃ塞がって痕も残らねェ。何年経っても痕が残ってるのはこの傷だけだ。
「は、ぁ……鬼利…」
汚くて下劣な俺の体で唯一、綺麗なその傷を魅入られたみてェに見つめながら、思わず漏れる掠れた声。
あァ、早く帰って来て。
俺がもう嫌だって泣き叫ぶくらい酷ェこと、してくれよ。
Fin.