捕食者×2



「あ、」
「…傑。カルヴァと看護師達なら居ないよ」

「あー…あいつ等晩飯だっけ、この時間」
「そうらしいね」
「で、お前は何してンの。そんなトコで」
「骨がずれてる、って言うから治して貰ってる途中。…暴れるといけないから、だってさ」
「あぁ、幽利から聞いたぜ。軍警5匹片付けンのに骨6本もくれてやったンだろ?」

「偶には僕も怪我くらいしないと、馬鹿な連中が”楽をしてる”って苦情を言ってくるからね。…君はそんなところで何してるの」
「だってカルヴァも他の連中もいねーんだろ?あと1時間は。今日は悦が2件入ってていねェから出直すのも面倒だし。だから、」
「…だから?」


「暇つぶしに、お前で遊ぼうと思って」










 …全く、面倒な事になった。

「ねぇ、ちょっと。…ねぇってば。……おい、聞け色狂い」
「あァ?」

 久しぶりに幽利以外の人間の前で出した低音の僕の声に、両手ががっちり固定されてなかったらとっくの昔に3回は両目を潰してる男がやっと顔を上げた。
 その声が幽利のよりも少し低く甘く響いて、ついでに面が不気味なくらい綺麗で、慣れた手つきには躊躇いも恥じらいも無い、って事だけで僕は正直耐えられないんだけど、ナニをナニに突っ込まなければどこまでやってもセックスにはならない、と豪語する真性のキチガイは涼しい顔で僕を見上げてくる。


「何。せっかく俺がしゃぶってやろう、って言ってンのに」
「…非常に耐えがたい屈辱だけど、普段の働きに免じて理由があるなら許してあげてもいいよ」
「は?何が」
「……お前の頭の中には空気でも入ってるの?」

 ツクリじゃなく、本当に不思議そうな顔で見上げてくる傑に思わず深い溜息が漏れた。確かに傑は死ねばいいんじゃないかと思うくらいの快楽主義者だけど、悦っていう相手が見つかってからはそれなりに一途だった筈で他の人間を玩具にする事も無い。
 それがいきなり、暇つぶしなんて末期的にお粗末な理由でこんなことに及ぼうとしてるんだから、よほどのバカじゃない限り何か理由があるって悟るのは当然だ。


「カルヴァに薬でも盛られた?」
「んー…ハズレ」
「また悦を怒らせてオアズケを食らってるとか」
「ハズレ。…ちょっと惜しいかも?」
「キレた悦にオアズケどころじゃ無く、前のプレイか何かで使った薬を逆に盛られて現在大変な事になってる、とか。…これはさすがにバカ過ぎか」
「…アタリ」

 ……。
 これは、アレだ。

「…死ねばいいんじゃない?」
「笑顔で怖ェこと提案すンなよ。っつか何で解ンの?俺の部屋に何か仕掛けてる?」
「自意識過剰も程ほどにしてくれるかなウザいから洗面器に顔つけて可及的速やかに溺死しておいで」
「最近放っといたから寂しかったみたいでさァ、キレたってよりは悪戯って感じなんだけど」
「…まぁ、それはどうでもいいけど。お前に効くなんて並みの薬じゃないんだろうね」
「そりゃァ、規定の10倍にして盛られたら俺だって効かないワケにいかねーよ」
「あぁそう。じゃあ自分で抜けばいいんじゃない?僕を道具にしないで―――」
「ヌいたけど収まンねぇの。自分でヌいたのなんて5年ぶりだぜ?手つきなんざ忘れるっつの」

 薬が効いてるってのは確かに本当らしく、わざわざ僕の言葉を遮って傑は僕の両足の間に陣取ったまま、フェロモンだだ漏れの表情でくすくす笑った。

「…今なら、もしかしたら受けられっかも」
「……そこまで追い詰められてる、って事?」
「だからそう言ってンだろさっきから。…な、お願い。スゲー疼いて止まンねぇの、体中」

 これは…さすが、というか。なんと言うか。
 じっと見つめてくるその藍色の瞳が吸い込まれそうに深くて、ブラックホールでも覗き込んだら、多分こんな感じなんだろうと馬鹿みたいなことを考えた。
 そうか、この男は…甘い声とこの眼で、人間を、


「…その手には乗らないよ」
「あれ?」

 目の前が眩んで引きずり込まれそうなのを堪えて傑を睥睨すると、今の今まで最中みたいな眼をしてた傑はすっと仮面でも外したようにいつもの顔に戻った。ぺろり、と舌先で唇を舐める仕草はまるで蛇だ。

 バカな人間を誑かしては噛み殺す、酷く質の悪い綺麗な毒蛇。


「…さすがにしぶといなお前。普通ならこれでイチコロなんだけど」
「僕をその辺の馬鹿と一緒にしないでくれる?

 純血種とはいえ、登録者に誑かされてるようじゃ”ILL”の幹部は勤まらない。これみよがしに溜息を吐いて、石ころでも見下ろすような眼で見ていると、傑は軽く肩を竦めてその場から立ち上がった。

 くすくすと、楽しそうに笑いながら。


「俺さ、お前のそーいう無駄にプライドたっかいトコ嫌いじゃないぜ。人間らしくて」
「どういう意味?」
「そのまま。どうせ1世紀も生きられねぇくせに、どいつもこいつも呆れるくらい傲慢で欲深い。どうせ大した価値も無いくせに、名誉だの誇りだのにしがみ付いて死んでく」

 バカみたいですげー好き、と言いながら笑う傑の表情は言葉に反して楽しげで、呆れるほどに無邪気なその顔にこっちが拍子抜けする。

「…ってことは、つまりその人間らしい僕が好きってこと?」
「うーわ、プラス思考。結構酷ぇこと言ったぜ、俺」
「だってそういうコトでしょ?」
「ま、そうだけど。…うん、結構俺お前のこと好きかも」
「そう。気持ちに答えられなくて非常に残念だよ」

 あっさり切り捨てる僕に傑は「酷ぇー」、って笑いながら、手を椅子の背もたれにかけてぐいっと顔を近づけてきた。

「…舌入れたら噛み千切るよ」
「させねーよンなコト。動脈締めながらするから」
「……何が望みなの」

 傑が何を企んでるのか、なんて大体予想はつくけど。まさか本当に動脈締められてされるわけにもいかないから仕方なく聞いたら、綺麗な毒蛇は舌なめずりしそうな表情で笑った。


「最近、悦と擦れ違い気味でさぁー?ココロとかカラダとか繋ぎたいから休暇くんねぇ?」
「…何日?」
「2週間」

 2週間…今日から、とすると…

「…1週間だとありがたいんだけど」
「えー…なんで?」
「行ってもらうつもりだった仕事が9日後に入ってる。東の、内乱でぐちゃぐちゃになってる国あるでしょ?あそこのテロリストの殲滅なんだけど」
「テロリストぉ?…パス」
「そう…」

 そう言うと思った、という感想は取り敢えず飲み込んで。軽く視線をそらして、ふぅ…と溜息を吐きながら僕はそっと眼を伏せて見せた。

「君が行ってくれないと、ろくに知識も無い彼等が新型爆弾を完成させて、1日を懸命に生きている貧民層の非戦闘民が4ケタほど被害に巻き込まれるだろうけど…嫌なら仕方ないね。嫌々行って手を抜かれたら困るし」
「……」

「国民第一、って考えが気に入ったから少し値段下げてあげて傑に回して、凄く喜んでたんだけど…」
「……」
「しょうがない、壱級は居ないから弐級に回すよ。彼等だと力不足で何割か無駄死にが出るだろうけど…まぁ、傑には特に責任も無いから、気にせず悦と遊んでなよ」
「…わァったよ、行きゃァいいんだろ」


 渋々、って感じで言う傑にわざとらしく驚いた顔で「ホント?」と念を押すと、苦い顔をしながらも頷いた。
 実際は壱級には何人か空きがあるし弐級でも大丈夫な仕事なんだけど、前金は零級派遣の値段で払わせてるし、何より国民第一の国の司令部は”零級”に鎮圧して貰うことを望んでる。

「どーせ何やっても行かせるつもりなんだろ?せっかく国と繋がるチャンスだもんな。零級です、つって壱級派遣したら”ILL”の評判に関わるだろーし」

 嫌そうに言ってるけど当にその通りだ。
 さすが、傑はよく解ってる。

「ありがと、傑」
「どーいたしまして。じゃあその代わりっちゃァなんだけど、1つお願い」
「…まだ何か―――」

 ちゅ。

「………………何した?」
「残りの1週間分の代わりに、最高幹部サマのほっぺを頂きました」

 ……。










「傑ー、指令書届いて……うわ、何だこれ」
「どした?」
「すげーハードスケジュール…こことか次の仕事まで大陸ほぼ縦断しなきゃなんねー距離になってる」
「…マジ?」

「うん。”最後の5件は料金はキスで前払い済みだから、精々馬車馬のよーに働け”…お前鬼利にキスしたのかよ!?」
「したけど触わるだけのヤツだぜ?…うわ、あの野郎マジで最初の3件分しか給料入れてねぇし」
「……」
「クッソ…やっぱ舌入れてやりゃ良かった」
「…傑ー?」
「ン?…えぇッ!?ちょ、いきなり頚骨狙いはねぇだろどうしたんだよお前!ちょ、悦!悦さん!」
「煩ぇこの色魔!色情狂!浮気者!」
「ちょ、待ッ…だってお前だって幽利とシテたじゃねぇかよキス以上を色々と!」
「なッ…何でお前がそれを知ってんだよ!信じらんねぇ浮気の上に覗きか!もういい死ね!」
「痛い痛い刺さってるって!…ンの野郎、今夜覚えてろよてめぇ!」
「…えっ」
「……いやいや、なんでそこで照れンのよ」



 Fin.




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