俗に言う「愛情」ってぇ感情は、俺の眼には白に見える。
感情ってのは霧みてーなモンで、そのもやもやが人の体を覆ってる。愛の対象と会うとその霧がぶわぁって広がって、それで愛情の深さまで俺には見えちまうワケ。
その愛が深ければ色は濃く、範囲は広がる。そうでなけりゃあその逆。
…でも、鬼利のだけは例外。
言葉なんかで確認するまでもなく伝わってくる感情は痛ェくらいで、目隠しを外された俺は首輪の鎖を引きずりながら鬼利の靴に口付けた。
正しくは、黒い革靴に飛んじまった俺の精液に。
綺麗な鬼利を汚すそれを舌でぺろぺろ舐めとってから、今度は床にぶちまけちまった分を掃除する。冷えた精液は青臭くて飲めたもんじゃねぇけど、俺なんかの汚い精液で鬼利の部屋の床をいつまでも汚しとくわけにゃいかねェし。
「床綺麗にしたらバイブ片付けといで」
「んん…は、ぃ…」
ごとん、て音立てて目の前に落とされたバイブにも丁寧に舌絡めて、綺麗にする。そういや今日のローション媚薬入ってたけど、鬼利の命令に対する俺の返事は「はい」だけだから嫌なんて口が裂けたって言えやしねェ。
即効性の媚薬で体が火照りだしたのを感じながらまた精液舐めてよ。てめェで出したモン掃除してて益々欲情しちまうなんてホント、下劣。
「…いつまでやってるの?もう寝たいんだけど」
「ぁ…も、ここで、終わり…」
「そう」
素っ気無く答えた鬼利は俺を冷たい眼で見下ろして、ふっと視線を反らすと広くてフカフカのベッドの上に寝転がる。
俺は寝たことは勿論、触らせて貰ったこともねェから想像だけどよ。…きっと羽根みてェに柔らかい、と思う。
少なくとも、俺がいっつも寝てる檻の鉄の床よりは。
出来るだけ音がしねぇように鎖引きずって、怪しい玩具とか薬瓶とか並んでる小部屋の棚に口で咥えて持ってきたバイブを置くと、俺は部屋の奥に置かれてるデカイ檻の扉を開けた。
鉄の床は素肌には冷たすぎるから、この前こっそりゴミ箱からくすねたボロボロのシーツに包まって、薬とバイブで何回もイかされて疲れきった体を横たえる。
「はァ…」
昼間は雑用として、夜は鬼利の玩具として酷使される体に許される休養は、多くても5時間あるかねェかってくらい。
この前過労でぶっ倒れたのが1ヶ月前だから、この調子で使われれば…今週中で、多分またぶっ倒れちまうと思う。さすがに医局で点滴受けてる間は鬼利もベッドで寝ることを許してくれっから、実はちょっとだけそれが嬉しい。
…はッ、倒れンの待ってるなんざ、我ながら終わってやがる。
蓄積してってる疲労がピークに達しようとしてる体は19時間ぶりの休息に喜んで飛びついて、気ィ抜いた途端に猛烈な睡魔と体のダルさが一気に襲って来る。
その睡魔に誘われるまま俺は目を伏せて、
首輪を締め上げられる息苦しさに、慌てて飛び起きた。
「…どうして勝手に寝てるのかな?」
「ぁ、あ゛…ッ…き、り…っ?」
「今日はここじゃないでしょ、寝るの」
強引に首輪の鎖を引かれて檻から引きずり出されて、俺は腰が立たねェくらいのダルさを堪えながら四つん這いで鬼利の後について行く。
いっぺん気ィ抜いちまった体は正直動くだけで眩暈がするほど疲れてンだが、そんなこと訴えたって「だから?」って嘲笑われンのがオチだ。
鎖に引きずられて連れてこられたのは、鬼利の寝室。でかいベッドにかかった白いシーツが眩しくて、その場にぺたんとへたり込みながら俺は軽く眼を細めた。
…気持ちイイんだろーなァ…アレで寝たら…
「顔上げて」
「っ…?」
ボーっとしてたら前髪掴まれて顔上げさせられて、首に食い込んでた首輪が外される。そのまま髪を掴み上げられて強制的に膝立ちになった俺は、多分来るであろう衝撃に耐えるために咄嗟に眼を閉じた。
…あれ?
てっきり床に叩きつけられるか、腹に膝の一発でも入れられると思ってた俺は、いつまで待っても来ない痛みにそろりと眼を開けた。
「何してるの?」
「へ?…あ、の…だってコレ…」
「早く」
不機嫌そうに眼を細めた鬼利に乱暴に髪を離されて、俺は半ば呆然としながら鬼利に視線で「上がれ」と指示されたベッドの上を見つめた。
上がれ、って…ここに?俺が?
パニくって「何で?」ばっかり繰り返してる間に、従順な俺の体は無意識に鬼利の命令を実行してた。想像どおり…いや、想像以上にふわふわで、綿みてェな足元の柔らかさにかなり戸惑う。
「僕が冷え性なの、知ってるでしょ?」
知ってる。どこまで気温が下がればどこが冷たくなるかまで全部知ってる。
「お風呂上りにお前の相手した所為で体が冷えた。罰として、今日はここで僕の抱き枕になること」
「……」
「返事は?」
「…は、い」
真正面から言われても命令の内容が理解できなくて、いや、理解はしてンだけど信じられなくて、俺は鬼利に命令されるままホントの枕みてェに無抵抗にベッドに寝る。
初めて寝るその上はホントに気持ちよくて、すぐ近くに感じる鬼利の吐息と温かみに気絶するんじゃねェかってくらいの幸福感を感じた。
愛情ってのは大体白いんだが、俺の眼に映る鬼利の「愛」は灰色をしてる。
それは他の感情には絶対にねェ色で、だから目隠ししてたって俺はその感情の色で鬼利だけはすぐ見分けられる。
くすんだ灰色をした、俺が見て来たどの感情の霧よりも濃くて範囲の広いその感情は冷たくて、暖かくて、鋭くて、柔い。
…ガキの頃から、俺はこの霧に包まれンのが何より好きだった。
濁って歪んだ俺達の愛情を現す、この灰色の霧が。
「…おやすみ」
耳元で甘く囁きながら、冷えた肌を暖めるみてぇに鬼利の腕が俺の肩に回されて、背中に密着してくる狂おしいほど愛しい片割れの体温。
おやすみ、鬼利。
…このまま、「おはよう」が言えなけりゃいいのに。
Fin.
実行に移す鬼利が過激に見えがちだけど、
願望で済ませる幽利の方が実は危ない事を考えてたり。