甘く甘く、舌に絡みつく
蜜の味。
「貴方、甘いモノはお好き?」
「…へ?」
部屋の前で待ち伏せしてた医局の連中に連行されて、椅子に固定されながら嫌々治療を受けてた俺は、唐突なカルヴァの言葉に思わず間抜けな声を上げた。
半分寝てた頭を叩き起こしてカルヴァを見上げると、真っ赤な伊達眼鏡をかけた女王様は薔薇鞭片手ににっこり笑ってて、その笑顔にぞわっ、て鳥肌。
「あら、嫌い?」
「…好き、だけど」
「そう。なら、よかったらコレ、貰ってくれない?」
警戒心たっぷりで答えた俺に優雅に微笑みながら女王様がどんっ、とメスやら注射器やらの乗ったトレイに乗っけたのは大きめの瓶に入った……蜂蜜?
「…何だよコレ。蜂蜜に見せかけた媚薬?」
「私がそんな野暮な真似すると思って?正真正銘、純度100%の蜂蜜よ。全部薔薇の蜜で作ってあるの」
確かにカルヴァにはぴったりだけど…問題はそーじゃなくて。
ってかさっきの衝撃で散らばったメスやら注射器はスルーかよ。1本足に刺さっててちょっと痛いんだけど。
「それを何で俺に?甘いモン嫌いだっけ?」
「違うわ、たくさん有り過ぎるのよ。新入りの子が田舎から持ってきてくれたんだけど、多いからお裾分け」
「マジで、ただの蜂蜜?」
「信用されてないのねぇ、私も。正しい判断だけど」
くすくす笑いながら、カルヴァは指先でジーンズの中に少しだけもぐりこんでた注射器を抜くと、もう1個瓶をトレイに乗っけて医局長室に消えてった。
…拒否権とか無いわけね、俺には。
…さて、どーするか。
強制的にナースに持たされた蜂蜜をキッチンに持ち込んで、2瓶の内1つを空けて味見をしながら俺は少し考えた。
確かに味は悪くないけど、薔薇の匂いが結構キツいから料理にはあんまり使えなさそう…ってか絶対使いたくねぇ。
そもそも貰ってくるなよって話なんだけど、「瓶ごと皮膚の下に縫い込みましょうか」なんてナースに言われたら持ってこないわけにはいかない。しかもあのナース、常に目がマジだし。
「飯じゃなくて、菓子とか…」
小麦粉と卵はあるし、ケーキとかクッキーならこの匂いもまぁ…誤魔化せはしないけど、変では無い、と思う。ケーキがいいかな、やっぱ。あれなら一気に量使うし、2ホールでも作ればすぐ無くなるだろーし。
そこまで考えて早速、とボールを取り出した俺は、ふっと頭をよぎった疑問に一瞬その場で動きを止めた。
…あれ、傑って甘いモノ大丈夫だっけ。
「…なんだっけ、アレみたい。あの熊」
…熊?
リビングで出来たての蜂蜜ケーキを食ってた俺を見た傑の意味不明な言葉に、俺は唇の周りについた生クリームを拭いながら首を傾げた。
「は?何、熊って」
「あー……ぽーさん?」
誰だよ。
「…ぽ、じゃなくて、ぷ、じゃねぇの?」
「そうそう、それ」
ひと仕事殺って来ました、って感じの傑は適当に相槌を打ちながら幽利ンとこから借りてきたらしい機関銃をその辺に置くと、いつものソファの右端―――じゃなくて、俺から離れた左に座った。
奇襲使われた時に立ち難いから、って理由で普段から地べたには座りたがらない傑は、いつもソファの右側、窓に近い方に座るのに。
「凄ぇ蜂蜜の匂いしてるぜ。噎せそう」
「食う?」
「何処の?」
「買ってねーよ、俺が作った」
当然のように聞き返してきた傑の分のケーキを切り分けながら答えると、傑は一瞬キョトンとした顔をして、俺からケーキに視線を移した。
「へぇ…その生クリームも自分で?」
「そーだよ。…別にいいだろ、野郎がケーキ作ったって」
「拗ねンなよ。上手いな、って思っただけ」
…っまた、このタラシ野郎は平気な顔して変なことを…!
普段からフェロモンなんてダダ漏れな上に、年中無休でエロい声でンなこと言われたら変な気になる、って―――…解っててやってンだよな、コイツは。
「あ。甘いモン平気だっけ?」
「んー?」
切り分けた蜂蜜ケーキを皿に乗っけて手渡しながら念の為に聞いたら、傑は曖昧な笑みを浮かべてそれを流して、皿じゃなくてケーキを直で掴んだ。
そのまま、零れた生クリームが指を汚すのも構わずに平らげて、平気な顔して指についたクリームを舐め取り始める。
「…変な食い方すンなよ」
「いーじゃん、この食い方のほうがヤらしく見えンだろ?」
悪戯っぽく笑ってそう言いながら、傑はワザと眼を軽く伏せて中指を伝う生クリームを舌先で掬い取って、
「んっ、む…!」
「……」
わざわざ気配を消して無駄に素早く体を寄せて、キスした。
舌にまだ残ってる甘い蜂蜜入りの生クリームごと舌を絡め取られて、くちゅ、って濡れた音をさせながら何度も角度を変えて舌を絡められて、吸われて、酸欠ギリギリまで放してくンねーの。
息苦しくなって軽く顔を顰めたら、普段から眼を閉じない傑がそれ見てよーやく放れて、俺の唇の端をぺろ、って舐めてく。
「っは…ぁ…」
「クリーム付いてた。…シャワー浴びてくっから、我慢できなくなったら来いよ?」
「誰が。どーせ行ったら行ったでシャワー責めとか、そーゆう変な真似してくンだろ、この変態」
乱れた息を整えながら精一杯憎まれ口を叩いた俺に、傑はソファから立ち上がりながら薄く笑った。
「して欲しいならしてやるけど?」
「…うっさい、ド変態」
シャワー浴びてくる、って言ってからもう1時間近く。
女じゃあるまいし、幾らなんでも長すぎンだろ、これ。
「行かない、っつってンのに…」
あんな軽口挨拶代わりな傑が本気で俺を待ってる…なんて馬鹿な話はねェと思うけど、とりあえずぶつぶつ文句を言いながら俺は風呂場に向かった。
傑の言う通りになンのは癪に障るけど、一応心配だし?
「傑ー」
「……」
「…なァ、何して…、っ!」
面倒になって扉を開けた俺の眼に飛び込んできたのは、湯船に浮かぶ水死体―――じゃなくて、ぐったり壁にもたれてる傑。
「ちょ、傑?」
「……ぁ?」
あ?、はこっちの台詞だっつーの。
「何してンのお前。ってか顔真っ青じゃねーか」
「…気持ち悪ぃ…」
ぐったりしながらダルそうに答えて、傑は軽く頭を振った。風呂場の淡い光じゃよく解ンねーけど、顔は青いし冗談とかじゃなくマジで気分悪そうな感じ。
でも、傑は長風呂平気な方だし、そもそも”純血種”が風呂場で逆上せてダウン、ってのはまず無いと思う。
…ってことは、だ。
「甘いモノ、ダメだったりする?」
「……」
気まずそうに眼を反らす傑。
具合が悪い所為か、いつもの数十倍は解りやすいその反応に俺は溜息吐いてぐったりしてる傑を湯船から助け出した。
そーいえば、傑は売り物の甘いモノは食べたがらなかった。それを作ってるメーカーが嫌いだ、とか言ってたけど…アレは嘘か。
「お前なぁ、ちゃんと言えよそーいうことはッ」
「…甘いモノは生理的にダメで生クリームとか俺にはスプーン1杯で致死量デス」
「だからソレを食う前に言えってンだよ!」
吐け、って言ってンのに意地張って吐きたがらない傑を、バスローブを巻き付けて壱級以上の特権らしい無駄にデカいベッドに放り込んで、俺は寝室のドアを音を立てて閉めた。
平気だから開けろ、とかいう下手な嘘が聞こえたけど、勿論無視。
ついでに、俺の手作りだからって無理して食ってくれたことが柄にも無くちょっと、いやかなり嬉しかったけど、
…それも、とりあえずは無視。
Fin.
傑は辛党で、悦は甘党なんですというお話。
時間軸的には「ビタァ・スイート」の前で。
因みに鬼利は無所属で、幽利は味覚馬鹿です。