蜂蜜の誘引



「…この余ったケーキどうしよ」
「甘いモノ…そーいや、幽利が好きだったかも」
「幽利って、あの目隠しの?」
「アレでちゃんと眼ぇ見えてるんだぜ、アイツ」
「それは入った時に聞いた。…鬼利以上にヤバいンだろ?」

「コッチが手ぇ出せばな。いっつもギリギリな奴だからちょっと仕事手伝って、菓子の1個でもやれば簡単に懐くぜ」
「ンな、ガキじゃあるまいし…」
「マジだって。俺には飴1個で懐いた」
「……」










 薄暗い武器庫の隅にある、ボロっちい鉄のデスク。
 下の連中には”武器庫の主”とか呼ばれてるらしい雑用係の幽利は、傑の言った通りそのデスクに直接座って、やたらパーツの多い機関銃を弄ってる所だった。

 目隠しに、後ろで1つに括った少し青っぽい黒髪。前を開けた作業着の胸元には、どこで何して来たンだよ、って聞きたくなるくらいデカいガーゼが貼り付けられてる。

 …ってか、よく考えてみりゃ武器庫に手作りケーキ片手で侵入とか、場違いにも程があンだろ俺。
 何か気まずくなってきた。帰りてぇ…


「……ん?」
「あ」

 …気づかれた。
 作り過ぎた蜂蜜ケーキお裾分けに来たんだから気づかれていい、ってかそれが目的なんだけど……やっぱ、飴1個で懐くとか無茶があンだろ。あの鬼利のお気に入り、ってだけでも怪しさ爆発なのに。

「旦那、確か傑のツレの…」
「あー、うん」

 まぁ、確かにそーなんだけど。
 ほぼ初対面な上、武器庫に篭ってるコイツが何でそんなこと知ってンだ?

「会った事あったっけ?」
「いいえ?こォやってお話すンのは初めてっスよ」

 機関銃を脇に退けて「初めまして」なんて挨拶までした幽利は、深く下げた頭をひょこっと上げて首を傾げて見せた。
 目隠しで眼は見えないけどそれ以外の場所は充分人好きがする感じで、噂で聞いてた”危険人物”ってよりは、どこにでもいるちょっと顔の綺麗な一般人って感じ。

 …まぁ、それが逆に怖ェんだけど。

「で、どォしました?刃ァ欠けたンなら、ちょォっと小ぶりだが旦那が使ってンのと同じ型のが丁度あるンすけど」
「…知ってンの?俺の武器」
「勿論。…あァ、勘違いしねェで下さいよ?別にストーカーとかじゃ無くッて、それが俺の特技なんスよ」

「…ストーカーが?」
「いや、そォじゃなくって…簡単に言っちまえば暗記、ですかねェ?」

 へらりと笑いながら幽利は手に持ってた機関銃を足元に置いて、暗記してる事の種類を指折り数えていく。

「今”ILL”にいる連中の名前と血液型と掛かってる賞金、愛用の武器と仕事の癖。
去年までに”ILL”から抜けた連中の死因と日付。…まァ、こんくらいはソラで言えるンすよ、俺」
「…嘘だぁ」
「……。えぇッ!?いやいや、そこは信じて貰わねェと俺の立場が」

 思わず言っちまった本音に幽利が慌てたように言うけど、いくら得意つったって…ちょっとそれには無理があンだろ。
 現在進行形で”ILL”に登録されてンのは最低で5000人。その中の50人は毎日死ぬか逃げるかで入れ替わってるから、去年までに抜けた奴なんて何千人って単位でいるんだし。

「だって無理だろそんなの。どーやって覚えンだよ」
「そ、そりゃァまぁ…普通の人はそォなんでしょうけど、俺ァちょォっとばかし頭ン中が特別なんスよ」
「…メモリー端末入ってるとか?」
「いやいや、そォじゃなくって。1度でも意識して見たモンは絵でも文字でも関係無しに忘れねェ体質なんス」

 …マジか。

「マジでいンの?そんな奴」
「はァ…俺がこォして居ちまってるンで…」
「ふーん…」

 じゃァ結構凄ぇじゃねぇか、幽利って。ますますケーキなんかじゃ懐いてくれそうにねーんだけど。

「あのさ」
「はィな」
「甘いモン好き?ケーキ余っちまってさ、もらって欲しいんだけど」
「へ?…あ、あァ!はィな、多分好きっスよ」


 一瞬キョトンとした顔をして、(眼は見えないから雰囲気で)幽利は何かに気づいたみたいに明るく言いながら、細かい部品やらバールやらで散らかったデスクの一部を空けてくれた。
 それはいいんだけど…多分ってなんだ、多分って。

「あんま好きじゃねェの?」
「気分にもよるんスよねェ…。あァでも、紅茶にも偶に砂糖ゴッソリ入れたりしてるンで大丈夫っスよ」
「あー…ちょい待ち。なんかズレてる気がする」

 俺は幽利に対して言ってンだけど、どーも幽利は自分を通り越してどっか別の誰かに俺が送りたがってるように勘違いしてる感じがする。

「俺は、お前に要らないかって聞いてるんだけど?」
「…俺っスか?」
「あ…嫌い?」
「いえ全然」

 傑の勘違いかと思って軽く首を傾げつつ尋ねたら、幽利はそう即答してぶんぶん首を横に振る。
 良かった、これで嫌いとか言われたらこのケーキ全部腐らせるトコだった。

「これ、なんだけど」
「わ…メッチャ美味そうじゃないスか!マジで俺なんかが貰っちまっていいンで?」
「作り過ぎて余ったからさ。貰ってくれてありがたいくらい」
「旦那ご自分で作ったんスか?凄ェや、売り物かと思いましたよ」

 紙袋を覗き込んでた顔を上げて、幽利は見てるこっちが嬉しくなるような笑顔で俺の蜂蜜ケーキをベタ褒めしてくれた。
 凄ぇ大げさなこと言われてるんだけど、相手が幽利だからか全然嫌味っぽく聞こえなくて、何か…ちょっと照れる。



「ありがとうございます。今度仕事入ったら言って下さいね、とっておきお出ししますンで」
「とっておき?」
「えェ。各国の最新作が裏にあるンで、それ使って下さい。…あ、でも他の連中にゃァご内密に。知れると口封じにまた何人か殺らなきゃなんねェんで」

 ……。
 今、ナチュラルにすっげぇ物騒な言葉が聞こえた気がしたんだけど。

「噂には聞いてたけど、マジで殺してンの?」
「はィな。平均で月に3、4人ほど」

 にっこり笑ったままで答える所が、さすが”ILL”の雑用係、って感じ。

 確か賞金はかかってねぇって聞いたけど、それだけ場数踏んでるンならよっぽどセンスが無い限りそれなりには上手くなるし、何より幽利はこの本部の中を誰よりよく知ってるから地の利がある。
 医局の連中も味方だって聞いてるし、しかもバックにはあの最高幹部の鬼利。

 …血の気の多い壱・弐級の連中が手ぇ出さない筈だ。


「そォいや旦那。ケーキ頂くのは嬉しいんスけど…何で俺に?」
「えっと…」

 ”マジで飴1個で懐くのか見たかったから”…ってのはマズいよな、流石に。

「傑が言ってたからさ、好きだって」
「成ァる程。そォいや傑にも前に飴玉貰ったんスよ。すげーデカいのを5個も!」
「あぁ、聞いてきた。でもさすがに無ぇよな、飴は」

 ガキならともかく相手は1つ年下のそれも男なんだから、せめてクッキーとか…
 フォローのつもりで苦笑交じりに言った俺の言葉に、でも幽利はきょとんとした顔をして(これも雰囲気だけど)首を振った。

「え…何、もしかして甘味の中でも飴が大好物で傑があげたのが超レアだったとか?」
「飴にレアとかあるんスか?」
「……」

「あの、俺実はガキの頃幽閉されちまッてて、始めて飴喰ったのが16の時だったんスよ。だから飴つったらそン時のイチゴミルク味しか知らなくて、傑がくれたのがみかんとレモンだったから感動しちまッて…」
「みかんとレモンの飴に?」
「はィな。あとはァ…あ、最近チョコ貰いましたよ医局の子に。すぐトロトロになりますよねェ、あれ」

 …えっと。
 つまり?育ちの最高に悪い俺でも10歳になる時には知ってた飴やらチョコやらの味を、幽利は最近になってよーやく知ったと。

「…ケーキは?」
「あー…昔、兄貴の残りなら喰ったことありますよ。バースデーケーキの」

 俺が渡したケーキの入った紙袋を大事そうに抱えながら、幽利は何のためらいも無く頷いた。
 さすがにケーキ食ったこと無いってのは無いか、やっぱ。
 バカにしすぎたかと思ってちょっと反省して「そっか」なんて言ってた俺は、次の瞬間そのまンまの明るい表情で言った幽利の言葉に凍りついた。

「でも、実際味はあンまし解んなかったんスよ、そン時は」
「喰ったんじゃねーの?」
「えェ。でもそン時の俺の飯って全部残飯だったンで、ケーキもスープもぐしゃぐしゃで。あ!でも生クリームは無事だった所があったンで食いましたよ、ちゃんと」
「……」

 …マジか。










「…珍しいね、仕事の時は呼んでも来ない君が。どうしたの」
「暇なんだよ。究極に」
「悦は?」
「……お前の弟に取られた」
「幽利に?」

「チョコも食ったこと無かった幽利の不幸話聞いて、可哀想だからレシピ知ってる菓子作ってやるんだってさ」
「あぁ…前にケーキ貰って凄く喜んでたよ。傑が悦に紹介してくれたんでしょ?」
「悦が食いモノ絡むと3割増で優しいの忘れてたンだよ…お陰で部屋に入れねぇ」

「匂いだけでもダメなんて相当だね。甘いモノ流し込まれたら死ぬんじゃない?」
「死ねそう。…なァ、つーか暇なんだけど。腹いせにお前で遊んでいい?」
「蜂蜜なら1瓶あるけど、飲んでいく?」
「…遠慮シマス」



 Fin.




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