「こんな穢れた体でも 愛してくれますか?」
「…愚問を」
知っている筈だ 僕等の体には血の一滴だって
穢れていない場所は無い。
「ん゛ッ、んぅううぅ…ッっ」
ザァザァ雨音みてェなシャワーを浴びながら浴槽の縁に手ぇついて、目隠しの端を強く噛みながらゆっくり、根本まで突っ込まれたバイブを引っ張り出す。
「ッん、んンっ!…ふ、ゥう…ッ」
体中の鈍痛ですぐに眼を覚ましてから、30分はたっぷりかけて腕の縄を何とか切って、武器庫に鍵をして何度も気ィ失いそうになりながら部屋に戻って来たのが、もう1時間近く前。
冷水にしたシャワーを浴びながらすりむけるくらい肌をタオルで擦って、感覚が無くなるまで薬で火照ろうとする体を冷やしつづけてンのに、未だに肌を精液が伝う感触が残ってる気がして吐き気がする。
凍えてガタガタ震える足を他人事みてェに見ながら、ただ「綺麗にしなきゃ」って頭ン中にあんのはそれだけ。
「ぅあッ…っく、そ…!」
早く出して中にドロドロ残ってる気持ち悪ィもんを出しちまいたいのに。ごり、と感触を残して前立腺の上を這った瘤にガクンと膝の力が抜けて、その場に膝立ちになりながら、倒れそうな体を浴槽の縁に縋ってなんとか支えた。とことん貧弱な自分の体と精神に思わず強く舌打ちする。
…か弱い乙女が貞操を奪われたんじゃあるまいし。後始末ぐらい満足に出来ンだろうが。もうガキの頃から慣れっこな筈だ、こんなことくらい。
鬼利以外の奴に、なんてもっともらしく傷ついてる暇なんざねェんだよ。早く、すこしでも綺麗にしねェと、鬼利が、
「…何してるの、そこで」
「ッ…!」
この世に存在する中で間違いなく1番好きで、そして今だけは聞きたくなかった声に、俺は浴槽に縋ったままびくりと体を震わせた。
ザァザァ降り注ぐ冷水のシャワーが、扉を開けた鬼利の輪郭を滲ませる。
「幽利?」
「っ…ぁ…―――」
「何してる、って聞いてるんだけど」
たいして良くもねェ必死で頭をフル回転させて、なんとか陳腐な言い訳をしようとした俺の言葉を遮って、鬼利は何の躊躇いも無く浴室に入ってきた。大切にしてる、オートクチュールのスーツを着たまま。
「…その不細工な傷、誰につけられたの?」
「ちょっ、と…下っ端の野郎に殴られ、て…」
「唇も。…これは自分で噛み千切ったね」
「っ…いつものこと、だから…傷冷やしたら、すぐ…」
「…すぐ、何?自分で始末しに行くの?」
シャワーを肩から浴びて黒のスーツを濡らしながら、鬼利は小刻みに体を震わせながら息を呑む俺を見下ろして、薄っすらと笑った。
「それとも、”ツヅキ”をして貰いに?」
…ツヅキ。
動けない俺からふっと視線を反らして鬼利は横を素通りすると、シャワーのコックを蹴って強制的に水を止め、視線を合わせるようにその場に膝をつく。
どうなの?と視線で問われて首をゆっくりと振った俺に、鬼利は濡れた俺の髪を指で梳いて、口元だけで笑った。
梳かれた髪がぐっと掴まれて、次の瞬間正確に鳩尾に叩き込まれる、重い拳。
「…やっぱりか」
「ッっ……は…っはぁ…!」
遠慮のない殴打に耐え切れず、風呂場の床に俺が吐いた白濁色の汚液をちらりと見下ろして、鬼利は冷めた声で呟いた。
「随分多いね。何人で楽しんだの?」
「そ、んなん…じゃ…」
「じゃあそこのは何?…ミルク、って言い張るつもりなら少し芸が無いね」
「…っ」
依頼料を渋ったり、契約に外れたことをした”違反者”と通信機ごしに話す時と変わらねェトーンの皮肉。あんな状況で楽しむだなんていッくら俺がド淫乱でも絶対に有り得ねぇが、現に俺の体は盛大に汚れてる。
反論どころか連中のモノ突っ込まれて汚されちまッた舌でその名前を呼ぶのすら怖くて、浴槽を背中にして俺は深く俯いた。
ごめんなさい。
…そんなんで済むようなレベルじゃねェ。
お仕置きして。
…この状態で鬼利に触って貰おうなんざ、身の程知らずにも程がある。
怖かった。
…そんなの。そんな俺の私情なんざ、どうでもいい。
「……」
「…っ…」
どォしよ。…何言やいいのか解ンねぇや。
「ゴホッ…!ぁ゛、ぐ…ッっ」
革靴履いたまンまの爪先に強く鳩尾蹴り上げられて、散々腹ン中に注がれてた冷水を大理石張りの床にぶちまける。
「もう1回」
「はぁっ…は…ッんぅ゛!」
水を注がれては腹を蹴り上げられて出されて、いい加減内臓が裏返っちまいそうなくらいな俺の奥からは随分前からまっさらな水しか出てこねェが、鬼利は淡々とした声でそう命じるとジャバジャバ水を吐き出すホースをひりひり痛む奥に突っ込んだ。
どぷどぷ腹ン中に直接注がれる端から零しちまうしまりの悪い体を叱るように掌を踏みつけられて、痛みに強張る体が無意識に中のホースを締め付ける。
連中に注がれた汚液は全部流されて、水に混じるのは注がれる度に開く傷口から滲む血の赤くらいなのに、俺が圧迫感にえづくまで水を注いでは吐かせるってのを鬼利はやめてくれない。
流れ作業みてェなその行為には意思どころか感情も混じってねェみたいで、ただでさえ色々とズタボロな上、内と外から冷やされる寒さに震えながら意識を保つだけで手一杯の俺には結構、キツい。
「はァ゛…っ…はー…ッ」
「そう言えば、相手は何人だったの?」
「ご、にん…っ」
「5人?…らしく無いね。外ならともかく、お前の”庭”の中でたった5人のバカに好きなようにやられたの?」
「はっ…ひと、り…壱級、居て…ッ」
「…成る程」
聞かれるがまま答えた俺に軽く溜息を吐きながら頷くと、鬼利は水を吐き出すホースの先を俺から離した。濡れた床に顔つけてゼェゼェ言ってる俺を冷たく見下ろしながら、洗面器を引き寄せるとそれを俺の目の前に置く。
何だろと思う暇も無く無造作に髪掴まれて頭持ち上げられて、酸欠で滲む視界に鬼利の姿を見る前に、口ン中に突っ込まれる柔くて硬い感触。
「んぐッ!?…ッぐ、んンっ…ふぐッっ!」
「……」
思いっきり飲み込んじまった水に噎せて咄嗟にホースから逃れようと顔を背けたが、そんな単純な俺の頭ン中なんざ鬼利にはお見通しらしく、一瞬離れたホースをすぐ突っ込まれた。
「うぐっぅ…ふ、ぐぅう…っ!」
喉の奥までホース突っ込まれちゃァ吐き出すことも出来なくて、ゴボゴボ喉で音立てながら注がれる水をひたすら受け入れさせられる。勿論呼吸なんざまともに出来ねェから死にそうなくらい苦しくて、霞んで半分見えねェ目で必死に鬼利に懇願するけど、鬼利は無表情のまま俺の中に水を注ぎつづけた。
次第にゆっくり目の前の明度が落ちてって、俺にとっちゃァ慣れた感覚で意識を飛ばしかけた瞬間、腹に来る衝撃。
「ぁ、がッ…ごフッ…!」
正確に鳩尾に叩き込まれた爪先に押し出されて、胃が裏返りそうな衝撃と一緒に今飲まされた水が全部逆流して来る。
さっきも吐かされた筈だが腹ン中にまだ少し残ってたらしく、洗面器の中に吐いた水は少しだけ白く濁ってて、それを冷たい眼で見下ろした鬼利がぽつりと呟いた。
「…汚いね」
―――汚い。
鬼利はただ感想を言っただけ。実際誰のかも解らねェ汚液の混ざった水なんだから汚いには違いねェのに、その言葉を聞いた瞬間、背筋が凍った。
その冷たい表情が、俺を見てくれない凍った視線が、
…まるで、俺自身を拒絶しているようで。
「…きたない…?」
「……そう言ったけど?」
少し不思議そうな顔をして頷いた鬼利に、俺はフラフラと視線を鬼利の手の中で水を吐き出してるホースに向けた。
汚い。…そっか、今汚ぇんだ、俺。
鬼利は綺麗好きだもんな。ちゃんと…綺麗に、しねぇと。
「…幽利?何して…」
「ッふ…んぐっ…!」
戸惑ったような鬼利の声を頭の上で聞きながら、俺は自分からホースを咥えこんだ。別に大していい考えがあるわけじゃなくッて、綺麗にしなきゃって俺の頭ン中にあるのはそれだけ。
ドボドボ注がれる水をえづきながら飲み下してたら不意にホースが引き抜かれて、許容量を無視された体が酸欠でぐらりと傾ぐのを手ェ突いて支えながら、傍の低い棚から細長い円柱のシャンプーの入れ物を逆手で掴んで、それを思いっきりてめェの鳩尾に叩き込んだ。
ドッ、
「ッぐ…ぉえ゛…っ!」
「…幽利」
「っ…はっ…はァ゛ッ…ふ、ぐッ…!」
ドズっ、
「…ぁ…が、…っッ」
「ッ…幽利!」
バシャバシャ吐き出す水はまっさらでもまだ汚いのが中に残ってる気がして、加減無しに筒を振り下ろそうとしていた俺は、風呂場に響いた低い鬼利の声にビシリとその場で固まった。
「…き、…?」
「違う、そういう意味じゃない。…もういいんだよ」
違うなんて言われたって、鬼利が声を荒げた所なんて今までで片手で足りる程度しか見たことねェのに。
…怒らせちまったのかな。勝手なこと、したから。
それとも、俺がこんなに汚いから?
「だ、って…汚ぇ、から…きれ、いに…」
「もう十分だよ。それ以上やったらカルヴァを呼ばなきゃいけなくなる」
「…でも、」
「いいから。…大丈夫」
怖いくらい優しい声で囁きながら、鬼利の手がするりと脇をくぐってずぶ濡れになった俺の体を抱き寄せてくれた。汚しちまう、て咄嗟に思って体を強張らせた俺をあやすようにとんとん背中を叩きながら、鬼利はもう一度、聞き間違えのねェ至近距離で「大丈夫」と囁く。
「いいんだよ。お前は何も悪くない」
「…鬼利…?」
「悪いのはお前を汚した5人の『違反者』と、この展開を予想出来なかった僕だ。…だからお前は何も悪くないんだよ、幽利」
濡れたシャツ越しにじんわり伝わる体温と、上下の判別も碌に出来ねェほど混乱した意識に染み込む優しい声。
何度も何度も、俺の呼吸が落ち着くまで同じ言葉を繰り返し、繰り返し。
鬼利のシャツが俺の体の水分を吸い取って裾から水が滴りだす頃、優しい声で「解った?」と囁かれて、それまで身動き1つ碌に取れねェほどキツく抱きしめられてた俺は、緩んだ手の中で何度も頷いた。
「…ごめん…鬼利、俺…」
「今のは配慮が欠けた僕が悪い。幽利が謝る必要は無いよ」
「ぁ…そ、っか…」
「でも、」
取り付く島もねェくらいあっさりと切って捨てられて軽く俯いた俺の首筋を、濡れた鬼利の指先がつぅ、と撫でた。
思わずぞくりと背筋を震わせて上げた視線が、熱を孕んだ橙色に飲み込まれる。
「…でも、後始末を全部自分でしようとしたのはいけないね」
「ん、ぁ…鬼利…っ」
「どうして真っ先に僕に言わなかったの?」
「…んンっ…ごめ、なさ…」
「駄目。…許してあげない」
冷えた肌を熱い舌でゆっくりなぞりながら、鬼利はそう言って妖しく笑った。
「お仕置きだよ、幽利」
ブラインドを下ろされた薄暗い部屋の中。
内も外も冷え切った体を暖めるみてェにたっぷり時間掛けて解されて、ただでさえ堪え性のねェ理性が今にもぷっつり切れそうになンのを何とか耐えながら、大人しくシーツに座り込んでお許しを待ってた俺は、鬼利が何気なく取り出した真っ赤な蝋燭に軽く息を呑んだ。
「おいで、幽利」
「ぁ…は、ぁ…ッ」
ベッドヘッドに凭れて座る鬼利に視線で目の前を示されて、四つん這いで近づいたら何の前触れも無くパンっ、と頬を張られた。
痛みと叩かれた場所からじんわり広がる熱にぎゅっと目を瞑ったら顎を掬うように顔を上げさせられて、今叩かれたばッかりの場所に小さな小さな音を残して触るだけのキス。
叩かれた理由なんざ知らねェが、理不尽だなんて微塵も思わない。鬼利が俺を相手にしたいようにしてくれてる、つゥだけで卒倒しそうなくらい幸せで、ゆらりと揺れた真っ赤な炎に鼓動を早くしながらその場に座りなおした。
「本当は中を消毒してあげたいんだけど、さすがにそれは無理だからね。…どこにかけて欲しい?」
「鬼利、の…鬼利の、好きな…トコに…」
「そんなこと言っていいの?」
とにかく、この際なんでもいいから鬼利の与えてくれるモンが欲しくて碌に考え無しにねだった俺に、鬼利は小さく笑うと腕に似合わない力で俺をシーツの上に転がした。
片足を膝が胸につくくらい持ち上げられて、その態勢に節操のねェ体が盛るより早く晒された内腿にバタバタ降ってくる、真っ赤な雫。
「ぅあ゛ッぁ…ぁつ、ぅ…!」
蜜蝋ほどじゃァねェにしても、当然鬼利が使うのはプレイ用の融点の低いオモチャなんざじゃねェから皮膚が薄いトコに垂らされっとかなり熱い。
ビク、と震えた足に軽く爪立てられて叱られて、出来るだけ動かねェように体に力は入れてみたが、それでもパタ、パタ、って赤い蝋が降ってくる度に堪えきれない声が漏れた。
「ッぁ、…ん、ン゛っ…あぅ…ッっ」
「…あぁ、忘れるところだった」
真っ赤に染まった俺の足をシーツに下ろしながら、鬼利はふと思い出したよォに言って、目元から溢れた俺の涙を涙を指先で拭ってくれる。
「火傷したくなかったら、じっとしてるんだよ」
囁かれた声にぞくりとしながら頷こうとした途端、それまで蝋燭の上に溜まってた蝋が一気に零されて、ひゅ、ってェ高い音を喉で上げて俺はシーツの上でがくんと仰け反った。
「ッひぐ、ぅ、う…!ぅあ、ぁ…あぁあぁぁッっ…!」
「暴れるともっと熱いよ」
蝋が溜まンのを待ちながら鬼利が呆れたよォに言ってンのが聞こえるけど、1番敏感な場所に一気に蝋垂らされちゃじっとしてるなんざ無理な話だ。
溶けた蝋が同じように溜まってから、もう1度、さっきので先っぽが半分近く真っ赤になった俺のモノの真上で傾けられる赤い蝋燭。十分距離は取って貰ってンだがそれでも熱くて、カリまで満遍なく蝋でコーティングされる頃には涙でほとんど目の前も見えねぇ始末。
「綺麗になったね。嬉しい?」
「ッは、ぁ…うれ、し…ぇす…ぅ…っ」
甘えた声でなんとか頷いて見せた俺に鬼利は綺麗に笑って、片手で器用にベルトのバックルを外した。
金属が擦れあう音に条件反射で反応した俺の体をくすりと笑いながら、膝裏に手ェかけて腰浮かされて、さっき散々解された中に一気に埋められる蝋燭なんかよりもっとあつい熱の塊。
「ッあぁああ!…っは、く…あぁぅッっ」
1週間ぶりにそこで貰う鬼利のは熱くて、捻じ込まれたソレが意地悪に動かされる度に腰から脳天まで甘い痺れが突き抜ける。あんなモン突っ込まれてたから慣らす必要なんてねェんだろう、足を抱える手にぐ、と少し力が篭って、始まった律動に目の前が真っ白に眩んだ。
「ひァ、あッ!っぁ、あ、ぁあぁああっッ…ふ、ぁあ…ッ!」
「そんなに気持ちイイ?…根本まで入れただけで軽くイったような顔して」
解りきった事を聞く鬼利にがくがく頷きながら、気ィ抜いたらそのままぶっ飛んじまいそうな快感に俺はキツくシーツを握り締めた。それに軽く笑った鬼利がぐり、と知り尽くした俺の前立腺を抉るように腰を動かして、ピンポイントの責めに呼吸が止まる。
今にも失神しそうな快感に全身力も碌に入ンねぇくらい溺れながら、蝋燭でコーティングされて先走りすら碌に出せないモノを緩く扱かれて、許容量を超えた快感に体が跳ねた。
「あぁッ!ぅぁ、あ、…き、り…ッはあぅ、んンぁ…!」
「っ…幽利、」
「ふぁ、あぁ…ッ?…ンぁあぅ!」
「幽利、お前は誰のモノ?」
「ッはぁぅう…!は、ひっ…きり、の…ッひぁ、ぅ…鬼利だけ、の…っッ」
突き上げられる度に脳天まで突き抜ける快感と、その度に熱を押し戻されて下半身で渦を巻く熱に浮かされながら、必死に声を紡いで。
色々とギリギリなおかげで聞き取り難いったらねェその言葉を、鬼利はちゃんと聞き取ってくれた。綺麗な手がくしゃり、と褒めるように俺の頭を撫でてくれて、それだけで陶酔しきって意識を溶かす俺の耳元に吹き込まれる、熱く掠れた吐息。
「…愛してるよ、幽利」
「ッひ…!ぁ、あッ、あーっあーッっ!」
ゆらゆらと火を灯す蝋燭から、真っ赤な雫が零れ落ちる。
半分ほどの短さになったそれをふ、と吹き消し、鬼利は自分が達するのとほぼ同時に失神してしまった幽利の体にシーツを被せた。
イクのと同時に壊してやった蝋燭のコーティングは半分ほど残したまま、内腿を真っ赤に染めた蝋も剥がさずに放置してある。
全部綺麗にしてやる時間はあるが、煩わしい雑務のお陰で幽利が目覚める頃には傍にいてやることが出来ないから敢えて痕跡を残した。幽利が目覚めた時に、少しでも意識が体中の打撲や擦り傷ではなく真っ赤な蝋に行くように。
「……」
穏やかな表情でシーツに埋もれて深く眠る幽利を、僅かに湿ったその髪を指先で梳きながらしばらく鬼利は心底愛しそうに目を細めて見つめ、
―――チカ、と短く明滅したサイドスタンド上の端末を視界に入れた途端、その端整な顔から表情が消えた。
「…はい。…あぁ、悪いね。せっかくの休暇なのに」
それまでとは打って変わって事務的な口調で言いながら、鬼利はベッドから降りるとソファに掛けられていた真新しいシャツを羽織った。
器用に片手でボタンを全て留め、しゅるりと首にかけられたネクタイが衣擦れの音を立てる。
「顔写真はそっちに送った。直接依頼だから報告書は要らないよ。…うん。ありがとう。…あぁ、そう言えばオプション、色々と僕なりに考えてみたんだけど、」
記憶端末のチップを入れたケースを胸ポケットに滑り込ませながら、鬼利はそこでちらりと背後のベッドで眠る幽利を振り返った。
湛えた微笑とは正反対に、その紅唇は慈愛とは正反対の言葉を紡ぐ。
「報いだとか復讐以前に、僕はその連中が今も息をしているのが少し許せなくてね。だから、特に注文は無いよ」
いっそ穏やかとも思える口調で言い、後ろ手に幽利が眠る寝室の扉を閉めた鬼利は、護身用の黒く艶消しされた銃を慣れた手つきで腰元に隠しながら、その声を半音低めた。
「…一刻も早く息の根を止めてくれれば、それで」
Fin.
通信相手は仇討ち、報復が専門と化している悦です。
”ILL”からの逃亡は、Fの下に多くいるハッカーや情報屋が暇つぶしに情報を流し、仁王と泪の下に多い血気盛んな連中が喜んで狩るので、成功率は1%もありません。