愛情囚徒



 嗚呼、
 どうしてこんなにも、愛しい。

(こんな劣情に
身を焦がされ続けるくらいなら
いっそ気が違ってしまえば、と)










「ぃ゛あ、あッ…!…きり、も…許し…ッ」
「…許す?」

 思わず上げた哀願の声に、鬼利は視線だけを上げてベッドの上に座らされた俺を見た。
 綺麗な唇がゆゥっくり弧を描いて、射抜かれそうに鋭い眼が冷たく笑う。

「許すも何も、まだ2本しか刺してないよ」
「あ、ぁ…っ」
「ほら、まだ針はこんなにある」

 ざらり、と長さの違う針が何10本と入った革のケースを揺らして見せながら、鬼利は最初の針を見せられてからこっち、体の震えが止まンねェ俺の目尻を指先でぐいっと拭った。
 …その手に長い長い針を持ったまま。

「ひっ…」
「大丈夫だよ、さすがに眼には刺さないから。…でも、」

 すぐ傍に来た針に思わずぎゅっと眼を閉じた俺に優しげに言いながら、冷たくて細い針がカチカチ歯が鳴ってる俺の唇をつゥ、と撫でる。

「あんまり無駄吠えが過ぎると、そのイケナい舌を針山にするからね」
「ッ…」
「解った?」
「っッ――!」

 いつもの数倍は優しい声のまま、指先は残酷なくらい冷静に3本目の針を俺の肌に通してく。
 いつもの鞭やら火責めに比べりゃ全然軽ィはずなのに、針1本乳首に通されただけで目の前が赤く染まるような激痛が走った。トラウマから来てる”恐怖”は吐きそうなくらいで、ガチガチ鳴って止まらない奥歯を無理やり噛み締める。

「はッ…はッ…ひぃ、ぐ…!」

 怖い。痛い。怖い。
 もう嫌だって泣いて縋れりゃァどんだけ救われるか知れねェのに、舌に針を通されるって脅しが怖くて、泣くどころか悲鳴すらろくに上げられねぇ。

「傷口に蝋燭垂らされてイクようなマゾのくせに、針じゃ勃ちすらしないなんておかしな話だね」
「ッ…、ふ…ぅう…っッ」
「被虐で感じる快感の程度が低いだけ、っていうのも考えられなくはないけど」
「ひィ、いっ…!」


 実験してる学者みてェな口調で言いながら、鬼利は俺の乳首を刺し貫いてる短い針をぴん、と指先で弾いた。破けちまうんじゃねぇかってくらいシーツを握り締めながら必死で耐える俺を、綺麗な橙色の瞳が愉しげに見つめる。


「少し試してみようか。過去の精神的な傷と今の快感だと、どっちが勝るのか」
「快、か…?」
「一番痛くて辛いことと、一番気持ちよくて幸せなことを同時に味わったらどっちに傾くのか、面白そうじゃない?」

 新しい玩具でも見つけたみてェに愉しそうな鬼利は、そう言って俺を枕に突き飛ばした。
 ちょッとの刺激でもずきずき痛みやがる針傷に体を強張らせながら、涙目で見上げた俺に見せつけるみてェに、鬼利はどっからか取り出したローションの容器をトン、て音立ててサイドテーブルに置く。

「気絶なんて興ざめな真似しないでよ?…あぁ、これがあっちゃ出来ないか」
「ぅああッ…!」

 針が2本、十字に刺されてる右の乳首をぐりぐり押されて、異物が通ったまンまのそこを嬲られる痛みにぼろぼろ涙が溢れた。
 元々皮膚が薄ィせいか、滲んだ血を綺麗な指先が乱暴に拭い取って、相変わらず歯の根が合わねェ俺の舌に擦りつける。

 錆びたよォなてめェの血を舌絡めて舐めとって、媚び売るようにちらちら上目遣いで表情を伺う俺に鬼利は笑うと、優しい声で言った。


「まぁ、結果は予想がつくけどね」










「ん…全部入ったね。嬉しい?幽利」
「はっぁ…ぁ、あぁ…ッ!」

 ベッドヘッドにもたれて上半身を起こした鬼利が、てめェで腰落として対面座位の格好になった俺の髪を梳いて、優しく微笑む。

「…それとも、こっちの痛みのほうが強いかな?」
「ひぐ、ぅ…ああぁ…ッ!」
「泣いてばかりじゃ解らないよ、幽利」

 いつもなら滅多に呼んで貰えねぇ名前を何度も何度も呼ばれる。囁くように優しい声で言いながら、鬼利は左右の乳首に通った針を繋ぐ細いチェーンを軽く引いて、困ったように笑いながら持ってた長い針をくるりと回して見せた。

「あぁ…ッ…ごめんなさ…ごめんなさぃ…っ」
「僕は痛いか気持ちイイかを聞いてるんだけどね」

 細いとはいえ純銀のチェーンに針を引かれて、そのチェーンが揺れるたびに気ィ失いそうな痛みを味わってる俺の顔を鬼利は優しくすくい上げた。長い針がゆゥっくり、焦らすみてェに俺の首筋から下の方に這っていく。

「…ッ!…ゃ、…やめ…っ」
「あぁ、動くと危ないよ。僕はお前と違って“中”までは見えないんだから」
「きり…鬼利…おねが…っ」
「急に動かれると、中で針が刺さって…」

 くるり、と回した長ェ針を俺のモノの鈴口にひたりと押し当てながら、鬼利はガタガタ震えてる俺の頬を優しく撫でた。


「…貫通するかもしれないね。この厭らしい肉を貫いて、皮膚を裂いて、針が」
「っく…ひぅ…ッゃ、だ…やだァ…!」

 いつもならそれだけで勃ッちまうよォな鬼利の声も、今は泣きじゃくって暴れ出さねェ為の安定剤程度にしかなりゃしない。

「それじゃあじっとしてなくちゃね。…ほら、幽利?イイ子だから」
「ひっぃ…!」

 硬くて冷たい金属がひたりとモノの先端に触れて、そっから電撃みてェに体を貫いた悪寒とゴチャゴチャした赤い何かに、喉が勝手に引き攣ったよォな音を出した。

 ガタガタ震えながら、魅入られたみてェに目を見開いた俺の目の前で、細くて長い長い針が少しずつ少しずつ、こんな状況でもきッちり勃ってるどうしようもねぇモノの中に。


「は、ぁ、…はぁあ…ッっ!」

 息ができない、肺が膨らまない、ガチガチ鳴るてめェの歯の音が煩くて煩くて、どれだけ集中しようとしても“視界”は赤く眩んで明度を落とすから中が見えなくて、いつの間にかシーツじゃなく鬼利の肩を掴んでた手に力が入ンのも止められない。

 怖い怖い怖い怖い怖い。針が、針、中に、鬼利、息ができなくて。あぁ針が、脳髄を掻き回すような、痛、赤い赤い赤い赤い赤い。血。血、飛び散って絡みついて汚して腐ってあぁ助けて助けて、鬼利、鬼利、助けて、
 たすけて。


「…相変わらず慣れないね、針だけは」
「ッ…、っ、…!」

 カチカチ歯ァ鳴らしながらその肩に爪を立ててぎッちり眼を瞑る俺の耳元で、呆れたよォな鬼利の声が笑った。

「どう?気持ちイイ?」
「鬼利、鬼利、たすけ…っぅ、く…、たすけて、やだ、もう、鬼利、」
「なんだ、好くないの?」

 涙声で訴える俺の声なんざ当然のように無視して、鬼利は半分くらいが中に埋まった針を小刻みに動かす。
 血の気が引くくれェ怖いンだが、もう怖すぎて止めることも出来ない俺は、ただガチガチ歯ァ慣らしながらひきつった悲鳴を上げるだけ。

「ふ、っく…ひ、ぁっ、あ、あぁッ…!」
「もっと奥まで入れないと感じない?」
「ッ!…か、じる…ッちゃ、んと…感じる、…っ」
「…本当に?」

 濡れた頬を撫でながら優しく聞かれて、咄嗟に頷いた。これ以上深く入れられたら本当に発狂しちまう。
 そんなこと、鬼利は百も承知な筈だ。なのに。


「いいんだよ、遠慮しなくても。幽利が気持ちいいように動かしてあげる」
「ほんと、ちゃんと、きもちイイから…ッ」
「そう。じゃあこの針だけでイケるね?」
「…え、…?」

 針の恐怖と鬼利の熱とでバラバラになりそうな俺の頭ン中を誰よりも理解してる鬼利は、世界中の誰より綺麗に笑って、情け容赦なく俺をどん底の更に下へ追い詰める。

「気持ちイイなら出来るでしょ?泣くほど嬉しいの?」
「きり、俺、…もう、ごめんなさい、きり、ごめんなさい」
「誰も謝れなんて言ってないよ。…あぁ、細すぎて物足りない?」

 必死で許しを請う俺にも気づかないふりで、しらじらしく小首を傾げながら、鬼利の指先がシーツに散らばった針を取り上げる。
 こんなの無理だ、だってもう、これ以上は。

「きり、壊れる、こわれちゃう、もう、きり、鬼利」
「いいよ」


 “イイヨ。”
 当然のように囁きこまれた声に泣き腫らした顔を上げた俺に、鬼利は俺の胸元で揺れる銀の鎖を指先で弄びながら、ゆるりと笑う。

「僕はね、幽利。お前が背中をズタズタにされながらよがってたり、不能になるほど我慢して泣き喚いてるのもまぁ好きだけど、」
「も、やだ、ッ嫌、…ひぃ…ッっ」
「一番好きなのはこの顔なんだ」

 ふるふる首を横に振って精一杯の抵抗をする俺の顎を掴み上げて、怯えきって情けなく揺れる俺の瞳を覗き込みながら鬼利が微笑む。

「ずっと昔からね。お前は怯えてる時が一番可愛い」
「あ、ぁ、あ…!」
「ちゃんと僕を見て、幽利。こんな所で寝られちゃ生殺しもいいとこだ」

 もういっそのこと気絶しちまいてェのに、そう言いながら鋭い鋭い針の先でカリカリ肌を引っ掻かれて、失神から叩き起こされた後の酷い仕置きを予想させるその動きに驚くほど意識は醒めてく。

「っめ、なさ…ごめ、なさい、…ごめんなさい、ごめんなさい…ッ」
「あぁ、いいよ謝らなくて」

 ―――どれだけ泣かれたって、やめるつもりは無いから。

 ノイズだらけの“眼”が何とか読み取ったその言葉と、心底愛しげに俺を見つめる鬼利の綺麗な橙色と中で質量を増したモノに、目の前が真ッ暗になった。

 絶望のいろに塗りつぶされた世界の中で。意思とは関係なく零れる涙に濡れた頬に、いつもより熱く感じる鬼利の指先が触れる。
 痛みを忘れた、指が。激痛と恐怖に震える俺を宥めるように、ゆっくりと涙の痕を撫でて。


「…幽利、愛してる」



 そっか。










 …それじゃァもう、なんでもいいや。










 Fin.



普段のSMもまぁまぁ愉しいけど、本当に興奮するのはマジ泣き&怯えの幽利を見てる時な鬼利。
異常な性癖だ、という意味では傑よりも鬼利の方が変態なのかもしれない。

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