「…赤い線の目盛り、読んでみて下さい」
「えーっと……40と、ちょっと」
「そうです。そして悦さん、貴方の平均体温は36.2℃です」
ってことは、いつもと差が4℃あるわけだから…
「……ちょっと熱っぽい?」
「ちょっとどころじゃ無いですよ立派な、もう立派な発熱です!頭が重いなんてレベルじゃないですよ普通なら立つのもやっとな筈なんですから!」
「そ、そーなんだ」
「そうですよ!もう、これだから壱級の人は…薬出しますから寝てて下さいね。起きちゃ駄目ですよ。食事やらは傑さんにでも押し付けて貴方は大人しくしてて下さいね」
「寝てろって言われても、色々あるし…」
「約束ですからね、悦さん。出歩いたりしたらカルヴァ医局長を担当に回しますよ」
「全力で大人しく寝てます」
あ゛-…頭痛ぇ…。
「ごほっ…」
ズキズキ地味に響く頭痛に顔を顰めながら、包まってる毛布の中で体を丸める。暖かくしろ、って言われたから分厚いスウェット着て毛布に羽根布団まで引っ張り出してンだけど、ちっとも体が暖まってる気がしない。
ウイルスだか何だか知らねーけど、熱なんか滅多に出したことねーからとにかく勝手が解ンねぇや。どーしよ。喉渇いたけど外寒ィしなぁ…
かさつく喉に小さく呻きながら、俺は重いばっかりで暖かくない布団の中でごろりと寝返りを打って、
「…あ」
…端末、ここに置いてたんだっけ。
医局に行く前に探してた通信端末が、サイドテーブルの上に乗ってるのを見つけた。
「……」
バカにされンだろうなー、こんな格好…でも喉渇いたし…ちょっと、寂しいし…
みの虫みたいな格好で端末を上目遣いに睨みながら、俺は何度か端末に手を伸ばしては引っ込めるのを繰り返して、
『…なに?』
「傑…」
結局繋げた端末の向こうから聞こえてきた声に、何故かちょっとだけホッとした。
『悦?…どしたよ。酷ぇ声』
「ん…ウイルス」
『ウイルス?』
「熱、あって…ちょと、来て欲しい、んだけど」
『…解った。すぐ行くからいい子で寝てろ』
「ん…」
軽く咳き込みながら頷いた俺の声を聞いてから通信が向こうから切れて、急にシンと
静かになったような部屋にちょっと居心地悪くなりながら、俺は端末を戻すと毛布の中に潜り込んだ。
外よりは暖かい毛布の中に顔を埋めて、はぁ…って息を吐くのとカブって聞こえた、キシ、と小さくフローリングが軋む音。
「…早っ」
「来て欲しかったんだろ?」
まさか、と思って毛布から顔を出したら案の定そこには傑の顔がアップで、思わず声を上げた俺の前髪をいつもより冷たく感じる指先がそっと払う。
「…全力疾走したのかよ」
「あ、解った?」
「解るっつの…なんで、こんな時ばっかり…」
「こんな時じゃなきゃ使い道がねーのよ。…それより、すげーなお前。ほっぺた真っ赤」
「ん…」
ベッドの横で床に膝立ちになったまま、伸ばされた傑の手が真っ赤になってるらしい頬をゆっくり指先でなぞってから、掌で包むみたいに撫でるその気持ち良さに俺は素直に目を伏せた。
実はあんまり顔触られンのは好きじゃないんだけど、傑の手だけは例外。
「何か欲しいモンある?」
「…のど、かわいた」
「水?」
「ん…甘いのがいい」
「甘いの、ね」
”甘い”って言葉を強調するみたいに呟いてちょっと苦い顔をした傑は、俺の耳元で待ってろ、と囁いてベッド脇から立ち上がった。
ホントは水でもお茶でも取り敢えず飲めりゃいーんだけど、こんな状態で口移しとかされたら抵抗できねーし。…いや、いつもだってそんなに抵抗出来てるワケじゃないけど、こういう時くらいは、なぁ?
こーゆーのって感染するらしいし。うん。
「…った…?」
「ん?」
「ッ…ぁ、った?」
戻ってきた傑の手には薄く霞んだ液体の入ったコップが握られてて、スポーツドリンクなんて置いてたっけ、と頭の片隅で思いながら、俺は鉛のように重い体を布団から引きずり上げた。
動く度に眩暈とか…あぁもうここまで来ると逆にウゼぇんだけど。
「あったって、何が?」
「ん…これ、」
「それ?…あぁ、ココアしか無かったから俺が作ったけど」
「つく…ッげほ…!」
「心配しなくても何も入れてねーよ。蜂蜜水で割ってレモン垂らしただけ」
慌ててコップから口を離した俺に傑は笑いながら言って、ベッドに腰掛けながら甘いのがイイんだろ?と首を傾げた。
その反応にちょっとムっとしながら飲んだ傑お手製の蜂蜜水は確かにほんのり甘くて、でもこんなんよりも傑の声とかの方が甘い、なんて思ってしまう俺はきっとウイルスが脳にまで回ってるんだと思う。
「…うすい」
「は?いや、蜂蜜かなり入れたけど」
「でも、うすい」
「っとに甘党だなお前…太るぜ?」
「うすいー…」
「はいはい。熱下がったら好きなだけ原液で飲んでいーから、さっさと寝ろ」
ばふばふ布団を叩いて「うすい」を連呼する俺に傑は呆れたように笑って、中身が半分くらいになったコップを俺の手から取り上げると変形した布団を整えて、ぱったりとシーツに倒れた俺に掛けてくれる。
「な、ういるす、ってどーやったら消えンの?」
「さぁ…風邪とか引いたことねぇし、俺」
「やくたたず…」
「さっきから言いたい放題だなお前…」
「さむ…」
熱の所為かふわふわした意識の中で、俺はろくに傑の話も聞かずにくるりと毛布の中に包まった。喉の渇きは癒されたが、やっぱり布団の中は重いばっかりで暖かくない。
そもそも何で暖かくすンだっけ……あせ…汗かくと早く治る、とか…何で汗かくと早く治るんだっけ…蒸発?…いや、意味わかんねぇし…うーん…
「あせかけ、って言われた」
「汗?…あぁ、成る程」
結局何でか解らなくて取り敢えず言ってみたら、傑は妙に納得した顔して頷いた。
「…変態親父」
「は?…いやいや、どーゆータイミングで喧嘩売ってんだよお前」
「今、ぜったい変なこと考えたろ。じゃあ俺といっしょにベッドで汗かこうぜハニー、的な。…変態親父」
「いや、そんな安いAVみてぇなこと言うほど脳腐ってねぇから。親父じゃねぇし」
「…変態は?」
「そっちは自覚アリ」
「知ってるんならかいぜんしろよ…」
「必要ねぇじゃん、悦だって好きでショ?」
「…うん」
変な薬飲まされたり、縛られて無理矢理我慢させられたり、目隠しとか、玩具とか、言葉責めとか、最初はどれもありえねぇって思ってたけど。
ふやけた頭でそんな沸いたことを考えてたら、不意に目をそらした傑が羽毛布団をばふ、と俺の顔に被せてきて、そのまま頭をくしゃくしゃと撫でられた。
「ちょ…なに…」
「いいからもう早く寝ろお前。俺がもたねぇわ」
「だって、寒ィし…」
「毛布は?」
「残ってる、けど…」
ただでさえ息苦しいのに、これ以上毛布増やされたら息が出来なくなる。要らない、と首を横に振った俺に傑は少し考えるような間を置いて、
「じゃ、俺がカイロ代わりになってやるよ」
「…カイロ?」
「そ。人間カイロ」
あっさり頷いてシャツの前を開いた傑は、何の躊躇いもなくそれを脱ぎ捨てて上半身裸になるとごそごそと俺の布団の中に潜り込んできた。
え、ちょ…待てよ、カイロってお前。
「…俺、病人だからな」
「解ってる」
「変なことしたら蹴り出すから」
「しねェよ、病人相手に」
「…ホントに?」
「ホント。…ほら、いいから寝ろって」
警戒剥き出しの俺を傑は慣れた手つきで引き寄せて、そのまま互いの鼓動が聞こえるくらい抱きしめた。
こんな恥ずかしい状態で寝れるか!なんて最初は思ってたんだけど、触れた場所か
ら響いてくる俺より少しゆっくりした傑の心音を聞いてたら、だんだん眼が開かなくなってきて。
ベッドが広くてよかった、なんて暢気なことを考えながら、俺はそのまま眠った。
翌朝。
「ん……」
分厚い布団から持ち上げた体はちょっとだるさが残ってはいたがいつも通りで、ウザいくらいだった頭痛もしなかった。
治ったのか、なんてぼんやり思いながら横を見たら、そこには最初と同じ態勢で寝てる傑。
「…お前が汗かいてどーすんだよ」
いつも通りの寝顔はほんの少しだけ寝苦しそうで、頬に薄く伝う汗を見て俺は小さく苦笑した。熱のある俺にあわせてこんな分厚い布団で、しかも俺を抱きながら寝てたんだから健康な傑はさぞかし暑かったんだろう。
…別に、ずっと居てくれなくてもよかったのに。
「マジで何もしてねぇし…」
おまけに、絶対に途中で手ぇだしてくると思ったのに俺の体は綺麗なもんで、鏡を見てみてもキスマーク1つ残ってやしない。
そりゃぁ、手ぇ出すなとは言ったけど。言ったけどさ、やっぱりこう…。
……。
………。
「ッ…空気読めよバカっ!」
「…ぉあッ!?」
Fin.
頑張って堪えたのに、最終的にベッドから蹴り出されてしまう報われない傑。
日頃の行いが悪いとこういう事になります。