10.



「…幽利?」

 シーツに体を預けて俺のピアスを弄んでいた鬼利が、中に通った金属ごと乳首を爪で押しつぶしながら軽く目を細める。

 俺がてめェで中のローターを抜く間、後始末が面倒っつゥ合理的な理由で脱ぎ捨てられた鬼利の服は、脱いだそのまンまにベッドの下だ。血やら内臓機能やらの数値は鬼利のいつも通りのモンだが、3日も横になってた体の体力はそう簡単にゃァ元に戻らねェから、今の体位は俺が横ンなった鬼利の上に跨る騎上位。
 やたら高級な布に邪魔されずに鬼利に触れるッてのと、俺にとっちゃァ絶対のご主人様を見下ろすってェ背徳的な状況に、俺の理性は今にも千切れちまいそうだったが、それでも腰を下ろせなかった。


「鬼利、…からだ、が」
「…あぁ」

 怪訝そうだった鬼利の橙色の瞳が、俺の言葉を聞いた途端に納得したように軽く笑って、シーツから持ち上げた自分の腕を見る。

 鬼利の体重が普段より減ってンのも、体脂肪率や筋肉量が落ちたのも知ってたが、それは全部肌の下でのコトだ。“あの時”から今日まで、俺と鬼利の間にはいつだって柔らかい布団やら一部の隙も無く着こまれたスーツやらがあって、下手に盛って鬼利に負担をかけねェようにしてた俺は、今の今まで鬼利の体をちゃんと、普通の人が見るみてェに皮膚の上からは見てなかった。


「体重で言えば8キロ落ちた。“視て”なかったの?」

 どこか呆れたような口調で、他人事みてェに言う鬼利の体は、びっくりするくらい肉が無かった。思わず伸ばした指先に触れる、元から薄かった胸は脂肪は勿論最低限つけてた筋肉まで無くなっちまって、その下の肋の感触が解るくらいだ。ごつごつした胸板を下りてくと、肋骨の下、細かったが男物のスーツがキマる程度には脂肪と筋肉があった腹が、すとんと抉れて肋骨の縁が傍目にも解る。


「…お前の考えは大体予想がつくけれど、」

 重力に引かれるまンまのその体の上を、胸板から下腹にかけて撫でてた俺の手首を、臍の上辺りで鬼利が掴んで止めた。

「そんな顔の前戯じゃさすがに萎える」
「きり、…でも…っ」
「…全く」


 体は最高のご褒美を前にして今にも腰を落としちまいそうだったが、いッくら正常位よか動きが少ねェって言ってもやっぱり負担になるんじゃねェか、と思うとさすがに理性を手放すワケにはいかず、そろりと腰を引きかけた俺に、鬼利が心底呆れたように小さく溜息を吐いた。
 鬼利のモノを宛がったまンま、膝立ちの格好で自重を支えてた俺の右足を、後ろから鬼利が膝で蹴る。傾いだ体を慌てて立て直そうとしたが、片腕は鬼利に捕まえられたまま。極めつけに乳首に通ったピアスを千切れそうなくらいに下に引かれて、俺はあっさりと鬼利のモノの上に腰を下ろしちまう。


「ひ、くッ…!」

 奥まで一気に貫かれて圧迫感に息が止まるが、鬼利はその一瞬の停滞も許しちゃくれなかった。手首を離した手が今度は俺の前髪を掴み上げて、額が触れる距離まで引き寄せる。

 間近で俺を見据える橙色の瞳は、支配者の色をしていた。


「僕はお前と違って、“お預け”や“生殺し”が嫌いなんだよ」
「ぁ、あ…っ」
「…するのは好きだけどね」

 艶っぽく濡れた唇でくすりと笑って、ピアスから離れた鬼利の指先が腹につきそうな俺のモノに絡みつく。

「あぁあッ…ひ、ィっ!」
「僕が寝ている間、一度くらいは抜いたの?」

 つるりと撫でた先っぽに血の痕が残る爪を減り込ませながら、髪から離れた鬼利の手が、ガクガク情けなく震えるそこを支えるみてェに腰に宛がわれた。促すように撫でられるといい加減我慢も利かなくなっちまッて、腰を使いながら俺は小さく首を横に振る。


「し、して…な、…っあ、あぁ!」
「一度も?」
「ひぅ、ンッ…ず、っと…傍、いた…から、ぁ…ッ」
「そう」

 鬼利が寝ている間は、別に何が出来るわけでもねェのに馬鹿みてェにずっとその傍にくっついて、寝る時もベッドの下の床だった。自慰どころかてめェの傷を抉ってもいない、と頷く俺に鬼利は橙色の瞳を軽く細めて、中に入っちまいそうなほど突き立ててた爪で尿道口をぐちりと抉る。


「ンぁああッ、あっ…は、あぁッ…!」
「サボってるといつまでもイけないよ」
「は、ぇ…?」

 腰遣いは緩いとはいえ、モノを弄られる度にぎゅうぎゅう締めつけてンのに息さえ乱れてねェ鬼利の言葉に、俺は思わず間抜けな声を上げて鬼利を見下ろした。
 咄嗟に腰を止めちまって裏筋に爪を立てられたが、そんな言い方じゃァまるで、このまンま一緒にイかせてくれるみてェだ。


「…出したくないの?」
「っんン…!イ、きた…っ鬼利、と…はぁ、あッ…っしょ、に…ッっ」
「だろうね。少し撫でただけなのに、もう血も流れたよ」

 俺の先走りでぐっしょり濡れた手を面白くも無さそうに一瞥して、腰を滑った鬼利の手が俺の脚を撫でた。鬼利に体重をかけねェように中腰の体勢で自重を支えて震えるそこをするりと撫でて、あかい唇が綺麗に笑う。


「3週間近く我慢出来たんだから、僕がイくまでくらいは待てるね?」
「っ…、…!」
「…イイ子だ」

 息をすンのも忘れてその顔に見惚れながら頷いた俺に、鬼利は宝石みてェに綺麗な橙色の瞳を柔らかく細めて、爪を立てられて赤くなっちまったモノの先っぽを褒めるみてェに撫でてくれた。

「あ、ぁっ…はぁ、あぅううッ…!」
「…ん、…っ」

 シーツを握り締めてギリギリまで抜いた鬼利のモノの上に一気に腰を落として、疼く前立腺を引っ掻かれながら奥の奥まで突き上げられる快感に飛びかけた意識を、熱を孕んだ鬼利の吐息が引き戻す。
 鬼利は他人事みてェに言ってたが、俺が3週間ご無沙汰って事ァ鬼利も同じだ。病み上がりで体力の落ちた体じゃァSEXは辛いだろうに、それでも俺の相手をして、一緒に気持ち良くなってくれてるンだって思うと体ン中の柔らかいトコが甘く痺れて、蕩けるような幸福感に死んじまいそうになる。



「あぁッ、き…きり、鬼利…っひぁ、あ、あぁっ!」
「っ…は、ぁ…」

 熱く掠れた吐息を零した唇が、柔らかく微笑んで引き寄せた俺の唇に重なる。

「ん、ぅっん、んンっ…ふ、ぁッ…ぁ、あぁあっ…き、りぃ…ッ」
「…幽利」

 ふたりにしか聞こえない声で囁かれる声に、ナカを抉る熱いモノに、零れる先走りを拭うように俺の裏筋をなぞる指に、愛しさが溢れて鬼利以外が視えなくなった。

 好きだ。
 そんな言葉じゃ足りねェくらい、鬼利が。鬼利のことが。


「っ、…出すよ」

 キスをした距離のまま囁いた鬼利が、俺の動きに合わせて一番奥まで突き上げる。どくり、と注がれた熱に目の前が真っ白に染まって、反らせた俺の血まみれの背中を、鬼利の手が半乾きの傷を抉りながら引っ掻いた。

「は、…っ…」
「っひ…ぁ、あ…!」

 鼓動に合わせて溢れる熱がぴったり重なって、俺のナカと鬼利の腹の上で溢れる。このまンま死んじまいそうな愉悦に震える俺の背中を優しく撫でて、赤く血の痕を残す鬼利の手が俺の頬を撫でた。

 暖かくて優しい手。他の誰よりも。どんな物よりも。


「はぁ、…き…り…っ」


 引きずり落として歪めたのはどっちかなんて、ンな事ァどうだってイイんだ。
 脆くて強くて優しい片割れに、息も出来なくなる程愛される。これ以上に幸せなことを、“今の”俺は他に知らない。


「鬼利…好き、すき。…あいしてる」


 好き過ぎて愛おし過ぎて、こんな風に気が違っちまうくらい。

 添えられた手に頬を摺り寄せながら甘えた声で囁く俺を、傷を抉って引き裂いた指で優しく撫でながら、鬼利が笑う。


「…知ってるよ」



 白い夢の中と、同じ顔で。



 Fin.



 …Hello.


中編のつもりが、気付けば長編になってしまいました。
『Hello』、これにて完結でございます。

今まであまり描写出来ていなかった、鬼利の側からの双子の執着と依存について、このお話で少しでも表現出来ていれば幸いです。

長らくのお付き合いありがとうございました。

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