雨天決行



 ―――ライン3、652便。1分後に”地下街“、D地区へ下降を開始致します。お乗りの方はお急ぎください。ライン3、652便―――

 滑らかに編集された電子音声が、男とも女ともつかない声色で淡々とアナウンスを繰り返す。
 まるで鉄の箱のように無骨な“街”のそれとは違い、壁の大半が硝子で作られた“空”の垂直鉄道乗降ロビーで数少ない日陰の中、派手なペイントを施された大型単車を押しながら歩いていたゴシックは、そこでぴたりと立ち止まると、アナウンスに呼ばれたように今出て来たばかりの降り口を振り返った。


「あーあーあーFチャンさぁまことに大変申し訳ねぇことこの上ないんだけど俺はここで引き返さなきゃいけねー星の下に生まれてたっぽいことがたった今判明した模様だわ」

 息継ぎを一度も挟まずに言い切るなり、脂肪どころか筋肉すら碌についていない、貧弱な体には似合わない重量の単車の前輪を器用に反転させ、降り口の隣にある乗り口へと向かおうとするゴシックの金色の髪を、横から伸びた華奢な少女の手が引っ掴む。

「言い訳がーアイマイすぎだよぉー、ゴシックー?」


 青いロリポップを舌先でちろりと舐めながら、Fはにっこりと笑って右側の3分の1が金色に染められた腰まで届く細い三つ編み、残りが毛先に赤の混じった銀髪のウルフ、という異様な有様になっているゴシックの頭を、細い金色の三つ編みのいくつかをリードのように引いて正面へと向き直らせた。

「ひてててバッカお前そこ引っ張んじゃねぇよ度重なる薬物乱用及びカリスマ美容師の神テクに凌辱され尽くしてる俺の毛根のHPが今いくつだと思ってやがんだ」
「あー、このエクステすっごい触り心地いいー」
「いてぇいてぇいてぇっての解った解りました理解した後に了解もしたから離せ!くっそ単車という名の十字架を背負って小回りゼロの憐れな咎人になんて真似しやがる」
「約束やぶろーとするゴシックが悪いんでしょー?」


 慌てて単車の前輪を戻したゴシックの髪から手を離し、Fはきゃらきゃらと笑いながら、薄ピンク色のトップスの袖に隠れた手でロビーの出口を指差した。

「早くいこぉー?ほらぁ、すっごくイイ天気―」

 眠たげに半眼にされたFの視線の先。天井の無い空は雲ひとつ見えない快晴で、天然の太陽に燦然と照らし出された午後の皇都の街並みが広がっていた。
 昼食には少し遅い時間だが、硝子張りのロビーから見える街並みは、大陸最大のザドス皇国皇都に相応しく華やかに賑わっている。


「…あーあーあー何だよこれ見渡す限りの青空ってか?本日は超晴天なりじゃねーか有り得ねぇ帰りたい今世紀始まって以来最大級のホームシックだ」
「もぉー、アタシの鏡買ってくれるって約束でしょー?」

 ぼやき、と言うには余りに長く淀みの無い声に、Fは単車を押しながらのろのろとついて来るゴシックをくるりと体ごと振り返った。
 眼に痛い程鮮やかな、オーバーサイズのショッキングピンクのパーカーを筆頭に(胸元にはウサギの缶バッチがついている)、ラリった笑みを浮かべるウサギがプリントされたトップス。太股のかなり際どい所までダメージ加工を施されたジーンズ、ラバーのスニーカーは目の覚めるような青という、最早公害レベルの派手さで周囲の目を惹いている、今日のデート相手を。


「あーあーあー約束したよしたともさ一度した約束だ、その理由が例え小父貴に投げ飛ばされた俺の下に偶々お前の鏡があってそれを俺が背中で割ったから弁償しろっつぅ理不尽極まりねぇものだとしても買ってやるよ」


 賑わう皇都を歩く誰よりも派手な姿で、そしてロビーの中にいる誰よりもうんざりした表情で晴天の皇都の街並みから視線を反らし、ゴシックは深く俯きながらはぁあああ、と長い長い溜息を吐いた。


「だからって何が悲しくてこんなよく晴れた絶好の買い物日和に買いに行かなきゃいけねぇんだ、実は今まで隠してたけど俺吸血鬼の末裔だから太陽に当たるとスプラッターな感じに溶けちゃうんだよ」
「偶には陽に当たらないとダメだよぉー。肌がキレーな男の子はイイけどぉ、白過ぎるのはカッコよくなぁーい」
「決意の告白ガン無視かよ吸血鬼っつったら獣人に次ぐ人外ロマンの最高峰だろうがせめて突っ込めよ何のプレイだってんだ放置プレイか実は嫌いじゃない」
「ゴシックはぁ、イジメるよりイジメられたいの人だもんねぇー」
「何の気遣いをしてんだよいーよ男がMとか情けないなんて思うほど初心じゃねぇんだからスパっとマゾって言えよ。寧ろ“イジめられたいの人”って言う方が何かヤらしく聞こえんだよ言えよマゾってこの雄豚って蔑めよおい!」
「うんー、そーだねー」


 コメディアンのように大仰に両手を広げて叫ぶゴシックを、道行く通行人は完全に不審者を見る目で横目にしていたが、Fの返答は極めて素っ気ない。
 渾身のボケが全く相手にされないことに、ゴシックは無言で両手を単車のハンドルに戻しながら深い溜息を吐いたが、その厭味ったらしい吐息すら女子高生には相手にもされなかった。


「でぇ?今日はどこ行くんだよ。大通りのマジック・キティか大道カワイイ系のロリエッタかちょっとパンクにシュリエーラかゴスロリにアーク・ルドゥかそれともハンズでハンドバックにマストサイズのピンクい鏡でも買ってドルジュでストーン塗れにでもして貰うのか?」
「んー…レミリアで買ってぇー、ハイアーシュでデコって貰おっかなぁー。アタシ会員だからぁ、ティンクルベア一体サービスだしぃー」

「……あンなサービスどこの誰が利用すんだと思ってたけどここに居たよどこにつけて貰うんだよあんなでけぇクマ。20センチだぞ俺なら2回で毟り取っちまう自信あるわそれかコード絡めて不可抗力的に引き千切るか」
「鏡の方じゃなくてぇ、裏側につけるんだよぉー?」
「裏側にしたって邪魔だろと俺は申し上げているんですよ女子高生って怖ぇよなデカさと長さ方面にすぐ見境無くなって」

「んー…それはぁ、多分女の子だから仕方ないんだよー。ほら、思春期だしぃ?」
「あぁ止めろ止めてくれ処女の口からンな穢れた話聞きたくねぇ。元々持ってるスペックなんだから仕方ねぇだろ“テクで勝負”に限度があんのも解ってんだよ俺達は。でもそれを認めちまうとあれ僕の、っていうか僕の僕の存在意義って何?的な悲しいことに陥るから必死で自分を騙して―――…なんだこれクソ暑ィ」


 長い長い“一言”の最中に自動のフロントドアをくぐったゴシックは、頭上から燦然と降り注ぐ直射日光にふと真顔になって足を止めた。
 インドア派なのが傍目にも解る色白な肌はいつにも増して色を失い、単車を引き摺っていた華奢な体がふらりと横に傾ぐ。


「やべぇ溶けるマジ溶けるってこれ何だよこのゴルゴダの丘的状況マジぱねぇ森羅万象全てが俺に対して敵意を向けてる気がする四面楚歌だ背水の陣だ死にそう」
「ゴシックはやくぅー。邪魔になるでしょー?」
 単車と共に倒れそうになるのを何とか踏みとどまり、深く俯きながらぶつぶつと澱みなく泣き言と弱音を吐き出すゴシックを、Fは呆れ顔で往来へと引っ張り出した。なんとも情けない姿だが、初めからFは悦やキュールや、ましてや傑のような至れり尽くせりのデートがゴシックに望めないことは解りきっている。


「もうちょっと行ったらぁ、このおっきぃのでも入るパーキングがあるからぁ、もうちょっと頑張ってねぇー?」
「なんだよおっきぃのでも入るパーキングってガバマンかよ擬人化か?大型単車×パーキングってなかなかに高度だぞダメですお父さんは許しませんお前にはまだ早い」
「はぁいはぁーい」


 間延びした口調で適当に相槌を打ちながら、Fはにこにこと、いつも浮かべている緊張感のない笑みよりも少しだけ楽しそうに、眩しく輝く頭上の太陽を見上げた。

 例え紳士的なエスコートが望めなくても、至れりつくせりでは無くても。
 同世代の“フリー”の男の子とのデートに、心踊らない乙女は居ないのだ。










 大陸最大のザドス皇国皇都には、世界中からありとあらゆるモノが集まって来る。

 皇王と皇族、そして一部の上級貴族のみが居住と立ち入りを許された皇国の心臓部、通称“白塔”を中心に東西南北に伸びた大通りとその周辺は、それぞれが独特のカラーを持っており、小さな螺子から異国の民族衣装まで、金さえあれば手に入らない物は無い。

 中でも託児所から最高学府までありとあらゆる学舎が集う南通りには、他には無い雑多さでもって、参考書から流行りのスイーツまで、年頃の若者が求める全ての物がひしめいていた。

 その、洗練された皇都の中で最も未熟で華やかな通りに並ぶ、宝石箱をひっくり返したような雑貨店の中で、


「っあー、見てみてぇ、ゴシックぅー!これかわいぃー」
「…アーク・ルドゥのイメージキャラにしてティーンブランドキャラ部門で一位を3年キープしてるキティ・アークとデロア創始者ミールティのミールティ・チェックがコラボして希少価値的にも値段的にもぱねぇ仕上がりっスね」
「こっちのもぉ、ちょっとお姉さんな感じでイイなぁー」
「…黒マットな生地をベースに職人技の銀細工があしらわれながら派手過ぎず雰囲気を壊さない程度の遊び心で年増っぽくも無い真に素晴らしい一点物っスねエッジの処理とかマジ職人」


 ゴシックはショーケースに並んだ“手鏡”を見てはしゃぐFに片腕を取られ、引かれ、揺さぶられるのにされるがままになりながら、店員が引く程の知識と見識眼を淡々と披露する案山子と成り果てていた。
 傍から見れば馬鹿にしているのかとFに引っ叩かれそうな態度だが、ガラス越しに輝く十数枚の、凡そ日用品につくとは思えない値段の手鏡達に見蕩れているFは、最初からゴシックの長い長い一言など聞いてはいないし、鏡を探しに入った店はここで5件目だ。

 世界唯一の犯罪斡旋会社“ILL”で最もインドアで、太陽の下ではFよりも貧弱であると自負しているゴシックの体力は、既に限界だった。


「んー…迷うなぁー…」
「解る解るー俺も“じぇにふぁー”の主電源に使うコード選びには小一時間悩んだわ。泪サンに目障りって言われねぇ程度にだがしかし俺の美的センスも満たす配色を導き出す為にありとあらゆる色の組み合わせを―――」
「ねーねぇゴシックはぁ、どっちが可愛いと思うー?」
「あン?どれとどれ」

 暗唱でもしているかのような一言の途中でくいくいと腕を引かれ、虚空を見上げていたゴシックはカラーレンズで銀と赤に変色した視線を手元に落とす。

「これとぉ、こっちー」

 思案げに指先を顎に当てながらFが示したのは、先ほどゴシックがほぼ無意識に感想を述べた黒字に銀細工のアンティークと、最近女子高生の間で人気を高めている新鋭ブランドの、限定5枚で製造されたプレミア物だった。


「あー…俺個人のオススメを述べさせて頂けるのであればそっちのプレミア一択」
「こっちー?」
「まぁ両方イイしそっちのアンティークはマジぱねぇ職人技だけど銀ってのは手入れが面倒だし曇らせたらそりゃ酷ぇ有様に成り下がりやがる。しかもお前これバックに放り込んで動きまわるんだろ白衣の女王様にカバーでも作って貰やぁまだマシだけど確定的にどっか欠けるぜそしたら晩年を泣き暮らす勢いで凹むだろ」

 相手に聞き取らせる気が無いようなゴシックのマシンガントークに、ガラスケースの向こうで店員は今度こそ顔をひきつらせていたが、しっかりとゴシックの目を見てそれを聞いていたFはふんふんと頷くと、ゴシックの腕を抱きつくようにして引き寄せた。


「そうだよねぇー。じゃぁー、こっちのにするー」
「はいはい畏まりましたお嬢様こちらをお買い上げでございますねそれでは爺やが代金を払いますので少し離れて頂けますか、っつーか当たってんだけどいや嬉しいよ嬉しいけどさ寧ろ生殺しだがそれがいいおねーさんカードで」
「……っあ、はい、ありがとうございます」


 爪が七色に染まったゴシックの手がカードを差し出してようやく、淀みなく吐き出される言葉の一部が自分に向けられていたと気付いた店員は、慌てて笑顔を作り、手渡されたカードが黒光りしていることに気づいて再び顔を引き攣らせつつ、Fが選んだプレミア付きの手鏡をショーケースから取り出した。

 専用の箱に証明書代わりの小さなカードまで付いてくる手鏡についた値段は、プレミアがついているとはいえ桁が3つは狂っているようなものだったが、カードは偽装でも何でもないゴシックのものだし、女に贈り物をして喜ばせるのは好きな方だし、後から支払いの8割は仁王に出させるつもりだし、店員から向けられる奇異の目もゴシックには慣れたものだ。

 ただ、唯一問題があるとすれば。


「ありがとぉー、ゴシックー」
「…ん……あー、はいはいはいどーいたしましまして寧ろここで決めてくれてありがとうマジありがとう後3件は覚悟してたから―――」
「今度はぁ、絶対割れたりしないよぉに大事にするねぇー」

 にこにこと嬉しそうに、それはもう嬉しそうに顔を綻ばせながら礼を言う女子高生が、一向に腕を離す気配が無いことくらいだ。










「ねーねぇー、ゴシックってぇ、こーいうの慣れてるのー?」

 雑貨店や若者向けのブランド店が並ぶ南通りを、ゴシックの単車を駐めたパーキングに向かって引き返しながら、Fは橙色に変わりつつある陽光に鬱陶しそうに目を細めているゴシックを振り返った。
 ちなみに、鏡の入った紙袋を持ってくれているゴシックの腕はまだ離していない。

「人畜無害な人工太陽の“街”ならともかく紫外線やら赤外線やらの人体劣化物質を燦々と頼んでもいねぇのに振りまいてくれやがる空なんかに真昼間から来るのなんざ初めてだっつぅの。言っただろ俺吸血鬼の末裔なんだよ」
「そーじゃなくてぇ、女の子と2人で買い物ーみたいなことー」

 女の子、の部分で抱えた腕をぎゅっと抱きしめるようにしてみたが、ゴシックは頼りなく少しふらついただけで、離せとも止めろとも言わなかった。


「ルートにクラブもホテルも都合よくひとり暮らしもしくは親が留守な彼女の自宅も入ってねぇような全年齢向けのデートなんてしたことねぇよ現実では。まぁ二次元では好感度の為に紳士でも野獣でも演じてるから慣れてるっちゃ慣れてるけどな言わせるなよ泣きたくなるわ!」
「えー?じゃぁー、彼女とかいないのー?“オトモダチ”だけぇー?」
「だからやめろってんだよその微妙なオブラートの包み方は溢れてんだよ端っこから意味深な気配がだだ漏れで逆にやらしいんだよ!でも別に否定しているわけじゃないんだからねっ」
「ふーん…なんでぇー?」


 オトモダチが出来るのなら、相手がいないわけでは決してないだろうに。純粋な疑問から首を傾げるFに、ゴシックは淀みないマシンガントークが売りの彼にしては珍しく、少しだけ口篭った。

「な…なんでぇー?ってお前聞くかそこ聞いちゃうのかなんだよお前の鏡を俺がブレイクした腹いせに今度は俺のハートをブレイクしようってか。怖ぇ女子高生マジ怖ぇ容赦ねぇ」
「だってぇー、モテないわけじゃないんでしょー?」
「ったくこれだから少女漫画&昼ドラ思考の昨今のガキは。あのなぁ俺様は本来こんな日の当たる往来を歩いてちゃいけない闇の住人なわけよそんな男と一緒になってあいつが幸せになれる筈がねぇ…!だから、だからお前が代わりにあいつの笑顔を守ってやってくれ…!的な展開は説明する必要もなく王道だろうが定番だろうが少年誌読んでみろよ、そういう奴が絶対1人はいるから」
「でもぉ、キュールさんにはぁ、彼女さんいるよー?仁王ぽんにも奥さんいたしー」
「あー…あーだからぁそれは環境の違いっつーか年の功っつーか良かったですねぇ理解ある彼女及び奥さんでぇっつー話で別に―――」
「じゃぁー、まだそぉいう出会いがないだけー?」
「……あのなぁだからお前は止めろってんだよ年齢とキャラを最大限生かした追い詰め方をしやがっていい加減泣くぞコラ」


 表情も声色も変えないままそう言ってはぁあああ、と長い長い溜息を吐き、ゴシックはFに掴まれていない方の手で、ジーンズのポケットからカードほどのサイズの、薄い端末のようなものを引っ張り出した。
 音楽プレイヤーのような見た目をしているが、その小さな機械から伸びているコードは2本。そしてどちらも、その先はゴシックがアクセサリー代わりに首から下げているヘッドフォンではなく、どぎつい色彩のシャツの下へと潜り込んでいた。


「こんなモン常時肌身離さず持ち歩いてる半サイボーグにしてハッカー且つ髪の残量を気にし始める中年までには死亡大決定な野郎に、どこの女が人生捧げてくれるっつーんだよ重いわ潰れるわ正しく道連れだっつーの」

 少年誌の登場人物なら2~3人分の設定量だぞ、とやはり変わらない表情と声音で言いながら、ゴシックは上半分についた小さなパネルの表示を見つつ、彼の体に内臓の代わりに入った様々な機械を制御している機器をカチカチと操作する。

「そーかなぁー?…あ、充電大丈夫ー?」
「ったり前だろうがこの程度で切れるようなバッテリーなんて積んでねぇよなんたってこれはこの俺様が基盤からカスタムした特製の―――」
「よかったぁー。じゃぁねー、夏服とぉ、バックとー…ロリエッタの新作のミュールも見たいなぁー」
「嘘です無理です勘弁して下さい直射日光下だと体温の関係で血管がアレで血流がソレなんで設定色々変えてて電池食うんですごめんなさい」
「冗談だよぉー」

 機器をポケットに押し込んで頭を下げるゴシックに、Fは前を向いたままきゃらきゃらと笑う。
 現役女子高生にして皇国5大数学者の1人に数えられる彼女は、以前キュールの協力でこっそり盗み見た計算式から、文字通りゴシックの生命線である機器のバッテリーが、本部に戻るまでの時間を差し引いても後半日分は残っていることを把握していたが、ゴシックとは今日が初めてのデートだ。


「ねーねぇ、今度はぁ、もうちょっと遠出してもいーいー?」
「おいおいおいなんだその王道な帰り道でのイベントフラグはすっげぇデジャヴュなんですけど多分数百回は聞いたわ、画面越しに。っつーか遠出なら悦でも世環でもキュールでも運転手にして車で行けよ車で」
「バイクがいーのー」

「だからそれこそ世環か零級かもしくは世環傑でも誘って皇国中の婦女子の羨望やら憧憬やら妬み嫉みを一身に浴びながら―――」
「傑っちはー、なんか完璧すぎるしぃー悦っちゃんに悪いしぃー…」
「あーあーあー皆まで言うな言わないでくれ解ってる解ってるよ女がこういう言い回しをする時その本心は端的に“だって飽きちゃったんだもん”であるということくらい。やめてくれ俺の中のいたいけな男の子の部分を壊さないでくれ」
「だってねぇー?もう傑っちには10回以上付き合ってもらってるんだよぉー?そんなに沢山遊んでぇ、でも進歩無しってゆーか無理だとぉー…ね?」
「うわぁ肯定しやがったよ怖ぇマジ怖ぇ何が“ね?”だよ時既に遅ぇよそんな小さじ一杯分の可愛さなんかじゃ覆い隠せねぇ闇が垣間見えてるよ」
「ねーねーイイでしょぉー?ゴシックのバイク乗ってみたいー」


 上目遣いにゴシックを見ながら、Fはそうねだりつつゴシックの腕をぎゅっと引き寄せた。
 相手が傑や悦、キュールならば大人の男の余裕を持ってさらりと躱される所だが、3つ年上のこの青年には、まだそこまで女の扱いは身についていない。

「っ…あーあーあーはいはい分かったわかりましたよ善処させて頂く所存にございます」

 …ほら、やっぱり。
 数秒の逡巡の後、諦めたように次を約束してくれたゴシックから体を離しながら、Fは内心の通りににっこりと笑った。


 同世代のフリーの男の子とのデートに、心躍らない乙女はいない。
 健康的な十代であるFの体力はまだまだ有り余っているし、ゴシックのバッテリーのことを鑑みても、次とは言わず今からあの大きなバイクに乗せてもらう時間はたっぷりあるのだが、今日は1回目のデートだ。


「今度はぁ、夕方にこよーねー」


 …“次”の楽しみは、取って置かなければ。



 Fin.



幹部未成年コンビ初デート。
この後ゴシックはきっちりと鏡の代金の8割を仁王に請求しました。

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