After



 ―――ずるいよ。










 半壊した廃工場のひび割れたコンクリートの上で、ヴェルディオは膝を抱えて座り込んでいた。
 壊れた屋根から差し込む月光が落とす影を眺めていた虚ろな藍色が、約4時間ぶりにそこから反らされ、首を傾げるようにして自分の右斜め後ろを振り返る。

「…戮耶」

 首を傾げたまま、独り言のような、けれども不思議とよく通る陰気な声で、ヴェルディオは傍らで血塗れになって横たわっている同族を呼んだ。


「戮耶、誰か来るよ。もう起きないと」

 胸元に抱えた両膝の上に手を揃えて置きながら呼びかけるが、右腕と両足の無い同族は死んだように何の反応も返さない。
 傑に潰され壊された右腕と両足は壊れた部分から先が無くなり、まるで最初からそうであったように断面が皮膚に覆われていた。治癒すらままならない程に血を流してしまったから、その不足を少しでも補う為に壊れた肉と骨を血に変えたのだ。
 右腕と両足を血に変えて、それなのに意識すら戻らない。1度頭を潰されたのかもしれないな、とヴェルディオはぼんやり思った。


「戮耶」


 試しにもう一度呼び掛けてみるが、やはり戮耶は死体のように筋一つ動かないままだった。その姿をヴェルディオは少し眺めてから、衣擦れの音すら立てずにゆらりと立ち上がった。
 爪の先まで黒革を巻かれた影のように黒い痩躯が、血の気を無くして蝋のように白い同族の腕を掴む。


「……」


 掴んだ腕を持ち上げて一回り小さくなった体を持ち上げても、戮耶の口からいつもの罵倒が飛んでくることは無かった。太股から下が、そして膝から下が、それぞれ無くなった戮耶の下半身をずるりと引き摺りながら、ヴェルディオは首を傾げるようにして背後の壁を振り返る。


 警戒しているのか、ゆっくりとした速度でこちらに向かって来る人間の群れ。
 視認することは出来ないが、気配と音で大方の人数と装備は解った。やたらと薬品の匂いがする群れと、気配に比べて随分と足音が重い群れ。

 戮耶だけならともかく、傑までが、我らが“王”までがあんなに遠慮無く遊んだのだから、人間にバレるのも当然だ。遠くで動かない薬臭いのはこの場に残った血や肉片が目当て、近づいて来る重い武器を沢山かついだのはその護衛にしては数が多いから、戮耶がここから出て来ないのを知って、重傷であると当たりをつけて生け捕りにでも来たのだろう。



「……駄目だよ」

 「グンブケイサツ」とかいうこの国の軍人達に、ヴェルディオの目には古臭く映る装備に身を固め、戦争でも始めそうな慎重さと数でもって進軍してくる人間に、ヴェルディオは藍色の瞳を僅かに細めて呟いた。

 彼等はヴェルディオがここに居ることを知らない。遺っている“純血種”の中では一番の欠陥品の戮耶だけを相手にするつもりで、だからこそ、あんな“小国1つを潰すことしか出来そうに無い”装備と人数で来ているのだろうけど。

 統制のとれた動きで廃墟が包囲されていくのを足音と気配で感じながら、ヴェルディオは物憂げな表情でずる、と引き摺った同族を見下ろした。


「足りないよね。あれだけじゃ」


 同意を求めるようなヴェルディオの声に、片腕と両足を無くした、同族の中で最も弱い“純血種”は何も言わなかった。
 ただ、迫る殺気に、誰よりも純粋な兵器として作られた白い腕が、ぴくりと一度だけ動いた。










 雨が降っていた。

 自然に出来た山奥の岩穴で、背中を冷たい岩壁に預けながら、ヴェルディオは両足をだらりと投げ出して無気力に外を見ていた。

 ここで降る雨はいつも、肌を刺す様に冷たい。
 出来ればいつものように何も考えず、頭の中を真っ暗にしてその雨を浴びていたかったが、目の前で仰向けに横たわっている戮耶の所為でそれは出来なかった。

 ヴェルディオが人里からこっそり拝借してきた食糧のお陰で腕と足は生えそろったものの、まだ体力が戻りきらないこの同族は、少し目を離すとヴェルディオの友達を殺して食べてしまうからだ。
 昨日も遊びに来た山犬を殺そうとしているのを、慌てて体の右半分を腐らせて止めた。お陰で怖がって今日は誰も遊びに来てくれない。早く出て行ってくれればいいのに。


 雨が降っている。


 厚い雲のお陰で太陽の姿は見えず森の中は夜のように暗かったが、特に問題は無かった。ヴェルディオにとっては1分も1日もさして違いは無いからだ。
 雨が降り出して3分か3時間か、どちらかが経った頃、死んだように岩の上に寝ていた戮耶が不意に口を利いた。


「…誰だ」
「ヴェルディオだよ」
「てめぇじゃねぇ。黙れ間抜け」

 誰だと聞いたから答えただけなのに。そう思ったが、そんなことを言うと短気な同族は怒るのでヴェルディオは大人しく黙った。

「エツ、とかいう人間がどうのこうのって話してただろぉが。誰だ」
「……」
「…目ぇ開けたまま寝てんじゃねぇよ根暗が!」

 怒声と共に振られた腕が、近くにあった手のひら大の石をヴェルディオの頭に向けて投擲する。
 ほんの少し首を傾けてそれを避け、自分の頭があった位置の壁に埋まった石を横目にしながら、ヴェルディオは投げ出していた両足をもぞもぞと胸元に抱え込んだ。

「だって、黙れって」
「屁理屈こねてんじゃねぇ馬鹿の癖に。とっと喋らねぇとあの犬っころ殺すぞコラ」
「……」

 個体としての戦闘能力はヴェルディオの方がずっと高いが、その代わりに戮耶は速い。初撃で殺してしまえばそんな速度に意味は無いが、ヴェルディオは5人しか居ない同族を媒体だけとはいえども殺したく無かった。勿論、友達を殺されるのはもっと嫌だ。


「…悦君は、傑の“お気に入り”だよ」
「ぁあ?つまんねぇ。女か」
「悦君は男だよ」
「野郎だぁ?それがなんで“お気に入り”なんだよ」
「うん。えっとね、」


 片目を見開き、片目を眇める彼独特の表情で自分を睨み上げてくる戮耶に、ヴェルディオはあの地面の下で一番高い建物の中であった事を話した。傑に片腕をめちゃくちゃに踏み潰され、頭を銃で吹き飛ばされた所で戮耶に大笑いされて少しだけ落ちこんだが、めげずに全てを話し終えると、戮耶はつまらなそうに鼻を鳴らして、


「はッ、要するに肉便器かよ。さぁすがいいご趣味をしてやがんなぁ、“成功例”サマはよぉ」

 頭の後ろで腕を組みながら、そう吐き捨てた。

「違うよ。悦君はトイレじゃないよ」
「じゃあ何だっつぅんだよ。てめぇが間違える程“情報”が蓄積してたんだ、確実にザーメン飲んでんだろうが。それじゃなきゃ血だ。寝酒代わりに傑の血を一気飲みしたってか?そのエツクンとやらは吸血鬼かよ、あ゛ぁ?!」
「だから、悦君は人間だよ。トイレでも吸血鬼でも無いよ」
「……てめぇ」


 困ったように眉を顰め、揃えた膝の上に顎を埋めながらぼそぼそと呟くヴェルディオを、怒声と共に上半身を起こしていた戮耶は刃のように鋭く細めた藍色で睨みつける。

「マジで言ってんじゃねぇだろぉなぁ、その寝言」
「うん。ちゃんと起きてるよ」
「それが寝言だっつぅんだボケ。…あぁ、クソ、それはいい。肉便器の意味言ってみろ」


 ぞんざいな仕草で促され、ヴェルディオは抱える様にして膝に両腕を回しながら、かくりと首を傾げた。

「…お肉で出来たトイレ?」
「Fuck!」

 意味など知らないが言葉の響きからしてそうだと思って聞いていたし、言われてから改めて考えて答えたのに、戮耶はそれに対してとても汚い言葉で―――今はもう使われて居ない、ヴェルディオや戮耶の初代が使っていた、もう100年も前に人間達が忘れてしまった言葉でヴェルディオを罵った。


「おいてめぇ、ヴェルディオ。Y0073:ヴェルディオ!」
「うん」
「てめぇの欠陥は記憶の代替わりができねぇ事だろうが。媒体いくら変えても記憶が代わらねぇからてめぇの意識は200年ずぅうぅっとそのままで、だからそんなにてめぇはぐずぐずぐずぐずウザってぇんだろうが違うかボケ!」
「そうだよ。…でも、酷いよ戮耶。うざってぇ、なんてゾイにも言われたこと―――」

 聞いたことが無いがきっと罵声に違いない単語に、ヴェルディオは元々陰気な藍色の瞳と表情を更に陰鬱に沈ませてもぞもぞと抗議するが、戮耶はいつものようにその言葉を最後まで聞いてもくれない。


「そぉだよなぁそぉだろぉよ、つまりてめぇは意識だけなら“200年生きて”るワケだ。違ぇか?違わねぇよなぁ?なのにだ、そのてめぇが、だ。なんでお肉でできたトイレぇ?なんて寝言を真顔で吐きやがんだコラ!?」
「…違うの?」
「…っあ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああウザってぇええッ!」

 怒声と共に振り下ろされた戮耶の拳が、巨大な岩が風や雨に抉られて出来た岩穴の床にめり込んで地面を少しだけ揺らす。
 ぱらぱらと頭上から降って来た岩の破片を頭を軽く振って落としながら、ヴェルディオは岩にめり込んだ戮耶の拳を一瞥した。

 速度に特化した戮耶の力は元々後方支援型のゾイより少し勝る程度で、そちらに特化したシェナは勿論、万能型の傑や前衛型のヴェルディオと比べると酷く劣る。手加減など出来る性質では無いから、今も怒りのまま全力で拳を振り下ろしたのに違いないが、分厚い岩は亀裂が入った程度だ。
 その上、衝撃に耐え切れずに拳の方が変形して血を流している。やはり傑に与えられたダメージは大きいのだ。たかだか1メートルの厚さの岩も割れ無いほど弱っているなら、そんなことしなければいいのに。


「なんか、ごめんね、戮耶」
「るっせぇ黙れ死ねくたばれ」
「うん、俺だって早く死にたいよ。でも傑が殺してくれないんだ。仕方ないよ」
「……。聞け根暗、肉便器ってのはなぁ」

 指を覆う黒革をみょんみょんと引っ張りながら、拗ねたように呟くヴェルディオを一瞥し、戮耶は大きな溜息を吐いてから再びごろりと硬い岩の上に横たわった。

「うん」
「ダッチワイフくらいはてめぇも知ってんだろうが」
「うん。使った事は無いけど」
「ったりめぇだあって堪るかボケ。あれの人間バージョンだ、てめぇの花が咲いた脳味噌でも理解出来るよぉに言えばな」

 花が咲いた脳味噌っていうのはどういう意味だろう。大昔、どこかの国の拷問か権力者の遊びで、奴隷もしくは捕虜の頭蓋骨の一部を切り取り、生きたまま脳味噌を苗床に草花を植えるというものがあったけどそれのことだろうか。
 …と思ったけど、そんなことを聞くと戮耶は怒るので言わない事にした。

「…人形ってこと?」
「道具って意味だばァか。性欲処理の道具だ。精液ぶち込む為だけの道具、小便垂れる便器と何も変わらねぇ人間、だから肉便器っつぅんだよ解ったか間抜け」
「うん。ありがとう」


 結局することは性器を擦って射精することなんだから、どうしてそうも色々と方法を変えなくちゃいけないのか、出すだけでいいんじゃないのか、とヴェルディオは思ったが、それを言うとやっぱり戮耶は怒るので、素直に頭を下げて御礼を言った。

 …ああ、そうだ、でも。きっと戮耶は怒るだろうけど。



「…でもね、戮耶」
「なんだよ煩ぇな」
「悦君は、やっぱりその性処理の為の道具でも無いよ」
「……あ゛ァ?」

 頭の後ろで組んだ腕を枕に眼を伏せて、恐らく寝ようとしていた戮耶の藍色の瞳が、右目だけ開いてギロリとヴェルディオを睨み上げた。辛うじてまだ怒ってはいないが、この短気な同族の中でその境界線は余りにも曖昧だ。

「悦君は俺に、傑と悦君は相棒だって言ったけど、多分悦君は恥ずかしかったから嘘を吐いたんだと思うんだ」

 あの綺麗な瑠璃色の瞳の人間は、シェナとゾイに挟まれても(警戒はしていたが)平気なようだったし、意識だけは200年生きて来たヴェルディオと比べても随分とそういう事には慣れた風だったけれど、傑のことを話す時だけは幼い少年のようだったから。

「傑は本当に悦君がお気に入りなんだよ。触っただけで凄く怒られた。射精する為の道具だって思ってるんなら、殴られたりしないよ。頭を飛ばされて終わりだよ」
「はッ…頭に苔でも生えたかぁ?偉大な成功例の“王サマ”は、昔っからずぅうっと人間共がだぁい好きだろぉが」
「そうだけど。…そうだけど、なんか違うんだよ。そういう好きじゃないんだよ」

 そもそも“今”の傑にそういうことは出来ない。“世環傑”の基本思考は人類のみに向けられる博愛だが、今の傑は血との適合率がエラーが出る限界まで低くて、その所為で人間だった時の感情や思考が残ってしまっている。
 その所為で少し前までは、ほんの5年前までは、10年持たないだろうというくらいに色々ギリギリだったのだ。でもこの前の傑は随分安定していた。今までの本媒体とは随分違っていたけど、今までより少しだけ優しかったけど、それでもあれはちゃんとヴェルディオ達の“王様”だった。そしてそれは、きっとあの人間のお陰だ。

 ああ、あれは何と言っただろう。好きよりも、もっと汚くて、ぐちゃぐちゃしていて、強い。
 …そうだ、あれは。


「傑はね、きっと悦君のことを愛してるんだよ」
「……」
「それでね、悦君も傑のことを愛してるんだ。ちゃんと、傑を愛してるんだよ」

 あの、同族が見ても綺麗だと見惚れる表皮だけじゃなくて、酷くて冷たくて優しくて強くて淋しい、“王様”を。

「…ぁ」

 じっと片目のままでこちらを見据える藍色に気付き、ヴェルディオはそれとは視線を合わせないままに小さく声を出した。
 破壊と闘争が基本思考の“戮耶”にこんな言葉を聞かせたら、馬鹿馬鹿しい、と凄く怒るに違いないと気付いたのだ。戮耶は怒りのパラメーターが振り切れると、ちょっと冷静になって、機嫌良さそうに笑って、それから先はもう、一度殺す以外に方法が無いくらいに暴れ出す。ヴェルディオではそれを止められない。

 剥き出しの核爆弾状態の戮耶が居座る時間は少し伸びるが、笑いださない内に頭を潰して色々と無かったことにしようと、ヴェルディオは掌を覆う黒革をそっと剥いだ。
 戮耶の頭部を腐敗させようと伸ばしかけた手は、だが寸前で手首を掴まれて空中に止まる。


「はッ…“アイ”だぁ?」
「…ううん、そんなこと言って無いよ。聞き間違いだよ」

 吐き捨てるように言った戮耶の口元には歪んだ笑みが浮かんでいる。危険だ。ぐいぐいと力任せに腕を押しこみながらヴェルディオは首を振り、無視されるだろうと思いつつもそう言うが、聞いて貰えないとばかり思っていたその言葉に戮耶は珍しく反応してギロリと目を剥いた。


「てめぇがそう言ったんだろうが」
「言って無いよ、聞き間違いだってば。だから怒らな―――」
「怒ってねぇよ。寝言の次は白昼夢かぁ?いい加減にしろよオイ」

 ちッ、と強く一度舌打ちをして、指の合間から見える戮耶はヴェルディオの手首を離すと、再び頭の後ろで腕を組んで目を伏せた。
 どうやら本当に怒ってはいないようだ。

「結構なことじゃぁねぇか。でもそぉいうことならなぁ、俺だって傑のことをとぉっても愛してるぜ。その人間よりもずぅっとなぁ」

 口の端を歪ませて、戮耶は楽しそうに愉しそうにそう言って笑う。

「愛してるの?殺したくて、何度も殺されてるのに?」
「“のに”じゃねぇよ。殺したいから愛してるんだろぉが馬鹿。やっぱりてめぇ頭に苔生えてんだろ」
「生えて無いよ。生えてもすぐ腐っちゃうよ。…でも、変だよそんなの」
「あ゛ぁ?何が変なんだよ」

 不機嫌そうな声と共に戮耶は一度ギロリと目を剥いて、そしてヴェルディオの顔を一瞥すると、馬鹿にしたように鼻を鳴らして直ぐにまた伏せた。

「根暗。てめぇ何か勘違いしてやがんな?」
「勘違い?」
「愛だの恋だの、おキレイな言葉で覆ってあるけどなぁ、結局そんなモンただの執着なんだよ」

 彼にしては珍しく、怒っても喜んでもいない退屈そうな声で戮耶はそう言うと、空中に掲げたままの戮耶の腕を片手でパシンと叩く。


「愛と憎悪にどんな違いがあるってんだ?心中なら愛で殺せば憎悪か。結局死ぬ事には違いねぇだろぉが。どっちだって終わりまで行けば後は腐るだけだ。何が違うってんだよ」
「……うん」

 うん。でも、きっと多分それは違うんだよ。
 上手く言えないけど。この脳に記憶させられた100以上の言語のどれにも、ぴったりな言葉は無いけど。でも、きっとあれはもっと暖かいもので、やっぱり戮耶は悦君には敵わないんだよ。
 そして俺にも戮耶にも、きっとずっと解らないものなんだよ。


 だからこのままでいいんだよ、きっと。


「…でも、まぁ」
「うん?」
「人間にしちゃぁ面白そうな奴だな、そのエツって奴」
「あ、駄目だよ」
「何がだよ」
「だって戮耶、今度は悦君を囮にして傑をおびき出そうとか考えてるんでしょ?駄目だよ、今度こそ本当に殺されちゃうよ。俺も怒るから今度は止めないよ」

 傑はとても嫌がるだろうけど、悦君とはもう一度話してみたい。その前に戮耶に殺されたらちょっと嫌だ。


「誰がそんな見え透いた手ぇ使うかばァか。全開でアレだってぇのに、一回ぶっ壊されかけた媒体で二度目なんて出来るわけねぇだろうが、ナメてんのか?」
「うん、そうだよ。本当に死んじゃう所だったんだから。傑も嫌だって言ってたし、次の本媒体まではダメだよ」
「“本当に死ぬ”、だぁ?」

 苛立たしげに舌を打って、戮耶はずっと伏せていた目を薄く開く。


「…本気だったわけねぇだろうが」


 薄く開いた唇が紡いだ言葉は雨音にかき消される程小さくて、ヴェルディオには聞きとれなかった。

「え?聞こえないよ、もっかい言って」
「るっせぇな黙れってんだよいい加減。ってぇかお前腕の、解けてんじゃねぇか」
「あ…うん」
「うん、じゃねぇよ危ねぇな。さっさとしまいやがれ、あの犬の代わりにてめぇを食うぞ」
「うん」

 確かに危ないのは間違いないので、ヴェルディオは素直にこくりと頷くと、解けていた黒革をもぞもぞと巻きなおす。

「でも、戮耶。俺のことを食べたら戮耶が腐るよ」
「あ゛ーあ゛ーそうだな。つくづく役に立たねぇ奴だ」
「…俺の友達を食べても、腐らせるけど」
「解ってるっつぅんだよ煩ぇな、いいから寝かせろボケ。気が滅入る」

 陰鬱な藍色にほんの少し暗い光を滲ませて言ったヴェルディオでは無く、岩穴の外をちらりと見やって舌打ちをし、戮耶は目を伏せた。改めて見ると少し顔色が悪い。ほんの少しの間でもヴェルディオの力を受け止める為に全力を出したのはまだいいとして、その前に拳を自分で壊したのが響いているのだ。

 大人しくしてなくちゃ駄目だよ、ただでさえ戮耶は一番弱いんだから。
 ヴェルディオは心の底からそう思ったが、そんな事を言うとやっぱり戮耶は怒るので、自分も抱えた膝の上にこてんと頭を乗せて穴の外を見た。


「うん。おやすみ」


 そろそろ雨が上がる。
 外は夜だった。



 Fin.



傑の愉快な仲間達、戦闘狂と根暗。
タイトルの通り、「世界の敵」のその後です。傑に死なせるな、と言われたので自分の棲家に連れて来て餌をやるヴェルディオと、血が足りないのでとにかく何か食べたい戮耶。

ちなみにヴェルディオはDTです。
戮耶は巨乳が好き。

Clap log