Hair cut



 休日の昼。

「あー…邪魔くせ」

 ソファに座りながらゲームをしてる俺の膝に頭乗っけて、ソファに横になりながら雑誌を捲ってた傑が、読み終わったらしい雑誌をばさりとソファの下に投げ出しながら呟く。

「何が」
「髪」

 中ボスを倒す合間に膝の上を見ると、短く答えた傑が指先で引っ張った髪を見せてくる。
 1度ポーズ画面にしたゲームのコントローラーを置いて、膝の上に乗ってる傑の髪を手櫛で梳いてみたら、確かに前に比べててっぺんらへんの髪が長い。

「ホントだ。伸びたな、結構」
「切ってくっかな。せっかく休みだし」
「あ、俺切りたい」
「やだ」
「なんでだよ」

 即答っつぅかむしろ食い気味で答えた傑に、コントローラーを握り直しながらちょっと不満そうな声を出すと、俺がかき回した髪を撫でつけながら傑が苦笑した。

「お前基本的に前髪直線にするだろ」
「だって”パッツン前髪は今年の流行☆オシャレっ娘は要チェック”って書いてあったし」
「それFが読んでる雑誌の記事だろ。女子高生の流行を俺にやらせんな」
「じゃあどーすればいいんだよ」
「どうって…とりあえずパッツンは嫌」


 直線は嫌ってことは、その逆だから…

「じゃあぎざぎざならいい?」
「ぎざぎざ?」
「まっすぐの反対はぎざぎざだろ」
「いや…まぁ…そう、かな」
「じゃあぎざぎざに切るから。イイ?」

 ボタンを連打しながら聞くと、ごろんと寝返りを打ってテレビの方を見てた傑が小さく唸る。頭の乗っかってる膝を軽く揺らしてもう一回名前を呼ぶと、傑はやれやれって感じで起き上った。

「…わぁったよ。じゃあ頼む」
「よっしゃ、脱げ」










 20分後。

「……ホンっとにぎざぎざに切りやがったな」
「だってぎざぎざがよかったんだろ?」

 床に散らばった髪を掃除しながら注文通りにしてやったのに何故か不満そうな傑に答えると、シャワーで体についた髪を洗い流してきた傑が軽く溜息を吐いた。

「あのなぁ…俺がお前の前髪をこんな風に切るか?」
「いっつも寝るから解んねぇ」
「……」

 わざわざ外に出るのも面倒だから俺の髪はいっつも傑に切って貰ってるんだけど、なんでか俺は髪を触られてると眠くなるらしくて、最後に前髪を切られる頃にはいつも熟睡してるから、傑がいつもどういう風に鋏を使ってるのかなんて知らない。

「…髪切りに行ってくるわ」
「えー!」
「えー、じゃねぇから!前に直線にされた時に俺がどンだけ馬鹿にされたと思ってんだよ。あの鬼利に喋れなくなるほど笑われる気持ちが解るか?!」
「…でもこれ以上切ったら変になると思う」

 せっかく前髪以外はイイ感じに切れたのに。ジーンズの前を留めて、黒いシャツを羽織った傑に唇を尖らせて見せると、傑は困ったように笑いながら俺がぎざぎざに切ってやった前髪をくるりとまとめて捻る。

「後ろは切らねぇよ、前髪だけ整えて貰う。ヘアピン貸して」
「ん。」

 捻ってまとめた髪を簡単にヘアピンで留めて、羽織ったシャツのボタンをとりあえず1つ留めながら、傑はソファに座ってゲームの続きを始めた俺の頭をくしゃっと撫でた。

「ンじゃぁ行って来ます」
「いってらっしゃい」










「…誰だよお前」
「貴方の傑です」

 …何が“貴方の”だ。

「髪切りに行ったんじゃなかったっけ?しかも前髪だけ」
「行った」
「…それがどーしてそんなフルコーディネートになってンだ、なにその派手なストール。どこのエリマキトカゲから引っぺがして来たんだよ。返して来なさい」
「大丈夫、エリマキトカゲもそろそろ落ち着きたい年頃らしいから」

 下らない軽口をたたき合いながら、傑はエリマキトカゲから引っぺがしてきた(ように見えるくらい派手な柄の)ストールを取ると、俺の背後、ソファの定位置に腰を下ろす。
 とりあえずブラックのアイスコーヒーを渡しながら、改めてどうしてそんな格好なんだって聞いてみると、傑はコップに入ったそれをぐいっと一息に飲み干してからエリマキトカゲになるまでの経緯を話し始めた。


「それがさ、俺出てく時すげェラフな格好してっただろ?」
「うん」
「髪切って貰ってたら、隣のおにーさんがそれじゃ勿体ねェって騒ぎだして」

 まぁラフっつっても傑が着てたのは黒シャツにジーンズで、どっちも安物じゃねぇし、着てる本体がこれで、しかもボタンは3番目までは普通に外してたんだろうから、言うほど酷ぇってわけじゃないと思うんだけど。
 どれだけセンスがあんのか知らねーけど、こいつに「それダサくね?」って言えるおにーさんの自信っつぅか勇気は凄いと思う。

「近くに店あるから来いって言われてさぁ。思ったより早く終わったからついてってみたら、5人がかりくらいで着せ替え人形にされて」
「…うんうん」
「1時間経って出来上がったのがこちらです」
「……」


 ぴら、と黒地に銀で細かいストライプが入ったシャツの裾を軽く持ち上げて見せながら、にっこり営業スマイルなんかして見せてくる傑に、俺は思いっきり冷めた視線を送ってやった。
 微妙に斜めになってる前髪に後ろもなんかイイ感じにアレンジされてて、黒のシャツにジーンズってベースは変わってないけど、シャツはあんなだしジーンズにもダメージ加工がしてあって、腰のベルトはバックルにごつい銀の装飾。安物だった靴はシンプルな、でも十分高いって解る革靴に代わってた。

 …イイなあの靴。


「似合う?」

 黙ったまま靴の品定めをしてたら視界に入り込んできた傑がそう言いながら首を傾げて来て、首に巻いてたエリマキトカゲストールを取って慣れた手つきで俺の首に巻きつける。
 巻かれる瞬間、嫌味じゃない程度の香水の匂いが香って、普段香水なんて俺も傑もつけねェから慣れないその香りに、ちょっとクラっと来そうになったのを誤魔化して、俺は覗き込んでくる傑から目を反らした。


「お前に似合わない服なんて無いだろ。…嫌味かバーカ」

 …惚れ直すくらい格好いいなんて、意地でも言うか。



 Fin.


今日も今日とてバカップル((笑

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