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「どっか痒いトコとかあっかィ?」
「無いよ。平気」
「そか。じゃァもう流しちまってイイ?」
「お願い」

 無愛想な僕の言葉に嬉しそうに頷いてシャワーを手にとる幽利を眺めながら、僕は手術用の手袋を被せられた左手を眺めた。
 …やっぱり5本全部折られるまで黙ってるのは失敗だった。お陰で実は世話焼きの幽利を働かせる理由を作る事になってしまった。

 …それにしても。


「じゃあ次、体洗ってイイ?」
「…ありがとう」

 わざわざ膝立ちで目線を下げてる上、何かする度にお伺いを立ててくる幽利の律儀さに、思わず僕はこっそりと苦笑した。
 別に僕から頼んだわけじゃないけど、指と肩の骨が折れた状態で入浴するのは不便には違いない。僕はそれを見越してくれた幽利に「やって貰ってる」立場なんだから、別に少しくらい好き勝手にしてくれたっていいのに。


「…そォいや鬼利、このギプス」
「あと1週間もすれば外れるよ。指は関節の一部が欠けてたからもう少しかかるけど」
「なァ…大丈夫?マジで痛くねェの?」
「しつこいよ、幽利」

 僕の感覚神経が普通とは少し違う事も、疼くことはあっても痛みなんて感じていないことも百も承知のはずなのに、幽利は大げさに包帯を巻かれた指を見る度に同じことを繰り返す。いい加減呆れて嗜めると、幽利は途端にシュンとして僕の肌に滑らせるスポンジに少しだけ力を込めた。

 しばらく、幽利が僕の肌を泡まみれにしていく音だけが広い浴室に響いて、


「…ね、鬼利…」

 …またか。
 今月前半分の報告書に書き添える事項を頭の中で纏めていた僕は、熱にうかされたような幽利の声に意識を戻した。背中から初めて、両腕、胸板を洗い終えた幽利が、ゆるく開いた足元から濡れた目で僕を見上げてくる。

「…ダメだ、って何度言えば解るの」
「だって、もう2日も…」
「2日しか、だから。こんな手じゃ鞭どころかロウソクも握れないんだよ」
「……じゃァ、俺が―――」
「フェラもダメだよ。淫乱なお前がフェラくらいで満足できるわけないんだから。夜通し勝手に盛って、明日の業務に支障が出たら僕が困る」

 実際は僕じゃなくて困るのは登録者なんだけど、こういう時の幽利には事実を少し曲げてでもこう言った方が聞き分けがよくなる。
 しぶしぶ、って感じで「はい」と返事をした幽利がようやく僕の下半身にスポンジを滑らせ始めて、足先まで丁寧に洗ってくれる幽利の真剣な表情を眺めながら、僕はやれやれと溜息を吐いた。

 積極的なのは嬉しいけれど、やっぱりこういうときくらいは―――


「あ、そうだ!」
「…どうしたの」
「視姦のつもりで俺が鬼利の前で勝手にする、ってェのは?これなら鬼利にも負担かかンねぇし」
「……」

 そんなにしたいの、と言いかけて解りきったことだと気づいた。
 留守にしていてのお預けなら幽利は1週間は耐えられるけど、今は目の前に僕がいて、しかも目の前に裸を曝してるわけだから、周囲に好物を敷き詰められたまま「待て」をかけられているのと同じ状態だ。

 そう考えれば2日っていうのは確かに長いかもしれない。…それに、世話を焼かせているんだから何かご褒美をあげなくちゃいけない、と考えていたのも事実だ。


「…それで満足するんだね?」
「絶対する。鬼利は何もしてくンなくてイイから。ただ、ちょっと離れたところから見ててくれりゃァ―――別に途中で寝てくれてもイイし」
「それじゃ見ててあげられないよ」
「目の前で腰振ってンのに見向きもされない、って惨めさをオカズにするから平気」
「……仕方ないね」

 上目遣いに見上げてくる幽利があからさまに懇願してくるもんだから、その時僕はつい頷いてしまった。
 …改めて考えれば、眩暈がするほどの浅慮に気づかないまま。





「んぁあッ…あ、ひァあ…!鬼利、きりぃ…ッっ」
「……」
「あ、ァあぁッ!…ぁ、そこ…あ、あ゛、ァッ!や、そ…こ、はァ…っ!」
「……」
「も、許し…ッんぁあぁっ!ごめ、なさっ…ごめんなさい…ッも、しませ…からぁあっッ」
「……」

 …見てるだけ、か。
 バスルームで言っていた通り、ベッドに腰掛けた僕の足元で玩具相手に鳴く幽利を約束どおりただ見下ろしながら、僕は思わず自分のこめかみに手をやった。
 僕は何も言って無いんだけど、幽利の中での今日のシチュエーションは玩具を使っての「お仕置き」の真っ最中らしい。…こんな時くらいノーマルにすればいいのに。


「んゃぁああッ!や、も…っ壊れ、…!ぅあぁああっッ」
「…なかなか、拷問だねこれは」
「も…っも、イきた…ッ!イキた、れすぅう…っッんやぁああっ!」
「……」
「はッ、んン…んぅうッ…ふぁああ…!」
「……はぁ」


 …肩、早く治さないと。



 Fin.



鬼利の理性が試される24時

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