Love story



「ただいま、幽利」

 真っ暗な世界で響いた鬼利の声に、俺はダルい体を身じろがせた。
 ”おかえり”、ってそう言おうとしてンだけど、声帯を潰された喉からは掠れた死にかけみてェな声が漏れるばかりで、意味のある言葉は出てこない。

「ぁ゛…あ、ぅ…」
「…いいよ。解ってる」


 疲れてる?何か元気ねェよ。あァ、また外の連中が変なこと言って来やがった?
 いいよ、俺ァただの雑用だったし。死んだとか殺したとか、適当なこと言っときゃいいじゃねェか。俺は鬼利さえいればそれでいいから。

 …目も声も無しであの仕事すンのは、さすがに俺もキツいし、さ。





 最初は目だった。

 俺の瞳にはあまりにも多くのものが映り過ぎて、歳を重ねるごとに精度が増してくその眼が俺は煩わしかった。だから邪魔だ、って鬼利に言ったんだ。

 で、両目とも潰して貰った。

 別に眼球潰すなんて物騒な真似してねェよ?きっちり麻酔かけてもらって、神経だけぷっつり切って貰っただけ。起きてる時は何をしても、それこそ眼を閉じてたって何かが見えてた俺の眼には、それから真っ暗な闇色だけが映るようになった。


 次は声。これは…あァ、なんだったっけか。視力が失せちまってからどォも覚えが悪くていけねェ。
 前は1週間前にどこで何をしてたかってェことまで思い出せたのに、今じゃ1時間前の会話ですら抜ける。

 …まァ、いいか。どォせ大した理由じゃねぇから。










「幽利…大好きだよ。世界中の誰より愛してる」
「っあ…ぁ、う゛ぅ…」

 眼と喉が潰れてから、俺は隠し部屋にあるベッドの上で1日のほとんどを過ごしてる。
 そんな俺を鬼利はまともだった頃が嘘だったみてェに優しく抱いてくれて、ちょっとでも息苦しかったり両足の枷が皮膚を擦ったりして呼吸が乱れると、大げさなくらい労わってくれた。
 最初は物足りなかったけど、鬼利が与えてくれるモン以外は何の刺激も無い生活の中ではそれでも十分過ぎるくらいだ。

 ただ、鬼利が時折凄く哀しそうな声を出すのが、俺には堪らない。


「…ごめんね、幽利」

 なァ、何で謝ンの?

「恨んでるよね…僕のこと」

 恨む?何で俺が。
 そんなこと一度だって思ったこと無ェよ。俺はただ、鬼利が笑ってくれればそれでいいから。

「ごめん…本当にごめんね、幽利。お前の声、凄く綺麗だったのに…」

 あんなの、鬼利に比べたら全然大したことねェよ。
 俺は鬼利の声さえ聞けりゃイイんだから。

「ごめん…ごめんね…」

 何で泣いてンの?いいんだよ、俺は。どうせ鬼利のスペアでしかねぇんだからさ。眼と声帯は…まぁ、ちょっと無くなっちまったけど、他は無事だから。
 なァ、どうやったら伝わンのかな。俺は凄く幸せなのに。俺の全部を鬼利のモノにして貰えて、これ以上無いってくらい幸せなのに。


 言葉なんて要らないハズだろ?俺の考えることなんざ鬼利にゃァ全部お見通しなんだから。

 今よりずーっと昔、俺がまだあの屋根裏にいた頃。
 世間一般で使われてる言葉ってヤツを知る前、俺はどうやって鬼利にこの気持ちを伝えてたっけ。
 つい最近まではあの時の窓から見えた木の枝の数も覚えてたのに、今じゃもうそんなことも思い出せねェんだ。画も色も匂いもどんどん消えてく。
 未だ残ってるのはもう、2人っきりで居た少しの時間しか無ぇけどさ。



 …俺は幸せだよ、鬼利。



 Fin?










「……」
「…大丈夫っスか?旦那ァ」

 あまりにも淡々と幽利から滑り出てくる言葉の羅列に半ば呆然としていた悦は、不思議そうに自分の顔を覗き込む目隠しごしの視線に曖昧な返事を返した。


「…まァ、よォするにこれが俗に言う『欠損萌え』ってやつっスよ。ちょォっとありきたりっスけど」
「へぇ…」
「これがもうちょい行くと、達磨とか…単語くれェなら聞いたことあるでしょ?そんな感じになってくワケなんスよ」

 物騒な単語をこともなげに口にしながら、幽利は武器庫の隅に置かれたデスクの上であぐらをかきつつ軽く首を傾げる。

「とまァ、概要はこんなトコなんスけど…何かありましたかィ?」
「ん…何か、凄い例が生々しいからさ。眼とか喉くらい、お前なら平気で潰しそうだし」
「マジにしねェで下さいよ、旦那。言ったでしょ?ありゃァただの例ですって」


 片手にした新型大型火器のポンプをガション、と音を立てて鳴らし、それぞれの指に挟み込んだドライバーを器用に使って最終調整をしながら、幽利はけらけらと笑った。
 その足元には、一読限りで捨てられた説明書が新作銃器と共に散らばっている。

「それにしちゃリアルだったからさ。マジでヤったのかと思った」
「まさか。俺はともかく鬼利が許してくれねェや。…ありゃァただの夢ですよ」
「夢?…あれが?」

 幽利の異常な記憶力の為に、1度読まれただけで捨てられる運命にある説明書の端で愛用のナイフの刃を拭いながら、悦は思わずといった様子で声を上げた。
 双子の兄に眼と声を潰され、隠し部屋で飼い殺される。……一般的に語られる「夢」と一緒にするには、あまりにも希望も未来も無い話だ。


「やっぱマゾも究極まで行くとそーいうトコまで言っちゃうわけ?”おかえり”も言えないとか俺は絶対ゴメンだけど」
「ンぁ?…あァ、違いますよ。ほら、寝る時に見るほうのヤツで」
「そっちかよ。あ、そーいや傑が言ってたけど、夢って寝る寸前に考えたり思い出したことが出て来ンだってさ」
「へェ、そォなんスか?」
「ってことは、幽利は―――」
「そォいう未来も希望もねェことばァーっかり考えてる、っつゥことですかねェ、俺は」
「…ま、そーなるよな」


 あまりに呆気なく先手を打って結論を口にした幽利に、悦は足元に滲んだ3人分の新入りの血から椅子の足を遠ざけながら相槌を打った。
 綺麗に頚動脈が切られた世間知らずな新入りの死体が転がるこんな場所じゃあ、確かに希望も未来も、そもそも夢なんて楽観的で暢気なものは存在しない。


「否定できねェのが辛いとこなんだよなァ…」
「いや…そこはしろよ、否定」



 Fin.



メリバの解釈があっているか解らない…

Clap log