倒錯



「…アオザイだね」
「…う、ん」

 目の前に立つ俺の姿をたッぷり5分間は観察してから、鬼利は思わず肩を跳ねあげた俺を見て軽く目を細めた。

 上等の真っ白なシルクを使ったこの服は、どっかの国の民族衣装でアオザイって名前らしい。学のねェ俺は最初、姐サンにこれを見せられた時に白いチャイナドレスかと思ったンだが、鬼利はちゃんと知ってたみたいだ。

 裾のトコに青い刺繍が入ったアオザイは、チャイナドレスと違って左右のサイドに腰の辺りまである深いスリットが入ってて、中にゆったりした同じ素材のズボンを履くようになってる。腰のくびれたシルエットの通り、本当なら女の人が着る服で、俺みてェな野郎が着てイイような服じゃねェ。


「……」
「…っ…」

 一応、俺ァ女装の趣味は無い。着たのはカルヴァの姐サンに騙されたからだが、それを脱がずに姐サンに言われるがまま、鬼利にこいつを見せに来たのは軽いおフザケのつもりだった。
 こんな、どう見たって気色悪ィ格好を見せりゃァ昼から本に夢中で構ってくれねェ鬼利が、ほんの少しでも意識を俺に寄越してくれるかと思って。背中で一つに括った髪に、服とおンなじ白いシルクの帯でリボンまでつけて貰った。

 …だけど。冷てェ声で「…何してるの」って蔑まれるか、無視されっかのどっちかだと踏んでたのに鬼利はそのどっちもせずに、みっともねェに違いない格好をした俺をじっと見つめてる。


「…ご、ごめん…気持ち悪ィ、よな、こんな…」
「……」
「俺、綺麗な服着せて貰って浮かれちまッて…」
「……」
「…ごめん、なさい」

 何も言わずに蔑むでも嘲るでも無く、こんな格好をただ見られてるってェのが耐え切れ無くて軽い調子で言い訳してみるけど、直ぐにそれすら居た堪れなくなって俺は視線から逃げるように俯いた。
 何してんだ俺は。鬼利の読書の邪魔して、その上にこんな気色悪ィもん見せて。侮蔑でも嘲笑でもいいから構って欲しかった?普段あんなに愛して貰ってどこまで欲深かけりゃァ気が済むんだよ。本当、汚ぇ。


 自己嫌悪で消えちまいたくなりながら唇を噛み締める俺を、鬼利は僅かに首を傾けて少し眺めて、そして静かにその赤く艶っぽい唇を開いた。

「…似合うと思うけどね」
「…え?」
「その格好」

 想像もしてなかった言葉に思わず間抜けな声を出して顔を上げた俺に(きっと凄ェ間抜け面だったンだろう)、鬼利はソファの手すりに頬杖を突きながらくすりと笑う。


「女性が着れば綺麗だろうに、お前みたいな男が着るから折角のシルエットが台無しだ」

 笑みを含んだ口調で言いながら、鬼利はするりと足を組んだ。真っ平らな胸板から、姐サンや泪さんみてェに綺麗な曲線なんて描いて無い腰、その下を服の上から視線でゆっくり辿られる。


「とてもみっともなくて、お前に良く似合うよ。幽利」
「…っぁ…」

 軽く目を細めた鬼利の声は、中身は酷ェ筈なのに俺にとっちゃァどうしようもなく甘く聞こえて、かァっと顔が熱くなるのを感じながら俺は指先でシルクのズボンをきゅっと握った。
 さっきまでは重苦しい後悔に塗り潰されてた羞恥心が、鬼利にちょっと声を掛けて貰っただけで肌を炙られるような快感に変わるなんざ相変わらず酷ェ体だ。


「それ、借り物なんでしょ?」
「え、…ぁ、うん…」
「皺になるよ」

 視線で指先が握りしめたズボンを示され、俺は慌てて滑らかなシルクの生地から手を離した。指先で申し訳程度に伸ばしてみると、幸い大して強くは無かったが少し跡が付いちまってる。

「破かない内に早く脱いだら?」
「っは、…はい」

 ちら、と俺の指先から顔へ視線を向けながら、鬼利は何気ない口調でそう言うと足を組み替えた。俺と瓜二つだが俺よりずゥっと綺麗なその顔を見下げてんのが凄く悪い事に思えて、脱いだズボンを畳んでラグの上に置きながら俺はアオザイを踏んじまわねェようにその場に両膝をつく。
 シルエットに響くから、って理由で下着は脱がされちまってるから、腰骨の辺りまで入った深いスリットの所為でさっきよりも変態じみた格好だ。前と背中の布が床についちまッてるのが少し気になったが、だからって手で持ち上げたら見えるのは太股どころじゃ済まねェ。


「…お前にそんな趣味があったとはね」
「ッこ、これは…姐サンが、脱がねェとダメだって…」
「そう」

 溜息混じりの言葉に慌てて言い訳をしたら、どうでも良さそうに相槌を打った鬼利は鮮やかな橙色の瞳を軽く細めて冷たく笑った。

「…じゃあ、ついでにローターでも仕込まれたの?」
「ッ……」

 どくり、と跳ね上がった心臓に合せて肩が揺れる。
 鬼利の声は相変わらず静かでそこにゃァ何の感情も見当たらないのに、空気を伝わって鼓膜を震わされた途端に頭ン中まで揺らされるみてェだった。どくり、どくり、と体ン中で大きく響く心臓の音を聞きながら爪先からゆっくり視線を上げて行くと、足を組んでゆったりソファに座った鬼利が、綺麗な橙色の瞳を軽く細めて言う。


「見ててあげるよ」










 スリットの所為で酷く頼りねェ下半身の前身ごろの部分の布を、半分くらいから胸元までゆっくり持ち上げる。
 ズボンを脱いだ時みてェなすぅっと空気が当たる感じが無い、スカートを持ち上げるようなその動作が酷く背徳的に感じられて、顔が熱くなるのを感じながら眩しいほど白い絹の布地を胸元でぎゅっと握りしめた。


「…女装の趣味は無いんじゃ無かったの?」
「っ…ご、ごめんなさ…」

 持ち上げたアオザイの下で浅ましく勃ち上がった俺のモノを一瞥した鬼利の瞳が、蔑むように冷たく細まる。
 俺の下半身が節操無く反応し始めたのは鬼利に「みっともない」って蔑んで貰ってからで、姐サンに服を着せて貰った時は恥ずかしいとは思ったがそンなコトは頭の片隅でだって考えちゃ居なかったンだが、鬼利の声でそう言われるとそっちが本当な気がして、煩ェくらいに上がる心拍数に合せて息まで上がって来た。


 …あァ、これじゃァ本当に女装して興奮してる変態じゃねェか。俺はどこまでてめェのみっともねぇ姿で鬼利の目を汚せば気が済むんだろう。


「っ、ふ…ぅ…」

 みっともねェとは解ってても、こんなに近くで好きで好きで死にそうなくらいの鬼利に見て貰ってちゃァ俺の体は煽られるばっかりで、触られてもいねェモノの先っぽが濡れてくるのを感じながら、俺はそろりと鬼利の表情を覗った。
 鬼利に目の前で見て貰って、それもこんな恥ずかしい格好で。きっと今なら触っただけでイっちまうくらい気持ちいいんだろうけど、そんなお許しは貰って無い。正直今にも触らせて、ってはしたなくねだっちまいそうだが、そんな身の程知らずなお願いをして「勝手にしろ」って見離されたら、と思うとそんな事とても言えねェ。


「…いいよ」

 今で十分な筈だ、これ以上を望むなんて身の程を知れっててめェに言い聞かせて、なんとか高ぶるばッかりの体を抑えようとする俺を見下ろしながら、不意に鬼利が静かな声で言った。

「あ…ぇ、…?」
「触りたいんでしょ?」

 俺の考える事なんざ鬼利には全部お見通しだが、何の努力も苦労もしないまンま欲しいものを与えて貰ったことなんてほとんど無い。まさか、って間の抜けた声を上げた俺に、鬼利は小さく笑って軽く首を傾げて見せた。

「今更見られて恥ずかしい、とでも言うの?」
「そ、じゃ…ねェけど…」
「だろうね。…そんな格好で盛る駄犬に、羞恥心があるとは思えない」

 突き放すように冷たい声にじわんと頭の芯が痺れる。もうこれだけで俺には十分過ぎるくらいだが、いつだって懲りもせずに身の程以上を望む俺の体は目の前のご褒美を我慢出来ずに、胸元まで布をたくし上げてた手を片方モノへと伸ばした。
 苦しいくらいに上がった息を切れ切れに吐きながら、浅ましい期待にひくん、と震えて雫を零すそれに触れようとした、瞬間。


「幽利」
「っ…は、はィな…」

 モノを握り込もうとする手の動きを計ったような絶妙のタイミングで名前を呼ばれて、思わず手を引っ込めながら俺は弾かれたように鬼利を見上げた。

「ソコじゃ無いでしょ?今触るのは」
「…え、…?」
「自分の今の格好、忘れたの?」

 俺の今の格好は鬼利の目の前で足開いてモノを勃たせてる、っつゥそりゃあもう酷いもんだが、きっと鬼利が言ってる格好ってのはそういう体勢のことじゃない。

「女性の自慰を実際に見た事は無いけど、無いものを使う訳が無いからね」
「…っ…!」

 鈍い頭で鬼利の言葉を理解して思わずアオザイの布を握る片手に力を込めた俺に、鬼利は綺麗に笑ってするりと足を組み替えた。
 突っ込んで貰うものが鬼利のにしろオモチャにしろ、余程の事がねぇ限り中が切れねぇように中を解すのはてめェの指でだ。切れなけりゃイイ、程度の下手クソなモンだが、体位的にその様を鬼利に見られるコトだってある。

 普通なら有り得ねェんだろうが俺にとっちゃァいつも通り、慣れた行為の筈なのに。真っ白な絹のアオザイの所為でその慣れた行為が無性にイケナイことに思えて、俺はひくりと肩を震わせた。


「ほら、濡らして」
「はっぁ…ん…、」

 浅ましく熱を孕んだ吐息を切れ切れに吐き出しながら、優しく促す鬼利の声に操られるようにモノから引っ込めた指を2本、口に含む。
 綺麗な女の子の服を着て、女の子みてェに体ン中を掻き回して鬼利の前でイクんだって思うと、それだけで煩悩塗れの俺の頭ン中は倒錯的な愉悦に霧がかかったように霞んじまって、いつも以上に丁寧に濡らした指を焦らすようにゆっくり下ろして奥に宛がった。

「っふ…ぅ、んん…!」

 慣れた体は濡れた指をいつものよォに造作も無く咥えこむが、煽られ続けた体ン中はいつもよりもずッと熱くて、悦んで指に絡みついて来る柔肉の熱さに指先にまでじんと快感が走る。

「ぁ、あっ…は…ッ…」

 はしたなく上がりそうになる喘ぎ声を喉の奥で噛み殺しながら、ぐるりとナカを掻き回した指を軽く折り曲げてイイトコロを押し上げるようにすると、腰の奥から競り上がって来る快感にびくりと体が跳ねた。モノの先端からこぷり、と溢れて伝い落ちる先走りにぞくぞく背筋を震わせながら、一度引き抜いた指に2本目を添えてそこを突き上げる。

「ッん!…ふ、ぁ…っあ…!」
「……」


 立てて開いた足をがくがく震わせながらそっと覗った鬼利の瞳はいつも通り、何の感情も見えねェ冷たくて綺麗な橙色で、俺とは正反対にシャツのボタン1つ緩めてねぇ鬼利に、てめェの恥ずかしい格好を余す所無く見て貰ってンだってコトを改めて意識した体がナカの指をきゅうっと締めつけた。
 その所為で指先が更に強く前立腺を押し上げる格好になっちまッて、不意打ちの快感に出しちまいそうになンのをアオザイを握る手に力を込めてなんとか堪える。


「ンあッ…あ、…は…ぁ…っッ」
「…あぁ、そう言えば」

 爪先まで震わせながらなんとか波をやり過ごそうと堪えてる俺を見下ろしてた鬼利は、不意にそう呟くと組んでた足をするりと解いた。
 きしり、と小さくスプリングが軋む音に潤んだ視線を上げると、ソファから立ち上がった鬼利が俺を見下ろしてゆるりと微笑む。

「お前は女性との経験が少ないんだったね」
「っぁ…鬼利…?」

 すぐ目の前で俺に目線を合わせるように床に膝を着いた鬼利に、俺はその言葉の意味を理解するのも忘れてひくりと肩を震わせた。

「そんな風に握ると破れるよ。お前の作業着みたいな襤褸じゃないんだから」
「っ、ごめ…あッ」


 慌てて加減も無しに白い布地を握り締めてた手から力を抜こうとするが、それより先に伸ばされた鬼利の手が俺の手ごとアオザイの絹をさっきより少し高い位置まで持ち上げる。

「あ、ぁあっ…!」
「…指、止まってるよ」

 今日は見てて貰うだけだって思ってたのに。掌に触れた鬼利の手にぞくり、と今までとは比べモノになンねェ愉悦を感じて背筋を震わせた俺に、鬼利は叱るように手の甲に軽く爪を立てながら静かな声で囁いた。
 皮膚に薄く赤い痕をつけるその爪の感触だけでイっちまいそうだったが、ガキの頃からじっくり時間を掛けて躾けられた俺の体は、てめェの頭で何を考えるより早くその命令に従って突っ込んだまンまにしてた指を動かす。


「あッぁあ…っき、きり…ッ」
「…女性向けにしても随分細身だね、この服」

 目の前に世界中の誰よりも何よりも愛しい片割れが居るのに、てめェの指でてめェを慰めてるっていう惨めさに煽られながら慈悲を請う俺を綺麗に無視して、軽く目を細めた鬼利は裾をたくし上げてる所為で皺の寄った胸元の布をするりと指先で撫でた。

「ぁ、あっぁ…!ん…はぁ、あ…ッ」

 確かに、いっくら女の子の為の服だからって野郎の俺が着たってキツいくらい胸元がぴったりしてちゃァ、胸の膨らみの分だけ大変だ。リング状のピアスが着いた乳首がくっきり見えてるはしたねェ様を見ればそのくらい気付きそうなもんだが、波打った布の上を微妙に乳首を外して滑っていく鬼利の指に夢中で、何時にも増して働きの悪い俺の頭はそんなコトを考える余裕も無い。

 上がった息に合せて胸板が上下する度に、布の端に引っ掛かって揺さ振られるピアスと、それに触れるか触れないかの場所を意地悪に撫でていく指先。リングが揺れる度に力が抜けちまッて緩く抜き差ししてるだけのてめェの指の刺激で、触ってもいねぇ俺のモノは溢れる先走りでべたべたになってるが、鬼利はそんなの見えてねェみたいにピアスが通ってねェ方の胸の先端をくに、と指先で押し上げた。


「んンんッ!あッぁ、き…鬼利っ…ふぁ、イっ…ちま…ッぁあ!」
「もうイクの?」

 鬼利に視線を向けられるだけで愉悦を感じる俺の体が、その指で触られたらどうなるかなんて俺以上に知ってる癖に、鬼利はさも驚いたように言って荒い息を吐く俺の目を真正面から覗きこんだ。
 それだけで呼吸も忘れる俺にくすり、と綺麗に笑って、布ごしにすりすり乳首を撫でていた指がぴん、とそこを軽く弾く。

「ひンっ…!」
「いいよ、イっても。…出さないならね」

 布越しに赤く膨れた乳首を弄びながら、鬼利は優しい声で囁いた。思わず潤んだ瞳を見開いた俺の掌を握る手が、するりと絹を握る俺の指先を撫でる。

「折角ここまで徹底したんだ。お前の倒錯的な自己満足に付き合ってあげるよ」
「そ、な…っんぅ…き、り…っ」
「そんな手つきでいいの?イきたいんでしょ」


 縛られてるワケでも出口を塞がれてるワケでもなく、自我だけで射精を堪えンのはただでさえキツいのに。思わず縋るような声を出した俺を横目に、鬼利はかりかりと布の上から引っ掻いてた乳首をぎゅう、と摘まみ上げた。

「あぁあッ!ぁ、あッ…ぅ、んン…!」

 痛みを快感にすり替える俺の体には十分な刺激に、内壁が咥え込んだ指を締めつけて、上下から背骨を貫いた愉悦にずくり、と競り上がってきそォになる熱を俺はがくがく体を震わせながらなんとか抑え込んだ。

「はッ…はぁ、ぅ…う…!」
「……」
「ひぁッ…ぁ、まッ…い、ぁあぁあ!」

 濁った先走りがこぷ、と溢れて裏筋を伝うのにさえ出しちまいそうで、必死に波をやり過ごそうとする俺を無表情に見下ろしながら、鬼利はじんじん痺れるくらいに摘まみ上げられた乳首を優しく撫でる。
 間に布がある所為でもどかしい愛撫は強い刺激に慣れた俺には失神しそうに甘くて、やり過ごしかけてた熱がまたぶり返した。

「んんッぅ…ぅうう…ッ!」

 ガチガチ噛みあわねェ奥歯を噛み締めて目の前が眩むような快感をやり過ごしても、止めて貰えねェ指先の所為で少しも遠のかない波に神経をじわじわと削られて、ふっと緩んだ隙に競り上がる熱を抑え込む度に意識が遠のきそうになる。
 少し気を抜けば、何も考えられなくなるくらいの快感が貰えるのに。抜き差しするだけの力も抜けて、ただ入れてるだけの指先まで震わせながら見上げた愛しいご主人様は、そんな俺の頭ン中の葛藤まで全部見透かしてそれまで放っとかれてたピアスを布越しに押し上げた。


「あぁッあっ!それ、ゆるしっ…イ、っちま…からぁ…!」
「誰もイクな、なんて言ってないよ」

 気が遠くなるような快感に、ふるふる首を横に振りながら叫ぶように懇願する俺を鬼利は冷たく突き放して、ピアスが通ってる所為で敏感なそこを中に通った金属ごと強く指先で押し上げる。
 何の手助けも無しにイクのを我慢するだけでも辛いのに、女の子みてェに出さないまンまイクなんて器用な真似を俺が出来ねェのは鬼利が一番よく知ってる筈だ。今でさえ朧げな意識が飛ぶまで我慢し続けるか、それとも鬼利の命令を破って射精して服を汚しちまうか、どっちにしろ最後はお仕置きだって決まってる。


「ふ、ぅう…ぁ、あ…んンんッ…!」

 ここまで鬼利の手を煩わせたんだ、お仕置きって言ったってまさか鞭打ちや電気責めなんて軽ィもんじゃねェだろう。ただ見て触って貰っただけじゃなくて、今の俺はこんな、みっともねぇ格好で。
 …やっぱり鬼利、怒ってたのかな。なのに馬鹿な俺が、優しい鬼利の言葉を真に受けたから。きっと機嫌損ねちまったんだ。


「き、鬼利…ぁあッぁ…き、り…ッ」
「なに?」
「は、ぅ…ごめ、ごめん…なさ…ッぁ…も、こ…な、しね…から…っ」
「……」
「ッ…俺、こ…な、きれ…なふく…はじめ、てで…っうかれ、ちまって…ひく、ぅうッ…ごめ、なさ…!」

 嘘でも、皮肉でも、似合ってるって褒められたのが俺には何より嬉しかった。ホントはこんな動き難くて直ぐダメになっちまいそうな服には何の興味もねェが、てめェの好みよりも鬼利の言葉の方が俺ン中での優先順位は遥かに上にある。

「…それで?」
「…え…?…ぁあ゛っ!」

 退屈そうな声で言いながら、軽く首を傾げた鬼利の指先がピアスの通った乳首を強く捻り上げる。異物が通ったまンま、潰れるんじゃねェかってくらい強く捻られたソコから脳天まで突き抜ける甘い電流に、俺は咄嗟に首を横に振った。
 与えられる痛みも快感も全部が気持ちよ過ぎて意識が飛びかける。震える奥歯を噛み締めて耐えようとしても、根性のねェ体は直ぐに快感に引っ張られて力を抜くから何の意味にもなりゃしねぇ。


「“もうこんな格好はしないから”、…なに?」
「あッ!ぁ、んッ、くぅ、うぁあ…っ!」
「まさか、だから射精させてくれ、とでも言うつもり?」

 布越しにでも器用に動く指先で俺に切れ切れの嬌声を上げさせながら、鬼利の瞳が鋭く細まった。
 …まさか。そんな図々しいコト頼もうなんて思っちゃ居ない。ただ、ただ俺は、こんなみっともねェ格好で鬼利の目を汚した俺の浅はかさを許して欲しくて。

「こ、なっ…きも、ちわり…か、っこして…ッんぅう…!、ご…め、なさ…っ!」

 下腹が痙攣するくらい体を強張らせてなんとか気の遠くなるような射精感を堪えながら、乱れた呼吸の合間に聞きとり難いったらねェ言葉を必死で紡いで弁解した。鬼利は意味の無い謝罪ってのが一番嫌いだ。
 大抵のコトを伝えるのに俺達の間で言葉は必要ねェが、こういう時の俺には喧しい喘ぎ声とか、節操のねェ体とか、謝らなくっちゃいけねぇことが多すぎるから。


「格好?…あぁ」


 千切れちまうんじゃねェか、ってくらい強く乳首を嬲る指先を撫でるように優しいものに変えながら、訝しげな顔をした鬼利はふっと微笑んだ。
 俺のを包むように重ねられてた手がすっと離れて俺の後ろ髪を引っ掴むと、(いつもに比べれば)優しく後ろに引いて、俺の顔を上げさせる。
 されるがままにその顔を見上げた俺に、鬼利は視神経まで痺れそうなほど綺麗に笑った。


「そう言えばそうだったね。もう用済みだから忘れてたよ」
「っよ…ずみ…?」
「こんな布にそれ以上の意味は無いよ。少なくとも、僕にとってはね」

 …お前は違ったみたいだけど。

 耳元に寄せられた鬼利の唇が、頬が触れそうな距離で甘く囁く。
 …何を考える暇も無かった。


「ぁ、あッぁあああ…ッっ!」
「……」

 どくり、と体ン中で脈打った何かに押し流されるまま、鬼利の肩口に顔を埋めるような格好になった視界が真っ白に染まる。目を閉じてたって目隠ししてたって何かが映り込む俺の“眼”が、唯一完璧に使い物にならなくなるのはこの時だけだ。


「はっ…はっ…ご…なさ…ッ…!」

 散々我慢してた所為か、何時もより重たく深いトコを這いずるような愉悦の余韻に喘ぎながら、体とは正反対にすぅっと氷でも宛てられたように冷えた意識の中で震える声を出す。

 …我慢しなきゃ、いけねェのに。


「なにが?」
「っ…ぅ、く…い、ちま…って…ッ」

 するり、と労わるよォに頬を撫でてくれる鬼利の手が、すぐ近くで囁かれる声が途方も無く優しいのが怖くて、もうどうしたって許されねェ折檻を目の前に体まで小刻みに震わせながら掠れた声を出すと、鬼利がくすりと笑う。

「…時々疑わしくなるよ。お前の“眼”の事が」
「き…っぁ!」

 どういう意味だろうとその横顔を覗おうとした俺に、鬼利は後ろ髪を掴んだまンまだった手で俺の顔を無理矢理下向かせてそれを教えてくれた。
 吐き出した俺の精液で汚したとばっかり思ってたのに、腹につきそうなくらいガン勃ちしたモノは先走りでべたべたに濡れたままはしたなく震えてて、真っ白なアオザイの裾も、改めて見るとまた背筋が甘く痺れるくらい近い場所にいる鬼利のシャツも、俺の予想に反して少しも汚れちゃァいない。


「ぁ…え…?」
「ちゃんと出さないでイケたね」

 柔らかい声で言いながら、後頭部を押さえてた鬼利の手が俺の頭をくしゃりと褒めるように撫でてくれた。
 その瞬間、中途半端な解放で誤魔化された体が思い出したように強く疼き出して足が震えたが、すっと動いた鬼利の姿にそんな浅ましい欲は直ぐに俺の頭ン中から吹き飛ぶ。


「き、きり…?な、にし…て…ッ」
「……」

 情けなく声を震わせながら後ずさろうとした俺の太股をぐっと手で押し開きながら、俺の足の間に頭を埋めるように顔を下げた鬼利が上目遣いに俺を見た。
 …まさか。駄目だ。そんな。鬼利のすることじゃない。

「やめ…ッそ、なこと…!鬼利、きり…!」
「疲れるから下手に我慢しようなんて考えるんじゃないよ、幽利」

 足を抑えられて逃げる事も出来ず、かと言って俺にゃァ鬼利の肩を押し返すような真似なんて出来ねぇのもよく知ってる鬼利は、見せつけるようにちろりと唇舐めて濡らしながら、うろたえる俺を上目遣いに笑った。

 その綺麗な橙色の瞳が軽く伏せられて、こぷ、とまた先走りを垂れ流す俺のモノを、あの柔らかくて赤い唇が。


「ひッ…!」

 ちゅぷ、と濡れた音を立てて暖かい口ン中に先っぽが含まれた瞬間、頭っから爪先まで全身を貫いた快感に、鬼利の手に抑えられた足ががくんと跳ねる。
 どんだけ極限状態だって鬼利の手を払ったり押し返したり、そんな無意識にでも鬼利の行動を邪魔するような真似はしたこと無かったのに、これは違う。今までのどれとも違う。


「だ、めッ…きり、き…り…ッっだ、め…ぇ…ッ!」
「…ん、…」
「ぁああッ!ひあッあぁあ!」

 根元までずぶずぶ呑み込まれていく信じられないような快感に首を振っても、鬼利は止めてくれるどころか少し引き抜いて先っぽだけを含んだまま、経験した事のない愉悦に先走りを溢れさせる先端に舌先を押し当てて、柔らかくそこを撫でまわす。

 こんなの駄目なのに。駄目なのに、そう思う意識すらバラバラになっちまいそうなほど気持ちよくて、こんなの無理だ、我慢なんて出来ない、駄目なのに。鬼利を俺ので汚しちまうなんて、駄目なのに。


「鬼利、鬼利ッ…あぁぁっ!…は、なし…ッ!」
「……」
「ひぐッぅう…!おね、が…おねが、しま…ッはな、し…あぁあッっ」

 強すぎる快感と鬼利を汚しちまう恐怖とで泣き喚きながらいくら懇願しても、鬼利は俺のモノを咥えた口を離してくれない。舌先でカリを擽りながら、さっき俺の頭を撫でてくれた指が、まだてめェの指を2本突っ込んだままだった奥に俺の指の合間から差し入れられて、探るまでもなく知り尽くした風にいきなりピンポイントで前立腺を押し上げる。


「あッぁっあぁ!や、きり…ッごめんなさ、ゆるし、…ゆるし、てぇッ…!」
「…だめ」
「ッ!…あ、ぁ…ッあ…!」


 死んじまいそうな気持ちよさと、鬼利を汚しちまう絶望とで白と黒に明滅する視界の中、溢れる涙で頬を濡らしながらせめてもの抵抗に首を振るが、その必死の哀願はいつものように聞き入れて貰えなかった。
 裏筋を舌で押しつぶしながら先端を吸われて、ナカに入り込んだ指先で前立腺を引っ掻かれる。

 …その手で触られただけでイケるくらい、鬼利のコトが好きで好きで仕方ねェ俺の節操の無い体が、そんな甘い折檻に耐えられる筈も無かった。


「――――ッ!!」

 体がどろどろに溶けて無くなっちまいそうな愉悦に理性なんてモンは一瞬で吹き飛ばされちまって、目の前どころか頭ン中まで真っ白に焼き尽くされて嬌声も碌に上げられねぇまま、俺は鬼利の口の中に精液を吐き出した。

「ッ…、っ…ぁ…あ…!」

 放心状態でびくびく体を震わせる俺の手から、握り締めてたアオザイの裾が滑り落ちる。加減無しに握り締められて強く皺のついた、眩しいくらい白い絹の布地を無意識に追った俺の視界に、少し眉を顰めた鬼利の横顔が映り込んで、

「ッ…鬼利、きり…!」

 その綺麗な唇を汚す白濁色が見えた瞬間、頬を張られたように意識を取り戻した俺は、咄嗟に鬼利の頬を震える両手で包むとその唇をてめェので塞いだ。

「ん、んンッ…!」
「っ…、…」


 許しも無くキスをした俺に鬼利が眉を顰めるが、今だけはその機嫌にも構っちゃいられない。頭ン中で何度も何度も、祈るようにごめんなさいを繰り返しながら、俺は半ば無理矢理鬼利の唇を舌で割ってその口内に残るてめェの精液を舌で掬い出した。

 汚れでしかねェ俺のは鬼利のと違って酷ェ味がしたが、これ以上鬼利を汚さねェように、一滴だってこれを綺麗な鬼利のナカに入れねぇように、吐き気を催すことも忘れて俺は馬鹿みたいに鬼利の舌にしゃぶりつく。

「ふ…ぅ、ん…ん、ンん…っ」
「……」

 舌に絡むてめェの精液を無理矢理飲み下しながら、呼吸も忘れて必死に鬼利の口ン中を舌で清めて、舌に感じる酷ェ味が大分薄れた所で、俺はそっと好き勝手に鬼利の中を荒らし回ってた舌を引いた。
 無意識のうちにぎゅっと瞑っていた目を開けてそろりと鬼利を覗った俺を、手の甲で唇を拭った鬼利が呆れたような顔で真正面から見据える。


「…気が済んだ?」
「ッ…き、り…鬼利、ごめんなさい、俺…きり、のこと…っ」
「僕のことを?」
「…っ、…よ、汚し…ちま、て…!」


 口に出すと一層てめェの失態が身に染みるようで、そんなことしたってどうにもなんねェのに涙が溢れて来た。せめてこれ以上鬼利の眼を汚さねぇように深く俯いて奥歯を噛み締めるが、耳障りな嗚咽は止まらない。

「っぅ…く…、ごめ…なさ…っ」
「幽利」
「ひ、ぅ…っ」
「…幽利」

 少し強い口調にびくり、と肩を跳ねさせながら、俺はそろりと顔を上げた。
 怒られて叱られて当然の真似をしたのに、その顔を見上げる俺の頬をするりと掌で撫でる鬼利の表情は、柔らかい。


「全く、お前は…」
「き、鬼利…っ」
「ちゃんと言いつけを守れたご褒美のつもりだったのに、半端なお仕置きよりよっぽど効いたみたいだね」

 くすくすと笑みを含んだ口調で言いながら、鬼利はその言葉の意味が上手く理解出来ずにうろたえる俺の瞳を愉しそうに覗きこんだ。

「さっき僕を汚す、とか言ってたけど」
「、って…俺、鬼利の、…なか、で…ッ」
「馬鹿だね」

 からかうように軽く首を傾げる鬼利に涙声で訴えると、鬼利はくすりと笑って俺の髪を優しく梳きながら、綺麗な橙色の瞳を優しく細める。


「僕にもお前にも、今更新しく汚れる部分なんて無いよ。…あぁ、でも」
「あ、っ…?」

 ふっと俺の瞳から視線を外した鬼利の手が、とん、と俺の肩を軽く突き飛ばした。
 逆らわずに床の上に倒れた俺の顔のすぐ傍に両腕をついた鬼利が、真上から俺を見下ろして綺麗に微笑む。


「そんなに気になるなら、僕もお前を汚してあげようか」

 …もっと穢い方法で。


 本当ならどンだけ謝ったって許されない真似をしたのに、額が触れるような至近距離で囁かれた鬼利の言葉は頭が痺れるように甘くて。

 首元から脇にかけてのスナップを外されて眼に痛いくらい真っ白なアオザイを脱がせて貰いながら、俺は瞬きも忘れて頷いた。



Fin.




Anniversary