「2週間!?」
チョコチップがたっぷり入ったお手製クッキーに手を伸ばしかけていた旦那が、思わずってェ感じで素っ頓狂な声を上げる。
「…マジで?」
「はィな」
「それは…キツくね?」
「そりゃァもう…」
キツいなんてもんじゃない。心底気の毒そうな顔して下さる旦那に冗談めかして笑って見せる余裕もねェくらい、浅ましい俺の体は色々と限界だ。
「自分でもダメって言われてンの?」
「いえ、何も言われちゃァいねェんですが…」
「逆に辛くなるだけ?」
「…ですね」
ここ2週間、俺のことを完全に放置してくれてる鬼利からは自分でスるなとも我慢してろとも言われちゃいねェが、旦那の言う通りてめェで抜いたって俺の欲は少しも解消なんかされない。
体は少しは楽になるかもしれねェが、自分だけじゃどうしたって満たされない最後の一滴に悶えることになンのは目に見えてる。強引に、なんてとてもじゃァねぇが仕掛けられねェ俺にとっちゃァそっちの方が辛い。
「…俺だったら薬盛ってでもヤるけどな」
「鬼利に、ですか?」
「あー…後が怖いか」
「仕置きで済みゃァイイですけど、そっから1月放置なんてされたら発狂しちまいます」
「うーん…」
掴んだクッキーを置いて腕組みをした旦那は、一脚しかねェ椅子の代わりにボロいデスクに直接座ってる俺を見上げた。透き通るような瑠璃色の瞳でじっと俺を見据えて、かくりと首を傾げる。
「誘えば?鬼利をその気にさせて、だったら仕置きの仕様がねぇだろ」
「さ、誘うっつッたって…どォやって?」
聞き返した俺に答えず、旦那は足が1本無い椅子からゆっくりと立ち上がった。デスクに広げてたクッキーの山を押しやってスペースを作ると、俺の横にぴったり寄り添うみたいに腰掛ける。
「まずはくっつく。寄らせてくんねぇなら遠くから見てるだけでもいい」
「…多分、綺麗に無視されちまいます」
「そりゃ、鬼利の性格じゃそこで“どうした”なんて言ってくれねぇだろうけどさ。待ってれば絶対に一瞬だけでも意識がこっちに来る。そしたらその時に、」
そこで一度言葉を区切って顔を伏せた旦那は、一度深く息を吸ってからゆるりと俺を見上げた。さらさらの蜂蜜色の髪の合間から覗く瑠璃色の瞳。さっきまでは透き通るようだったその綺麗な目は膜が張ったように潤んで、まるで別物みてェに艶っぽく霞んでる。
ぞくり、と背筋が震えた。
「だ、旦那…?」
「……」
じっと俺を見つめる瑠璃色が辛そうに歪む。零れそうな程に溜まった涙で長い睫毛を濡らしながら、旦那は片手でぎゅっと自分のシャツの胸元を掴んで、
「は…ぁ、…っ」
濡れた唇から漏れた声は、今にも消え入りそうに微かな癖に、鼓膜まで痺れそうなくらい甘かった。
「……」
「…ゆうり、」
「は、はィ?」
掠れた声で俺を呼びながら、旦那の手が俺の太股を這う。辿るように滑る指先は小さく震えていて、作業着越しに伝わる体温が、高い。
「…す、…」
「…え?」
「きす、…だけ、だから…」
「キス、だけ…?」
「それで、我慢する…から。…だから…」
…おねがい。
額が触れそうな至近距離。魅入られたみてェに動けない俺に熱を孕んだ声でそう囁いて、旦那は躊躇いがちに、だがもう我慢できねェように早急に唇を重ねた。
鬼利より少し厚い、柔らかな舌先にちろりと唇を舐められて。ついいつもの癖で開いた合間から滑り込んだ熱い肉がくちゅり、と俺の舌を絡め取る。
「ん、んん…ッ?」
「ふ…んむ…ぁ…ン…っ」
角度を変えて唇を合わせながら、旦那はいつの間にか俺の正面に移動していた。鬼利としてる時みてェな舌の付け根まで痺れるような快感こそねェが、それでも十分気持ちイイキスに意識を持っていかれかけてた俺の膝に、すり、と旦那の太股が擦りつけられる。
「は、…だ、んな…キス、だけって…ッ」
「んぅ…ぁ、はぁっ…あぁ…ッ」
そっと旦那の肩を押し返して言うが、俺の肩に縋る旦那は俺の声なんか聞こえちゃいねェみたいに俺の膝にモノを擦りつけるようにして腰を振っていた。心底気持ちよさそうなその表情に、至近距離で聞かされる吐息混じりの嬌声に、俺の方にまでぞわぞわと背筋を甘い痺れが駆け上がる。
「ゆ、り…ゆぅり…っ」
「だん、な…」
聞いてるこっちが堪ンなくなるような切ない声で呼ばれちゃァ無視なんて出来る筈もねェ。ふらふらと誘われるがままに顔を寄せた俺に、旦那は薄っすらと笑って俺の首を抱き寄せた。
くちゅり、と絡まる舌がじんと痺れる。そういやキスだってもう随分とご無沙汰だった。
「んっ…は、…幽利?」
「っふぁ…あ、…」
「…お前が煽られてどーすんだよ」
不意に舌先を解かれて思わず物欲しげな声を出した俺に、旦那が呆れたような顔で笑う。その瞳はさっきまで潤んでたのが嘘みてェに透き通ってて、今までのが全部演技だってのが知れたが、俺の方の熱は旦那みてェに上手くは収まっちゃくれない。
「ごめん、ちょっとやり過ぎた」
「…俺のほ、こそ…すいませ…っ」
申し訳なさそうに眉尻を下げてそう言う旦那に、俺は作業着の胸元を握り締めながら慌てて頭を下げた。優しい旦那は全部俺の為にしてくれてたのに、俺は勝手にこんな。いくら欲求不満っつったって節操がねぇにも程がある。
「いや、ギリギリだって知ってて煽った俺が悪い」
「ッ…そんな、…」
「それに…収まらねぇだろ、こんなの。俺が道具になるから」
「ど、道具…って…!」
さらっと告げられた言葉に息を呑むが、旦那は絶句する俺を気にした風も無く少し離れてた体をまた俺にぴったりと寄せた。
「俺下手だけど、一人でスるより少しはマシだろ?」
「でも…っ」
「バイブとかローター…幽利だと鞭とか蝋燭か。俺はそれの代わりって思えばいいからさ」
「…っあ…!」
ホントになんでもねェような声音で言いながら胸板を撫でられて、指先に掠めるようにしてその下のピアスを揺らされる。
鬼利にピアスを着けて貰ってから、硬い金属で常に刺激されるようになったそこは前よりずっと敏感で、思わず肩を震わせた俺に旦那は軽く首を傾げながら、布越しに伝わる硬い感触を確かめるように軽くそこを擦った。
「んぁっ…ぁ、だ…んな…ッ」
「これ、ピアス?」
「は、はィな…っんぅ…!」
「幽利、服…脱がせていい?」
くりくりと布越しにピアスを弄られながら耳元で囁かれて、俺ァほとんど考えなしに首を縦に振る。ゆっくり作業着のチャックを腰辺りまで下ろした旦那の手が浅ましく色づいたそれに直に触れて、焦らすように優しい手つきに腰が震えた。
「あッぁ…ん、ぅう…っ」
「ん?…前買ったやつ、つけてねェの?」
デスクから降りて俺の前に回りこんだ旦那が、乳首を貫く小さな金色のリングを軽く指先で弾きながら上目遣いに俺を見上げる。千切れるような扱いに慣れた俺の体にその刺激は弱すぎて、身を捩りたくなるような焦燥感に震えながら作業着を握り締めた。
「前、のは…つか、い勝手が…悪ィ、から…っ」
「…こーゆー事がやり難いってこと?」
「あぁあッ…!」
悪戯っぽく笑った旦那に軽くリングを引かれて、欲しかった刺激に思わず甘ったりィ嬌声が口をついた。乳首を弄られただけでこんな声出してンのを旦那に聞かれてるって思うと目の前が赤く染まる程の羞恥を感じたが、俺の体はその羞恥すら快感に変換して体を震わせる。
「ごめん、痛い?」
「…へ、いき…です…ッあ、…旦那…っ」
「ん?」
「も、と…つよ…く…っはぁ…おねが、しま…ッ」
こんなはしたねェこと強請ったら今度こそ愛想つかされるかもしれねェと思ったが、もう我慢なんざ出来なかった。こんな生温い刺激じゃァとても満足なんか出来ない。引き千切られる寸前まで苛まれたい。
「このくらい?」
「はぁッ…ん、んンっ…も、っと…ッ」
「も、もっと?」
「っふぁ…おね、が…しま…ぁッ」
驚いたように聞き返した旦那は俺が頷いてもほんの少しの間躊躇っていたが、俺のモノが作業着を押し上げてンのをちらりと一瞥すると、持ち直したリング状のピアスをぎちりと音がする程引っ張ってくれた。
「ひンッ…ん、んぅうっ…!ふ、ぁあッ」
「血、出てるけど…これがイイんだ?幽利は」
「は、ぃッ…ぁ、…いい、です…ッ…」
まだ安定してねェピアスを強く引きながら軽く揺さぶられて、乳首から滲んだ血を旦那の指先が強く擦る。じんじんと疼くそこに爪を立てられるともう堪ンなくて、指が白くなるほど作業着を握り締めてた手を、作業着の下でだらだら先走りを垂れ流してるてめェのモノに伸ばした。
限界までチャックを下ろされた作業着のあわせから中に突っ込もうとした手は、だがそこに潜り込む寸前で旦那の手に手首を掴まれて止められる。
「ぁ、っ…ごめ、なさ…ッ」
「ここは俺がシてやるから。幽利はこっち」
いつもの癖で咄嗟に謝った俺にふわりと笑いかけて、旦那が俺の手を血で薄っすらと表面が濁ったピアスへと導いた。爪が硬く尖ったそこに触れてじんと腰が痺れるが、俺の手首を離した旦那が座ってる所為でダボついた作業着のあわせに顔を埋めるのを見て慌ててその肩を押し戻す。
「だ、んな…っ俺ばっか…して、もらうワケには…ッ」
「だから、俺のことは道具って思えばいーんだって」
「でも…っんぅ…!」
「ほら、辛いんだろ?」
作業着の合間から潜り込んだ旦那の手に下着ごしにモノをぐっと押されて、耐え切れずに腰をひくつかせた俺を旦那が困ったように見上げた。確かに辛いが、それでも俺ばっかり気持ちよくさせて貰うのはどうしたッて気が引ける。
「…解った。それじゃ、俺も一緒によくして?」
「…っしょ、に…?」
突っ込むワケにも突っ込まれるワケにもいかねェのに、どうやって一緒に気持ちよくなるんだと思わず旦那を見下ろすと、膝立ちから立ち上がった旦那は俺の手を引いてデスクから降ろした。
膝が笑って情けなくその場に座り込んだら肩をそっと押されて、逆らわずに床に仰向けに寝た俺を見下ろしながら、旦那がシャツのボタンを見せ付けるようにゆっくり外していく。
「旦那…?」
「しゃぶるだけなら鬼利だって文句言わねェだろ。元男娼が相手、だし」
しゅるりとバックルを外したベルトを、旦那はボタンを全部外したシャツと一緒に床に放った。自嘲するみてェな言葉とは反対にその表情は愉しげで、艶っぽい笑みに魅入られそうになる。
「だん、…っ!」
「…膝立てて、幽利」
俺の上に覆いかぶさるように四つん這いになった旦那が掠れた声で言うが、目隠し越しな上に熱で狭まった視界じゃァ旦那の表情は伺えなかった。それもその筈で、旦那の顔は言われるがままに膝を立てた俺の下肢に埋められて、下着の上から熱い舌をモノに押し当ててる。
つまりシックスナインの体制なんだが、当然ながらこんな体位でヤったことなんざねェ俺の鈍い頭はこの体制の意味を理解すンのに少し時間が掛かった。
「んむっ…ん、…ッ」
「ひッ…ぅあぁ、あっ…!」
呆けてる間に引っ張り出されたモノが不意に暖かく濡れた感触に包まれて、喉の奥まで旦那の唇に飲み込まれた裏筋をちろちろと舌に擽られる。普段、フェラなんてする事ァあってもされる事なんざほぼ無い俺にその感触は鮮烈で、柔らかい唇に扱かれるだけでイキそうになンのを必死で堪えながら、旦那のジーンズに手を伸ばした。
「ん…っん、ぅ…ッ…んン!」
「ッ…んく…ふ…ぅう…っ」
震える手で引き出した旦那のモノを咥えこむと、くぐもった声を上げた旦那が逃げるように軽く腰を浮かせる。ちゅる、と抜け掛かったそれを追って顔を上げもう一度奥まで咥えこむと、俺の根元を扱いてた旦那の指先にほんの少し力が篭った。
「んン、ぁッ…、ふぁ…んッ」
「んぅうッ…ん、ンむ…ッ…ふ、ぅう…!」
唇で扱きながら舌先で滲んできた先走りを掬い取ると旦那も同じようにしてくれて、舌先を尿道口にぐりぐりと押し当てながら溢れる先走りをじゅるりと音立てて啜られる。
浅く頭を上下させながら根元をくすぐるように扱かれて、体の芯が痺れるみてェな熱に浮かされた頭の片隅で旦那は尺が苦手だって言ってたのを思い出した。
「ん、…んくっ…」
「は、んんっ…ふぅん、んッ…!」
よく聞くと旦那の声は時折苦しそうに掠れてて、辛いンだろうに俺なんかの為にそこまでシてくれてるってのと、俺に合わせて何度も何度も深いストロークを繰り返してくれるいじらしさにかァっと腰の辺りが熱くなる。
…こりゃァ傑も溺れるわけだ。
「んぅうッ…んっ、ん、ンぅ…ッ」
「んんっ…ふぁッ…あ、ぁ…っ!」
緩くカリに歯を立てられながら先端を強く舌先に抉られて、思わず旦那のモノから口を離す。てめェの快感に夢中ンなって奉仕を止めるなんざ、鬼利相手なら引っ叩かれるような粗相だ。
「はぁ、あッ…ん、んぅっ…あく、ぅッ…!」
慌てて顔を寄せるが、柔らかい唇にサオを扱かれながら指先でやわやわとタマを揉みこまれるとイキそうになンのを堪えるのが精一杯で、びくびく腰を震わせながら裏筋を申し訳程度に舐めるくらいしか出来なくなる。
「んぅ、…う、んっ…んんッ…」
「ぁあッ…、だ…なぁ…っはなし、はなし…て、くださ…ぁッ、あ!」
「…ッ、…」
欲求不満も頂点の体はいつも以上にあっさり込み上げてくる射精感に押し流されて、旦那のジーンズを握り締めながら腰を引こうとする俺の脚を、だが旦那は太股に手ェかけて押し開くなり深くまで呑み込んだ俺のモノを強く吸い上げた。
「ひぁあッ…!っぁ、も…い、っちま…ッぁああぁあ…!」
ぎゅぅっと吸い上げられるのに耐え切れず咄嗟に旦那の脚に爪を立てても、旦那は口を離してくれない。腰を痙攣させながら旦那ン中に何日かぶりの精液を吐き出した俺のモノを最後まで絞り出すみてェに緩く扱いて、
ごくり。
「っは…ぁ、…だ、んなァ…ッ」
「…すげー量」
なんでもねェように俺のを全部飲み干した旦那は、笑みさえ含ませてそう言いながらやっと俺の下肢から顔を上げた。気だるい独特の余韻に浸ってた俺の上から、まだイってねェ旦那がゆっくり腰を上げる。
「気持ちは解るけど、あんま溜め過ぎたら体に、…ッ」
「……」
そのまンま、多分俺の上から退こうとしたンだろう旦那を、俺は腰に手ェ回して抱き寄せた。不意を突かれたのかかくん、と膝を折った旦那の、細いが筋肉質な脚をそっと押し広げて、さっきっから放ったらかしにしちまってた旦那のモノに顔を寄せる。
「あッ…ゆ、幽利っ…俺は、いい…からっ…ぁ、あっ…!」
一気に奥まで咥え込んだ俺に焦ったように旦那が言うが、さすがにそのお願いだけは聞けねェ。ここまでシて貰ってお返しも無しじゃ余りにも申し訳ねェし、何より一緒によくなろう、つってくれたのは旦那だ。
「あッぁ、あっ…ふぁ、あぅんン…!」
「んぅッ…ふ、…んむ…っ」
開けた喉の更に奥まで迎え入れると、嘔吐反射を起こした喉が勝手に震えてどくりと胃が波打つ。普通ならこのまンま吐いちまうんだろうが、この程度の吐き気をやり過ごすのは俺にとっちゃァ何でも無い。
胃液を吐こうとする内臓を深く息吸って押さえ込み、喉を絞めてほんの少しだけ引き出した旦那のモノに震えを伝えると、床に突いた旦那の足ががくがくと震える。
「ひぅうッ、ぁ、あっ…すご、…あッゆう、り…ッ!」
「んうぅ…っふ、ぅ…ん、んっ…」
床に寝たまンまでヤってる所為か目隠しがズレて邪魔くせェ“目”が露になるが、咄嗟に眼を閉じる寸前、距離も時間も方角も関係ねェ千里眼に瑠璃色の瞳を潤ませながら俺の作業着に縋りつく旦那の顔が映って、俺は目隠しを直すのも忘れて先走りを滲ませる小さな穴に舌先を捻じ込んだ。
さっきみてェな演技じゃない、あんな顔を見せられちゃァ勢い付かねェ方が無理ってもんだ。
「んぁっあぁあッ…!そ、こ…あぁッ…イくっ、いッ…あッあぁあっ!」
俺の作業着に縋る旦那の手にぎゅうっと力が篭って、びくりと華奢な体が大きく跳ねるのと同時に、熱い精液が喉奥に叩きつけられる。先っぽに吸い付いて旦那がしてくれたように残滓を舐め取りながら飲み下すと、耳のいい旦那がそれを聞き取ってひくりと腰を揺らした。
「はぁ…っは…」
「旦那…」
浅く息を吐きながらのろのろと俺の上から退いた旦那を瞼を伏せたまま追うと、薄い瞼一枚隔てた先に見える旦那はぐったりと床に座り込みながら俺の目隠しに手を伸ばす。
「ずれてる…」
「あ、すンませ…ありがとうございます」
後ろ手に手ェ突いて体を起こしながら目隠しを直してくれた旦那に軽く頭を下げると、ぱたりと手を下ろした旦那が深く溜息を吐いた。
「だから、俺はイイって言ったんだよ…ヤなもん、見えなかった?」
旦那は、俺の眼が目隠しで隔てておかねェと見た人の心ン中まで見透かしちまう厄介なものだってことを知ってる。普通は心を読まれるって知りゃァ嫌煙するモンだが、心配そうに俺を除き込んでくる瑠璃色は真っ直ぐだ。
「平気です。それに、旦那が一緒にって言ってくれたンじゃねェですか」
「だからって飲むなよ…鬼利じゃねェ奴のなんて、嫌だろ」
「そンなら旦那だってそォでしょう?」
「それは…、」
多分、自分は男娼だからとか、汚れてるからとか、そういう事を言おうとしたんだろう旦那の言葉を、俺はその唇にそっと指先を押し当てて塞いだ。
旦那はご自分の過去を悔やんだり嫌うような、そんなどうしようもねェことに捕らわれる程弱い人じゃねェのは知ってるが、卑下するような言葉は旦那には似合わない。
元男娼だろうが進行形で人殺しの犯罪者だろうが、この人はこんなに真っ直ぐで、綺麗だ。
「だから、これでおあいこです」
「…バァカ」
くすくすとスピーカーから響くなんとも和やかな2つの笑い声に、鬼利は眼鏡のレンズ越しに橙色の瞳を細めた。
「…懲りないね」
「…毎度毎度、飼い猫が絡んでンの盗み見てる俺達も大概だけどな」
鬼利の背後、壁に背中を預けて座り込んでいた傑が立ち上がりつつ軽く首を竦めて見せる。
本来、武器庫から許可無く火器弾薬の類を持ち出す愚か者を監視する為にあるモニターに映った2人の雰囲気は始終穏やかで、子猫が戯れるように無邪気だ。
一方、それを眺める藍と橙の瞳を持つ2人の空気は無邪気とは程遠く、寧ろその正反対に近い。
「監視用じゃなくて可愛い弟の盗撮用に付けただろ、これ」
「僕の眼は幽利みたいに便利じゃ無いからね」
「そこは否定しろよお兄ちゃん」
「見え透いた嘘は嫌いなんだ」
「…やっぱお前って、」
サクっ。
傑が言い終わるより早く、そんな擬音が似合いそうなほど何気なく投げられたペーパーナイフが、喉元に掲げられた傑の手に突き刺さった。
「ってぇな、まだ何も言ってねぇだろうが」
「言わせたく無いからそうしたんだよ。…あぁ、汚れるから刺したままでね」
掌を刺し貫くナイフを抜こうとした傑を横目に見上げながら、鬼利は当然のようにそう言い放って鼻梁の上の眼鏡を押し上げる。
口を塞ぐ為だけに掌に穴を開け、更に床が汚れるという理由でそれを抜くなと言うのはなんとも外道じみた言動だが、穴を開けられた張本人である正真正銘純度100%の化け物は、怒るでもなく呆れるでも無くあっさりと突き刺さるナイフを引き抜いた。
ナイフに付いた血が雫となって散るが、鋭く細められた鬼利の視界をそれ以上の朱色が染めることは無い。
「汚さなかったら抜いてもイイんだろ?」
おどけたように首を傾げて見せながら、傑は血に濡れたペーパーナイフと、つい先程まであった傷が嘘のように消えた滑らかな掌を鬼利の前に掲げて見せた。
治癒の前に溢れた血だけが傷があったことを示して手首を伝うが、それも見る見る内に白い皮膚の内側に吸い込まれるようにして消える。
常人ならば目を瞠り、有り得ないと己の正気を疑うような光景だが、それを目の当たりにした鬼利はそのどちらもせずに、呆れたように溜息を吐いた。
「…化け物」
「その呼び方は何世紀か前に飽きた」
「じゃあ変態」
「じゃあ、って何だよ。あんまり言葉が過ぎると硬くて太いモンで塞ぐぜ、その口」
「それは困るな。あまり硬いと噛み砕く時に顎が疲れる」
自分を化け物と呼びながら飄々と言ってのける鬼利に、傑は自分の血で汚れたペーパーナイフをゴミ箱に投げ込みながら小さく笑う。これでちゃんと敵わないことを知っているのだからこの人間は面白い。
「幽利のこと虐めンなよ。今度は俺の番」
「あまり悦のことを苛めないようにね。反省されても退屈だ」
「……」
モニターの電源を落としながら何気なく言った鬼利は、じっと自分を見つめる藍色の瞳をちらりと一瞥してようやく己の失言に気づいたのか、あぁ、と気の無い声を漏らすと、にっこり笑った。
「仕事に支障が出ると困るからね」
「…今更遅ぇっての」
Fin.
受け子ズにゃんにゃん第2弾!
今回は珍しく幽利を強気にして、えっちぃ度も前よりほんのちょっぴり増量した筈が、この2人の絡みは卑猥なことしててもどこか和んでしまう。
何をさせても卑猥で不健康になる攻め野郎達とは大違いです。
