蜜の檻



 淡い間接照明に照らされた床に、ぽたぽたと音を立てて水滴が落ちる。

 真っ黒な毛皮のソファの前に膝立ちになった柳一が身に付けているのは、帯を解かれひっかかるだけになった漆黒の着流しと、首にかけられた銀色の首輪だけ。下半身には肩幅より少し長いくらいの棒が膝上に枷で固定されていて、それ以上脚を開くことも閉じることも出来ないようにされている。

 そして、目の前のソファには、

「もうドロドロね。イヤらしい子」
「っ…ぁ、ッ…ふ…!」

 細い乗馬鞭で柳一の裏筋をつぅ、と撫で上げながら楽しげにくすくすと笑う、淫靡な黒い瞳。解いた髪を右側に垂らし、柳一を鞭1本で嬲るその人は、見惚れるような美貌に濡れたような紅唇と、ゾクリとするほどの声の持ち主だった。
 バスローブから伸びる完璧な造形の足をすらりと組む仕草は優雅だがどこか淫靡で、必死に声を殺して快感に耐えながら、柳一は美しい女主人―――カルヴァを上目遣いに見上げて陶酔しきった吐息を漏らす。


「ほら、ちゃんと立ってないとお仕置きよ?」
「ぁッ…はぁ、っ…!」

 赤くぷっくりと膨れた乳首を鞭先でぐりぐりと押しつぶされて、足が今にも折れてしまいそうにびくびくと震えた。ぞわぞわと背筋をざわめかせる快感に、その場に座り込んでしまいそうになるのをなんとか堪える。

 ―――お許しが出るまで、動かずこの場に立っていること。

 今夜の躾の内容はそれだけで、他にはイクなとも声を出すなとも言われていない。
 でも、カルヴァが本当にただ立っているだけで許してくれる筈も無く―――最初は視線、ローションを含んだ刷毛、そして鞭と、様々な道具を使ってじわじわ追い詰められた体は今にも言いつけを破ってしまいそうだった。


「堪え性が無いわね、イチは。まだまだこんなの前戯よ?」
「ひ…っ!」

 呆れたような言葉と共にピシリ、と鞭でごく軽く立ち上がったモノを叩かれて、華奢な体がびくんと震える。塗れた根本とカリには昨日着けられたコックリングの痕がまだ赤く残っていて、細く硬い鞭がその痕を辿るように動く。

「こんなに涎を垂らして…そんなに気持ちいいの?」
「ぁ、あ…ッ…く、ぅ…!」

 ふるふると震える膝で体を支えながら、柳一はカルヴァの片手が小さなリモコンを弄んでるのを見てギリっと奥歯を噛み締めた。それを見てにこりと微笑んだカルヴァが、奥深くに潜り込んだ遠隔操作型の5連結ローターの目盛りを、カチリと1つ押し上げる。

「ッっ…!、ぅ…あ…っ」
「イチは玩具で遊ぶのがホントに好きね。厭らしい顔」
「…ッぁ…」

 ガツガツと中でぶつかりながら狭い柔肉の間で暴れまわり、痺れるような快感を与えてくるローターからの刺激に耐えながら、柳一は俯いた所為で落ちた前髪をすっと避けられる感触に弾かれたように顔を上げた。

 カルヴァは滅多に奴隷に触れてくれない。駄犬の柳一は勿論、優等生の涅磐だってあの滑らかな指先より、鞭の感触の方が肌に慣れている筈だ。
 ましてや「躾」の最中に、髪の一部だけとはいえその手に直に触れて貰える事なんて。そんなのはほぼ奇跡に近い。


「っ…ごしゅ、じ…」
「調子に乗らないの」
「ッあ゛…!」

 パンッ!

「ひ、ぐッ…ぅ゛ッ…っ」

 思わず声を出してしまった柳一を冷たく突き放し、軽く振り上げられた鞭がその肌の上で何度も弾ける。部屋中に響く高い鞭音と痛みに惚気た頭を叩き起こされ、柳一は震える声で「ごめんなさい」と繰り返した。

「ぁ、う゛っ…ごめ、なさ…ごしゅ、…さま…ッ、ぁ!」
「下、見てご覧なさい」
「っは…ぁ…?」

 最後にパンっ、と頬を叩かれて止まった鞭に荒い息を吐きながら、柳一は促されるままに自分の足元を見た。涙に滲んだ視界に、床とそれを塗らす雫が映る。

「イチがちゃんとお口を閉じてないから、零れちゃったみたいね」
「ッっ…!」
「5個もあげたのにまだ足りないのかしら?」
「んん…っ」

 声だけは優しく囁かれる言葉に、柳一は色白な顔を赤く染めて微かに首を振った。わざわざ見せ付けられて指摘され、物欲しげにひくつく奥からジェル状のローションが糸を引きながら垂れる感覚が、さっきよりも生々しい。
 こんなに明るい部屋で何も隠せない格好で嬲られ続けて、緩慢な快感にだんだん意識が朦朧としてくる。ローターの振動音に頭の中から掻きまわされているようで、気を抜くとその場に座り込んでしまいそうだった。

「呆れるくらいの淫乱ね」
「ッぅ…あぁっ!」

 逆手に持ち帰られた鞭の先端がぐりぐりと尿道口に押し当てられ、そこでも快感を覚えこまされた体がびくんと跳ねる。
 声を押さえなきゃと頭の中では思うのに、噛み締めた奥歯は鞭をくり、と半回転され、鞭の弾力を使って裏筋を触れるか触れないかのギリギリで撫でられ、ローターの紐が覗く奥をぺし、と軽く叩かれる度に呆気なく解けて、はしたない声が上がるのを止められない。

「ぁああ…ッ!」
「…ちゃんと立ってないとお仕置きよ?」

 まるで睦言のようなその中に支配者としての絶対的な威厳を滲ませて囁かれる、滑らかに響く声。
 快感と畏怖が混じって背筋を走る痺れにひくりと肩を震わせながら、柳一はつぷ、と奥に押し込まれた鞭先に小さく息を呑んだ。

「ッは、ぅ…ぁ、あ゛ぁっ…!」

 コツ、と中で震えるローターに当たった鞭はそのまま遠慮なく押し込まれて、中で震えるローター同士が押し上げられてガツ、ガツ、と跳ね回りながらぶつかり合う。前立腺の真上でゴツゴツと暴れまわり、気が遠くなるほどの快感に柳一は咄嗟に後ろ手に組んでいた手を前に回した。

「ぅあぁあぁッ…!ッぐ、ぅ…んん゛ン…ッっ!」

 ぽたぽたと先端から先走りを滲ませる自身のモノに、手首に爪痕が残る柳一の指がギチリ、と食い込む。自分で自分を戒めるのはそれだけで萎えてしまいそうなほど痛かったが、止まる事無く進む鞭に押し上げられるローターがそれを許さなかった。
 ずぶずぶと押し込まれるローターが普段は触れられないような深い部分まで犯し、染み渡るような振動と腰が崩れそうな甘い快感に奥歯がガチガチと鳴る。

「あら。我慢してるの?」
「ぁ゛あっ…が、ぁ、はぁあぁあッ…!」
「いいのよ、イっても。こんなにパンパンにして…苦しいんでしょう?」

 ずるり、と一気に引き抜いた鞭先で柳一のモノを緩く叩きながら、堪え性の無い柳一がこんな状態でイったらどうなるかを、多分柳一よりもよく知っている筈のカルヴァは気遣うように首を傾げて見せた。


「ぁあぁあッ…ごしゅ、じ…さまッ…!許し、て…くださ…っも、あし、が…っッ」
「足が、なぁに?」
「いま、出した、ら…ぁッ…ご命、れ…まもれ、ませ…ッひぅうぅ…!」
「そのまま姿勢を崩さなければいいだけの事じゃないの。貴方も、いい加減我慢くらい覚えてもいい頃でしょう?」

 言外に「我慢も出来ない駄犬」と揶揄するようなカルヴァの視線に、柳一は切なげに眼を伏せて俯きながら、手の甲をパシリと叩く鞭に根本を握り締めていた震える手をゆっくりと離した。
 柳一にとってカルヴァの命令は絶対だ。その先にあるのが間違いなく失敗とお仕置きでも、カルヴァがやれと言うのなら柳一に「否」と言う権利は無い。

 華奢で薄い体を震わせながらそろそろと背中で腕を組みなおした柳一に、カルヴァは鞭を軽くしならせながらにっこりと微笑むと、彼女が躾た奴隷にとってはどんな薬や刺激よりも強烈に響く、魔法の言葉を囁いた。


「イキなさい、柳一」
「ひぐッ!…っぁああ、っぁんん゛ン!」

 言葉と同時に強く鞭で打ち据えられ、目の前が赤く染まるほどの痛みにビクンと硬直した柳一のモノからドロリと白濁が吐き出される。
 眩暈がするような快感にそのままぺたんと足をつけてしまいそうになるのを意地で堪えて、柳一は荒い呼吸を整えながら前屈みになっていた体をゆっくりと戻した。

「ほら、ちゃんと我慢できたじゃない」
「…は、ぃ…」


 にっこりと微笑みながら滅多に掛けられることの無い優しい言葉を掛けられて、柳一はゼェゼェと息を吐きながらも、感情の起伏に乏しい整った顔を薄っすらと嬉しそうに綻ばせ、

「…ッあ!」

 無邪気に褒められたことを喜んだのも束の間―――パチン、と残酷なほど小気味いい音を立ててイったばかりのモノに小さな黒革のリングを嵌められて、咄嗟にカルヴァを見上げたその銀色の瞳が泣きそうに歪んだ。
 振動数を下げられていた中のローターがまたブゥン、と音を立てて中を掻き回し始め、イったばかりの敏感な粘膜を責められる快感に唇を噛み締めて耐えながらその横顔を見つめる柳一を無視して、カルヴァは3連のベルトを全て留めると鞭を傍らに捨ててソファから立ち上がった。


「ッごしゅ、じ…」
「明日の朝までそのままで居られたら、明日の分の鞭は無しにしてあげるわ」

 奥深くまで押し込まれたローターの痺れるような快感は既に苦しいほどで、1時間体重を支えた両足の膝は床に擦れて真っ赤になっている。快感に耐えながら常に同じ姿勢でいるのは見た目よりもずっと辛く、いつ終わるかも解らない愉悦と苦痛に体は視界が揺れるほど疲れているが、そんなことはとても言えない。

 ―――多分、物覚えがいい”お気に入り”の涅磐が頼めば、座り込むことも許してくれるんだろうけど。事あるごとにその手を煩わせる駄犬の自分がそんなことを言ったって、今よりもっと苦しいことをされるだけだ。


「その代わり、姿勢を崩して、しかも気絶なんてしていたら明日は貴方の大嫌いな一本鞭を使ってあげるわ」
「ッ…!」
「いいわね?柳一」

 ずる、と中で動いたローターが前立腺のすぐ傍の柔肉を責め立て、無理な姿勢を支える足が不安定に痙攣するのを感じながら、柳一はティッシュで手を拭いながら寝室に向かうカルヴァの、振り返ってくれない後姿を滲む視界で見送って頭を下げた。

「は、い…ご主人、さま…ッ」


 普段使われる鞭に比べて編み込まれた一本鞭は重く、その痛みは普段の倍以上で傷も深い。柳一の背中には未だに前回の鞭打ちでの傷が残っているが、きっとご主人様はそんなことを気にはしてくれないだろう。

 ―――自分に与えられる命令のほとんどがとても出来ない事だと思ってしまうのは、自分が未熟で我慢の効かない体だからだろうか。また命令に背いてしまった自分を見て、明日の朝ご主人様はどんな表情をされるだろう。
 …罵倒と嘲笑には慣れているけれど、あの綺麗な顔で物憂げに溜息を吐かれるのは「出来そこない」と言われているようでとても辛い。

 どんな言葉でもいいから一言だけ、声をかけて貰えたら。それ以上のものなんて何も望まないのに。


 冷たく締め切られた寝室の扉を見つめながら、柳一は朦朧とする意識の中でぼんやりとそう思い、




 ―――とても叶いそうに無い自分の望みに、黙って目を伏せた。





 Fin.
--------------------
女王×小鳥(柳一)です。
基本的に女王はスパルタなので、柳一と涅磐にとっては”いい子ね”と褒められて頭を撫でられるのが最高級のご褒美です。






Anniversary