毎度毎度、こっちの身にもなれってんだ。
右手に巻き付いた手枷のベルトを締め上げながら、悦はサイドボードに置かれた長方形の箱を横目で睨みつけた。
艶消しの黒い箱に赤いリボンのかかったそれは、見た目そのままプレゼントだ。中身は箔押しのロゴが示す通り、一流シェフ御用達の高級包丁3本セット。五光ノ国の刀鍛冶が年間10セットだけ作る逸品で予約は20年待ち、閉鎖的な島国らしくその予約すら一見はお断りの、手元が狂ったら怪我どころじゃなく指が落ちそうな業物である。
勿論、贈り主は傑だ。切れ味と手馴染みだけを重視して仕事と同じナイフを包丁代わりにしているZ地区育ちに、「キャベツの千切りがやり難そうだったから」なんて理由でこんな超高級品を寄越すバカは他には居ない。居てたまるか。
「やり方が、いちいち、汚ぇんだよ……!」
右手の枷と頑丈なリングで繋げたもう1つの枷に左手を通し、今度は歯を使ってぎちりと赤い本革のそれを締め上げながら、悦はキッとバスルームの方向を睨む。
作成時の玉鋼の質と職人の気分によってお値段は恐怖の「時価」である包丁を、あの野郎はひょいと渡してきた。クリスマスプレゼントなんて柄じゃないから共有の家具を買ってそれを互いへのプレゼントにしよう、ソファにしようか、明日一緒に買いに行こうな、なんて2人のんびりとタブレットでカタログを見ていた、その時に。きっと俺の好きな物に決めてくれるだろうから、せめて色くらいは傑に選ばせよう、なんてのんきに考えていた、まさかソファ以外のプレゼントがあるなんて想像だにしていなかった悦に。
勿論、お返しなんて用意していない。驚きのあまり「は?」と最悪のリアクションをしてしまった悦にも怒ることなく、野郎は先に上げた理由を平然とのたまった。更には「いつも美味いものを食わせて貰ってるお礼」だから、今日も美味かったから気にするなと、貰いっぱなしが嫌ならお返しはベッドの上で欲しいと、あの顔で言った。
あの顔でだ。
「……ふー……」
深く息を吐いてまた荒ぶりそうになる心を鎮めながら、悦は赤い枷で自縛した両手で、寝室に入るなり滅茶苦茶に殴りつけてしまった枕をぽふぽふと整える。
最高に顔の良い恋人からのサプライズプレゼントと、腹が立つほど好みの声での抜群のお誘いに少し取り乱してしまったが、これでも悦は元男娼、その道の玄人だ。毎度毎度飽きもせず、その元男娼が思春期のガキみたいに赤面してもじもじするような特別扱いの絨毯爆撃をするなよこっちにもプライドってもんがあるんだよ勘弁してくれと心底思うが、だからと言ってやられっぱなしで居るわけにはいかない。それこそプライドに関わる。
「……よし」
最後に一度深呼吸をして、悦は整えた枕に埋まるようにしてヘッドボードに背中を預けた。少し身じろいで角度を調整し、ぴったり揃えた両膝を立てて、踵は拳ひとつぶん開き、爪先は気持ち内側に。昔はこの上で客の性癖によって両手をしどけなく投げ出したり、揃えた膝を抱えたりしていたが、今日は手枷を足の内側に隠す。
バスルームを出た傑の足音が、恐らく何か飲む為にキッチンに寄り、いつもの歩幅で寝室の扉に近づいてくるのを聞きながら、悦は「全力でリクエストに応えてやるから精々励めよド変態」と心の中でニヤリと笑いつつ、やや伏し目がちにした両目を潤ませた。狙い通りに傑が励んだ場合の未来をちょっと想像すれば、瞳を期待に濡らすのくらい造作もない。
元男娼のプライドをかけた悦の意気込みなど露知らず、ぺたぺたと素足を鳴らしながら、傑がいつも通り寝室の扉を開く。
「悦ー、ジェラートもう固まって、」
「……傑」
黒い下着だけをはいて頭からタオルを被った、水も滴るなんとやらを具現化したような有様の恋人の能天気な声を、枷以外は一糸まとわぬ悦は囁くような声で遮った。
ん?とタオルの奥で顔を上げた藍色の瞳を、計算され尽くした絶妙な上目遣いで見上げつつ、角度的に傑からは隠れていた両手を膝の上まで持ち上げる。
両手首に巻き付いた赤い手枷が、プレゼントに相応しいリボンに見えるように。
「……お返し、やるよ」
恥ずかしそうに視線を反らしながら、プライドにかけて悦は言い切った。口調がややぶっきらぼうになってしまったのはご愛嬌だ。効果は多少薄れるとしても、せめて冗談めかさないとこっちの精神が持たない。
「……」
「……」
ばさ、とタオルが床に落ちる音がした。
表情を見たいのを堪えて待っていると、ぎし、とマットレスが軋む音が。扉から直線でベッドに、膝ではなく足で乗って真っ直ぐに悦の前に立った傑が、すとんと内向きにした爪先のすぐ側に座り込む。まだ早い。
「……悦」
昼間よりも深い声にぴくりと肩を揺らして見せてから、内心で「よし、勝った」とガッツポーズをしつつ、悦は声に応えてそろりと視線を上げた。
「……!」
見上げた藍色は真っ直ぐに悦を射抜いたまま、凪いでいた。
「なんの?」
「え……?」
「なんの”お返し”?」
「…ぁ、え……」
一瞬スベったのかと思ったが、勿論違った。頬を撫で下ろしてくい、と顎を上げさせ視線を固定した傑の手が、そこに込められた力が、乱暴じゃないのに強い。振り解いて視線を反らすことを許す気がまるで無い。
「言えよ、悦。……聞きたい」
深く濃くなった藍色が凪いでいるように見えるのは、押さえつけているからだ。
獲物を前に舌舐めずりする化け物が、食べ頃にはまだ早いと、さっきの悦みたいに。
「ほ……包丁くれた、から」
「うん」
「その、おかえ……し」
「うん?」
「く、クリスマス、の」
恥ずかしいとか、プライドとか、そんなことはもう言っていられなかった。
「プレゼント……」
思春期のガキと言うよりは発情期のメスみたいな顔で、頑丈な金具がついた革製のリボンをかけた両手を差し出した悦を、傑はくくっと喉奥で笑った。
笑って、額が触れそうなくらいにその美貌を、呑み込まれそうな藍色を近づけた。
「もらった」
プレゼントの豪華さに、ラッピングがまるで見合っていない。
とかなんとか言ってサイドボードから揃いの足枷と赤い縄を取り出した傑は、もらわれてしまった以上は逃げ出すわけにもいかない悦の膝上に赤い枷を締め、金具に通した縄を左右それぞれヘッドボードの装飾に繋いだ。
「手はどこがいい?仰け反れないように足首か、好きなだけ痙攣できるように頭の上か」
「……こ、っち」
M字に開いたまま繋がれてしまった足にリアクションをする暇もなく聞かれて、思いっきり仰け反って快感を逃せないヤバさを教え込まれている悦は素直に手を頭上に持ち上げる。手枷を繋ぐリングに通された縄は、この為にあるとしか思えないヘッドボードの真ん中の、左右両端のそれより少し高い位置にある装飾にがっちりと縛り付けられた。
「っ……」
背中には3つ重ねられたふかふかの枕が宛てがわれているので、少し視線を落とすだけで無防備に晒された2つの意味での急所がよく見える。今後を考えるととても見ていられずに目を反らした悦の腰をするりと撫でて、傑は甘い声で囁いた。
「ここは、俺が押さえてやるよ」
「ん……っ」
骨盤の上に置かれた掌に僅かに圧をかけられて、押し出されるように悦の唇から熱っぽい息が漏れる。くるくると臍を弄ぶ指先は血管どころか筋も浮かばせていないが、ぽんと気軽に置かれたその掌が持つ力を、傑がそう意図すれば本当に何もかも押さえ込まれてしまうことを、悦は身に沁みて知っていた。
「鈴も用意しときゃ良かったな」
「んぁっ」
「明日ソファと一緒に買うか。クリップつきのヤツ」
「だ、れがそんな……ぁうッ」
そんなもん着けてたまるか、と睨みつけようとしたが、くりくりと弄ばれていた乳首をきゅっと摘まれて、吊り上げようとしていた眉尻は呆気なく下がった。親指と中指で少し痛いくらいに摘まれて尖った先端を人差し指でかりかりと引っ掻かれ、縄に吊り上げられた足が空を蹴る。
「それ、やめっ……ゃ、んン……ッ」
身を捩ろうとしたそのタイミングでキスされて、咄嗟に目を閉じた。今更お行儀の良いパンピーのマナーに則ったわけじゃなく、鼻先が触れる距離であの獰猛な藍色を覗き込んでしまわない為の苦肉の策だったが、するりと入り込んだ舌に舌を絡め取られる水音が暗闇の中に大きく響いて、すぐに悦はそれを後悔するハメになった。
逃げて引っ込めた舌はすぐに捕まって引きずり出され、根本までぐっしょり絡められながら芯を持った乳首を押し潰される。指を離されてぴん、と立ったそれをまた押し潰され、側面をすりすりと撫でられながら舌の裏をくすぐられ、堪らず悦は足の間に入り込んだ傑を膝で挟んだ。
どっちも片方だけで頭の芯がじん、と痺れるくらいに気持ちいいのに、同時に、しかもくちゅくちゅと響く卑猥な水音をBGMになんて、久しぶりにがっちり”ラッピング”された今は無理だ。自分のテク考えろ。
「んーっ!や、……ぁ、んむ……ぅんんっ……!」
「……」
「はぁっ……しつこ、んぅっ!……んー、んんーッ」
「……じっとしてろ」
顔を反らして逃げようとするのを許さず、柔らかく枕に押し付けられて固定された額を宥めるように撫でて、低く囁いた傑は震える悦の舌を自分の口内に引っ張り込んだ。逃げた罰とばかりに息継ぎの隙間を減らされてされるがままの舌をじゅう、と吸い上げ、甘噛みし、もうどこをどうされてるのか追いきれないくらいにぐちゃぐちゃにしながら、赤く充血した乳首を爪先でかりかりと引っ掻く。
「ふっ、ふぅっ……んぅう、んンー……!」
ぴりぴりとした淡い快感が塗り重ねられて深くなっていっても、上向かされた悦に出来ることは二人分の唾液を飲み込みながらくぐもった嬌声を上げることくらいだった。乳首を弾かれたり扱かれたり、指で激しく責められている間は舌の方はくちゅくちゅと優しく絡められて、つんと尖った周辺をくるくる撫でられて焦らされている間は、唾液が泡立つんじゃないかと思うくらいに掻き回される。
「はふ、ぅっ……ぅん、んっ、ん……んぅううッ」
このままじゃこれだけでイかされる。そんなイき方をしたら絶対に後が保たない。
苦しさが快感を上回らない程度に酸欠にされた頭でもそれは解ったが、解った所で両手足は縛られて頭は枕に埋められている。縄が許す限りに胴を膝で締め付けてみたって、邪魔するなと数少ない息継ぎを取り上げられるだけだった。いよいよ苦しくなって意識が朦朧としたら少し息をさせられて、酸欠に喘いで出した舌先を甘噛みされ、また表と言わず裏と言わず隅々まで甚振られる。
「んゃっ、んむ、んゃあっ……ふぅ、ううぅう……っ!」
じんじんする乳首の根本を摘まんで、逃げ場を無くした先端を指の腹で優しく擦るのは最近の傑のお気に入りで、つまり悦にとって一番堪らない弄られ方だ。むず痒いのに気持ちよくて、気持ちいいのにもどかしくて、嫌だ嫌だと身を捩っている内に、じんじんがビリビリに変わる。
根本をきゅっきゅと強弱をつけて摘まれながら時々爪を立てられ、拘束の中で大袈裟なくらいに跳ね上がった体に目を見開いた悦は、縋るように至近距離にある藍色を見た。
これは嫌だ、本当にやだ、と視線で訴える悦に、傑は眩しいものでも見るように目を細め―――それまで徹底的に甘やかされていた乳首を、ぎゅうっと強く指の間に押し潰す。
「んンん―――ッ!」
呆気なく絶頂に叩き上げられた悦のモノがびゅく、と自分の下腹に白濁を散らし、見開かれていた瑠璃色がとろんと蕩けるのを待って、傑はゆっくり舌を解いた。飲み下せなかった唾液に濡れた悦の下唇を舐め、押さえていた頭を柔らかく撫でて、膝立ちに覆いかぶさっていた体を起こす。
「ふぁ……あ……ッ」
「……まぁ、こんなもんか」
自分の唇を親指で拭った傑の言葉を聞いてようやく、悦は今までのこれが前戯ですら無い、ただのクリスマスプレゼントに相応しい”ラッピング”作業だったのだと知った。
赤い枷と縄にほんのり上気した体を縛り上げられ、弄られていない方の乳首までつんと赤く尖らせて下腹を白く汚した”プレゼント”を、傑は吊り上げられた悦の足を撫でながらたっぷり視姦した。
「傑……っ」
そして、恥ずかしさと焦れったさに悦の腰がもじもじと揺れ始めた頃におもむろにベッドを降りて、まさか放置されるのかと息を呑んだ悦のすぐ側に、ぽんとサイドボードから出した卵型のローターを放り投げた。
「っ……!」
反応したら思う壺だと唇を噛んだ悦を他所に、ローターの隣にローションボトルが、その隣に細身のバイブが投げ出され、最後に革製のロールケースを投げずに手で持って、傑はベッドに戻る。閉じられない悦の足の間に座り直し、その手元を凝視する瑠璃色に見せつけるように広げられたその中には、細さも形状も材質も違う10本の尿道ブジ―が整然と収められていた。
「どれがいい?」
「それやだ……っ」
「どれ?」
「ぜ、全部……」
一番長いシリコンに膀胱まで貫かれても、間隔を空けたチタンのボールに何度も押し開かれても、螺旋状に捻れた硝子に少しずつ精液を掻き出されても、それ以外のどれを挿れられたって出せない苦しさと狭い管を犯される快感に泣き喚くことになる。こんな目をしている時の傑に手加減は望めない。
縄が許す限りに腰を引いて全部嫌だ、と首を振る悦に、傑は「ふーん」と気のない声を漏らして、並んだブジーを右から順に撫でていた手を引いた。
ぐっと空中で握られた手が手品師のように軽く振られ、何をするつもりだこの鬼畜外道と身を固くする悦の目の前で、ぱっと開かれる。
「嫌ならしょうがねぇな」
「あっ……!」
物分りのいい言葉とは裏腹に、その掌の上に表れた小さな瓶を見て、悦はびくりと吊られた足を引き攣らせた。1ミリにも満たない小さな赤い粒が詰まったその瓶には、とても忘れられないくらいに強烈な見覚えがある。
商売道具である体を再起不能に破壊されないよう、どれだけ金を積まれてもプレイではカテーテル1本許さなかった男娼に、たった一粒でそこを犯される快感を刻み込んだ、調教用のエグい薬だ。
「やだッ、それやだ、おかしくなる!」
「前にも言っただろ。嫌がってるモン入れるのは趣味じゃねーんだよ」
「い、挿れていい、いいからっ……ぁ、やだぁ……!」
縄を引っ張って逃げようとする悦の懇願を聞き流し、傑は無情にも蓋を外された瓶を傾けた。小さく丸い粒が無駄足掻きを嗤うようにざらり、と音を立てて流れ、細い口から赤いそれが2つ、傑の掌の上に転がり出てくる。
「前は浅いトコだけだったから、今日は奥まで入れるか」
「やめっ……傑、やだ、やだって……あっ!」
「そーいうこと言うなら、せめてこの涎止めろよ」
握られたモノの先端をぐいっと親指に擦られて、ずりずりと枕に埋まろうとしていた悦のささやかな抵抗は強引に止められた。指一本触れずにイかされたそこはいつになく敏感で、先走りを塗り広げるようにゆっくり擦られるだけで吊られた足が跳ね上がる。
やだ、やだ、と半泣きになりながら首を振る悦に「はいはい」と軽く笑いながら、傑はあの燃えるような熱さと快感を思い出してとぷとぷと先走りを零す先端に、摘んだ赤い粒をまずは1つ、人差し指で押し込んだ。
「ぁ、あ……えぁあっ!?」
入れられちゃった、とぎゅっと目を瞑った隙に、金属の細い棒に3センチ間隔でついたチタン球の最初の1つをくぷんと尿道に埋められて、閉じたばかりの瑠璃色が見開かれる。信じられない思いで見上げた傑は視線すら上げず、淡々とブジ―を沈めて先走りごと薬の粒を奥へと押し込んだ。
「な、なんでッ、いれないって言った、言ったのに!」
「お前が挿れていいって言ったんだろ」
「そん、なっ……!」
ちらりと視線を上げた傑に呆れたように言い返されて、わなわなと唇を震わせる間にも、くぷん、くぷん、と球が次々に埋められていく。とうとう先端が括約筋に辿り着き、当たり前みたいにあっさりそこを抜いた媚薬つきの球が、ずぷりと内側から前立腺を貫いた。
「あぁあッ!やだ、やだぁあっ!」
「暴れるなって」
じたばたと暴れる悦の足を膝で内腿を押さえて更に開かせ、傑は2つ目の粒を最後の球のすぐ下に、棒と粘膜の隙間に宛がって、それをぐぷんと押し込む。球が返しになって引っ張らない限り抜けることのないブジ―の先端は、そこを責める為の設計通りに前立腺のど真ん中を押し広げた。
「あ、あっ……あぁッ……!」
こんなの、無理に決まってる。
粘膜越しに揺さぶられるだけでイってしまうような快感の源泉を、固定されたブジ―は延々と押し広げ続ける。呼吸の度に、少し身じろぐ度に、狭い粘膜が蠕動する度につるりとした球が前立腺の内側でこりこりと動き、異物を飲まされてぱくぱくと喘ぐ尿道口を内側から球が押し広げては引っ込んで、棒でくすぐる。荒くなる呼吸を整えて、腰を跳ね上げて仰け反りたいのを堪えて、ただじっと耐えているだけでこれだ。
ここに薬が効いてきたら、更にブジ―を動かされてしまったりした日には、意識や理性どころか他の何かまで一緒くたに吹き飛ばされてしまう。
「はー……はぁー……っ」
詰まりそうになる息を努めてゆっくり吐き出しながら、悦はじわりと涙の膜が張った目でブジ―を持つ傑の手を見つめた。顔色を伺う余裕が既に無くとも、次に何をされるかだけはちゃんと見ていないと、この化け物は平気な顔でとんでもない不意打ちをかましてくる。それも、意識を保てるぎりぎりのラインで。
だが。早まった鼓動に合わせてずぐん、ずぐん、と体の奥に響く重い快感に手枷に繋がった縄を握り締めながら、最大級の警戒を持って注視する悦の予想に反して、傑は固定されたブジ―を上下することも回すことも指先でトンと叩くこともなく、あっさり離した。
それまで前屈み気味だった上体まで起こし、時折小さくぶるりと震える悦の頬を掠めるように撫でてから、体温を感じるほど密着していた所から体半分シーツの上を下がる。嫌味なくらいに長い足を片方膝立て、もう片方を浮いた悦の右太腿と膝の間に伸ばし、両腕を後ろ手に、肩よりやや後ろにゆったり突いて、そして。
そして、それだけだった。
「は、ぇ……っ?」
てっきり足の爪先でつつかれるなり、少し痛いくらいに踏みにじられるなりされるのだと思っていた悦は、思わず間の抜けた声を漏らして顔を上げた。前立腺と尿道口に仕込まれた媚薬は即効性で、確か精液に反応して効能を強める無慈悲過ぎる仕様だから、鬼畜な傑にとっては今が絶好の責め時の筈なのに。
なんで、といっそ子供のようにあどけない顔をする悦に、美貌の恋人はあからさまに傍観の構えをとったまま、のんびりと笑って見せた。
「絶景だな」
その一言で意図を察した悦の喉から、ひぅ、と潰れた声が漏れる。
なんのことはない。傑は、悦が業物の包丁にしたのと同じことをしようとしているだけだった。
綺麗にラッピングされた箱から取り出して、また収めて、あまり弄り回すのも勿体なくてただ手の届く距離からうっとり眺める。貰った時の驚きと喜びを思い出しながら、飽きもせずにずっと。
満足するまで。
「やぁ……っや、だぁ……!」
「さっきからそればっかりだな」
「抜いて、すぐる……ぁっ、これ、抜いて……!」
「今挿れたトコだろ。……そろそろか」
突き出たブジ―の持ち手が揺れないよう、腰から下を強張らせながらぎしぎしと手枷を引っ張る悦の顔から、傑が真っ直ぐに視線を下ろす。
視線を辿るまでもなく、その声を合図にしたようにかあっと下腹が熱くなって、悦は自棄のように両手足の麻縄を引っ張った。こうなってしまったらもう、ブジーが動かないように自制したり呼吸を整える意味は無い。
「んんぅうっ……!」
「キた?」
「あ、ついっ……あついぃ……ッ」
「傷つくからあんま引っ張るなよ」
焼け付くような熱さに身悶えながら、悦は勢いよく首を横に振った。無理だ。加減無しに暴れて”プレゼント”を傷つけたらお仕置きされると解っているが、それでも無理だ。
前に使われた時は、そこを開かれること自体に慣れていなかった。慣れた射精の快感とそれに似た感覚だけを使って、心理的な抵抗を塗り替えて邪魔な痛みを消す為だけに傑は薬を使った。だからただ熱い熱いと喚いていられたのだ。
今はもう違う。
「あぅ……うぅぅッ……!」
指も入らないような小さな穴を割り開かれる快感も、狭い管の中を固いものがゆっくり逆流してくるぞわぞわした感覚も、奥の奥にある前立腺をこちら側から嬲られる気持ちよさも、もう悦は覚えてしまった。
燃えるような熱が本当は焦がされるような疼きだと、思いっきりそこをじゅぷじゅぷと犯されないと癒やされることは無いと、そうして貰うと蕩けそうに気持ちいいと、知ってしまった。
目の前の美貌の恋人に、じっくりたっぷり、教えられてしまったのだ。
「……あ、つ……ぅ……っ!」
「熱いだけじゃねぇだろ?」
ぞくぞくと背筋を這い上がるものから少しでも目を逸らそうとする悦を、俯いたその表情を伺うように首を傾げながら傑が嗤う。
「前と違って奥まで挿れてるからな、息する度に気持ちいいだろ」
「んんっ……んー……ッ」
「ちゃんと口開けて、ゆっくり息しろって」
「ぅ、く……っは、ぁああ……!」
「そうそう、そうやってれば少しは動くから」
優しい声に促されるままゆっくり息を吐けば、傑の言う通り、銀色のブジ―の持ち手が僅かに沈み込んだ。じくじくと熱く疼く前立腺を押し上げる先端の球も、それに引きずられてこり、と尿道を取り巻く凝りを柔く引っ掻く。
じわりと頭の芯が痺れるような気持ちよさに、思わず悦の足から力が抜けた、その時を狙って。
「……足りないだろうけどな」
舐め溶かすように甘い声が、残酷な現実を愉しげに叩きつけた。
「あ、ぁ、あぁ……っ」
「その長さじゃどう頑張っても1センチも動かねぇよ。掴んで引っ張れば別だけど」
「っ……ぬ、抜いて……傑、これっ……これ、ぬいて……!」
「動かして、だろ。せっかく疼いてるトコ犯してもらってるのに、無くなっていいのか?」
「ぅ、……うご、かしてぇ……っ!」
「後でな」
言いなりにねだった悦を声だけは砂糖漬けにしたように甘く突き放して、傑は投げ出した足の爪先をぷらぷらと揺らす。
「そーやって藻掻く力も無くなったら、動かしてやるよ」
「やぁああっ……!」
2つ仕込まれた赤い粒は調教用の代物だ。睡眠時間を確保しつつ悦が満足出来るセックスの為、時短に使われるようなヌルい薬とはわけが違う。炙られているような焦燥感と胸を押し潰されるような辛さは、焦らされているというよりは寸止めにされている感覚に近い。
「う、ごかしてっ……ぁ、あ……ッ犯して、なか、ごりごりしてぇ……!」
「ヤダ」
「おねが、ぃ……お願いだからぁッ」
刺激を欲して痙攣する粘膜の動きを拾って、前立腺を貫くブジ―が僅かに、先端の返しの所為で1センチにも満たない幅でこり、とそこを擦り上げては同じ位置に戻る。緩慢な上下運動は疼きを煽るだけ煽って少しも癒やしてくれず、あの頭の中がどろどろに蕩けるような快感を鼻先に見せびらかしたまま、ぐつぐつと耐え難い欲求不満だけを煮詰めていく。
「ふぅ、くっ……うぅッ、ぅう゛ぅーーっ!」
疼きを癒やしてくれるものは目の前にあるのに、自分の体なのに、プレゼントとしてラッピングされてしまった悦には先走り一滴零す自由すら無い。ぎちりと歯を食い縛って焦燥感のままに呻きながら、ぎしぎしと両手足の縄を力任せに引っ張ることしか出来ない。
「だから引っ張るなって」
「ぅあッ……はぁ、あ……っ」
枷に擦れて赤くなった手首がついに血を滲ませる寸前で、愉しげに藻掻く悦を眺めていた傑の右足がひたりと悦の太腿に触れた。ぶるぶると震える縛られた足を更に広げるように緩く踏まれて、ぴんと張っていた縄が少しだけ撓む。
傑のものを傷つけたらお仕置きされる、なんて恐れる余裕は既に無かった。溢れるように涙を零す瑠璃色の瞳を見開いて、悦は自分のそれと違って縄のかかっていない傑の足に、押さえられていない左足を引き寄せて強引に浮かせた腰を擦り寄せる。
「ふ、んでッ、すぐる、踏んで、ふんで下さいっ!」
「プレゼントを踏むわけねーだろ。お前、俺のことそんな真似する奴だと思ってるのかよ」
「ちがっ……そ、そんなんじゃ……!」
「流石に傷つくぜ。クリスマスなのに」
「ごめん、だって、……だってぇ……ッっ」
呆れたように溜息を吐かれて足を遠ざけられ、悦はとうとうしゃくり上げた。思っているも何も、実際にその足で太腿を踏まれていたのだが、正常な思考力なんて燃えるような疼きに焦がされてもう残っていない。
「ひぅ…っ……ぅ、うぅ……!」
「泣くなよ。……わかったわかった、踏んで欲しいくらいに辛いんだもんな?」
「ぅうっ……」
苦笑する傑が伸ばしていた足を畳んで近づき、悦は泣きながら頷いた。理性も知性もある人間を堕とす為の薬は絶頂を遠ざける効能まであるのか、いくら緩いとはいえこれだけ疼いた前立腺を絶えず押し上げられているのに、浅い絶頂すら訪れる気配が無い。強烈で連続した快感に慣らされた悦には、いつもならイける刺激で少しもイけないのが何より辛かった。
「じんじんする?」
「ッ……する、ぅ……!」
「頭ン中の大事なとこ、ぶつぶつ千切られてるみたいだろ」
「ん、ん……ッ」
「この麻縄みたいに。限界まで引っ張られて、端の方からぶつぶつ、少しずつ千切れてる」
「んぅう゛……!」
「今、引っ張られてるのが最後の一本。もうすぐそれも切れるな」
低くゆっくりした声で断定されて、ぎゅっと目を瞑った悦の脳裏に、今にも千切れてしまいそうな麻縄が鮮やかに像を結ぶ。ぎりぎりと縄を引いているのは耐え難い焦燥感と疼きだった。そして左右からそれに引っ張られている麻縄こそが、気が狂いそうな我慢を強いられている悦そのものだ。
一度イメージしてしまえばもう疑いようもなく、間違いなくそうだった。
辛うじて縄を繋いでいた、捩り合わされた頑丈な麻縄を構成する糸の一本が、びりびりと震えている。あぁ、と悦の唇が戦慄く。切れる、切れてしまう。
「―――……ほら、切れた」
「っ……あ゛ああああッ!!」
ぷつん、と瞼の裏の最後の一本が切れてしまった瞬間、悦は目を見開いて体を仰け反らせた。後頭部を枕にがつがつと打ち付けて滅茶苦茶に腰を振りたくるが、ずっぷりと嵌まり込んだブジ―は持ち手を揺らすばかりで、やっぱり目前にある絶頂を引き寄せてはくれない。
「腕解いてっ!これとって、とってぇええッっ!」
仰け反ったまま、腕を縛る麻縄をヘッドボードがみしみしと揺れる程に引っ張って喚く悦から、傑は身も世もなく暴れる体に触れないようにそっと離れた。
実戦に鍛えられた悦の筋力は本物だが、それを縛る麻縄もイメージとは違って丈夫な本物だ。腰が半分浮いて足を肩幅以上に広げた格好では踏ん張りも効かず、上半身を支える柔らかな枕は体を押し付けたらその分だけ沈み込む。
それでも冷静な時の悦ならヘッドボードの装飾を折るくらいは出来ただろうが、今はこの有様だ。
解いて、とって、助けて、と喚きながら縄の所為で狭まった範囲で、ただがむしゃらにのたうち回る悦を最初と同じ位置、同じ格好で眺める藍色の瞳が、うっとりと細められる。
「……可愛い」
叫んで、喚いて、暴れて。
我を忘れて狂乱していられたのは、ものの15分ほどだった。
力任せに縄の繋がった枷を引く痛みはすぐに淡々と蓄積されていく疼きが上回り、腰を振って逃れようとすればするほど、今よりもっと、際限無く辛くなるばかりだと否応なく悦の体に理解させた。
かくん、と足から力が抜けてしまってシーツに落ちた下半身はもう持ち上げられず、縛られた体をめいいっぱい縮めたり、逆に思いっきり仰け反らせてなんとかぐつぐつと煮詰められる熱を散らそうとしたが、それも無駄だった。
結局、食い縛った歯の間からふーふーと荒い息を吐き、吊られた足をびくびくと震わせながら腰を捩るくらいしか出来なくなった頃に、ひたすら愉しそうに悦が藻掻く様を眺めていた傑が動いた。
「傑、すぐるぅ……ッ」
「筋痛めるから力抜いてろ」
「あぅっ……!」
ぐったりと枕に預けていた頭を持ち上げて哀願する悦には見向きもせず、左右の足に繋がった縄を縛り直され、股関節が痛まない限界まで大きく足を開かされる。そうしてますます無防備に差し出された悦のモノを、傑はゆっくり人差し指で撫で上げた。
「あっ、ぁあっ……!」
飲み込まされた5ミリの球の形に膨らんだ裏筋を、根本から先端まで羽根が触れるようにそうっと辿り、期待に目を見開いて凝視する悦に小さく笑いながら、球に堰き止められて先走り一滴零していない尿道口の周りを指の腹でくるくると撫でる。
「ひぐ、ぅうぅ……ッっ」
持ち前の順応性でもってなんとか媚薬に対応しようと藻掻いている悦にとって、疼きを増長させる淡い刺激は拷問に等しかった。口で「早く」なんて急かして機嫌を損ねたら、と思うと軽率にねだることも出来ず、期待を持たせておいて平然とそれを裏切る意地悪な指を視線で追うことしか出来ない。
「悦、今どんな感じ?」
「つ、つらい、ぃ……ッう゛ぁ、あ……!」
「もう我慢できない?」
裏筋のくびれをこしょこしょと擽られながら聞かれて、がくがくと頷く。前立腺と同じように集中的に媚薬漬けにされている尿道口が刺激にぱくぱくと喘いでブジ―を食み、今は何より辛い快感に気が遠くなりそうだった。
「こっちもガチガチだな」
「や゛ぁああっ!」
裏筋を滑り落ちた指先にぱんぱんに張った会陰をくるりと撫でられ、悦は汗だくの体を限界まで仰け反らせた。ぎゅうっと爪先を丸めて強張った足に引かれて腰が僅かに浮き、不規則にびくびく痙攣する膨らみを二本指にゆっくり揺さぶられる。中に通ったブジ―が慣れつつあった蠕動とは違う動きで、それでいて疼きを癒やしてはくれない絶妙な力加減で粘膜を擦り、開きっぱなしの口からかひゅ、と危うい呼吸音が漏れた。
「やめ゛……っぇ……!」
限界まで敏感になった尿道が会陰を撫でられてブジ―を締め付け、先端の球を摘むようにやわやわと揉まれてきゅぅうっと切なく疼き、慰めるには優しすぎる強さと速度でゆったり揺さぶられて視界がブレる。
「ッ……!……っッ……!!」
もう声も上げられず、爪先まで強張らせてぶるぶると震えることしか出来ない瑠璃色の瞳が、見開かれたままぐるんと裏返り―――愛おしげにその頬にキスを落とした傑の手が勢いよくブジ―を引きずり出して、即座に引き戻した。
「ッあ゛ぁ!?ぁッ……あぁ゛あーーっ!!」
ちゅぽん、ちゅぽん、と連続して引き抜かれていった球が拡張され続けていた前立腺を思いっきり叩き、瞼の裏から戻ってきた悦の目の前が真っ白に染まる。押さえられて動かせない腰の代わりにびくびくと跳ねるモノは、そのままぐつぐつに煮詰められた精液を吐き出そうと脈打っていたが、最後に残った球がそれを許してくれなかった。
「ぁひッぃい……!ッいや、ぁああ……っ!」
尿道口をぴったり塞ぐ球によってぴゅく、と濁った先走りを跳ばすことしか出来ず、苦しそうにぱくぱくと喘ぐ小さな穴に、駆け上ったものを押し込めながらゆっくりとブジ―が埋められていく。くぷん、と小さな球を飲まされるだけでも薬に高められた粘膜には凄まじい快感で、押し戻される切なさと綯い交ぜになった浅い絶頂が連続して小刻みに悦の意識をぶつ切りにした。
こりこりと尿道口を嬲りながら先端が元通りに前立腺の真ん中に辿り着き、締め付けられるような甘い切なさに身を捩った悦の耳元に、とん、とん、と持ち手を指先で叩きながら傑が顔を寄せて囁く。
「……今度はひとつずつ、ゆーっくり抜いてやるからな」
「ッっ……ぁ、あ……!」
「ちゃんと見てろよ?」
促すように耳朶を食まれてそろそろと頭を持ち上げた悦の前で、銀色の球がちゅぽん、とモノから抜けた。細い棒の部分はほとんど何の抵抗もなく、奥深くで前立腺をゆっくり擦り上げながらするすると抜けていき、次の球がぐにゅりと尿道口を押し広げて、またちゅぽんと抜ける。
「ひぁッ、ぁ……ぁぁあ……んぁあっ!」
薬で赤く熟れた小さな穴からぬらぬらと体液に濡れた球が出てくるのは寒気がするほど厭らしく、飲み下す余裕の無い唾液を零しながら悦は小さく首を横に振った。先端が前立腺を抜けてしまって堪らなくそこが疼くのに、絶え間なく擦られ押し広げられる尿道口は気持ちよくて、じわじわと射精させられているようなのに堰き止められたままだから苦しくて、もうわけが解らない。
「ひぅうッ……ぅ、うぅ……ッ!」
「えーつ」
「ッうぁ……ぁ、あぁ……ひんっッ」
耐えきれずに目を閉じると手を止められて、慌てて開いた滲んだ視界に、それまでより乱暴に引き抜かれた球がずぷりと沈められるのが映った。完全に見えなくなった所で堰き止められた精液を掻き混ぜるようにゆっくり捻られ、また勢いよく抜かれて、ひくひくと震える小さな口を短いストロークでこりこりと嬲られて叱られる。
「ゃあぁッ、み、てるッ、見てるからぁッっ」
「……」
「ごめ、んなさっ……ぁあぁ……ッごめんな、さいぃ……!」
泣きながら謝ると、出入りを繰り返していた球はようやく完全に抜かれた。ほっと息を吐いたのも束の間、すぐに次の球が嬲られてより敏感になったそこを押し広げながら抜け、その次が抜け、カリの下辺りまできた熱が開放を求めてぐるぐると渦を巻く。
出したい、イきたい、と息を呑んでそこを見つめる悦をたっぷり焦らしながら、今までよりも遅いペースで次の球が抜け、とうとう最後の1つになった銀色が白濁を纏わりつかせながらぐぷ、と顔を出した。
「あ、ぁ、あっ……ひぃいっ!?」
瞬きを忘れて見ていた尿道口からちゅぽんと最後の1つが抜けた瞬間。溢れるように精液を吐いた狭い管をカリ下に巻き付いた指に締め上げられ、開放の快感を寸前で取り上げられた悦は思わず傑を振り仰いだ。
「なんでっ、やだ、やだぁっ!」
「出したら薬流れるだろ。折角だしもうちょい楽しもうぜ」
「も、いらないっ、くすりやだっ……あぁっ……やだぁあ……ッ!」
白目を剥いて気絶する寸前まで追い込んでおいてまだ足りないのか、気楽な調子で言う傑は指の輪で精液を堰き止めたまま、ロールケースから新しいブジーを抜き取る。柔らかいシリコンで出来た細い芯に、ブラシのような細かい毛とツブツブした凹凸が交互に並んだ薄ピンクは、悦を泣かせることに特化した傑のコレクションの中でも特に凶悪な一本だ。
「傑、それやだっ……が、ガラスのやつがいい……っ」
「アレじゃ奥まで届かねぇだろ。そんなに焦らされてぇの?」
「やだ、やだぁ……!」
「じゃあ大人しく泣いてろ。疼いてるトコ全部、これで引っ掻いてやるから」
「ひぃい……ッ!」
これで、と言いながら先端から5センチほど続くブラシ部分で尿道口をざらりと舐められ、悦は吊られた足先をぎゅうっと丸める。
駆け上がった精液に反応した薬の所為で粘膜はまた酷く疼き始めていて、思いっきり掻き回して欲しいけども挿れられてしまったら射精は出来ない。なのに触手染みた繊毛に擦られたら、絶対今より一層出したいという欲求は強くなる。
もう我慢は嫌だ。だけど、でも。
「ぁ、待ッ……あ゛ぁあああっ!」
堂々巡りの葛藤は、悦の希望など最初からほぼ聞く気の無い傑が持ったブジ―によって、重たいドライの絶頂に呆気なく吹き飛ばされた。
「は、ひッ……ひぃい、ぃ……ッっ」
「傷つくからあんま暴れンなよ」
挿れられただけでイってブジーの隙間からぴしゅ、と細く精液を吐き出した悦の中に、傑は無茶な注文をつけて更にブジ―を埋め込んでいく。ブラシ部分で尿道口をじゅるりと舐められてまたイき、イき終わらない内から今度は凹凸にこりゅこりゅ嬲られて膝下をバタつかせ、きゅんきゅんと疼く前立腺を辿り着いた細かなシリコンの毛にぞりゅ、と擦られて、がくんと悦の顎が跳ね上がった。
「ひぐっぅううっッ!」
手足の先まで強張らせたまま戻って来られない悦にもお構いなしに、最初のものよりも長いブジ―は膀胱の寸前まで悦のモノを貫き、最初の衝撃が引ききらない内に、ゆっくりとした注挿が始まる。
ぞりゅ、ぞりゅ、ぐちゅう、
「と、けるぅッ!とけひゃぅう゛うっ!!」
「溶けねーよ」
笑う傑が一番深くまで挿れたブジ―をくりくりと回し、前立腺や尿道口は勿論、薬に侵された尿道全体をそれまで以上に揉みくちゃにされた悦は両足を爪先までピンと伸ばして泣き叫んだ。絶えず熟れた粘膜を繊細に擽られてもうずっとイったまま降りられないのに、柔らかい癖にコシのあるシリコンの一本一本にぴんぴんと弾かれて撫でられる度に後から後から細かい波が襲いかかって、白く飛んだ視界にちかちかと星が散る。
「あ゛ーーっ、あ゛ぁーーーっッ!」
「10回くらいイった?……もう境目なんてねぇか」
「ひぃい゛いいっ!?お、ろしっ、おろ、ひてぇ゛っッ」
「ちゃんと降ろしてやるから、余計なこと考えないでイってろ」
「んゃあ゛ぁあ゛あッっ!!」
隙間から染み出した精液が泡立つまで掻き回され、一番高い所で3回吹き飛ばされた意識を3回叩き起こされて自分がどこに居るのかも、見上げているのが天井なのか床なのかも解らなくなった頃、悦はようやく快感の嵐から元のシーツの上に降ろされた。
「はぁっ……ぁっ……!」
「いっぱいイけたな。気持ちよかった?」
しっとり汗に濡れて張り付いた前髪を払ってくれる傑に、言葉の意味も解らないまま小さく頷き返す。ブジ―はまだ深く刺されたままで、啄むようにキスされるだけできゅうっとそこを締め付ける前立腺を、やわやわと柔らかな突起が撫で回していた。
「じゃあ、次はこっち、準備しよーな」
「ふぁ……あ……っ」
鼻先にちゅ、とキスをして密着していた体を離した傑が、ロールケースの隣に置かれていた細身のバイブを取ってローションをまぶす。そんなオモチャじゃなくて傑のモノが欲しかったが、準備と言われては頷くしか無く、悦はローションを馴染ませるようにぬるぬると擦り付けられるバイブに素直に息を吐いた。
「いい子いい子」
「ぁああ……っ」
頭を撫でてくれる傑の手にふにゃりと目尻を下げながら、呼吸を深くしてずぷずぷと埋められるバイブを受け入れる。細い代わりに長いバイブには胴体部分に蛇腹のような段差がたくさんついていて、こりこりと引っ掻かれた前立腺を根本近くの膨らみで押し上げながら、最奥の行き止まりの一歩手前にまで入り込んだ。
「んんっ……はぁ、あぁああ……っ!」
詰まりそうになる息を吐いたのに合わせて、内壁のひだを段差で捏ね回し、こんこんと前立腺をノックしながらバイブがゆっくり引き抜かれる。みっちりとナカを広げるだけの太さが無いぶん当たりどころも強弱も自由自在で、それまでの激しさとは一転して蕩けるような快感に、悦は泣き腫らした両目をうっとりと瞬かせた。
尿道に仕込まれた薬はもう殆ど抜けていたが、散々イかされた体は薬なんて必要ないくらいに敏感になったままだ。ローションの滑りを借りてぬるぬると縁を擦られるだけでも震えるほど気持ちよく、それを知っている傑は角度をつけた先端を前立腺から反らして、割り開かれるぞわぞわした快感を繰り返し味わわせてくれる。
放ったらかしにされた前立腺が甘く疼き始めた頃につるりと丸い先端でそこをぐぅっと押し上げ、ブジ―と挟み撃ちにされた凝りを優しく揺さぶり、蛇腹で擦り上げながら奥まで挿れて、そのまま持ち手を捻って必死に絡みつこうとする内壁をじっくり掻き回してから、またゆっくり引き抜く。
「ふあぁぁ……それっ……き、もちぃ……きもちいぃ……ッ!」
「次はどこイジメて欲しい?」
「お、くっ……奥、いじめてぇ……っ」
「ここ?」
持ち手ぎりぎりまで埋められたバイブの先端が最奥のすぐ側をくん、と押し上げ、悦はふるふると首を横に振った。そこじゃない、もっと奥、と腰を揺らすが、既に限界まで挿れられたバイブはどれだけ誘い込んでも行き止まりを突き上げてはくれない。
「そこ、じゃなっ……あぁあッ……すぐる、すぐるぅ……っ!」
「届かないんじゃしょうがねーな。こっちは?」
ここも好きだろ、と蛇腹でこりこりと前立腺を引っ掻かれ、悦は切なげに眉を顰める。勿論そこだって大好きだし、そうされると振動が響いてブジ―についた繊毛にもこしょこしょと内側から擦られて、腰が砕けそうに気持ちいい。でも違う。こんな緩やかな甘イキじゃなくて、もっと奥深くで思いっきりイきたい。
一度欲が出てしまうともうダメだった。バイブは一番太い所でも精々指二本分で、思いっきり締め付けてみたって蛇腹の所為で隙間だらけで、満たされる充足感には程遠い。丸まった先端も、きゅんきゅんと疼く最奥には寸前の所で届かない。
「これやだ、もうやだぁっ……すぐるのがいい……!」
「もうちょい広がったらな」
「もういいっ、もう、ぐちゃぐちゃになった、なったからぁっ」
「だーめ」
「ひぁあっ……!」
ずぷずぷと根本までバイブを受け入れたそこはもう十分過ぎるくらいに蕩けているのに、傑は頭の芯が痺れるように甘い声で悦をあやしながら、ぱちんとバイブのスイッチを入れた。細身を補う強烈な振動が売りのモデルなのに、ブブブ、とくぐもった駆動音はパターンも何も無く、おまけに最弱にまで絞られている。
それでも動かして貰えれば少しは満足出来るのに、やっぱりそれも知っている傑は小さく震えるバイブから手を離してしまった。緩い振動で蕩けた内壁を今以上に、傑のモノを挿れられただけで何もかも吹っ飛ぶような状態になるよう焦らしながら、用意されていた玩具の最後の1つ、ローターを持ち上げる。
「いれて、傑、いれてぇっ……んぁあっ!」
身を捩って懇願する悦の頭を嗜虐的にギラつく藍色とは正反対の優しさでよしよしと撫でながら、傑はバイブと違ってビーン、と空気が震えるほど激しく振動するローターを、ラッピングの時に弄られなかった方の乳首に押し当てた。ぎりぎり触れるか触れないかの所で鋭敏になった皮膚の表面だけをびりびりと震わせ、先端から円を描くようにして小さな突起をむず痒い快感でいっぱいにしながら、柔らかく額を押さえて上向かせた悦の唇を自分のそれで塞ぐ。
「んむっ、うぅうっ……うー……ッ!」
体中の特に感じる場所をいっぺんに責められているのに、どこもかしこも気持ちいいのに、それでも求めている快感にはあと一歩足りず、体の奥深くの切なさがますます酷くなる。せめて気を紛らわせて欲しくて自分から傑の舌を追いかけるが、ゆるゆると舌先だけを絡められるばかりで尚更焦れったさが募り、悦は吊られた膝下をぱたぱたと力なく藻掻かせた。
両腕が自由なら思いっきり傑にしがみつけるのに、足が片方だけでも自由なら下着を押し上げている固いモノを引き寄せて自分から擦り付けることも出来るのに、縛られた体ではそのどちらも叶わない。がちがちに拘束された体をほんの少し捩りながらどこもかしこもいいように開かれて、泣きながら傑がその気になってくれるのを待つしかない。
ただすすり泣いて慈悲を乞うなんて全然柄じゃないのに、傑以外なら調子に乗るなと頸動脈を食い千切ってやる所なのに、愛おしそうに細められた藍色に見つめられていると、自由を奪われて好き勝手に愛玩されることにすらぞくぞくと快感が昇ってくる。もっとぐちゃぐちゃに、こんなことを考えることも出来ない有様にされたくなってしまって、体の奥と頭の奥が同時にきゅうきゅうと切なく疼いた。
「……口ン中あっついな」
「ぷぁ……あ、はぁあ……っッ」
ゆっくり舌を解いた傑が、どろどろに煮え滾った目で笑う。ローターを放り出した手が胸板を撫で下ろして臍の下で止まり、バイブでは届かない行き止まりの真上を指先で押されて、悦はぽろぽろと涙を零しながらか細く喘いだ。
「いれて、ぇっ……!」
「今挿れたらすぐトぶだろ。ちゃんと我慢できるか?」
「んっ、んんッ」
「ここまで入っても?」
「する、我慢、するからぁ……ッ」
「トんだら解すとこからもっかいやるからな」
藍色を見上げたまま必死に頷くと、くりくりと下腹を撫でていた手が首の後ろに回され、背もたれになっていた枕が3つ纏めて引き抜かれた。首をしっかり支えて悦の背中をシーツに降ろしながら枕を落とした手がバイブの台座を引き、震えたまま引き抜かれてぽっかりと口を開けた後孔がほとんど天井を向くような角度で縄と腰の位置を調整される。
「はっ……はぁっ……!」
「苦しい?」
「っ……!」
「……可愛いな、ホント」
やっと挿れて貰える、と期待に呼吸も鼓動も早めて瞳を濡らす悦の頬をするりと撫でて、独り言のような声音で呟きながら傑が下着を脱ぎ捨てた。ごく、と大袈裟に喉を鳴らした悦が見つめる前で硬く反ったモノに雑にローションをぶっかけ、軽く扱いてたっぷり濡らした先端を押し当てながら、悦の顔のすぐ隣に両手を突く。
「イったら絶対トぶから、俺がいい、って言うまでイくなよ」
「うん、うん……ッ」
到底出来るとは思えなかったが、それでも頷くしか無い。ぎゅっとシーツを握り、足先を丸めて衝撃に備えると、ふっと零れるように笑った傑のモノが万全に準備された後孔をぐぷ、と押し開いた。
「ひっぐ……!!」
カリまでを一息に挿れられただけで容易く弾けそうになる快感を、悦は歯を食い縛ってなんとか堪えた。とろとろに解された内壁がみっちりと押し広げてくれる灼熱に一斉にしゃぶりついて、もっと奥に引き込もうと蠢いているのが分かる。精一杯噛み締めていた奥歯が小さくかちかちと鳴る。
「ここ、抉るからな」
ちゃんと我慢しろよ。低く囁きながら会陰を撫でられて、悦は懸命に息を整えながら微かに頷いた。我慢、我慢しなきゃ、奥まで挿れて貰えない。
「あ、あ、あぁッ……!」
引き千切らんばかりにシーツを握り、ぴんと伸びようとする膝下と反り返ろうとする背を無理矢理丸めて、悦はブジ―が通ったままの前立腺をゆっくり抉られる快感を必死で受け止めた。どうしてイかずにいられているのか自分でもよく解らないまま、引き込む動きに逆らわずにじわじわと埋められるモノの熱さに明滅する両目を懸命に開き続ける。
「ん、……次はお待ちかねの”奥”」
「はぁっ、はっ、はぁ……ッ!」
「我慢出来たら最高に良くしてやるから、頑張れよ」
「ふぅ、うぅうっ……!」
浮かせた右手で涙を流し続ける悦の目尻をそっと拭って、それまでよりもゆっくりと進められた先端が、ついにきゅうきゅうと疼いていた最奥をこつんと叩く。
柔らかくキスするように押し付けられただけなのに、その快感と多幸感たるやびりびりと指先まで痺れるようだった。隙間なくぴったり埋められたひだのひとつ、細胞のひとつが歓喜して、縛られた腕の代わりにぎゅうぎゅうとしがみついている。
それでも悦は耐えた。普通なら何度も、傑が言う通り失神するまでイきまくっていたに違いない眩むような快感の大波に、震えながら耐えた。
「……マジでイかなかったな」
「はやくッ……も、むり、むりだからぁ……っ!」
「よしよし、偉い偉い」
珍しく本当に驚いたような顔からとろりと目を細めた傑が、今の状態を保つだけで精一杯な悦の頭を撫でつつ、そのままくん、と最奥を抉る。
「イけ」
その声が鼓膜を震わせて脳に届いた瞬間、押さえつけていた全てが弾けた。
「あ゛っ……―――――ッ!!」
「んん……っ」
呆気なくてっぺんまで叩き上げられてぱつん、と跳んだ意識を、ずっしりと押し潰されるような重い快感が間を置かずに叩き落とす。落ちた所でまた打ち上げられ、落ちた所でぎちぎちに食い締められてくっと俯いた傑の表情が見えてしまって、もう一段高い所まで一気に昇り詰める。
「あ゛ぁっ……あ、あッ……ぁああぁ……っ!」
「……あっぶね」
持っていかれそうだった、と苦笑する声に知らず仰け反っていた頭を戻すと、抱き込むように顔を寄せた傑に甘えた仕草で頬を擦り合わされて、腰なんて一ミリも動かされていないのにそれだけでまたイった。体の中も頭の中も熱くて熱くて、本当に溶けてしまいそうだ。
「すぐ、るっ……すぐるぅ……ッ」
「ん、……ここ、イジメて欲しい?」
頭の芯までどっぷりと浸された多幸感のままに甘えた声で呼ぶと、気が遠くなるほど凄艶に笑った傑がすり、と悦の下腹を撫でる。夢中で頷きながら動きやすいようにと全力で少しばかりナカを緩めると、ちゃんと気づいてくれた傑が褒めるように額にキスをくれて、折角緩めた所がまた締まった。
「あッ、ぁあ゛ぁーーっ……!」
その、ぎゅうぎゅうに締まって絡みつく内壁にもお構いなしにゆっくり腰を引かれて、傑の手の下にある腹筋がびくびくと波打つ。感じる所を残らず引っ掻かきながらカリまでが抜かれ、寂しがってちゅうちゅうと吸い付く縁を捻じ伏せるようにこじ開けて、掻き分けられるひだのひとつひとつまで感じられるくらいにじっくりと、少しずつ。
「あぅ゛うぅっ……んうぅー……ッ!」
ねっとりと焦らすような腰使いに思わず首を振るが、一番気持ちいいやり方を知っている傑は宥めるように頭を撫でるだけで、侵略の速度を早めてはくれなかった。ごりり、と固く張り詰めた前立腺を下から上まで抉り、絶妙な角度でイって痙攣する粘膜越しに精嚢と膀胱を擦り上げ、悦の頭の中が浅ましい期待でいっぱいになるようにゆるゆると注挿して狙いを定めてから、ぱちゅん、と突き上げる。
「ひゃぁああッ!!」
「悦、締め過ぎ」
「いぃっ!?いま、いまだめッ、それだめぇッ!」
苦笑した傑に内壁を振りほどくようにじゅくじゅくと腰を使われ、悦は両手足を引き攣らせて悲鳴を上げた。軽く突かれただけでイくほど敏感になった最奥は緩く捏ねられるだけでも凄まじい快感で、仰け反って見上げた天井にバチバチと火花が弾ける。
「イくっ!またイくぅッ、い、ってるからぁっッ……あぁあ゛あぁぁッ!」
「ぐりぐりされるの気持ちいい?」
「き、もちッ、いい、からぁっ!あぁあッ、また、またぁあっ……!」
「これは?」
「かふッ……!」
押し上げられたままゆっくり捏ね回されていた所を不意打ちでぱつん、と突き上げられて、ばたばたと宙を蹴っていた足が爪先までぴんと伸びる。くたりと膝下が折れた所でまた突き上げられてぴんと伸びる様を肩越しに見ていた傑が、ははっ、と乾いた声で笑った。
再び悦を真上から見下ろした藍色の中で、度し難い熱量で煮え滾った溶岩がどろりと渦を巻く。
「こんなに喜ばれると、ヤり甲斐あるな」
間近にその様を見てしまって「ひっ」と小さく悲鳴を上げた悦を嗤いながら、傑はそれまでよりも長いストロークで最奥を突き上げた。びくん、と全身を跳ね上げて叩き上げられた悦が降りるのを待って半ばまで腰を引き、今度はそこから一気にごちゅんと突き上げる。
「ぁあ゛ーーッ!あぁあーーーっッ!」
「腰逃がすなよ。当ててやれねぇ、だろ」
「やぁあ゛あッ!あぁあ゛ああっ!!」
僅かな逃げすら許されず、真上から串刺しにされたまま一番気持ちいい角度になるように調整されて、感じるポイント全部を的確に抉りながら一番奥まで、何度も何度も。
「こすれっ、こすれてぅう゛うッ!」
「あ?……あぁ、ここ?」
「そこぉっ!ひっかかって、るっ、だめ、逃してッ!にげさせてぇえっ!」
「逃がすわけねぇだろ。そこ狙ってやるから大人しくしてろ」
「ぁう゛ぅッ、はひ、ぃっ!ぁッ、あ゛ーーっ!」
「……はは、イきっぱなし」
いつものセックスならともかく、一突きごとにイった上に失神して叩き起こされている今の状態ではとてもその激しさについていけず、悦は縛られた体を精一杯傑に擦り寄せながら絶叫した。
「もぉ、だし、てぇッ!あぁ゛ああっ……!すぐる、しゅぐるッ、!」
「っ……はいはい」
もう終わりにして、と顔をぐしゃぐしゃにして泣き喚く悦に小さく息を詰めた傑が、冗談めかして笑いながら揺さぶられてぴたぴたと悦の下腹を叩いていたブジ―を掴み、一際強く突き上げると同時に、ずるりとそれを抜く。
「ひぃ゛っッ!!」
想像だにしていなかった刺激にみし、と縄の繋がったヘッドボードに危うい悲鳴を上げさせた悦の中に、恐ろしい持久力を見せつけていた傑のモノがようやくどくりと熱を吐き出した。それを追うように悦のモノからも勢いのない白濁が溢れ、更にはしょろしょろと潮混じりの尿まで漏れ出すが、”街”の天井より高い所まで打ち上げられてしまった悦はそれどころでは無い。
「あ゛……あ゛……っ……ぁ……ッ」
熱い傑の精液が粘膜を叩くのも、じんわり痺れたような尿道を液体に擦られるのも、切れ切れの自分の呼吸や痙攣する肌に触れるシーツさえ、電流のようだった。信じられない速度で信じられない高さに打ち上げられたまま、気絶さえ出来ずに、戻ることも出来ない。
降りられない。
「あー……最高……」
強すぎる衝撃に五感が鋭敏になった悦の耳元で、低く掠れた声がぼそりと呟く。慄く悦を他所にひたすら満足そうな溜息を吐いて、強張ったままぎくんぎくんと跳ねる手足の枷から縄を解き、シーツから浮いた背と首の後ろに手を回して、抜群の安定感で抱き上げてそのままストン、と。
「っぁ゛……はぁッ……!」
その膝の上に降ろした。
「気持ちよかったな、悦?」
「ぁ……あ……っ」
「俺も最高にヨかった」
降りられないと藻掻いていたのが嘘のように呆気なく自分の上に降ろして見せた傑が、甘い声で囁きながらまだ少し強張りの残った悦の体を抱き締める。引き寄せられるままにその肩にこてんと頭を預けると、あまりの衝撃に吹き飛ばされていた筈の快感が、やっぱり嘘のようにじわりと余韻になって戻ってきた。
「す、ぐる……」
その気になれば片腕どころか、指一本でだって万全に支えてくれる腕の持ち主を呼びながら、悦は心地いい余韻に従ってくったりと全体重を預ける。
毎度毎度、どんな魔法だと思うような降ろし方だが、毎度のことなので今更驚きはしない。これは流石に無理だろうと思うような高みからも、傑はいつだってちゃんと降ろしてくれる。一瞬でも降りられないと怯えたのがバカバカしく思えるような平然とした顔で、こんな風に。
「は……ぁあ……っ」
「痛くない?」
思いっきり引っ張った所為で枷が擦れた手首を撫でながら聞かれて、悦は頭を乗せたまま首を振った。汗ひとつかいていないさらさらした傑の肌に、涙やら唾液やら汗やらでべたべたになった顔を遠慮なく擦り付ける。
「……最高のプレゼントだった」
「ん……」
「ありがとな」
「……ん」
微睡むような心地よさに浸ったまま、リボンに見立てた赤い枷を着けた手首と指先にキスをする傑の、気障な仕草が全く嫌味にならない横顔を悦はふわふわしながらぼんやり見つめ、
……だった?
一度は聞き流した言葉に聞き捨てならないものを感じて、うっとりと細められていた瑠璃色をぱちりと開いた。
「……」
「悦?」
サイドボードの時計を振り返れば、時刻はようやく日付が変わろうとしている所だ。明日、というか今日はソファを買いに行くが、セール品を狙っているわけじゃないので昼過ぎから動いても十分間に合う。Z地区育ちの男娼にとってはサンタクロースなんてコスプレの題材くらいの知識しか無いが、メタボ体型でトナカイに余計な負担をかけるあのオッサンだって、こんな宵の口は絶賛領空侵犯中の筈だ。
それに何より、数え切れないほどイった悦に対して、傑はまだ一度しかイっていない。
あんな思いをして用意したプレゼントを一回きりなんて、しかもこのクリスマスに意識がはっきりしたままベッドを降りるなんて論外だ。無意識に漏らしてもらったものについては取り敢えず気付かなかったフリをして、悦は枷を嵌めたままの腕の輪に傑の頭を通し、最高に整った顔を引き寄せてキスをした。
「ん……んぅ、う……っ」
「……えつ、」
「はぁっ……んむ、んんっ……」
やんわり静止しようとする傑を無視して舌を絡ませ、刺激しないように抜かれずにいたモノを意識してきゅっと締めつける。ガンガンに突き上げられて「もう終わりにして」と願ったのは本心だが、それはあの状態だったからだ。
たった二時間足らずの酷使で壊れるような、ヤワな粗悪品を恋人に贈ったつもりは無い。
正常位で1回、バックで2回、腕も足も萎えて潰れた所を寝バックで1回。
最初と比べればゆったりしたペースで、それでも各ラウンドで最低でも5回はイかされて腰砕けになった悦を、傑は容赦なく座った自分の上に跨がらせた。
「はぁうぅぅ……!」
じゅぷん、と自重で奥深くまで突かれた悦の縛られた腕の輪に頭を通し、強制的にその首に抱きつくような格好にさせた傑が、もう出したくても先走りか潮くらいしか出せなくなったモノに、緩く湾曲した先端だけが雫型に5連になって膨らんだブジーを埋め込んでいく。
「やぁあっ……も、そこやだぁ……っ」
掠れた声で泣いてみるが、勿論傑は手を止めてくれなかった。ぎゅうっと縋り付いてひんひん泣く悦の背を宥めるように撫でながら、膨らみをがっちり前立腺に食い込ませてこりこりと刺激する。
「あぁっ、あ、ぁあー……っ!」
ただでさえ凶悪な角度がちっとも衰えない傑のモノに中から押し上げられているのに、その上から更にそこを転がされて、ブジーの隙間から掻き出されるように透明なものが溢れた。さらさらとしたそれが潮なのか、それとも極限まで薄められた精液なのか、もう悦には解らない。
前立腺を嬲られてナカをぎゅっと締め付けてしまい、ごりごりに天井を抉られて咄嗟に浮かしかけた腰を、肩に置かれた手がずぷんと押し戻す。奥の奥までみっちりと広げて押し上げられたまま、腰を使う代わりにブジ―を大きく上下されて、悦はしっとり汗ばんだ傑の首筋に頭を擦り付けた。
「こりこり、しないれぇ……ッあ゛ぁぁ……ぁーっ……」
「もう空っぽになったか?」
とっくにすっからかんになった袋をふにふにと揉みながら聞かれ、悦は虚ろな目で頷いた。ブジ―や傑のモノでいくら刺激されたって、もうバックの半ばからそこは色のあるものを出せていない。
「な、った……ッなり、まひたぁ……!」
「じゃあこれで最後にするか。また一緒にイこうぜ、悦」
「いけな、ぃ……も、いけないぃ……っ」
「連れないこと言うなよ」
言葉とは裏腹に獰猛に光ったままの目で嗤って、傑は背中を撫でていた手を悦の腰に回して引き寄せた。自分の腹と傑の腹の間にブジ―が食い込んだままのモノを挟まれて小さく跳ねる蜂蜜色を優しく撫でながら、ぐんと力強く突き上げる。
「あひっ……!」
「すげぇ音するな」
すぐ耳元にある傑の喉が腹の底に響くような低音でくくっと愉しそうに笑う。縋るようにその背中に爪を立てて、悦はぶちゅ、ぐちゅん、と自分の内側から響く音に小さく首を振った。
「ゃ、ぁあぁ……ッ」
体位の関係でストロークが短い所為か、それともほとんど隙間なく抱き合っている所為なのか、粘着質な水音がいつも以上に大きく聞こえる。溢れるほど注ぎこまれたものと一緒に、とろとろに蕩けた内壁が硬く反ったモノでぐちゃぐちゃに掻き混ぜられる、震えるほどにイヤらしい音が。
ぐっぽり行き止まりに嵌め込まれた先端でそこをにちにちと捏ねながら、揺するように裏筋を擦り付けられて圧迫されている前立腺をブジ―の膨らみでこりこりに転がされ、ぱちぱちと視界が弾ける。前後に揺らされているだけで容易く遠のきそうになる意識を、響く水音が聴覚からも犯し尽くしていく。
「っ……ひゃっ……あぁぁぁッ……!」
かくん、と落ちた意識を赤く膨れた乳首を摘んで引き戻され、悦は傑の背中をかりかりと引っ掻いた。少し撫でられるだけでびりびりと電気が走るようなそこを弄られながらナカを掻き混ぜられると、今自分がどっちでイっているのかも解らなくなってしまう。
両方かもしれない。
もう解らない。
「っあ、ぁ……あ゛ーー……ッ」
「どこが一番気持ちいい?」
びくびく痙攣する腰を回された腕で前後にゆっくり揺すられ、摘まれた乳首の先端をすりすりと撫でられ、引き締まった腹筋にブジーが刺さったままのモノの裏筋をぬるぬると擦られながら聞かれて、悦はかくんかくんと不安定に頭を揺らしながら傑を見上げた。
触れられている所全部が堪らなく気持ちいいから、一番なんて解らない。選べない。と半分焦点の飛んだ目で訴えると、根本から先端までぴったり悦が一番気持ちいいところを押さえたモノが少し大きくなって、見上げた傑が蕩けるように笑う。
「かわいい」
「あ゛ぁっ……!」
ぎゅっと抱き寄せられた耳元に囁かれると同時にブジ―が引き抜かれ、一番奥に弾ける熱を感じながら自らも胸元まで潮とも精液ともつかないものを飛ばした所で、悦の意識は遂にぷつんと切れた。
「これってどこまで信用できンの?」
メープルシロップとバターたっぷりのワッフルをコーヒーとミルクが3:7のカフェオレで流し込み、空になったグラスを枕元に置かれたトレイに乗せて、悦はぐるりと赤く枷の痕が残る手を伸ばした。
同じようにうつ伏せで横に寝転んだ傑が持つタブレットの中、どこぞの有名デザイナーの作であるらしい布張りのソファについた「撥水加工」のラベルを指差して、もう片方の手で頬杖を突いたまま軽く首を傾げる。デザインは好きなのだが、水に強い布というのがどうにも悦には想像がつかない。
「なんか零してもすぐ拭けば大丈夫とか、そういう感じだろ」
「すぐってどのくらいすぐ?」
「んー……」
寝ている間にローションの一滴も残さず洗い流された体と同じく、さらりと乾いたシーツを腿まで跳ね上げた悦をちらりと見て、傑は画面を「商品詳細」ページに切り替えた。目がチカチカするような文量で詳細に記載された、各部位の寸法を示す数字だの、原材料だの使用特許だのデザイナーの経歴だのの呪文の羅列を瞬き2回分の時間でざっと読み、ソファのグラビア写真集のような「商品外観」へとページを戻す。
「水なら10分くらいは保ちそう」
「10分……まぁそーだよな、布だし」
やっぱ革かぁ、と膝下をぱたぱた揺らして画面を商品一覧ページに戻しながら、悦はタブレットを見たまま頬杖から顔を上げた。一口大に切られた少しビターなチョコワッフルを今度は苺と一緒に、メープルシロップ掛けのプレーンと同じく傑に口まで運んで貰って、さくさくでジューシーなそれをもぐもぐやりながらタブレットを操作する。
やっぱりチョコと苺の組み合わせに間違いは無い。甘いものが苦手な傑がその最強タッグを把握したメニューを作れているのは、偏に今日までの悦の教育の賜物だ。昔は全体の栄養価における砂糖とカロリーの比率がまるでなっちゃいなかったが、最近は何も言わずともダイエットの怨敵みたいな最高に悦好みの朝食を作ってくれる。
「カウチ欲しいんだろ?」
「でもこっち、これ、リクライニングついてるんだよ」
「あー……これもイイな」
「な。オットマンってなに?」
「足置き。その小さいやつ」
「この宇宙みたいなので2人用ってねーのかな」
「宇宙?」
「こーいうやつ」
巨大なボールを斜めに切って中にクッションを敷き詰めたようなソファを指差すと、傑はカリカリに焼かれた分厚いベーコンを切り分けながらあぁ、と頷いた。この前一緒に見たSF映画に出てきた宇宙船の運転席が、丁度こんな感じの作りだったのだ。
映画の中ではそら豆のサヤみたいな形の3人掛けタイプもあったのだが、このソファ専門店のカタログには載っていない。映画のようにクッション部分がスライムになっていたら即決したのに。
「体に合わせてソファが動いてくれるって最高だよな」
「バリアも付いてるしな」
「スライムにすり潰されたハゲって航海士だっけ?」
「整備士じゃなかったか?航海士はゴリラとステゴロしてた奴だろ」
「あー、そっか。トカゲと青姦した奴って髪あった?」
「襟足だけ生き残ってた。……このベーコン美味いな」
「んむ」
そろそろしょっぱいものが欲しいと思っていた所に差し出されたベーコンにぱくりと食いつきながら、悦は思わずといった様子で呟いた傑に得意げにふふんと笑って見せる。甘いワッフルの口直しのつもりでこれを焼いてきた傑は知らないだろうが、何を隠そうこのベーコンは、半年待ってやっと手に入れたE地区の肉屋の裏メニューだ。甘党の悦が食べてもこんなに美味しいのだから、辛党の傑が不味いと思う筈がない。
「ブロックで買ったから、つまみにマスタードで炒めたやつ作ってやるよ。ペッパー多めで」
「悦さん大好き」
「重てぇ」
おどけた傑が抱きついて頬ずりしてくるのに笑いながら、悦はごろりと横に転がって長い腕から抜け出した。自分の体で巻き取るようにして傑からシーツを剥ぎ取り、更に転がろうとした所をシーツを掴んだ傑に引き戻されて、シーツごと抱きしめられた体がぐるんと傑の胸の上に乗る。
「ぅわっ!……んんっ」
傑の太腿を跨いだ膝を押されて跳ね起こそうとしていた上半身ががくんと沈み、頭突きを回避する為に上げた顎を掬い上げられて唇が重なる。腕を突っ張って逃げようとした所を抱えられたままごろん、と転がされて上下が逆転し、真上から顔中に降るキスの雨に悦は大袈裟に足をバタつかせた。
「ど、んだけ喜んで……っんむ……犬かてめぇ!」
「この俺を犬呼ばわりとはいい度胸してンな」
「どの俺だよ、っんん、……んー……!」
芝居がかったセリフに思わずツッコんだ舌を絡め取られて戯れだったキスが深くなり、傑の髪を引っ張っていた手から力が抜ける。体の表面は熟睡している間に綺麗に洗い流されたが、体の内側にはまだ昨日の熱が残ったままだ。
「す、ぐ……んぅっ……傑、……っ」
絡む舌にベーコンの旨味と塩気が混じるのがなんとも自堕落で最高にそそるが、このまま流されるとソファはオンラインで買うことになる。ベッドとソファとナイフは実際に使ってから買いたい派の悦は、なけなしの理性を掻き集めて傑から顔を背けた。
取って付けたような俺様台詞を吐いてはいたが、シャワーの前後でも起きないほど熟睡した翌日の傑は砂糖漬けにして蜂蜜をかけて粉砂糖をふったくらいの勢いで甘い。解けた舌はそれ以上悦を追うことなく、柔らかくかつ強制的に背けた頬を振り向かせることも、シーツで巧みに簀巻きにした上で膝を膝で割り開くことも、晒された耳を全身から力が抜けるようなテクで舐め溶かすこともなく、小さなリップ音をこめかみに鳴らして離れた。
「どっちから回る?」
転がったタブレットに手を伸ばして自然に上から退いた傑が、世界規模でしのぎを削る家具専門店二大巨頭のカタログを並べて表示させた画面を、手の甲で唇を拭っていた悦の方に傾ける。
足を伸ばして寝っ転がりながらゲームやその他諸々をする為にカウチ付き、座面が広めで、床との間にナイフや銃を隠せる隙間があり、血やその他の体液が染みずお手入れ簡単な合皮で、角ばっていないデザインのソファ―――というのは意外とたくさんあって、しかも零級の財力で値段は問わないとくれば、基本的には即断即決の悦もさすがに決めかねた。
昨日と合わせて約2時間の熟考の末、皇都の西と東の外れにそれぞれ世界有数の大型展示場を構えた二大巨頭が販売する3つにまで候補を絞ったが、優劣はほぼ無い。車で行くとはいえ、クリスマスにごった返した中心部を無駄に往復したくは無いが、こればっかりは座ってみないと解らない。
仰向けに首を反らしてうーんと瞬き2回分悩んだ後、なんとなくの直感で悦は西の方を指差した。
「こっち」
「はいよ」
気軽に請け負った傑がタブレットを消してヘッドボードに立て掛け、切り分けられたベーコンを一切れ、手で摘んで口に放り込む。法律とマナーを守った運転に縁遠い悦には2店を往復する所要時間など解らないが、運転手が起き上がらないのならまだ大丈夫なのだろうと判断して、うつ伏せになってずりずりと傑の隣に並んだ。
俺も、と開いた口に少し冷めても変わらず美味いベーコンが放り込まれ、噛めば噛むほどに旨味の増すそれをむぐむぐやりながら、巻き付いていたシーツを解いて半分を傑の体に雑に被せる。
「橋まで行くし、帰りにポタージュ飲みに行くか?」
「あそこがいい、ミルフィーユの」
「10段の方?」
「倒れてるやつ」
「林檎タルトも食う気だろ」
「ステーキも食う」
「どっちか1つにしとけよ」
「無理だろ」
苺とカスタードたっぷりの正統派ミルフィーユと、林檎が花びらのようにアーモンドクリームの上に敷き詰められたタルトとでは、使われているクリームからして全く違う。ハンバーグとローストビーフくらい違う。どちらかをもう一方の代わりになんて出来る筈がない。
「お前、バイブ使うからローターは明日にしようって思うか?」
「無理だな」
「思えよ」
きっぱりと言い切った傑の肩に軽く頭突きして、悦は組んだ両腕の上に顎を乗せた。
なんとなく視線を向けたサイドボードには、業物のプレゼントが昨夜と変わらない場所に置いてある。頭の下に敷いた両手首に残っているのは血も滲まないような掠り傷だが、枷が外れてもぐるりと赤い痕がそこにある。
プレゼント交換なんて柄ではないのに、結局しっかりはっきりやってしまった。しかも、いつもならちょっと引っ掻いたくらいの傷にまでガーゼを当てられるのに、綺麗に消毒された両手首には絆創膏1つ貼られていない。
「……」
悦に学は無いが、流石に敢えて隠さずに晒されている意味を察せない程鈍くは無かった。枷を解いて処置をした傑が大袈裟な包帯を巻こうとして、そして止めた時のことを思うとなんだかくすぐったくて、緩む口元を俯いて隠しながらシーツの中で絡ませた傑の足をやや強引に引き寄せる。
「ん?」
赤い苺と、鮮やかな緑のキウイを切り分けたワッフルに乗せながら振り返った藍色は、目尻だけで仄かに笑っていた。悦が何を見ていたかも、どうして口元を隠しているのかも、何かもかも察している顔で、何も言わずにフォークを差し出す。
「なんだよ」
「……別に」
申し訳程度にクリスマスカラーの甘い朝食を頬張りながら、悦はもう一度顔を伏せた。
Fin.
憚る相手は居ないが、口実は最大限に使う。
2020クリスマス企画
