犯罪斡旋組織“ILL”本部塔第35フロア南西。
銀のプレートに幹部執務室と銘打たれた部屋は広く、その中央に巨大な円卓を備えていた。
巨大な円盤には仕切りも区切りも無いが、金属の卓上はそこに座る幹部の趣味や個性によって彩られ、暗黙の境界線を示している。
「…ゴシック」
最も整頓された一角に座して円卓の真上に設置されたモニターを眺めながら、弐級指定賞金首担当幹部:泪は円卓の中央、本来であれば空洞になっている筈の場所を細い指で示した。
「“それ”の外観はもう少し何とかならないのか。目障りだ」
几帳面に切り揃えられた泪の爪の先で、山積みにされた量子パソコンの部品達が赤や緑のランプを小さく瞬かせる。
それは“ILL”内で登録者を含め1、2を争う人格破綻者で変態の幹部によってカスタムを繰り返され、想像を絶する演算能力を持つ超ド級に高性能のコンピュータであったが、コードや金属片が露出したその外観はガラクタの山そのものであり、いつスクラップにされても文句は言えないような有様になっている。
2メートルの鋼の肉体に禿頭という、鬼のような外見をした弐級指定賞金首担当幹部:仁王に「我異常に外見で損をするものがあったとは」と憐れまれる程であるから、その外見の酷さは相当なものだ。
「せめてもう少し整頓して、カバーでも掛ければもう少し違うんじゃないかな?僕は目障りとまでは思わないけど、確かに少し…というかかなり、残念な感じだし」
卓の上に敷かれた黒い布の上にずらりと様々な形状の刃物を並べ、その1つを丁寧に磨きながら、参級指定賞金首担当幹部:キュール=R.duは小さく苦笑する。
視線こそ残念なコンピュータに向けられてはいるものの、その神経の全ては手の中のナイフへと注がれており、時折異様な光沢を放つ刃を時折恍惚とした瞳で眺めるその横顔は、どう見ても不審者だ。
「たしかにぃーぜぇんぜん可愛くなぁいー」
「いや、Fちゃん。別に可愛さは要らないんだよ」
「お菓子系メインでぇーデコったらぁーぜぇったい今より可愛いよー」
「止せF。半年前の悲劇をまた繰り返す気か」
数字と記号を複雑に織り交ぜた暗号文が流れるモニターから読み取った事柄を手元のパネルにさらさらと書きつけながら、泪は指先をこめかみへと当てる。
3段重ねになったアイスクリームを舐めつつ、無意味に部屋の中を徘徊していた伍級指定賞金首担当幹部:Fは、長い袖をぱたぱたと振りながらその言葉に不満そうに唇を尖らせた。
「だってぇーこの部屋全然可愛くなぁいんだもんー」
「執務室であるのだから当然だろう」
「でもでもぉー可愛いモノがいっぱいだったらぁテンションあがってぇー、お仕事も今よりずぅっとはかどると思うなぁー」
「仁王より巨大な兎や熊に囲まれてか」
「いや、実際あれはホラーだったよFちゃん。ピンクの兎はまだしも、青い熊は…」
「えぇー?」
苦笑するキュールの背後から机に並んだナイフの数々を見降ろし、磨き抜かれた刃を鏡代わりに前髪を整えながら、Fはブルーハワイ味のアイスで真っ青に染まった舌でちろりと唇を舐める。
こんなに可愛いのにー、不満そうに言うFの手に握られた通信端末には、端末本体よりも大きな緑色の熊のストラップがぶら下がっていた。
「実際それで能率が上がるならいいけどね。…特にコイツの」
溜息混じりに言いながら、キュールは1メートルはあろうかという刀の切っ先で、隣の席に座る相棒の意識を外界から隔絶させているヘッドホンを持ち上げる。
「おいおいおい何をしてくれてやがんだよてめぇは今夜のライブで流すんだから邪魔すんじゃねぇよつーか刃物人に向けてんじゃねぇよ髪切れてんじゃねぇか?週末にはまた刈り上げるつもりだったからよかったもののこれがお前俺がシャンプーのCMのオファーが来てたりしちゃってみろよてめぇの毛根死滅させるくらいじゃ―――」
「ゴシック」
流れるような動きでキーボードを叩き続けながら、血色の悪い唇で淀みない文句を垂れ流す参級指定賞金首担当幹部:ゴシック・ヤンの舌を、泪が凛とした声で遮った。
「そのガラクタの外見はもう少し何とかならんのか、という話をしていた」
「ガラクタって酷ぇな泪サンじぇにふぁーだって夜も寝ずに頑張って悪行の手伝いしてくれてんだからもうちょっと言い方ってもんがあるでしょうよまぁ確かに若干重てぇから近々組み直さなきゃとは思ってたよ俺も?でもさぁ使えなくなった途端ガラクタ扱いはねぇよ知ってたけどさぁどうせ俺のこともちんこ勃たなくなったらそう言うんだろホント冷てぇ人だよ美人だから許せ―――」
「ねぇねぇーゴシックーあれあたしがデコってもいーいー?」
後半の発言で仁王が目を剥き、キュールが無意味な咳払いをしたのを横目に、Fは変らず暢気な声で言いながらストラップの熊で円卓の中央に据えられた巨大なコンピューターを示す。
またもや途中で言葉を区切られたゴシックは、だがそれについては特に不満も無いのかちらりとFを振りかえると、即座に目の前の3台のディスプレイに視線を戻した。
「お前のデコるは装飾じゃなくて魔改造っつーんだよF室内オールパステルカラーな狂気の部屋を創造するようなお前に俺の大事なじぇにふぁーを任せられるか泪サン374の情報届いたから可及的速やかに確認よろしく982376のファイル」
3台のディスプレイの内、1台に表示されたゲーム画面で難易度SSSの裏ボスを攻略しながら、ゴシックは泪をびしりと指差した手を握り締め、親指を立てた。残る2台のディスプレイには画像や文字が2秒足らずで常時現れては消え、同時進行で難攻不落とされた皇国政府マザーコンピューターへのハッキングの進行度が表示されている。
「…どう思う、仁王」
「難しいであろうな。それでなくても軍部警察は最近何かと因縁をつけて来おる。例え建前であろうとも慈善事業に手を伸ばしているのであれば、明確な悪人とは認めぬであろう」
「奴らの言いそうな戯言だ。しかし、司令官は納得しない」
「ゴシックぅー“まかいぞう”ってなにぃー?」
「何か連中を黙らせるような弱味を握れればいいんですけどね。トップが代わってからやり難くていけませんよ。そうでなくても僕1人なのに」
「まぁまぁまぁ待てよご両人っつっても4人だけどよごめんこれ一回言ってみたかったんだよな」
口々に言い合う幹部達を、今度はゴシックの声が遮った。ゲームのクリア画面を横目にしながら、数字や記号で複雑に暗号化された文章をディスプレイの1つに呼び出し、それを天井から下がった巨大なモニターに映す。
「西のリゲルブ紛争鎮圧の特殊部隊デルタの隊長サンが兵隊無駄死にさせた挙句に戦略会議で軍法会議モンの発言しやがったのを叩いてやりゃあいいんだよオルマ将軍の甥ってことで軍警も手ェ出せないでいるみたいだけど俺等っつーか俺にはそんなの関係ねぇしなぁ?」
「そんなの戦場じゃ珍しくも無いよ。どこの国に持ち込んだって聞き流されるのが関の山だ」
頬から目にかけて走る大きな傷痕を指先でなぞりながら言うキュールに、ゴシックは軍部警察でも一部の者しか知らないであろう、軍略会議での会話を文章化したものを呼び出しながら、あからさまにバカにしたように鼻を鳴らした。
「そりゃあお前みたいなのにはありがちな話しかもしれねぇけどよ空でふっつーに暮らしてる一般人にはなかなか刺激的な話しだと思うぜぇ?国営ジャックしてゴールデンタイムに俺様特製軍警こきおろし特番流してやれば権威ガタ落ち内乱勃発」
「民営もだ。ラジオも出来るか?」
今は伍級指定賞金首担当幹部:壱埜と共に空に居る唯一の上司に通信を繋げながら、泪はこつりと机を叩いた。視線はゴシックに据えたまま、簡潔な概要を端末向こうの鬼利に説明し始めた泪に、ゴシックは答える代わりににやりと笑って見せる。
「ねぇーまかいぞうってなぁにー?」
「Fちゃん、零級の世環が持ってる銃あるだろ」
「あのー傑っちの銀色の銃―?」
「そうそう。あの銃はね、拳銃の中でも最大口径でしかも色々と改造されてて、彼じゃないと一発撃っただけで肩が外れるような威力なんだ」
アイスのコーンをさくさく食べながら首を傾げるFの、溶けたアイスでべたべたになった手をタオルで拭ってやりながら、キュールは自分の指で銃を形作って見せた。
「幽利っちがぁーメンテしてもぉ試し撃ちできないってゆってたー」
「ああいうのを魔改造っていうんだよ。普通じゃありえない、鬼みたいな改造って意味。でも日常会話で使っちゃいけないよ」
「なんでぇー?」
「ゴシックの同類だと思われるからだよ」
「…ゴシック、8638Hzのラジオを今ジャック出来るか?」
「あーあーあーさすがは鬼利サンだよなぁ疑われる前に牽制とかやることがえげつねぇよホント2分待ってくれれば出来るけどどうせジャックするならよぉこのエンディングの流してもいい?マジ神曲なんだよこれパネェくらい泣けるぜ」
「……“中身は何でも”、だそうだ」
「……」
ゴシックと泪の会話を聞きながら、仁王は依頼№GY374のスケジュールを組む片手間に、普段ほとんど使うことのないキーボードを覚束ない手つきで叩いてラジオを8638Hzに合せる。
一瞬の間を置いて、執務室に響いていた控え目なBGMが皇国管理の情報通信へと切り替わり、そして2分と経たない内にそれはアナウンサーの通りの良い声から、どこか寂しげな曲を朗々と歌う女の歌声に切り替わった。
「これなら356の依頼も受注可能であろう。泪、依頼人に連絡を取るか?」
「…そうしよう。南とのパイプは繋いでおきたい」
通信を遮断した通信機をスーツの胸ポケットに滑り込ませながら頷き、泪は天井の巨大なモニターから視線を下げ、―――冷却用モーターの音を響かせているガラクタの山(じぇにふぁー)を見て、端正な眉を器用に片方だけ持ち上げた。
「ゴシック。これの組み換え予定は何時だ?」
「あーーーーっとぉーーー出来れば来月末には部品かき集めて徹夜で組み直してぇかなぁなんて思ってたりなかったり?あーでも来月頭にCのクラブでまたイベント―――」
「遅い。月の始めには作り変えろ。今度はもう少しマシな外見でな」
「うっわぁそれは酷ぇよ泪サン月始めっつったらあと21日しかねぇじゃねぇか部品も半分しか集まってねぇのにそれはねーよまぁ出来なくはねーけど代わりに来週の“お勤め”はできなくなるけど許してくれる?」
「そうか。お前がそんなにガラクタ呼ばわりされたがっているとは知らなかった」
「ちょちょちょちょっ待って待ってそりゃぁねーだろうよ泪サン解ったよやるよやりますよやりゃぁいいんだろ畜生寝不足で不能になっちまってもそれは自業自得だからな前みたいにちんこに針金突っ込んで強制フル勃起ってのはナシにしてくれよ」
「…ゴシック、貴様はもう少し配慮というものをだな…」
「今更無駄ですよ仁王さん」
情報戦でのみ有能になる相棒の腕を信頼してか、早々と会話から離脱しFの相手をしていたキュールが苦笑する。その言葉に鬼のような眼光でキュールとその横で眠たげな目をしているFを見た仁王は、蒸気を吐きそうな深い溜息を吐いた。
「我は己の品位を貶めるなと申しているのだ。泪、ゴシック。人間であれば煩悩があるのも当然、だが最も汚らわしく清らかな事柄は口にせずに、」
「仁王、お前は本当に逸物の割に控え目な男だな」
「…だからそれを止めろと我は、」
「っつーか俺貶められるほど高等な生き物じゃねぇっつぅかもうこの際だから人類の誰より下に堕ちて世のダメ人間共の救世主になってやろうかとか思っちゃってるんだけど優しくね?悟ってね?逆の意味で」
「……もういい、好きにするがよい…」
どこか疲れた表情で厳かに頷き、仁王は丸太のように太い腕を組むと目を伏せた。まるで仏像のような面持ちで沈黙した仁王を横目に、ゴシックはへらへらと笑いながら突然の通信ジャックに慌てふためく皇国政府に偽情報を流していたが、ふと気付いたようにショッキングピンクのカラーコンタクトを入れた目を見開く。
「てか待ってちょっと待って自然過ぎて流しちまう所だったぜあっぶねー泪サン小父貴の逸物見たことあんのかよ!」
「想像だ。仁王はお前が邪推するような関係を持てるほど軟派では無い」
喚き立てるゴシックにぴしゃりと言い切り、泪は切れ長の目を細めて憐れむようにゴシックを一瞥した。
「第一、私と仁王がそのような関係であるならば、お前のような若さだけの男を相手にすると思うか?身の程を知れ」
「……すいません」
冷笑すら浮かべて吐き捨てられた辛辣な言葉の刃に、ゴシックは目に見えてしんなりと萎れながらぐったりと机に突っ伏す。
つんつんと跳ねたゴシックの髪にカップケーキのついた髪留めを刺しながら、それまでにこにことやり取りを眺めていたFがぱちぱちと手を叩いた。
「泪ねぇーかっこいぃー」
「お前はまだ真似するなよ、F。あと2年待て」
「じゃぁー18さいにーなったらぁー真似っこしてもいーいー?」
「勿論だ。私でよければ色々教えてやろう」
「ははは…2年後が怖いなぁ…」
ゴシックに向けたのとは正反対の穏やかな笑みと共に頷く泪と、楽しげにきゃっきゃと笑うF、そしてその横で沈黙している仁王とゴシックを見やって、キュールは力なく笑った。
Fin.
ILL幹部の連中に注目して下さる方が有難くも増えていらっしゃったので、キャラとポジションのご紹介的に書いてみたら予想以上に酷かった((笑
会話メインのラノベ仕様ですが、連中の雰囲気だけでも掴んで頂ければ幸い。
ギャグとして生温かい目で見てやって下さい。
