赤く点滅してたHPゲージが最後まで削り切られるのに一拍遅れて、ブツって音と共に画面が暗転する。
「…あ、」
暗転した画面に映ったのは、ゲーム機本体の起動ムービー。この1時間で3度は見たその映像に小さく溜息を吐いて、俺は握ってたコントーラーをラグの上に投げ出した。
コンティニューじゃ無くて1つ前のセーブまで戻されんのはRPGとしては普通だけど、主人公が死ぬと自動的にゲーム機本体が再起動ってのはやり過ぎだと思う。ゲームオーバー画面くらい見せろよ。
「んー…」
テレビ画面の隅っこに表示された時計が示してるのは、ゲームを始めた時の2時間後。いい加減晩飯時も過ぎた時間だけど流石にホールケーキ食った後じゃ腹も減らなくて、俺は小さく伸びをしてから背もたれにしてたソファの上に寝転がった。
「……」
あと3時間ちょいで明日の時間だってのに、傑はまだ帰って来ない。
予定じゃ今日の朝方には終わってる仕事だった筈だ。他ならともかく傑だから、どんだけ予定が狂ったって昼過ぎまでには終わってる筈なのに、試しに覗いた【過激派】にも鬼利の執務室にも居ない。
「…飯冷めんだろーが」
無駄にごろごろ寝返りを打ちながら、俺はちらりとローテーブルの上に置いた通信端末を見た。あっちの電源が入って無いとかで、今朝から1回もその役立たずの機械は傑に繋がらない。
Fみたいな女子高生じゃあるまいし、仕事で一週間全く顔見ねぇ時でも俺と傑が連絡取るのなんて1回か2回だ。
それも大体は傑からで、俺が繋ぐのは飯が要るのかどうか聞く時くらいだけど、それでも俺は今までこんなに長時間シカトされた事は無い。ジャミングの余波で電源が落ちてたって土ン中に居たって記録は残るから、いつもなら2、3時間で折り返しの通信が来るのに、今日はそれも無い。
…傑だし、その辺は別に心配しちゃいねーんだけど、
「ひま…」
今日は久々に傑とダラける気満々だった俺は、現在進行形で猛烈に暇だった。
ソースを香辛料から作った煮込みハンバーグもとっくの昔に完成してるし、暇つぶしにやってたゲームも2時間で完璧に飽きた。元々、傑が珍しく興味示して一緒にやる、って言うから通常モードガン無視の2人操作で進めてたゲームだ。難易度上げて1人で中ボス倒したって楽しくも何ともない。
このまま寝ちまおーかな、なんて思いながらボーっとしてると、勝手に電源切って勝手に再起動したゲームのオープニングムービーが勝手に始まった。
「……」
どっかの民族音楽を弄ったテーマ曲をバックに、主人公とヒロインが何かくっついたり離れたり消えたり走ったりする、まぁ言っちゃアレだけどお決まりのヤツだ。でもその背景はそいつらの住んでる村とその近くにあるデカい山だけで、他の国も宇宙も深海も異世界も無い。
ちなみに主人公はただの一般人だ。前世で魔王だったとか、ガキの頃に悪の組織に体弄り回されたとか、死にかけると別人格が発動するとかそういうことは全く無くて、ちょっと剣を使うのが人より上手いってだけ。しかもヒロインはただの病人で、こっちも生贄に選ばれたとか変なモン体に埋め込まれたわけじゃなく、普通に持病が悪化して特効薬が必要ってだけだ。
特別な力があるわけでも無いし、戦って徐々に目覚めてくパターンでも無い。経験値積んだって体力が少し上がるだけだ。正直、俺にはどうして傑がこのゲームに喰いついてンのかさっぱり解らない。
ムービーは多いし自由度は高いけど、フィールドは狭いしシナリオは単調。しかも戦闘は肉弾戦で、普通の人間が普通に頑張ってるだけ。
俺が今までどんなに出来のいいゲームしてたって見てるだけだったのに、なんでアイツはこんな…
「……あ」
あぁ、それでか。
“普通の人間”が“普通に頑張ってる”だけのゲームだから、普通じゃない傑には楽しいのか。
こんな泥臭い真似、傑はゲームの中でしか出来ないもんな。
ゲームのボスキャラが現実に居たって、傑なら瞬殺だろうし。
…人間好きだからな、あいつ。
「…っ…」
考えてたら口元が緩みそうになって、慌てて俺はクッションに顔を押しつけた。野郎が部屋で1人ニヤニヤするとか色んな意味で気色悪い。
予定よりかなり遅れてて連絡も無いけど、今回の仕事は確か遠出だった筈だ。どうせあの優しいレベルカンストチートキャラのことだから、帰り道に依頼には無い慈善事業でもしてて、端末を充電する暇が無いんだろう。
赤の他人に怪我させない為に、退かすのが面倒くせぇって理由で自分が盾になったりしてんだろーな。いくら治るっつったって、痛覚が無いワケじゃねぇのに。
「…明日でいいか」
明日も休みだし、何だかそう考えたらどうでもよくなって来た。ハンバーグは完成してるし自分で食うだろうと勝手に納得して、ふかふかのクッションに顔を埋めながら俺は目を閉じる。
「ん……」
いつも傑が枕にしてる所為で匂いでも残ってンのか、妙にその状態が居心地良くて。
そのまますぐにまどろみかけた俺は、でもその1分後には目を開けるハメになった。
「……」
クッションから顔を浮かせて、邪魔な自分の呼吸音を消す。
…足音。
傑の歩幅じゃ無い。
だらだら横で流れてるムービーの音楽が邪魔だったけど、ここで消したら「気づきました」って言ってるようなもんだ。ソファのクッションに隠した小型の銃を引っ張り出しながら、仕方なく音を立てねぇようにソファから降りてラグを剥いだフローリングに耳を着ける。
傑の部屋はこのフロアのつき当たりで、隣2つは空室だ。足音はその空室の1つめを通り過ぎた辺り。いくら集中しても雑音が聞こえないってことは、歩幅合わせて偽装してるわけじゃなく1人。やけに音が高いのはヒールの所為だ。
「……」
ラグはそのままに体を起こして、ローテーブルの裏のナイフを外しながら俺は音を立てないように口ン中で舌打ちした。どこの馬鹿か知らねぇけど、来るなら来るでもっと早くに来いよ。
音からしてこの馬鹿はまず5センチ以上のヒールを履いてるけど、女にしちゃ歩幅が広いからきっと女装した男だ。賞金稼ぎの連中は俺達の首を狩る為なら何でもするし、よりにもよって傑の部屋に特攻かけようとする馬鹿ならそういう真似しててもおかしくない。
「……」
とりあえず玄関口を汚されンのは嫌だ。まさかこのフロアで迷ってます、なんて有り得ねぇから、さっさと廊下で始末しようと俺は足音を消して玄関に向かった。
銃の引き金に指をかけながら、ナイフを持った手で“こういう時”の為に外と連動してないドアノブを握る。深く吸い込んだ息を短く吐いて、呼吸を整えるついでのカウントダウン。3、2、1、
「…、…」
ゼロ、で扉を押し開いて、目で見るより早く音からアタリをつけてた位置に銃口を向けながら、取り敢えず一発目の主導権を握る為に声を、
「止ま、……」
…上げようとして、危うく銃を落としそうになった。
銃を向けられても後ずさりもせずに普通に立ち止まったそいつの靴は、俺の予想通り8センチ以上はあるピンヒールの黒いパンプス。足首には網タイツが絡みついてて、そこから上は黒に銀糸で刺繍の入ったチャイナドレスの裾が隠してる。
ぴったりしたデザインの所為で強調されたくびれと、袖の無い肩口からすらっと伸びた白い腕にはブランド物のバック。そして首元に巻かれた薄手のストールの、その上、は。
「……は、?」
長い髪を高く結い上げた、びっくりするような美人だった。
そりゃもう、この前いきなり部屋に不法侵入してきた“純血種”の2人にも負けないくらいの。
スタイルも抜群で立ち姿もモデル並み。しかも片側にだけ深く入ったスリットからはレースのガーターベルトがちらちらしてて、男としては凄く目にイイ。
…でも俺にとって重要なのは、その“美女”の目が藍色ってことと、女にしては縦にデカ過ぎるってことだ。
「なん……え、…なに?」
「……」
驚きの余り落としそうになった銃を下げながら、これも驚きのあまり間抜けな声を上げる俺に、藍色の瞳の“美女”はにっこり微笑んで、ヒールをカツカツ鳴らしながら歩み寄って来る。
「…っ…」
「……」
思わず一歩後ずさった俺の目の前にすっと白い手を差し出して、ヒール合わせたら190センチくらいあるその“美女”は微笑んだまま、
「エスコートして下さる?」
「え…」
予想とは違う、どっからどう聞いても綺麗な“女の声”に咄嗟に銃を握り直した俺の手に、包むようにしてやたらと体温の高い手が絡んだ。そっちに気を取られている間にすっと音も無く俺の耳元に寄せられた唇が、俺にしか聞こえない距離で今度は“聞き慣れた”声で囁く。
「…頼むわ。折れそう」
相変わらず甘ったるい声でそう言った“傑”の足は、よく見るとパンプスの上でちょっとだけ震えていた。
男娼としての仕事柄、俺も女装をしたことはある。
そうじゃなきゃ勃たねぇっていうド変態の金持ちが常連だったから、酷い時は週に2、3回、化粧やら服やらのプロに女の格好をさせられてはベッドの上で剥ぎ取られてた。
ド変態の成金に雇われててもそこはやっぱプロの仕事だから、あの時はそれなりに化けられてたんじゃねぇのかな、なんて思ってたけど。
…今のコイツには負ける。
「あー…いってぇ…」
「……」
ソファに座るなりパンプスを脱ぎ捨てて、網タイツに覆われた足をさすってやがる傑は、声も面も間違いなく傑なのに女に見える。それも物凄い美女。
思わずソファの前に突っ立ってまじまじとその姿を見つめてると、少しは痛みがマシになったのかソファの背もたれに背中を預けた傑が、綺麗に結い上げられた髪…のヅラを取りながらくすりと笑った。
「やっぱ変?」
「いや…変、っていうか…」
絶世の美女の口から骨抜きになりそうな野郎の美声、ってのはどう考えても変な筈なのに、あんまり違和感を感じないのが怖い所だ。大丈夫かな俺。恋は盲目って言ったって程があンだろ。
「…何なんだよその格好」
「はい」
「…そのバック持ったらそうなったとか?」
「ンなわけねーだろ。おみやげ」
「……いやいや、だから…」
「いーから開けてみろって」
ほら、と差し出されて、俺は仕方なく傑が持ってた女物のブランドバックを受け取った。明らかに機能を軽視したデザイン重視の留め金を外して覗きこむと、見ためより狭い中に真っ白な手紙と、黒い箱みたいなのが入ってる。
「これ?」
「あァ、多分それ」
取り敢えずバックをテーブルに置いて封筒の封を切ると、中にはやたらファンシーな柄の便箋が1枚入ってた。
一行目から「看板息子様へ」っつー意味不明な言葉で始まる、やたら丸っこい字で書かれた手紙の内容をざっと読むと、つまりこういうことらしい。
その1。女連中が偶にやってる、男共の格付けみたいな「人気投票」ってのがあって、傑と、幽利と鬼利、「その他」で一括りにされた他の野郎と、何故か俺もエントリーされてたらしい。
その2。その面子の中で、何故か俺が1位になった。
その3。そんで、さらに何故か傑が4位だった。
その4。今回は特別だったらしく、1位の俺はご褒美が貰えて、4位の傑には罰ゲーム。ってことが勝手に決定。
その5。その結果がこちら。
「あぁ、それで…」
何で傑がその決定に従ってンのかは解んねぇけど、傑の今の格好の原因が、コイツが新しい(変態)趣向に目覚めたとかじゃないってのは解った。
「でも、なんで女装?」
「俺がタノシくなくて、お前がタノシいことだからだって」
「…別に楽しくねぇけど、俺」
珍しいモン見れたって感じはするけど、ここまで完成度が高いと冷やかす気も起きない。最高に面がイイと本当になんでもアリなんだな、って事実を確認するだけで、なんつーか…楽しいってより感心?
「それ以外にも入ってただろ?」
「何か変な箱入ってる」
「あぁ…それ見りゃ解る」
なんだか少し疲れたような顔をして、背もたれに後頭部を預けた傑はそう言いながら目を伏せた。いつもより睫毛が長いのは多分マスカラの所為だ。
服とヅラだけじゃなく、薄く化粧までされてるらしい傑を横目にしながら、俺はバックの底に詰め込まれた黒い箱を引っ張り出した。大きさは掌より少し大きいくらいだけど、結構重いそれの蓋をカパっと外す。
「…なんだこれ」
黒い箱の中にびっちりと敷き詰められていたのは、針に無菌ケースがついた細身の注射器だった。数は大体20本くらいで、半分には透明の液体、もう半分には血みたいに赤い液体が入ってる。
そして、その上に乗せられた黒い小さなカードには、綺麗な女の字で『透明の薬は30分ごと、赤い薬は10~15分ごと』とだけ書いてあった。
「…薬、入ってただろ」
「あぁ…なんか、赤いのと透明なのがあるけど。何だよコレ」
「……」
箱を持ったまま横に座って首を傾げて見せた俺に、目を開けた傑は答える代わりに深い溜息を吐く。近くで見ると微妙に頬が赤くなって見えンのは、チークでも塗ったくられてる所為だろうか。
「それが1位のご褒美」
「……毒物にしか見えねぇんだけど」
「まぁ、間違っちゃいねぇな。俺以外の奴が半分でも入れたら多分死ぬから」
「こっわ。なんでそんなモンがご褒美、に……」
思わず膝に置いた箱を遠ざけようとして、気がついた。
どっちにも差し出し人の名前は無かったけど、字面と状況からして最初の手紙はF、箱のカードはカルヴァだ。今の傑の格好は俺が昼間Fに話した通りのチャイナドレスにガーターベルトで、その原因になった罰ゲームのコンセプトは「俺が愉しくて、傑が愉しく無い」こと。
そして、“傑以外”には使えない2種類のアヤシいクスリ。
「なぁ傑、これ何のクスリ?」
「……透明の方が、カラダとアタマを鈍らせる悪魔のお薬」
「うんうん。赤は?」
「……即効で理性ふっ飛ばす媚薬」
「へぇ、成る程ー」
いかにも渋々って感じで答えた傑にわざとらしく頷きながら、俺は実に気の効いたその「ご褒美」から透明と赤の注射器を1本ずつ取り出して、残りをそっとローテーブルの上に置いた。
勿論、久しぶりの休みだし一緒にのんびり過ごそう、なんて平和的なプランはとっくの昔に俺の頭からは吹っ飛んでる。
「…ん、ちょい待ち」
折角の「ご褒美」を早速使わせて貰おうと、注射器片手に傑の膝の上に乗り上げながらストールを剥ぎ取った所で、それまで諦めた表情でされるがままになってた傑が透明な注射器を持つ俺の手を止めた。
「ンだよ、こういう“罰ゲーム”なんだろ?」
「こんな格好しといて今更抵抗なんてしねーよ。それはもう入ってる」
どこか気だるげな口調で言いながら俺の手から赤い薬が入った注射器を抜き取って、爪に透明なマニキュアが塗られた指先でぱちんと無菌ケースを外すと、傑はそのまま何の躊躇いも無く注射針を自分の首筋に打ちこんだ。
「あ…」
「……」
細い管の中に入った赤い液体はあっという間に無くなって、空っぽになった注射器を引き抜いた傑の手が、剥き出しの針で腕を引っ掻きながらソファに落ちる。
「ちょ、傑。刺さってるけど」
「ん?…あぁ」
教えてやっても傑はどうでも良さそうに相槌を打つだけで、何故か針を抜こうとしない。頭と体の働きを鈍くするって言ってたけど、まさかあの透明な薬には痛覚を鈍くする効果でもあるんだろうか。
「だから刺さってるって。貸せよ、危ないから」
「……」
ほら、と手を出して見ても傑は完璧に脱力したままで、仕方なくその指を剥がして注射器を抜こうとした俺の肩に、不意にとん、と熱いものが乗った。
「おい、大丈夫かよ…傑?」
「…っ…い…?」
相当強い筈の薬をあんなに一気に入れたんだ、さすがに具合が悪くなったのかとその顔を覗きこもうとしたら、俺の肩に頭を乗っけたままの傑が、間近にいる俺にも聞こえないくらい掠れた声で何かを言った。
「え?」
「ここでいいのか?」
「なにが?」
「…俺をオモチャにして遊ぶ場所」
服ごしにも解るくらい体温が上がった体を俺に預けたまま、即効性にしたって早すぎる薬に浮かされて呼吸を荒くした傑の腕が、浅く刺さってた注射器を落としながら促すように俺の手首を掴んだ。
「ベッドがイイなら早く連れてけよ、あと2分もしたら立てなくなる」
「に、2分?」
「あぁ、…首輪着けて引き摺りたいってンなら、それでもイイぜ?」
熱っぽく掠れた声で囁いた傑の横顔が、白い頬に薄ら汗を伝わせながら、口元だけで薄く笑う。
「…どうぞ、お好きなように」
酔っぱらってるみたいな覚束ない足取りでベッドまで辿りついた途端、力尽きたみたいにシーツの上に倒れ込んだ傑の両手を、俺は容赦なく引っ張り上げてベッドヘッドに繋いだ。
抵抗も出来ないくらい強い薬なのかそれともする気が無いのか、されるがままになってるのをいいことに腰の辺りに乗り上げて、手首を繋いだのと同じ黒い布を傑の唇に咥えさせる。
「ん…」
「今日は俺のオモチャ、…なんだろ?」
「……」
さすがにちょっと嫌そうな顔をした傑に釘を刺しながら、熱を出したみたいに熱い頭を少しだけ持ち上げて、少し緩めに後頭部で結び目を作った。これだと何とか喋れないことも無いから口枷の意味は薄くなるけど、俺にとって一番大事なのは「傑が口枷をされてる」ように見えるかどうかだ。
…うん、イイ感じ。
「…やってみたかったんだ、コレ」
「…んぅ…」
眩暈がしそうなくらいエロい傑の姿を見下ろしながら興奮して掠れた声で囁くと、傑が頷く代わりに一度瞬きをしながら小さく声を漏らした。多分、「そう」とかいう気の無い声だったんだろうけど、口枷のお陰でそれすら俺には小さな喘ぎ声みたいに聞こえて、どくんと心臓が跳ねる。
「なぁ、下着とかも女物着けてンの?」
「…ぅ…ッ?」
傍目には思いっきりまな板に見えるけど、詰めて無いだけで一応着けたりしてンのかと緩く上下する胸板を布越しに弄ってたら、不意に跨ってる傑の体が俺の下で小さく震えた。
…あれ?
「え…感じんの?ここ」
「……」
思わず手を止めて見上げた傑が、不自然に俺から顔ごと目を反らす。
て、照れてる。あの傑が照れてる…!
「…ンだよ。なんとか言えよ、傑」
「ッ…ん、…!」
「服の上からでコレとか、俺より感度イイんじゃねぇ?」
口枷のお陰で傑が何も言い返せないのをいいことに好き勝手言いながら、俺は滑らかなシルクの生地越しに傑の乳首を軽く引っ掻いた。いつもなら擦ろうが捻ろうが何の反応もしないのに、薬のお陰で限界まで感度が上がった今はそこも立派な性感帯の1つになってるみたいで、俺が指を動かす度に小さく肩を震わせる傑が藍色の瞳を細める。
「…ふ、ぅ…ッ」
「女の格好して、女みたいに…乳首、弄られて…感じてるんだ?傑」
「…っ…」
傑の真似をして吐息がかかるように耳元で囁きながら、俺はわざとゆっくり這わせた手でチャイナドレスのスナップを外した。なんか自分で言ってて妙に背筋がぞくぞくするけど、これはくすぐったそうに首を竦めた傑がエロい所為で、別に自分の言葉で傑にされた言葉責めを思い出したからとかじゃ無い。
「感じてンならそう言えって。い…イイ子、だから…っ」
「……んー」
恥ずかしくて途切れ途切れになりながらも何とか言い切った俺に、普段平気な顔してコレよりもっと酷いコトを言いやがる鬼畜が小さく唸る。
そうだった。口塞いでるんだった。
「あ、じゃあ…頷くだけで―――」
「んン」
テンパり過ぎて自分で口塞いだのも忘れてたのを誤魔化そうと、出来るだけ偉そうに「頷くだけで許してやる」って俺が言い切る前に、傑は何の躊躇いも無くこくこくと頷いて見せた。即答かよ。
「え、っと…」
「…んぅ?」
まさか鬼畜で変態のバリタチが「乳首弄られて感じてます」って素直に認めるとは思って無くて、スナップを外してチャイナドレスを脱がそうとしてた手が止まる。これじゃ素直になるまでずーっと弄っててやる!って最初の作戦は無理だ。でも布越しであんなに気持ち良さそうだったし、どうせなら舐めたりとかもしてみたい。
手も足も口も出せずに怪訝そうな顔をする傑を無視しながら、俺は少し考えて、
「…それじゃあ、素直になったご褒美、に…」
これまたいつかの傑の言葉を真似しながら、露わになった傑の緩く上下する胸板にそっと唇を寄せた。…よし、これなら不自然じゃない。大丈夫。
「…ん、ん…ッ」
布に擦れて少し赤くなった乳首を一度舐めて濡らしてから唇で挟んで、先っぽをちろちろと舌先でくすぐる。すぐ近くで聞こえる耐えるような傑の声と、時々ひくん、と素直に震える体から感じてくれてるんだってのが痺れるほど伝わって来て、俺は無意識に自分の腰を傑の太股に擦りつけながら夢中で傑の胸を舐めた。
「は、ぁ…っ」
「…ふ…ぅ、ん…っ」
やっと満足して顔を上げる頃には俺以上に傑の息が上がってて、ゆっくり瞬きをする潤んだ藍色にずぐんと腰が疼くのを感じながら、俺はもぞもぞシーツの上を下がって傑の腰の上から長い足の間に移動する。出来ればそこだけでイかせてみたかったけど、さすがにこれ以上は俺が待てない。
「…こんな格好、させられたことねーだろ?」
「んっ…!」
ぴったりしたチャイナドレス越しにはっきり解る傑のモノに小さく喉を鳴らしながら、シーツに力無く投げ出されてた足の膝裏に手を差し入れて、嫌になるくらい長いそれを立たせてぐいっと広げてやると、布が擦れたのか引き締まった内腿が震えた。
女と比べると筋肉質だけど、そこらの女よりずっと均整が取れた足を(片方だけだけど)M字開脚させながら、小さく舌舐めずり。染みにはなって無いみたいだけど、硬さはとっくに最高レベルなのはさっき太股に掠めた感触で確認済みだ。
「足、動かすなよ」
一応釘を刺してから手を離して、元々深いスリットを更に腰の上まで破ってドレスの中に頭を突っ込む。この服装だしほとんど布の無い女物のショーツでも履いてるんだと思ってたけど、俺の予想を綺麗に裏切って傑はチャイナドレスの下に何も履いていなかった。
…いくら特注って言ったってショーツの中には入らないか、コレは。
窮屈な布の中に押し込められてた傑のモノは感触通りにガン勃ちで、見慣れてる筈のそれがチャイナドレスの下にあるってことに背徳感を煽られながら、俺はちょっと濡れた先っぽにふぅ、と息を吹きかける。
「んんッ…」
今までとは段違いに艶を孕んだ声に傑の顔が見たくなったけど、ここでドレスを捲ったらわざわざ潜った意味が無くなるから我慢。いくら傑でも布の下で何が起こってるかなんて解らないだろうし、今は薬で頭も鈍ってるから予想も出来ない筈とアタリをつけて、無防備なそれの先端から滲んだ雫をちょっとだけ舐める。
ぴくん、と震えたそれに鼻先を寄せて、触れるか触れないかの距離で裏筋をなぞるようにしたり、横からはぷ、と先端に唇で噛みついてみたり。いつもの仕返しのつもりで散々意地悪してやってから、俺はゆっくり傑のモノを咥え込んだ。
「ッん、く…!」
じゅる、と音を立てながら自分の唾液ごと先走りを吸い上げて半ばまで咥えると、深く低くなった傑の声と一緒にギチリ、と布が鳴る音が聞こえた。
「ふ…ぁむ…っんん…」
「ん、んっ…ぅ…っ!」
見えないけど、きっと傑は今千切れるくらい手首を縛った布を握り締めてる。マスカラが無くても影が出来るくらい長い睫毛を伏せて、強い薬の所為で普段の何十倍にも跳ね上がって神経を焦がす快感に、あの形のいい眉を少しだけ悩ましげに顰めながら、噛み締めた口枷の合間から堪え切れなかった声を零してる。
いつも余裕たっぷりに俺をイジメてる、傑が。
…俺に、好き勝手に嬲られて。
「んぐっ…ん、んぅう…!」
「んンっ!…ふ、ぅ…ッ…ん、んぅっ…!」
そんな風に考えたらもう堪らなかった。ただ傑のをしゃぶってるだけなのに俺までイきそうなくらい下半身が甘く痺れて、だらしなく腰を揺らしながら火傷しそうに熱い傑のモノを喉奥まで咥え込む。
イキそうになったらわざと止めて、寸止めで焦らしてやろう、なんて悪戯心を出す余裕なんてもう無かった。霞みがかった頭の中でただ傑に気持ちよくなって貰うことだけ考えながら、びくびく震える裏筋に舌を添えて深いストロークを繰り返す合間に、とろとろと溢れてくる先走りを喉を鳴らして飲み下す。
布越しに聞こえる熱く掠れた吐息と、控え目なのにどうしようもなく甘い嬌声の合間。
黒い布に邪魔をされて聞こえない筈のあの声に、痺れるほど甘ったるく名前を呼ばれた気がして、俺は半ば無意識の内に傑のを咥えたまま「いいよ」と呟いた。
「…ッ!…ん、ぅう…っ!」
「…っ…!」
喉の奥まで入り込んだ傑のモノがどくり、と舌の上で脈打って、いつもより勢いがある気がする熱がどっと流れ込んでくる。噎せそうになるのを堪えてそれを呑み込みながら、俺は知らないうちに爪を立ててたらしい傑の足から手を離した。
傑の声は勿論、俺の返事だって言葉にはなって無かった筈なのに、絶妙なタイミングの所為で俺が頷くのを聞いてから傑が出したみたいに錯覚して、そんな筈ないのに忠犬みたいな従順さに頭の芯がじわんと熱く滲む。
「…っ、ふ…」
「す、ぐる…」
まだ硬いままの傑のモノに手を添えたまま、俺はもぞもぞとシルクの布地から顔を出した。夢中で動いてた所為で、高そうなチャイナドレスはスリットの場所から更に破けて腰どころか腹まで見えてる上、薄ら浮いた腹筋が見える筈のそこには強引にくびれを作る為の黒いコルセットが締まってたけど、そんな布きれのことなんて俺にはもうどうでも良かった。
「傑、…すぐる…」
「は…ッ、…んン…」
うわ言みたいにその名前を呼びながら邪魔な黒い布を取っ払って、息を吸いこもうと開いた赤い唇を塞ぐ。
頬に手を添えて柔らかい舌を絡め取った所で、ようやくキスに気付いたみたいに傑が薄ら目を開くけど、いつもなら直ぐに逆に引き摺りこんで好き勝手に俺を犯す舌先は、されるがままで動こうとしなかった。
「ふぁ……傑?」
「…えつ、」
どうしたのかと思って一度顔を上げた俺を見上げたまま、傑が濡れた唇で俺の名前を呼ぶ。微妙に舌っ足らずに聞こえるその声に体の中の熱が上がるのを感じながら綺麗な顔に見惚れてると、不意にブチ、と音を立てて傑の手を縛りつけてた布が千切れた。
ヤバい。ここでこの(下半身的な意味で)狼を自由にしたら何されるか解ったもんじゃない。
「あっ…ば、罰ゲームなんだから…ッ」
「んー…」
傑に覆いかぶさるみたいにしてた体を慌てて起こして距離を取ろうとした俺を、するりと首に絡みついた傑の腕が引き戻す。罰ゲームとはいえ、あれだけ好き勝手に色々したんだ。仕返しに何をされるかとビクビクしながら、…ほんのちょっとだけ期待もしながらそろりとその美貌を見上げた俺の髪を、傑の指先がくしゃりと撫でる。
薬の所為か、熱に浮かされて蕩けたように綺麗な藍色が、俺を真っ直ぐに見上げて、
「…ちゅーとハンパに止めンなよ」
「…へ?」
「きす」
「え、…え?」
「だから、キス」
気だるげに掠れた声で繰り返されて、取り敢えず言われるがままにキスをするけど、やっぱり傑は動かなかった。仕方無いからこっちから舌を差し入れて絡め取り、傑と比べるとかなり下手クソに舌を吸い上げたりしながら、俺は閉じてた目をちょっと開いて傑の表情を覗う。
透明な方はともかく、赤い媚薬はそろそろ切れる頃だ。どうせ余裕を取り戻して必死な俺のことを至近距離で愉しんでんだろうと思ってた傑は、目を閉じてた。
キスの最中だってのに。いや普通はそうなんだろうし俺もそうなんだけど。あの傑がだ。
「っ…すぐ、…」
「ん…?」
あまりに普段と様子が違う傑にただならぬものを感じて一度唇を離すと、濡れた藍色の瞳を片方だけ薄ら開いた傑が、不思議そうに俺を見上げた。そのまま見つめ合うこと約2秒。投げ出してた腕をよいしょ、って感じでシーツに突いて肘で自分の上半身を少し持ち上げた傑が、顔を上げた俺を追いかけてキスをしてくる。
「ん、…っ」
「ッッ……!」
目を閉じるのも忘れたまま、条件反射でそっと滑り込んで来た舌を甘噛みすると、薄ら目を開けて俺を見てた傑が、それはそれは気持ち良さそうで幸せそうに目を細めて微笑むのが見えた。
心臓の奥の方がきゅーっと甘く軋む。ヤバい。さっきとは別の意味でヤバい。
「…は…っ」
「んぁっ…す、すぐる…?」
「…つぎは?」
やっと満足したらしく、ちろりと唇を舐めてまたシーツの上に横たわった傑が、片手で俺の頭を撫でながら首を傾げる。
今俺の目の前にいるのは、いつもいつも性的な意味で俺をイジメてくる鬼畜で変態で超絶テクの下半身狼の筈なのに、ゆっくり瞬きを繰り返しながら俺を見上げて小首を傾げるその姿はどう見ても子犬だ。それも幽利みたいに大人しい子犬じゃない。そんな顔しながら平気で「次は?」なんて卑猥なことを促してくる、可愛いフリして小悪魔(しかも超美形)っていう破壊的なコンボを持つおっそろしい子犬。
「次は…えっと…」
「えつ、まだイってねーだろ?」
「んぁ…っ!?…ぁ、す…すぐる…ッ」
「…なめてやろーか?ここ」
片手でくしゃくしゃと俺の髪を撫でながら、俺の下腹を滑った傑の手がチャックを開けてた俺のジーンズの中に入り込んで、軽くイったみたいにぐっしょり濡れた下着ごしに俺のモノをするりと撫でる。
「ま、待っ…その、前に…っ」
普段はシてくれって言ったってシて貰えないだけに凄く魅力的なお誘いだったけど、残った理性をかき集めてなんとか傑の手を押し留めて、俺は広いシーツの端っこに置いておいた箱に手を伸ばした。
「…薬?」
「もう時間だろ?」
サイドスタンドの時計を確認しながら、俺は取り合えず透明な薬の入った注射器を取り出して無菌ケースを外した。最初に比べると大分体温の下がった傑の首筋に針を刺して、出来るだけゆっくりピストンを押しこむ。
こっちも相当効きが早いのか、俺の髪を撫でてた傑の手からくったりと力が抜けて行くのを感じながら空になった注射器を放って、今度は赤い薬が入ってる方を取り出す。同じように無菌ケースを外して注射しようとすると、さっきは大人しく受け入れてた傑がふい、と顔を背けた。
「傑?」
「…やだ」
「え!?…いや、でも…」
「さっきのはイイけど、そっちはイヤ」
いつものおフザケじゃなく、思いっきり素でそう言いながら、傑は俺が持った注射器から逃げるようにしてもぞもぞと俺の肩口に顔を埋めてくる。その仕草にまた心臓の奥がきゅーっとなるけど、さすがにこれは譲れない。
「注射させてくれねーと、次が出来ないんだけど…」
「……」
「…そんなに嫌?」
「イヤ」
「なんで?」
薬の効果で言えばさっきの注射の方がヤバいのに、どうしてこっちだけそんなに嫌がるんだと横顔を覗いながら尋ねた俺に、傑はちょっとだけ黙ってから、
「…考えられなくなるんだよ」
呟くような声で、ぽつりとそう言った。
「全部気持ちよすぎて、自分のコトしか考えられなくなる」
「……」
「…だから、イヤ」
つまり、媚薬が入ると自分の快感で頭が一杯になって、俺のことまで気が回らなくなるから。だからそっちは嫌だ、と肩に顔を埋めたまま言う傑に、俺は思わず注射器を取り落としかけて、
「…傑、ごめん」
力が入って無い傑の体を無理矢理引っぺがして抑え込んで、握り直した注射器をその首筋に打ちこんだ。
…自分でも外道じみたやり方だと思うけど仕方ない。これ以上こんなこと言われてたら心臓の奥がきゅんきゅんし過ぎて俺が死ぬ。
「…う、ぁ…っ」
空になった注射器を抜き取るのとほぼ同時に、がくんと大きく跳ねた傑の息が途端に浅く忙しなくなる。ずるり、と俺の肩から滑り落ちてシーツに落ちた傑の手に指を絡めて握りながら、俺は自分のジーンズを下着ごとずり下ろした。
「はっ…はぁ、…ッ」
「んぅッ…すぐ、る…っ!」
布が擦れて軽くイきそうになるのを堪えながら強引に片足を引き抜いて、焦点がぼやけた傑の首筋に何度もキスをしながらずるり、と硬くてアツい傑のモノを奥に擦りつける。
いくら慣れてるからって、こんなにカタいのを慣らしもせずに入れたら絶対タダじゃ済まない。いつもと違って傑には慣れるまで待つ、なんて余裕は無いだろうから下手すると本当に壊れるけど、そんなの知ったこっちゃ無かった。
好色な変態共から金を巻き上げる為の商売道具で生命線の危機だ。昔ならいくら金を積まれたって絶対やらなかっただろうけど、今の俺には関係無い。男娼はとっくの昔に廃業した。今の俺の相手は不特定多数の成り金じゃなくて、今は、
…今は、傑1人だけ。
「ひぐ、ぅッ…!…は、はぁっ…ひ、ぅ…ッっ」
「んくっ…え、つ…ッ?」
止まりそうになる呼吸を無理矢理深く繰り返しながら、傑の胸に手を突いて無理矢理腰を沈めると、締めつけがキツ過ぎて自分も苦しそうな癖に、俺の体を心配した傑が上半身を起こそうとする。
…自分のこと以外考えられなくなるんじゃねぇのかよ。どんな精神力してンだこいつ。
「なに、して…ンだよ…ッ」
「ッんぅ…い、いい…から…!ぁ、あぁああッ!」
少し怒ったように言いながら腰を引こうとする傑の上に、俺は半ば無理矢理腰を落とした。串刺しにされたような衝撃にがくがく体を震わせながら、シーツに抑えつけるようにして指を絡めた傑の手をぎゅっと握りしめる。
「は、ひっ…ぁ…ッ!」
「…く、ぅ…ッ」
「ぁ、はッ…す、すぐ…る…!」
跳ね上がりそうになる肺を押さえ付けて深呼吸を繰り返しながら、俺はすぐにでも動きたい筈なのに、俺の体を気遣って我慢してくれてる傑の耳元に唇を寄せた。
「うえっ…のって…イイ、から…ッ」
「…な、に…?」
「この、まま…じゃ、…んンッ…うごき、にく…だろ、…っ?」
「…ッ…」
今限定で性感帯の乳首を軽く引っ掻いてやりながら、出来るだけヤらしく聞こえるように掠れさせた声で囁いた俺に、傑がぎりっと音を立てて奥歯を噛み締める。
それに一拍遅れて、指を絡めて繋いでた手が初めて傑から握り返された、と思った瞬間。俺は狼に戻った傑の手でいつも通り、シーツの上に押し倒された。
「んぁあぁ…ッ!」
「は……はぁっ…、クソ…ッ」
時折じわり、と焦点がぼやける藍色でシーツを睨みつけながら、ぎちりと千切れるくらいにシーツを握り締めた傑が荒い息を吐く。忌々しげな声は俺にじゃなくて、赤い薬に理性を喰われかけてる自分に対してだ。
「すぐ…ッん…すぐる…っ」
「ッや、め…洒落になんねェ、って…!」
耳元で囁きながら追い打ちのつもりでナカを締めつけると、深く俯いた傑が今まで聞いたことが無いくらいに切羽詰まった声で言いながら、また軽く揺らしてやろうとしてた俺の腰を片手で掴んだ。
いつもはどれだけ容赦なく俺を追い詰めても引っ掻き傷一つ残さない傑の爪が、じわりと肌に食い込む。あぁ、マジで極限なんだなコイツ、って他人事みたいに考えたら無性に可笑しくなって、同時に媚薬の効果が伝染したみたいにじわんと腰が痺れた。
「こんな、…カタくしてる癖に?」
「ッぁ、…悦…!」
上目遣いにギラついた藍色を見上げながら傑の腰に脚を絡めると、シーツを握り締めた傑が咎めるように低い声で俺の名前を呼ぶ。なんか虐めてるみたいでちょっと悪い気がしてくるけど、だからってここでじゃあ抜くわ、なんて言えるほど俺は節操のある体じゃ無い。
「…俺のこと、イかせてくれるんじゃねぇのかよ」
滅茶苦茶にされるって解ってるのに止められないのも、傑が自分のコトだけ考えて気持ち良くなれるンなら別に壊れてもイイかも、なんて色々とヤバいことを考えてるのも、全部全部コイツの所為だ。
「なぁ、傑…?」
「っ…ぁ、く…!」
いつも余裕たっぷりに俺をイジメて同じ手でとろっとろに甘やかしてくる最高にイイ男が、人間ならとっくに狂ってるような媚薬の所為で余裕を無くして、しかも必死に耐えてる理由が元男娼のドがつく淫乱を気遣ってるから、なんて。
「何するか、ッ…解ンねぇんだよ」
「うん」
「マジで、壊すかもしれねぇ、から…っ」
「…いいって」
苦しげな吐息の合間に低い声で言いながら体を引こうとする傑を、俺はその腰に脚を絡めて強引に引き寄せた。さっきよりも深く強く脈打つ傑の熱に貫かれて、全身にざわっと鳥肌が立つ。
腰に食い込む傑の手がその気になれば一瞬で俺の頭を握り潰せることも、どんだけ理性飛ばしたって傑が俺にそんなことをしないのも、今の傑に本当に好きなように貪られたら冗談抜きで死にそうなくらい滅茶苦茶にされるってのも、全部解ってる。
解ってるけど。
「好きにして…イイ、から」
「っ…!」
欲に濡れた藍色の瞳を軽く見開く優しい怪物に、俺はその理性が今度こそ飛んだ音を聞きながら首に腕を回して抱きついた。
確かに俺は、男娼やってた頃から大体どんなコトされても悦ぶドがつくくらいの淫乱だけど。
それが、爪立てられて悦んだり、滅茶苦茶にされるって解ってるのにそれに期待するくらいに、酷くなったのは。
「…イイ子に出来た、ご褒美」
…傑の所為なんだからな。
偽物の太陽が白く照らす、乱れたシーツの中。
微妙に感覚が鈍った腰にヒヤりとした物が触れた気がして、俺は暖かいまどろみの中で薄ら目を開いた。
「…んー…」
「…悪ィ、起こした?」
顔を埋めてた枕に髪を擦りつけながら背後を振り返ると、俺の腰の辺りで片膝を立てて座っていた傑が、少し申し訳なさそうに笑いながらくしゃりと頭を撫でて来る。もう片方の手には半透明のメディカルテープ。
「なに……?」
「恋人に爪立てたどっかの馬鹿の尻拭い」
おどけた口調でそう言いながら、傑は指先で千切ったテープで真っ白なガーゼの端を留めていく。そう言えばそこは傑に昨日爪を立てられてちょっと血が出てたけど、確か一週間もすりゃ痕も残らないような傷だった。
「別に…いいのに」
「イイわけねぇだろ」
傷に対して大袈裟なガーゼと傑の優しい手つきが妙にくすぐったくて、照れ隠しに口を尖らせて見せた俺に、器用にガーゼを固定した傑は残りのテープをぽいっとシーツに放りながら即答した。
いつもの軽薄で色気ダダ漏れの薄い笑みでも、フェロモンバリバリの気だるげな表情でも無い、真剣な顔で。
「っ……」
「痛かったよな。…ごめん」
静かな声で囁いた傑の唇が、その真顔に冗談抜きに呼吸も止まるくらいゾクっと来てた俺の頬に、触れるだけのキスを落とす。ゆっくり離れてく伏し目がちの瞳が、いつになくストイックなその深い藍色が、なんかもう色々とヤバいくらいに色っぽい。
「べ、つにこんな…掠り傷にも入ンねぇって」
「傷の大小じゃねぇよ」
ガーゼを張られた俺の体にそっとシーツを掛けてくれながら、俺から視線を反らした傑が軽く目を細める。俺にも、他の“人間”にも絶対に向けられない、ちょっと苛立った冷たい目。
普段そういうプレイじゃ無い限り、俺の体にキスマーク以外の鬱血すらつけない傑が俺に爪を立てたのは、まず間違いなくあの薬の所為だ。
あの傑から加減も出来なくなるくらいに余裕を剥ぎ取る薬を使ったのは俺で、だからこれはある意味自業自得なんだけど、傑は俺の所為だなんて微塵も思って無いんだろう。あんな薬が効いてたのに。
…ホント、呆れるくらいイイ男だ。
「…なぁ、傑」
「ん、…」
「喉かわいた」
放っといたら自分で自分の腕をへし折りそうな傑の手をちょんちょんとつついて、心身共に最強なのを自覚してるだけに、こーいうことに関してはストイックな恋人の意識を自分の方に引き戻しながら、上目遣いにおねだり。
ついでに枕の下に腕を突っ込んで自分じゃ動かないアピールをすると、傑はやっといつもの調子でちょっと笑ってから、サイドスタンドから水の入った瓶を持ち上げた。
男らしい仕草でぐい、と瓶を呷った手が、指先に瓶を引っかけたまま枕から頭を持ち上げた俺の後頭部をそっと引き寄せて、上から濡れた唇が重なる。
「ん…、んっ…ふぁ」
「…まだ欲しい?」
「…ん…」
鼻先が触れるような距離で囁かれた言葉に素直に頷いて、俺はそこからもう3回、雛鳥みたいに傑から口移しで水を貰った。
最後の一口を貰うついでに舌が痺れるようなキスをして、中身が半分になった瓶を自分でも一口煽ってから、甘ったれた俺を甲斐甲斐しく世話してくれてた傑が寄り添うような距離で横になる。
「今日は一日シーツの上だな」
「あー…飯よろしく」
「了解」
「…ん?」
小さく笑った傑がちゅ、と小さく音を立てて額にキスしてくるのを受け止めながら、俺は視界の端に映った黒い影に、もうひと眠りしようと伏せかけていた目を開いた。
傑の背後、広いシーツの端に転がった蓋の無いその黒い箱の中身は、透明な薬の入った注射器が3本だけ。媚薬効果のある赤い薬の入った注射器は一本も無い。
「なぁ、傑。あれ」
「ん?」
「あれだよ、あの薬。…お前、自分で使ったのか?」
確かあの箱の中に赤い薬は6本入ってた。最初は傑が自分で、2本目は俺が傑に打ったのは覚えてるけど、残り4本に関しては記憶が無い。
「俺2本目までしか覚えてねぇんだけど」
「3本目は69の時に悦が打ったろ、太股に。…で、確か4本目は俺。悦が薬切れたら入れさせねぇって言うから」
ンなことヤって言ったのかよ昨日の俺。外道じゃねぇか。
「残りが…あー…覚えてねぇけど、多分俺が自分でやったんだろうな。悦はそんな状況じゃ無かったし」
「…意外と律儀だよな、お前」
「昨日一日、俺は悦のオモチャだったからな。ご主人サマの命令は聞かなきゃだろ?」
「多分日付変わってたけどな」
「細かいコトはいーの」
俺のツッコミに軽く笑って、傑は伸ばした俺の手に引き寄せた黒い箱を渡してくれた。普段の性癖から言えば昨日のは傑にとっては屈辱以外の何ものでも無くて、一刻も早く終わらせたかった筈なのに、一度腹を決めた時のコイツの潔さは異常だ。
「…こっちはあと3本残ってるんだな」
「別に使ってもイイけど、それだけだとただボケるだけだぜ。眠くならねぇ麻酔みたいなモンだから」
「でも、動けなくなるんだろ?」
「動かし難いだけだな。頭も鈍るから逆に危ない」
「ふーん…」
また縛るだけでも…とか思ってたけど、「動かし難い」ってレベルじゃあ確かに傑には使えないな。普段の半分以下の力でも傑なら枷もベルトも簡単に引き千切れるだろうし、加減が効かなくなって枷どころじゃなくベッドごと壊されたりしたら確かに危ない。
「…ん?」
ちょっと勿体ない気もしながら、使い道の無い3本の注射器を箱ごとゴミ箱に放り込もうと箱を持ち上げたら、中でザラリと動いた注射器の合間に小さな黒いボタンが見えて、俺はもう一度箱を手元に引き寄せた。
中の注射器を出してよく見ると箱の底は外見に比べて浅い。上げ底?…まだ何か入ってンのか?
「どした?」
「なんか…ボタンがある。ほら、ここンとこ」
角度を変えて箱の中を傑に見せながら、俺は横から箱の底を覗きこんだ。見た感じ、上げ底の高さは3センチくらい。注射器も入らないような隙間で、念のため鼻を近づけてみたけど火薬の匂いはしない。
「…押してみっか?」
「うん」
期待を込めて頷くと、中が見える角度のまま少しだけ俺の顔から箱を遠ざけた傑の手が、黒い箱の底についた小さなボタンを押した。
びっくり箱みたいに何かが飛びだしてくるか、上げ底部分が外れて隠された何かが見えると思ってた俺の予想に反して箱には何の異変も起こらず、その代わりに、
【んぁあぁ…ッ!】
【は…はぁっ…、クソ…ッ】
【すぐ…ッん…すぐる…っ】
【ッや、め…洒落になんねェ、って…!】
…穴も無い癖に即席のスピーカーになった箱から、雑音混じりの俺と傑の声が流れ出した。
「え、…なっ…!」
「……」
【こんな、…カタくしてる癖に?】
【ッぁ、…悦…!】
絶句して目を見開く俺を余所に、雑音混じりの割には明瞭な俺と傑の声が、吐息まで無駄に完全再現されて箱を震わせる。
【何するか、ッ…解ンねぇんだよ】
【うん】
【マジで、壊すかもしれねぇ、から…っ】
【…いいっ―――】
グシャ。
「あ、」
「……」
顔が熱くなるのを感じながら、改めて聞く余裕の無い傑の声に聞き惚れてた俺の目の前で、黒い箱が象に踏みつぶされたみたいにぺちゃんこになった。
思わず横顔を見上げた傑が、俺の方を見ないままにその手の中でぐっしゃりと潰された箱(の残骸)を、残像が見えそうな速度でゴミ箱に放り込む。
「スピーカー…入ってたんだな」
「…あぁ」
「ほ…ホント悪趣味だよなカルヴァも。録音してたとか、さ」
「…あぁ」
「だ、大丈夫だって。後で幽利に炭にして貰えば、リアルタイムでバックアップ取ってるわけじゃ無い限り…」
「……あぁ」
…取られてねぇわけ無いよな、カルヴァだし。
内心かなりテンパりながらフォローのつもりで墓穴を掘る俺に力無く頷いて、無表情のまま凄く遠い目をしてた傑は、箱を握り潰した手で自分の目元を覆いながら舌打ちした。
「……あの女……」
「すぐ、…るっ…!」
唸るように低い声で言った傑にシーツの中で強く抱きしめられて、思わず語尾が跳ねる。俺の首筋に顔を埋めてる表情は解らないけど、さっきのアレは相当、俺のコトをからかう余裕も無いくらいに傑には堪えたみたいだ。
女装して媚薬まで打たれた上にこれとか…どこまでドSなんだよあの女。
「…AVのつもりでさ、演技だって言い張れば…」
「……」
「普段が静か過ぎるんだよ傑は。別に男でもあのくらい変じゃ…」
「……」
…うん、そういう問題じゃねぇよな。
何を言っても今は傷を抉るだけだと気づいて黙りながら、俺の肩口に顔を埋めたまま、自己嫌悪に浸ってる傑の背中をぽんぽん撫でる。こんなに沈んでる傑を見るのは初めてで、ちょっと可愛いかも、なんてどっかの女王様みたいなことを優しい俺は勿論思ってたりしない。
「あー…キッツ…」
俺を抱きしめたまま、顔を隠す様に埋めてた俺の肩口からようやく顔を上げた傑が、心底疲れた声音で呟く。
「…怖いな、人気投票って。ってか女が怖い」
「あぁ。…生まれて初めて悦以外の奴にも“モテたい”って思った」
すれ違った10人中10人が振り返るような美貌に苦笑を浮かべて、女は勿論男だって骨抜きになる少し低くて甘い声で冗談めかして囁きながら、触れるだけのキスで頬を撫でてくる傑にはその台詞はあまりにも似合わなくて、俺は思わず笑いながらその背中を抱き寄せた。
「許してやるよ。…そのくらいの浮気なら」
だから、
多分カルヴァがバックアップを残してるさっきの音源から、俺の声を消して傑の声だけにした録音と、お前がいない時に俺が浮気しても、
…お仕置きは、軽めで。
Fin.
人気投票順位初変動記念&傑初最下位罰ゲーム
「優しい怪物の辱め方」。
いっそ傑受けにしてやろうかとも思いましたが、それだと真正淫乱ネコの看板息子が愉しめない気がしたので、女装+媚薬+αでお届け。
いつもより5割増しで余裕の無い傑と、そんな傑にいちいちキュンキュンしてる悦とのバカップル具合を愉しんで頂ければ幸いです。
人気投票へのご協力ありがとうございました!
