優しい怪物の辱め方



「…好きな服装?」

 皿に取り分けたお手製のレアチーズケーキに、これまたお手製のブルーベリーのソースを掛けながら、悦は突然の質問に傍らの少女を振り返った。
 折角の連休なのに何故か朝から傑が見つからず、仕方なく自室で25センチのホールケーキを消費しようとしていた所へふらりと遊びに来たFは、悦の問いかけにケーキを口に運びながら頷く。


「うんー。悦っちゃんはぁ、どんな格好の女の子がぁ、一番可愛く見えるのー?」
「可愛く…」

 むぐむぐとケーキを頬張りながら首を傾げられ、悦はソファの背もたれに体を預けながら虚空を見上げた。自分の服装でさえ動きやすければいい、というこだわりの欠片も無い基準で選んでいるのに、他人の、それも女の服装など考えたことも無い。

「…流行りとかは解んねーけど、似合ってれば可愛くは見えるんじゃねぇの?」

 FはILLの幹部で大人顔負けの数学者だが、同時に思春期ド真ん中の女子高生だ。何の脈絡も無いこの質問も、Fが偶に傑にしている「女子力向上の為の男心調査」の一部だろう、と軽く考えて答えた悦に、だがFは不満そうな表情で首を振る。

「んー、そうじゃなくってぇー。悦っちゃんの好みが知りたいのー」
「スカートとショートパンツならどっちが好き、とか?」
「近いけどぉ、そーじゃなくってー……うーんと……」


 普段の相談相手をしている傑が居ないから、その矛先が自分に向いたのだと悦は予想していたのだが、どうやらそうでは無いらしい。残り1口になったチーズケーキにフォークを刺しながら、Fは上手い言い回しを考えるようにしばらく首を捻っていたが、不意にいつもは眠たげに半眼にされている群青色の瞳をパチリと開くと、くるりと悦を振り返った。


「思い出したー。悦っちゃんのー、“そそる”格好が知りたいのー!」
「っ…そ、そそる?」

 余りにも予想外過ぎた単語に軽く噎せそうになりながらも聞き返した悦に、Fは無邪気に笑いながらこくこくと頷く。意味解って言ってるのかこの処女は。

「悦っちゃんがー、あー、この子とエッチしたいなぁー…って思う格好のことだよー」
「いや、意味は解ってるけど…」

 どうやらバッチリ意味を理解して言っているようだ。

「ねーねー、だめー?参考のためにもー」
「誘いたい男でも出来たのか?」
「んー…まぁー、そんな感じかなー」


 最後のケーキを口に運びながらそう言うFは、相変わらず好奇心と期待に満ちた目で悦を凝視している。
 これで相手が傑やカルヴァなら「何のプレイだ」と無視する所だが、Fは色んな意味で穢れた大人達とは違って未成年の少女だ。ネタでなく本気の可能性が高いというのが悦としては更に恥ずかしい所だが、ここで変に話を反らすのも逆にいやらしい感じがする。



「俺が、その…そーいう気持ちになる、のは」
「うんうんー」
「やっぱ露出の多い格好、かな。…俺の昔の仕事、知ってんだろ?」
「みずしょーばいおとこの子バージョンー」
「…まぁ、大体あってるか。そういう仕事だったから、周りの女もそういう格好の奴が多かったんだよ」
「谷間強調ーとかー?」
「それもだけど…下着の上からもこもこのストールかけただけだったり、下着の上からシースルーのシャツ着て、下はガーターベルトにピンヒール…とか」
「へー、すごいお店だねー」
「ん……まぁ、うん」

 「水商売」という単語から、どうやらFはランパブやキャバクラを想像していたらしい。XやY地区辺りならそういう場所もあるが、悦が居たZ地区の娼婦たちは皆、権力者を後ろ盾として利用するだけで客引きは自分達でやっていた。
 つまり店ではなく思いっきり公共の路上でそういう格好をしていたということなのだが、基本的に普通の女子高生であるFにそこまで教える必要は無いので、悦は適当に頷いておいた。


「そーなんだぁー…だけどぉー、さすがに下着だけっていうのはー、ちょっと無理かなー。ポイントとかは無いのー?」
「ポイント?」
「うんー。これは外せないなぁーってやつー」
「んー…ガーターベルト、は…結構好き、かな。チャイナドレスのスリットからちらっと見えるのとか」
「…チャイナドレス?」
「え…?」

 クマの顔がついたスリッパを揺らすのをぴたりと止めたFの言葉に、悦は思わずケーキを食べる手を止めた。その声は呟くように小さく、聞き取りにくかったが、間違いでなければ今、この少女は。

 …“語尾を伸ばさず”に、話さなかったか?


「…そっかそっかぁー、成る程ねー」

 その横顔を見つめる悦の視線に気づいたのか、俯かせていた顔をぱっと上げて“いつも通り”の口調で言いながら、Fは改造制服のスカートの上に乗せていた空っぽの皿を、手を伸ばしてローテーブルの上に置いた。

「ありがとー、悦っちゃんー。参考にするねー」
「あ…あぁ」
「そろそろーお仕事しなきゃー。ケーキ美味しかったー、ごちそうさまぁー」

 ソファから立ち上がってぺこりと頭を下げると、Fはいつも通りの無邪気な表情でひらひらと手を振り、思わず振り返した悦に満足そうににっこりと笑い、クマのスリッパをパタパタと鳴らしながら玄関の方へ歩いて行った。
 お邪魔しましたー、という声と共に扉が閉まる音が、悦が一人取り残された部屋に響く。


「…なんだったんだよ」

 突然現れて突然去っていったFに悦は思わず呟くが、気まぐれな女子高生の間延びした返事は勿論、無かった。










 悦が首を傾げながらもお手製ケーキとの至福の時間を再開する頃、Fは零級・壱級指定の凶悪犯罪者の居住区であるフロアを、ファンシーなクマのスリッパを鳴らしながら歩いていた。


「もしもしー、姉さまー?……バッチリだよぉー」

 本体より大きな兎のストラップのついた端末を片手に、くるくると指先に髪を巻きつけながら歩く女子高生の姿にすれ違う登録者が奇異の目を向けるが、その内の誰もが彼女の行く手を遮る事無く、寧ろ避けるように道を譲っていく。


「ちっちゃい頃からぁ、娼婦さん達見て来てる悦っちゃんだからー、ちょっと難しいかなーって思ってたんだけどー」

 そしてFもまた、銃やナイフなどの武器を隠しもせずに持った、或いは仕事帰りなのか返り血を浴びた姿の登録者を見ても表情を変えず、学校の廊下でも歩いているような軽い足取りで進んでいく。

「うんー、大丈夫ー。以外と普通だったよー」

 彼女は自分が彼等の手に掛れば数秒で殺されてしまうことも、或いは死ぬより酷い目に合わされてしまうことも十分に理解していたが、同時に彼女は、今自分が出て来た部屋の持ち主の“相棒”を、彼等がどれだけ恐れているのかも理解していた。


「それじゃー、今から戻りまーす。…はーい」

 パタンと音を立てて閉じたピンク色の端末を制服の胸ポケットに滑り込ませ、物理的には何の力も持たない少女は、並み居る凶悪犯罪者の前を素通りしながら一人微笑む。

「ふふっ…たーのしみぃー」


 その言葉の通り、とてもとても楽しそうに。










 Fがスリッパをパタパタと鳴らしながら廊下で小さくスキップをしている頃、その通話相手であるカルヴァは、真っ赤な端末を片手に、彼女の城である医局【過激派】を真っ赤なピンヒールで優雅に歩いていた。

「先生、643の患者が薬剤投与に非協力的です」
「困った子だわ。優しく締め落としてから注射なさい」
「医局長。先程の右大腿骨折の患者が、『ここやだ怖い穏健派に移してくれ』とほざいています。如何しましょう?」
「脳波に異常は無かった筈だけど…頭を強く打ったのかしら。落ちつくまで口を塞いでおきましょうか」
「ボールギャグですか、棒ですか?」
「あなたの好きな方でいいわ。ギャグじゃなくても構わなくってよ」

 
 カルテや拘束具を片手に指示を仰ぐ看護師達に的確な指示を出しながら、カルヴァは診察室の奥にある6つの6人部屋の病室、そして3つある集中治療室を兼ねた個人病室の内2つの扉の前を通り過ぎ、つき当たりにある最後の病室の扉を開けた。

 音も無くスライドした扉の奥。染み一つ無い純白のベッドの上に寝ているのは、既にこの部屋が指定席となっている病的に勤勉な雑用員―――では無い。


「少し多すぎたかしら」

 くすりと笑いながらそう呟き、カルヴァは真っ赤なピンヒールをかつかつと鳴らして、ベッドに横たわったまま目を開けない「患者」に歩み寄る。

 マットレスを軋ませながらカルヴァがベッドの縁に腰掛けても、影を落とす程長い睫毛を持つ瞳は伏せられたままだ。完璧な造形をした美貌には汗が伝い、薄らと開かれた紅唇から零れる呼吸は、高熱を出しているかのように熱っぽく浅い。

「少し可哀そうな気もするけれど…仕方ないわね」

 白磁のように滑らかな頬に張りついた暗い茶色の髪を指先で払いながら、カルヴァは黒曜石の瞳を細める。
 無抵抗に横たわる「患者」は、何故かシーツの上ではなく、本来なら体の上に掛けられている筈の布団の上に直接寝かされていた。靴と靴下は脱がされ、ベルトは抜かれていたが、服も患者着ではなく私服のままだ。

「大丈夫よ」

 「患者」は変わらず目を伏せたまま何の反応も示さないが、カルヴァは「彼」が覚醒しているのを知っているかのように声を掛けつつ、シンプルだが仕立てのいい黒いシャツの襟をするりと撫でる。


「…痛くしないから」

 妖艶に微笑んで囁いた女医の華奢な指先が、弾くようにしてシャツのボタンを1つ、外した。





優しい怪物の辱め方






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