「今晩泊めて」
「明日の10時までに出るなら、警備に―――」
「違ぇよ、ここじゃなくて」
「お前ン家に」
「お待たせ」
「んー」
規則正しいノックと共に薄暗い室内へ入って来た鬼利を、傑は黒い革張りのソファの上で出迎えた。
ぎっしりと書類が詰まった分厚いファイルと共に抱えられた、白衣の鬼利には似合わない高級そうな酒のボトルに、藍色の瞳が嬉しそうに細まる。
「いいのかよ、そんな上玉」
「いいよ。経費で落とす」
悪びれた様子も無く頷き、鬼利はボトルをローテーブルに置いた。その保存状態に反して、ラベルに刻まれた年号はかなり古い。経費で落ちるような値段ではまず買えない筈だ。
「かなり無理を言ったと聞いたからね」
「あぁ、それで」
ボトルをくるりと回してラベルを確認しながら、傑はついでのように言われた言葉に薄く笑って鬼利を見た。ベッドを背にした対面のソファに腰掛けた鬼利は分厚いファイルを開いてなにやら書類を確認しており、傑とは目も合わせない。
モニターはあくまで暇つぶしであり、傑の本業はホストだ。いつもなら本業に支障の出ない時間帯と拘束時間のモニターのみが回されるのだが、今回に限って、ということで急きょ内容が変更になった。
何でも元々頼んでいたモニターが来られ無くなったとかで、本来なら傑には回される事の無い、夕方から深夜まで半日近くかかる内容のモニターを頼まれたのだ。
今日は“お得意”からの指名も入っていないので、傑としてはその無理を聞くことに何の抵抗も無かったのだが、鬼利はそれなりに気に掛けたのだろう。
御曹司ならではの伝手を頼ったか、コレクションの1本かは解らないが、埋め合わせの為に自腹を切るとは律儀な男だ。
「薬だったよな。どっち?」
「両方。…とは言っているけど、“女役”向けだね」
取り出した何枚かの書類にペンを走らせながら、鬼利はちらりと上目遣いに傑を見た。ボトルの包装を慣れた手つきで剥いている傑に視線で無言の圧力をかけてから、諦めたように小さく溜息を吐く。
「…一杯だけだよ」
「善処する」
ローテーブルの脚部にある隠し棚を開け、そこからグラスと栓抜きを取り出しながら、傑は軽薄な調子で答えた。こんな上等な酒を貰って一口も飲まないなんて、今日まで貞操を守って来た酒に失礼と言うものだ。
「…ん…美味い」
「そう思うならもう少し味わったら?」
グラスに半分ほど注いだ酒を一息に飲み干し、満足げに呟いた傑をちらりと一瞥した鬼利が呆れたように言うが、手酌で次の酒を注いでいる傑は気にした風も無く軽く笑って見せる。
「好きなように飲むのが一番美味いんだよ。お前は?」
「後で一杯貰うよ。…それが最後だからね」
「はーい」
放っておけばそのままボトルを空けてしまいそうな傑に低い声で釘を刺し、鬼利はファイルの中から数枚の書類を抜いてテーブルの上に滑らせた。
小難しい単語が並んだ書類には、「契約書」と「仕様説明」という文字が大きく印刷されていたが、グラスを片手にそれを受け取った傑は文章を目で追うことすら無く、鬼利の手から抜き取ったペンで文末にサインを走り書く。
「…傑」
「不能になる?」
「それは無いよ。死ぬかもしれないけどね」
「ならいい」
空になったグラスごと書類を鬼利の手元に押し戻し、傑はその指を飾る銀色を引き抜きながらソファから立ち上がった。
橙色の視線が突き刺さるが、傑が鬼利の「説明義務」を面倒だからという理由で無視するのも、鬼利がそれを咎めるのもいつものことだ。最初の数回こそせめて一読くらいはしろと説得されたが、最近は何を言っても無駄と判断されたのか、溜息を吐きつつも黙認してくれている。
が、今日は違った。
「……いいんだね」
「ん?」
念を押す様にかけられた言葉に、ソファの後ろにあるベットへと向かっていた傑は肩越しに鬼利を振り返った。
今回のモニター内容である薬の準備をしようともせず、傑が返した書類へと落されていた橙色の視線が、ゆっくりと傑を見上げる。
“お得意”の女達から贈られた指輪が、音を立てずに毛足の長い絨毯の上に落ちた。
「…前の仕返し?」
震える指先と絨毯に散らばったアクセサリーをちらりと一瞥し、慌てるでも怒るでもなく尋ねた傑に、鬼利は腕時計を見ながら緩く首を振った。
「まさか。ただの薬の“モニター”だよ」
「手足の感覚ねーんだけど」
「座った方がいいよ。頭を打つといけない」
時間でも測っているのか、文字盤から視線を上げない鬼利がそう言ったのを合図にしたように、傑の両膝からがくんと力が抜けた。
自重を支えきれずに傾いだ長躯が、革張りのソファに縋りながらずるずると絨毯に沈む。視界の端で銀色のものが光っているのが見えたが、焦点が定まらなくなりつつある傑には、それが先程落した指輪だと判別することが出来なかった。
「誰に売るんだよ、こんな薬」
座っているのがやっとな上に、視界は歪み、頭もどこかぼんやりと鈍っているのに、意識を失う気配が無い。おまけにしっかりと呂律が回るのを確認して、傑は小さく舌を打った。
今の所自覚症状は無いが、鬼利の作った薬だ。意識は保たせたまま抵抗出来ない程度に自由を奪う上、催淫剤かそれに近い効果も含まれているだろう。まず間違いなく一般人には売れない薬だ。
「…お前、俺のこと運べンの?」
「それは僕の仕事じゃない」
黒い塊にしか見えないベットを眺めながら呟いた傑に、ソファの向こう側にいる鬼利が退屈そうな声音で答える。
その後ろで防音素材が詰まった重い扉が開いた音を聞いて、傑は重い頭をソファに預けたまま、諦めたように藍色の瞳を伏せた。
「…顔に傷つけンなよ」
何も言わずにソファを指差した鬼利に、予定より3分早く室内に入って来た3人の男は一度顔を見合わせ、2人はソファの裏で倒れ込んでいる傑の元へ、1人は鬼利の方へとやって来た。
「2人、見繕ってきました。どっちも“同業”です」
「ありがとう。始めていいよ」
傍らの男を振り返りもせず事務的な口調でそう言い、鬼利は片手で几帳面な結び目を作っていたネクタイを緩める。2人の男によって両脇を抱えられ、ベットの上に乗せられている傑は抵抗もせず、されるがままだ。
個人的な伝手から呼び寄せたこの3人には、ただ「この部屋に居る鬼利以外を犯せ」としか伝えていない。相手が男だということも含め、何かしらの反応があると思っていたが、男達は傑がこんな目にあう理由すら尋ねて来ない。
…嫌われたものだ。
軽く頭を下げて他2人に加わった男の、自分を見る怯えたような視線に、鬼利は内心で小さく溜息を吐く。ベットの上で傑のスーツを引き剥がしている他2人に至っては、こちらを見ようとすらしなかった。
「…ムカつくくらい綺麗な顔してやがんな、こいつ」
「だよなぁ。でもきっちり“野郎”だぜ」
「はっ、そりゃ災難だ」
あっという間にシャツ一枚にされた傑を見ながら3人の男は軽口を叩きあうが、それが表面的な余裕なのは傍から見ている鬼利にも解る。
無理も無い。彼等が今まで出会ったどの女より完璧な容姿をしている上に、今あの藍色の瞳は薬によって焦点を飛ばし潤んでいる。異常な環境を含め、興奮剤としては十分過ぎる程だ。
「おら、口開けろ」
「っ…ん、ぐ…!」
「吐かせんなよ、後が面倒だからよ」
1人が性急に前を寛げ、髪を引いて顔を横向かせた傑の口内にモノを押し込んだのを皮切りに、他2人も次々と抵抗できない傑に手を伸ばした。
3人の内の誰かの趣向なのか、1人が唯一着せられたままのシャツをたくし上げて乳首を舐め上げ、もう1人がシーツに投げ出された長い足を割り開き、半勃ちの傑のモノを扱きながら片手で後腔をまさぐる。
「……」
まだ完全に薬が回り切っていないのだろう。無理な体勢で喉を突かれる苦しさで乱れた呼吸以外、喘ぎ声らしい声は出さずにいる傑を横目に、鬼利は腕時計を一瞥した。
薬自体は即効性のあるものだが、持続性を優先した催淫効果に関しては少し効きが遅い。傑に比べると稚拙な男達の技量も踏まえると、あと10分という所か。
舌遣いが上手いだの、指が入っただのと騒ぐ3人の男の声を思考から締め出しつつ、鬼利は膝に乗せていたファイルを開くと、傑のサインが入った書類をそこに綴じ込み、口元だけで薄く笑った。
―――だから、きちんと読めと言ったのに。
…全く、どうかしている。
「ん、ん…っふ…ぐ、ぅ…う…ッ」
「サボってんじゃねぇよ、舌動かせ」
「乳首弄るとすっげぇ締まるぜ、この淫乱」
「早く代われよな。ネチっこいんだよお前」
「ぁ、…んぅッう…ふ…!」
うつ伏せにされ2人目のモノを咥えさせられながら、腰を抱えられて後ろから貫かれ、腰下に潜り込んだ男にモノを舐められ扱かれている傑を眺めている鬼利は、ビーカーやフラスコの薬品を眺める時と同じように己を分析する。
―――“これ”を思いついたのは2週間ほど前だった。生活感の無いあの家で傑に犯された1週間後のことだ。
モニターという名目で度々傑を犯してはいたが、男を犯すのと、犯されるのとでは意味合いが全く違う。当然ショックなり嫌悪感なり、何らかの反応が自分の中で起こるものと鬼利は予想していたのだが、一週間経っても鬼利の内心には波風1つ立たなかった。
自らの内心さえ第三者として分析し観察する鬼利は、自分の性癖や趣向を偏り無く認識している。だからこそ不可解だった。自分の性質上、あのような行為を甘んじて受け入れるなど考えられ無かった。
傑以外なら間違いなく相手を社会的に抹殺しているだろう。何故あの男だけが例外なのか。鬼利自身があの男を“特別視”しているということなのか。
それを確かめる為の、これは“実験”だった。
「んぐ、う…ッは…ぁ…んんッ…!」
呼吸を無視して喉奥を突いていたモノが不意に引き抜かれ、息を吐いた傑の顔を、男の放った白濁が汚す。目元までかかったそれに傑は咄嗟に顔を背けたが、髪をわし掴んだ無骨な手がそれを強引に引き戻した。
かかった精液を塗り広げるように濡れた唇に男のモノが擦りつけられるが、後ろから乱暴に打ちつけられる腰に揺さぶられ、腰の下に潜り込んだ男にしつこくモノの先端を責め立てられている傑は、されるがままに掠れた嬌声を漏らしている。
「ッ…ぁ、は…っあぁ…ん、んんっ…!」
一際強く腰を打ちつけられるのと同時に、口淫を強要していた男にシャツの上から乳首を弄られ、傑は下の男の手の中に今日3度目の精液を吐き出した。
屈強と言うわけでもない男達に抵抗もせず好き勝手にされているのも、藍色の瞳をぼんやりと潤ませているのも薬の所為なのだが、体中を男達と自分の体液で汚しながら達しているその姿は、傍目にはただの淫乱に見える。
「おい、イイモノ見つけたぜ。着けてやれよ」
後ろから貫いていた男がイったタイミングを見計らって、サイドスタンドの上に並んでいたいくつかの「玩具」を探っていた男が、その中からコックリングを取って傑の下に潜り込んでいた男に放った。
小さな首輪のようなそれに男は一瞬怪訝そうな顔をしたが、直ぐに仲間の意図を悟ると、下卑た笑みを浮かべながら傑のモノの根元にそれを巻きつける。
加減知らずに締めたのだろう、ぐったりとシーツに顔をつけた傑の美貌が一瞬苦しげに顰められたが、達したばかりで敏感になっているナカを別の男のモノに突き上げられると、直ぐに藍色の瞳は快感に濁った。
「男でも乳首って感じるモンなんだな。ほら、痛いくらいがイイんだろ?」
「いぁ…っ…あ、ぁあ…あっ…ッっ」
薬の効果も知らず好き勝手なことを言いながら、男の無骨な指が赤く色づいた乳首を強く捏ねる。下肢では、先程まで腰を振っていた男が、同じくどこからか見つけたらしいローションで濡らした手で傑のモノを扱き、コックリングの所為で先走りすら碌に零せなくなった先端を爪先でカリカリと嬲っていた。
「はっ、はぁ…っひ…ぁあ…っ!」
根元を戒められたまま突かれ、乳首とモノを同時に責められるのはさぞ辛いだろう。今までよりも幾分余裕を無くした傑の嬌声を聞きながら、鬼利は白衣の裾を払って足を組んだ。
鬼利自身が傑を“特別視”していることはほぼ確定したが、3人の男達が鬼利もさせたことのない傑の口淫を味わい、好き勝手にその体を貪っている様を見ていても、鬼利の内心は静かなままだった。
ホストという本業と傑の性格上、女性との関係は容認出来ているが、男相手ならばと考えたのだが、どうやらそういうわけでも無いらしい。傑が誰を犯そうが、誰に犯されようが、さして興味関心は沸かないようだ。
「…違うか」
射精を封じられたのが効いているのか、男達の愛撫にこれまでよりも敏感に反応している傑を眺めながら、鬼利は口の中で低く呟く。
嫉妬は愚か関心も沸かないということは、この“特別視”は俗に言う恋愛感情というものでは無いようだ。
単純に傑という人間が鬼利の中で他とは別にカテゴライズされ、傑が属するその分類の中では、本来鬼利が許容できるものではない態度や言動も認可され得るのだろう。
何故、今のところ傑だけがその分類に属しているのかは解らないままだが、恋愛感情が排除されたとすると、環境か個体の性質、その複合くらいが理由か。何にせよ、この“実験”で答えが出るものではない。
「んぐッぅ、…んぅ、うぐ…ふ、うぅう…ッっ」
「……」
既に無駄が確定した鬼利のエゴにより、今日何度目かの口淫を強いられている傑を眺めながら、鬼利は小さく溜息を吐いた。
研究者には適した探究心と知的欲求だが、こんな時はそれが仇になる。「解らないこと」に自分が納得出来るだけの解答が出ない限り、考えることを止められないからだ。
いっそ恋愛感情なら分解され尽くしている分だけ面倒も無かったのに、これでは1時間後に3人を帰した後も、傑と自分の関係性について考えなければならない。
…退屈よりはマシか。
無意味に犯され続ける傑を眺めながら、鬼利は凪の海のように冷静な胸の内でそう独りごち、静かに足を組み替えた。
余程傑の体が気に入ったのか単に欲求不満だったのか、約束の時間になってもなかなか出ていこうとしない男達を微笑みと共に追い返し、鬼利はソファから立ち上がった。
白衣をソファの背もたれに放りながら、シーツが乱れ切ったベットの端に腰掛ける。
「ご苦労様」
「…っ…」
声を掛けながら軽く背中を叩くと、うつ伏せにシーツに突っ伏していた傑が小さく咳込んだ。
…気絶していなかったのか。
億劫そうに顔を上げ、腕立て伏せの要領で上体を起こす傑を横目にしながら、鬼利は腕時計を一瞥した。薬はそろそろ切れている頃だが、媚薬が入った体で約2時間3人の男達に犯され続けて起き上れるとは、称賛に値する体力だ。
「…せ」
「なに?」
「…はずせ」
掠れた声で呟くように言われ、鬼利は初めて傑のモノにコックリングが嵌められたままであるのに気がついた。汚れたシーツを押し遣って足を投げ出して座っている傑の前に周り、血流を妨げられて鬱血し始めている下肢に手を伸ばす。
同じ男としてこんな状態の男を焦らすほど外道では無いが、急に外せば更に傑を苦しめることになる。出来る限りゆっくり拘束を解こうと鬼利が留め金を外すと、深く俯いて顔の見えない傑がとん、と肩に頭を乗せて来た。
「…よく耐えられたね、こんなにきつく締められて」
手足の感覚は30分前には戻っていた筈だ。引っ切り無しにフェラを強要されていたとはいえ、これだけ体力があるのなら男達の目を盗んで自分で緩めるなり、外せと要求することも出来ただろうに、鬼利が覚えている限り傑は男達に一言も口を利いていなかった。
傑の性格からして、男達にもうやめてくれと懇願することは無いと思っていたが、下卑た野次に対する軽口すら返していなかった。ショックで口が利けなくなるような玉でも無いだろうに。
「外すよ」
「…っぁ…は…」
髪に目元が隠れた横顔を覗いながらゆっくりとベルト状のリングを解くと、鬼利に凭れた傑の体がひくりと震え、溢れるように零れた白濁が鬼利の手を濡らした。
出来るだけ刺激しないよう、包むように緩やかに扱き上げて残滓を吐き出すのを手助けしてやると、深い吐息と共に傑の体からくったりと力が抜けたのが解った。増した肩の重みを受け止めながら手を離そうとした鬼利の手首を、傑の手が掴む。
「…満足したか?」
「……いや」
彼にしては珍しく、迷うような数秒の間を置いて答えた鬼利に、傑が小さく笑った。
「寝取られモノが好きなんて聞いてねぇンだけど」
「そんな趣味は無いよ」
「ダルい。吐け」
「……」
僅かに明瞭さを取り戻した声で、いつものような言葉遊びの中での腹の探り合いを放棄され、鬼利は手を拭っていたシーツを離す。
凌辱による疲労で頭の鈍った今の傑を、体のいい言葉で欺いて納得させるのは容易かったが、このことに関してはそうする気が起きなかった。
「僕にとっての、お前との関係性を確かめようと思った。適当な女を用意すればいいのに、初回にされたお前の提案に乗って未だに僕がモニターの相手を勤め、ひと月前は逆に犯された」
「……」
「他の人間なら社会的に殺してるのに、お前に対してはそうする気が起きない。どうしてお前だけなのか、判断材料として彼等に犯させたけれど、嫉妬も関心も無かった。申し訳無いけれどただの無駄骨だったよ」
「…ふーん」
我ながら首を絞められても文句は言えないような理由だったが、傑はどうでも良さげに相槌を打つと、億劫そうに鬼利の肩から頭を離す。
かき上げられた前髪の下から覗く藍色は、いつも通りに正面から鬼利を見据えた。
「無駄に賢いと大変だな。自分に解らねぇことなんて無いと思ってンだろ」
「昔はね」
「いいんじゃねぇの、好きか嫌いかで」
「…どういうこと?」
足に纏わりつく濡れたシーツを払い、ベットから降りようとする傑に道を譲って立ち上がりながら、鬼利は手首を掴まれたままの腕を軽く引く。必要なら肩を貸そうと思ったが、鬼利の手を借りてベットから降りた傑の足元は驚くほど確りとしていて、ふらつきもしなかった。
「お前、甘いモノが好きだって言う奴に“何故、どういう経緯で好きになったのか”、なんて聞くか?」
床に散らばった自分の服を蹴って退かしながら、背を向けた傑が言う。
「聞かねぇし、考えもしねぇだろ。それが自分のことでも」
「そうだね」
「一緒だよ。好きか嫌いか、強いか弱いかでいいんじゃねぇの」
気だるげに言いながら、傑は部屋の奥にあるバスルームの扉に手を掛けた。体液で汚れていても尚、見惚れるような美貌が、数歩下がって後を追っていた鬼利を振り返る。
「俺は好きだぜ。お前のこと」
「…それはどうも」
「いーえ。でも、」
そこで一度言葉を区切り、簡素なユニットバスの扉を後ろ手に閉めながら、傑は普段軽口を叩く時と変わらない声音で。
「…覚えてろよ」
扉が閉まり切る寸前に囁かれた言葉に、鬼利は思わず笑ってしまった。
覚えていろ、か。
それで許されるのか。
「……」
シャワーが流れる音を背後に聞きながら、鬼利はソファに戻ると、ローテーブルに置かれていたファイルの中から2枚の書類を千切り取った。
普段モニター時に使用される文章に、今日これから起こる事に一切の文句を言わない、という趣旨の一文が加えられた傑のサイン入りの紙きれを、破ってゴミ箱に投げ込む。
他の“誰か”と傑とを比べた時、鬼利にとって一番の差異は気遣いがいらないことだ。
何をするにも何を言うにも、遠慮がいらない。ただ、与えたものがいつか自分に返って来るのを覚悟し、与えられたものをいつか返してやるだけだ。それが浄か不浄か、正か悪かの区別無く。
そんな真似が出来るのは傑だけだ。代えが効かない。
ばさり、と音を立ててファイルを投げ出し、鬼利はローテーブルの隅に置かれたままのボトルを引き寄せた。傑に使わせた薬入りのものとは別のグラスに、温くなった琥珀色の酒を注ぐ。
「……」
傑のように一息に流し込むのではなく、ゆっくりと一口を味わって、鬼利は小さく息を吐く。
アルコールなら何でもいい雑食の傑は、この酒を「最高」だと称していたが、これよりもずっと良い酒を付き合いで散々飲んでいる鬼利に言わせれば、熟成時間の割に香りが薄いし、そもそも製造された年代が然程良くも無い。
…だが、まぁ。
好きか嫌いかと言われれば、好きだ。
Fin.
…可愛げ?何それ美味しいの?状態。
攻め同士の絡み第三弾。メインではなかなか出来ないプレイを!ということで傑輪姦でお送りしました。
やっぱり3人以上同時に動かすのは難しい…!
もっとAVみたいな輪姦描写にしようかとも思いましたが、鬼利が放置になる&さすがに傑がキレるので流しめで。
