Is it good?



 軽い調子の声と共に扉が開いた瞬間。
 内側の相手が反応する前に素早く差し込まれた分厚いファイルが、ぎっしりと防音素材が詰まった重い扉と壁に挟まれてみしりと歪む。

「うーわ、最悪…」
「そう嬉しそうな顔しないでよ」

 閉まらなくなった扉にぐったりと凭れ、心底嫌そうに顔を顰めた会社専属のモニターに、開発局の白衣を来た男は優雅に微笑んだ。










 滑らかなシーツの上に、どさりと音がするような乱暴さで半裸の体が横たわる。

「なんでこのタイミングでお前なんだよ…俺もう今週3回目なんですけど」
「仕事熱心だね。本職の方はどう?」
「お陰様で絶好調。明日も同伴だから今日はもう帰りたいんだけどなー」
「嘘ならもっとまともに吐いたほうがいいよ」

 傍らの、それすら暗闇に溶けそうに黒い革張りのソファに脱いだ白衣を放りながら、3番開発局に籍を置く佐緒鬼利はくすくすと笑った。
 その反応に、裸の上半身に黒いジーンズという格好でシーツに寝転がっていた傑は軽く舌を打つ。引き抜かれたシルバーのリングがベッドサイドに放り出され、ルージュを引いたように赤い唇が引き寄せたグラスから度の高いアルコールをあおった。


「酒は?」
「後でね。あんまり飲んで役立たずになると困るから」
「こんなお上品な酒で勃た無くなるほど酔うかよ。飲むのが本業だぜ?」

 溜息混じりに言いながら傑は空になったグラスを揺らして見せるが、鬼利はそれを綺麗に無視すると、サイドスタンドの収納から黒いベルトと金属製の枷を取り出す。

「前のは傷が残ったから、肌に触れる部分をファーで包んでみたんだけど。どう思う?」
「締めてみ」

 ごろりとシーツの上にあお向けになりながら、傑は鉄の柵になっているベッドヘッドに左腕を近づけた。普段は”お得意”の女性が送る時計で飾られた手首に、なめし革の裏にファーをあしらったベルトが巻かれ、金具が少しきつめにそれを柵へ固定する。

「角度によって金具中で刺さって痛ぇ。細くて食い込む」
「かなり磨いたんだけどね。…じゃあ、金具は位置から変えて、ベルト部分の幅を12、」
「”お得意”相手なら俺は14がボーダー」
「…じゃあ15センチに。こっちも着けるよ」

 手元の書類に数字を走り書き、鬼利は金属製の枷で傑の右手を繋いだ。金属の感触が嫌なのか傑は軽く目を細めるが、拘束好きの顧客にはこの冷たさが受ける。
「冬に着けたら心臓止まりそう」
「そんな感想聞いてないよ。重さは?」
「いいんじゃねーの。これ以上軽くしたら安っぽくなるし、鎖の長さも手ごろで」
「解った。…それじゃあ、後は使用感を試して貰おうかな」
「……」

 両腕を拘束された自分の上に乗ってきた鬼利が、円筒のケースから錠剤を出しているのを見上げながら、傑はげんなりした表情で溜息を吐いた。


「…薬漬けとか勘弁しろよ、マジで」

 低く呟いた傑に小さく笑いながら鬼利はその舌の上に錠剤を3つ落とすと、傑が酒を飲んでいたのとは別のコップに入った水を口に含む。
 口移しで傑の中に水を流し込み、錠剤ごと水を嚥下したのを喉に添えた指で確認して唇を離すと、鬼利は濡れた傑の紅唇を指先で拭ってやりながら、ぞくりとするほど凄艶に微笑んで見せた。

「もしもそうなったら、死ぬまで僕が飼ってあげるよ」










 正常位で2回、騎乗位で1回、計3回分の名残でぐっしょりと濡れたシーツにぐったりと横たわる体を、鬼利は慣れた手つきでうつ伏せにひっくり返した。

「…起きてる?」
「はっ…はぁ…んンッ…」
「傑。辛いならもう止そうか?」

 適度に筋肉のついたしなやかな体を微かに震わせながら、傑は後ろから髪を梳く鬼利の手を避けて弛緩していた足を引き寄せる。規定の倍にして薬を盛られた体の熱は3回ヌかれても全く収まらず、むしろ酷くさえなって意識を蝕んでくるから堪らない。
 シーツが肌に擦れるだけで動けなくなるほどの愉悦を感じているのに。この状況で止めるかと聞く鬼利は生粋のサディストだ。


「力、入ン…ねぇ…っ」
「腰だけ上げてくれれば後は勝手にするからいいよ、無理しなくて」
「ッぁ、あ…!まっ…腰触んなって…っ」

 ぐい、と後ろから腰に手を回して膝を立たせられ、神経を剥き出しにされたように敏感な肌が一気に泡立つ。大げさなくらいびくりと跳ねてシーツに顔を押し当てた傑に鬼利は小さく笑うと、さっき出した自分の体液が残る傑の中に指を差し入れた。

「こうしてると、かなり素質があるんじゃないかって思うけど…」
「んんッ…はぁ、っ…!」
「…普段は指一本で吐くくらいだから、よほど薬との相性がいいんだろうね」

 世間話でもするような口調で鬼利は話し掛けるが、傑からいつもの皮肉混じりの軽薄な声は返ってこない。
 180の長身に抜群の容姿、甘く艶のある声。普段の傑はどんな格好でもホストが天職のように見えるのに、モニターとして自分の下で鳴いている彼を見ていると、それが酷く滑稽に思えてくるから不思議だ。
 吐息混じりに漏れている甘い声が”お得意”を骨抜きにし、シーツを握りしめている長い指が女の肌を這って陶酔させる様など、とても鬼利には想像出来ない。


「ぅあっ…ん、も…しつけぇ…ッ」
「出しておかないと処理が大変なんじゃないの?このままだともっと奥に入るよ」
「こんだけ注がれてりゃ一緒、だ…んぁ…っ、焦らすな、よ…!」
「焦らすつもりは無いんだけどね。僕は君みたいに絶倫じゃないから、連続で4回目ともなるとちょっとキツくて」
「ふざけたこと言ってんじゃ…んンぁッ…!」

 おどけた調子で見え透いた嘘を吐く鬼利に上げようとした抗議の声は、だが体内の指を一気に3本まで増やされて喘ぎ声に摩り替わる。甘ったるい自分の声に思わず舌打ちしながら、傑は澄ました顔で自分を苛む男を振り返った。

 商売人の自分に負けず劣らずの絶倫の癖に、薬を服用していながら未だに保たれているその余裕と、自分を嬲る実に愉しそうな手つきが傑は気に食わない。
 ―――…このムッツリスケベめ。今度はこっちが襲ってやろうか。

「ッ…あ、ぁ、…はぁっ…んん、ぅ…ッっ」
「そんなに欲しいなら強請って見せてよ、傑」
「は、?…おま…マジ、で…っ?」
「うん」

 思わず重たい頭を持ち上げて振り返った傑に、鬼利は平気な顔で頷いた。低く唸ってシーツにぼす、と頭を埋めた傑の背骨を指先でそっとなで上げ、それだけの刺激でも熱い息を吐く傑の耳元に唇を寄せる。

「無理にとは言わないけど。そんなに指でイキたいの?」
「ぁく、ぅ…ッ」
「傑、」
「っ…わぁったよ」

 荒い息の中で吐き捨てるように言うなり、傑はひっきりなしに脊髄が痺れている体を無理矢理起こしてずいっと鬼利に顔を近づけると、上目遣いに鬼利を見上げたまま、たっぷり掠れた甘い声で、

「鬼利、……欲しい」
「…さすが本職」

 吐息と混ざった、おそらくは恥ずかしげに視線を反らすところまで計算ずくの傑の表情に感心したように呟き、鬼利はナカに埋めていた指を引き抜いた。


「あっ…その気、なったかよ…このド変態…ッ」
「挿れるよ」
「ッ…!」

 問答無用とばかりにずぐ、と押し入ってきた熱に、傑は上がりそうになった声を寸での所で噛み殺す。
 未だに薬の効いた体が与えられた快感にびくりと跳ね、鎖とベルトで繋がれた手がシーツを握り締めるのを眺めながら、鬼利は引き締まった腹筋に見合う強い締め付けに軽く息を吐いた。

「はぁッ…は…く、…ぅん、ん…!」
「…薬、まだ効いてる?」
「見りゃわかん、だろっ…!」
「そう。やっぱり…3粒は多かったかな」

 変わらず冷静な声で言いながら、鬼利はほとんど無抵抗に自分の律動に揺さぶられている傑のモノに手を伸ばす。軽く指を這わせただけで先走りがどぷりと溢れ、鬼利の手を濡らした。

「凄い量だね」
「っるせ…ぇ、よ…も、とっとと…イけ…ッ」

 舌打ち混じりの声と共にぎゅうっと締め付けられて、息苦しささえ感じるそれに鬼利は軽く息を詰めた。過去の行為で知った(といってもほとんどが傑の自己申告だが)、傑の泣き所を弄ってキツい内壁を緩めると、おざなりにしていた律動に集中する。


 傑とのセックスは、さして気持ちよくは無いが好きだ。
 サディストの鬼利にとってはどこを縛ろうが殴ろうが、吐息1つで全部耐えてしまう傑の体は淡白でつまらないことこの上無かったが、代わりに気遣いがいらなかった。つい本性を出してしまっても弁解も謝罪も必要なく、ただ与えた苦痛が何らかの形でそっくり帰ってくるのを覚悟するだけ。

 …この軽薄で不誠実なホストに億単位の金をつぎ込む”お得意”達を笑ってきたが、事実この男の体に一番溺れているのは鬼利なのかもしれない。


「はっ…全く、救い様のない…ッ」
「んぁ、あっ…?な、に…?」
「こっちの話。…出すよ」
「あっ、鬼利…っん…俺、も…っ」

 首を巡らせて振り返り、熱を孕んで掠れた声でねだると汗を滲ませた鬼利がうっすら笑った。そのまま一気に奥まで叩き込まれて、いい加減擦られすぎて痺れたナカに4回目の精液が注がれる。
 体の内側の不快感を、鬼利の手に思いっきり泣き所を擦られてイった快感に集中して忘れながら、傑はやっと収まってきた愉悦に熱い息を吐き、

 バキッ。










 端から千切れかかっていた左手のベルトを力技で引き千切りながら、傑は鎖と枷との繋ぎ目が見事に壊れてしまった右手の手枷を鬼利の前にぶら下げた。

「この程度の擦過傷は仕方が無いとして…手首の負担はどうだった?」
「大して。こっちよか金属の方が骨がキツい」
「金具の調節幅を広げるよう伝えとくよ。…他には特に問題は無いね?」
「……」
「何かあるの?」
「鬼利さん鬼利さん、よく見ろ。壊れてるよこの枷」
「壊れてるね」

「…使用感がどうのって言う前に耐久性調べろよ」
「…ごめん」



 Fin.



しかし可愛くないネコだ。
悦幽利のいちゃこらは書いたので、今度は攻め同士で絡ませてみました。
アダルトグッズメーカーの開発部で働く鬼利と、面白そうだからって理由でそこのモニターをしてるホストな傑(軽く身売りもしてる)。

タイトルは「具合はどう?」って意味です。多分。
何の具合かはご想像にお任せ。

Anniversary