光はない



 十重二十重に混ざり合った唸るような重低音。秒針のように規則的な単音。時折思い出したように響く高速の回転音。

 ―――煩い部屋だ。

 昼夜を問わずかき鳴らされている狂ったような若者好みの音楽を止めても、擬似的な虐殺や冒険を諾々と繰り返す機械仕掛けの玩具の電源を落としても、この部屋には静寂など訪れない。
 今夜とてそれは同じだ。青白く無遠慮に部屋を照らすモニターが、機械の不躾さでもって泪の上に乗る主を耳障りな電子音で呼んでいる。


「はっ…はぁ…ッぅ、く…っ」
「っ…ゴシック」

 くすんだ金色の瞳が眇められたのを見て取って、泪はそれまでされるがままに押し開かれてやっていた足を自分を抱く男の腰へと回した。結合が深くなるように引き寄せてやれば、ぜぇぜぇと荒い息を吐くゴシックが微かに笑う。

「容赦、ねぇな…ったくよぉ…ッ」
「んっ…ぁあ…ッ」

 苦笑とも自嘲とも取れぬ笑みで吐き捨て、ゴシックはそれまで申し訳程度に泪の胸を揉みしだいていた手でシーツに散らばる泪の髪を透いた。がつがつと、年相応の青臭さで腰を振り泪の膣を掻き乱しながら、赤く色づいた乳首にむしゃぶりつく。

「…ぁ、あっ…」

 じゅる、と恥ずかしげも無く音を立てながら吸われ舐られるとむず痒さにも似た快感が走り、逆らわずに声を出し頭を抱き寄せてやれば中のモノがあからさまに脈打った。泪を穿つ動きが早くなる。

 つくづく解りやすい子供だ、と。
 腰に回した足に力を込めながら、泪は頬に汗を伝わせて自分を抱くゴシックを隠しもせずに正面から笑った。普通ならば興を削がれ何を笑うのかと言い出す所だが、自分が青二才と泪に侮られていることを知っている子供は揺るぎもしない。


「くっ…ぅ、…!」
「ッ…んん、…っ…」

 どくり、と体内に弾けた熱い精を感じて眼を細めた泪の胸元、豊満な乳房に顔を埋めるようにしてゴシックが凭れ掛かって来た。表情は伺えないが呼吸が速い。

「…なんだ、もう終いか?」
「はぁ…っもう、出ねぇよ…」

 ぜぇぜぇと荒い息を吐きながら、ゴシックが唸るように言った。ずるりと泪の中からモノを引き出し、上体を起こした泪の足の間に座り込む。


「…金玉絞られたって一滴も出ねぇよ小便くらい、なら出せるかもしんねーけどそもそも勃ちやしねぇ…」
「持久力だけがお前の取り柄だろう、若造」

 シーツの上にあぐらをかいてぐったりと俯いたゴシックの顔を、泪は手を伸ばして上げさせた。頬に添えられた泪の掌にちろりと舌を這わせた唇が、音には出さずに無茶言いやがると動く。


「いっくら俺が若ぇっつったって限界ってもんがあるでしょうやこちとらいきなり夜這い仕掛けられて有無を言わさずの連続5ラウンドだせめてオナ禁くらいの準備させてくれよ」
「相変わらずの青二才だな。散々貪っておいて、欲情した女を放っておく気か」
「…ちッ…」

 ぐちゅり。
 耳元で囁くように言いながら自分の秘所に手を伸ばし、ゴシックが放った精と愛液とをかき混ぜるように卑猥な水音を立てて聞かせた泪に、ゴシックは悔しげに強く舌を打った。


 今でこそILLの幹部などやっているが、泪は元宵女だ。北方の権力者が大戦前の昔から最も恐れる刺客、女の体を最大限に使って男を魅了し誑かし、酷い時は国一つ傾けることすらあると聞く。
 そんな色事を武器に国を相手取るような女に、ゴシックのような文字通りの青二才が敵う筈が無いのだ。挑戦することすらおこがましい。


「やる気になったか?」
「…頼むからよ、」

 残念ながらもう勃たないのは本当だ。疲労からか睡魔も酷いし、先程から愛しのメインパソコンがひっきりなしに働きの成果を見てくれと呼んでいる。泪は聞き分けの無い女では無いからこれで終いだと締め出してしまうのは簡単だ。だが、それではゴシックの自尊心が黙ってはいない。
 若造にもプライドはあるのだ。男としての下らない矜持が。

「…なんだ?」
「……」

 泪の声は静かで凜と透き通り、何を、それこそナニをシていようと滅多に揺らがない。だからこそ乱せた時が最高にイイのだが、その冷静さに、ほど好い脂肪の柔らかさと手に吸い付くような滑らかな皮膚の足に手をかけた所で急に気恥ずかしくなり、ゴシックは泪から視線を反らした。


「ゴシック」
「…頼むからよ、下手とか言うなよアンタにとっちゃ下手なんだろうけどよこれでも他の女相手に必死に練習したんだ若造なりに」
「そうか」

 上体を起こした泪の足の間に顔を埋めるようにして両手を突き、臍の下に口付けたゴシックの、赤と青にけばけばしく染められた髪をくしゃりと撫でながら、泪は目を細めて微笑んだ。


「安心しろ。手馴れぬ技巧の稚拙さを可愛がるのも、若造を相手にする利点だ」
「……ははっ、」


 ―――…あぁ、畜生。
 敵わねぇなぁ。






 ゴシックはモテる。
 顔立ちは美男子と言うほどでもなく十人並みを少し上回る程度だが、ころころと変わる髪形の通りの軟派な性格と、同年代の男達よりは上手く回る口でどこのライブ会場に行ってもゲームの大会に行っても引く手数多だ。

 彼女というものを持ったことは無いが、セックスをする相手には事欠いたことが無い。20歳を前にした青二才としては経験人数は多いほうだ。一夜限りのつもりが相手がのめり込んでしまい、今でも付き合おうと誘う女も多い。


 女は好きだ。話しても触っても楽しいが、それでもゴシックは連れ添うような女が欲しいと思ったことは無かった。


 ゴシックに言い寄ってくる女は皆、程度の差はあれどゴシックを愛していた。中には本当に気に入って頷いてしまいそうな子もいたが、そんな女は駄目なのだ。
 そんな、真っ当に自分を愛してくれる堅気な女では駄目なのだ。





「あっ…ぁ、…ん、ぁ…っ」

 こぷり、と溢れた愛液を舌を捻じ込んで啜り取ると、頭に置かれた泪の手にほんの少し力が篭ったように感じられた。
 他の女相手ならばクンニも慣れたものなのだが、泪にするのは今日が初めてだった。その女達はここまで弄り回していれば1回くらいはイったのだが、泪にとってはやはりゴシックの舌戯は稚拙らしく、手を掛けた太股がやっと微かに痙攣する程度である。


「ゴ、シック…っ」
「…ん、」

 柔らかく濡れた蜜壷の中に半ば舌を突っ込んだまま、ゴシックは呼ばれるがままに泪の体液や自分の出したものでべたべたになった顔を上げた。

「…間抜け、休むな。…吸え、強く…ッん」

 伸ばされた泪の手が一番敏感な肉芽の包皮を手ずから剥くのを見て、ゴシックはまたも言われるがままにそれに吸い付く。舌先で捏ね回しながら顔色を伺えば泪の陶磁器のような白貌には僅かだが朱が刺していて、解かれた長い金色の髪が首筋から胸に流れる様が艶かしい。

 …いい女だ。眩暈がする程に。


「あぁッ…ぁ、あっ…ん、ぁ…!」

 ただでさえ艶めいた泪の声がほんの少しだけ高く切なげになり、同化してしまうのでは無いかと思うほど白い指先がシーツをきゅっと握り締める。
 片手はゴシックの頭に乗せられたままだ。泪も他の女のように極める時は自分の頭を加減無しに押さえつけるのかと思ったが、やはり彼女はゴシックのような若造に引っかかる女達とは違う。

「はぁっ…んンッ…!」
「……」

 ゴシックが申し訳程度に押し開いていた太股に僅かに力が篭り、耐えるような声と共に泪は静かに達した。濡れたひだを押し開く指先に膣の痙攣が伝わり、溢れた濃い愛液を一滴残らず舐め取りながら、ゴシックはそっと泪の表情を伺う。

 顔の半分を覆う澄んだ金色。気怠げに半ば伏せられた瞳。紅潮しても尚白い肌に映える赤い唇。


 こんな顔をして。
 こんな綺麗な顔をして、この女はゴシックの頭を撫でる手で、造作も無く気取られることすらせずにこの首を落とせる。いや、落として来たのだ。こうやって。何度も。


「…っ…」

 思わず息を呑んだ。堪らなかった。

「ッ…ん…?」
「……」

 跳ねるように顔を上げるなり口付けたゴシックに、泪は少し訝しげに眉を顰めはしたがいつものように舌を差し出してくれる。さらさらと指通りのいい絹のような髪を両手で掻き乱しながら、ゴシックは自分でも呆れるほど青臭く泪の舌を絡め取って貪った。


「……」
「っ……」

 息が苦しくなってようやく唇を離したゴシックを、泪の瞳が至近距離で見据える。2人の間で糸を引いた唾液を舌先で舐め取り、泪は心底呆れたように軽く溜息を吐いた。

「口くらい拭え、青二才。並の女なら騒ぎ出すぞ」
「…いいじゃねぇかよそのくらい頑張ったんだからご褒美くれたってよそれにあんた並みの女じゃねぇし」
「何が褒美だ。稚拙な技巧で気をやるのがどれだけ面倒だと思っている」


 右目を覆い隠す髪を邪魔そうに手でかき上げ、泪はあからさまに見下した表情でゴシックを横目にする。辛辣な口調はいつものことだ。いつもいつも、泪の言葉には容赦など欠片も無い。

「ひっでぇなぁ傷つくぜおい最初に言ったじゃねぇか下手かもしんねーけどそこは目瞑ってくれってよ大体そっちがシろっつったようなもんだ」
「誰も下手とは言っていない。稚拙だと言っている」
「…そんなん一緒じゃ、」
「同じに聞こえるか?若造」


 珍しくゴシックの途切れの無い長台詞を遮って、泪は微かに笑った。

「お前は私の言葉は欠片も覚えていないのか」

 泪は。
 泪は確か、稚拙な技巧を可愛がるのが、自分のような若造を相手にする利点だと。


「そういうことだ。精々精進して私を愉しませろ。……さて」
「うぉあッ!」

 すい、と伸びた泪の腕が肩に触れたと思った瞬間、ぐるりとひっくり返った視界に間抜けな声を上げたゴシックのモノを、泪の手が無遠慮に握った。

「もう休憩は十分だな」
「ちょ、ちょちょちょっいやだからもう勃たねぇって言って…あ、」

 ―――勃ってんじゃねぇかよおい半分だけど。

「マジですかクンニがインターバルってどんだけだよマジでちょッとあーもーせめて完勃ちしてから…ッぅ、」
「舌すら碌に動かしていない癖に、これ以上の休憩が必要か?」

 シーツに押し倒されたゴシックの上に乗り上げ、躊躇いも恥じらいも無くゴシックのモノを呑み込みながら、泪が揶揄うように笑った。
 搾り取るように蠢く肉壁の具合の好さに軽い頭痛すら覚えながら、ゴシックは額に腕を乗せて深い溜息を吐く。全くなんて女だ。


 ゴシックの体のことを知りながらこんな無茶を強いるなんて、とてもじゃないがまともな頭とは思えない。本当にこの女は、泪は、ゴシックをただのセフレとしか思っていないのだ。
 泪にとっては男など騙して誑かす獲物でしか無いが、ゴシックの扱いは更に酷い。ただの棒としか思っていないに違いない。その証拠に、泪にはゴシックが頻繁に使う所謂若者言葉が、どれだけ意識的に喋っても決して移らない。


 泪の心の中にはこんな若造、欠片たりとも置かれて居ないのだ。こんなことをしているのに。もう何度も何度も、激しく恋人のように求める癖に。
 酷い女だ。
 …最高に、イイ女だ。


「寝てもいいが、萎えさせるなよ」
「無茶言うなってのこんな上、玉に突っ込んでりゃあ死にかけてたって萎えるわけねぇだろうがよ」
「そうか」

 失神でもしない限り寝られるものか。そう言外に含ませたつもりだが、泪の返答はどこまでも素っ気無い。全てを埋めてしまうなり、ゴシックの決して逞しいとは言えない痩躯に手をついて動きだそうとする泪に、ゴシックは苦笑しながらも泪の動きに合わせて稚拙にだが腰を使った。

 いつもこうだ。全て泪に流されてしまい、若さだけの青二才には反撃の隙すら与えられない。若造とそれを詰る癖に、可愛げだと慈しむ振りをする。

 濁流のような快感に呑まれかけた意識の中で、ゴシックは目の前でゆらゆらと揺れる泪の長い髪に手を伸ばした。毛先まで一本残らず滑らかな金糸を一束手繰り寄せ、唇を寄せる。


「アンタって女はホントに酷ぇよ、…泪」


 泪は僅かに目を細めて、若造が、と嗤った。



 Fin.



さぁそんなワケで初のNLです。
ノーマルエロなんて久しぶり過ぎて泪の方の描写が酷い。主に下品な意味で。

公認セフレな2人の関係はこんな感じ。ゴシックは泪に惚れているわけではありません。惚れてはいるけど真っ当な惚れ方とは少し違う。
ちなみに(泪の)興が削がれるのでエッチの時は呼び捨てです。


Anniversary