Game?



「―――そしたら傑の奴、避けやがってさ。今キスしたら食い千切るからダメって、ぜぇぜぇ言いながら震えてんの」
「それだけ余裕がねェと」
「そ。あの傑が。かなり面白かった」

 その時の状況を思い出してか、旦那がクッキーに手を伸ばしながらくすくすと笑う。

 笑う旦那の横顔があンまり愉しそうで。
 少しだけ、羨ましいと思った。










 テーブルの上に扇状に広げられたカードの柄は、左上に記された記号と数字が綺麗に並んでいた。

「今日はツイてねぇな」
「…煩いよ」

 数字も記号もバラバラの手札をテーブルに投げ出しながら、鬼利は正面で笑う傑を上目遣いに睨む。あのゴシックでさえ凍りつくその眼光を、だが傑は軽く首を竦めただけであっさりとかわした。

 傑にリードを奪われてから6ゲーム、鬼利に回ってくる手札と来たら箸にも棒にもかからないようなものばかりで、その上何をしてもペアの1つすら揃わない。
 これが偶然であればツイてないどころではなく、ある種の奇跡だ。偶然であれば。


「どーする?取り返すか?」
「いいよ、もう。今日は僕の負けだ」

 既に傑とのチップの差は倍近い。溜息混じりに言って、鬼利は自分のチップを傑の方へと押しやった。
 単純に引きの強さと腹の読み合いでのゲームであれば鬼利と傑の実力はほぼ同等だが、傑がお得意のイカサマを始めれば形勢は傑の側に大きく傾く。傑がここまであからさまな真似をするのなら、これ以上いくらゲームを続けても負けが越すだけだ。

「じゃあ、これ」
「…なに?」
「罰ゲーム。一気にな」

 琥珀色の酒が並々と注がれたグラスを鬼利に手渡し、傑は頬杖を突きながらくいっとグラスを傾けるジェスチャーをする。2人の間では負けが大きい場合は金銭ではなく、敗者が勝者の出すなんらかの要求を飲むことで代える暗黙の了解があるが、その要求が酒の一気飲み等と言う生易しいものだったことは無い。

「……」
「…そーゆーとこ、意外と男だよな」

 無言で酒を一息に飲み干した鬼利を見て、傑がくすくすと楽しげに笑う。
 負けは負けだ。傑の態度からして明らかにこの酒には何らかの仕掛けがされているが、だからと言って拒否したり中身について問い正すような真似をしたのでは恥の上塗りになる。


「お味は?」
「…好みじゃない」
「そりゃ残念」

 チップとカードを箱に仕舞って立ち上がり、傑は喉が焼けるような度数のアルコールにグラスを額に押し当てて俯く鬼利の肩に手を置いた。

「じゃ、そろそろ帰るわ」
「……」
「そう怖い顔すンなよ。別に命に拘わるようなモンは入れてねぇから」

 横目に傑を見やる鬼利の肩をぽんと叩いて、傑は深い藍色の瞳を軽く細める。

「俺もまだ1回入口覗いただけだけど、そう悪い所じゃないぜ?天国ってのも」










 “視界”の端に映った灰色の霧に、俺は寝転がっていたリビングのラグから跳ねるようにして起き上った。
 暇潰しに金属部分を磨いていた枷やらを放り出して玄関に向かう。いつもよりちょッとばかし帰りが遅いが、きっと傑と遊んでたんだろう。

「鬼利、おかえンなさ…」
「……」

 忠犬よろしく走って出迎えた俺を、壁に手を掛けた鬼利が上目遣いに見た。
 睨むような鋭い橙色に背筋がぞくりと震えるが盛ってる場合じゃねェ。明らかに足がふらついてるし目も据わってるし、何より低血圧な筈の鬼利の体温が異常に高い。

「き、鬼利?」
「…さい」
「え?」

 駆け寄ってその体を支えようとした俺の腕を気だるげに払って、鬼利は俺を突き飛ばして部屋の中へと入りながら煩い、と掠れた声で呟いた。

「でも、鬼利…傑と飲んでたンじゃねェの?飲み過ぎた?」
「ごちゃごちゃ煩いよ。…響く」

 いつもなら着替えてから座るソファにスーツのままどさりと体を預けながら、鬼利は少しだけ顔を顰めてこめかみを指で押さえる。足元も覚束なくなるまで鬼利が自分で飲むわけがねェから、つまり傑に一杯喰わされたってことだ。

「ごめん。水、飲む?」
「…いらない」
「じゃァ、せめてスーツ脱がねェと。横にもなれねェだろ、こんなの着てちゃァ」

 言いながら床に膝突いて見上げると、鬼利は伏せた目を開いて頷く。実際にゃァ乱れた吐息に合わせて薄い胸板が上下してるだけで頷いちゃいねェんだが、俺にはそう見えた。


 鬼利は痛みをほとんど感じねェ体だ。昔、あの馬鹿共に飲まされ続けた色ンな種類の毒の後遺症で、喋れねェ体が出す危険信号を聞き取れない。
 でも鬼利は俺ほど丈夫じゃねェ体の代わりに俺なんかとは比べモンになんねェほど賢いから、自分の限界ってのをちゃんと知ってる。何をどこまでするとヤバいのかをちゃんと覚えてて、自制できる。


「飲み比べ…はするワケねェか」
「…勝負に負けてね」
「勝負?」

 解いたネクタイを丁寧に畳んでテーブルに置きながら聞き返すと、鬼利は額に手をやりながら小さく頷いた。
 負けたってコトは罰ゲームか何かだろうか。そンならあの鬼畜外道のことだ、ただの酒ってこたァまさかねェだろう。

「なンか盛られた?」
「…幽利」

 掠れた、声。

「…解らないの?」

 ジャケットを脱がせようと襟に手を掛けた俺の頬を伸ばされた鬼利の手が包み込んだ。額が触れるような距離まで近づいた橙色の瞳が、炎を上げずに燃え上がる。

 …熱を孕んだ吐息。上がる体温。濡れた瞳。
 俺にとっちゃァ見慣れた症状だ。鬼利には余りにも似合わなくて、頭のどっかが知らねェ内にそんな筈がねぇと可能性を打ち消した。


「悪いけど、お前をその気にさせる余裕は無いんだ。舌が回らない」
「鬼利、…」

 鬼利の体に効くくらいだ、きっと俺が盛られりゃァ発狂するよォな強い催淫剤だろうに、鬼利の呂律はしっかりしてる。舌が回らねェってのはアレだ、きっとそれだけ体の方がナニで、理性が、もう。


「幽利」

 唇が触れそうな距離で囁かれた密やかな声に、ぞわりと全身に鳥肌が立つ。
 その気にさせるなんて、そんな心配いらねェのに。俺の体は鬼利が思ってるよりずっと酷い造りをしてる。痛みも恥辱もただのおまけだ、鬼利がいれば。


「…咥えて」


 あァ…イキそう。










 喉の奥まで容赦なく突き入れられた肉の塊に、嘔吐反射を起こした粘膜がモノを締めつけながら震える。
 込み上げる吐き気よりも全身を浸す死んじまいそうな愛しさが余裕で勝って、俺はえづく体を無視して何度も愛しいそれを喉の奥まで迎え入れた。

「…ッ、…は、…」
「ん、んぐッ…ぅ、う…ッ」

 俺の髪を掴んだ鬼利の手が小さく震える。喉の奥、喉ってェよりは食道に近い場所でびくりとモノが脈打ったのを感じて頭の動きを速めると、素早く息を吸い込んだ鬼利のモノから直接食道に熱い精液が流し込まれた。


「ッ…ん、ぁ…」
「ッんんン!…ふ、…ぁ」
「…ッ!」

 逆流しかけた胃液ごとそれを飲み干して先っぽにちゅう、と吸いつくとソファから背中を浮かせた鬼利の体がびくりと跳ねた。がっつき過ぎたかと慌てて顔を上げようとしたが、俺の髪を握り直した鬼利の手で頭を下げられ喉奥を強引に萎えないモノで突き上げられる。

「ぐぅッん、んンー!ッげほ、…は、はぁっ…ぉぐッ…!」
「怠けてると、喉、突き破るよ」

 髪を掴んだ手で無理矢理頭を上下させられて、呼吸なんざする暇も無くガツガツ硬いモノで喉奥を突き上げられた。酷ェことをされてる筈なのに、背骨を走る甘い痺れが止まらない。
 ホントに突き破られンじゃねぇかって勢いで喉を突き上げられるのも、カリを頬肉にゴリゴリ擦りつけられるのも、まともに呼吸出来ない息苦しさも、俺にとっちゃァ鬼利にされてるってだけで全部快感だ。

 口ン中に溢れる先走りを零さねェようにてめェの唾液ごと啜りあげて、歯が当たらねぇように顎が外れそうな程口開いて咥え込む。激しく口ン中を蹂躙するモノの裏筋に舌を絡めてカリに緩く歯を当てると、ソファに足開いて座ってる鬼利が小さく息を詰めたのが聞こえた。


「ッく…ぁ、…!」
「んぶッぅううぅ…!ふ、ふぅうっ…んーッ…ぐぅんんっ」

 酸欠で喘ぐ喉にまた精液を流し込まれて、せき込みそうになンのを必死に堪えながら中に残った分まで吸いだしてごくりと喉を鳴らす。俺が飲み下したのを確認して、よォやく頭を押さえる手から手が離されたが、酸欠を起こした俺はてめェで体を支え切れずに鬼利の太股に倒れ込んだ。

 あ…鬼利の、まだ…


「キリが無い、ね。…厄介な薬だ」

 2回出して少し落ち着いたのか、鬼利は萎える気配すら無いモノにそう呟いて苦笑する。その横顔すら見惚れるほど色ッぽくて、俺は無意識に膝を擦り合わせた。
 いつもは顔色一つ変えねェ鬼利の感じてる顔と声に煽られて、俺のモノは随分前からスウェットの中ではしたなく涎を垂らしてるが、ンなこたァどうでもいい。薬で強制的に上がった熱を堪えンのは苦しいモンだ、俺ならそれもご褒美だが鬼利は違う。


「はッ、…は、…き、り…ッ」
「ちゃんと…我慢、するんだよ?」

 ぐわんぐわん揺れる頭を何とか鬼利の太股から持ち上げると、肩を踏みつけられて床に押し倒された。肺から空気が押し出されて一瞬息が詰まるが、下着ごとスウェットを片手で引き下ろしながら鬼利にそんなことを囁かれちゃァそんな些細な痛みには構ってられなくなる。

 膝までずり下ろされたスウェットから片足を引き抜いて膝を抱えりゃァ、恥じらいの欠片も無く足を開いて腰を浮かせた俺に鬼利がちろりと唇を舐めて、俺を見下ろすギラついた橙色にくらりと視界が揺れた。


「あ、ぁ…っ…鬼利、きり…ッ」
「……」

 ひたりと、俺の先走りで濡れただけで指の1本も入れられちゃいねェ奥に鬼利のモノが宛がわれる。いくら慣れてるって言ったっていきなり突っ込まれて無事じゃァ済まねェのは百も承知だが、鬼利にも、俺にも、悠長に前戯をしてる余裕なんか無い。


「い゛ぁあぁ…ッひ、ぎ…っ!」
「ッ…きつ…」

 解されてねェそこを無理矢理押し開いて入りこんだ鬼利が、ぎちぎちと音を立てそうにモノを締めつける中に小さく呻いた。
 案の定切れた入口の痛みと、奥までカタいモノに押し上げられる息苦しさ。それに深くで鬼利の熱を感じる幸福に俺の頭ン中はもうぐちゃぐちゃで、見開いた目の前でちかちかと星が散る。

 でもまァ、俺の体がそんな普通の反応をするのは本当に最初の内だけだ。


「ひィ゛っ!ぁ、あッ…あ、ふぁあ…ッっ」
「…っ…ん、…」

 ぎちぎちと音を立てそうな程に締めつける内壁を慣れる暇も無く突き上げられて、内臓を引きずり出されるよォな息苦しさが次の瞬間目も眩む快感にすり替わる。血を流す真新しい傷口の鈍痛も甘い疼きに変換されちまえば、後に残ってるのはもう、愛しい愛しい片割れの与えてくれる快感と意識も吹き飛びそうな幸福だけだ。


「ん、んンっ…ぁ、はあぁ…ッ…き、鬼利…きり…ッ」
「…っ…はぁ、…」

 掠れた鬼利の吐息を聞いてるとそれだけでもう堪ンなくなっちまって、俺はてめェの足を抱え直しながら必死で込み上げてくる射精感をやり過ごす。
 体の深くで感じる鬼利がただ愛しくてもどかしい。薄らと汗の浮いた鬼利の首にしがみ付きたい。もっと近くもっと深く、全部を貰ってもまだ満足出来ない。

「あ、ぁッ…きり、さわ…触り、たい…ッ」
「…いいよ」

 優しい声にお許しを貰って、俺は震える指先を鬼利のシャツのボタンに掛けた。元から大して器用じゃねェ上に、突き上げられる度にブレる視界と震えた指じゃァ上手くボタンを外すことなんざ出来なくて、強く前立腺を擦りあげられる強烈な快感に、咄嗟に鬼利のシャツを握り締めた。


「あッ、あ、…ぁっ…ん、ンッ…!」
「全く…」


 ぎゅうっとそのシャツに縋って体を震わせる俺に、笑みを含んだ声で呟いた鬼利が俺の足を押し広げてた手をシャツの襟元に掛ける。俺が3つ目までボタンを外したシャツを鬼利はそのままインナーごと頭から脱ぎ捨てると、左手に絡みついたシャツをぐしょぐしょに濡れた俺のモノに押し当てた。

「ひぁ、あッ!っ、り…よご、れ…ッあぁ!」
「こんな布切れを…気遣うなんて、余裕だね」

 俺の先走りであっという間に湿ったシャツごと、モノを扱かれて今にもイっちまいそォな快感に脚がびくびくと跳ねる。我慢しなきゃッて頭では思うのに、胸元から首を辿って髪を梳いてくれる鬼利の手が気持ちよ過ぎて理性が飛びそうだ。

 力の入りそうになるのを堪えて爪を立てねェように鬼利の首に手を回すと、俺の足を大きく開かせて繋がりを深くした鬼利の肌が俺の皮膚に触れる。深く貫かれたまンまで抱きしめられて、触れた所から伝わる体温と、耳元で囁かれた鬼利の言葉に今度こそ俺の理性は吹き飛んだ。


「…僕にはもう、お前以外に気を配る余裕は無いよ」


 触れる鬼利の肌が熱い。心臓の音が聞こえる。どうして俺達の体にはこうも無駄なモンが多いんだろう。間の空気も皮膚も肉も、俺と鬼利を分け隔てるものは全部邪魔だ。肉も骨も無く溶け合って、そう、2つに分かれる前みたいに。そうしたら。


「はッ、あっ、あぁ…っ!…り、きり…鬼利、…きり…ッ」
「…っは…食いちぎられそうだね…」

 掠れた声で呟いた鬼利の背中を掻き抱いて腰に脚を絡める。壊れたようにその名前を呼び続け、もっと深くまで浸食されるのをねだる俺の頬に宥めるようにキスを落として、鬼利は濡れたシャツを取り払って直に握った俺のモノを強く擦りあげた。

「んぅうッ!…ぁっきり、出、ちまっ…きり、きり…!」
「いいよ。…僕も、イく」
「ぁ、あ…ッあ、あ!ンぁああッ…!」
「ッ…んん、…」

 イくのと同時に強く締めつけた内壁が、注がれた鬼利の精液に悦ぶみてェに痙攣する。
 …まだ、まだ足りない。まだ隙間がある。

「は、ぁ…あッ…き、り…っ」
「…今日は溢れるまで注いであげる」

 熱っぽく掠れた睦言に、俺は力の抜けた手で鬼利に縋りながら何度も頷いた。
 フローリングに擦られ続けて皮膚が破れた背中が甘く痺れる。このまンまじゃァフローリングを俺の血で汚しちまうが、体制を変える為に一瞬離れるのすら今は耐えられない。

「あ、とで…っちゃ、と…綺麗に、する…から、…ッ」


 鬼利の耳元でそう囁きながらはしたなく腰を揺らせば、中と裏筋を鬼利の腹とモノで同時に擦られて、脳の許容量を超えた快感と幸福に気が違いそうになった。いつもなら引っ叩かれてお仕置きされるレベルだが、今日だけ。こンな真似は鬼利にいつもみてェな余裕が無い、今日だけだから。



 …だから、今日だけは。
 俺達を2つに分ける境界線を全部、忘れさせて。



 Fin.



No.230「感染経路」様より
『お兄ちゃんを鳴かせる幽くん』
とのことで“Game”の双子ver.風味です。

本当は鬼利がカルヴァに薬を盛られて、鳴いちゃう鬼利!というリクエスト…だったのですが…
書いてみれば女王ではなく傑の犯行に。でも薬は女帝のお手製なんだよ!
幽利の性格上、悦ほど「おらおらァ!」という感じには出来ないのでそれほど声は出していませんが、代わりに言葉を途切れ途切れに。加えて、珍しく鬼利が幽利を誘うという構図にしてみました。
余裕の無い感じが出ていればと思います。

感染経路様、リクエストありがとうございました!

Anniversary