酸欠でぐらぐらと揺れる頭を女のように繊細な手に撫でられ、場違いな柔らかさに瞬いた悦を、凍えた橙色が睥睨する。
「悦、君は……話には聞いていたけど……」
「ぁごッ……!」
物憂げな溜息と共につるりと滑らかな指で悦の髪を鷲掴み、勢いよく頭を引き寄せて喉奥を破らんばかりに突き上げた鬼利の声は、いつも執務室で聞いているのとなんら変わらなかった。
「本当に下手だね」
「ぅぶっ、ぅ、ぅううッ……んぐっ!」
「喉は開かないし舌も動かない。……さっきから歯、引っかかってるよ」
「ん゛ーッ、んん゛ーーっ!」
喉奥まで入り込んだモノに気道を塞がれたまま頭を固定され、唯でさえ酸欠気味だった悦は懸命に鬼利のスラックスの裾を引っ張る。どれだけ力加減に気をつけても、本当に落ちる寸前だったとしても、許可も無く触れることを許すような生易しいサディストで無いことは幽利から聞いて知っていたからだ。
「はぁ゛ッ……はっ、はぁ……ッ」
果たして男娼時代に培った”姿勢”は魔王のお眼鏡に叶ったようで、狭窄していた視界がブラックアウトする寸前で万年筆の似合う手が髪を離す。
「……こんなのでイけるなんて、お前はよっぽどお手軽な体なんだね」
頭の上に乗ったままの手を振り落とさないよう、細心の注意を払って懸命に息をしている悦を面白くも無さそうに一瞥して、鬼利は顔を上げた。部品が散らかったままのデスクの傍ら、足の欠けた椅子は鬼利が使っているので四つん這いになった幽利の背に座った化け物が、呆れを隠さないその視線に首を竦める。
「それでも最近頑張ってる方だぜ?」
「これで?」
「それで。前はもっと酷かった」
「……経歴調査をやり直すべきかな」
「”売り”はそっちじゃ無かったんだってよ。なぁ、悦?」
「すぐる……っ、」
喉を突かれていたことを差し引いても余りにも弱々しい、まるで助けを求めるような声が出てしまって、悦は咄嗟に唇を噛んだ。
これ以上口実を増やさない為に従順に返事をするつもりだったのに、この程度昔を思えば何でも無い筈なのに、なんだ今の声は。
「っ……」
なまじ愛されることを覚えてしまった所為で、傑の気配があるだけで緩んだものを張り直す事が出来ない。元から大して無い舌技以外が”上手く”出来ないことにぎゅっと鬼利のスラックスを握りしめる悦の背後で、その困惑も戸惑いも当たり前のように察している傑が愉しげに笑った。
「窒息死したくなかったら気合入れろよ、昔みたいに。多分そいつ、俺の倍は感度悪ィぜ?」
「人を不感症みたいに言わないでよ」
「ん゛むぅうっ……!」
心外だ、と言わんばかりに眉を顰めて見せた鬼利に再度頭を引き寄せられ、慌てて口と喉を開く。間に合わなかった奥歯に掠める感触があったが、痛覚は人の心と一緒にどこぞで切り捨てたと噂の最高幹部は気にすることなく、萎えはしないがイく気配も無いモノで悦の喉奥を突き上げた。
「15分も犯しといて?」
「じゃれつかれて達せるほど、お手軽な体はしていなくてね。誰かと違って」
「だから”売り”はソッチじゃねぇんだって」
重心が変わってがくがくと腕を震わせる幽利を無視して自らの膝に頬杖をついた傑が、顔を見ろ、と伸ばした人差し指を下に向ける。
いい加減、呼吸を阻害するリズムで掴んだ頭を上下させるのにも飽きてきていた鬼利は、素直にそれに従って視線を落とし、
「……へぇ」
スラックスをぎゅうと握り締めたまま、生理的な涙を流しながらも決して視線は外さず、神経を研ぎ澄ませて「次の手」を見据える瑠璃色を見て、初めて人間らしい温度を伴って微笑んだ。
「んぐぅ、うぅっ……!」
使い方が少し上手いだけで腕力そのものは平均よりやや下の鬼利の手にされるがまま、受け入れるのが楽な角度に変えることも、上下幅を狭める事もなく、息苦しさにぼろぼろと涙を零しながらも決して逸らされることのない瑠璃色を見据えて、寒気がするほど優しい手が蜂蜜色の髪を梳く。
「成る程ね」
酸欠で色々と鈍った悦にも、見透かされたと解る目だった。喉を突き破られないなら穴として扱われるくらい何でもないし、顎を外されないだけ上等だと考える頭の中だけでなく、そう考えられるようになった過去に至るまで、きっと今、この硬質な橙色に同情も憐憫も無くただ理解された。
「確かに魅力的だ。溶かしたくなる」
「んん゛ッ、んっ、んぅうッ」
「これなら、君の方は何を意識する必要もない。……上手いやり方だね」
片方があんな”目”なのにもう片方までコレか、いくら双子って言ったって視覚に集中し過ぎだろ、片方が目なんだからもう片方は別の何かにしろよ、と背筋を凍らせる悦に、その経験までひっくるめて穏やかに賛辞を贈って、鬼利は華奢な指に蜂蜜色の髪を絡めて掴み直す。今までよりも長い息継ぎの間を作りながら、これからもっと苦しいことをされると、ド素人でも察せるように。
この上何をされるのかと怯える様を、咥えさせているモノへの刺激なんかよりもそちらの方を愉しんでいると経験上解ったので、悦は誤魔化さずにきゅっと鬼利のスラックスの裾を握り締めた。
「それで良い」
「ん゛ん……ッ!」
変わらず穏やかな声で悦の判断を褒めながら、鬼利の手が下生えに鼻先が埋まるほど深く頭を引き下ろし―――そこで止まる。
「君はこちらは苦手なようだから、1つ仕込んであげるよ」
「っ……おぇ゛っ、えぅ、う゛ッ」
「吐くんじゃなくて、飲むんだ。呼吸は一度諦めて、喉を締める」
「ッんぐぅう……!」
「そう、上手だよ」
スラックスを握る手をぶるぶると震わせる悦が遠のく声になんとか従うと、髪を握って頭を押さえつけていた手からふっと力が抜け、もう片方の手が顎を捉えてみっちりと塞がれていた気道に少しの隙間を作ってくれた。ひゅう、と笛の鳴るような音を立てて二度ほど酸素を取り込み、苦しさに明滅していた視界が少し色を取り戻したら、また奥の奥まで塞がれる。
「もう一度。飲んで」
「っぐ……う、……ぅぶっ……!」
「飲み込みが早いね。上顎に性感帯があるのは知ってる?」
「おぁ、あ゛……ッ」
「そこに集中してごらん。喉を絞めると、少し擦れる」
「んん゛ー……かはっ、はッ、……ぉぐっ」
髪を引いてほんの数秒持ち上げられた頭を下げながら、ずるりと上顎を擦られるのに合わせて、頭に直接染み込むような柔らかい声がゆっくり囁く。
「……ほら、気持ちいいね」
悦のように臨時の汚れ役ではなく、尋問だの拷問だのの専門家がよく使うやり方だ。理性を適度に剥ぎ取った頭とそれにくっついた体をバグらせて、好き勝手に色んなものを引き摺り出したり刷り込んだりする。
勿論、本気じゃない。ほんのいっとき戯れに遊んでいるだけだ。それを酸欠で鈍った理性ではなく鋭く研ぎ上げられた勘で察した悦は、心の底から安堵するのと同時に心臓を鷲掴みにされたような怖気に指先を震わせた。
技能自体はそれほど珍しくもない。Z地区育ちにしてみれば有り触れてすらいる。悦にとって何よりおっかないのは、生まれついて人を使う側として生まれ育った温室育ちのお貴族様が、”遊び道具”にしてしまえるくらいその技に馴染んでいることだ。鬼利にとっては下々に一言指示を出して終わりの処理だろうに、この男はそんなものすら当たり前のように持っている。
「喉は上手になったよ。今度は舌を動かしてみようか」
「あぇ、……ん、ん゛っ……!」
「そうだね、苦しいね」
「ッ……う゛ぅうっ」
「でも、頑張ればその分だけ君も気持ち良くなれるよ」
「えあぁ゛ッ……っ……!」
「ふふ、上手上手」
上手いのはそっちだ。これで本職じゃないのが信じられない。
過去の経験の賜物で辛うじて繋いでいる正常な部分で悦は心からそう思ったが、それ以外の頭の殆どと体の方はもう鬼利の言いなりだった。手の内は解っている筈なのに、ガンガンと体中が酸素不足の警鐘を鳴らしているのに、嘔吐こうとする本能を無視して飲み込むように喉を動かし、漸く少し脈動するようになったサオが上顎に擦れる感触を追いながら、震える舌で裏筋を辿る。
失神しない程度に酸素を入れられながら、延々酸欠と喉を押し広げられる苦しみに喘がされるなんて、控えめに言っても地獄だ。これで反乱を起こさない幽利は本当にイカレてると思う。
そう思うのに、逆らえない。傑のように本能にぞくりと来るものが無い、ただただ柔らかく平淡に染み込む声に定型文で褒められるのが気持ち良くて堪らない。
「自分で締めるのは少し難しいから、今日は僕がやってあげるね」
そろそろだ、と告げる悦の経験に反して呼吸1つ乱れない声と共に、頭と頬から離れた鬼利の手がそっと喉に回る。
親指は喉仏を外していたが、それでも絶対にマズい場所だ。死線を潜るのが日常になった掃き溜め育ちにとっては、相手が今居る”群れ”のトップだろうがおっかない雇い主だろうが関係なく、隠しナイフで腕の健を切ってでも回避しなければならない場所だった。研ぎ澄まされた生存本能によって、ぼやけていた思考が一瞬クリアになる。
「大丈夫。殺しはしないよ」
死ぬほど苦しいかもしれないけれど。
耳元に寄せられた唇が囁いた言葉に、立派な執務机を挟んで話している時と少しも変わらないその声音に、最後の酸素を使い切ってでもその親指をへし折ろうとしていた悦の手は、荒事慣れしていない綺麗な手を欠片も害する事無く、ぱたりと床に落ちた。
「いい子」
角度的に見えていない筈なのに、抜群のタイミングで褒められてざわりと鳥肌を立てた悦の喉を外側から回された手が緩く締め、狭まった喉の粘膜を椅子から腰を浮かせた鬼利のモノが抉る。
「ぁがあッあ゛っ、ごぁッ、あ゛ッ!」
そのまま、強制的に締められた喉をがつがつと抉じ開けられて、咄嗟に悦は鬼利のスラックスではなく、足首を掴んだ。本当に喉を突き破られそうな乱暴なストロークに、ナイフを振るう握力を全く加減出来ずにぎちりと爪を立てる。
「出すよ」
「うぶっ……ぅ、ぅう……っ!」
これは落ちる、と悦が冷静な部分で確信するのと同時に、相変わらず熱の無い声で囁いた鬼利のモノが喉奥で跳ねた。まだ出ている内から髪を引いて悦の頭を持ち上げ、酸素と一緒にどろりと舌に溢れた精液を勢いよく吸い込んでしまってがぼ、と溺れる悦の表情を怜悧な橙色が見下ろす。
自分の肉体的な快楽なんかはどうでもよくて、苦しんで喘ぐ反応の方を心から愉しんでいると解る視線にゾッとしていられたのは、そこまでだった。手が離れた頭を背けて、飲みきれなかった白濁を床に零しながら激しく咳き込む。
「げほッ、が、ぉっ……おぇ、え゛ッ」
「……どうだった?」
丸めた背中をがくがくと震わせながら必死に酸素を取り込む悦の後ろで、きっと愉しげに一部始終を眺めていた傑が言った。
「素直で良かったよ。察しは悪いけど」
「そりゃな」
「ちゃんと教えればここでも達せるだろうに」
「吐いたら可哀想だろ」
「よく言うよ」
「使うか?」
「いや、遠慮する。……悦」
傑とのテンポのいい会話をすげなく打ち切って、鬼利はぜぇぜぇとまだ息を弾ませている悦の髪を、全く遠慮の無い強さと手付きで引きずり上げた。ああそうだ、掃除、と振り返った先は既にスラックスの中にきちんとしまわれていて、くしゃりと丸めたティッシュを放る手が悦の視線を椅子の左脇に誘導する。
「これが何か解る?」
そこに置かれていた黒革のバックを開き、中に雑多に詰められたものを悦に見せながら、鬼利は淡々と尋ねた。がらりと中で雪崩れるバイブやローターやエネマグラや筒状の透明なケースに入った尿道ブジーやらには似つかわしくない、ビニールパックに詰められたレア物のヤクをZ地区育ちに検めさせる時のような表情で、淡々と。
えげつない凹凸や角度を持ったそれらに混じって、医局で見たことのあるガーゼのパックが隅に入っているのが鬼利らしい。正常な判断力を取り戻した頭でそんな現実逃避をしながら、悦はがくがくと頷いた。きっと鬼利のコレクションだろうそれらには見覚えのないものもあったが、どこにどうやって使ってどうするものなのかは解る。
「使って欲しい?」
「っ……」
どこからどう見ても、喉ではない穴に突っ込んで滅茶苦茶に掻き回すものだと解るスクリュー状のディルドを撫でながら首を傾げる鬼利に、悦は勢いよくぶんぶんと首を横に振った。持ち手ではなく、効率よくスクリュー部分を回転させる為の小さなクランクがついている時点で地獄の予感しかしない。こんなもので掘るどころじゃなく掘削されて正気でいられる幽利は本当に偉いと思う。
「そう」
「……あ、」
……そうだ、幽利。
頷いて髪を離した手の呆気なさに怖気を感じて、悦は背後を振り返る。
入り口の鉄扉を背に、他より少し広く取られた正面通路に椅子を置いて座った鬼利と、その足元に跪いた悦。その背後の突き当りに置かれた錆びたデスクの側には、足首を膝に乗せるようにして足を組んだ傑が分解途中の銃を弄んでいる。この武器庫の主は1人だから、椅子も今鬼利が座っている1つだけだ。だから傑はデスクでも床でも無く、つなぎの作業着を剥ぎ取られて四つん這いにさせられた幽利の背中に座っていた。
鬼利と傑とでは体格も体重もまるで違う。顔と同じく理想的な体躯の純血種を両手足と背骨で支え続けている幽利はぐったりと俯いていたが、顎を伝ってぽたぽたと床に落ちる雫と震える手足を見れば、脂汗を浮かべて歯を食いしばっているのが悦にも解った。
「……ゆ、うり」
幽利が服を剥がれて今の格好に落ち着くまでの過程を、早々に鬼利に頭を掴まれた悦は見ていない。傑の手際が良すぎるのと幽利が従順すぎるのであくまでも想像だが、じっとりと全身を濡らすあの発汗量と乗っているのが鬼利じゃないのに下腹につきそうに勃って、汗に混じって床を濡らしている幽利のモノを見るに、何か仕込まれている。水音もモーター音も聞こえないからきっと薬だ。それも、絶対にスクリューバイブ並みにえげつないやつ。
「き……鬼利」
悦が拒否した玩具は幽利に回されるのかもしれない。もう一度背筋を走った怖気に、悦はそろりと鬼利を振り仰いだ。
こんな男の下僕と恋人と弟を兼任できる幽利は本当にイカレているし偉いと思うが、それでも耐久値が高いのはどう考えても悦の方だ。生きてきた環境が違う。
相手が傑と鬼利なので絶対に壊すことは無いとしても、悦なら「やれやれ死ぬかと思った」で済ませられることが、幽利には立派にトラウマになってしまうかもしれない。
それなら、幽利の分まで、
「……君のそういう所が、僕はとても好きだよ」
かつて”鴉”の群れを矢面に立って守っていた時と同じく、互いの生存率を上げるためにえげつない玩具を「やっぱり使いたい」と請おうとした悦が何を言うまでもなく、その判断も決意も読み取った鬼利が穏やかに微笑んだ。
「経験に裏打ちされた冷徹な非情さだ。自らにそれを向けられる者は少ない」
「は……?」
「思いの外愉しませて貰えたし、君にも、愚弟にも、これを使うつもりは無いから安心して。君の”具合”にも興味は無い」
急に物凄く褒められてきょとんと目を瞬かせる悦の頬をするりと撫でて、鬼利はバックの外ポケットの留め金を外した。するりと引き出されたのはバックと同じく黒革の、物々しいマスクだ。
「だから、僕たちはこれで手打ちにしよう」
鼻から下を覆う形状のマスクには空気穴が3つ、格子状に空いていた。着けられたら最後、後頭部で締め上げられるベルトを外すまで顎を動かせなくなるとひと目で解るそれを膝の上に置いて、女のようにつるりとした手は深くて広いポケットを更に探り、薄い小瓶を2つと、パックに入っていないガーゼを取り出す。
「よく効くのは解っているんだけど、程度が解らなくてね。僕はこの通りの体質だし」
致死量を超える毒も効かない”体質”のお陰であらゆる暗殺を無効化している手が、ガーゼに小瓶の液体を含ませる。単体なら女好きのする香水のようだった2つの透明な液体の香りは、ガーゼの中で混じり合った途端に明らかに神経を狂わせると解る毒々しい甘さに変わった。
「服は着たままでいい。腕も足も縛らないけど、あまり煩くしないようにね」
思わず少し身を引いた悦を咎める事もなく、鬼利は丁寧にガーゼをマスクの内側に、通気性の無い革に唯一空いた空気穴を塞ぐように置き、耳にかけるゴム紐の代わりに太いベルトのついたそれを、ガーゼを指先で押さえながら両手の中に広げる。
「どうぞ」
「っ……」
お茶でも勧めるようにマスクを揺らされて、思わず悦は息を呑んだ。
こんなものを着けられたら、息をする度にあの毒々しい香りを肺まで吸い込む羽目になる。鬼利が実験も無しに幽利に使うのを躊躇うような媚香を。2人のサディストは完全にその矛先を互いの恋人でない方へ向けていて、鬼利には悦を犯す気も玩具で嬲るつもりもまるで無い。
麻薬並みに頭と体を狂わせる媚香に溺れるだけ溺れさせて生殺しにして、しかもそれに身悶える悦のことなどはまるでどうでも良く、いつか双子の弟にそれを使う為のデータを採ろうとしている。
発想が悪魔だ。わざわざ悦にもその危険性を知らせた上で、それでも自分から受け入れさせようとしている所を含めて、色んな「おっかない」を網羅し過ぎている。
「ど、どのくらい……?」
どうせこのサディスト共は悦と幽利のお遊びになんて何も感じていなくて、精々普段は出来ないプレイを試すいい口実が出来た、くらいにしか思っていないに決まっている。そうと解っていても恋人で下僕で弟の幽利に手を出した以上、これがその「手打ち」だと言われては拒否なんて出来る筈もなく、おずおずと頭を差し出しながら悦は上目遣いに鬼利を見上げた。
せめて時間を切って貰わないと後が怖い、後遺症とか依存性とかがお遊びの範疇で収まらなかったら怖い、と視線で訴える悦の口に、躊躇いもなくびちゃりと濡れたガーゼごとマスクを押し当てながら、鬼利は「さて、ね」と冷淡に首を傾げた。
「どの程度”旺盛”なのかが解らないから、僕にはなんとも。君のほうが詳しいと思うよ」
「っ……う……!」
鼻を通って直接脳に霞をかけて理性を絡め取るような甘さにぐらりと揺れた悦の頭を支え、頬と顎下から伸びるベルトをぎちりと締め上げて、鬼利はエスコートするような柔らかい手付きで座り込んだ悦の体を反転させた。少しでも毒の回りを遅くしようと、浅く細く息をする悦の頭を自らの太腿に寄りかからせて、足が欠けている割には軋まない椅子の背もたれにゆったり体を預ける。
「お行儀よくね」
犬でも宥めるようにさらりと頭を撫でたひやりと体温の低い手が、一呼吸ごとに頭の中を溶かされている悦の首筋に当てられた。脈を測る為だと、それだけの為だとわかっていても冷たいその感触が気持ち良くてじわりと潤んだ悦の視線の先で、傑が立ち上がる。
「立たせるか?」
「うぐ……っ」
背骨が折れるんじゃないかと怖くなるくらい容赦なく、全体重を幽利に預けていた傑がふっと立ち上がり、もう気力も限界だった幽利はべしゃりと腕を折って床に這いつくばった。反対側に撓っていた背中が痛い。二人分の体重を支え続けた膝と掌にはもう感覚が無かった。
「そこに」
「騎乗位以外で乗らせる?」
「いや」
「じゃあ、こっちにするか」
痛む背中を丸めると苦痛に遠のいていた疼きがじくじくとぶり返してきて、自分の汗で滑る床の上でぶるりと体を震わせた幽利の腕を、傑の手が掴む。
「ぅ、あっ……」
掴まれた腕が信じられない力で引き上げられ、慌ててがくがくする膝を立たせようとした幽利の意思などまるで関係無く、デスクの方へと引き摺られる。机上にあるものを片手でざっと退かし、出入り口から見て左向きにそこに腰掛けた傑は掴む場所を手首から二の腕に変えると、片足を投げ出した全く踏ん張りの効きそうにない体勢のまま、幽利の体を引き上げた。
そう、文字通り引き上げたのだ。綿しか入っていないぬいぐるみでも持ち上げるような気軽さで腕を引いて、まだ足が萎えたままの幽利の目隠しをしたままの目線が、その藍色と合う所まで。
普段のじゃれあいで出している力なんて、幽利がこの馬鹿力と舌打ちしていた程度の力なんて、化け物にとってはお遊びにもならないほど抑えられていたものだったと、嫌でも解る力だった。
「ひ……ッ」
改めて”純血種”の膂力を思い知らされて震える人間の方を見ないまま、傑は微かな抵抗を見せる両膝を片手と片足で割って、汗とそれ以外に濡れた幽利の肌を気にせずにその長い足の上に跨がらせる。元の長さが違い過ぎて幽利の足は爪先さえ床につかないのに、腕を掴んでいた手は今やぽんと気軽に幽利の肩に置かれているだけなのに、小揺るぎもせず盤石に幽利の体重を支えるどんなモデルよりも均整の取れた体を、幽利は初めて怖いくらいに美しいと思った。
「どーよ」
「よく見える」
「スポットライトにしちゃ弱いな。今度ミラーボールつけようぜ」
「こんな鉄臭い所で二度目なんて御免だよ」
「床も硬いしな」
「っぅ……」
縋ってしまわないよう、幽利が意識的に視線を反らしている鬼利と笑いながら話す傑の手が、硬い床に擦れて皮が剥けて内出血を起こしている幽利の膝を撫でる。今までの力との対比が空恐ろしいくらいに優しく、硝子細工でも撫でるみたいに。
「リクエストは?」
「跡は要らない」
「無茶言うなよ。お前の弟だろ」
「……内出血までなら、いいよ」
「だってよ、幽利」
不意にいつもの調子で声を掛けられて、徹底して椅子か人形として意思を無視されるのだと思っていた幽利は俯かせていた顔を上げた。
くくっ、と喉奥で低く笑って肩から背中に腕を回したその美貌の真意は、深い海の底のような藍色の奥は、相変わらず幽利には見えない。早々に剥ぎ取られた服を他所に未だ着けられたままの目隠しを、外したとしても。
「鬼利ー」
「……」
「どーも」
精一杯視野を絞って死角にした方向から飛んできたローションボトルを片手で受け取って、傑は背中に回した腕で幽利の上半身を引き寄せた。記憶に残るどの人間よりも完璧な造形をした唇が、自然とその肩口に顔を埋めるような格好になった幽利の耳元で囁く。
「幽利、開けて」
ぐっと深みを増した低く甘ったるい声は、鬼利とは似ても似つかない。許してと縋らないように特別製の目隠しを最大限活用して作った死角に居る鬼利からは、最初から今まで従えとも逆らえとも言われていない。
なのに、千里眼の”視野”を把握して胸元で促すように軽く揺らされたボトルに、気づけば幽利は手を伸ばしていた。背骨を労るように撫で上げる指先にぞくぞくと震える手でキャップを外し、差し出された傑の掌の上でボトルを傾ける。
掌の下には幽利ではなく、黒っぽいジーンズを履いた傑の太腿がある。どろりとした透明な粘液が服を汚さないよう、慎重にローションをその手に垂らす幽利を、ふ、と耳元の唇が嘲笑った。
「……もたもたしてんじゃねぇよ。さっさと濡らせ」
「あっ……!」
低くなった声にびくりと竦んだ拍子に大きくボトルが傾き、溢れた粘液がぼたぼたと傑の服を濡らす。キャップを離した手でそれを受け止めようとした幽利を耳朶にぞろりと舌を這わせて止めて、鬼利よりも長い、男らしく節のある指が、ぐちゅりと掌のローションを握った。
「す、傑っ、ふく、服が……っ」
卑猥に糸を引くローションなんかより、もっと淫猥な動きで滑らかに隅々まで濡らされていく指を懸命に見ないようにしながら、ぐちゃぐちゃと遠慮なく絡める所為で飛沫が跳んだシャツの裾を緩く引く。自分で言っていてもそんな場合じゃ無いだろうと思ったが、舐め上げた耳朶にかり、と歯を立てた傑は、往生際の悪い幽利の現実逃避をもう嘲笑ってくれなかった。
思わずはくりと息を飲んだ幽利の首筋を唇で撫でながら、人差し指から薬指までを特に重点的に濡らされた手が、今更ローションなんて必要無いくらいに内側から滲んだもので濡れそぼった幽利の後孔を撫でる。
「ふっ……ぅ、……!」
「触って欲しかったんだろ?遠慮すんなって」
からかう声に反して、咄嗟にぎゅっと締めて拒んだ縁をぐるりとなぞる指先は宥めるようだった。何時いかなる時も鬼利の手を拒んだことのない幽利は知らない、くにくにとマッサージするような優しい手付きで強張った筋肉を解し、死にたくなるほど呆気なく絆されたそこがはしたなく口を開けても直ぐには入れずに、爪先まで震えが来るような緩慢さで粘膜と皮膚の境目を撫で溶かす。
「あ……ぁあ……っ」
もう拒まないから、抵抗しないから、早く入れて欲しいと幽利が肩に額を押し当ててようやく、中指一本だけがつぷりと埋められた。明らかに慣れたそれより長い指は絶対に鬼利のものじゃないのに、傑の言う通り疼きを慰めてくれるものを待っていた粘膜が節操なしに縋り付く。
「んんッ……ふ、ぅう……!」
「まだ残ってる」
「ぅあ……っ」
薄いフィルムで包まれたビー玉大のカプセルをこつ、と指先に押し上げられて、幽利は頼りなく宙に浮いた爪先を丸めた。傑が触れているのは椅子代わりにされる前、服を剥がれて早々にびっくりするくらいの手際でナカに仕込まれた5つのカプセルの、最後の1つだ。内側で二層に分けられた媚薬とローションが交じると溶けるフィルムは体温では溶けないが、幽利が重みそのものや不定期に変わる重心に歯を食いしばって耐えている内に、腹圧で残りの4つはもう潰れて中身をまんべんなく粘膜にぶち撒けている。
「結構丈夫なんだな」
「ひぅっ」
関心したような言葉とは裏腹に、その結構丈夫なカプセルをぷちゅりと呆気なく潰して、溢れた媚薬を傑は長い指に絡めた。もう膿んだ傷痕のようにじくじく疼いている内壁に更に薬を刷り込むように指を出し入れして、探る様子もなく勝手知ったるように前立腺をくすぐりながら、見たくなくても見えてしまう幽利にも予想がつかない動きで蕩けた粘膜を掻き回す。
「っ……ひ、……んん……ッ!」
罪悪感を掻き消す甘い快感と、心を読まれているように欲しいものを欲しいだけ与えてくれる長い指の優しさについ媚びた声を上げそうになって、顎が軋むほど奥歯を噛んだ。手枷のない両手の置き所が解らない。宙に浮いたままの足はどこにも踏ん張れない。
腰を揺らしたら鬼利以外の指で悦んでいるのがバレてしまう。駄目だ。だってあんなに薬を入れられたら。気持ちいい。鬼利が見てるのに。悦だって。もっと。違う、違う。駄目なのに。
「……」
卑猥な水音から逃げるように肩口に頭を押し付け、揺れ動きそうになる下半身を止める為に真新しい膝の擦り傷に爪を立てる幽利を、傑は何を咎める事もなく好きなようにさせた。
幽利が爪で自分の膝を血塗れにするより、傑が幽利の一番好きな角度と力加減と速度をすっかり理解する方が、どう見ても早かったからだ。ちょっと目がいいだけのドMと丁寧に身も心もドロドロに溶かすことに慣れた純血種、しかも媚薬の仕込み付きである。端から勝負にもなっていない。
「これ好き?」
「す、きじゃね……ッんンぅ……!」
「ふーん」
精一杯の虚勢を張って首を横に振った幽利に藍色を可笑しそうに細めながら、2本に増やされた指がぐぱりとナカを広げる。その動きの目的が辱める為ではなく柔軟性を確かめる為だと、一番好きな角度に曲げられた指に一番堪らない強さと速度で前立腺をこりこりと転がされている幽利は気づけなかった。
「なァ。これでもまだ強情張る気か?」
「んぅぅ……ッひ、ぅう……!」
「そーゆートコ似てるよな、お前等」
場違いに呑気な声に引き摺られて広がりそうになる視界と、体の芯が蕩けるような快感に嬌声を上げようとする喉とを懸命に絞る幽利を嗤いながら、3本の指がぐるりと粘膜を撫ぜる。焦らすように浅い所を出し入れして切れないようにそこを解し、ただ焦らされているのじゃないと幽利が気づく前にごり、と音がしそうに凝りを押し潰して、イかないように必死になっている内に必要な確認を終え、最後に腹側を思いっきり引っ掻きながらいっぺんに抜いた。
「ぅううう……ッ!」
「幽利、ベルト外して」
ぎり、と奥歯を噛み締めて反らした幽利の背をぽんぽんと撫でながら、甘えるような猫なで声が囁く。
幽利の手の届く範囲にあるベルトは勿論、傑のジーンズに通っている一本だけだ。
「ふ、……っ」
身の程も弁えずに泣きついてしまいそうで視界からは外していたが、「いいよ」と許可を出した鬼利の声は否応なく聞こえていた。
髪の一本まで鬼利の所有物である幽利を傑が犯すことを、他でもない所有者の鬼利が許したのだ。距離が近過ぎて、浅ましく嫉妬してしまいそうで必死に目を反らしたが、苦しそうな悦の呻き声だって聞こえていた。悦が罰として酷い目にあったのだから、当然幽利だって傑から罰を受けなければいけない。
でも、だからって、鬼利じゃない男のベルトを自分で外すなんて。幽利自身の手で、犯される為の準備を、鬼利の見ている前でするなんて。
「て……てめェで……っ」
「外してくんねーの?」
そんなことはとても出来ない、と顔を背けた幽利の首筋を、獲物をいたぶる悦びを隠そうともしない唇が甘えるように撫でる。ぞくぞくと背筋を這い上がってくるものは、どんな肉食獣よりも危険な生き物に頸動脈を晒していることへの怖気だ。そうでなければ何もかもが滅茶苦茶になってしまうから、絶対にそうだ。
「……じゃあ、この手はもう要らねぇな」
だから絶対に手を伸ばすものか、と固く決意して体の横で握り締められていた幽利の両腕が、ぐん、と意思に反して背中側に回り、万力のようなもので締め上げられた。
「え、ぁ……?」
今は鬼利に貰った特別製の目隠しの遮断性を活用して意図的に空白を作っているが、本来千里眼に死角は存在しない。だから幽利は慌てて背後を振り返るまでもなく、全く自分の制御を外れた動きをした腕がまだ繋がっているのを青ざめて確認するまでもなく、万力のようだと感じた両手首の拘束が本当は何であるかを見ていた。
鉄をも圧し折る万力だと錯覚したものの正体は、傑の左手だった。
幾ら傑の指が美しく長いとはいえ、両手首を纏めて握り込めるほど幽利の骨格はか細くない。使う側には遠く及ばないが、日常的に鉄の塊である銃火器を扱っている手だ。それなりの筋肉だってついている。その気になれば、頭脳労働に特化した双子の兄を組み敷けるくらいの膂力だってある。
その腕を、傑は片手で、がっちりと握り込んでいるわけでもなく半分以上は親指一本が掛かっているだけの掌で、万力のように盤石に押さえ込んでいた。
「な、んで」
咄嗟に振り解こうとして、腕が繋がった肩さえぴくりとも動かせないので、思わず幽利は物を知らない子供のような顔で傑を見上げた。押さえ込んでいる張本人に向かって「なんで動かないの」と馬鹿みたいなことを尋ねる人間に、優しい化け物はいっそ微笑ましそうに笑った。
笑って、空いた片手でガチリとベルトのバックルを外した。
「抜いていい?」
ずるりと引き抜いたベルトを床に放って、ローションに濡れたままの指先をわざわざ硬直した幽利の内腿でおざなりに拭ってから、弾くようにジーンズのボタンを外す。
「もう降りてるの?」
「いや、普通に届く」
「あぁそう……どうぞ」
「冷てぇの」
「競う相手の居ない”一番”なんて、何の価値も無いからね」
台本でもあるのかと思うほど小気味いい会話を幽利ではなくその所有者としながら、滑る筈の指で一度も失敗することなくチャックを下ろし、慣れた手付きで下着を親指でぐいと引き下ろして。
そうして突き付けられたどう見ても鬼利よりもふた回り以上も凶悪なそれを見て、「ああ、抜くってそういう」と2人の会話を理解するのと同時に、幽利は叫んでいた。
「鬼利ッ!」
神経が焼き切れそうな集中と自制を解いて振り返った幽利に、粗末な椅子にゆったりと腰掛けた鬼利がおや、と小さく首を傾げる。縋らない為に死角に追いやられていたことを当然のように見透かした上で、もう泣きを入れるのかと。
鬼利の期待に応える為には、もっと幽利は我慢するべきだったのかもしれない。でも、もう無理だった。鬼利の足元には黒革のマスクを着けられた悦がぐったりと凭れかかっていて、幽利のように拘束されたわけじゃなく、自主的に背中側に組まれたその指先は悦自身の皮膚を破って血に濡れていたが、それを心配する余裕も無い。
だって、届いてしまう。鬼利にしか犯されたことのない場所に、コレはどう見たって”普通”に届いてしまう。
「やだ、鬼利っ、やだぁッ!」
「幽利、友達を驚かせるものじゃないよ」
比較対象なんていらない、鬼利だけでいい、と絶叫する幽利に眉を顰めて、鬼利は気遣わしげに首筋にあてていた手を滑らせ、驚くどころか血管を外して自らの手首に爪を食い込ませたままぴくりとも動かず、どろりと淀んだ瑠璃色の焦点さえ戻す気配の無い悦の片耳を覆った。
「鬼利、お願いっ、ごめんなさい、ごめんなさい!!」
「……躾がなっていなくて悪いね。後できつく言い聞かせておくよ」
「こっわ」
「ひぃっ!」
笑いながら大袈裟に身震いをして見せた傑が腰を掴み、手首を掴んだ左手と腰骨を捉えた右手だけであっさりと体がその膝の上から浮き上がって、幽利は悲鳴を上げながら必死で両足をデスクの縁に突っ張った。
「嫌、嫌だっ……傑、た、頼むから……!」
「お前、………あー、そうか」
ちら、と抵抗を示す幽利の足を見て一瞬怪訝そうな顔をして、そして勝手に納得した傑が、手で支える必要もない角度のモノの上にゆっくりと幽利を下ろす。
動かない上半身をなんとか捩ろうとしながら足を伸ばし、それが無理ならせめて矛先を反らそうとする幽利の全身全霊の抵抗を、端から存在すらしていないような呆気なさで捻じ伏せながら。
「いや、いやぁっ!」
「……だから強姦って好きじゃねぇんだよなァ」
ひたりと過たずに押し当てて、くちくちと緩慢に、少しずつ、確実に、幽利にとっての最後の砦をこじ開けようとしながら、その美貌とテクでどんな獲物をもどろどろに籠絡して和姦に引きずり込んできた傑がぼやく。
幽利のことも悦がこんな状態でさえなければ、口では建前として拒みつつも自分から足を開くようにした上で犯したかったのだろうなと、離れた所から横顔を眺める鬼利だけが真意を察していた。
勿論、とうとう砦を突破されてしまった当の幽利に、愛情深い純血種の心情を推し量る余裕は無い。
「やぁああッ!」
「結構可愛い声で泣くのな、お前」
カプセルローションのフィルムにしたのと同じ調子で幽利の悲鳴に関心しながら、腰を捉えていた腕が左足を抱え込む。両腕を背中で捻り上げる左手を少し下ろされ、ただそれだけの動きで一番太い所を簡単にずぷりと呑まされて、幽利は意思に反して折り曲げられていた右足でがんがんとデスクの天板を叩いた。
「ぐううっ……ぅう゛ー……ッ!」
「止めろって。お前は痛いんだから」
「ぬ、けっ……ぬい、て……っ」
「挿れたら抜くだろ、そりゃあ」
生爪でも剥がされているように食い縛った歯の合間からの呻きに呆れたように返して、傑はゆっくりと、鬼利との違いを一ミリごとに刷り込みながら、暴れる幽利を事も無げに押さえ込んでじわじわと凶悪なモノの上に下ろしていく。ひだのひとつに至るまで鬼利の形に誂えた幽利の内側を、我が物顔でぎちぎちに押し広げてごりごりに擦り上げながら。
肉体的には欠片の痛みもないまま、そうしてとうとう先端が受け入れる気などまるで無い突き当りを押し上げ、幽利はかちかちと奥歯を鳴らしながら鬼利を振り返る。
表面上は穏やかな橙色と目があった瞬間、決壊したように塞がれたままの両目から涙が溢れた。
「た……すけて、たすけて、きりっ、きり、……ぃい゛―――ッ!」
「はい、到着」
それまでと同じように、幽利の意思を全て無視して”普通”にごちゅんと行き止まりを超えて、仰け反る背を腕を掴む手で支えながら、傑はふぅと息を吐く。
傑のサイズ感に慣れていない幽利を肉体的に開くことくらいは赤子の手を捻るより容易いし、全力で拒もうとする締め付けだってどうということは無いが、嗜好に反した強姦にそろそろうんざりしてきた溜息だろうなと、風の音のように最愛の弟の声を無視した鬼利だけが察して苦笑していた。
無論、見捨てられた上、望まない重い絶頂に身も心も滅多打ちにされてがくんと顔を仰け反らせたままの幽利には、片割れの場違いにのどやかな苦笑さえ見えていない。
「……めんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……っ」
「しょうがねぇな、ったく……」
ずっしりと居座る余韻にすら頭を殴りつけられるようで、がっくりと背中側に倒れたまま天井に向かって己の何もかもを謝罪する幽利の頭を、傑は心底呆れたような溜息を吐きながら後頭部を支えるようにして引き起こした。
「見てみろよ幽利、鬼利が見てる」
そんなことは知っている。そうじゃなかったらこんな風に打ちのめされたりしない。死にたいと思うことすら烏滸がましいと感じる程の奈落に突き落としておいて、この上まだ嬲るのか。コレが人間が好きだなんて嘘だ。
いつもはなんだかんだ優しくしてくれるけど、やっぱりこいつの本性は恐ろしい化け物なんだな、とその美貌を空虚に見返した幽利に、傑はもう一度溜息を吐いて涙に濡れそぼった黒い布の結び目を解いた。
「幽利。鬼利が、お前を、見てる」
噛んで含めるように繰り返され、絶望に押し潰された精神のままに暗く狭窄した視界を、のろのろと首を巡らせることでそちらに向けた幽利は、
「とても良い見世物だったよ、幽利」
片手が塞がっていなければ拍手でもしそうな称賛と共に、愉悦に細められた橙色の奥にある根深く業深いものの一切合切を視界めいいっぱいに叩きつけられて、起こされたばかりの頭を鉛玉に撃ち抜かれたように仰け反らせた。
「奥を抜かれただけで呆気なく達した所が特に良かった」
叩きつけられた勢いのまま視覚から流し込まれるそれが何なのか、何と呼ばれるべきものなのか、幽利には解らない。鉛玉の方がまだマシだったのかもしれない、と思うくらいに、とにかく恐ろしく重く大きくて凄まじいものだということしか解らない。
「折角だ、次は少し焦らして貰うといい。浅い所をぐずぐずになるまで苛められてから乱暴に串刺しにされたら、きっと死にたくなるくらい気持ちいいよ」
優しく蜂蜜色の髪を梳く間も、普段は千里眼さえ届かぬ所にひっそりと隠されている全てを余さず晒したままで、鬼利はベッドの中でも早々見せないほど艶やかに微笑う。
―――そのだらしなく蕩けた顔を、僕はここで見ていてあげる。
声帯も鼓膜も空気すらも介さず陶然と囁かれた甘い呪詛を、合図にして。
「あ゛ー……っ」
重すぎて絶叫することも出来ない根深い愉悦が、仰け反ったままの幽利の頭と体の奥底をぐしゃぐしゃに押し潰した。
「キマってんなァ、お前等」
掴まれた腕を持ち上げられてかくんと頭が前に倒れる。声音こそ呆れたようだったが、爪先までぶるぶる震える幽利の左足を膝を脇に挟んで抱え直し、背中側から回した掌で坐骨を掬い上げるようにした化け物は、ようやく愉しくなってきたと言わんばかりの目をしていた。
骨が軋むような圧は無い。爪どころか指さえ殆ど肌には食い込まない。なのにそれだけで、どこにどういう力をかけているのか両腕とそこに繋がった上半身も、抱え直された左足に繋がる下半身も、叩きのめすように居座る余韻に跳ねることすら出来なくなって、幽利は思わず藍色を見た。
「ま、ぁっ……ま、って……いま、いまはっ、ぁあ゛あッ!」
鬼利より太いカリがぐぽ、と無造作に結腸から引き抜かれ、内臓を引きずり出されそうな衝撃と喪失感に両足が引き攣る。片手で持ち上げられた腰が簡単に浮き、滅茶苦茶にイったばかりの内壁をめいいっぱい広げながらずるずると抜かれていくと、飽和した視界にバチバチと火花が散った。
一瞬で視神経も脳もまとめて吹き飛ばす鉛玉と違って、焦点が絞れない視界を灰色に霞ませるこちらは延々と幽利を侵し続ける。愛情を示す白に一匙の黒を混ぜ込んだそれの名前が何なのか、愛なんて単純な言葉で表すことが本当に正しいのか、目がいい代わりに頭の悪い幽利には解らない。
ただ1つ解るのは、鬼利がこの上なく愉しんでいるということだけだ。
そしてそれが、幽利にとっては全てだった。
「体の使い方下手だな、こいつ」
「壱級指定と比べられても」
「まぁワケ解ってねぇってのもあるだろうけど。焦らしゃいいの?」
「好きにしていいよ。一通りのことは仕込んであるから」
「へぇ」
薄ピンクの媚薬とローションを巻き込みながらカリまでを抜いた傑が、飲み下せない唾液を零しながらか細く喘ぐ幽利をちらりと見る。見られている、と気づいた幽利がふらふらと顔を上げると、鬼利とは違う系統のサディストである純血種は美しい顔でにやりと笑って、手を離した。
「あ゛、」
支えを失った体が重力に引かれるまま凶器の上に落ち、ズドン、と臍下まで貫かれる。
「ぁっ……あ゛……ぁーー……ッ!」
「舌噛んでねぇな?」
余りの衝撃に悲鳴も満足に上げられず、犬のようにだらりと舌を零した口を覗き込んで、指の長い大きな手がまたずるりと幽利の体を持ち上げる。
「ほら、しまっとけ」
喉奥で嗤いながら幽利の舌を舌で絡め取り、鬼利より厚くて長い舌ごと押し込むように口づけて、今度はカリが抜けた途端に落とす。
「ん゛ぅ――ーッッ!」
今度は心構えが出来ていたので、幽利は塞がれたままの口で叫ぶことが出来た。逆に言えば、心構えが出来ていても叫ぶことしか出来なかった。貫かれた、なんて生易しいものじゃない。鬼利の言う通り串刺しだ。
ずがん、と腹の底を叩かれた勢いで傑の舌を噛んでしまったが、頭だって再生出来る純血種は気にした様子もなく、瞬く間に傷が消えた舌を絡ませたまま幽利を持ち上げ、舌を歯の奥に押し込むようにしてからやっと離し、濡れた唇を扇情的に舐め上げながらまた落とす。
「ひぁあ゛ああぁッ!」
がくん、と跳ね上がった顎とは反対に、幽利の背中は双子の兄のように姿勢良く伸びたままだった。掴まれているのは両手首なのに、上下に大きく動かされる間にも巧みに力をかける方向を変える傑の左手の所為で、背中を反らすことも丸めることも出来ないのだ。
落とされた瞬間だけは少しだけ腰を捩ることも出来るが、離れていた右手が重心を正確に支えて尾骶骨を包むように添えられれば、それさえ出来なくなる。抱えられた左足の膝から先と右足をじたじたと藻掻かせながら、為す術なくゆっくりと持ち上げられて、喪失感と恐怖に慄く内壁を奥の奥までぶち抜かれる。
「あぁあ゛――ッ!」
体ごと心まで捻じ伏せられて生き物としての上下関係を文字通り叩き込まれ、あまりにも絶望的な性能差に震える暇も、矮小な人間として強大な純血種に媚びる暇も与えられずに、また落とされる為にすくい上げられる。
傑のモノはぐちゃぐちゃに捻じ伏せられた今の幽利には破城槌の如くの有様なので、ゆっくりと引き抜かれていくその時間がまた長い。これからの仕打ちを知っている幽利にとっては地獄のような緩慢さで、すっかり服従して縋り付く内壁を残らず刮ぎながら抜けていく。
そして、そうするのが当たり前のような呆気なさで、落とされる。
「ひぎッぃいい゛いっっ!」
「……根性あるな、お前」
良識も貞操も罪悪感も背徳感も、心の支えになっていた何もかもを灰色に塗り潰されて箍の外れた体を犯され、ついでに巻き込むように奥まで塗り広げられた媚薬にも侵され、顔をぐしゃぐしゃにして泣き喚く幽利を一番近くで眺めながら、不意に傑が呟いた。
「これで足りねぇとか、どんな仕込まれ方されてンだよ」
「ッち、ちが、ぁ……!」
泣き言1つ漏らさないのが不満なんだ。なまじ内側が見えてしまうだけに、外側から読むのが苦手な幽利は奇跡的に藍色の不興を読み取って、懸命に首を横に振る。
こんなに解りやすく堕ちているのに、この化け物は鬼利より近い場所で一体何を見ていたのか。言わなかったんじゃない、言えなかっただけだ。薄れもしない呪いのような灰色に頭を、鬼利じゃないどころか人間でもない傑に体を、絶えず滅茶苦茶に犯されている幽利には、嬌声でないものを発する余裕なんてまるで無かった。
今だって相変わらず余裕は無いが、だからと言ってそれを傑が汲んでくれる筈がない。「つまらない」と思ったサディストがどんな生き地獄を展開し始めるかを、仕込まれた幽利はよく知っている。最早そんなことを言っていられる状態ではないので鬼利以外に媚びることへの嫌悪も無く、動かない腕の代わりに言葉で縋り付いた。
「お、落とさないで……んぁあッ……ゆっくり、ゆっくりにして、下さいぃ……っ!」
「ゆっくり?優しくして欲しいってことか?」
「そう、そうですっ、やさし、く……―――ーッ!」
もつれる舌を懸命に動かしての哀願に、「そうか成る程な」と頷いてくれていた傑の美貌がガクンとぶれ、それまでとは違い、落ちるのに合わせて下から突き上げられた幽利の全身が雷に打たれたように跳ね上がる。
そうだった。今まで傑は、腰を動かしてすらいなかった。
今まで以上の鋭さで腹の底まで抉り抜かれたというのに、痛みはない。亀頭を包んで蠕動する結腸が、バチバチと神経が焼け付きそうな悦びと快感を空白になった幽利の頭にまで叩き込んでくるだけだった。
「今度はコレ、やってやろうと思ってたのに」
かふっ、と空気が漏れたように喘いだっきり声も上げられない幽利をくつくつと笑いながら、長い指が快感と恐怖に震える腰を優しく撫でる。
骨盤がひしゃげるような衝撃のままに”街”の天井まで焦点を飛ばしたまま、幽利は微かに首を横に振った。
死ぬ。こんなのを繰り返されたら、死んでしまう。
「や……やぶれる、し、しぬ、しんじゃう……やだ、もうやだ……ぁあ゛あああッ!やだぁあ!!」
「わかったわかった、もう離さねぇって」
火が付いたように泣き喚く幽利を適当にあやしながら、傑は相変わらず特に力を込める様子もなく、片手で軽々と幽利を持ち上げた。嘘だ、絶対嘘だ、と首を振る幽利の顔を自分の肩口に埋めるようにさせて、ぱさぱさと動かない体の代わりに暴れる髪から顔を背けつつ、今までは通過点としてついでに押し潰すだけだった前立腺をごりゅ、とカリで抉る。
またどうせ、当たり前みたいに落とされるのに。安心させておいて叩き落とすなんて一番安い手だ。少しでも心構えをして受け止める準備をしないといけないのに。なのに手酷く捻じ伏せられ続けていた体は、警戒したい幽利に反して仮初の優しい快感に縋り付く。
「ンぁあああっ……!」
「お望み通り、ゆっくり、優しく、犯してやるよ」
媚毒よりも甘くて恐ろしい声で囁かれた言葉は、幽利の予想に反して嘘ではなかった。
片時も離されない手で幽利の逃げ道を全て塞いだまま、破城槌から鉤爪に変わったモノが浅瀬から前立腺までをぐちゅぐちゅと抉る。過ぎた快感に幽利の意識が吹き飛ぶ寸前の、本当にぎりぎりのラインを維持したまま、そこから上げることも下げることもなく、ゆっくりと。
「あ゛ー……ぁあーー……ッ」
幽利が頭をぐったり傑の肩に凭せかけても、無意識に右足でその腰を引き寄せるようにしても、押し出されるようにだらだらと漏れた白濁がジーンズを濡らしても、傑のペースは変わらなかった。どんな拘束具よりも強固に幽利の自由を奪ったまま、背骨が溶け崩れそうな快感に背中を丸めることも、腰を振ってほんの少し矛先を反らすことも許さずに、情け容赦なく致死量すれすれの快感を浴びせかけてくる。
「う……うごき、たいぃ……っ!」
力の抜けた右足でいくらデスクを擦っても少しも快感は散っていかない。絶えず電流の走る背骨を伸ばされ続け、揺れ動こうとする腰をぴたりと止められるのがこんなに辛いなんて、鬼利は教えてくれなかった。
「物になったみたいでイイだろ」
「よぐ、ないぃっ」
「だから叩くなって。……あーあー、皮剥けてんじゃねぇか」
「あぅうう゛ッ!」
かわいそーに、と幽利ではなく、ごんごんと踵でデスクを叩く幽利の右足を憐れみながら、浅い所ばかりを擦り切れるほど抉っていた傑のモノがごちゅん、と曲がり角を叩く。
「幽利、どこに出して欲しい?」
言うと同時にそれまで終わりの影すら見えなかったモノがどくり、と脈打ち、幽利は美しく伸ばされたままの背筋を微かに震わせた。外に、と言いかけた唇を噛む。
「ぅ……あ……っ」
縋るように振り返った鬼利は正解を教えてくれない。愛情よりもっとずっと深くて重いもので幽利の視界を犯したまま、傑と同じように、幽利が答えるのを待っている。
鬼利の目の前で、鬼利以外に致命的に汚されるべきなのは、どこだろう。
……綺麗にして貰うのに一番手間がかかるのは、どこだろう。
「お……おく、に……っ」
「ははっ、上等」
ぎらりと藍色を獰猛に光らせて笑った傑が、手首から離した手で幽利の肩を掴む。ぐり、と今まで一番優しく抉じ開けられるのと同時に信じられない勢いの奔流を叩きつけられ、幽利は自由になった両腕で咄嗟に目の前の体にしがみついた。
「あぁあ゛あああッ!」
やっと動かせる背中をぎゅっと丸めて、掻き出すのに一番手間のかかる場所にぶち撒けられていく熱を受け止める。でてる、思わず言葉にすると羞恥と背徳感と罪悪感とそれ以外の、とにかくとても褒められたものじゃない何もかもが煽られて、でてる、いっぱいでてる、とそればかりを譫言のように繰り返した。
「鬼利」
「あぁぁ……っ」
ごぼ、と注ぎ込んだものを萎える気配も無いモノで幾らか掻き出しながら抜いた傑が、ぐったりと凭れる幽利を抱いたままデスクから立ち上がる。
背中に添えられた手が人差し指だけくい、と動き、それを見た鬼利が足元の悦に視線を落とした。ひくひくと血塗れの指先を震わせる悦の頭を両手でそっと抱え、恭しくすらある優しさで俯いていた顔を上げさせる。
殆ど片手で幽利の全体重を支えた傑は、それを見て僅かに首を傾け、
「顎」
そう言ったっきり悦から視線を外して、反転させた幽利をデスクの上に下ろした。
「っ……!」
ああ、と頷いた鬼利が悦の鼻から顎までを覆うマスクのベルトを穴1つぶん緩めるのを見て、幽利は愕然と頭上の傑を見上げる。今の言い様は、まるで命令だ。腕力は無くとも、物腰と能力でどんなならず者も権力者も一定の敬意を払う鬼利にあんな言い方をする生き物を、幽利は今まで見たことがなかった。
不思議と怒りはなかった。ただ、やっぱりこいつは恐ろしい化け物なんだな、と非の打ち所がない美貌を見上げて思った。
鬼利でさえ一定の敬意を払うこんないきものに征服されて、悦は一体どうやって正気を保っているんだろう。仰向けにデスクに寝かされ、片足を肩に担ぎ上げられるのにされるがままになりながら、浮かんだ疑問のままに悦を見る。
―――……いいなぁ。
「……え、」
いつものように幽利の意思を無視した千里眼が読み取った思考に、鳥肌が立った。
媚薬と脳内麻薬にずぶずぶに侵された頭で、全ての神経が空気の流れにも削られるように過敏になった体で、悦が考えているのはそれだけだった。幽利を殺したいほど憎んだっておかしくないのに、なんでお前ばかりと恨んだっていいのに、意識が欠片でも残っているのが奇跡のような内側にあるのは、子供よりも無垢な羨望ばかりだ。
いいなぁ、幽利。
「ッ……す、傑!旦那、旦那が!」
それがあまりにも可哀想で、胸が締め付けられるように愛おしくて、幽利は悦ではなく自分の上に覆いかぶさろうとする男の胸板を殴りつけるようにして押し退けた。こんなことをしてる場合じゃない、お前だけは絶対にあの状態の悦を見過ごしていい筈がない。
必ずそうに違いないのに、煩そうに幽利の両腕を纏めて握った傑は、視線さえ悦に向けようとしなかった。
「いいんだよ」
「いっ、いいワケねェだろ!旦那が、旦那があんなにっ」
「あんなに?……あァ、壊れるって思ってるのか、悦が」
はっ、と乾いた声で嗤った藍色の底が、ぞわりと蠢く。
「そんなヤワなわけねぇだろ。俺のだぜ?」
ふふっ、と鬼利が笑う声がした。
お揃いの瞳が見ているのは傑だったが、声に引かれてそちらを見た幽利にはその真意が解った。幽利が海底よりも深くて恐ろしい藍色に呑まれないように、わざと声を上げてくれたのだ。
「悦も可哀想に。同情するよ」
「酷ぇな。お前にだけは言われたくねぇよ」
幽利も悦も知らないいつかの会話を再現してのどやかに笑い、藍色と橙色の視線が改めて今の”標的”である幽利へと向けられる。
「ひっぃ……!」
こんなものを羨ましがれる悦はやっぱり凄いと、幽利は震えながら認識を改めた。代われるものなら今すぐ代わってやりたい。いや駄目だ、今の状態でこんな視線に見据えられたら、いかに悦とはいえ心臓が止まってしまうかもしれない。
「あぁ、そんなに汚して……お前の作業着とは訳が違うんだよ、幽利」
「ッ……ごめんなさい、あ、あとで、綺麗に……ぃうううッ!」
「なに、舐めてくれンの?」
何事も無かったかのように、藍色の底を美しく凪がせていつもの軽薄な調子で笑いながら、傑は掴んだままの幽利の両手をデスクに押し付けた。右足を肩に担ぎ上げられた幽利の上半身は自然と腕に引かれて左を向き、白濁の滑りを借りて呆気なく貫かれるその結合部までもが、硬質な橙色の前に晒される。
「ひ、ぁ……!」
ああ、鬼利が見てる。見られてる。
媚薬による興奮を容易く上書きする羞恥と、申し訳程度の後ろ暗さすら消え失せた背徳感に煽られるままに、そうすると気持ちいいと学んだ幽利はぎゅっと目を瞑って叫んだ。
「やめッ、鬼利が、きりが、見てるからぁっ!」
「あぁ、ガン見だな」
「零れてるよ、幽利」
「ごめッなさ、ぁあっ!い、いれな、奥、奥だめ、鬼利の、鬼利のとこなのにッ」
「無茶言うなよ。大丈夫だって幽利、零した分だけまた入れてやっから」
「あ゛ーーッ!」
ぐちゅぐちゅと泡立った白濁ごとまたごちゅんと最奥を貫いて、懸命にベタな演出として役立たずの瞼を閉じ続ける幽利の耳元に、毒のように低く甘い声が囁く。
「ここで出されンのが一番、掻き出し難いもんな」
「……っ!」
もう一度、愕然とその美貌を見上げた幽利を見下ろして、化け物は慈しむように笑った。
Fin...?
割と全員キマってる。
