4-Play E



「服、脱いでろ」

 へたりこんだままの悦と、頭を踏みつけられたままの幽利、どちらとも指定せずにそう言って、立ち上がった傑は木製の質素な扉を潜って倉庫に消えた。博物館に寄贈出来るくらい希少だったり、”仕込み”途中だったりする銃火器の保管場所であるそこは本来登録者は絶対に立入禁止なのだが、当然のように無視である。

 確か、サイドボードに入っているやたら頑丈な黒いベルトはここから傑が持ってきたものの筈だ。それを持ってくるつもりだろうか、と震えながら、取り敢えずどろどろの服で本部内を歩きたくは無いので言いつけ通りパーカーに手を掛けた悦は、後ろから聞こえた電子音にびくりと傑の背を追っていた顔を戻す。

 見れば、土下座した幽利をそのままに一度扉に戻った鬼利が、そこのパネルを操作して鍵を掛けていた。幽利が悦といちゃつく為に掛けたのより長いコードを打ち込み、閂状の錠前をガチャンガチャンと5本全部下ろして、こつこつと革靴を鳴らしながら来た道を引き返し、落とされたバッグを拾うついでに脇腹を蹴って転がした幽利を進路から退かす。

「うぅッ……」
「……っ」

 弟はとっくに抵抗する気ゼロなのに兄貴は容赦ゼロじゃん、こわ。と慄く悦の前を通り過ぎ、バッグをデスクの上に、脱いだジャケットを椅子の背に、Z地区育ちにも解るくらい美しい所作でそれぞれ置いて、硬質な橙色がふと振り返る。
 こいつには耳が無いのかな?とでも言いたげな視線を向けられて、慌てて悦はパーカーと靴を脱いだ。腹を片手で押さえて蹲ったままの幽利をちらちらと見つつ、手首のベルトを仕込んだ3本のナイフごと外しインナーを脱いで、蹲ったまま作業着のチャックを躊躇なく臍下まで下ろし始めた幽利と、ベストを脱いでいる鬼利とをちらちらと見比べる。

 メインターゲットは悦で、名目は二度とこんな火遊びが出来ないようにする為のお仕置きだ。スワッピングくらいは、まぁ鬼利がネクタイを解いているからするつもりだと思うが、きっとそれは2人のサディストの嗜虐心が表向き悦に標的を絞って満たされた、ように見せた後からだろう。

 だから幽利はまだ脱がなくてもいいんじゃないかな、と悦は思ったが、予想が外れた場合また幽利がどこかを踏みつけられるかもしれないので、ジーンズと下着と靴下を脱ぎながらそわそわと見守るに留めた。主人からの命令を遂行するのに幽利があまりにも躊躇いなく迅速だったので、止める暇が無かったとも言える。


「すげぇな、アレ。何と引き換えた?」
「どの骨董品のこと?」
「北部訛りの変態のヤツ」
「あぁ……家や血に縛られた人間は扱いやすくて助かるよ」


 変態の職人がトチ狂って産んでしまったライフルの話をしながら、片手に丸められた毛布3枚と黒いベルトを持った傑はするりと戻ってきた。素っ気ないベージュの、燃えにくく目が詰まっていて重いけど温かい、前線やそれに等しい緊急時にしか使われることのないあの毛布と、必要以上に頑丈なあのベルトだ。
 なんの関心も無さそうに入手経路を、幽利が目隠しをしたままの今は2人の間でしか通じない言葉で明かした鬼利に、小さく笑った傑は毛布を2枚預ける。純血種はバスタオルでも持つようにしていたが、丸められたぶ厚い3枚の嵩は傑の頭を超えるほどだったので、鬼利は1枚だけを両手で抱えるようにして受け取ってもう1枚は重力に任せた。

「どうする?」
「正座でもさせておけばいい」

 抱えた毛布をデスクより少し手前に落とし、ころころと転がして広げながら素っ気なく言った鬼利と、それを聞いて即座に正座した幽利と、硬く冷たい武器庫の床とを、傑は残りの毛布とベルトを悦の目の前に落としながら順番に見る。

「それより、これは?顔面にでも騎乗するの?」
「重ねる。流石に硬いだろ」
「……」
「冷たいし」
「……」

 とん、とハイカットの革靴の先で床を叩く傑を、馬鹿かこいつは、という目で一瞥して、鬼利は広げた毛布の上にころころと2枚目の毛布を重ねた。自分のパーカーの上にちんまり体育座りをした悦としては、脱がしておいて何を今更という鬼利への賛同が半分、正座は辛そうだからなんとかしてやってくれという傑への賛同が半分だ。
 丁寧に毛布を広げるばかりで顔を上げない鬼利をもう一度見た傑は、自分のことを見事に棚上げしてやれやれこのサディストはという顔で溜息を吐いた。目隠しをしたままの顔を深く俯かせた幽利の前にしゃがみ込み、剥き出しになった太腿を撫でる。

「足崩せよ、幽利。痛いだろ?」
「っ……」
「あぁ、そうだよな」

 小さく首を横に振った幽利に、横目で伺う悦の角度からは表情の見えない傑が苦笑した。太腿に乗った手をそのままに、もう片方の手が幽利の首を―――頭ではなく首を、柔らかく撫でる。
 ここは硬いってさっき自分で言ったんじゃねぇのかよ。この場で唯一その意図を察した悦が目を見開くのと同時に、勢いよく横に引き倒された幽利の頭がゴンと鈍い音を立てて、脳震盪を起こさない程度に床に打ち付けられた。

「あぅ゛っ」
「ほらな、幽利。痛いだろ?」

 説き伏せるように言いながら、首から滑った手が呻く幽利の頭を優しく撫でる。頭ではなく首を持ったのは、傑の腕力と速度で頭なんて掴むと首が折れかねないからだ。一般人相手にやり過ぎだろと咄嗟に悦は鬼利を振り返ったが、双子の兄貴は2枚の毛布を美しく重ね合わせることに夢中で顔を上げもしない。その綺麗に揃えられた四つ角をしっちゃかめっちゃかに乱すようなことをこれからするつもりの癖に。凝り性かよ。

 一方幽利と言えば、興味ゼロの鬼利を見ても寂しがるでも悲しむでもなく、ぐっと歯を食いしばって両手を床に突っ張ろうとしている。傑の手が乗ったままの頭は幽利が筋を違えるほど力を込めたって1ミリも床から上がりやしないのに。頑張り屋さんかよ。

「き……鬼利が」

 悦なら即座に彼我の差を理解して諦める所を、健気にも何度か挑戦して、ようやく幽利はそろりと力の1割も出していない純血種を見上げた。

「正座、してろって……」
「あー、そうだな」

 床が硬かろうが冷たかろうが知るか、鬼利の命令だから正座するんだ邪魔するな、と固すぎる意思を滲ませて訴える幽利に、傑は適当に頷いて頭から手を離す。即座に上体を起こそうとする幽利を勿論許さず、すぱんと払った両手を片手で掴んで仰向けに引き起こし、ジタバタする足を片手と膝を使って曲げさせながら、悦を振り返って一言。

「ベルト」

 鬼利が命令を撤回しない限り幽利は何度でも正座にトライしようとするだろうし、なのに毛布にご執心の鬼利はこっちを見やしないし、ただでさえ生傷の絶えない幽利の足が痣まみれになるのは可哀想だし、何よりこういう時の傑に逆らいたくは無い。
 心の中で幽利に謝りながら、悦は迅速に毛布に引っかかったベルトの1本を傑の足元に投げた。

「やめッ……傑!」

 悲鳴のような幽利の懇願を聞き流し、自身の太腿を抱きかかえるようにさせた幽利の両腕を膝裏で肘から手首まで縛り上げ、余ったベルトの端で両足首まで留め付けて絶対に正座出来ないようにして、傑は手の甲側に直角に曲がった左薬指をゴキリと直しつつ立ち上がる。幽利が折ったらしい。

「……」

 今の状態の化け物に下手な反抗をするとテンションが上がってしまうかもしれないので、出来れば引っ掻くくらいにしといて欲しかったなぁと、上がったテンションの矛先である悦は遠い目をして思った。

「悦、こちらに」
「ん……」

 ばさりと片手で広げられた毛布の上に幽利がぬいぐるみのように転がされるのを横目に、鬼利が掌で示した毛布2枚重ねの処刑台に上がる。少しでも優しく扱って貰う為なら靴を舐めるのも吝かではないのだが、傑が拾い上げているベルトの使い道が解らないので、とりあえずぺたんと真ん中に座り込むに留めた。

「賢いね。縛る必要は無さそうだ」
「今はな。何か面白れぇモンある?」
「お眼鏡に適うかは解らないけど」

 丁寧に紐を解いて靴を脱ぎ、毛布の上に膝で乗り上げた鬼利が悦の前に、手を伸ばしてデスクの上のバッグを持ち上げながら踵を踏んでたっかい革靴を脱いだ傑が背後に、それぞれ座る。
 後ろから腰を抱き寄せられて大人しく傑の胸板を座椅子にしながら、悦は正面の鬼利から下半身を隠すようにゆるく立てた膝を閉じた。内訳としては、育ちの良い鬼利には刺さるかもしれない申し訳程度の恥じらいの演出が2割、おっそろしいサディスト2人に挟まれて内臓を守ろうとする本能が8割である。

「えぐい角度してンな」
「入れて捻ると面白い踊り方をするよ」

 悦の傍らに置いたバッグから傑がまず取り出したのは、大小の白い球体が連なったアナルパールだった。素材も大きさも悦にとっては見慣れたものだが、単純な数珠つなぎではなく球同士が絶妙な角度で斜めにくっついていて、シルエットが球体の凹凸に加えてぐねぐねと立体的に捻じ曲がっている。
 こんな現代アートみたいな物を突っ込まれて中で捻られたら、そりゃあ入れられた方の腰は捻りに合わせてがくがくに跳ね上がるだろう。明らかにヤバい種類の痙攣を「踊る」とナチュラルに表現出来るのが、なんというかとても鬼利だ。こわい。

「こっちは?」
「ブラシ」
「……うっわ」

 脇の下から手を伸ばしている傑がぱかりと悦の目の前で開いたケースの中には、金食器でも入っていそうなビロードの窪みに埋もれて、確かにブラシ状に毛束を埋め込んだものが7本入っていた。ブラシ部分は長かったり短かったり素材もシリコンや動物の毛と様々で、デザインを統一された金属製の持ち手は機能的で優美な曲線を描いている。
 ケースも相まって革製品のお手入れ道具みたいな顔をしているが、この状況でこの場に出ているこれらが磨くのは勿論高級な靴や鞄ではなく、人間の肌と粘膜的なサムシングだ。しかもあの傑が「うっわ」って言った。それだけ生きた人間の性感帯を磨くのに適したえげつない一品達ということだ。悦はここで死ぬのかもしれない。


「玩具は良い物を選んだ方がいいよ。特にシリコンは保ちが違う」
「あんま凝ったモン買うと捨てるんだよこいつ。ブジーも5本は折られた」
「そうなの?いかにも快楽に弱そうなのに」
「それ無しで満足出来なくなりそーで怖いらしいぜ。……あ、それ」
「もう手遅れだと思うけど。これは付け替えのアタッチメントが……そう、それ」
「ミキサーじゃん」
「そうだよ」


 本当に死ぬのかもしれない。そんな純粋な恐怖から両足を抱えてがたがた震える生贄を間に挟んで、傑と鬼利は次々とバッグから冗談でもオモチャなんて呼びたくない器具達を取り出していく。本職である悦には見覚えのある物も幾つかあったが、使うのがこの2人である場合、その凶悪度の跳ね上がり方は青天井だ。
 何せ指先1つで生き地獄と天国を自在に創造するテクの純血種と、人間から魂を買い付ける種類の悪魔の元締めをしているような性格の魔王である。恐怖に失神したり発狂したりせず、涙目になって震えるだけで堪えている悦は、生贄としてはかなり頑張っている方だった。


「どれも最高に効きそう」
「それは良かった。……さて、悦」
「は、はい」
「これから僕達は君に、愚弟との”火遊び”について酷く尋問するわけだけど」
「……ひどくじんもん」
「そうだよ」

 片言で繰り返した悦に無慈悲に頷いて、鬼利はくたりと半分萎れたバックから銀色の首輪を取り出した。爆弾でも仕込めそうに分厚く、内側に黒いゲルパッドがぐるりと貼り付けられ、鎖ではなくナイロン編みの太いケーブルが繋がった、尋常でなく物騒な首輪だった。

「君が嘘偽りなく答えてくれるなら、お互いにとって辛い時間は短くて済む」

 その”お互い”の片方は世にも恐ろしい尋問風景を見せられる幽利のことで、間違っても世界有数に恐ろしい”僕達”のことじゃねぇよな、絶対心の底から愉しんでるお前等が欠片だって辛いわけねぇだろこのサディスト共。
 ―――なんてことを鬼利の手で丁寧に首輪を嵌められ、傑の手でケーブルを床のコンセントに繋がれた哀れな生贄には言える筈もないので、悦は首輪に干渉しない程度に小さく何度も頷いた。反抗心なんてこの2人の登場シーンの段階で粉々に砕かれ尽くしているので、是非とも短く、出来ることなら3分未満で済ませて欲しい。

「だから、君が今日まで守り抜いたその正気の為にも、正直にね」
「はい……っ」
「その調子」

 干上がったような喉と震える舌でなんとか返事をした悦に優しくにこりと微笑み、一度の瞬きでその優しさを綺麗さっぱり消し去った鬼利が、袖のボタンを外す。


「始めようか」


 ぐい、と男らしく捲られた袖から覗いた時計が高そうだなぁと、悦は精一杯の現実逃避をした。










 いつコンセントに繋がった首輪から死なない程度の電気が流されるか、或いは内側のパットが膨らんで首を窒息寸前まで締め付けられるか、と警戒する悦を他所に、サディスト2人は並べられた器具達を放置して普通の3Pみたいな前戯を始めた。

 鬼利に膝を撫でられて足を開き、傑に足首をとんとんと叩かれてそこを掴んだ悦をそれぞれの言い回しで「いい子」だと褒めながら、それぞれ方向性は違えど獲物を嬲り尽くすことに並々ならぬ情熱と執念を持った2人の掌が、乾いたままするすると恐怖に粟立った肌を撫でる。
 背後から首筋にキスを落とし、脇腹や胸板や臍を撫でる傑の方は、まぁ相変わらず驚くほど絶妙な力加減と手付きだがいつものことなので置いておくとして、悦を驚かせたのは鬼利の丁寧さだった。
 てっきり幽利を蹴り飛ばした時のように遠慮も容赦もゼロで「ブジーを挿入したいから早急に勃起させてくれる?」とか言いながら扱き立ててくるか、手を出さずに睥睨しながら「勃たせて」と暴君の見本みたいなことを言い出すのかと思っていたのに、なんと鬼利はまず悦の足を撫でたのだ。


「くすぐったい?」
「へ、……へーき」
「もう少し力を抜いて。大丈夫、痛くはしないよ」
「ぅ、うん……」


 女の、それも箱入りのお嬢様の手を愛撫するように首に値札のついている野郎の足の爪の形を辿り、
「え、人格変わった?」とビクつく足を手を握るようにひやりと体温の低い手で包んで、足の甲や指の谷間やくるぶしを指先でそっと撫でる。もう片方は身構えて強張った筋肉を宥めるように脹脛を撫で上げ、膝を包むようにしてから太腿の内側を撫で下ろし、整えられた爪で足の付根を柔く引っ掻く。

 愛撫だ。これを愛撫と言わずして何を愛撫と呼ぶのかというレベルの愛撫をされている。あの鬼利に。ナイフも銃もロクに持ったことのない、上得意との握手の為に几帳面に手入れをされた、男にしては節の目立たない滑らかな掌で。

「は……ぁ、……っ」

 もしかして、焦らされるんだろうか。このまま核心を外して体中撫でられたり引っ掻かれたりされ続けて、失神するほど気持ちいいに決まってる器具を見せつけられながら、挿れて下さい犯して下さいと懇願するまで焦らされて、どれだけ暴れたってびくともしない傑の手に押さえつけられて更に焦らされ抜かれたりするんだろうか。
 だとしたら確かに悦にとっては拷問だ。一時間で陥落する自信がある。でも首輪の使い所が解らない。

「意外と慎ましいんだね」
「俺しかまともに弄ってねぇからな」
「本当だとは思わなかった。ここに挿れられるのは嫌い?」
「んっ……」

 首を傾げる鬼利に2人分の愛撫と個人的な想像で濡れた尿道口をとん、と指先で軽く叩かれ、悦は毛布に並べられた器具を見た。えぐい角度をしたバイブの隣に、筒状のケースに入ったブジーが6本と、その横に束ねられた黒い紐とコックリング。
 一度の哀願も無しに気持ちよく出させて貰えるなんて最初から思っていない。ブジーの太さは傑が使うものとそう変わらず、紐は食い込んだら絶対痛いだろう細さだ。幽利をあれだけ素直な良い子になるよう徹底的に躾けている鬼利は、どう考えても照れ隠しの嘘を許してくれるようには見えない。
 ちら、とケースを見る一瞬の間でそこまで考えて、悦は耳朶に甘く歯を立てる傑に頭突きをかまさないよう、小さく首を横に振った。

「……好き」
「お利口だね。選ばせてあげる」

 それはそれで羞恥プレイだったが、傑や鬼利に選ばれるよりは幾らかマシには違いないので、悦は一番凹凸の少ない滑らかに湾曲した銀色を視線で指した。首輪が電気責め用のものだった場合、金属の方がそこにも電気が流れる分だけ早く気絶出来るからだ。

「随分警戒されてるみたいだ」
「そりゃな。こっちも」

 選んだ理由が”警戒”だと解ったってことはやっぱり電気か、と奥歯を噛む悦に微笑みながら、鬼利は丁寧にガーゼで拭ったブジーと悦の胸板に、どろりとローションを垂らした。右手でにちゃりとそれを掬い取った傑が左腕を悦の腰に回して不用意に動かないよう固定し、ほぼ同時にサオを軽く握って固定した鬼利がくちりとブジーの先端を当てる。流れるような連携プレーだった。

「はぁ、あ……!」
「ここまで挿れるよ」
「あぁぁ……っ」

 容赦なく前立腺まで突っ込まれると思っていたのに、慣れた手付きでスムーズに狭い管を逆流した金属は括約筋を抜くことなく、そのぎりぎり手前で止められた。持ち手のリングから離れた鬼利の手が溢れたローションを辿るように裏筋を撫で下ろし、少し膨らんだ会陰をつぅとなぞって、傑より柔らかくて細い指がくるりと窄まりを撫でる。

「じんもん、は……ぁうっ」
「濃くていいな、これ」

 これじゃただの3Pだ。尋問はどうした、と我慢出来ずに声を上げた悦をローション塗れの指先できゅっと乳首を摘んで黙らせ、傑は乾いた左手を伸ばして鬼利の手元にあるボトルを持ち上げた。確かに普通より少し粘度が高い気がしないでもないローションの滑りを活用して、ちゅるん、ちゅるん、と指の間に押し出すように扱きながら、蓋が外れたままのボトルを悦の下腹でひっくり返す。

「あっ、あ、ん、んんっ」
「乾きにくそう」
「その分、流すのは手間だよ」
「長く楽しめるってことだろ?」
「まあね」
「んんぅっ」

 楽しめる、の所をわざと悦の耳に吹き込むようにした傑に頷いて、零れ落ちた追加のローションを纏った鬼利の中指が埋められた。乳首を押し潰されて締め付けてしまうそこをゆるゆると出し入れして開きながら、空いた鬼利の左手が右足に、ボトルを置いた傑の左手が左足に、それぞれ置かれて更に大きく足を開かせる。

「柔らかいね」
「はあぁっ……や、そんな、いっしょに、したらぁっ」
「好きだろ?」

 ふふ、と微笑む鬼利には一発で探り当てた前立腺を押し上げながら太腿を撫で下ろした手でブジーをくちくちと出し入れされ、くく、と低く嗤った傑には脇腹を這い上がった左手で乳首をすりすり撫でられながら耳を舐められ、堪らず悦は逃げるように上半身を捩った。
 傑のテクは言わずもがなだが、鬼利の方だって十分過ぎるくらいに上手い。そんな2人に前後を挟まれての4点責め、乳首の弄られ方が左右で違うから感覚的には5点責めである。ひとつひとつはもどかしいくらいの緩やかさなのに、相乗効果が半端じゃない。めちゃくちゃに気持ちいい。

「ちょ、まって、まっ……あぁあっ!わ、かんない、わかんないぃっ」
「鬼利のこと蹴るなよ。棚まで吹っ飛ぶから」
「棚で止まれるかな……方向によるね」

 どこでイかされようとしているのか解らない、と混乱する悦を他所に、本当に加減を忘れた場合はあながち冗談でも無いことを言いながら、傑は首を振る悦の耳の中に舌を突っ込み、鬼利は2本に増やした指で挟んだ前立腺をマッサージするように揉み込んで来る。勿論、他の3点を責める手も全く緩めずに。

「んッ、んんぅー…!…っい、いく、イくぅ……ッ!」

 鬼利を方向によっては壁まで蹴っ飛ばすわけにはいかないので、ぎゅうっと足首を引き寄せながら頑丈な傑の胸板を押しやるようにして背を反らし、誰の目の前であろうと抵抗なくイける悦は迫る波に身を任せ、

「あぁああっ、…………あ?」

 確かに背骨を駆け上がったものが喉元で掻き消える感覚に、自然と閉じていた両目を開いた。
 なんで、と彷徨わせた視界の端に、コンセントに繋がった黒いケーブルが映る。
 喉元。ケーブル。

 ……首輪。


「……良さそうだね」

 まさか、と頭を起こした悦の射るような視線を真正面から受け止めて、鬼利が穏やかに微笑みながら半端な所で出し入れされていたブジーを根本まで沈めた。

「ああぁッ!」

 容赦なく前立腺を貫かれてもう一度仰け反った背を電流のように鋭い快感が駆け上がり―――また、決定的な何かを喉元で掻き消されて、絶頂寸前の腰が抜けるような気持ちよさだけが脳まで辿りつく。

「ひっ……ひぅ……っ!」

 やっぱりそうだ。たった2回で、ある意味この場の誰よりもこういうことに関しては経験豊富な悦は確信した。この首輪の所為だ。仕組みはまるで解らないが、快感はそのままに絶頂だけを、止めるんじゃなくて掻き消されている。


 元男娼の陵辱に対する耐久値を知り尽くした傑がいる以上、ただガツガツ犯されるだけで済む筈がないと考えた悦の予想は、ある意味では当たっていた。
 気持ちいいことが大好きな淫乱に一番効くのは焦らしで、その焦らしの究極が寸止めだ。普通なら何度も連続でイくような快感の中で一番気持ちいい一瞬だけを取り上げられるなんて、イけないのに何度も何度も休み無くその寸前まで追い込まれるなんて、想像するだけで気が狂いそうだ。30分と保たずに色んなものを垂れ流しにして泣き喚く自信がある。


「や、やだ……っ」
「これを使おうか」
「ちょっと離れてろ」
「伸縮はそこ」
「おー、便利」

 思わず漏れた泣き言は当然のように聞き流され、首輪に伸ばした悦の両手は簡単にそれを引き剥がした傑の手で左右の足首にベルトで括られた。体ひとつ分下がった鬼利が傑に投げ渡した20センチほどの棒には中心に小さなボタンがあり、かしゅん、とワンタッチで倍以上に伸びた両端についた枷を、呑気に関心する傑は悦の膝上に締め上げた。

「じ……尋問、尋問はっ?」
「……あぁ」

 こうなったらもう、少しでも早く終わらせて貰う以外に悦の逃げ道は無い。幽利を売ること以外ならなんだって正直に答えるから、と叫ぶように言うと、もう蹴り飛ばすどころか閉じることさえ出来なくなった足の間に座り直した虚弱体質は、信じ難いことにそう言えばそうだった、みたいな顔をして、更に信じ難いことに考えるように首を傾けながら、掌に垂らしたローションをぐちゅりと握った。

「誘ったのはどちらから?」
「俺、おれからぁっ」

 たっぷり濡らした指を挿れ直す鬼利に、あからさまに今考えました、という調子で聞かれ、更に後ろから腰を抱き寄せた傑にさっきとは反対の耳にじゅぷ、と舌を突っ込まれて、半泣きになりながらも悦は答える。
 あの鬼利が自分で言ったことを忘れる筈がないから、絶対にわざとだ。本当に尋問するつもりなら傑がわざわざ耳を塞ぐ筈がないから、これも絶対にわざとだ。つまり鬼利の質問全てに嘘偽り無く正直に答えたって、答えられなくなったって、尋問は終わらず首輪は外して貰えない。


「やだ、やだぁあ……!」


 完全に泣きの入った哀願は、やっぱり、どちらのサディストにも聞き入れられることは無かった。






「3回目は何をしたの?」
「ば……いぶ、……ばいぶ、つか、って……はぁぅうッ」
「ただのバイブじゃなくて双頭バイブだろ?」
「……また嘘か。君の強情にも困ったものだね」
「そっ、そうです、そうとッ……あ゛ぁーーっ!!」

 慌てて言い直そうとした答えが終わらない内に、溜息を吐いた鬼利の手が勢いよくアナルパールを引きずり出す。捻りの加わった凹凸でガンゴン前立腺を殴られながら一気に抜かれても、それと同時にブジーが刺さったままの尿道口をブラシで傑にぞりぞり擦られても、首輪を嵌められたままの悦はどちらでも1回だってイけなかった。

「やぁあ゛ああッ!やめっ、それやめてっ、しょこやだっ、やだぁああっ!」

 内臓ごと引っこ抜かれたような衝撃が終わらない内に、ブジーを片手で押さえて固定された尿道口と亀頭を斜めに当てられたブラシがいっぺんに磨く。ケースに7本収められていた鬼利のブラシコレクションの中でも、悦が一番苦手な柔らかく毛足の長い山羊毛だ。
 繊細な毛先でさりさりと擽られるだけでも堪らないのに、傑はたっぷり含んだローションを溢れさせながらぐちゅりと押しつけて、無数の毛先一本一本でねっとりと敏感な粘膜を舐め回すようにブラシを動かす。

「しゅ、ぐるっ、やめ……ッあ!ぁあっ、あぁあ゛あッ!」

 時折こぽ、とブジーの隙間から先走りを零す尿道口を念入りにぐるりと磨かれたら、今度はカリだ。歯ブラシを長くしたような毛束をまずは裏筋のスリットに縦に当て、ブラシの先端から根本までをめいいっぱい使って、しゅっ、と擦り上げる。どれだけ逃れようと腰を捩っても毛先は一瞬たりとも外れず、そのまま強く押し当ててじゅるりと舐め下ろし、根本まで辿り着いたらまたしゅっ、と擦り上げられる。
 裏筋が十分に磨かれたらブラシを横に当てられ、尿道口と同じようにカリ下のくびれをぐるりと舐め回し、そこで漸く完全に離れた毛先が、上半分を切り取られてコップのようになったローションボトルの中に突っ込まれる。恐ろしいことに、ここまでが1セットだった。

「はぁ゛っ、はっ、はぁっ……!」

 鬼利が手を止めている間は、傑によるこの先端責めがブラシや速度を変えてひたすら繰り返される。インターバルはブラシがどっぷりローションを吸い込むまでのわずか数秒。鬼利が器具や指で前立腺を苛め抜く間はそちらに集中させる為に傑は手を止めてくれるので、酸素を取り込むので精一杯の悦は懸命に視線で哀願するのだが、硬質な橙色を愉しげに細めたサディストが一度で許してくれたことは無かった。


「3回目は双頭バイブを使ったんだね。気持ちよかった?」
「よか、たっ……!きもち、よかっ……ひぅう゛うっ!」
「そう。そのブラシよりも気持ちよかった?」
「んんっ!ん゛ーーーっッ」

 そんなわけが無い。ぬるぬると擦り付けられるローションの合間に、今度はごく軽く当てられた毛先でこしょこしょと尿道口をくすぐられながら、悦は勢いよく首を横に振る。形ばかりの尋問が再開されても、足を繋ぐ便利なポールを踏み付けたサディストは手を止めてくれない。右に少しブジーを倒されてこぷりと濁った先走りを吐いた小さな穴の左縁を、裏筋にしたように素早く、特に毛が密集した中程の2センチばかりを使った短いスパンで、くしゅくしゅと磨き上げてくる。

 どんな枷よりベルトより強固な腕の中に閉じ込められて為す術もなく身悶える、今のこの気持ちよさを”10”とするのなら、幽利との双頭バイブ体験は”1”だ。あっちはイってイかせれば終わりの自慰の延長線みたいなもので、悦が主導権を持っていて、表情に気を使う余裕もあって、淫乱専用の拷問器具みたいな首輪も無ければサディストだっていなかった。比べ物になる筈がない。

「あ゛ーっ、ぁあーーッ!」
「ブラシの方が気持ちいいの?」

 開きっぱなしの口から嬌声と舌と唾液を零す、体裁なんて微塵も取り繕えていない悦を見ればそんなことは一目瞭然だろうに、鬼利はさも意外そうな顔をした。ブジーがゆっくり左側に倒され、地獄のように気持ちいいブラッシングが尿道口の右縁を襲う。

「きもちぃっ、きもちぃい゛ぃッ!もうやらぁあ゛っっ!」
「そんなに気に入ってくれるなんて、嬉しいよ」

 ふわりと心から嬉しそうに微笑んで後半部分をまるっと無視した鬼利の指が、ローションと汗に濡れた悦の乳首をかり、と引っ掻いた。両脇の後ろから伸ばされた傑の腕が邪魔で左右には殆ど逃げ場は無く、裏筋をぐじゅぐじゅにブラシで舐め回されていては反った背を丸めることも出来ず、悦は非力な指に追加された快感を受け止めるしかない。

「そのブラシは柔らかいから、ここを磨かれるのも気持ちいいよ」
「んぅ゛ーーーっ!」
「乳首で失禁したことはある?」
「はっ……!?」

 先端だけを掠めるように引っ掻かれる刺激と、上品な発音でのとんでもない問いかけの両方に、悦はびくっと肩を跳ねさせた。いくら藻掻いてもびくともしなかった背後の胸板が小さく揺れる。ブラシを山羊毛から毛足の短いシリコンに持ち替えた傑が、鬼利の言いようと悦の反応の両方に吹き出したのだ。

「君ならきっと気に入るから、今度傑にやらせるといい。……そうだ。丁度買い置きがあるから、1つプレゼントしようか」
「いっ……いらない!」

 買い置きってなんだよ歯ブラシかよ、とツッコめるだけの余裕は無かったので、悦は全力で首を横に振った。一秒前にあんな喘ぎ方をしていたことを思えば奇跡のような滑舌で、きっぱりと恐ろしい提案を断る。

「数日は服に擦れるのも辛い体になれるのに。本当にいいの?」
「いいっ、マジでいいっ!」
「そう?なら、君に贈るのは止めておくよ」

 物分りよく頷いた鬼利が姿勢良く座り直し、意外とすんなり引いてくれたことにほっと息を吐いた悦、の、背後に視線を向ける。

「傑、いる?」
「いる」
「っ!……ちょ、まっ、ぁあ゛ああッ!」

 いとも容易くブラシと共に恥辱と快感に塗れた悦の未来をプレゼントする鬼利と、即答でそれを受け取った傑への抗議は、ぽたぽたローションを滴らせるシリコンの毛先に遮られた。中心にいくにつれて僅かに窪んだ毛先の一本一本がぴったり粘膜の曲線に寄り添う作りの、山羊毛の次に悦が苦手な楕円形のブラシだ。

「後で持ってくる」
「これでいいよ」
「お古なんて渡せないよ。カードが無いと手入れ師が受け付けない」
「ひぃ゛っ、いッ、ぃぁあ゛ああッ!」
「サンキュ。お返しにアレやるよ、調教用の」
「手に入ったの?助かるよ。ありがとう」
「やける゛っ、あだまッ、やけるう゛ぅうッ!」

 ぞりゅう、とコシのある毛先に粘膜と正気を削り取られている悦を間に挟んだまま、なんだかんだで仲の良いサディスト共はのどやかに互いにオススメのブツを交換する約束を交わし、さて、と鬼利が並んだ器具のうち1つを持ち上げる。未使用のそれはまだ乾いたままなので、傑は凹凸の少ない奇妙な形のバイブがしっかりローションで濡らされていくまで、神経が剥き出しになったような亀頭をぞりゅぞりゅとブラシで擦り続けた。

「ひッぐ!はひっ……あ゛、ぁああ……ッ」

 過呼吸を起こしかけてようやく、斜めに潰れたような先端が奥に押し当てられ、粘膜を研磨していたブラシが離される。濡らされた表面は凹凸も段差もなくつるりとしていて、やっと仰け反りっぱなしの背中を傑の胸に預けられた悦は、呼吸を整えながら訝しげに眉を顰めた。
 棒の先に3分の1にぶった切ったディルドをくっつけたような、奇妙な形だ。そのままピストンマシーンに繋げられそうな見た目だが、それにしてはディルド部分がエネマグラのようにつるりとしていて、棒の終わりには接続金具ではなく持ち手がついている。

「傑ばかりじゃ不公平だからね。心ばかりだけど」
「な、に……んぅううっ……!」

 初めて見る形に戸惑う悦を宥めるように下腹を撫でながら、鬼利はしっかり濡らされた先端を沈めた。傑のモノほどに太い部分は本当に僅かで、棒部分は入っているのかも解らないくらいに細い。散々標的にされていた前立腺を少し押し潰しただけであっさりと通り過ぎ、凹凸も段差も無い滑らかな先端が最奥に辿り着き、斜めに潰れた先端をぴったり曲がり角に沿わせて、そこで止まった。

 そして、ゴムの巻かれた持ち手を握った鬼利に固定されたまま、強く震えだす。

「ぅあ゛っっ!?」

 普通の玩具では有り得ない感覚で奥深くだけをみっちり押し広げられたまま、そこらのバイブやローターなど比較にもならない振動を叩き込まれ、パン、と見開いた悦の視界が白く染まった。
 奥でイくのは、ドライの中でも格別に重い。一度スイッチが入ってしまったら、押し当てられているだけで深く重い波が間をおかずに何度も何度も襲いかかる。絶頂をお預けにされて寸前の快感ばかりを叩き込まれた後だ、普通ならきっと、初撃で派手にイったきり、押し潰されるようにして失神していただろう。

 なのに、首輪を嵌められた悦にはどんな種類の絶頂も叶わない。


「あ゛ーーーっ……ぅ゛あ゛ーーーーーっっ……!!」

 それ以上進むことも戻ることもなく、結腸の入り口だけを叩きのめす強烈な振動は、腹の中だけでなく悦の頭の中まで一瞬でぐずぐずに崩した。ぴんと伸びたまま戻れない手足の感覚も、内側から振動が伝わったブジーの感覚も、構って貰えない前立腺のもどかしさも、イきたい出したいという焦燥感さえ消えて、のったりと深くを這いずるような快感だけが鮮明になる。

「気持ちいいね、悦」

 しばらく一定の振動を体と頭に染み込ませてから、言い聞かせるように穏やかな声と共に、持ち手のボタンが押された。ゆっくりと振動が弱まり、白飛びし続けていた視界がじわりと戻った所で、またゆっくりと最大にまで強くなる。
 30秒をかけての緩急は、押し広げられた所をマッサージされているような感覚を悦にもたらした。特別重い絶頂の寸前に振り切ったままの快感は暴力的と言っていい激しさなのに、集中的にいたぶられている所が焦らされているように切なくなる。鬼利の指先に痙攣する腹筋の上からそこを押されると、その切なさはますます酷くなって、気づけば悦は泣いていた。

「んぅーーー……!ひぅうーーーー……っ!」
「……もっと奥に欲しい?」

 柔らかい声に頷くと、腹の上の手が電動マッサージ器に置き換えられて、丁度内側が最大になるタイミングで外側からも痺れるような振動が加えられる。2種類の振動が体の芯でぶつかりあって、片側だけよりも効率的に、徹底的に、ただ押し上げられ続けている所を解きほぐしていく。
 欲しい、とちゃんと頷いたのに、鬼利はバイブなのかどうかも定かではない器具をそれ以上進めてはくれなかった。きっと、悦がまだ傑にすらそこを許していないことを知っているのだ。

「あぅうーーっ……はぁぅう゛ーーー……ッ!」
「ここを開かれるのは、気持ちいいよ。今よりもずっと」
「ぅあああぁぁぁ……ッ……あぁあーーー……!」
「君ならきっと気に入る。初めてドライで達した時のことは覚えてる?」

 頷くと、電マの振動が1段階上げられた。仰け反ったまま戻れない頭がかくん、と力尽きて背後にある肩に、ベルトとポールで十分に拘束された悦が筋を伸ばしてしまわないよう、抑え込みながら守ってもくれている傑の肩に乗る。

「それよりも凄いよ。ただでさえ別次元の快感なのに、君の相手はその男だ」

 ぐちゃぐちゃにされている頭の中に染み込む柔い声に操られるまま、少しだけ首を傾けると、半分以上が白く霞んだ視界に見慣れたダークブラウンが映った。
 こんなに至近距離で見ても相変わらず人外に滑らかな美貌が、振り返って、


「……きっと、戻れなくなる」
「あ゛っ、」


 呪いのような予言を贈られながら、どろどろに煮え滾った藍色に見据えられた瞬間、悦の意識はぐるんと暗転した。





「いいって、このままで」
「そういう訳にはいかないよ」
「なんでだよ。どうせ1回ヤったら終わるだろお前」
「悦が可哀想だよ」
「そっちの方が可哀想だわ」

 言い争う、と表現するには緩い語調でごちゃごちゃ言い合う声に意識を引き戻され、悦はぼんやりと目を瞬く。
 手足のベルトとポールは無くなっていたが、首はまだ重たいままだった。胡座を半分崩したような傑の左足を枕にする形で、仰向けに毛布の上に寝かされている。だらりと投げ出した足の間には相変わらず鬼利が姿勢良く座っていて、その傍ら、左隣りには、

「……ゆぅ、り」

 言い合う2人の間に置かれて肩身が狭そうに正座で縮こまっていた幽利が、びくりと大きく肩を震わせる。起き抜けの悦の声量は吐息に近い小ささだというのに、怒鳴りつけられたような反応だ。深く俯いた顔も上げない。恐らく、裸の下腹をべったりと汚している幽利自身の白濁の所為だろう。

 そんなの気にしなくていいのに。幽利の性癖上、仕方のないことだ。逆の立場で幽利の痴態を余さず見せられていたら、悦だってきっと羨望と嫉妬をスパイスにバチバチに興奮して1回はイっていた。
 幽利の下腹と内腿を濡らす量はどう少なく見積もっても2回分はあるが、幽利は耐性の無い一般人のドMなのだから、がちがちに拘束されたままギンギンに興奮してしまうのも仕方がない。こういうプレイはそういうものだ。

 そんなことより、悦にしてみれば幽利の両腕にくっきり残ったベルト痕の方が問題だった。傑の野郎、ちょっと双子の兄貴に度を超えて躾けられているだけの素人ドMである幽利に、短時間でこんな痕の残るキツい縛り方をしやがって。腕力の無い鬼利の締め方で満足出来なくなってしまったらどう責任を取るつもりだ。


「起きたようだね」
「そーだな。ほら、このままでいいから突っ込めって」
「喉を突き破ったらどうするの」
「破んねーよ」
「一直線にしてあげないと、人間はとても苦しいんだよ」

 頭上のサド2人はまだ何やら言い合っている。どうやら議題は、これから2人に上下から犯されて幽利にそれを見られるかしゃぶられるかする悦の、最中の体勢についてのようだった。互いの表情からして、このまま喉奥まで捩じ込もうとする傑を、鬼利がせめてもっと楽な姿勢でやってやれと説得してくれているんだろう。

 意外と優しい所があるんだな、と悦は少しだけ鬼利への印象を改めた。


「だから、俺はそこまで入れねぇって。咥えさせるだけだって言ってンだろ」
「こんなに引っ張っておいてそんなヌルい犯し方、悦に失礼だよ。きちんと上下から串刺しにしないと」


 前言撤回、逆だった。改めた印象が後半の発言だけで元の「ドS」に勢いよく戻る。

 鬼利の口調は諭すようだが、ストッパーになっているのは傑の方だった。喉奥まで犯す気などはさらさら無く、あくまでも穏便にフェラチオの範囲で収めようとしている傑を、そんなのでは手緩いから喉を一直線にした上で、純血種サイズなモノを最大限活用したイラマチオをしろと鬼利は言っているのだ。お上品な顔してなんてこと言い出すんだこの男は。

「悦は苦しいの嫌いなんだよ。窒息させなくても十分締りヤベェから、挿れろ」
「つくづく、肝心な所で詰めの甘い……」

 ハラハラしながら見守っていると、はぁ、と大仰に溜息を吐いて鬼利は悦の串刺しを諦めてくれた。ほっとしたのも束の間、慣れた仕草で膝裏に差し入れられた滑らかな手にぐいと大きく両足を開かされて、ハラハラはあっという間にドキドキに変わる。

「あ……っ……!」

 こうなるだろうと始めから予想はしていたが、ついにだ。あらゆる絶頂をお預けにされたまま、ぷっくり腫れ上がるまで散々前立腺を苛め抜かれ、なんか流れで結腸まで開発されてしまったぐずぐずの体を、ついに鬼利に犯されてしまう。距離なんて関係無い千里眼持ちをわざわざ傍らに連れてきたのだから、きっと幽利だってただ見ているだけでは無いだろう。

「はっ……はぁっ……」

 足元と頭上でほぼ同時に2本のベルトのバックルが外され、思わず悦はきゅっと毛布を握った。首輪はまだ着けられたままだ。鬼利を上手く満足させれば外して貰えるだろうか。幽利はどこを舐めてくれるんだろう。傑は、傑は挿れてくれるんだろうか。期待と興奮のあまりに背筋が寒くなる。


「……さて、悦」

 引き抜いたベルトを後手に放った鬼利が、揃えられていた膝を肩幅に開きながら悦を見下ろす。声音は始まりと同じだが、目が始めとはまるで違った。

「尋問も終わった所で、謝罪を聞こうか」
「しゃざ、い……」
「そうだよ」

 幽利の目の前で幽利以外を犯すことで幽利の心を今まで以上に引っ掻き回すことのみに嗜虐的に興奮している目で、鬼利は頷く。悦のことなどまるで眼中に無いと解ったが、そうでなければ幽利を遊び相手に選んだりしないので、悦の方もそのことについてはどうでも良かった。重要なのは適当に始まった尋問が適当に終わったことと、これから始まる新しい”遊び”のルールだ。

「幽利を唆して僕達を裏切ったことへの、心からの謝罪を聞かせて」
「あ……ぁぁ……っ」

 着けた時と同じように鬼利の手が首輪を外し、傑が悦の顔を横向かせて鼻先に下着越しの熱を突き付け、上体を起こした鬼利が髪を鷲掴んで幽利の顔を悦の下腹に埋めさせる。やっぱり流れるような連携プレーによって、下準備はあっという間に終わった。ブジーを刺されたままのモノを刺激しないよう幽利が気を使ってくれているのが解るが、敏感な先端と裏筋を外して根本近くを吐息に撫でられるだけでも、シチュエーションと相まって悦は腰が抜けそうだった。

「そうだな……キリよく、100回にしようか。それでいい?」
「いーよ」
「心から、だからね。ただ言うだけじゃ駄目だよ」

 つまり、悦が鬼利判定で心の底からごめんなさいと100回言い終わるまで、これからのぐっちゃぐちゃでどろっどろの4Pは終わらないということだ。体力と性格的に鬼利がそうそう何度も幽利以外に無駄撃ちするとは思えないから、きっと1回目以降は2人の位置は入れ替わる。どうでも良さそうな返事をしつつ、早速硬く反ったモノの先端をふに、と唇に押し当ててくる傑は体力無限の化け物だ。そして幽利は鬼利の命令にはいつだって全力で従う。こくん、と悦の喉が鳴った。

 どう考えても無理だ。どれだけ悦が必死に頑張ったとしても、絶対に、100回なんて言わせて貰える筈がない。


「覚悟はいいかな?」

 こんな時まで美しい所作で前をくつろげた鬼利が、心臓が痛いくらいの期待にひくつく奥にひたりと先端をあてがう。だらしない時を見たことがないその姿勢と同じくすらりと癖なく端正で、それでいてカリ高なモノだった。お上品な顔して人間にしては角度がえぐい。嫌いじゃない。

「良さそうだね。始めようか」
「ぁ、あっ……ごめ、んなさ……あ゛っ、んむぅうっ!」

 100回のうちの1回も言い終わらない内に蕩けた縁をゆっくり抉じ開けられ、喘いで大きく開けた上の口を傑のモノに塞がれる。言っていた通り喉奥までは突かれない代わりに、カリが上顎に擦れる位置で頭を離せないよう後頭部を押さえられた。

「んぅ、んんー……っ」
「根本まで保ちそう?」
「前立腺が腫れてる。こう締められていると反らせない」
「あぁ、じゃあ思いっきり抉って両方イかせろ」
「ふっ……!?」
「顔まで飛びそうだから、これに飲ませるよ」
「それいいな、頼むわ幽利。お前がされたら泣き喚くよーなこと、全部してやって」
「幽利、傑の言う通りに」
「っ……はい」
「んんっ!?」

 これだけ我慢させられた後で、しかもそんな方法でイかされたら、絶対にトぶ。即座に快感で叩き起こされた上で3回はトぶ。思わず悦は一番低い所から忙しなく3人の顔を見上げて殺す気か、とくぐもった声を上げるが、サディスト2人は勿論、鬼利の命令には絶対服従の幽利にさえも無視された。

 そして、予告されていた通りの方法で、2時間あまりお預けにされていた両方の絶頂がくる。


「ひッ……ぁあ゛ああっっ!!?」


 器具と指で散々に嬲られてぷっくり膨れた前立腺を鬼利のカリがぐりゅんと押し潰し、傑の手が勢いよくブジーを引きずり出して、吹き上げるように射精している真っ最中のモノをぱっくりと口に含んだ幽利に強く吸い上げられる。焦らされて鋭敏になった体はほぼ同時に行われた全ての刺激を残さず敏感に拾い上げ、微塵も掻き消されない快感の全てが、ガツン、と殴り付けられたような勢いで頭の中で弾けた。

「っ―――!っッっ――――!!」

 余りの衝撃に声も上げられず、普通に仰け反るだけでは到底耐えられなかった腰がブリッジをするように浮き上がる。傑なら押さえつけて逃さず受け止めさせるが、悦の背筋と腹筋を捻じ伏せるだけの腕力の無い鬼利は自分が膝立ちになることで高さを合わせ、両方の絶頂に硬直して痙攣する前立腺を更に抉った。
 限界まで腰を突き上げた先で反りを利用してごりごり押し潰されて、パン、と意識がトんだ拍子にがくんと下半身が毛布の上に落ちる。跳ね上がった腰に弾き飛ばされていた幽利がじゅるりと亀頭を包むように舌を這わせ、叩き起こされた悦はもう一度腰を浮かせようとしたが、ぽんと鳩尾に置かれた傑の片手がそれを許さない。

「活きがいいね」

 両足を爪先立ちに突っ張り、ぶ厚い毛布を2枚一緒に千切れるほど握りしめてガクガク痙攣する様を、鬼利は座り直しながらそう評した。押さえつけられてもう逃げられなくなった所を殊更にゆっくりと抉じ開け、やっぱり前立腺を集中狙いにカリでこそぎながら、会陰を親指でぐぅっと押し上げる。飛び上がるくらいに敏感になった尿道口を幽利の舌でぐちぐちと容赦なくくじられ、またパツン、と意識が飛んだ。

「謝らなくていいのか?」

 くつくつと笑う低く掠れた声と、こしょこしょと耳をくすぐられる感覚に意識を戻される。無意識に吐き出していた傑のモノが開きっぱなしの口に挿れられて、双子による腰が溶け崩れそうな鋭い快感に、上顎の性感帯を柔く擦られる全身の力が抜けるような淡い快感が追加された。
 鬼利に内と外から前立腺を捏ね回され、幽利に先端を舐め回される快感を少しでも逃したいのに、包むように傑の手で押さえられては気休めに首を振ることも、床に後頭部を叩きつけることも出来ない。首から上を大人しく傑の太腿の上に乗せたまま、ゆったりと口の中の性感帯を亀頭に擦られるのを受け入れるしかない。
 今度は下半身と上半身に与えられる快感の落差でブツン、と意識がトんだ。萎える暇を与えられないモノを幽利に喉奥で締められながら引っこ抜かれそうに吸い上げられて、一秒と経たずに戻される。

「~~~~~~っッっ!!」


 ずっとイってる。イき終わらない内からまたイかされて、イっている最中に更にもう一段深くイかされる。イった直後は特別敏感で触られるのも辛いのに、その辛い状態の粘膜を情け容赦無く嬲られてまたイかされる。頭と鳩尾を押さえられた中で精一杯背中を反らし、手足をばたつかせて少しでも、一瞬でも尖すぎる快感から逃れようと藻掻いている最中に、心をへし折るように一際深くイかされる。


「めっちゃ震える」
「こっちも凄いよ。別の生き物みたいだ」
「~~~ッ!~~~~~っっ!!」
「締め付け半端じゃねぇだろ?」
「凄すぎて出せない」
「頑張ってンなぁと思ったのに、そっちかよ」
「―――……あ゛ッ、あぁ゛っ!!」

 困ったように眉を顰めつつもイかせる手は止めない鬼利をけらけらと笑って、傑は咥えさせていた自身を一度抜いて膝立ちになった。幽利の肩を引いて散々に舐めしゃぶられる先をモノから乳首に変えさせて、活きよく暴れまわっている悦の左右の足首を両手で掴む。
 そのまま傑が頭上に座り直すと、自然と悦の体は掴まれた両足をV字に大きく開かされたまま、開脚前屈をひっくり返したような格好にさせられた。足を持っているのは傑なので、勿論膝は少しだって曲げさせて貰えない。体を折り畳まれたような状態なので背中も反らすことは出来ない。腰も動かせない。体勢を変えられる間も容赦なく絶頂は上乗せされて、後孔が殆ど天井を向くような格好を恥ずかしいと思うだけの余裕も与えられない。

「この方が体重掛けられて楽だろ」
「あぁ、これなら動ける」
「ぅあ゛あぁあっ!?」

 そんな状態で、強制的に骨盤を開かされて多少緩んだナカを、幽利の口の代わりに鬼利の掌でにちゃにちゃと亀頭を舐めるように擦られながら、真上から体重を掛けて押し潰すように貫かれる。


「ふぐっ、ぅう゛うううッ!!」

 集中狙いされていた前立腺がサオでずりずり擦られるだけになった代わりに、強振動で芯までほぐされてずっと痺れたようになっていた最奥をがっつり殴られ、格別に重たいイき方をさせられた悦の両足が爪先までぴんと伸びた。それが弛緩する暇もなく、ぷしゃりと潮を吐いた先端をよしよしと柔らかい掌で撫で回されながらずるりと抜かれ、ごちゅんと奥を殴られる。
 傑に比べれば重さも速度もずっと優しいピストンだったが、これだけ休み無く連続でイかされている今の悦には十分に致死量だった。一突きごとにパン、と弾けるように意識が飛び、ずるりと抜かれて連れ戻され、また飛ぶ。

「あぎっ!ひぐッ!あぅ゛っ!!」

 無理。もう無理。死ぬ。イき死ぬ。

 そう訴えたくても、喋ることなんて出来ない。押し出されるように濁った嬌声を上げながら、傑に固定された体で、双子に与えられる致命的な快感を大人しく受け入れることしか出来ない。
 
「こうも必死に求められると……可愛いね」
「だろ?」
「中に?」
「あぁ」

 端的なやり取りの後、リズムよく体重を掛けて悦のナカを蹂躙していた鬼利は、それまでただ殴りつけるように突いていた最奥を初めて押し潰したまま捏ねるようにした。首輪に取り上げられていた2時間分の絶頂の殆どをこの短時間で叩き込まれている悦がそんな変化に耐えられる筈もなく、縋るように毛布を握りしめていた両手が、ぐん、と胡座をかいた傑を一瞬僅かに浮かせるほど強くそれを引く。

「ッあ゛ぁあーーー……!!」
「は、ぁ……」

 断末魔のような嬌声と共にぎゅううぅっと強く絞り上げられた鬼利がようやく中でイき、やっと悦は深く重い絶頂の余韻を味わうことを許された。

「―――っはぁ゛……ッひ………ぃい……っっ」


 ……よかった。生きてる。

 回数が回数なので体の芯を這いずるような余韻は半端じゃなかったが、新しいものが重ねられなくなっただけで、陵辱だの蹂躙だのに慣れた悦の頭はそう安堵するだけの余裕を取り戻した。足を降ろされるのに合わせてずるり、と引き抜かれた鬼利のモノがちゃんと射精後に相応しい状態だったのが大分助けになった。空気の読める幽利がちゃんと終わりを察して顔を上げてくれたのにも、体が自由に動けば抱きしめたいくらいに救われた。


「な?窒息させなくてよかっただろ?」
「……僕はね」

 薄膜を隔てたようにぼんやりとした2人の声を聞きながら、悦は余裕が戻ったと言えども鬼利の呟きの不穏さを感じ取れるだけは働いていない頭で、傑の声に同意する。

 正直危ない所だった。あの状態で傑にまで本格的に喉を犯されていたら、きっと悦は経歴上鍛えられた渾身の筋力で鬼利のモノを圧し折ってしまっていた。
 そうなったら流石に幽利に合わせる顔が無い。出せないくらい締め付けるだけで済んで、鬼利が痛みに鈍い体で本当によかった。そんなことを考えながら、悦は重い余韻に耐える為にしがみつくものを求めて、頭の上に手を伸ばした。

 指先に触れた毛布じゃない布を掴んで、引き寄せる。イかされまくった体は全身まだ力が抜けているのに、随分軽く引き寄せられたそれに僅かな違和感を覚えて、重たい顔を持ち上げて悦はそちらを見た。


 鬼利がいた。


「え……?」

 いつの間に。どうりで軽いわけだ。じゃあ傑は?

 ぽやぽやした疑問の答えはすぐに与えられた。力が抜けて重たい筈の足を軽々と肩に担ぎ上げられた上で、鬼利より太さも長さも角度も凶悪なモノを根本までぶち込まれる形で。


「なに浸ってンだよ、悦」
「ぁ、が……ッ!!」

 仰け反ろうとした上半身がぐん、と強い力で前に引き戻される。鬼利に代わって足の間に膝をついた傑が、余韻にぴくぴくと震えるばかりだった悦の両手を掴んでいた。それも片手で。

「こんな奥で思いっきり出されやがって。鬼利はそんなにヨかったか?」
「……ま、っで……すぐ、る……まって、ぇ゛……っ!」
「なァ。聞いてんだよ、淫乱」
「くふっ……!」

 そのまま、傑が指定した通りに中で出された鬼利の精液を掻き混ぜるように奥を捏ねられて、がくんと悦の顎が跳ね上がる。そのまま後頭部を硬い床に打ち付けられれば、痛みで色々と多少なりとも立て直せたのに、悦の頭を受け止めたのは皺の寄った毛布ではなく、姿勢良く正座した鬼利の太腿だった。その優しさは今一番要らなかった。

「ほら、悦。早く答えないと」

 目を見開いたまま呼吸さえ止めて深すぎる絶頂に震える悦の頬を、笑う鬼利の指先が促すようにぴたぴたと叩く。

「そんな深さでイかされ続けたら、いくら君でも狂ってしまうよ」
「ぁ゛……あ゛、……っッ」

 仰け反ったまま鬼利の顔を逆さまに見上げていた悦の頭を、鬼利は両手で包むようにして持ち上げ、傑の方を向かせた。


 純血種である傑が嫉妬することは無い。怒ることもない。

 例え目の前で他の人間と区別して唯一恋人と愛でる悦を自分以外の男に犯されても、思いっきり奥で中出しされたその恋人が気持ちよさそうに余韻に浸っていてもだ。言っていることはいかにも悦の股の緩さに苛ついているようだし、声だって恐ろしく低いが、そもそも中で出せと言ったのは傑だ。
 だから見上げた藍色は、ぶちギレたような言動に反していつも通りに嫉妬も怒りもしていなかった。完璧に美しく強い純血種は最初から人間なんかと同じ次元は居ないからだ。人間がミジンコに嫉妬したり怒ったりしないのと同じだ。

 でも、テンションが上がることはある。


「ッすぐる、の……すぐるの、ほうがいい……!」

 今真っ直ぐに悦を射抜いている藍色のテンションは、間違いなく最高潮だった。だから悦は喘鳴の中で必死に甘えた声で媚びた。今正に当て馬にされた鬼利が後ろで聞いてるとか、幽利の目の前でお前の兄貴は大したこと無いと言ってしまっているようなものだとか、そんなことには構っていられない。

「ホントか?」
「ほ、ほんと、ほんとにっ……すぐるの、すぐるのおっきぃの、きもちいいっ」
「ふーん」

 掴まれたままの手を自分から伸ばすと、傑はまだ疑わしげな声を出しつつも奥に押し当てられたままのモノを動かさず、上体を倒してくれた。悦はしがみつくような勢いで必死にその背中を掻き抱き、腰にも両足を回して全身で縋り付く。
 全力でだいしゅきホールドをしているその様子もばっちり双子に見られているが、鬼利なんか「おやおや」とか言って笑っているが、知ったことではない。振り切れた傑のテンションを少しでも穏やかな方面に持っていくことが最優先だ。

「俺の方がイイのか?」
「うん、うんっ……きも、ちいい……!」
「じゃあ、鬼利にイかされた倍はイけるよな?」
「う、…………ばい?」

 勢いで頷こうとする頭と舌を鍛えられた危機察知能力で急停止させて、思わず悦は聞き返した。
 倍。それは基準となる数を同じだけ増やしていく時の表現だ。なん倍、と数を指定しない場合は、最小の2倍を意味する。そのくらいは掛け算も出来ない悦にも解る。

 さっきの2倍、イかされる。
 しかも、鬼利より重さも速度もある傑に。


「………死ぬって」
「殺してやるワケねぇだろ」

 媚びに媚びた甘え声から一転、素の声で呟くように言った悦を、傑はせせら笑った。
 「殺す」ではなく「殺してやる」と言う所に、人間と純血種のえげつないまでの性能差が表れている。悦はこの場の人間の中でも、そして市井の大多数の人間の中でも段違いに危険な技術を持った壱級指定だが、その悦でさえ、傑の手にかかれば自由に死ぬことさえ出来ない。

「せめて100回、ちゃんと謝らねぇとなァ?」
「勿論。死んで逃げるなんて許さないよ」
「幽利、来い」

 全身でしがみつく悦の腕力と脚力を物ともせずに簡単にひっぺがして鬼利の膝に頭をつけさせ、傑は少し離れた所でぶるぶる震えていた幽利を呼びつけた。びくんっ、と電気でも流されたように跳ねてそろそろと這い寄る幽利を、まどろっこしいと軽く舌打ちして腕を掴んで引き寄せる。

「あぁっ……!」
「ひぃっ……!」

 ちょっと浮きながら左隣に配置された幽利を見て、今度は悦が震えた。傑の力加減が雑になっている。上がってしまったテンションの方向が最悪だ。
 何が最悪かって、こんな状態になった傑は、こんな状態でありながら絶対に乱暴にはしないのだ。加減を間違えて悦の骨盤を潰したり腹を突き破ったりしないように、寧ろいつも以上に色々と丁寧になる。懇切丁寧に苛め抜いてくる。

「また頼むな、ゆーり」
「は……はひ……っ」

 猫なで声で名前を伸ばして呼ぶのも、テンションが上がっている証拠だ。悪い方向に機嫌のいい化け物に延髄を掴まれて頭を引き下ろされ、可哀想な幽利は舌までぶるぶる震えているというのに、それを見た鬼利はまた「おやおや」と笑った。この状況でこんな傑を見て笑える人間がいるのが信じられなくて、悦は思わず頭上のお上品な顔を三度見した。


「随分と機嫌が良さそうだ。悦、早く100回言わないと大変なことになるよ」
「ッ……ご、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!」

 切羽詰まった声で叫ぶように言う悦に、鬼利はやれやれと肩を竦める。

「誠意が感じられないね」
「思ってねぇからな。3分待ってろ、心の底からごめんなさい許して下さいって言わせるから」
「3分」

 もう恐ろしすぎて傑の顔など見れず、奥歯まで震わせながら天井を見つめる悦の涙目を、わざとらしく復唱した橙色の瞳が覗き込んだ。滑らかな指先で目尻の涙を優しく拭いながら、苦笑しつつ首を傾げる。


「……3分、保ちそう?」


 勿論、保つはずがなかった。



 Fin...?



結局は全員「嫌いじゃない」。

Anniversary